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蒼い闇に、夏の月が皎々と輝いている。 簡素な住宅街に在る工藤邸の周囲は、何処の家も寝静まり、深閑とした気配を漂わせている。 昼間の夕立が嘘のような霽月に、新一は窓辺に腰掛け、蒼い闇を視ていた。 常なら隣に在る筈の姿が、今隣には在ない。在れば深夜も遅い時間に、新一が起きている事を由とはしない服部が、今新一の隣には在なかった。 自分の部屋が在るというのに、その部屋は今まで数える程しか使用された事はない。 引っ越し初日から新一のベッドに潜り込んできた服部だ。新一が熱を出した数日自分の部屋で過ごしただけで、それ以外に使用する事は稀だった。けれど今服部は、自分の部屋に在る事を、新一は知っていた。その理由を、新一は正確に知っている。 この屋敷に、他人の気配、自分でも服部でもない、他人の気配がする。けれどそれは全く見ず知らずの人間ではなく、慣れた気配を齎してくる。 だから新一は待っていた。 ほどなくして、待ち人が闇に紛れ込むように、薄く開いた扉から、猫科の動物のように、スルリと身を滑り込ませてきた。 「話し、終わったのかよ」 感情を読ませない抑揚ない声が、零れ落ちる。 「…工…藤…起きとったんか……」 寝ているとばかり思った新一の姿が窓に在るのに、服部はギクリと無自覚に姿態を強張らせた。 「浮気してんじゃねぇよ」 抑揚ない声の次に、クスリと淡い笑みを漏らす。 室内に照明はない。大きく取られた窓から入り込む月の光が頼りだけれど、実際月の明かりが室内に入り込むなんて事は、ないに等しい。だから服部にも新一にも、互いの姿は闇に紛れ、気配と僅かな影だけが頼りだった。 それでも相手の気配がつぶさに感じ取れる。僅かな声から、仕草や機微が滲み出る。視覚が不自由な分、感覚が鋭敏になるのかもしれない。 「肯定する気かよ」 だから暗闇で譬え視界が利かなくても、今服部がどんな表情をしているか、新一には手にとるように判ってしまう。 無自覚に強張った姿態が肯定の印だと、新一は苦笑する。 「ったく、あいつやっぱ泥棒だな」 「……知っとったん?」 自分が今誰と会っていたのか?新一は正確に理解している。誤魔化す事のできない相手だと、服部は肩を竦めた。 「宴会中、お前等何か話してたろ」 それも宴会だと言うのに、顔をひっつかせ、何処か真剣な貌をして。そんな二人の姿を、新一が気付かない筈はない。きっと哀も気付いた筈だ。 「そんでか?」 雨の中濡れきって帰宅した新一と服部は、そのままシャワーを浴び、一休みし、止める服部の制止もきかず、新一は七夕という名にかこつけた宴会に加わっていた。それでもアルコールを摂取する事は、服部と快斗と、二人が掛かりで口煩く世話を焼かれた。その様に、哀は『過保護すぎる』と呆れていた。 「服部」 雨に濡れ、制止もきかずに宴会に出席した所為だろう。今は少し微熱が出ているのだろう。少しだけ倦怠感を感じた。けれど発作はないから、新一自身、無関心に放っておいた。 新一がヒラヒラと手を振れば、少しだけ室内より明るい外の光で、服部に伝わった。 呼ばれ近付けば、フワリと細い腕が服部を抱き締める。 「黒羽と何話してた?どうせ下らない事だろ」 出窓に腰かけ引き寄せた所為か、細身の腕は服部の腰に回されている。 「熱、上がってないか?」 「誤魔化すなよ、ったく」 それでも此処は誤魔化されてやるかと、新一は触れてくる腕を強引に引き寄せる。引き寄せると、不意打ちに服部が態勢を崩した。 「まぁ泥棒の残り香ないだけ勘弁してやる」 「浮気はしてないで」 「ったりめぇだ。んな事俺の前でしてみろ」 「したら?」 「俺がおとなしく嫉妬なんてしてやると思うか?俺も浮気するな」 「………」 引き寄せられ態勢を崩し、それでも持ちこたえた姿勢で、服部は接吻る。 腰に回された腕を意識して、腰をかがめて口唇を塞げば、スルリと新一の腕は首へと異動する。 「過保護の心配性。無駄に心配するな」 僅かに離れた口唇の狭間で、新一は笑っている。 「お姫ぃさんが、おとなしく守られてくれないんやから、仕方ないやろ」 「ダレが姫だよダレが」 「煩い口唇や」 きっと新一には快斗と会い、何を話したか、見透かされてしまっているのかもしれないと思った。だから誤魔化すように口唇に触れる。その仕草すら、きっと新一に見透かされていると、服部は漠然と思った。 触れた酷薄な口唇は、少しだけいつもより熱を持っていた。発熱程ではない微熱が有る事が判る。けれど久し振りの行為に、服部は止める事ができなかったから、薄い口唇を己のソレで塞いだ。 「んっ…ん…」 漏れる吐息が淫靡だった。角度を変え、深まる行為に、急速に情欲が湧き起こる。 「ぅ…ん…」 舌を絡め、唾液を分け合う行為に溺れていく。肉の奥や、血の底で、急速に情欲が昂まっていく。生温い飢えた感触に、貪婪に口唇が重なり、乱らな吐息と濡れた音が、室内に淫靡に響いていく。 大きい掌中が宥めるよに柔髪を掻き混ぜ、項から耳朶を擽り、首筋を伝う。 「ふぅ……」 急速に昂まり敏感になっていく肌に与えられる戯れは、新一を簡単に快楽に引きずり込む力を持っていた。 首筋を焦らすように撫で、それはもどかしい時間を掛け移動し、服部の掌は新一の薄いパジャマの下に潜り込んでいく。 「んんっ…」 裾から忍び込んできた掌は、下腹から胸元を撫で上げる。途端、細い躯がビクンと顫え、肌が粟立つ。繊眉が寄る様は官能的な表情で、薄目を開け新一を視ていた服部の雄を、ダイレクトに刺激していく。 「工藤……」 口唇を離し、裾をたくしあげ曝した白い肌に、顔を伏せる。 「ぁっ…ぁん…」 不自然な恰好で身を捩り、新一は甘い声を隠す事なく背を撓わせた。白い胸元が綺麗に反り返る。 後頭部が窓に当たり、白い喉元に口唇が押し当てられた。 「ぅん…」 ヒクリと、喉が粟立つ。白い喉元にむしゃぶり付くように触れてくる濡れた感触に甘噛みされれば、白い肌には所有印が散った。 「ぁっ…!やっ…!」 大きい掌で擦るように撫でられる肌は、数日に及ぶ飢えによって、否応なく煽られ色付いていく。屹立した乳首を指の腹で挟まれ振動を与えられれば、怺える術など最早新一にはなかった。堅く屹立し、なお鋭い刺激を欲しがって、新一は頑是なく細い首を振り乱す。 「工藤…気持ちええやろ……」 曝した胸に顔を伏せ、乳首に吐息を吹き掛ける。 「ヒッ…やっ…!」 ビクンと、細腰が跳ね上がる。 「んっ…んん…ヒゥ…」 肌が粟立ち、細い指が、無意識に口唇に噛み締められる。嬌声を抑えるものではなかったが、湧き起こる情欲に、身の置き場がなくて、新一はギリッと指を噛み締める。 「堅くなっとる…」 忙しく息づく新一に、服部も情欲を煽られる。忙しい吐息が皮膚を嬲る。 堅く屹立する乳首を徐々に含んでいくと、開かせた新一の下肢がフローリングの床を蹴った。 「んっ…ぅん…あっ…や…だ…やっ…」 徐々に昂まる哀願の音が、服部の雄の嗜虐を煽情する事を、新一は知らないのだろう。こんな時の新一には、何処か被虐が滲むのだ。 淫猥な音を立て舐めると、尚新一は反応する。ヒクリと細腰を喘がせ、下肢が置き所なく反り返る。 「服部…んゃ…」 「新一…」 「やっ…!」 「相変わらず、名前呼ぶと反応するんやな。そないに俺に名前呼ばれるんは感じるんか?」 片方の乳首を思う様蹂躙し、片手が腹を撫で、下肢へと滑る。 「やっ…やだ…」 咄嗟に閉じようとした下肢は、けれど中心に服部が身を置いていて閉じる事は適わず、下腹から下肢を撫でる掌は、一番触れて欲しい場所は素通りし、パジャマのズボンの上から、内股を撫で上げていく。 揉み込むように撫で上げられ、けれど一番触れて欲しい場所には触れてもらえず、新一は言葉もない悶絶を余儀なくされる。 ガクガクと身を顫わせ、紅潮する繊細な輪郭には、快楽の涙が光の軌道を描いて喉を伝う。閉じる事の適わない口唇からは、肉色した舌が紅脣を舐め上げ、流涎が淫猥な娼婦を連想させる。 「新一…」 胸から首筋を伝い、嫌々と身悶える新一の小作りな頭を片手で抑え、服部は耳朶を玩弄する。卑猥な音をあげ、低い声で名を囁き、耳朶の周囲を舐め甘噛みすれば、新一は嫋々の啼き声を高くあげる。 「やっ…平次……」 ねだるように腰が突き出され、上下に喘ぐ。 「ぅんっ…い…」 腰を突き出し揺すり立てれば、服部の屹立したものと触れ合う事になる。互いにズボンの上からでも熱くなっているのが判り、新一は噛み締めた口唇から呻くように、ぃいっ、と頬を紅潮させ歔り啼く。 肉の奥が疼いていく。たった一人を受け入れる場所が、欲しくて喘ぎ疼いているのが判る。 浅ましいと思うのに、欲しいと言う欲求がとめられない。淫らだと思えば、それは愛しているからだと言う意識が湧く。 肉を交じわせ、性器にされた部分に雄を受け入れ、浅ましいと思うのに乱れていく。 こんなに浅ましいのに、それでも人の犯した深淵を暴き、真実を追求したい自分が在る事に、新一の身の裡で冷めた嘲笑が漏れる声を、何処か遠くに聴いていた。 自分には視る事しかできない。犯罪を抑制する力などない。起こった事象に対し、これ以上犯罪が起きぬよう、起こさせぬよう、早期に被疑者を検挙する材料を提供するだけだ。 自分には、本当に、何かできる力などないのだ。起こった事象を視るだけの事しかできない。そして今もこうして服部を心配させている事しかできない。そのくせ欲しくて浅ましく腰を振る事しかできないのだ。 「あかんよ、余計な事考えたら」 喘ぎながら、新一の視線が何処か冷めている事を、服部は感じ取ったのかもしれない。 「今は、なんも考えたらあかん」 集中してぇなと、服部は胸元から下腹へと口唇を移動させる。させ、一点に辿り着く。 今までの熱さが嘘のように、労るようにソコに触れる。 「痛かったやろ……」 その声は、何処か辛そうな響きを滲ませている。触れられるその部分が、何を意味しているか、新一が判らない筈はない。 「バ…ロ…」 絶え絶えの吐息で勝ち気に紡ぎ、下腹に顔を埋める服部の頭に、宥めるように指が触れる。 「お前だって…」 同じじゃねぇか、そう呟く。 「俺は、なんもしてやれんかった…聴いた時、息止まったで…ほんま…」 新一が撃たれ重体だと連絡を受け、努めて冷静を装い、面会に行った。それも自分が連絡を受けたのは、新一が救急搬送されてから、数日後だった。こんな事がないようにと、近況連絡をいれていたのにと、ゾッと精神が引き絞られ、苦々しい後悔が足下を冷たくさせた。 「俺だって…同じ…だ…」 喘ぐ息の下で、新一は苦笑いする。 大阪を案内してやるから遊びに来いと誘われ、ソコで殺人事件に遭遇し、服部は被疑者の銃弾を受けた。殺意があったわけではなく発射された銃弾は、服部の腹を直撃した。 アノ時の衝動は、今でも新一の身の裡に残滓されている。身が竦み、強張った。神経が引き攣れる感触が生々しい。それも服部が撃たれた要因の一つには、自分が過去に告げた言葉も起因していると、救急車の中で知ったからだ。 自分の後悔が口に出たアノ台詞を、服部はそれでも賢明に、生命さえかけ守ろうとした。それが新一には泣き出したい衝動を孕ませた。 推理で犯人追い詰めて、自殺させら殺人者とかわりない。 それが新一の今の推理の、探偵としての根幹に息づいている事を、服部は知っている。新一は、良いも悪いも、被疑者の生命すら優先させようとする。本気で人の死を願えないのだろう。それはきっと、自分の運命を捩じ曲げたアノ組織の人間に対してもそうなのかもしれない。哀を運命共同体と認め、気遣う優しさをみても、それが判る。 けれど自分は知っている。大切な者が傷付き壊されて行く事を、黙ってみていられる人間ではないと言う事を。 だからアノ時、新一を傷付け生命を危ぶませた被疑者達に、純粋な殺意を感じた。きっと新一はそんな事は知らないだろう。告げる気もなかった。知れば新一はどうするだろうか?自分の中に巣食う昏い炎を。 「もぅあんな思いは、ゴメンや……」 息を詰め、服部はソノ部分に口唇を寄せる。 「俺だって…ぅ…ん…服…部……」 行為の先を促すような声をして、服部を呼ぶ。 「堪忍な…」 下腹からゆっくり舌を移し、漸くソレは新一の待ち望む部分に到達する。 「ヒッ!」 薄いズボンの上から含まれ、腰が迫り上がるのを止められない。 「あっ…はぅ…んやっ……」 嫌々と、激しく細い首を振り乱す。躯の中心に埋まる髪に指を絡め、それは徐々に指先の先に力が込められ、抗いとは相反し、服部の頭を押しつける恰好になっていた。 カクンと、姿態が窓に沿い、崩れて行く。 浅い息の元、視界の端に白い光が映る。 「なん?」 ベッドに移動し本格的に貪り合い乍ら、一体誰の視線が有ると言うのか?まして今の態勢は完全に繋がっている体位だ。 「ぅん…月…」 肉の奥深くに埋没してきた熱く堅い肉棒に、柔襞を押し開かれていく感触に嫋々に歔り啼きながら、熱に浮かされた眼差しは、窓に伸びている。 「可愛ええ事言うやん」 やっぱ今夜のお前は可笑しいわ、服部は軽口に言葉を紡ぐ。 昼間から、新一の言動は何処か現実感が乏しくなっている気がする。それが服部の精神を恫喝させる。 互いの肉の奥から情欲を引き出しあいながら、今は全てが完全に重なってはいない気がする。 「月がダレぞ思い出させる。んな事考えてるんやないやろな…」 浮気はお前の方や、情事の最中とは思えぬ薄い笑みを刻み付けると、服部はゆっくりと動き出す。 「あっ…ぁあっ…んっ…」 突き動かされ、肉の奥が充血し、ヒクついているのが浅ましい程判る。 自分を抱き締め動き出した褐色の背に、幾重もの朱線を刻み付ける。 白い下肢は乱れるままに服部の腰に回され、時折喘ぐようにシーツに波紋を描いていく。 一度開放された新一自身は、互いの腹の間で再び熱を取り戻し、先端から粘稠の白露を滴らせている。 「んっ…ぁぁ…くぅ…平…次……ゃ…だ…」 背を撓わせ、襲いくる快楽に、嫌々と頭を振り乱す。その様がひどく煽情的で、雄の嗜虐を刺激する奔放さが垣間見える。そのくせに、何者にも穢されない清冽さが備わっている気分にさせられる服部だった。 こうして白い肌に幾重もの所有印を刻み付けながら、それでも新一は清いままだと感じられる。処女性と娼婦性。対極する両方を感じさせられる気分だ。その本質は案外どちらも変わりないのかもしれない。堕ちた娼婦こそ高貴さを増すものだ。 「嫌やないやろ?気持ちよさそうな顔してんで」 真上から見下ろし揺さぶれば、快楽に濡れた眼差しがまっすぐ焦点を絞ってくるのに、腰の奥が引き攣る熱さで押し流されそうだった。 「も…もぉ…」 辿々しい嬌声が漏れる。怺える術を失った淫靡な貌が、服部を捕らえて離さない。 「イコか…」 服部ももう怺える事はできなかった。 細腰が浮く程、スラリと伸びた下肢を深く抱き込み、胸から膝で屈曲させる。羞かしい程限界まで左右に開いた下肢の間で、服部は威勢良く動きだす。 卑猥に濡れた肉と肉が交じり合う音が、二人をより深く情欲に絡め取る。 こうして交じあえば、欲望は互いの肉の奥から引き出されていると判る。 意思も意識も混融させる心地好さは、互いだからこそだと今なら判る。 「んっ…んっ…ぁ…」 突き動かされ、充血し喘ぐ肉襞を擦り上げられ、新一は憚らぬ嬌声を嫋々に上げる。 狭い花筒で、絶対的質量で圧迫を増し、硬度を増す昂まりに、柔肉を内側から押し開かれる悦楽に、身も世もなく耽溺する。陶然の眼差しが服部を見上げている。 その眼差しに、服部は吸い込まれる感覚を覚える。抱いているつもりで、きっと抱かれているのは自分の方なのだろう。それは今だけでなく、情事の都度感じる不可思議な感覚でもあった。 情事の最中の新一は、その淫らさを隠さない。玩弄に曝され、放埒な娼婦さながら素直に乱れ、その冶容さはいつだって服部を魅了する。 穢がれる強ささえ身に付けている新一が、綺麗だと思う。強いと思う。愛しいと思うからこそ、守られてほしいと願ってしまう。 未熟な自分では、子供の自分では、未々新一を守りきれないのかもしれないと思えば、苦々しい思いが喉元を迫り上がってくる。 白い肌につけられた傷跡が、より服部に苦々しく毒々しいものを抱かせる。 キャンプに訪れた場所で遭遇した銀行強盗の3人組だときいた。少年探偵団を引率し、負傷し、どれ程苦しかったかと思う。痛かったのだろうかと思う。負傷しながら、それでも少年探偵団の子供達を守ろうとしたのだろう事は、想像も必要としない新一の行動形態だ。 銃で撃たれる痛みは知っている。けれどその痛みが同じ筈はない。新一の方が、状況がきつかったのだから。精神的にさえ疲労する状況だったのだから。同じ筈はなかった。 アノ時程、見知らぬダレかに対し、明確な殺意を持った事はないのかもしれない。犯罪被害者やその家族の気持ちを、アノ時ハッキリと理解した。新一が知れば、きっと哀しむ事だけは判る。 見知らぬダレかに対してさえ、新一は優しくできる人間だから。見知らぬダレかを助けろと言う新一だから。 殺人は、ダレかが哀しむからしてはいけない行為だと、哀に応えた言葉に偽りはない。それは今でもそう思っている。新一が傷付いて、視ている事さえ叶わなかった。後からきけば、被疑者に対して極簡単に殺意が湧く。矛盾した精神思考は、それは自分が指標も指針も持たぬ子供だからなのかもしれない。未熟だからなのかもしれない。 何度自問自答しても、回答の出ない繰り言でしかない。そう考えれば、子供だと思わずにはいられない。子供のままでは新一を守る事はできない。いつか自分が負う痛みに崩れ、新一を追い詰めてしまうかもしれない。 結局新一を守りたいのは、自分を守る事と変わりないのかもしれない。新一が疵を負う度に、辛くなる自分が傷付きたくないからと言う、単純な感情の発露からなのかもしれない。 「…っとり…な…に…考えて…」 相手の機微が流れ込んでくるのは、肉を交じわせているからというのは都合のいい感傷だと苦笑しつつ、新一は服部が囚われた泥沼の思考を見透かしていた。 背に回した指先が、思い切り肉に爪を立てる。 「っ痛…」 「…俺抱きながら、何…下らねぇ事考えてやがる。この疵視るのが嫌なら、んな事は誰かとしてこい」 快楽の涙に濡れた瞳が、それでも勝ち気に服部を睥睨する。熱に浮かされ紅潮する眼差しでは、幾分威力は半減してはいるけれど。 「誰かて誰や?」 グッと腰を押しつけると、ぅんっ…と呻き、躯の下の細い身がビクンと跳ね上がるのが判る。 「…誰かだよ…」 口端だけの笑みは、情事に埋没しながら、何処か艶めいた挑発が滲んでいる。 「冗談も、大概にせぇよ」 肩口に顔を伏せると、片手で痛い程昂まっている新一を掌中に収めて揉み込んでいく。 「ふぅ…!」 「こんな事な、お前とやなきゃ意味ないんや」 抱き合行為の意味など一つしかない。でなければ、欲望の捌け口になる。たった一人を大切にしている服部には、もう見知らぬ誰かを捌け口にする事など、できないのかもしれない。熱を開放するだけではない耽溺さを味わう事など、新一相手でなければ成り立たないだろう。欲望を、満たしたいわけではないのだ。 「だったら…」 続く言葉は、玩弄される自身の熱に掻き消される。屹立する自身を指淫に曝され、新一は既に精神的には幾度も達している。 「……堪忍な…」 低い声で謝罪の言葉を口にすると、服部は熱の有る躯を、労るように抱き締め、動いた。 押し広げられ、内部で圧迫を増す昂まりに、新一は身をのけ反らせ、掠れた喘ぎを繰り返す。 軈て極めては、二人は堕ちていった。 → |