『Fighter meets a Knight・2』




小隊が発足して、そして来須が舞に仕えるようになってから、早1週間が 過ぎようとしていた。
いつものように、遅刻ギリギリで学校の門をくぐった来須は、校門脇の 泉に佇むふたつの影を見つけた。

「──私の顔を見ず、手先に神経を集中させるがいい」

イヤと言うほど耳に馴染んでしまった凛然とした少女の声に、 来須は頭を動かす。そこには、自分が守護する芝村の末姫と、ぽ ややんとした美少年の姿があった。
士魂号複座型のコンビを組んでいるのもあってか、仕事や訓練などでも 一緒にいる事の多いふたりを、来須は帽子の影からそっと窺う。

「どうして、キミの顔を見ちゃいけないの?」
舞の言葉に素直に従いつつも、速水は彼女の指先を見つめながら尋ねた。
興味深そうに瞳を輝かす速水に、舞は僅かに顔を傾ける。
「……私は、自分の容姿には自信がない。だが…指だけは、父がよく褒めて くれた」
「へえ…?」
「だから、見るのは指だけにしてくれ。照れ臭くてかなわぬ」
「でも、確かに綺麗な指だね」
ニッコリと微笑みながら、速水が舞の指先を、自分のそれで軽くつつく。
「こんな綺麗な指でなら、僕、触られてみたいなあ」
冗談とも本気とも付かぬ口調と共に、細められた少年の瞳に、彼らからや や離れた場所から様子を窺っていた来須は、ぴくりと耳をそばだてた。
───彼の笑顔の裏には、何かがある。
根拠はなかったが、何かが来須の中で、僅かながらも彼に対する警戒を促 していたのである。
芝村の(一応)末姫を守護する者としては、来るべきその時まで、彼女を 脅かすモノはすべて排除する必要があった。
例えそれが、彼女のパートナーだったとしても。

「……そなたは随分と、奇特な事を申すのだな」
速水に掴まれていた指を、舞はやんわりと解いた。
面白そうに口元を歪めると、速水の傍へ歩み寄る。
先程よりも更に、ふたりの距離が縮まったのを確認するや否や、来須は無意 識の内に足を速めていた。
いざと言う時の為に、利き手を軽く振りながら、いつでも行動を起こせるよ う、体勢を整える。
「ま、舞…?」
真摯に見つめてくるヘイゼルの瞳に、速水は思わず胸をドキリとさせた。
左手の指3本を、速水のおとがいの辺りへと持っていくと、

「……遠慮はいらぬぞ。何なら、そなたの一番敏感な所から触ってやろうか?」

曰く有りげなその手つきは、よくよく見ると、親指・人差し指・中指を、一 定の方向に伸ばした、いわゆる 『フレ○○グ左手の法則』以外の何ものでもなかったのだが、舞の まるで地を這うようなベルベットヴォイスに、
「あ…ぼ、僕『こっちの方』は久しぶりで、今日の下着もイマイチなんだけ ど…キ、キミがそこまで言うのなら……」

がぼん。

次の瞬間。
姫君からあらゆる危険を排除しようと、動きかけていた来須の身体は、染め た頬に手を当てながら、うっとりと目を閉じている速水の横をすり抜けて、 少女の頭を鷲掴みにすると、豪快に泉の中へ漬け込んでいた。


『なんだ、その面構えは』
「気にするな。少々、水浴びをしていただけだ」

小隊長室の通信機の前で、舞は、水滴が零れ落ちる前髪を払いながら、モニ タの向こうにいる芝村勝吏準竜師と話をしていた。
「……それでだな。先程も申し上げたとおり、以上の陳情を頼む。発言力に は問題ない」
「…いいだろう。妥当な陳情だ」
返事をしながら、勝吏はモニタ越しに従妹の顔を眺める。
ヘイゼルの瞳を細める様に、何処までもふてぶてしいヤツだ、と彼にしては 珍しく「褒め言葉」を、心中で呟いた。
……ただし、 その濡れた前髪に絡まった、藻か水草のようなものは何なの だ、と声を大にして言いたかったが。

「ところで…そなたに付けた、従者たちはどうしている?」
「お陰で、退屈せずに済むようになった。あの者たちには、教えられる事ば かりだ」
「ほう…?」
絡まっていた水草に気付いたのか、舞は、己の形良い指を前髪にやると、軽 く摘んで、傍らの金魚鉢へと投げ入れる。
それまで鉢の中で、ゆったりと泳いでいた金魚は、ガラス越しに舞の姿を確認 すると、突如物凄い勢いでグルグル回り始めた。
「──芝村を脅かすものは、何も外部の人間ばかりではない、というのを、こ こ数日間で充分認識させてもらった」
もう少しで、 自分の消化器官の餌食にしてしまう所だった、小さな生物を一 瞥すると、舞は軽く口元を歪めた。


ところで……『泉』に金魚って、いるの?(誰かが放せばいるんじゃないかと)


翌日。
5121小隊初めての戦闘は、オフィスビルがひしめく水俣戦区で繰り広げら れた。
それまで行っていたシュミレートとは違う、正に文字通りの「実戦」を、舞や 速水・壬生屋たちは、懸命に潜り抜けていく。
複座型と並走する来須は、改めて己の仕える主(あるじ)の戦いぶりを、スタ ーライトスコープ越しに見つめた。
単座型に比べて機動力は劣るものの、無駄のない動きで、幻獣を確実に死に至 らしめている。

『あやつは、我らに一族とって諸刃の剣だ。アレを生かし続ける事が、果たし て吉と出るか、凶と出るか……』

かつて来須が、『ある男』から聞いた言葉どおり、突然変異を起こした 実験動物の扱いを、一族が持て余すのも当然だと思った。
彼女の瞳は、現在(いま)よりもはるか遠くを見つめている。
───そして、その先にある『もの』へ、彼女はどのような想いを抱いている のだろうか。

『……派手にぶちかます。流れ弾に気をつけよ』

戦場でも凛然とした主の声が、来須の通信機に届いた直後、複座型から、夥し いほどのミサイル弾が発射された。


5121小隊の初陣は、「大勝」という幸先の良い結果に終わった。
それでも、全くの被害がなかったという訳ではない。自分たちと共に戦って いた友軍兵士の若干名が、勝利の代償となっていた。
若宮と別れて戦場掃除を続けていた来須は、不意に瓦礫の向こうから、 微かな声を聞いたような気がした。
確かめるべく足を進めると、その声は、段々と鮮明な泣き声になっていく。
「……」
ヘッドセットを外した来須は、やがて小さな人影を見つけた。歩を早めてい くと、ウォードレス姿で坐りこむポニーテイルの少女と、そんな彼女の傍らで 横たわる人影を確認する。
「うぅ…」
口元を押さえながら、舞は横たわるものを見下ろしていた。時折、堪えきれず に漏れた嗚咽が、彼女指の隙間をすり抜けていく。
「舞…」
来須は舞の斜め後ろに立つと、そっと声を掛けた。
「……『死』は、常に俺たちと隣り合わせにあるものだ」
声を聞いて、舞は顔だけ来須の方を振り返ってきた。彼女の瞳に浮かんだ涙 を、極力見ないふりをしながら、来須は不器用に言葉を続ける。
「哀しむのを悪いとは言わん。だが、それに捕らわれるな。そうでなけれ ば……」
そこまで言いかけて、来須は仰向けに倒れたものの足元に、眉根を寄せた。
ウォードレスの脚部でなければ、民間人の靴でも素足でもない。
更に歩み寄って、舞の背後から確認した瞬間……来須の思考は、完全に停 止した。

「見よ。他の球団のものは、無事だったのだぞ」
ずびり、と鼻をすする舞の足元に転がっていたのは、 某球団の焼け焦げたユ ニフォームを身に包んだ、マネキンであった。
周囲に散乱した、他のマネキンや商品を見た所、どうやらここにはスポーツ 用品店があったらしい。
「これは、昨年の優勝時の凱旋パレードで、MVPを受賞した選手が、実際に 着用していたものなのだ。週末に入る給与で、購入しようと楽しみにして いたのに…これでは早くも、今年の『ぺなんとれぇす』の行方を、暗示し 過ぎているとは思わぬか!?」
ひと息に言い切ると、舞は堰を切ったように、マネキンにすがりついて号泣 し始めた。
それまで忘我状態にあった来須は、呆然と事の成り行きを見守っていたが、 舞の泣き声に己を取り戻すと、力任せに彼女の後頭部を殴り付ける。

ゴッ!

一撃で昏倒した舞の手は、それでもマネキンの纏ったユニフォームの裾を、握 り締めて離さなかった。
やれやれ、とため息を吐くと、来須は倒れた身体を己の肩に担ぎ、もう一方の 腕で無機質な脚を掴み、元来た道を引き返した。



「あー、来須先輩ー!」
廃墟の向こうからやって来た大きな人影に、滝川は嬉しそうに声を上げた。
滝川の声に、その場にいた小隊全員も、来須の方を振り返る。
肩に何かを担ぎつつ、ガコン・ガコンと何かを引き摺りながらやって来 た来須に、一同は何事かと目を見張った。
「……どうしたんですか?それは」
ずれかけた眼鏡を直しながら、善行が来須に尋ねる。
「…掴んで離さないから、一緒に連れてきた。俺にはこれの価値は良 く判らぬが、こいつが執着するからには、それなりのモノなのだろう」
「──おい…お前さん、一体何を担いでんだ?」
その時。
しげしげと来須の姿を眺めていた瀬戸口が、緊張したような声を上げた。
僅かに強張った瀬戸口の表情に、来須は肩に乗っている舞の身体を確認する。
「……」
ブルーの瞳を凝らして見ると、それは人を象っているものの、実態とは程 遠い、某球団のユニフォームに袖を通したマネキンであった。
次いで、来須は己の右腕に掴んだ脚に、改めて視線をやる。一見、無機質だと 思われたそれは、ウォードレスに身を包んだ、来須の良く知る人物であった。
暫しの間、『担いだもの』と『引き摺っていたもの』を代わる代わる見比 べていた来須だったが、
「き〜さ〜ま〜……覚えてろよ……」
足元から聞こえて来た呪詛のような主(あるじ)の声に、完全に固まった。 (もっとも、普段が無表情なだけに大して変わっていない、という話もあるが)

「NOーっ!」

義弟のしでかした大失態に、小杉は悲鳴を上げると、来須の延髄目掛けて思い 切り蹴りを入れた。
今では『小隊のお洗濯係』と化している彼女だが、かつてはそれなりの修羅場 を潜り抜けているだけあって、彼女の脚は、正確に来須の急所を捉えた。
義姉からの襲撃を受けた来須は、そのまま地面に引っくり返る。
「マスターとマネキンの区別も付かないのデスカ、アナタはーっ!?」
仁王立ちで、仰向けに倒れた義弟に向かって叱咤する小杉を余所に、

「なんや…かなり鈍い音せぇへんかった?」
「流石は、来須の義姉さんだな。見事な脚捌きだ」
「今日は、戦場で『説教タイム』に突入なのでしょうか……」
「じゃあ、後は当事者たちに任せて帰るとしましょうか」

小隊のメンバーたちは、帰り支度を始めると、早々に戦場を後にした。


すっかり日も暮れ、瓦礫にまみれたオフィス街の一角では、地面に 一族の末姫を下敷きにしながら、完全に気を失った来須を、いつまで も説教し続けている小杉の姿があったという。



………ところで、きみたちの主(あるじ)は、ちゃんと生きてる?


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