『Nose Diving』



戦闘の合間の小休止といったある日の事。

グラウンドの一角で、武器やその他備品を点検している来須の下へ、 舞が駆け寄ってきた。

「『めんてなんす』か」
「…見れば判るだろう」

もう直ぐ夏も近い、青天ゆえの熱さも手伝ってか、ウォードレス 姿の来須は、いつもよりもぶっきらぼうに返す。
そんな彼に、舞はくすりと笑うと、小脇に抱えた缶ジュースを、1本 彼の前に差し出した。
思わぬ主(あるじ)の気遣いに、来須は帽子を被り直しながら、 小さく目礼した。

「戦闘時は中々気付かずにいたが、こうして見ると、スカウト の装備品も充実しているのだな」
ひと息ついた後で、舞は、改めて足元に広がる装備品の数々を見回した。
「…士魂号に比べると、どうしても見劣りするがな。それでも、俺た ちの身を守るのに、必要なものだ」
「閃光弾に手榴弾…これは?」
「リテルゴルロケットだ。空中を浮遊しながら、長距離の移動が可能となる」
「……意外といかついのだな。どのようにするのだ?」
好奇心を刺激されたのか、重ねて尋ねてきた舞に、来須は無言でリテ ルゴルロケットを手に取ると、自分の腰に装着した。
そして、スイッチを入れると、舞の頭上数10センチほど飛翔する。
「…ほぉ」
ヘイゼルの瞳を丸くさせながら、舞は感心するような顔をした。
程なくして地上に降りてきた来須に、思わぬ提案をしてくる。
「私も、それで空に浮かんでみたい」
「…ウォードレスに着替えてくるのか?」
「そんな面倒臭い事はせぬ。そなたが私を抱えたまま、あがれば 良いのだ」

突拍子もない舞の発言に、来須は内心で動揺したが、このマイペースな 主(あるじ)は、お構いなしに彼の前に立つと、自分の身体を支えるよう促す。
来須は、ニ、三度周囲を警戒するように確認した後、舞の見かけより ずっと小柄な身体を両腕に抱き寄せると、先程よりもゆっくりと上昇した。
「おお!中々爽快な気分だな。これが戦闘用でなければ、思わぬ空中遊 泳が楽しめるというものだ」
「……そうだな」
慎重に着地をすると、来須は腕の力を緩めた。
僅かに硬直した腕の筋肉が、単なる肉体の疲労とは別の気だるさを、彼に 与えていた。
「何だ、もう終わりか?もう少しくらい良いではないか」
「……無茶を言うな。こんな事が誰かに知れたら、ただではすまん」
隊長の善行は勿論の事、小隊の中でも一癖もふた癖もありそうな連中に 見られた暁には、自分にも舞にもどのような追及の手が伸びてくるか判らない。
「あと少しだけ。私は、そなたとの空中遊泳を楽しみたいのだ。頼む、この通り」

拝む真似までされては、流石の来須も心を動かさずにはいられなかった。
再度、舞の身体を後ろ抱きにすると、先程よりも高く舞い上がる。
「息苦しくはないか?」
「平気だ!まるで鳥にでもなった気分だ!」
眼下に広がる世界に、舞は嬉しそうに顔を綻ばせる。
興奮気味に歓声を上げる度に、目の前を舞のポニーテイルが揺れ、 そこから漂ってくる爽やかな香りに、来須はらしくもなく胸を躍らせていた。
落とさぬ為、と自分に言い聞かせながら、来須は、舞の身体を絡め取る己の 腕に、力を込めた。
「何だか、声を上げたくなってきたな。叫んでも良いか?」
「……『助けて』などと、変な事を言うのではないだろうな」
「安心しろ。そのような『ねがてぃぶ』な科白など言わぬ。ちゃんと、飛 ぶ事に関連するものだ」
顔だけこちらを向いて笑いかけてきた、彼女の子供のような表情に、苦笑交じ りに頷いた瞬間。

「ああんっ!トンじゃう!舞、トンじゃうぅっっ!」

……それまで空中での和やかなシーンから、一転して殺伐とした雰囲気に包まれた 尚敬高校グラウンド上空から、垂直落下式DDTを決めた来須が、舞と共に地上に戻 ってきたのは、僅か数秒後の出来事であった。


……この部門でこのふたりがくっつく確率は、もはやマイナス域に達しつつある のでしょうか。
つーか、その前に主(あるじ)生きてるんでしょうか。


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