『みんなの、うた』



戦闘後。
壬生屋はコクピッドの中で、強化ガラス越しに聞こえてくるメカニ ックたちの言葉に、無意識に視線を落としていた。

「機体強度に操縦系統……どれもこれもみんな!」
1番機の故障箇所を確認しながら、森は苛立たしげに頭をかいた。
「壬生屋さん!あなたには、学習能力ってモンがないんですか!?」
ハッチを開けて、コクピッドから出てきた壬生屋を、森は開口一番に 詰問した。
「そこまで言わなくても。壬生屋さんだって、一生懸命……」
「一度や二度の事じゃないからです!あなたの無鉄砲すぎる戦いぶりの お陰で、私たちメカニックは、いったい何回、1番機の部品を交換・修理 したと思ってるんですか!」
森の剣幕ぶりに、速水のフォローの言葉は、無残にも打ち消される。
「重装甲の強度にだって、限界があるんです。傷をつけるな、とは 言いません。でも、パイロットならもう少し、自分の機体を大切に して下さい!」
「本当に申し訳ありません…あの、修理をお手伝いします」
深々と頭を下げながら、壬生屋は森に謝罪する。
「……結構です。整備のイロハも知らない人にサポートを頼むほど、落ち ぶれてはいませんから。そんな暇があったら、もっと自分の戦術でも研 究されたらどうですか?」
だが、森は壬生屋の申し出をにべもなく断ると、工具箱を片手にハンガ ーの1階へ下りて行く。
森の姿が見えなくなった後、壬生屋は肩を震わせながら、外へ続く階段 へと飛び出していった。


銃器を扱うのが苦手な壬生屋は、二振りの大太刀を携えながら、士魂号 と共に戦場を疾走する。
真っ向から突っ込んで、斬る。それは、「異形の侍」に相応しい戦い方 ではあるが、同時にこちらに相応のリスクを負うのも、また事実であった。
速水や舞の複座型のような、とっておきのミサイル兵器がある訳でもな いし、また、2丁のアサルトライフルを操る滝川のように、ヒットアンド アウェイの戦法を取れるという訳でもない。
「わたくしには…士魂号のパイロットとしての才能がないのでしょう か……」
屋上の片隅で坐り込みながら、壬生屋は小さくベソをかいていた。
それまで、1番機の整備士を務めていた田代とトレードするように、森が 壬生屋の機体を担当するようになってからというもの、戦闘の度に森から お小言を言われ続けているのだ。
『特攻するしか能がない』と、かつて瀬戸口に揶揄される事があったが、 あまりの森の激情に、その瀬戸口でさえも、壬生屋に茶々を入れるの をためらっている程である。

「なんだなんだあ?折角の勝ち戦だったってのに、落ち込んでいるヤツは」

壬生屋が顔を上げると、屋上の階段をのぼりながら、真っ赤なレザーに身 を包んだ派手な化粧の女性が、こちらに向かってきていた。
「あ…」
「その様子だと、またこってりと絞られたようだな」
目元の赤い壬生屋の顔を一瞥すると、本田は、雲の晴れた星空を見上げる。
「…なあ。『叱られている内が、華』って言葉、知ってっか?」
言いながら、本田はいつもより少しだけ和らいだ表情で、壬生屋に向 き直った。
「お前にあんだけ怒ってんのは…それだけお前の事を、心配しているから だと思うぞ」
「そうでしょうか…」
「──ココだけの話、オレもそうだ。お前は可愛い教え子であり、可愛い 姪っ子でもあるからな」
「…おば様……」
声を潜めながらの本田の台詞に、壬生屋は瞬きを繰り返す。
眉根を下げて、表情を曇らせたままの壬生屋に、本田は気づかれないように苦笑すると、
「──付いて来い」
軽く伸びをしながら、本田は壬生屋から背を向けて、階段へと足を進める。
妙に手入れの行き届いた指に促されて、壬生屋は素直に本田の後ろを歩き始めた。

「あった、あった。ホラ」
職員室の自分のロッカーを開けた本田は、中にあった皮製の楽器ケースを、 壬生屋に手渡した。
「オレが初めて、自分の給料で買ったギブソンだ。お前に貸してやるよ」
「…『ぎぶそん』……ですか?」
ケースの中身を確認した壬生屋は、光沢を湛えた真っ青なエレキギターに、目を 丸くさせる。
「こんな時だからこそ、たまには息抜きでもしろよ。お前のようにクソがつ くほど真面目すぎるヤツは、バランスが悪くてかなわん」
「ですが…わたくし、ギターの弾き方など……」
「三味線の弦が倍に増えて、バチが小さくなったようなもんだ。詰め所にアンプ とヘッドホンもあるし、気分転換のつもりでやってみな」
些か無茶な論理を振りかざしながら、本田は一冊の本を壬生屋に手渡す。
「じゃあな」
自分の用は済んだ、とばかりに、本田は言いたい事だけ言った後、壬生屋を残 して職員室を去っていく。
ギターケースと『サルでもわかるギター入門(民明書房刊)』という本を抱え た壬生屋は、半ば呆然と佇んでいた。


一方、その頃。

「無理ですよ。これ以上強度を高めたら、他の部分に悪影響が出ます」
「人工強化筋肉をつければ、まだいける筈です。限界まで上げて、どう にかバランスをもたせて下さい」
肩を竦めながらの遠坂の言葉に、森は小さく首を振って指示を続ける。
「1番機は、重装甲がウリなんだから。その補強を怠って、パイロットにもしもの 事があったら、どうするつもりなの?」
「……判りましたよ」
森に根負けしたのか、遠坂は苦笑しつつ、士魂号の整備プログラムを切り替えた。
「フフフ。相変わらず手厳しいですねぇ」
工具を片手に、怪しく身体をくねらせながら、岩田が森に声をかけてきた。
「そこまでパイロットの事を思っているのでしたら、素直に言って差し上げれ ばよいものの」
含みのある問いかけに、森は一瞬だけ虚を突かれた顔をしたが、
「……士魂号の故障を、整備のせいにされては、たまらないだけです」
「──フフフ。まあ、そういう事にしておきましょうか」
口ではそう言いながら、必死に機体の強度やバランスを確かめる森の姿を、岩 田はその三白眼を細めながら見つめる。

自ら1番機の整備士を志願した森の働きぶりは、以前よりも格段に跳ね上が った性能数値を見ても、明らかであった。
『…幻獣が、私の士魂号と私のパイロットを殺す。そんな事は、絶対に許さ ない……』
戦場に立つ事はなくとも、森もまた幻獣を憎み、戦っているひとりであった。
愛する士魂号の為に。そして………


『つくづく、損な性分ですねぇ』

太刀を携えて特攻する事しか出来ないパイロットと、ひたすら不器用な整備士。
中々お似合いのコンビではないのだろうか、と、岩田は道化た姿からは想像 し難い笑みを、こっそりと漏らしていた。



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