in MY LIFE







act3せの形




我が人生
我が命 
君は大切な命の一部




『新ちゃんのその力は、きっと神様がくれた天使の力なの。痛くて泣いてる人を助ける力。でも、だから新ちゃんはその人を助けるのに、同じ痛みを感じるかもしれない。だからママが、魔法の呪文を教えてあげる。『大好き』その言葉を、忘れないでね。出会う人を好きでいて。そうすれば新ちゃんの事も、大好きって言ってくれるわ。それは痛くても、負けない力になるの。一杯の大好きは、痛みや淋しさに負けない力になるから。だからね新ちゃん、ママにもずっと言ってネ。大好きって。それって、倖せって事に似てるのよ。だから沢山の大好きを、心に持つ人になってね。その分倖せが新ちゃんの上に、降ってくるわ。大好きなものを沢山作ってね』
 幼い自分には、母の言葉は未々判らない事も多かったけれど、今なら判る。
必ずお茶の時間を作ってくれた母。懐かしい記憶が胸へと降ってくる。 
 魔法の呪文。その言葉の意味が、今なら判る。 
幼い少女のような笑みで笑った母は、確かに母親なのだと、思い知る。
その感性も、靭やかな優しさも強さも。母親は偉大なのだと思わずにはいられない。







「写真日和のいい天気になったねぇ」
「ほんま、昨日の雨が嘘みたいやな」
 初冬の昼下がり。工藤邸の庭先で、服部と快斗がフレームの一設定をしていた。
春から夏は積水眩しい庭先も、冬の装いに徐々に緑は移り行く。
「っにしてもさ、名探偵、急になんで写真なわけ?」
 こんなもん?カメラをセットして、快斗が服部に問い掛ける。
「ああ、昨日な、アルバム整理してたんや」
 シトシト音もなく降る雨の午後。床に広げられた幾重もの写真。
笑っているものばかりで、切なくなる程だった。
「フ〜〜ンそれでなわけ、急に写真なんて」
 何か思い付いた事が有るのか、快斗は一人納得した様子で相槌を打っている。
「わけ知り顔やな」
「だってアレでしょ?この前のハロウィンの時、おチビちゃん達に、写真渡したって聴いたから」       
 アメリカの両親の元へと帰って行ったと、幼い友人達に説明ているコナンの行方。だからこそ、新一は今でも過去の仮初の自分を心配する子供達に、幼い日の自分の写真を画像処理して、時折送っている事を、快斗は知っていた。            
「そんで服部さんは、写真欲しがったわけだ」
「貰ったで」
「どうせ、おチビちゃん達との、集合写真でしょ?」
 想像付くよ、快斗はそう笑う。笑える快斗は、確かによく服部を理解している。そう言う事なのかもしれない。それはとどのつまり、新一に向けられる服部の想いの深さなのだと、快斗は正確に理解している。
「俺もね、工藤新一が江戸川コナンだって知ってから、時折影から見てたから」
 だからコナンだった当時の新一の隣に、日溜のような笑顔で笑っていた立っていた服部の存在も当然知っていたし、興味を持った。
 きっと服部だけが自覚ないのだろう。他の誰と在るより、新一は服部の前では笑顔を見せていたし、無防備な背を見せていた。
 出会いは確かに偶然ではあったけれど、立場は対極な筈なのに、こうして気軽に気安く話せる関係は、確かに悪くはない。 
 お互いの境界線を心得ているからこそ、成立する関係なのだと、二人は知っている。
互いのテリトリーは侵害しない。それは服部と新一の間にも存在する事で、それぞれが立ち入れるべき境界線を心得ている。そんな関係は奇跡的だと、哀が思っている事を、けれど彼等は知らないのかもしれない。
 自他の境界線が不鮮明になりがちな社会の中で、彼等は綺麗なコンパスを描いて、互いの立場を確立しているのかもしれない。 
「愛されてるよねぇ服部は」
「そらお前もやろ、意味ちゃうけど。俺ん在ない時、深夜の散歩に付いてくくらい、愛されとるで」      
「服部ってさぁ、案外根ぇ持つタイプだね」
 肩を竦めて見せる。けれど、服部の台詞が、言葉程に、根の深さを持ってはいない事を快斗は知っている。
 二人にとっては軽口で、会話の為のアクションにすぎない。だから新一は言うのだ。 『悪友』だと。
「知らんかったんか?工藤に関しては何一つ譲れへんで。せやから、黒羽も下手せん事やな。魚料理の刑になりとおなかったらな」
「いい加減さ、その『魚料理の刑』やめない?」
 想像するのも嫌だと、快斗は渋面する。渋面し、次には不意に真摯な面差しを垣間見せる。
「服部はさ、気付いてる?写真の意味」
「工藤、不器用やし、言葉に不自由な面あるからな」
 昨日の会話を思い出し、服部は幅広の肩を竦めて笑った。
「って事は、ちゃんと判ってるんだ」
「判らん筈、ないやろ」
 昨日の会話。チビッコ探偵団との集合写真を欲しがった自分に、『欲のない奴』と笑って、『もっといいものやるよ』と言われた。                   
「もうとっくに、沢山の倖せ、もらってるのにね」
 気付いていないのは、稀代の名探偵の方だと、快斗は思う。
「形に、拘ってるって、わけやない筈なんやけどな」
 眼に見えない形のないものの方が多い事など、新一の方が理性で理解している筈だった。
「服部に、だからでしょ。こだわってるの」
 服部が新一に寄せる想いの深さも、服部に寄せる新一の想いも、第三者で二人を大切にしている快斗の方が、より両方が視えるのかもしれない。
『まぁ、不器用な人、らしいけどね……』
 快斗は、コッソリと内心で溜め息を付いた。
          


       




「お前ぇら、ちゃんとセットできたのかよ」
 どうみても、二人で戯れた会話をしているとしか見えない服部と快斗に、新一は少しだけ憮然とし、背後から声を掛ける。
「お帰り、名探偵。いらっしゃい哀ちゃん」
「コラちょぉ待ち。なぁんで黒羽が嬢ちゃんに『いらっしゃい』言うねん。此処はお前のウチやないやろ」
「服部の家でもないじゃない」
 シレッと言う快斗は、三脚にセットしたカメラのフレームから位置を確認すると、離れて行く。   
「撮ってあげるわよ」
 新一の横から、スタスタと離れてカメラに近付くと、服部が哀を引き止める。
「アホやな、一緒に撮るから、三脚引っ張り出してきたんやないか」
 ヒョイッと、哀の小さい躯を軽々と抱き上げると、
「ちょっと、失礼な人ね。工藤君、何とか言いなさいよ」
「何の為に、灰原呼びに言ったと思ってんだ。一緒に撮る為じゃないか」
 昨夜、鍋パーティーをした後、快斗はちゃっかりと工藤邸の客間に泊まったが、哀は隣の阿笠博士の家へと帰って行った。
 『女の子の夜道の一人歩きは物騒』と、フェミニストを発揮して、快斗は隣の家へと哀を送って行った。
「私が写真嫌いなの、知ってるでしょ」
 フレームに、綺麗に写るだろ位置まで抱き抱えられ、そうしてトンっと下ろされると、哀は新一を見上げて反駁を試みる。
「でも、結構おチビちゃん達と、撮ってたでしょ?」
「ストーカーに近いんやないか?黒羽んは。よぉ知っとるな」
 自分は、昨日写真を見るまで、哀がチビッ子探偵の子供達と、写真に収まっている事など、想像もできなかった。
「うるさいよ服部、ホラ早くセットして」
「デジカメでもなく、カメラって言うんが、工藤らしいな」
 今時、三脚など有る方が、珍しいだろう。
「母さんが写真好きでさ、よく出かけちゃ三人で撮るのに、買ったんだよ」
 思い出して、物置から引っ張りだしてきた。多少塵に汚れてはいるけれど、昔何かと写真を撮られていた事を思い出す。
 今ならきっとビデオなのだろう。けれど昔は写真しか形に残せるものはなかった。
だから新一が持っているより大量のアルバムを、母はロスへと持って行っている。
 昔は、何故母があんなに写真と言う者にこだわったのか判らなかった。けれど、今なら判る気がした。
 何か形に残したいと、思った事は、初めてなのかもしれない。以前、写真は寧ろ新一には気味の悪い類いのものだった。
 過去が額縁に入って残っている薄気味の悪さ。過去を懐かしむと言う事自体が、新一にはよく理解のできないものだった。形に残る事自体、何処か罪悪にも似た気持ちが心の何処かに蟠っていた。
 けれど、今なら判る。残したい大切なナニか。      
「撮るで」
 フレームを覗き込む。切り取った視界に映る繊細な貌。
 この視界が、快斗の視界なのかもしれないと、不意に思い付いた服部だった。
怪盗キッドとして、モノクルから覗いた切り取った視界。
 日曜の早朝。交した会話。切り取った空と、話していた快斗の台詞が、突然胸の何処からか湧いてきた。
 きっと自分と変わらず、気付いた真実の姿を、見詰め続けてきたのだろう稀代の怪盗は。
狭い視界の中で、見失う事なく気付いてしまった真実の姿を。幼い子供の姿をした新一を。きっと新一の姿だけは、切り取ったように、見つけ出せてしまったのだろう、稀代の怪盗は。他人の背に真実を語る新一の血の吐く叫びやナニかに、きっと気付いて、見守り続けてきたのだろう。自分とは違う大切さで、新一に接している快斗を見れば、それくらいの事は想像に容易い。
 フレームから新一の姿を凝視すれば、ある一文が胸に浮かんだ。浮かんだソレを、ゆっくりと小声で反芻する。
           
       





 淡い日差し。緑から黄に色付く木々。優しい初冬の昼下がり。パシャリとシャッターの音がする。
「博士が、現像してくれるって言ってたわ。フィルム、預かるわ」
 カメラの中からフィルムを取り出す服部に、哀が小さい手を差し出すと、
「それじゃ頼むわ」
 服部はホイッと哀にソレを手渡した。
「綺麗に、撮れてるとええな」
 そう笑うと、クシャリと哀の頭を撫でては、哀に睥睨される服部だった。
そんな二人のやり取りを、新一は淡い笑みで視ている。
「倖せそうな顔してくれちやって、嫉けるなぁ、名探偵」
 コソッと、新一の耳元で快斗が話すのに、新一は気配なく近付いて話す快斗を振り返る。
「なんだよそれ」
「だって、鏡見てみなよ。倖せそうな顔してる。満足した?」
「お前ぇ…」
「服部もね、ちゃん判ってるよ。名探偵の気持ち」
 自分が言うべき言葉ではないのかもしれないけれどと、快斗は思う。
「不器用だってね」
「どうせ俺は、不器用だよ」
 悪かったなと、新一は少しだけ憮然となった。それはどれもが快斗の台詞が、正鵠を射ているからだった。
「形なんて、もうとっくに、貰ってるのに」
 ココにねと、快斗は内心で苦笑する。きっと新一は、そんな事は知らないのだろう。
「俺が、欲しかったんだよ」
 確かに、ソコに在ったのだという想いの形。大切な人達と共に、確かに自分は存在していたのだと、大好きな人達と。
「バカだね、名探偵は」
 服部に怒られるよと、コッソリ耳打ちすれば、
「コラ黒羽、何してるんや」
 快斗は後頭部を、軽くはたかれた。
「痛いなぁ、服部。俺の貴重な頭脳が壊れたら、どうしてくれるの」
 はたかれた後頭部を、大袈裟に撫でる。けれどその眼は笑っている。 
「お前の頭脳なんて、幾らでも壊れたらええんや」
 そう言うと、再びペチンと快斗の後頭部をはたく。
「痛いよ服部」
「痛くしてるんや、当然や」
「ねぇ名探偵さ、さっき服部がフレーム覗きながら、何呟いたか教えてあげよっか」
「呟いた事?」 
 なんだよソレと、新一は服部に視線を移すと、
「黒羽、お前」
「ヘヘン、読唇術、できないと思った?」
「へぇ〜〜お前多芸だな。んな事までできるのかよ」
「名探偵だって、できるでしょ?」
 笑うと、スッと長い指先が一本。新一の酷薄な口唇に触れた。
「んで、何言ったんだよ」             
 吐息が触れるギリギリのラインで緩やかに振れた指先を、無下に振り払うと、新一は快斗を凝視する。
「言うんやないで、黒羽」
「どうしよっかなぁ」
 聴きたい?新一に笑うと、
「話したら、深夜の散歩に、また付き合ってやる」
「工藤〜〜〜何言うてんねん」
 冗談やないで、服部は焦ったように新一に詰め寄ると、
「服部終わってるからさ。倖せだなって、ほざいてたよ」
 相変わらず、オワッてるよねぇと笑えば、服部は拍子抜けしたように快斗を視る。
新一は、何ともいえない曖昧な貌で、服部を見上げていた。
「大好き」
「工藤?」
「名探偵?」
 突然の新一の台詞に、服部も快斗も新一を覗き込む。
ストレートな新一の台詞は、服部の前では別段に珍しくはない事だった。けれど、二人以外の場所で、新一がそんな台詞を言う事は、初めてだった。
「母さんの台詞、思い出した」
「ご母堂の?」
「俺が小さい時な、母さん良く言ってたんだ。そん時は、俺全然意味なんてわかんなかったんだけど、母さん魔法の呪文だって、よく俺に言ってたんだ」
「大好きって台詞か?」
 新一の両親とは、以前工藤邸に同居する際、会っていた。
穏やかな印象の父親だった世界のベストセラー作家の父親は、けれど流石に新一の父親なのだと思わせる鋭いナニかを秘めていたし、母親の有希子は、未だ世界の恋人と言われる女優で、面差しだけなら少女のような印象をしていた。
「大好きって台詞を、いつも胸に持つ人間になれって。そうすれば、倖せが増える。出会うモノを大好きって言える存在になれって、よく言ってた。アノ台詞、本当だったんだなって」
 人間は複雑で、けれど本当は極単純な生き物なのだと知っている母は、少女めいた印象とは相反し、大切なものをちゃんと知っている人間だ。
「流石名探偵のご母堂だね」
 生きるに大切な力。きっと新一の両親は、もう早くから新一のその力に気付いて、だから惑わされる事のない、マイナスに引きずられない言葉を与えていたのだろうと思えば、新一の両親の偉大さに、恐ろしささえ湧く服部と快斗だった。
「俺も、大好きやで」
 サラリとした、癖のない心地好い感触をくれる髪を好き、真摯な眼差しで服部が告げれば、
「バーロー」
 愛していると、睦言に囁かれる言葉以上に、何故か擽ったい想いが心を疼かせる。
「博士に、届けてきたわよ」
 隣だからと、哀は受け取ったフィルムを、保護者である阿笠博士に届けて帰ってきた所だった。
「すぐ現像してくれるって言ってたわ」
「んじゃそれまで、お茶でも飲もうぜ」
「名探偵手ずから淹れてくれるの?」
「仕方ねぇな、何飲みてぇんだよ」
「久し振りにミルクティーがいいわね」
 リーフからちゃんと淹れてねと、注文を付ける哀だった。
「アッ、それええな。珈琲ばっかだし、ココアは昨日三杯も飲んだし」
「ちょっと甘めが美味しいんだよね、ミルクティー。俺大好き」
「判ったよ、淹れてやっから」
 そう言うと、新一はクルリとターンする優雅さで三人に背を向けると、家の中へと足を向ける。







「You are  MY LIFE」
「我が人生、我が命」
 新一の背を数歩先に見詰め、哀が独語に呟いた台詞に、服部は哀を凝視し、次には脱力する。
「嬢ちゃんまでか?」
「私もね、多少なら読唇術、できるのよ」
「っていうより、気付かないの、名探偵だけなんじゃない?」
「人生は、自分の為だけやない。出会った人の大切な一部や。だから、工藤は、そうなんや」
「俺好きだな、服部のそういうとこ」
 衒いもなく、まっすぐな言葉。それはそのまま新一に向ける、服部の想いを綺麗に現している。     
「まぁ、オワってるような気もするけれど」
 誰かの為の自分。今までなら、想像もできなかった。けれど今なら信じられる言葉。
誰かの為の自分は、誰かの倖せに繋がっているだろうか?大好きな人の倖せに。運命を捩じ曲げてさえ、逃げるなといってくれた大切な愛する人の倖せに。
「お前ぇら、遅いぞ。淹れてやんねぇぞ」
 クルリと、新一が振り返る。返った瞬間、
「いただき」
 快斗が両指で四角を作り、フレームを覗く真似をする。
「とっときの写真」
 淡い冬の陽射の中、振り返った貌は、驚く程綺麗に視える。
心の裡、大切な何処かに残る綺麗な笑顔。写真より何よりも、確かに存在する倖せの形。
「バカやってんじゃねぇ」
 快斗の仕草に、新一は呆れた顔をすると、早く来いよと声を掛け、家の中へと入って行く。        
「倖せの形なんて、今更なのにね」
 何より綺麗な倖せの形。
「まぁ気付かないとこが、工藤やろ」
「残したいのよ。あの人」
 新一の台詞の意味は、きっとこの二人よりも自分の方が判るかもしれないと、哀は思う。
いつどうなるか判らない生体機能を抱き、可能性的に低い未来を、それでも凝視しているまっすぐで綺麗な魂。
 喪失えてしまう確率を知っている、だからこそなのだと。
怖くない筈がないのだ。同時に、きっと残したくもないと思っている新一を、哀は判る気がした。
矛盾した感情を、感傷と淡如に放つ事はできない。その怖さを、哀も知っているからだ。そう思えば、新一の強さを思わずにはいられない。
『You are MY LIFE』
 哀はソッと、心の中で、その台詞を反芻する。
我が人生、我が命。大切な力をくれる愛する人。
「お前ぇら〜〜〜いい加減にしろ!何度言わせる。紅茶冷めちまうぞ」
 立ち止まり、感慨に耽っていた三人に、新一の声が響く。
「ほんま、倖せやな」
 大切な人の、平和に響く声。肌寒さを増す冬の昼下がり。確かにこんな時間はとても倖せで、誰にでも優しくなれる気がした。


 




我が人生 
我が命
君は大切な人生の一部
勇気と強さをくれる力
君は大切な命の星

You are MY LIFE
                 
貴方は私の人生のすべて






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