『少女幻想・激異聞』



1999年、4月某日。
熊本では、すっかり毎度お馴染みとなりつつある異形の侍たちが、今日も人類の敵を屠る べく、戦場を駆け巡っていた。

「皆さん、こんにちは。こちら阿蘇特別戦区では、幻獣側の最終兵器(リーサルウェポン)と 人類の最終兵器たちが、互いにタメ張って一歩も譲らないガチンコ状態です。今にもトンズラ したくなりそうな程、物騒な気配がぎゅんぎゅんしまぁ〜す☆」
「……全軍。とにかく友軍の皆さんに、ご迷惑がかからない程度にお願いしますよ」
一体、何処に向けて喋っているのか判らないが、激戦区であるにも拘らず、妙に緊張感のない 声で、自称『お耳の恋人』はマイク片手にリポートを続けていた。
その横では、すっかり常備薬となった胃薬とサプリメントを、ののみから受け取る善行が、半 ば投げやりに指示を出していた。

「わははははは!食らえ、幻獣ども!複座型が誇る、ミサイルの千本ノックを!」

前席で思考停止している相棒を他所に、後席に腰掛けた舞は、『超硬 度大型釘バット』で、ミサイルの弾を幻獣に向けてフルスイングしていた。
全弾撃ち終えた頃には、スキュラやミノタウロスさえもヘロヘロになっており、それを見計らう ようにして、複座型の士魂号は、その手にしたバットで幻獣たちを撲殺にかかる。

ギィン!

「……」
敵をなぎ払った衝撃で、複座型の手に握られた釘バットから飛んできた釘の破片が、1番機の 装甲にキズを付けた。
まるで愛車に10円キズを付けられたような感覚に、コクピッドの壬生屋の表情が、ピクリと引き攣る。
だが、舞は構わずに伝家の宝刀を構え直しながら、虫の息であるゴブリンの身体を、上空のスキ ュラ目掛けて打ち上げた。

がすっ!

「…あーっ!」
アサルトでスキュラを狙っていた2番機の上から、理不尽な攻撃を受けて墜落してきた幻獣の残 骸と、その身体に突き刺さっていたいくばくかの釘が、滝川の機体を汚しにかかる。
「……殲滅完了。まさに『成敗』というヤツだな♪」
『何が成敗だ(ですか)!』
満足そうに舞が頷いた瞬間、複座型の延髄部分(?)に、1番機の太刀(ただしみねうち)と2番機のCAGKKW(溜め 蹴り)が、クリーンヒットした。


「いい加減にしろよ!お前のマニアックなスタンドプレイのお陰で、こっちは とばっちりを受けまくりなんだぞ!」
「そうですわ!貴方の流れ弾ならぬ流れ釘の所為で、わたくしの士魂号は、戦闘で受けた ダメージ以上にキズだらけになるんですよ!?」
戦闘終了後。士魂号から降りてきた滝川と壬生屋は、悠然と佇んでいる舞に険しい表情のまま 詰め寄ってきた。
「……キズは、戦士の勲章とも言うであろう。人類を救う事に比べれば、それくらい大した事 ないではないか」
「そもそも、おめーが規格外の武器を芝村から無理矢理調達してなきゃ、こんな事にはなってねーよ」
わざとらしく嘯く『小隊一の漢前』に、間髪いれずに滝川がある意味釘を刺す。
「それに!俺らだけじゃなくて、若宮先輩や来須先輩なんか、マジでいい迷惑だぞ。何で敵よ りも、味方の釘バットの弊害を気にしながら戦わなきゃいけないんだよ!?」
「そんな事はない。私とて、あの『バチ当たり守護者』に、戦闘が終わる度にハリセンで脳細 胞を破壊されまくっているのだから」
「お前が破天荒な事ばかり繰り返さなければ、殴ったりはしない」
直後。舞の額に、もはやお約束といわんばかりの、来須の一撃が襲った。
「……ぎんちゃん。顔はやめて顔は。私、女優なんだから」
「フン」
イィ音と共に、彼女のおでこには赤い痕が残る。


「……ねえ、舞。どうして君は、そこまで釘バットにこだわるの?」
その時。今まで傍観者を決め込んでいた速水が、ゆっくりと口を開いた。
「いきなりどうした?親友」
「だって、強力な武器だったら、釘バットじゃなくてもそれこそN・E・Pとかでもいいんじゃない? なのに、どうして君はあえてあの武器を使うのかな…って」
訝しそうに眺めてくる滝川を他所に、速水はなおも舞に疑問をぶつける。
「…私が…こだわる理由……」
真っ直ぐな相棒の瞳を、舞のヘイゼルのそれが見つめ返した。
そして、徐に士魂号の背に負われた『恐怖の銀の剣』に視線を移すと、舞の記憶は、 『この世界』ではない、はるか遠くの場所を、彼女の脳裏で反芻させていた。
「……そうか。思えばあの時のアレが……」
「──どうしたの?」
我に返った舞は、ほんの少しだけ表情を歪めると、
「いや、何でもない。昔の事を思い出しただけだ」
「どんな?」
「……そうだな。私が未だ幼い子供だった時の、昔話だ…」
更に尋ねてくる速水の表情に、思わず泣きたくなる程の既視感を覚えながら、舞は 努めて言葉を選んで話し始めた。


その頃、私は幼い少女だった。
──否、幼女と言った方が正しいのかも知れぬ。
己が身を護る術も、自分の境遇を考える頭も持たぬまま、「そこ」にいた 私は、それでも私を認めてくれる人間たちに囲まれて、それは大切に育て て貰った。
そう。私にとって彼らは、そしていつも私の傍にいてくれた「その人」は、私 のすべてであったのだ。

……だが、そんな平穏な日々も、長くは続かなかった。
人類を脅かす敵によって、私の仲間、そして私の何よりも大切な「その人」も、 例外なく殺されてしまった。
『ずっと、一緒にいるよ』と約束をしたのに。
まるで眠るように瞑目する「その人」は、私がどんなに叫んでも、名を 呼んでも、もう二度と私を見て微笑んでくれる事はなかった。


「ふぇぇ…ひっく、ひっ…く……っちゃぁぁ…ん…うぇぇ……」
廃墟と化したその場所で、幼い舞は、幾度も愛しい人の名を繰り返しながら、 泣き続けていた。
子供には耐え切れぬ疲労感と、そして大切な人を失ったという喪失感が、幼い 少女を、これでもかというほど苛み続けていた。
大切な人『だった』亡骸を前に、ただ泣くばかりの舞の前を、不意に人影 が覆ってきた。
それに気付いた舞が、涙に濡れた瞳を見開くと、そこには背の高い男が 立っていた。

「……だぁれ?」
しゃくり上げながら問う舞を無視すると、男は低い声で淡々と言葉を投 げ掛けてきた。
「そなたに、ふたつの選択肢を与える。ひとつは、このまま普通の人間として、 ささやかながらも幸せな未来を進む事」
「え…?」
「そしてもうひとつは、すべてを犠牲にしてでも、この男を救えるかも知 れぬ道を歩む事だ」
「…そのみちを選んだら、……ちゃんは助かるの?」
「そうなるかどうかは、そなた次第だ。…どうする?」
逆にそう問い返してきた男に、舞は両手でゴシゴシと涙を拭うと、男に後者 の道を選択する旨を伝えた。

「ならば、早くしろ。私の後について来い」
言いたい事だけ告げると、男はさっさと舞から背を向けて歩き始めた。
慌てて男の後を追った舞は、何歩か足を進めた後で、つまずいてしまう。
「ふぇ…」
「ぐずぐずしているのなら、置いていくぞ」
1ミリの同情もない声が、舞の頭上に降ってきた。
舞は、泣き声を無理矢理喉の奥に押し込めると、擦りむいた膝もそのままに立ち上がった。
すると、
「あれ…これ、なんだろ?」
その時。舞は自分の左手に何かが収まっているのに気付いた。
おそらく、転んだ拍子に地面に転がっていたものでも握り込んだのだろう。
なおも急かす男の声に、舞は手の中のそれを捨てようとしたが、何故か途中で思い直すと、 男に気づかれぬように、そのままポケットの中へしまい込んだ。

だが、後に少女の手に握られていたものが、別の世界で幻獣と人類の両方を、恐怖と絶望 のどん底に叩き落とす元凶になろうとは、流石にこの時は、誰も予想がつかなかったのである。


「『三つ子の魂、百までも』とは、よく言ったものだな。あの時握られていた 1本の木ねじが、今の私に繋がっていようとは……」
「……あのさ。僕、何だか君の話聞いてる内に、懐かしいような、 すっげームカつくような、複雑 な気分になってきたんだけど」

感慨深げに目を細める舞に対して、速水は自分の中で沸き上がってきた両極端な感情に、自 分の美貌が崩れるのも構わず、吐き捨てるように呟いた。
「芝村さん。いくら子供とはいえ、その辺に落ちてるものを拾ってはだめでしょう!?」
「そうだぜ!お前がそんなモン拾わなきゃ、俺の流星号がキズものにならずにすんだっつーのに!」
「──何だとー!?貴様ら、私の幼少期のはかない思い出を、侮辱する気か!」
「思い出を侮辱してるんじゃない。お前を侮辱しているんだ」
容赦ない仲間の突っ込みで、いきり立つ舞に、更に来須が追い討ちをかけてくる。
「あっちゃんは、判ってくれるよね?つーか、貴様私の相棒なら、弁護をしてもバチは当たるまい!?」
「えーっと…うん、ごめん。訊いた僕が悪かったよ♥」
「あっちゃーん!何がそなたを、そこまで変えてしまったんだあぁ!」
『……変わったのは、そなたも同じだ。馬鹿者が』
付き合ってられない、とばかりにハンガーを去る仲間たちの声に紛れて、何処からともなく 男の声がしたが、果たしてそれが舞の耳に入っていたかどうかは知らない。


その夜。
壬生屋たちから散々こき下ろされ、そして相棒にも見捨てられた舞は、ハンガーの屋根に上って ベソをかいていたという。

最初はシリアスでいこうと思ってたのに、何でこんな展開になったんだろう…… (その前に、CD聴いてないくせに、ムリヤリ話の中に取り 入れてる時点で、既に間違えているような)
流れ釘の元ネタは、某あちし様のサイトで、キリ番ゲットした時に頂いたイラストが元です。
男前な芝村さんと、釘バットのとばっちりを受けた寡黙な精霊戦士とのツーショットが、私の ハートにクリティカルいたしました。
でも、何だかんだいって、皆が揃っている今の世界を、芝村さんは一番気に入っています。
強くなる道を選んだが為に、かつて自分を護ってくれた「××ちゃん」よりも男前になってし まったのは、些か(?)計算違いのようでしたが;


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