5121小隊の初陣は、士魂号という異形のサムライたちの活躍によって、大 勝を収めた。

だが、戦いが済んだ後、速水はもう舞に気安く声をかける事が出来なくなっ ていた。
彼女のヘイゼルの瞳に、自分の何もかもを見透かされてしまうような気がし たからである。
こんな筈ではなかった。計算では『ぽややん男』を演じながら、芝村の末姫 である舞に近づき、両親の仇である芝村一族を滅ぼした後、自分が好き勝手 をするための権力と、今まで掴む事の出来なかった自由を手に入れるつもり であったのだ。

ところが。芝村の姫君の正体は、士魂号複座型…「騎魂号」という人型の戦 車を操る「電脳の騎士」であった。
姫君と呼ぶにはあまりにも強すぎて、否、姫君と呼ぶのすらおこがましいと 思わせるほどの凛とした戦士であったのだ。

速水は、姫君の落とし方は知っていても、「騎士」の落とし方は知らなかった。


「おっはよーございますぅ!」

早朝。
速水が校舎裏を歩いていると、後ろから怪しげな関西弁で、クラスメイトの加藤 祭が声をかけてきた。
「あ…加藤さん。おはよう」
「何やー、元気あれへんなぁ。日頃の疲れでも出たんか?」
「…え?う、うん。そうかな……」
加藤の質問に、速水は内心面倒くさそうに返事をした。正直な所、今は誰とも 話をしたくなかった。
「まつりちゃーん!あっちゃーん!」
続いて、速水と加藤の姿を見つけたののみが、懸命にこちらに向かって駆けて きた。小さな脚をせわしなく動かしながら、ふたりを目指して進んでくる。
だが、
「あっ」
慌てて足を動かしたのが裏目に出たのか、速水と加藤の数歩前で、足を滑らせた ののみは、大きくつんのめった。
バランスを崩した身体は、大きく地面に吸い込まれていく。

「───危ない!」

気が付くと、速水は反射的に飛び出していた。今まさにののみの身体が地面に 倒れそうになる寸前、速水の腕が彼女の小さな身体を受け止めた。
「……ふえ?」
転倒を覚悟して目をつぶっていたののみは、自分の身体に触れているのが温か い腕である事に気づいて、ゆっくりと目を開けた。
「……」
腕の中の小さな体温に、速水は目を見開く。
『───僕は、何をしている?』
自分の取った行動に、速水は驚愕していた。今までの自分では考えられない 事であった。
何故、自分は咄嗟に手を差し伸べて、この小さな少女を助けたのだろうか。
「…あっちゃん?」
速水の腕の中で、ののみは訝しそうに顔を上げる。
その声で我に返った速水は、慌ててののみの身体を離すと、足早に校舎裏を後に した。


『芝村舞…彼女はまさか、僕の素性を知っているんじゃ……』

初陣の日以来、拭いきれない疑惑に速水は密かに苦悩する日々を送っていた。
まだ人気の少ない早朝の校舎外れを、あてどなく歩き続ける。
5121小隊に潜り込んでからというもの、速水は、他の仲間たちともそれなりに 親しくなっていた。行動をし易くするために、クラスメイトたちには『みんな の優しい速水くん』というイメージを植え付けさせていた。
だが、今まで誰にも気づかれなかったほど完璧だった処世術を、舞はひと目で 看破した。
そして、作り物の笑顔に首を振りながら、彼女は言ったのだった。

『私が見たいのは、そなたの心の底からの笑顔だ』
「…そんなの無理だよ……」

あの時。舞の言葉を聞いた速水は、自分の中で認めたくない事実に気付かされ たのである。
「だって僕は、心から笑った事なんて、一度もないんだから……」
笑顔だけではなかった。両親を失ったあの日から、心から泣いた事も、心から 怒った事も、心の底から自分の感情をあらわにした事など、速水には皆無だっ たのである。

速水は、自分の知る限りのネットワークを用いて、舞の経歴を調査してみた。
芝村一族の『純粋培養の姫君』なのは本当であったが、その後どういう訳か 突然変異を起こしたとかで、あの一族が想像を絶するほどの能力と行動力 を伴う人間に成長してしまったらしい。
体力・知力をはじめとする能力値は、魅力以外はすべて4ケタという脅威の数 値を誇り、戦術や格闘術も抜群の腕前である。
それだけなら単なるお利口なヤツだが、時々冗談も言うし、何処か抜けた所も あったりする。
先日など、岩田お手製の自爆装置を借りた彼女は、
「本当に使用すると、体力が100も減るのか?」と自分の身体で試し、データ通 りの結果に、真っ黒になりながらも満足そうに笑っていた……
(後で、善行や来須たちに「本当に試すヤツがあるか」と説教されていたが)

『ここへ入隊する時に、僕のデータは全部書き換えておいたけど、あの一族 なら僕の事もすでに調査済みかもしれない…どうする?いっその事、芝村の お姫様を手にかけてでも……』
気が付くと、速水は士魂号の眠るハンガーの前に辿り着いていた。
折角来たんだし調整でもしておくか、と階段を上ると、3番機のハッチに 手を掛けた。
すると、

ゴトン!

速水がハッチを開けた瞬間、中から何か物体が転がり落ちてきた。
「うわっ!?」
予期せぬ事態に、速水は思わず悲鳴を上げる。そして、転がり落ちてきた物 体を見ると、再度驚愕した。
「…う〜ん……」
それは、毛布の塊であった。中から寝ぼけたような、くぐもった声が聞こえ てくる。
やがてその物体は、もそもそと頭から引っかぶっていた毛布を剥ぐと、目の 前に立ち竦む小隊一の美少年に声を掛けてきた。
「───おお、速水か」
「ま、舞…えーと……おはよう?」
「うむ。…どうしたのだ?そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔をして」
「どうした……って!それはこっちのセリフだよ!なんて所で寝てんのさ、 君は!?」

今までの緊張感も何処へやら、気が付くと、速水は舞を怒鳴りつけていた。
怒鳴られた方は、速水の剣幕におののきつつも、のんびりと言葉を返す。
「…いや。昨夜遅くまで士魂号の調整をしていたのは良いのだが、根を詰め すぎたせいか、疲れ果ててしまってな。詰め所に向かう体力も、瞬間移動で 宿舎に戻る気力も残ってなかったので、ちょうど良いかと思って士魂号の シートで仮眠を取る事にしたのだ」
「……仮眠どころか、きみ爆睡してなかった?」
未だ眠そうに眼をこすりながら、舞はゆっくりと身体を起こした。速水は痛 み出したこめかみを押さえながら、出来るだけ平静な声で尋ねる。
「あまりにも寝心地が良くてな。このシートの上でなら、永遠の眠りについ ても構わんと思ったほどだぞ」
「洒落になんないから、やめなよそれ…」
舞は欠伸をひとつすると、身体の関節をコキコキとほぐし始める。速水は、 ため息を吐きながら舞の様子を眺めていたが、おもむろに顔を上げると、舞 の前に立った。
「……?」
真剣な眼差しで自分を見つめてくる速水に、舞は小さく首を傾げる。

「───舞、」
「どうした?」
「君は…僕の何処までを知っているの?」
「…何の事だ?」
思わぬ問いかけに、舞は逆に速水に尋ね返した。
「とぼけないで。君ほどの人間なら…芝村一族なら、僕の事を探るくらい、簡 単に出来るだろう?」

強い口調で言いながら、速水は自分の中である覚悟を決めていた。
もし、舞が自分の全てを知っていたとしたら、多少強引な手を使ってでも沈 黙を守らせようと。
また、舞がそれを拒否した場合には、最悪の手段も辞さないと。
もっともそれを実行すれば、自分もこの小隊にはいられなくなるが、生き抜 くためには仕方がない。
しかし、出来る限りそのような方法は避けたいと思っているのも、また事実 であった。
「……」
舞は、無言で速水を見詰めていた。ヘイゼルの瞳が緊張に強張る速水の顔 を正面から捉える。
そして、片手で頭を掻くと、いつもと寸分違わぬ声で返答した。

「そなたが何者なのか、何処から来たのか、詳しい事は私は判らぬ。それに ついて知りたいとも思わぬし、知る必要もないと考えている。…ただ、私が 知っているのは、そなたが何かを守るために、必死に生きているという事 だけだ」

───それは、聞き惚れてしまうかと思うほど、穏やかで凛々しい声であった。
速水は、いつの間にか自分の頬が、ほのかに上気しているのを覚えた。
「…舞……」
震える舌で、速水は目の前の少女の名前を呼ぶ。
「君は…それでいいの?」
「構わん。人には誰も言いたくない事や、秘密のひとつふたつはあるだろう」
「……もしもだよ。もし僕が君の命を狙うために、何処かの組織から来たス パイや殺し屋だったりしたら、どうするつもり?」
『墓穴を掘る真似を』と思いながらも、それでも速水は舞に質問を繰り返す。
「──殺し屋?そなたがか?」
思いもよらぬ速水の発言に、舞はくすりと笑う。
「そうだな…簡単に殺されてやるつもりはないが、まあ、そうなったらなっ たで良いのではないか?その時は、私に人を見る目がなかっただけの事だ」
舞は笑いをかみ殺しながら、淡々と言葉を続けた。
「…現にそなたは今ここにいて、私たちと共に戦い、私たちと共に生きている。 それで充分ではないのか?」
「……」
何故だか、速水は目頭が熱くなっていくのを感じた。慌てて目をこすって 誤魔化す。今まで、こんな思いをした事は一度もなかった。
舞の言葉がまるで魔法のように、速水の心の中に染み渡っていったのである。
「…それでは私はそろそろ行くが、もう良いか?」
毛布を小さくたたみながら、舞は速水に声を掛ける。
「あ…う、うん」
我に返った速水は、小さく頷いた。速水の様子にそっとほくそ笑みながら、舞は ハンガーの階段に向かった。
何段か階段を下りると、ふと何かを思い出したように振り返る。

「速水」
「…なに?」
「もう、私の前では無理に笑顔は作るな。普通にしていてくれ。…そなたは、 その方が美しいのだから」
「───え?」

速水の反応をよそに、舞は軽く手を上げると、そのまま階段を下りていった。
「…『美しい』って…何それ……」
過去に何度も聞いていた形容詞の筈なのに、何故だか速水は、舞の言葉に動揺 せずにはいられなかった。
ぶるん、と頭を数回振ると、速水もまた舞を追うようにハンガーの階段を駆 け下りていった。

舞と速水のふたりが、裏庭からプレハブのある校舎はずれに向かおうと した時。

学校の敷地外からひとつのカメラレンズが、鈍い光を放ちながら中の様子を 伺っていた。
校舎へと移動する少女と、その後ろをついていく少年が、ファインダーに 映し出される。
その瞬間、カメラの動きがぴたりと止まった。ズームアップで舞と速水の 姿を確認すると、カメラを構えていた人物が、くつくつと忍び笑いを漏らす。

「…見つけたぞ。まさか、こんな所にいたとはな……」


嗄(しわが)れた声で呟きながら、男は舞と速水のふたりをレンズ越しに追い続けた。



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