『ハリセンチョップ』



「あー、雨だぁ」
ののみの声で、一同は空を見上げた。授業が終わる前までは晴れてい た空が、一瞬にして曇り、大粒の雨が降り注いでいた。
「整備兵はハンガーに急いで!雨が吹き込まないようにしなきゃ!」
「1組の皆さんも、手伝って下さい」
「はっ!」
原と善行の言葉で、5121小隊の学兵たちは行動を開始した。足を動かし ながら、ののみは隣を歩く舞に問いかける。
「さっきまであんなにお天気だったのに、どうーして急に雨が降るのか なあ?」
「…心配いらぬ。おそらく夕立であろう」
「『ゆーだち』?」
舞の返事を聞いて、ののみは更に語尾を上げた。
「気象上、夏に多いのだがな。夕方に一時的に降る雨の事だ。ある程度 降ってしまえば、じきに止む」
「…夕方に降る雨だから、ゆーだちなのかぁ」
ひとりで納得したかのように、ののみはのんびりと呟く。
「───じゃあねぇ、まいちゃん。朝に降る雨はなんていうの?」
続いて出た質問に、その場にいた者が舞を除いて全員凍りついた。
「それはだな。やはり、朝に降るから『あさだ……」

どごっ!

言い終わらないうちに、来須の拳が舞の後頭部にジャストミートした。
不意に食らった一撃に、舞は頭を抱えてうずくまる。
「守護者の分際で、被守護者に鉄拳制裁かますとは何事かー!」
「子供に何を教えている」
「……ふたりとも、早くハンガーに急いでください」
下手をすると乱闘を始めかねないふたりに、善行は呆れながら釘を刺した。


来須とヨーコは、芝村一族の命令で、舞の守護をする為に異世界から 訪れた。
「HERO」という名の人類の決戦存在を誕生させるまでは、彼女を生か しておく必要があったからだ。
ところが、いざ出会った芝村の末姫は、自分たちが守る必要なんてな いんじゃないか、というほどの強さを秘めた少女であった。
一族から与えられていた以上のポテンシャルの高さに、正直舌を巻い た程である。
戦闘技術も情報の分析能力も、戦士としては申し分ない。確かに申し 分ないのだが。

「…来須クン、舞サンは女のコなのデスよ」
夜。学兵用宿舎の自分の部屋で、来須は義姉のヨーコに通算26回目 の説教を受けていた。
「女のコをポコスカ殴ってはいけまセーン!来須クンの 馬鹿力で殴られたら、いつか舞サン死んでしまいマース!」
あいつがそんなにヤワなものか、と内心で毒吐きながら、来須はヨーコ の説教を聞き流す。
とにかくあの恐るべき芝村の姫君は、やたらと好奇心や探究心が旺盛で、 自分の判らない事は何でも調べないと気がすまない性格をしている。

ある時は岩田お手製の「自爆装置」をその身で試したり、(結果、真っ黒 になりながらも満足そうに笑っていた)またある時は、「向学のためだ」 と18歳未満閲覧禁止の裏書の山を読破してみたり。(「…世の中には、 私の知らない事がかなりあるのだな」とほんのり頬を赤らめていたが)
挙げ句の果てには、作業が長引いて学校に泊まる事になった時などは、 自分の愛機である士魂号のシートの中で毛布を引っかぶって寝るなどとい う荒技をこなす。(翌朝、装備の点検に訪れた速水が、ハッチを開けた 途端、中から滑り落ちてきた舞と鉢合わせして、悲鳴を上げていた)

放っておけばよいのかもしれないが、どうしても来須にはそれが出来 なかった。
そして気が付くと、舞の行動を諫めようと、口より手が先に出てしまう のである。
『大体、あいつもあいつだ。自分の立場をろくに考えもしないで、突っ 走りやがって…』
翌日。朝から義姉の説教を聞くのを避けて早目に宿舎を出た来須は、 直ぐに学校へは行かずに、今町公園に立ち寄っていた。
ベンチに腰掛けると、朝食代わりに部屋から持ってきた紅茶とサンド イッチを取り出す。
「……」
晴れた空を見上げながら、来須は黙々とサンドイッチを口に運んだ。
さして時間もかからずに食べ終えると、紅茶を飲んで喉を潤す。
やがて、それも飲み終えると、来須はベンチからゴミ箱に向かって缶 を投げた。
空缶は放物線を描きながら、ゴミ箱の中へと吸い込まれる。
ところが。

かっこーん☆

「……?」
入ったと思った空缶が、突如勢い良く跳ね返ってきた。カラカラと乾 いた音を立てて地面に転がる空缶を、来須は不審な顔で見つめる。
ベンチから立ち上がると、来須は空缶を拾い、再度ゴミ箱へ捨てよ うと手を動かす。
すると、ゴミ箱の底に何やら異様に輝いている物体があった。
「…何だ、これは……」
来須はゴミ箱に手を差し入れると、底に鎮座する物体を引き上げた。


「…な、何か用ですか?来須はん」
小隊長室で書類の整理をしていた加藤は、突如目の前に現れた巨大な 影におののいた。
「……」
来須は答えずに、更に一歩足を踏み出すと加藤に近づく。
「…い、いやー!来須はん堪忍してー!ウチには、なっちゃんという 人が……」
「──寄越せ」
「へ?」
「お前のソレを寄越せ。代わりにこれをやる」
そう言って来須が差し出してきたものに、加藤は目を奪われた。
あまりの事に、彼女の頭の中の計算機が音を立てて壊れる。
「…ホンマに?ホンマにコレもろてもええの?」
「お前がそれを寄越すのなら」
「するする!ナンボでも寄越したる!」
「ひとつでいい」
取引を終了させた後。無言で小隊長室を後にする来須と、輝く物体 を手に小躍りする加藤がいた。


「よーこちゃんとぎんちゃんって、まいちゃんの『じゅうしゃ』さ んなのぉ?」
1組の教室の中では、ののみが無邪気に舞に話し掛けていた。
舞は頬杖を付きながら、げっそりとした顔で答える。
「小杉はともかく、来須は違うぞ。あいつは事あるごとに私に暴力 を振るう」
「えー?まいちゃん、ぎんちゃんにいじめられてるの?」
「そうだ。従者などといいながら、あいつは幻獣よりも性質が悪い。 戦士なだけに、さしずめ『暴力戦士』と言った所か」
岩田レベルの冗談を言いながら、舞が真面目にうんうんと頷いてい るののみに説明を繰り返していると、

すぱーん!

気持ち良いくらい華々しい音が、舞の後頭部に炸裂した。
このようにた易く(?)彼女の背後から一撃を加えられる人間など、 ひとりしかいない。
「………」
こめかみに青筋を数個作りながら、舞は不自然すぎる笑顔を作った。
「…絶妙な突っ込みだな。スカウトからコメディアンにでも転職す るつもりか?」
「……子供に嘘を教えるな」
加藤から 「交換しない?」で手に入れたハリセンを片手に、来須 が舞を見下ろしてくる。
「来須クン!暴力はイケナイとあれほど……」
「…音が派手なだけで、怪我はない筈だ」(むしろ士気は上がってい る)
慌てたようにたしなめるヨーコに、来須は淡々と答えた。
『それだけの為にそんなものを入手したのか、この人は……』
教室にいた誰もが、統一した感想を胸に抱いている中。
もはや『史上最凶(最恐?)のお笑いコンビ』と化した舞と来須は、 本田からマシンガンの洗礼を浴びるまで、互いにずっと睨み合って いた。



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