『昼下がりの常時』



天気の良い昼休み。
衛生兵の石津萌は、休み時間を利用して、整備員詰め所の掃除をしていた。

「どう…したら…ここまで汚す事…が、出来るの…かしら……」
週明けに整頓を済ませたばかりだというのに、詰め所の中は、先日の戦闘が きっかけで、再び2組の整備士たちの工具や私物などで雑然としていた。
士魂号の修理などで、宿舎や自宅に帰らず泊り込みをする者も少なくない ので、ある程度荷物が増えるのは、仕方のない事だとは思っているのだが……
石津は、仮眠用ベッドのシーツを取り外すと、新しいものに付け替える。
そして、先日バーゲンで手に入れた『布団乾燥機』をセットすると、スイ ッチをオンにした。

「雨が…降っても、布団が乾かせる……便…利…ね……」

長めの前髪の下で、僅かに瞳を細めると、床に投げ出されたままの服 を集めて、洗濯カゴの中に投げ入れる。
この日差しなら、今から洗ってもどうにか乾くかも知れないと思った石津は、 そのまま表の洗濯機まで向かうべく、カゴを抱えて詰め所の扉を開けた。

その時、

「きゃっ」
どちらかと言えば嫌な意味で聞き慣れた声が、石津の鼓膜を震わせた。
視界を遮る洗濯カゴをどかせると、視線の先に、心なしか眠たそうな目をし た天敵の整備班長がいた。

「危ないわねぇ!ちゃんと、前を見て歩きなさいよ!」
自分の行く手を妨げていたのが石津だと気が付くと、原は棘だらけの声で 彼女を見下ろしてくる。
「ごめんな…さい…貴方たち…のクラスの洗濯物…あまりにも多すぎて…… 洗う…の…イヤじゃないけど……溜め込み過ぎ……」
一応謝罪はしたものの、石津は嫌味も交えた返答をした。それを聞いて、 原はぴくりと片眉を跳ね上げる。
「…しょうがないじゃない。つい今朝まで、士魂号の修理にか かりっきりだったんだから。文句なら、他の整備員にも言ってよ」
「……それだけじゃないわ」
痛いところを突かれた原は、咄嗟に抗議の矛先を転換しようとしたが、更 なる石津の追求が、それを許さなかった。
「貴方と…森さん……下着は…ネットに…入れるか……手洗い…して …ちょうだい……」
「──な、何なのよぉ?」
「あんな…派手な下着……洗わさせられる方の…身にもなって欲しいわ……」
「ど、どんな下着をつけようが、個人の自由でしょ!?」
「見せる相手も…いないのに……物好き…ね……」

ピキッ

少女にしては、やや低い声で告げられた嫌味に、原の美貌が思い切り引きつった。


「も…萌りん、最近随分と好戦的になってきよったなあ……」
小隊長室の扉の隙間から、加藤がこっそりと、詰め所入り口で勃発した女 の戦いを覗いている。
「そうですね…『あの人』によるものか、あるいは、あの一族ですら恐れてい る『イレギュラー』の影響か……」
「──?何やねんな、それ?」
「気にしないで下さい。ただの独り言です」
デスクに腰掛けたまま、善行は窓越しに、ふたりの少女の姿を眺めていた。
まったく違うタイプの女性だが、自分にとって、妙に係わりのある相手には違 いない。
『自分の蒔いた種とはいえ…こういうモテ方は、どうにも不本意ですね……』
「……ちょっと、善行はん。何とかせぇへんと、プレハブ前で昼メロも真 っ青な刃傷沙汰が起こるかもしれへんで」
こちらにまで仄かに漂ってくる不穏な空気に、加藤が善行の思考を止める。
「……流石に、それはまずいですね。そろそろ止めに行きますか」
あまりやる気のなさそうな声で、善行は椅子から立ち上がった。


「大体、ずっと前から、貴方の事が気に入らなかったのよ」
「奇遇…ね。私も…よ……」
次第に集まり始めた野次馬もなんのその、原と石津は、互いを睨みつけていた。
「衛生官なら、身の回りの世話をするのが仕事でしょう!?派手な下着の ひとつやふたつ、文句言わずに洗いなさいよ!」
「だったら…せめて、カゴにくらいは入れて…頂戴。詰め所の…床に……下 着をほっぽっておくような…だらしのない女……愛想尽かされて…当…然……ね」
「ぬわんですってえぇぇ!?」
どストレートな中傷に、原はヒステリックに声を張り上げた。
「ふ、ふんっ!飾り立ててもまるで映えない、幼児体形に言われたくないわよ!」
「…取り乱した…女ほど……無様なものは…ない…わね……Yシャツのポ ケットに…昔の男の写真……入れっぱなしだった…わよ……」
「!?」
石津にそう指摘され、原は羞恥に頬を染める。
「心なしか…その写真…顔の部分……ふやけていたような……」
「──気色の悪い言いがかりはよしてよ!あれは、前にも一度、洗濯物と一 緒に洗っちゃった事があるからよ!」
「…そう。そんな…写真でも……捨てられないのね。自分は…捨てられた…クセに」

ぶちっ

何個目かの石津の爆弾により、ついに原の怒りが頂点に達した。
無言で制服のキュロットの裾を捲り上げると、ベルトに固定された細身の ダガーを、2本取り出す。
「…もう、いいでしょ?貴方のところに行っても……ついでに、愛想もクソも ない小娘一匹、手土産にしようと思うわ……」
「………貴方如き…に…小娘だなんて…言われる筋合い……ないわ……」
普段、彼女が自分に向けてくる悪意とは異なる『殺気』を感じ取った石津は、小さく 深呼吸すると、己の手をかざした。
華奢な筈の石津の手が、彼女が呼吸を繰り返す度に、心なしか大きくなっている ように見える。

「──な、何なんや!?」
尋常とは少々ほど遠い光景に、加藤は思わず目を見張る。
「……これはまずいですね。止めるタイミングを間違えましたか」
「のん気に言うとる場合か!?今からでもええから、はよ止めや!」
のんびりと呟いた善行に、加藤はせかすように声を荒げた。
「自分の部下が、タマ取る勢いでサシゴロ(刃物喧嘩)やなんて、上に知れたら、 あんたかて、ただでは済まされへんで!?」
「そうですが…迂闊に近寄れば、我々も迷惑を被りそうですし」
こんな時でも『君子危うきに近寄らず』の善行に、加藤は上官としては尊敬し、ひと りの女としては、侮蔑の想いで見つめ返す。
そうしている間にも、ふたりの少女(…?)たちは、互いの武器を、天敵とも言うべ き相手に繰り出さんと、態勢を整えていた。


「ええい、やかましい。昼下がりのプレハブで、何を騒いでいる」


突如、少女にしては妙に凛々しい声と共に、我らがヒーロー(全然誤植ではない)芝 村舞が、原と石津の前を通りかかった。
直後、原と石津の放ったダガーと衝撃波が、舞のわき腹と後頭部に炸裂する。
「キャー!」
頭とわき腹から、夥しいほどの流血を始めた芝村の姫君に、原と加藤は悲鳴を上げた。
石津と善行も、思わず表情を強張らせると、ダイレクトに巻き添えを食らった 少女の姿を見据える。
だが、

「まったく…うら若き乙女が、このような物騒なモノを持ち歩くでない」

何事もなかったかのように、わき腹から生えているダガーを抜くと、舞は血だらけの 顔で、原に向かって軽くしかめっ面を作った。
原が声も立てずに首肯したのは、舞の説得が功を成したという訳では、決してない だろう。
「し…芝村はん?アンタ、そんだけ食らってなんともあれへんの?」
「──問題ない。このようなアクシデント、わが一族においては日常茶飯事だ」
「……一緒にしないで下さい。そんな事をして平気なのは、貴方だけです」
善行のツッコミもなんのその、ニッコリと男前な笑みを返してきた舞(ただし、 流血状態)に、うっかり加藤は惚れそうになってしまったが、自分の中にある片思 いの少年を思い出すと、慌てたようにかぶりを振った。
「ココに来てからというもの、このような暴力沙汰は、内外問わず繰り返されて いるからな。これもわが一族の責務と言え…」
「外部はともかく、内部はすべて、お前の不用意な言動が招いた結果だろう」

言い終わらないうちに、舞の脳天に、加藤家伝来のハリセンが打ち下ろされた。
ザシャアア、と音を立てて地面に倒れ伏す舞の背中を、ハリセンを構えた来須が、 軽く蹴り付けて来る。
「……ぎんちゃん。相変わらず今日も、激しい愛撫だな……」
「気色の悪い事を言うな」
屈強な守護者と、破天荒な主(あるじ)の物騒な掛け合いに、いつしか原も石津 も毒気を抜かれてしまっていた。
殺伐とフレンドリーなコミュニケーションを続ける舞と来須を他所に、ふたりは 何処か気まずそうに、互いの顔を見つめ合う。

「わ…悪かったわよ。今度からは、ちゃんとカゴに入れておくわよ……」
「いいの…私も……言い過ぎ……大人げ…なかった…わ……」

流石に夕日をバックに固い握手、という事はなかったが、それでもどうにか仲直り をしたふたりに、加藤は心底安堵の息を吐く。
「いやいや。これで、ひと安心ですね。戦時下で大変だというのに、味方同士で 諍いを起こすなんて、ナンセンスですから」
メガネをちょい、と直しながら、善行がまとめにかかるような発言を始めたが。

「もとをただせば、あんたのせいだろっっ!」


直後、怒涛の叫びと共に、原のハイキックと石津のブロー・そして加藤のソロバン が、善行の延髄とボディと頭に、同時にぶち当たった。



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