『キャンプだホイ』




本田を除いた5121小隊のメンバーは、漸く見えてきた水平線に歓声を上げた。
「海だー!」
荷物を運ぶのもそこそこに、軍用トラックから飛び出した滝川や茜、新井木た ちが、浜辺で無邪気にはしゃいでいる。
「…やれやれ。ま、たまにはいいですか。折角のバカンスですし」
「一応、万が一の為に士魂号も積んできましたし、出撃命令が来ても大丈夫 ですよ」
「───いえ、多少の幻獣なら、彼女がいれば大丈夫でしょう。きっと例のバ ットを携帯しているでしょうから……いい加減、慣れましたけどね」
胃の辺りを押さえながらの善行の言葉に、速水はあさっての方向を向いて 苦笑いをした。


火をくべる用意をしながら、小杉が嬉しそうに提案してきた。
「やっぱり、みんなでゴハン作るデス。それがキャンプデス」
その眩しい笑顔に鼓動を早めながらも、中村はわざとぶっきらぼうに返す。
「…と、なるとカレーか。ナントカに刃物を持たせないようにして…つっても、 飯盒の炊き方はコツが……」
すると、

「馬鹿野郎ーっ!」

中村と小杉の間に、鋭い音を立てて釘バットが突き刺さった。
「…あっぶねーなー!お前、何考えてんだよ!」
思わず標準語で抗議の声を上げると、中村はこちらに向かってくる「小隊一 の男前(註:褒め言葉)」を見た。
「それは、こちらのセリフだ。中村、貴様海のキャンプでのお献立が『カレー』 とは、どういう了見をしている」
堂々とした態度で砂に刺さった釘バットを抜くと、舞はそれを肩に担ぐ。
「だからどうした。キャンプで食事っつったら、カレーがお約束……」
「それがいかんというのだ、たわけ」
「…はい?」

「カレーは山のキャンプのお約束だ。ここは海であろう」

理不尽な芝村の姫君の主張に、中村は思わず地面に頭をめり込ませたくなった。
「…そうなのデスカ?」
疑う事を知らない小杉は、舞の意見に熱心に耳を傾けている。
「折角、海に来ているのだ。材料は現地調達が基本であろう」
「簡単に言うけどな。小隊メンバー全員に行き渡るほどの収穫が、そう易々 と得られる訳ないだろうが」
それはまるで、日曜日に釣りに出かけるご主人が、奥さんに 「今夜のおかず は心配しなくていいぞー」と言うのと同じくらい信憑性に欠ける。
だが、我らが 釘バットの申し子 芝村の姫君は、その端正な顔に不敵な笑みを浮かべると、
「──芝村に不可能という文字は、たまにしかない」
あんたそりゃ、「ある」っていうのと同じ事じゃん……などという突っ込み を入れる気力も失せたまま、中村は呆然と舞の姿を眺めていた。
「という訳だ。小杉、行くぞ」
中村の思惑もお構いなしに、舞は小杉の手を引く。
「ドコに行くのデスカ?」
「材料を調達に行く。久々に『和の食文化愛好会』 の出番だ」
「OH!それは面白そうデース♪」
ふたりは嬉々としながら、浜辺を駆けていった。


『和の食文化愛好会』とは、小隊内に舞が勝手に作った同好会で、メンバー は総勢5名。(会長の舞を筆頭に、副会長の瀬戸口・会員の壬生屋・原・小 杉と続く)
「純粋に和食を心から楽しもう」という名の下、昼食時間などを利用して、 日々活動にいそしんでいるのである。(もっとも、小隊の他のメンバーたち によって、会員の倍以上の材料費がかかるというリスクもあるのだが)

「───とは言ってもなあ…中村の言う事にも一理あるぞ。俺らは釣りや 漁の名人とは違う訳だし」
唯一の男性メンバーである瀬戸口が、両手を腰に当てながら舞を見た。
「私達の分だけならともかく、全員分となると…流石に厳しいのではない ですか?」
普段は犬猿の仲なのだが、流石にこの時ばかりは壬生屋も瀬戸口の意見 に同意する。
だが、ふたりに尋ねられた舞は、それでも不敵な態度を崩さなかった。
「私が、何の根拠もなしにこのような提案をすると思うか?」
「え?」
舞が指した場所を、メンバーたちは一斉に見つめた。浜辺の遠くの方で、 何やら人だかりが出来ている。
「……競りをやっているみたいね」
のんびりと呟いた原の言葉に、舞は鷹揚に頷く。やがて一同は、舞の言わ んとしている事に理解すると、互いに顔を見合わせた。
「──そういう事だ。原・小杉・壬生屋。 ひと肌脱いでくれぬか

「判ったわ。本気を出させて貰うわよ」
「レッツビギンデス。頑張るデス」


力強く答えると、原と小杉は着ていたTシャツとズボンを脱ぎ捨てた。
その下に現れたのは、生唾ゴックンものの、ナイスバディな水着姿。
国産の最上級プロポーションを誇る原と、ラテンパワー炸裂といった小杉に かかれば、大抵の男共は地に平伏すだろう。

ところが。
「そうですね。じゃあ、頑張りましょう」
ふたりに賛同するように、壬生屋がそれまで身に纏っていた袴に手を掛けた 瞬間。

「ダメだダメだダメだーっ!」

珍しく慌てふためいた声で、瀬戸口が壬生屋を止めた。
「──な、何なんですかいきなり!?」
「お前は脱ぐな、壬生屋!お前の水着姿を衆人環視の中に晒すなど、犯罪 以外の何ものでもない!」
「何ですってぇ!?」
瀬戸口の言葉に、壬生屋は憤然と眉を吊り上げる。袴の下から覗いている、 水色のワンピースタイプの水着に、瀬戸口は何故か弾かれたように視線 を反らせた。

「…こういう事は、原女史とヨーコさんに任せておけよ。お前がふたりに混 ざるなんざ、いらん恥をかくだけだぞ」
突き放すような口調で、瀬戸口は壬生屋を牽制する。
いつもなら瀬戸口の嫌味に、脊髄反射で刀を振り上げる彼女だが、最近はこ の「異形の鬼」に対する口喧嘩を覚えたようだ。
わざとらしく唇の端を歪めると、
「それは願ったり、ではないですか。私が醜態を晒せた挙げ句、恥をかいて 戻ってくる姿を見て大笑いできましてよ?」
その青い瞳を細めながら、壬生屋は不気味なほど冷静な口調で返してきた のである。
「ぬ…ぐぐ……」
思わぬ壬生屋の切り返しに、瀬戸口は言葉を詰まらせる。
「お待たせしました。それでは参りましょうか」
壬生屋は、あからさまに瀬戸口を無視すると、原とヨーコの下へと足を急が せた。(流石に水着の上にはパーカーを羽織っていたが)
ところが、なおも瀬戸口は食い下がってきた。浜辺へ向かう3人の前に立ち はだかると、まるで幻獣を前にしているような程の真剣な表情で、水着姿の 壬生屋を睨む。
「───ここから先に進みたければ、俺の屍を越えてからにしろ」
いつにない必死の形相をする瀬戸口に、壬生屋は目を丸くさせる。
「……理由は判りかねますが、いいでしょう。ようやく大人しく往生する気 になりましたか」
言いながら、何処から取り出したのか「迷刀鬼しばき」を右手に携えた。

「ちょっとぉ。『競り』終わっちゃうわよー」
ふたりの様子に業を煮やした原が、少し離れた場所で調理器具の用意をし ている舞に声を掛けた。
「ふむ。……それもそうだな」
応えると、舞は身に纏っていた制服を脱ぎ捨てた。その下に現れたのは、ビ ーチバレーの選手が競技に用いるような、セパレートタイプの水着である。
オレンジとレモンイエローの蛍光色が、太陽の下で明るく映えていた。 (この際、季節云々については問わないように)
「壬生屋。競りには私が行く。そなたは、瀬戸口と共に中村の手伝いに向か ってくれぬか」
水着姿になった舞は、調理器具と一緒に持ってきていたエプロンを締めなが ら、不毛な対決を続けているふたりに指示を与えた。
「そうですか……判りました」
壬生屋の承諾する声を聞いて、瀬戸口は漸く全身の緊張を解いた。
「あ…でも、すみません。私割烹着を忘れてしまいました」
「カバンの中に、私のエプロンがもう1枚ある。それを使うといい」
「……コレですか?」
『久遠 戦車兵型』と筆で殴り書きされたエプロンを舞のカバンから取り 出した壬生屋は、今更ながらに失笑する。
「それでは、お借りしますね。皆様もどうかお気を付けて」
「───待て、壬生屋!エプロンを着ける前に、袴に着替えなおせ!」
「だからさっきから、あなたは一体何なんですか!?」
水着の上からエプロンを着けようとした壬生屋を見て、再び瀬戸口がヒステ リックに声を張り上げる。
「…さて。向こうは無事に収まったようだし、私達も行くとするか」
「ええ、そうね………」
舞の言葉に相槌を打ちながら、原は僅かにその美貌を引きつらせる。

これから料理をするのだから、別に水着の上にエプロンを着けるのは悪い 事ではない。
また、これから競りに行くにあたって、ある種の趣向の持ち主たちには、た まらない事請け合いだろう。
───そして。彼女手製のエプロンに筆で殴り書きされたウォードレス の名前など、今更驚くものではない。(←本来驚くべき所だが、慣れてしま っている)。
ただ、どうして『可憐 本国仕様』と 殴り書きされた文字の右横に
『おにいちゃん』というフリガナが付いているのだろうか。

『……ダメよ、素子。突っ込んだら負けよ!』
足を進めながら、原は必死に自分に言い聞かせていた。


30分後。

「大漁デ〜ス♪」
木箱いっぱいに戦利品を抱えて、舞たちが意気揚々と引き上げてきた。
「……ウソだろ?」
「どうだ。現地調達の食材は、新鮮であろう?」
「…はぁ……」
腰に手を当てて得意満面の笑みを浮かべた舞に、中村は呆然と相槌を打つ。
「わーい、おさかなさんだぁ!ねこさんにあげてもいい?」
「そうだね。じゃあ、ブータにそこの新鮮なイカでも上げようか?」
「…与えるな。腰を抜かす……」
膨大な魚介類の数々に、メンバーは顔を寄せ合って目を輝かせる。
「よし、それでは早速調理に取り掛かるぞ。鉄板と飯盒、鍋の用意は出 来てるか?」
「いつでもオッケーデス!」
「七輪もカンカンにあったまってるぞー」
舞の問い掛けに、小杉と瀬戸口が元気良く答える。
「───中村」
賑やかに始まった自然の調理場の中、舞は中村の前まで歩み寄ると、数 種類のスパイスと、カレールーを手渡した。
「…なんね?」
「こいつで、そなた自慢の一品を頼むぞ」
舞の意図が判らずに、中村は手の中でスパイスその他を弄ぶ。
「…お前さっき、カレーは邪道だとかどうとか、言ってたじゃないか」
「それは、先程そなたが普通のカレーを作ろうとしていたからだ」
「はぁ?」
尚も訝しがる中村に、舞はヘイゼルの瞳を細めると、

「海辺でのカレーは、『しーふーど』が定石であろう」

確信に満ちた表情で舞が続けた言葉に、中村は、今度こそ豪快に砂浜に頭を めり込ませた。



【後書きという名の言い訳】
…さんざんお待たせした挙げ句、出来上がってみれば当初のリクエストとかなり外れてし まったただの『バカSS』になってしまって……いや、何と申し上げて良いのか(爆涙)、本当に 申し訳ありませんでした。
芝村さんは、実は中村の事を『和の食文化愛好会』のメンバーに加えんと、密かに画策しており ます。
ひょっとすると、その内に彼女の術中にはまった中村が、ヨーコさんと一緒に七輪を囲む日も訪 れるかも……?



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