『熊本・大分喧嘩上等〜1999・4月バカ〜』
(後編)




深夜。
「…これから作戦に赴くというのに、何だその顔は」
集合場所に訪れた来須と舞のふたりを見て、勝吏はその三白眼を更 に細める。
「……任務の遂行に、表情は関係ない」
「芝村のクセに、人間のような事を気にするな」
怖ろしいまでに憮然としたふたりの姿に、流石の勝吏も傍に寄るのを ためらった。


あの後。
来須の暴走によって壊滅したプレハブの屋根を、 『伝説のサンドイッチ 魔王』こと速水の有無を言わさぬ命令で、ずっとふたりきりで修繕させ られていたのであった。
作戦の事は、極秘なだけに話す事は出来ないし、試しに「機体の調整を したい」旨を告げると、

「いざとなったら、いくらでも予備の機体陳情してあげるから、心配しな いでね♥」

……表情は笑顔のままだったが、前髪に隠れて、彼のこめかみに浮か んだ青筋が2つほど増えていたのを確認したふたりは、これ以上虎の 尾を踏むような真似を控える事にした。
結局、プレハブの修繕が終わったのは、集合時間の30分前。(途中、 『伝説の魔王』が、その名の如く サンドイッチを差し入れしてくれたと いう、僅かに心温まるエピソードもあったのだが)
訓練する暇も、機体の確認をする暇もなかったふたりが、やさぐれるの も無理はなかった。

「それでは、作戦についてだが…」
「──いらん。用は敵を殲滅した後、猫とおまけ…もとい、少女を救出 すれば良い事であろう?」
「……」
「元々、ある種無謀な任務なのだ。作戦も何もない」
一気に捲し立てると、舞は士魂号のコクピッドに腰掛けた。
「……まったく。邪魔くさい盾は付いてるわ、訓練用シュミレータのよ うな、お約束な武器しか装備されていないわ………」
計器のチェックをする度に、舞の口からブツブツと愚痴がこぼれていく。
「───それが、本来の戦闘というものだ」
複座型の後席では、来須がその大柄な身体を狭いコクピッドの中に収 めている。不平をたれている舞の背中に向かって足を伸ばすと、ガツン と一発蹴りつけた。
「……守護者の分際で、被守護者に蹴りを入れるとは何事かー!」
「さっさと士魂号を立ち上げろ」
毎度お馴染みの主(あるじ)の抗議には答えず、来須は銃器のセッティ ングをする。

彼の頭の中では、作戦を無事に遂行出来るか否かの心配より、この 目の前の少女の暴走への危惧が渦巻いていた。


『もうすぐハッチダウンだ。用意はいいな?』
通信機から勝吏の声が聞こえてくる。
『今回の誘導は俺がする。…安心しろ、技能はそこそこだ』
「──いらん」
『何だと?』
「ただでさえ気の乗らぬ戦闘に加えて、そなたの芸もへったくれもな いアナウンスなど、聞いていられるか」
にべもなく告げると、舞は痛む背中と後頭部を押さえながら、計器を 操る。
「どうせなら、我が小隊の屈指のオペレーターくらいの誘導をしてみ よ。ヤツのオペレーションぶりは、絶品だぞ」
『何だそれは』
「…聞きたいか?」
訝しそうに尋ねる勝吏の言葉に、舞は口元にアルカイックスマイルを 浮かべると、何処から取り出したのか、MDを計器の傍らに備え付けて あったプレイヤーにセットした。

『…阿蘇は、中央火口丘の中岳・高岳・根子岳・杵島岳・烏帽子岳 の五岳を包み込むカルデラを持つ大火山です……』

すると、スピーカーから聴き慣れた男の声が、舞と来須の耳を擽った。
「……何だこれは」
「この日の為に、瀬戸口に頼んで、ここ一帯の地域のアナウンスを録 音して貰っていたのだ」
「録音…?」
「うむ。深夜を見計らって、詰所の『おーでぃお』機材でな」
半ば呆然と呟く来須を尻目に、舞は満足そうに頷いた。
誰もいない夜の詰所で、ひとりガイドブックとマイクを持って語り続 ける「自称・お耳の恋人」の侘しい姿を想像し、来須は僅かに表情を 歪める。

『……別府の鶴見岳・由布岳から始まり、由布院を経て九重山塊、そ して、阿蘇へと続くこの地域一帯は……』

そうしている間にも、瀬戸口のアナウンスは続く。
だがその直後、

『この地域一帯は、洒落にならないくらい強烈な幻獣の気配が ぎゅんぎゅんしまぁ〜す♪……つーか、こんな下らねぇ事で、 人を使うなボゲェ!』

ブツン、と声の持ち主の心情を如実に表しながら、音声が途切れた。
数秒の沈黙の後、
「……ひと言いってもいいか」
「何だ?」
「今すぐ、熊本と大分の皆さんに謝れ」

来須は、この主を「永遠の眠り」につかせる事を、ほんの一瞬だけ真 剣に考えていた。


「ニャニャ!」
「そうですね。助かったようです……って、え?」
戦場に取り残されていた猫と少女は、突如上空から舞い降りてきた 異形の侍に、安堵した直後、その笑みを凍りつかせた。
『どけ、小娘!』
アサルトからスモークを射出させた士魂号は、狙い定めたかのように、 地上を徘徊していたゴブリンを踏み潰す。
『何処か、樹木の陰にでも身を隠していろ。幻獣は、植物は傷つけぬ』
「…はっ、はい!」
『そなたはどうでもよいが、猫を殺させる訳にいかぬからな』
臆面もなくしれっと語られた舞の言葉は、少女の美貌を更に引きつらせた。
それでも、彼女が手近な大木の陰に猫を抱いたまま避難したのを確認すると、 舞は、その上空を飛ぶきたかぜゾンビにアサルトの銃口を向ける。
1ミリの照準も狂う事無く、放たれた弾丸は、きたかぜゾンビの中心にぶち 当たった。

「左舷後方から、ミノタウロスが2体、接近している!」
来須の声に、舞は士魂号の向きを変えると、中型幻獣の中でもスキュラに 次いで脅威とされている、赤目の怪物たちが、こちらにゆっくりと歩いてく るのを見つめた。
1体だけでも厄介な相手なのだが、舞はそれらの怪物にヘッドセットの下で ニヤリと笑うと、その形良い指で、入力プログラムのキーボードを叩いた。
「全力でいかせて貰おうではないか」
舞の呟きに、来須が訝しげな表情をする間もなく、士魂号のアサルトから、物 凄い勢いで銃弾が発射された。
バズーカでも仕留めるのがやっと、といわれているミノタウロスだが、立て続 けの攻撃に、徐々に耐久力を奪われていく。
しかし、アサルトの「全力射撃」をもってしても、2体の幻獣の体力を削り切 るには至らなかった。
先程よりは、覚束ない足取りながらも、士魂号に向かって真っ直ぐに突き進 んでくる。

「…狙いを定めずに、アサルトを撃ちまくるヤツがあるか!」
「──誰が、アサルトで仕留めるといった?」

ヘッドセットの下でどのような表情をしているのか、イヤでも判ってしまい そうな返事を聞いて、来須はまさか、と顔を上げる。
次の瞬間、ヘッドセット越しに見えたものは、空になったアサルトの銃身を、 バットのように構えた士魂号が、手負いのミノタウロスの顔面とどてっ腹に、 渾身のスイングをかます姿であった。

───この日を迎える前まで、散々人類を脅かし続けていた幻獣たちの 末路は、
『空のアサルトでレフトに流し打ち』であった。

真剣に顎を落としかけている勝吏と、「いくらなんでも限度があるんじ ゃないか」というほどのワイルドさに、抱き締めていたネコをぶち落とし ている少女と。
ゴーグル一杯に広がる、悪夢のような現実に、来須は眩暈を起こしか けていた。
 
腕組みの姿勢でうんうん、と満足そうに頷いている舞に向き直ると、手加減 する事も忘れて、その後頭部に拳を振り下ろす。
「……舌を噛んだであろう!なんなのだ、いきなり!?」
「銃身が曲がるほどアサルトを変形させて、残りの幻獣をどうするつもりだ」
「あと、ほんの10数体ではないか。ミサイルをぶちこめば片付くであろう」
「遠方にスキュラも残っているのに、ミサイル一発で済む問題か」
「コイツでぶん殴れば、事は足りるであろう」

もはや、銃としての機能を完全に失っているアサルトライフルを改めてかざ してみせる士魂号の腕に、来須の中で何かが弾けた。

「…いい加減にしろ!この『釘バットバカ一代』!」

寡黙な男、と呼ばれる人物の激昂は、複座型のコクピッドだけでなく、上空の勝 吏や、あまつさえ戦場に佇む幻獣たちの動きまでも停止させる。

舞は、一瞬だけだが、まるで父親に叱られた子供のような表情をした。
いつもは凛々しく輝いているヘイゼルの瞳を、無防備に丸くさせたまま、 瞬きもせずに来須を見つめていたが、

「バカって言った方が、バカなんだぞーっ!」

次いで大声を張り上げる舞は、必要以上に雄々しい『騎士』というよりは、 まるで駄々っ子のようであった。
コクピッドから立ち上がって肩を怒らせていたが、呆然とこちらを見つめ返し ている守護者に我に返ると、ゴホン、と咳払いをする。
「……来須。貴様、言うに事欠いてバカとは何だ、バカとは」
「自覚をしろ。お前の破天荒な行動で、周囲の人間がどれだけ害を被って いるのか、未だ判らんのか」
「確かに些か強引な所もあるが、結果的には人類にとっては良い方向へと 進んでいるではないか。いわゆる 『行って来いでチャラ』であろう」
「…何処をどうすれば、そのような結論に達するんだ!?」

広大な阿蘇の戦場で、一見、敵の軍勢を相手に悠然と立ち向かっているか のような士魂号の中では、もはや幻獣など『アウトオブ眼中』の、極めて 低レベルな言い争いが続いていた。
「何をやっているんだ、あいつらは……」
そうぼやきかけた勝吏だったが、それから暫くの後、思わぬ光景を目の当 たりにする事となった。
突然、士魂号のハッチが開いたかと思いきや、そこからふたりのパイロット たちが、地上へと降りてきたのである。


ウォードレス姿のふたりは、言葉もなく、互いを睨み据える。
「…今日という今日は、一体誰がそなたの主(あるじ)なのか、とこと んその身体に教えておく必要がありそうだな……」
「俺が今まで、お前の守護者を辞めなかった事に、感謝してもらおうか…」
まるで、ふたりの間に「ズゴゴゴゴ…」というような、物騒な効果音でも聞 こえてきそうな勢いに、勝吏は、慌ててスイッチを入れかけていた通信用のマ イクを下ろす。
来須は右手をかざすと、そこに精霊たちの光を集中させた。
「…改めるなら、今の内だ。俺は手加減はしない」
「──それは、こちらのセリフだ。万物の精霊如きで、この私を倒せるとでも 思っているのか?」
挑発するような舞の物言いに、来須は手の中の精霊を放った。
アポロニアの戦士の命を受けた青白い光は、まるで吸い込まれるようにして、 舞へとその身を躍らせる。
ところが。

「……スカウトの降下作戦とは、装備の勝手が違うのだぞ」

ニヤリ、と口元に物騒な笑みを浮かべた舞の手には、銀色に光り輝く例の 『ブツ』が握られていた。
「──バカな!?」
「なまじ、スカウト生活が長かったのが裏目に出たな。戦車兵時における 降下作戦の固定装備は、士魂号のみに当てはまるのだ。故に、着用するウ ォードレス及びその装備は、それぞれに委ねられ……」
驚愕に瞳孔を開いた来須を余所に、舞のスイングが、精霊たちを真っ芯から 捉える。
「故に、こちらの装備は思いのまま、という事だ!」
眼前に跳ね返ってきた光の球に、来須は慌ててその身を屈める。来須の髪 を数本焼きながら、夜空へと吸い込まれたそれは、大きな爆音を轟かせた。

『…し、芝村機?……スキュラを撃墜!』

上空で霧散する大型の幻獣もそこそこに、伝家の宝刀を引っさげた『小隊 一の男前(註:褒め言葉)』は、恐ろしいくらいに美しい笑みを浮かべな がら、無意識に後退る来須に、悠然と歩み寄っていた。
「好きなだけ、撃つがいい。そなたの気力が切れるのが先か、私が倒れる のが先か、正真正銘のガチンコ勝負という訳だ」
「……おい、」
らんらんと輝くヘイゼルの瞳に、半ば押され気味の来須であったが、不意に 彼女の背後に揺らめくものに気付くと、足を止めて彼女に声を掛けた。
「どうした?今更、泣き言は聞かぬぞ」
「そうではない。後ろに…」
「そなたも随分、古典的な手法を用いるな。生憎だが、私には通じぬぞ」
「だから、気をつけろ!背後に幻獣が……!」

ゴッ。

来須の警告もむなしく、舞の背後から密かに忍び寄っていたミノタウロスの 拳が、彼女に向かって振り下ろされた。
「──舞!」
あまりの鈍い音に、来須は一瞬、血の海で横たわる舞の姿を覚悟したが、直 後に轟いた幻獣の呻き声に、つと顔を上げる。
するとそこには、

「……ギ?」

ミノタウロスの拳を、両手で支えた釘バットで受け止める、『電脳の騎士』の 勇姿があった。
「…人の真剣勝負に水を注す馬鹿者は、お前か……」
遥かに脆弱で、儚い存在である筈の少女の声に、古の神話に登場する怪物の名を 持つその幻獣は、無意識に身体を引きかけた。
だが、それよりも早く恐怖の『銀の剣』が、ミノタウロスの脳天に振り下ろさ れる。
一閃、という言葉に相応しく、舞の一撃を急所に受けたミノタウロスは、地響き を立てながら、その身を横たえた。
「──来須、」
舞の無事に安堵する間もなく、来須は、無駄に雄々しい主(あるじ)の言葉を 耳にする。
「ここに残った、バカ共を片付けるぞ。どうやらこやつ等は、ガンパレード・マーチ よりも、地獄のマーチを聴きたいらしい」
釘バットを構えながら、地を這うような声を出した舞に、やや遠巻きに眺めていた 幻獣たちは、一斉に退却ラインへと撤退を始める。
だが、そのような輩を許すような寛大な心を、幻獣共生派でもない芝村の変異体 (イレギュラー)が、当然持ち合わせている筈はなかった。

来須の援護も必要ないほど暴れ回った『釘バットの申し子』が、残りの幻獣を 殲滅するまで、ものの2ターンもかからなかったという。



「見ろ、来須。夜明けだ」
「……清々しいな」
「うむ。『夜討ち、朝駆け』 とは、よく言ったものだな…美しい光だ」

「明けない夜は、ないのよ」と、何処かの少女が言ったとおり、地獄の戦区にも 朝日が差し込んでいた。
阿蘇からの来光に、舞と来須は目を細めながら、自然の織り成す美しさに、暫し 心を奪われていた。

ところが、そんな一方では。
『イヤです!私、あんな物騒な人たちの所へ行くなんて、イヤです!』
「頼む、行ってくれ!お前は、ワイルドなヤツが好きではなかったのか!?」
『いくらワイルドっつっても、限度ってモンがあります!』
半ばぐったりしているネコを必死に抱き締めながら、勝吏の懇願に、まるで壊れた 人形のように首を振る少女の姿があった。
「…あー……で、奴らの要求はなんだったのだ?」
舞たちの元へ向かわせるのを諦めた勝吏は、ひとつ咳払いをすると、もう一度 少女に問う。
『九州の撤退と……』
「…?」
『頼むから、あの化け物を何とかしてくれ、との事です』

大方、予想の付いていた事であったが、改めて他人の口から告げられて、勝吏は がっくりと肩を落とす。
「フ…そんなトコであろうな。寧ろ、それはオレも願ってやまない事だ…… 何はともあれ、ご苦労だった」
『はあ……』
「あ、褒美に一日お前を自由にしてやろう。あの幼子の身体でよければな」
『──謹んで、お断りいたします』


明けて、1999年4月2日。
この名も無き戦いによって、人類は大きく優勢へ傾いた記念すべき日となったが、 同時に、幻獣にすら「化け物」呼ばわりされてしまった少女によって、 停戦の絶好の機会を失った日でもあった。


───それはまるで、4月バカ(エイプリル・フール)の戯言であって欲しい、 と思うほどに。


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