| 流 星 |
in MY LIFE 後日談
「アッ、また流れた」 洋館作りの出窓を全開にして身を乗り出して、瀟洒な指が中空を指差した。 「ほんま、よく視えるなぁ」 たまには予報も当たるんやなと、服部は新一を背後から抱き締めている。 「冷えるで」 蒼い中空を指し示す指を掬い上げ、二人を包んでいる白いケットの中へと引っ込めさせると新一は、 「過保護」 背後を振り返る事もなく、服部の好きなようにさせてやる。 今更服部に自分を構うなと言っても、効力も何一つもない事も心配させている自覚も有ったから、服部の好きなようにさせていた。 「ええやん、今夜くらい、過保護で」 寒いしと、服部は大袈裟に新一を引き寄せ、腕にと抱き締める。 「やっぱ子供の方が、体温高いなぁ」 腕にした温もりは、確かに暖かい。何より気持ちを暖かくしてくれる。が、実際の体温となると、コナンだった当時の新一の方が高かった。 「エロオヤジ」 「なんやんそれ」 「まんま、んな台詞言うようじゃ、お前ぇオヤジだ」 「ほんま、立ち悪い奴ちゃなぁ」 コナンだった当時、常識的に幼い肉体を抱くという行為を由としなかった服部を、結局最後に陥落させたのは新一のようなものだったから、服部に言わせれば、尚一層タチが悪いと言う事になる。 「悪党のお前ぇに、言われたくねぇ」 そう言いながら、楽しげな様子に服部は笑う。 「前回の時、見れんかったからな」 降ると言う表現が比喩ではない程、星の雨となって流星が地へと落ちてくる。 「あん時俺も付き合わされたよ」 「嬢ちゃん達にか?」 新一が『付き合わされた』と表現する人間は極限られている。この状況で言われた台詞なら、それは間違える事もなかった。 「灰原の奴、歩美にだけは過保護だからな」 「ああ、ソレはなんや判るな。大事にしとるの。でもええんやないか?大事なもん増えるの視るんは、悪い気せん」 以前博士に言った台詞だ。新一の肉体の秘密を哀に尋ねに行った際に。 「本当、お前バカが付く程、優しい奴だな」 自分より、よほど優しい人間だと、思う。その優しさが、いつか彼を心底傷つけてしまわない事を、新一は願わずにはいられない。 「バカ言うんやないで。でっ?チビッコ達に付き合って、博士んちで、天体観測したんか?」 「アア。そりゃもう大騒ぎだったぜ。なんせ世紀の流星群って前振れだっただろ?でも実際あんま視えなかったんで、歩美達が残念がってさ」 その時の事を思い出したのか、新一がクスリと笑うのが服部にも伝わった。 「だったら今回はどないしてん?」 「隣、今夜合宿だぜ。まぁ流石に前みたいに、屋上に寝っ転がってって言うのは、止めたみたいだけどな」 隣の家を窺えば、流石に屋上で騒いでいる様子はなかった。 「んな事したんか」 「お前ぇは?しなかったのかよ」 「皆で俺んち集まって、宴会しながら見とったな」 服部の家は工藤邸とは対照的に、完全に日本屋敷の作りをしている。服部の部屋は離れになって、少々騒いだ所で咎められる事はない。 静かな夜。都心からはやや離れた米花町の住宅街では、人口の光も深夜にはない。 深閑とした蒼い帳。見上げていると、凍える程の冷たい空気に、星が綺麗に流れている。 「アノ光が、200年や300年前の光だなんて」 理論で説明され理解しても、その不思議さは色褪せない沈降の光。 コントと、新一の小作りな頭が胸板に重みを預けてきて、珍しく甘えたその仕草に、服部は苦笑する。 「ガキん頃、よく言われたわ」 「なんだよ」 「流れ星に願いを掛けると叶うって」 「俺も母さんによく言われた。本当、少女趣味なんだよな」 願うだけで、祈りだけで、叶う願いなど存在しない。子供の頃聴いていた話しも、現実を知れば叶う事のないものだと知るのは早い。子供の成長は、そう言うものだと思っていたのだ。そう言う現実を知る事が『大人』なのだと、思っていた。けれど、実際大人になればなるだけ、生きる為の荷物が増えて行く。 「何の願いも祈りもなく生きる人間って、可哀相やない?」 叶う願いも叶わぬ願いも、何も持たずに生きて行けるものは存在しない事も、服部は知っている。 「工藤のお袋さん、いつも凄い思うわ」 沢山の言葉、優しく強い言葉を新一に託している。印象はどこまでも幼く少女めいているのに、その靭やかな優しさは、哀しみを知っているからだ。我が子が持ってしまった天の才を。 「ええやん、こんな時くらい、子供になるもんやで」 胸に凭れてきた重みを、背後から緩やかに抱き締める。抱き締めながら、耳朶を甘噛みすると、 「子供に戻ろうって、んな事すっかよお前ぇは」 バカな奴〜〜新一は笑いながら、それでも服部の手を拒まないあたりが新一だった。 「あの『星』お前は何処に戻すんだ?」 「工藤?」 「言ってたろ?お前ぇら。地上に落ちた星なら、元に戻す。あるべき場所にって。だったらあの星達は、何処に戻すんだ?」 「言ったのは俺やないで、黒羽、そこに在るんは判っとるで、応え」 深夜の帳に、服部の声は綺麗に響いた。 「なぁ〜〜んだ、判ってたんだ」 折角気きかせたのにと、快斗は白いマントを翻し、二人の前へと現れた。 「いい根性してんな、黒羽〜〜。俺の前に来る時は、キッドの恰好してくんな。本気でパクるぞ」 服部の腕の中から身を乗り出すように、新一は快斗に腕を伸ばす。 夜目に鮮やかすぎるその白い姿。今夜ばかりは流星群を見ようと、起きている人間は多い筈だ。誰に見咎められるか、判ったものではなかった。 「だから言ったでしょ?空を飛ぶにはこの恰好じゃないとダメなの」 腕を伸ばされ、威勢良く室内へと引き寄せられる。 「気ぃきかせたんなら、ついでに立ち寄るの止め」 「よく言う、俺在るの知ってて、名探偵に悪戯しかけてたくせに」 「アホ。工藤が知らん筈ないやろ。だからあないな台詞言うたんや」 せやろ?と覗きこめば、新一は鷹揚に笑っている。 「……服部、相変わらず、苦労してんだね」 服部が常々タチが悪いと言う言葉通り、名探偵は、確かにある意味で、タチが悪いのかもしれないと、半瞬だけは、服部に同情する快斗だった。 「人ん家の屋根の上で、んな恰好して流星視てるお前ぇより、タチ悪くねぇ」 何考えてんだと、新一は室内に威勢良く放り込む恰好で迎え入れた世紀の怪盗に口を開く。 「だからね、今夜くらい、気をきかせたあげたんだけど」 「だったら最初から気ぃきかせてろ」 「……言うねぇ、名探偵も」 やっぱタチ悪いじゃない、快斗はそうボヤく。 「落ちた星のあるべき場所はね」 室内に放り込まれて、今は新一の隣にちゃっかり腰を下ろし、揚げ句服部と一緒に白いケットに潜り込んで、快斗の長い指先が、スゥッと突き出された。 「ココ」 ココと、正確に心臓の上を撫でて行く。 意味深な快斗の笑みと眼差しに、新一も服部も呆れて凝視する。凝視した半瞬後には、笑いが漏れた。 「恥ずかしい奴〜〜」 「ほんまゲロ吐きが得意な怪盗キッドやな」 「あのねぇ二人共」 「お前ぇがあんま恥ずかい台詞言うからだ」 「ひどい名探偵」 だって最初に言ったの名探偵じゃない、拗ねてやると、快斗がキュッと新一に抱き付くと、 「コラ黒羽、何さらしてる」 ペチンと、服部の手が後頭部を叩いた。 「綺麗な星は、人のココに戻る」 違う?と瀟洒な面を覗き込めば、新一は笑いを顰め、溜め息を吐く。 「星の光は深淵にも届く」 人の闇にすら届く光。・として、それでいて静謐で。怖い程綺麗で、哀しい程透き通る光。 哀が聞いたら呆れて『夢見過ぎねのも問題ね』きっとそう言うだろう事も想像できて、笑ってしまう快斗だった。 きっと快斗の言う星と光はそう言う意味なのだろうと、服部は笑う。自分がそう感じるように。 「まぁ天の光も、悪くないでしょ?」 心臓に触れた指をスッと引くと、快斗は笑う。その笑みが本物かと、フト新一は漠然と思った。 笑う笑みが、時折偽りに見えるソレに、不安になる。偽りと言う言葉にも語弊があるのかもしれない。隠し持つ笑みの本質。快斗の背負う枷が、こんな時には垣間見える気がして、新一は時折不安になるのだ。 「星の光が強いのも、考えものかな?」 隠せなくなって困るねと、快斗は笑う。笑う笑みに、新一がバーローと小声で呟くと、快斗は満足そうに笑った。 「200年も300年も昔の光が、こうして俺らに綺麗な景色見せてくれるんは、ほんま不思議や」 「しみじみ呟く服部に、視界値も快斗も言葉なく頷いた。 「星のシャワーみたいだねぇ」 「星の雨やろ」 「今度は双子座とか言ってたな」 「やっぱ今度は北海道あたり行かへん?」 「賛成」 「誰もお前は誘ってないわ」 「冷たいなぁ〜〜服部」 「ったり前や」 「そろそろ終わりか?」 魅入るように見詰めていた星の光が途絶えて行くのに、新一が少しだけ残念そうに呟いた。 「そろそろお開きにしよか」 そう言うと、新一が名残惜しげに窓を閉める。 「お腹減らない?」 「黒羽、急に現実に戻るなよ」 雰囲気台無しと、新一がボヤクのに、 「名探偵、案外雰囲気に弱い?」 ヘェ〜〜と、服部を意味深に窺うと、アホと、服部の腕が伸びる。 「つまらい事言ってる間に、なんか使ったらどないや?」 「んじゃねぇ、黒羽さん特性のラーメン」 「チャルメラかい」 ポンと、快斗の掌中に乗ったラーメンのパッケージに、服部は脱力する。 「昔ながらの味が、いいんだよ」 「塩味がいい」 「ハイハイ、薄味ね」 すっかり誰かの味に慣らされちゃってと、肩を竦めると、立ち上がる。 「すぐできるから、服部悪戯して遊んでたらダメだよ」 「……工藤に言うてくれ」 その可能性は、自分ではなく新一が高いと情けないげに話せば、新一は未だ服部の胸板に重みを預け、閉めた窓ガラスの向こうを見ている。 「理性で堪えてね。ラーメン伸びちゃうから」 「いらん事言うとらんで、はよ行け」 ヒラヒラと手を振ると、快斗は冷たいと拗ねた調子で笑い、扉へと足を向ける。 その時、何気なく振り返った背後。視界に映った新一のデスクの上には、日溜の写真。 四人で撮った昼下がりの写真が、デスクに飾られている。 星なんて、ダレもが心に持っていると、何気なく話した新一の台詞。 そうして視線を伸ばせば、蒼く凛冽とした夜空。途切れていく星の雨。 人間なんて、本当に複雑だけれど単純で。こうして大切な人と過ごす時間が倖せだから。 『綺麗なだけではない哀しい星』 案外自分も単純だと、快斗は笑う。 哀しいけれど、辛いけれど。見守り続けていく倖せもあるのかもしれない |