熊本波乱万丈〜1999・3月彼岸前〜
(後編)
挿絵:霧風 要(敬称略)



【前回のあらすじ】
釘バットです。幻獣が来ました。友軍はいません。芝村さん強いです。司令官はついに 開き直っちゃいました。周りの皆も開き直っちゃってます。それでは師匠、ひと言どうぞ。

「幻獣以上に危険な気配がぎゅんぎゅんしまぁ〜す♪」

来須先輩、士魂号の乗り心地はどうですか?(…ああ、もう何がなんだか:汗)


『何だかあっちでは、随分派手にやってるみたいだなぁ』
上空のきたかぜゾンビに銃弾を浴びせながら、2番機の滝川がのんびり と呟く。
『そうですね…私も長い間戦ってきましたが、幻獣が人を恐れる姿を見る のは初めてです』
向かってきたゴルゴーンをずんばらりすると、やっぱり1番機の壬生屋が のんびりと答えてきた。
もはや彼らには理不尽な状況も、釘バットの脅威にも、すっかり慣れてし まったようであった。
「滝川」
『…へっ?何スか先輩』
舞の代わりに3番機の後席に坐る来須からの通信に、滝川は嬉しそうな 声を上げた。
「今の内に弾倉を交換しておけ。ビルを背にすれば、敵の死角になる」
『イエッサーッ!』

水俣戦区は、平地とビル街との両方で戦える場所である。入り組んだ建 物を上手に利用すれば、こちらに有利に働いてくれる。
滝川は、オフィスビルの影に身を潜めると、器用にアサルトの弾倉を交 換した。ビルの後ろにミノタウロスのミサイル音を聞きながら、2丁拳 銃の交換を終えると、再びビルから躍り出て幻獣に銃弾の雨を叩きつけ る。
危なげない後輩の戦いぶりに、来須は小さく口元を綻ばせた。一緒に訓 練や仕事をしている内に、来須にとって滝川という少年は、世話の焼け る弟のような存在になっていたのである。

「この先の建物からミサイルを掃射する。プログラムを確認しろ」
「……来須先輩。ひとつ聞いてもいいですか?」
「どうした」
「何で、装備がこのまんまなんですか?」

それまでずっと無言だった速水は、不意に顔を上げると不気味な程穏や かな声で来須に話し掛けてきた。
「先輩って、士魂号の時は『バズーカ職人』ですよね。なのに、どうし てコレが付いたまんまなの?」
装備状況をパネルに映しながら、速水は士魂号の左手に握られた燦然と 輝く一振りの釘バットを指差した。
「…装備を変更する前に、出撃命令があった」
「ウソ!僕、朝先輩がハンガーで装備を確認してたの見てるもん!」
詭弁を許さない表情で、速水はヘッドセットを外すと後席の来須を振り返る。
「舞の事さんざん言っておきながら、ひょっとしたら自分でも 『ちょっと釘バット使ってみよっかなぁ〜♪』とか思ってるんじ ゃないの!?」
無言の来須に、速水は更に声を荒げた。
「───どうなの、先輩!僕の目を見て答えてくんない!?」
「速水」
「何ですか!?」

とすっ。

またしても速水の意識は、来須の手刀を首筋に受けたのを最後に、ぷっつ りと途切れた。



「3番機、ミサイル掃射!ミノタウロスとゴルゴーン2体、ナーガやキ メラも巻き込んで、計10体撃墜なのよ!」
ののみの戦況報告を受けて、善行は小隊の勝利を確信した。
程なくして準竜師から掃討戦の命令が入り、(『俺の言ったとおりだろう が』と、得意げに嘯いていたが)一行は残りの幻獣を殲滅にかかった。
瀬戸口は忙しく通信機を操りながら、士魂号のパイロットたちに指示を出す。
「1番機は孤立しているキメラとミノタウロスを、2番機はスカウトと一緒に ゴブリンやナーガたちの始末を頼む。…3番機!」
『───こちら、3番機』
受信機から、速水とは異なる低い声が聞こえてくる。
「ああ、3番機……って、来須か?坊やはどうした?」
瀬戸口の問いに、来須は珍しく即答せず、数秒の間前席で失神している速 水を見つめる。
『…十翼長は、脳震盪を起こしている。通信に出られる状態じゃない』

「───舐めた言い訳こくなー!出られない状態にしたの、お前 だろーがー!」

いつぞやの某球磨戦区での悪夢が、瀬戸口の脳裏に甦った。
あの時と同じような境遇に陥った速水に同情しつつ、あの時と変わらぬ 絶叫を放つ。
『憶測で物を言うのはよせ』
「やかましい!……お前、行動パターンがあいつにそっくりだな」
『………一緒にするな』
瀬戸口の皮肉に、来須は少しだけ動揺した声を出した。

ヘビーマシンガンで敵を蜂の巣にしている若宮をよそに、舞は単身残り の幻獣の掃討に当たっていた。
「…あれは……」
交差点に漂う一匹の幻獣を見つけると、舞は訝しげな表情をした。ゴブリ ンに次いで『キング・オブ・雑魚』の異名を持つ小型の幻獣ヒトウバンが、 呻き声を上げながらさまよっている。
「…て……れ………」
舞は、幻獣の鳴き声に紛れて微かな人間の声を聞いたような気がした。
「…何だ?」
ヒトウバンの攻撃範囲を器用に避けながら、舞は幻獣の前方に回る。
すると、
「…頼む…殺し…て…くれ………」
幻獣の顔だと思っていたものは、その幻獣に殺されてもなお辱めを受ける 哀れな人間のなれの果てだった。
生命を奪われた後幻獣に顔を切り取られ、異形の怪物の一部として晒し者 になっているのである。
「…人の亡骸を弄ぶ外道が……例え貴様らの基が何であろうと、私は貴様 の所業を許しはしない」
唸るように呟くと、舞は釘バットを構えた。

来須はアサルトを構えると、退却を繰り返すゴブリンリーダーを射撃した。
撃たれたゴブリンリーダーの身体は、宙に一回転しながら地面に落下する。
地に伏したゴブリンリーダーは、もはや虫の息だった。このまま放ってお いても絶命しそうだが、来須は止めを刺そうとアサルトを構え直す。だが、
「!」
ふと、士魂号の頭上でヘリのエンジン音がした。見ると、壬生屋と滝川の 追撃を逃れた一体のきたかぜゾンビが、撤退線に向かって突き進んでいる。
来須は、アサルトをきたかぜゾンビに向けようとして、その手を止めた。機 動力に劣る複座型では、今から追跡しても間に合わないであろう。
来須はアサルトをポケットに収納すると、左手に握られた「超硬度大型釘バ ット」を右手に持ち替えた。そして、空いた方の手で先程傷付けたゴブリ ンリーダーを掴むと、逃亡を繰り返すきたかぜゾンビの方を向く。
「…試してみる価値はあるな……」
来須は呟きながら、瀕死のゴブリンリーダーを空に放り投げた。


「敵の状況はどうですか?」
「ほとんどの幻獣は、撃墜・残りは撤退しています」
「んーと、残っているのはヒトウバンとゴブリンリーダー、きたかぜゾン ビの3人なのよ」
「数え方の単位が違いますよ。それとも、知ってて言ってるのですか」
少々危なげな科白をさらりと口にすると、善行はパネルのマーカーを覗いた。
「ヒトウバンは芝村機。あとの2体は3番機の傍ですか…ま、あのふたりな ら心配はいらないでしょう。さ、そろそろ帰り支度でも始めましょうか」
「…そうっすね。おーい、壬生屋に滝川、若宮のダンナー。後はあのふたり に任せてもういくぞー」
もう、すっかり『なごみモード』になってしまった指揮車内で、瀬戸口が 『あのふたり』以外に凱旋の指示を出そうと通信機に手を伸ばす。

「あっ!?」

その時。
受信機から数種類の男女の驚愕の声が聞こえてきた。何事かと瀬戸口が顔 を上げると、そこには。

「……はああああぁぁっ!」
「───っ!」

凛々しくも凄まじい気合を放ちながら、芝村の姫君と士魂号の3番機は、 互いの手に握り締められた釘バットを振り回した。
舞の「振り子打法」によって、ヒトウバンが華麗に宙に舞い、来須の士魂 号によるなつかしの「1本足打法」がジャストミートした瀕死のゴブリン リーダーは、加速をつけながら上昇すると、必死の逃避行(つーか「逃飛 行」やね)をしていたきたかぜゾンビを巻き込んだ。
夜空に吸い込まれた幻獣たちは、やがてはるか彼方で散華する。
「これがホントの……」
スイングの構えをしたまま、舞が低くぼそりと呟く。
すると、まるでそれが聞こえたかのように、士魂号のコクピッドで来須 が呟きを返した。
「……昇天、だな……」

「『○点』の間違いじゃねーのか!?」

気絶している約1名を除いたほぼ全員から、ふたりに盛大なツッコミが入る。

「いいんちょ?どうしたのぉ?」
コンソールに突っ伏してしまった善行を、ののみが不思議そうに眺めた。
「…帰ってやる……私は……僕は、こんなお笑い小隊のお守りをしに、飛 ばされたというのか……」
「お…おーい。善行のダンナ?大丈夫かー?」
「頼むから、もう僕の事はほっといてくれますか……」
恐る恐る声を掛けてきた瀬戸口に、善行は心の底から情けないため息を吐いた。


それから約1週間後。
もはや習慣病となってしまった胃痛と共に、善行上級万翼長が関東に帰還 した。
後任には、先日の戦闘を境に突如人が変わったような速水厚志が就任、まるで 何かに取りつかれたように(人はこれを覚醒=堪忍袋の崩壊 と呼んだ)激戦地へ転戦を繰り返し、その結果、人類を大いなる勝利へ と導く事になる。
そして。

「…さすが、阿蘇特別戦区。まるで、スキュラとミノタウロスのワゴンセール だねぇ」
指揮車のパネルを見ながら、速水はしみじみと呟いた。
「…ちょっと、キツいんじゃないのか?」
通信機を操りながら、瀬戸口が苦々しい声を出す。
5121小隊が転戦する前に、この地区では既に何小隊も全滅していた。
当然ながら友軍はなし、航空支援も「制空権の維持で手一杯だ」と断られている。
「平気だよ。壬生屋と滝川には、この間僕が陳情した士翼号がある し。それに、何よりも……」
その時。士魂号3番機のミサイルランチャーが、音を立てて幻獣の密集地帯に叩 き込まれた。

『叩き甲斐のある連中だな、来須!』
『…裏技の“無限移動”を使え。煙幕さえあれば、スキュラなど畏れるに 足らん。“突く→返し刃”で撃沈だ』

超硬度大型釘バットで、ミサイルランチャーを「殺人ノック」のようにぶちまけた3 番機は、そのまま敵陣へ駆けて行った。
通常ではありえない移動力で迫ってきた人型戦車に、スキュラやミノタウロスは 反応する間もなく、無数の釘が取り付けられた最悪の「銀の剣」によって地に沈む。

「……ウチの『あのふたり』は、ある意味ヤツらよりも性質が悪いんだから」

地上最強にして「最恐」の士魂号3番機コンビと化した舞と来須のマーカーを確 認すると、かつてのぽややんな美少年は、無意識に痛み出した首筋と後頭部を擦ると、 こめかみどころか、眉間にも縦筋を作りながらニッコリと笑った。


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