『たのしい?ラストダンス』




「やれやれ…参ったよ。まさか…まさか君が絢爛舞踏だなんてね…いや、 嘘だな。君は最初から僕を疑っていた。そして近づいて来た。そうだろ?」

周囲からただならぬオーラを放ちながら、狩谷は不気味な眼差しを舞に向 けてくる。
舞は、腕を組んだままの姿勢で、狩谷の眼光をがっちりと受け止めると、
「……私が、絢爛舞踏章を取ったのは、1週間も前の話だぞ。何を今更、改まって 凄んできているのだ」
「──それは、君がスコア300いった直後にパイロットを下りてからというもの、 今の今まで バリバリの無職生活をエンジョイしていたからじゃないか」
胡散臭そうに返ってきた言葉に、狩谷はげっそりと呟く。
───この世界に訪れてから随分経つが、何百年かぶりに宿命の戦いの時を 迎えられると思いきや、その宿命のライバルは、「何でこんなヤツなんだ よ」と、落胆せずにはいられない相手であった。

「…とにかく、」
気を取り直すと、狩谷は再び舞に冷たい視線を向けた。
「ずっと…遺伝子操作された可哀相な子供達と戦っていたから、忘れてい たよ。本来、お前たち『ヒト』の口から語られども、決して見える事はない 人外の伝説だったな」
「狩谷…」
舞は狩谷を見つめ返すと、ヘイゼルの瞳を僅かに曇らせる。
「そうか…前々からそなたが、ずっと気になっていたが……そういう事だ ったのか」
「…喜ばないのかい?もっと喜んでくれたまえよ、絢爛舞踏。強くなりすぎ た故に、人でなくなった……つーか、舞踏以前に、君の強さは 規格外なまで に突出してたよね……もとい、伝説よ。何百年かぶりに、正と邪が揃 ったんだよ」
微妙な言い回しをしながら、それでも狩谷は不敵に笑ってみせた。
その笑い声に顔を背けると、舞は言葉を振り絞る。
「移動を頼まれて、そなたの身体を運んだ時に、妙にそなたの身体が冷た かったのは……そなたが幻獣使いだったからなのか」

「だからそれは、いつも君が僕の事を、 車椅子ごと男前に持ち上げていたからじゃないか!」

……それまでのシリアスモードは何処へやら、先程以上に襲ってきた頭 痛に、狩谷は益々眉を顰めた。
「大体ねぇ!『運ぶ』っつったら、普通は車椅子転がすか、移動が困難な所は 別々にするとか、君の頭の中には、そういう考えがない訳!?」
「だったら、私に頼まなければ良かったではないか」
「……しょうがないだろ。移動をしたい時、いつも君しかいなか ったんだから」
巧みな切り返しに、狩谷はボソボソと口の中で言い訳をする。
狩谷は、大抵の事は自分でするようにしていたが、段差の激しい所など の移動をしたい時に限って、何故だか提案できる相手が、周囲に舞しかいなか ったのである。
それでも舞は、そんな狩谷の提案を、いつも快く引き受けてくれたの だが、不敵に微笑みながら、狩谷を 車椅子ごと軽々と持ち上げるのは、正直勘弁して欲しかった。
「普通に運んでくれればいい」という狩谷の言葉に、芝村の姫君は、口元 に笑みをたたえて、こう答えたのである。

「弱者を救うのは、我らの役目だ」

……そのあまりにも男前(註:褒め言葉)な笑顔には、狩谷だけでなく、 周囲にいた小隊のメンバー全員が、理不尽にときめいてしまったという。

「とーにーかーく!これでやっと、何百年ぶりに正邪が揃ったんだ!絢 爛舞踏!僕は君を…って、うわっ!?」

突如、宙に浮いた感触に、狩谷は悲鳴を上げた。
つかつかと自分に近寄ってきた舞が、自分の身体を持ち上げたのである。
「な、何を…っ!離せ!」
狩谷の抗議を無視しながら、舞はハンガーの階段を上る。
最上段まで到着すると、舞は、狩谷の身体を抱えたままの状態で、彼の顔を 覗き込む。
「…そなたの身体は、温かい。ちゃんと、人間としての熱い血が流れてい るのだな」
「…え?」
「──何が、そなたの心を蝕んでいる?」
「な…」
真摯なヘイゼルの瞳に、狩谷のそれが動揺の色を見せた。
「私の目を見るが良い。……そなたの心の闇が、如何ほどなものかは知ら ぬが、それでも、私は受け止めたいと思う」
更に近付いてきた舞から目を離せずに、狩谷は胸の鼓動をますます速く させる。
「私に任せてくれぬか。……夏樹」
「ぁ……」
上気した頬に触れられた手を感じ、狩谷の身体から力が抜ける。
そのまま上を向かせられた狩谷は、唇にかかった舞の吐息に逆らう事無く、 ゆっくりと目を閉じた。

と、

すぱーん!
がんっ!


何かをしばく2種類の音に続いて、ドガガガガガガという物騒な 擬態語が、狩谷の耳に届いた。

「なっちゃん、なっちゃん!大丈夫!?何もされてへん!?」

切羽詰ったような様子の加藤が、狩谷の肩をガクガクと揺さぶる。
…ぎんちゃん、カッコイイ………
『池○屋騒動(別名:「○田行○曲」ともいう)』も真っ青な階段落ちを披露 した舞は、階段の踊り場で、ハリセンを片手に、ゆっくりと利き足を下ろ す来須の姿を見た。

「……そなた。いい加減慣れたが、守護者が被守護者を『階段落ち』 にするとは、見上げた根性ではないか」
「…昼下がりのハンガーで、仮にも姫君が、漢気に溢れた濡れ場を演 じるな」

同情の欠片もない、寡黙な守護者の返事に、舞は無言で立ち上がる。 全身擦り傷だらけに加えて、流血までしていたが、それでも不敵に微笑 むあたりが、流石といった所か。
暫くの間、茫然自失としていた狩谷だったが、周囲の状況にはた、と我に返 ると、
「きゃっ!?」
自分の身体を支えていた加藤を突き飛ばし、その両の瞳を攻撃的な色に 変化させた。

「あーっ!もう!何だって、ここまで話が進まないんだよーっ!絢爛舞踏! お前は、何処まで僕を馬鹿にしたら気が済むんだ!」
「馬鹿にしてなどおらぬ。狩谷、私はそなたを……」
「黙れ黙れ黙れ!お前なんか、殺す!殺してやる!」

言うが否や、狩谷の手から衝撃波が、階段下の舞い目掛けて放たれた。
瞬時に察した舞は、横っ飛びでそれをかわす。
「……なるほど。どうやら本気なようだな」
低い声で語りながら、舞の表情が硬くなった。
「……漸く、その気になったか。来いよ、絢爛舞踏!」
芝村一族からも『変異体(イレギュラー)』と、脅威の目で見られている 少女の真剣な表情に、狩谷はほくそ笑みながら、己の姿をヒトとはかけ離 れた禍々しいモノへと変化させていく。
「な、なっちゃん……?」
変わり果てた少年の姿に、加藤はガチガチと歯を震わせる。

「加藤、ここは危険だ。ひとまず下がれ。士魂号を……速水は何処だ?」
「──速水なら、先日から謹慎を喰らって、休み中だ」
「…マジ?」

至極冷静な来須の突っ込みに、舞は虚を突かれた顔をする。
「…これでは少々分が悪いではないか。いくら私でも、この身一つでヤツと 渡り合うのは、至難の業だぞ」
「お前にはアレがあるだろう」
「無茶を言ってくれるな」
口ではそう言いながら、舞は利き手を閃かせると、まるでご都合主義のように、 愛用の『釘バット』を出現させた。

「始まってしまったものは、仕方がない。…タイマンのガチンコ勝負といこ うではないか」

燦然と輝く恐怖の『銀の剣』を構えながら、舞は不敵に笑ってみせる。
自分よりはるかに小さな少女の勇姿に、狩谷は無意識に戦慄した。


「……君はゾンビかーっ!?」
「知るかーっ!」

幻獣の姿を通して、泣きの入った狩谷の悲鳴に、舞はヤケクソ気味に怒鳴 り返す。
こめかみの辺りから、 イヤというほど男前に血を噴き出しながら、舞は釘バットを振りかぶると、 狩谷目掛けて躍りかかった。

戦いは、一見狩谷の圧倒的な優勢に見えた。
しかし、倒しても倒しても、この「舞踏」は、ネコの姿を借りた精霊や、他 人に幸運を与えるあまり、自分には不幸ばかりが舞いこむメガネ少女や、挙 げ句の果てには『未来への希望』の名を持つ子供の力で、理不尽な復活を 果たしているのである。
一度きりならまだしも、「奇跡の復活劇」とやらが、2度も3度もあっては、 感動もへったくれもない。

まるでベルセルク(狂戦士)の如く、向かってくる舞に、ついに狩谷は根を 上げた。

「もう、ヤダーっ!」

その声に呼応するかのように、狩谷の身体と、幻獣の身体とが分離する。
舞は、釘バットを一旦地面に置くと、上空から落ちてくる狩谷の身体を、 優しく抱き止めた。
そして、その身体をそっと地面に下ろしてから、再度釘バットを構える。
予期せぬ事態に、制御が狂い始めた幻獣から、苦し紛れに放たれたミサイルを、
「もらった!」
まるで、お手本のような理想的なスイングで、幻獣目掛けて弾き返した。
急所にまともに打球を喰らった幻獣は、断末魔を上げながら四散する。

「──今ループ最高のスイングだな」

ある意味デンジャラスな科白を呟きながら、舞は、ヘイゼルの瞳を輝かせた。


「お願い、芝村さん!なっちゃんを許してあげて!なっちゃんは……!」
必死の加藤の懇願に、狩谷は地面に坐りこんだまま、無言で首を振った。
「いいんだよ、加藤…」
「なっちゃん……」
加藤を制すと、狩谷は舞を見上げる。
頭のてっぺんから爪先まで、傷だらけ(おまけに血みどろ)の姿で釘バットを 担いでいる舞に、改めて戦慄を覚える。
「最初から、勝てる訳なかったんだよな…『ただの絢爛舞踏』ならまだしも、 君(イレギュラー)にだけは」
自嘲気味に呟きながら、それでも狩谷は、何処かサバサバとした表情で続けた。
「……君の勝ちだ。さあ、どうする?このまま僕を殺すもよし、憲兵に引き渡 すもよし、好きにするといいさ」
「…何故、そんな事をする必要がある?」
「?」
「そなたは、幻獣に身体を乗っ取られていた。そして、自分の意志で戻って きた…それだけの事だ」
「芝村さん…」
舞の返事に、加藤は目を丸くさせる。

「──ただし、だ」

わざと大きな声を出すと、舞は言葉を一旦切る。
「操られていたとはいえ、芝村であるこの私に対する仕打ち、ただでは済まぬぞ」
「…え?」
「そなたが私にした事は、あの 『自覚のないバチあたり守護者』と、タメ張って 一歩も譲らんものだ。…それ相応の罰を、受けてもらわぬとな」
釘バットをかざしながら、舞の瞳が不気味に揺らめいた。
瞬時に己の身に危機を感じた狩谷は、無意識に後退する。
「男なら、甘んじてその身に受けるが良い。今なら、『尻(ケツ)バット50発』で、 勘弁してやろう」
「それで!?」
光り輝く釘バットに、狩谷は叫び声を上げた。
「『好きにするといい』と言った、潔さはどうした!?とっとと、尻を出さぬ か!」
「じょ、冗談じゃない!」
「往生際が悪いぞ!」
「……助けてーっ!」

───今までの熾烈を極めた戦いから一転、プレハブ周辺では、釘バットを振 り回した舞と、それから必死で逃げる狩谷との『追いかけっこ』が繰り広げ られていた。

「ふええ。まいちゃん、『ぼーりょく』はめーなのよぉ」
「逃げてぇ、なっちゃん!地の果てまで!」
「来須クン!止めなくていいのデスカ!?」
「……アレを手にした舞は、到底俺の適う相手ではない。するだけ無駄だ」
プレハブのベランダでは、野次馬たちが、ふたりの低レベルな激戦を観賞 していたが、

「それにしても、あの芝村から逃げ出せるとは…狩谷のヤツ、意外と 足が速かったんだな

「──え!?」

表情をシニカルに歪めながら、それでも何処か嬉しそうに呟いた瀬戸口 の台詞に、周囲は驚愕の声を上げた。

そして、改めてベランダから身を乗り出すと、釘バットを片手に笑みを 浮かべている舞と、慌てふためきながら 走り続けている狩谷の姿を、 見下ろした。


───めでたし、めでたし?



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