いつも、いつも、そうと望めば触れられる位置にいたから、迂闊にも忘れ果てていたのかもしれない。
自分がいかに希有な生き物か、まったく自身に対しての認識に無頓着な新一は、それでも望めば触れられる位置にいて、悪戯に誤魔化し抱き締めれば、呆れた溜め息より早く、手と足が飛んで来た。有る意味で、他人との接触が苦手だった新一にしてみれば、他人と触れ合う体温に慣れただけでも、十分成長と言えるのだろう。
成長過程にあったものは、強制的にリセットされ、幼い躯に戻った時間に習得したものだろうし、何よりも、自ら欲し望んだ相手が居る事が、最大の理由だろう事は疑いようもない。
だから今回迂闊にも、綺麗に忘れ果てていた己の愚鈍さに、快斗はらしくもない溜め息を吐き出した。
自分自身の事に関しては、快斗は余程新一より自覚していた。尤も、新一を知る周囲が脱力する程、無頓着で無自覚で、事件に関しては明敏果断な速戦即決さで、無鉄砲な部分が色濃い新一と比較しては、それはそれで仕方ない部分だろうが、快斗は己の有るべき姿と言うものは、とても正確に理解していた。
その行く末も、堕ちて行く先も。もうリミットが近い事すら、快斗はある一種の冷静さで、理解していた筈だった。けれど理解していたと思っていたものは、ひどく勝手なものだったのかもしれないと、今の内心を考えるなら、思わずにはいられなかった。否、理解と納得は別物だと、痛感したのかもしれない。
離れている事が辛い。
以前の快斗なら、幾許の嫌味と揶揄を織り交ぜた辛辣さで、大笑いしていただろう内心の科白だ。けれど今は切実な部分でそう痛感している。
離れている事など幾らでもあったし、実際、住居を共にしている服部等とは違い、気紛れに工藤邸を訪れていただけだから、日常の部分では新一と離れている事が普通だった。けれど、違うのだと、今回の国外逃亡で快斗は嫌と言う程、新一の存在の重さを思い知った気分だった。
綺麗で繊細な顔立ちの割に、口を開けば悪口雑言だったり、極少数の人間の前では躊躇なく傍若無人だったり、そんな新一ばかりを見知ってきたから、今回久し振りに国外逃亡など計ってみて、自分はもう彼の存在が視界に入らない位置に在る事がたまらなく苦痛なのだと、快斗はその身に叩き込まれるように実感していた。していたと言うより、させられたとい言う表現が、幾分か正しいのだろう。再認識させられた痛い事実だ。
連綿と受け継がれてきた人類に根付く存在や、荘厳とした気配や沈黙の中。アノ場所で、快斗が感じた事と言えば、切り裂かれる程の苦痛が、その大半の感情を占めていた。
古代から受け継がれてきた場所だけに、荘厳とした気配の背後に、幾多もの血濡れた断末が聞こえてきそうで、薄気味悪さが先に立つと思っていたら、厳粛な壮麗さと、陰惨さが同居している奇妙な場所は、不思議と陰惨な事件現場に佇む新一を思い出させた。
張り詰めた緊張感の内側から訪れる冷ややかな静謐さ。それはまさしく新一の姿で、父親が求め、生命を喪った意味を内側に抱いているかもしれない場所で、快斗は新一から離れている苦痛しか、感じる事はできなかった。
それでも、眼を逸らす事のできない事実がその細部に有るのかと思えば、決して迷ってはいられない自覚も有った。
深く濃い闇の奥の奥に瞳を凝らし、何が見えてくるのか、判りはしない。それでも、進まなくてはならない路は、確かに存在していた。進まなくては、当然路など開かれはしないし、答えなど生涯時間を費やしたとて、与えられはしない。尤も、生涯を費やしたからと言って、明確な答えが出るのかと言えば、それは見当違いに収まってしまうだろう。
父親が、どうして喪われる必要があったのかすら、漠然としたものしか、快斗は知らない。
判っている動かし難い事実は、不老不死の秘薬の在処と言う、実に莫迦莫迦しい、下らない産物の為だけに、父親が殺されたと言う事実だけが手元に残った。それも随分後になり、外側から告げられた事実の一つに過ぎない。
実際、稀代の魔術師の死体が発見された訳ではなかった。
綺麗に焼失した場所からは、人骨一つ、欠片一つ、発見される事はなかった。
残ったものと言えば、稀代の魔術師がステージ最中に焼失したと言うマスメディアが騒ぎ立てた事だけだ。その真実を暴く為に、快斗は白い衣装を纏っているのだ。
父親がどう生き、どう死んでいったのか?知りたいのは、多分その一点だ。
どうして死んだのか?死ななくてはならなかったのか?だから、父親がどう生きていたのか、快斗は切実に知りたいと願った。救いもなく、また救われようともせず。月明かりに照らし出される影に自身を紛らせて、快斗が望んだのは、多分その一点だろう。
稀代の魔術師と言われた黒羽盗一が、どう生きたのか?足跡を辿る事で、見えてくる部分は幾らでも有る。
どう生きた人間が、どう死んだのか?死ななくてはならなかったのか?だから快斗は今も白い衣装に身を包む事を辞められないでいる。
父親が、どう生きてきたのか?何を思い、願い、祈り、白い衣装を見に纏い、月の光を浴びていたのか?
どう生きていたのか判らなければ、多分どう死んだのか、判り得ないと快斗は思ったのだ。それは彼が、稀代の怪盗の息子だからだ。死んだ事を捜査するのは警察でも、どう生きた人間がどういう経過で死んだのかを知るのは、家族だ。
堕ちて行くのが口を空けた洞窟の闇の中でも、歩いていかなくてはならないし、千切れるまで翼を血に染め、飛び続ける事しかできない。それは父親の衣装に袖を通したあの瞬間。快斗が選んだ未来であり、行く末で、自ら課した枷だった。
それでも、新一が背負う重さを考えたら、比較にもならないと、快斗は思う。そう思えば、離れてはいられないと痛感するばかりだ。否応なく、精神の襞を絞り上げていく苦痛と恫喝。そして幾許の甘い懊悩。
「これで俺もよくまぁ…」
離れて行けると思ったものだと、快斗は自嘲を深く刻み付ける。
たまらない毒々しさを、肺の奥から紫煙と共に吐き出したのが今夜一体何回目の事か、既に数える気力も失せていた。いたから、会いに行く事を躊躇っていた。その代わり、殊勝にも、ただ今と言って揶揄ってやろうかと、服部を呼び出した。
一方的な仲秋の名月の誘いに乗ってやった代償だと、今夜一方的に呼び出した相手には、綺麗に隠した筈の表情の背後など、多分簡単に見透かされ、呆れられるだろう。そういう部分は似た者同士で探偵なのだろうし、有る意味で厄介な代物だ。隠したい部分ばかりを綺麗に見透かされて行く。それさえ探偵の性なのだろうから、始末に悪い。
隠す事は、表向きはマジックを生業にしている快斗にしてみれば、それはマジックの種を見透かされるのと同義語だろうし、そんな事にでもなれば、マジシャンとしてのプライドにも関わってくる。嫌なら見透かされる裏の裏を掛き、仮面を付ける業でも身に付けろと要求する理不尽さは、服部らしいとも快斗には思えた。
称賛と羨望に傷つけられて行く新一が、これ以上傷付かないように、ただそれだけを願い、酷薄な笑みを刻み付け、服部は無言の要求を極当然のように快斗に突き付ける。
きっとそれは、新一が知らない、新一には見せない、服部の面なのだろう。そんな表情は、切り裂く牙を持つ狼そのものだ。
付いた嘘は突き通せ。屍になっても吐き続ければ、虚勢も正論になる。
そんな理不尽で物騒極まりない科白を吐く服部を、案外快斗は気に入っている。多分それは気に入るというものより、新一に関しての信頼が勝る言葉を含んでいるだろう。
新一の枷の在処をとてもよく理解し、決して肩代わりできないと諦めではなく理性で理解し、そして危険を承知で続けている新一の探偵業を取り上げない服部という存在を、快斗は一部に関して信頼していた。
新一に言わせれば悪友と言う立場にならしい二人の立場は、けれどとても不明瞭な境界線が引かれ、線の向こうと此方で佇んでいる事を服部も快斗も理解している。理解して尚付き合っているのだから、それはやはり気が合うと言う事なのだと、やはり嫌そうに互いに溜め息を吐き、乾いた笑いをしている服部と快斗を、けれど新一は知らない。
だからこんな時は、手軽に呼び出してしまえる程度には気に入っていると言う事なのだろうし、信頼もしていると言う事なのだろう。考えれば、縁とは不思議で奇妙だと、言い得てしまう関係の一言に尽きる。
国外脱出してから一か月。痛感させられた事実に、帰国する機内で、快斗は下らなく延々言い訳を繰り返していた。
国外逃亡の意図を、多分新一は容く見抜いてしまうだろう。誤魔化されてほしい時に限って、新一は怖いくらい背後に隠したのものを見抜いて行く。それが探偵だからなのかと言えば、違うのだろう。隠せば隠すだけ、綻びが露呈すると言うのは新一の弁だが、多分新一にはそういう風に見えているのだろうと思えば、怖い程だ。
木の葉を隠すなら森の中と言うが、新一にそんな言葉は通用しない。真実を覆い隠す淵の在処を、彼は簡単に指摘できる希有な存在だ。
目の前に映るものを見るだけで精一杯で、背後に横たわるものなど見えないのが普通だと、新一は何処まで理解しているだろうか?普通でなく、だから異常なのだと。良い悪いに関わらず、世間で異常性が歓迎される筈はない。
常体を逸したものに対し、人は何処までも残酷で容赦などない。それが新一の場合は探偵と言う部分と結び付き顕れ、畏怖と畏敬と称賛に塗れた希少価値と言う位置を得ているに過ぎない。それが決して救いになどなってはいない事を、知っている人間はほんの一握りで、両手の指にも余ってしまう。
自覚なく削り出され、疵を付けられていく心と言うものを、新一自身気付かない。そのくせに、隠したい事実程、新一は極簡単に指摘する。それは犯罪に関わらず、日常レベルでもそうなのだから始末に悪い。特に顕著にその能力が発揮される場所が犯罪現場だと言うだけで、新一を前に、本気で隠したい事実を隠す事は、容易ではない。
そのくせに、どういう理由だかそれが恋愛レベルの機微になると、とんとその才能は停止してしまうのだから、流石希有な生き物なのかもしれないと、快斗は明滅する夜景の明かりを眺め、数度目の溜め息を紫煙に紛らせ吐き出した。
こんな状態で訪れたら、そんな一面だけは聡い新一の事だ。簡単に見透かされ、そして何も言わず、口唇を噛み締め俯かせてしまう。そんな表情をさせるくらいなら、会わなくていいとも思う。離れてはいられないけれど、新一が苦しむ姿を見るくらいなら、離れていた方がいい。だから呼び出したのだ。新一が欲した服部を。
□
アベックのメッカである大橋も、週の中日で週末のような賑わいはないものの、それなりにアベックはいるし、人通りも有る。それでなくても観光地化された土地柄だから、ショッピングモール付近は華やいだ雰囲気を纏っている。
帰宅途中のOLや、観光地化された土地に遊びに来る者。
笑いながら通り過ぎて行く者も居れば、俯いた顔で足早に通り過ぎて行く者も居る。知らない顔、知らない声が、無機質に快斗の背後を通り過ぎて行く。
アノ群れの中に、東の名探偵と、称賛と羨望を贈られる新一が求める真実が、隠されているのだろうと、快斗は通り過ぎて行く人影を眺めている。
日々生み出されて行く陰惨な闇の中。淵の中に隠されている真実とやらが、決して光明などではなく、切断された生命達の血に濡れた悲鳴や慟哭の在処なのだと誰より理解していて、新一は腕を伸ばす。理解しているから、新一は手を、腕を伸ばす事が止められないのだろうし、立ち止まる事が出来ないのだろう。
視る意識なく視え、聴く意識なく聴こえてしまう。そして、だから識りたいと切実な部分で願うのだろう。意思を無視して切断された生命達の断末を。自らを削り出して、新一は真実と言うカタチにしようとする。
それは頭と口先が回る大人とは違い、無理に型に押し当て既存の形や言葉に当て嵌めるのではなく、有りのままを掴み、そのカタチを理解しようと足掻いている。その足掻きが、時には痛ましい程綺麗なものを滲ませるから、彼の周囲に在る人達は、魅せられて行くのだろう。けれど知らないのだ。それが新一の内とも外とも判らぬ見えない領域で、新一自身の自覚なく、彼のナニかが削り出されて行く代償に等しいのだと言う事を。
それを理解してるのは、極少数の人間達で、だから服部は心配もするし、けれど新一を安定させているのが確かに人の生命が切断された場所でもあるから、止める事は出来ないでいる。見守る強さを思えば、並大抵の精神ではない事を痛感させられるのはいつもの事だ。
誰もが自分が一番可愛くて、自分が一番辛い。誰だって、自分を中心に持ってきて、心の内側の安定を図るものだ。けれど新一は違う。見出す真実の価値など、誰より理解しているだろうに。それでも、求めて走り出す。その強さは、あの華奢な躯の内側の、一体何処から生み出されて行くのだろう?
何か大切な部分を削り出しながら、尚いっそう切っ先を鋭く研いで行く眼差しの深さは、近頃冴々として、まるで月の瞳のようだと思える。
救われなかった生命達の慟哭。届かなかった腕。戻らない時間。真実は、決して優しいものではないだろうに。
「自傷行為、みたいに見えるんだよねぇ」
陰惨な事件現場の中。新一の周囲を取り巻く静謐な気配。
陰惨で有れば有る程、新一の周囲は透明度を増して行く。それが怖いし、反対に、魅了される。
淵を見詰め続ける色素の薄い眼差しが、日々新一の心の内側からナニかを削り出して行く事を、無知で無責任な称賛を与える人間達は、知っているのだろうか?新一自身気付けない、疵の在処と言うものを。
知っている筈はない。アノ希少価値な生き物の特殊性など。新一自身、自分の探偵の才能と言うものを何処まで理解しているのか、甚だ疑わしい面は日常的に存在しているのだから。
探偵の才能。それも随分語弊の有る言葉だろうし、適格さを欠いている言葉だろう。
そんな事さえ、多分新一を命より大切にしている服部や哀以外、新一の両親を覗けば、気付いてはいないだろう。新一を待ち続けていた健気な彼の幼馴染みなどは特に。気付きもしないだろう。自分の幼馴染み同様に。同時に、気付かなくてもいいのだろうと、快斗は思う。
それでも、時折思うのだ。
ただの推理好きで在ってくれたら、どれ程良かっただろうかと。
橋の桟に身を凭れ、眼下に映る遠い夜景を身ながら、快斗は通り過ぎて行く人の群れが残して行く声を、聴く事もなく、聴いていた。
足枷ではなく、ただ単純に、囚われてしまう存在。
元来、快斗は執着と言う代物には縁がなかったから、囚われてしまう存在の出現が明確になるなど、予想もしなかった。それでも、自分の歩くべき路は、白い姿に身を包んだアノ時から判っていたつもりだったし、途中寄り道をする予定など皆無だった。
出会った存在に囚われてしまうなど、予想もしていなかった。予想もしてしなかったから、こうして少しずつ少しずつ、肌身から引き剥がしていかないと、そんな焦燥に突然襲われる時が有る。
その焦燥は、多分新一が感じ、巧く誤魔化しているソレとあまり大差のない代物だと感じている快斗だから、淵を見詰め続け、それでも尚端然と立っている、身の裡に一本芯の入った綺麗な新一の立ち姿が、恐ろしくなる。
恋愛の衝動や、その先に待つものまで、きっと今の新一は理解している筈で、大抵の人間は想いに囚われれば、先に進む路が見えてしまえばしまう程、立ち尽くしてしまう筈だ。けれど新一は違う。違う事が、怖かった。
「随分遠くまで、煙草買いに出向く羽目になったもんやな」
橋の上から、華やいだ気配を齎してくる夜景を見る事もなく眺めていた快斗の耳に、馴染んだ関西弁が届いた。
「ただいま」
振り返り、快斗は呆れた顔をして立っている服部に、笑った。
「此処で俺がお帰り言うたら、気色悪いやろな」
新一の前では大凡見せないであろうぼんやりとした横顔を快斗が覗かせていたから、軽口を叩けばこの始末で、服部は肩を竦めた。
「ん〜〜いいよ抱き締めても。一か月振りだし」
「アホ」
薄く眼を細め笑ってくる快斗のそれは、何処までも冷ややかな切っ先ばかりを滲ませている。軽口に誤魔化すのはお互い様だから、服部は苦笑を深めるばかりだ。
「何かさ、年々嘘が巧くなってくんじゃない?」
「お前がか?」
「否、ダンナ」
クルリとターンする優雅さで位置を入れ替えると、快斗は橋の桟橋に背を凭れ、少しだけ天を仰ぐ格好で紫煙を吐き出した。
「難儀やな、溜め息吐くのにも煙草が必要なんは」
クツクツ嗤う服部に、クルリと右手首を器用に捻った快斗の掌中には、見慣れた小さい箱が覗いている。その箱の中から、細いフィルターが一本、突き出されていた。
服部がソレを取り咥えたのと、快斗がパチンと手を鳴らし、その先端に火が灯ったのは、ほぼ同時だった。
「………相変わらず、お前のコレは、自然界の法則無視しくさっとるな」
「名探偵と同じ科白、言う?」
「せやかてな」
「マジックはマジック。種も仕掛けもなきゃ、マジックとは言わないよ」
確かこんな科白も、もう何度となく言い交わした会話の一つになっている。
「工藤の前で、すんなや」
絶対面白がるに決まっている。子供のように面白がって、種を考えて、試すに決まっている。新一には、そういった子供のような一面が存在している事を、服部は知っていた。
とどのつまり、好奇心と知識欲の延長線に、新一の探偵業は存在していると言う事だ。
「まぁ、一度くらい、してみてもいいんだけどね」
きっと子供のように、面白がるだろう。面白がって、種を推理するに決まっている。
推理して、ああでもない、こうでもないと、試すに決まっている。
そういう部分は、子供と大差ない東の名探偵の新一を、快斗も知っていた。
マジックは、秘密を愉しむものだと何度言っても新一に効力はないが、そういえば、随分幼い時。自分も父親にそんな事を言われた覚えが多大にあった事を、思い出す。
「マジックの種の在処なんて、簡単に判るのに」
「少し違ゃうだろ。工藤のは、理屈や理論でマジックを理解しとるだけや」
視覚的な錯覚を利用するものがマジックだと言う事は判っている。基本的に、マジックは秘密を愉しむものだ。
けれど種明かしが判っていればマジックが出来るかといえば、理解と現実は全てが一致はしないものだ。視覚的に錯覚を生む為には、生む為のものを持っていなくてはならないからだ。
「だからムキになって、やろうと思うんだよね、名探偵の場合は」
ムキになって試す場面など、簡単に予想できるし、想像できる。子供だと呆れて笑えば、子供のままに足蹴が飛んで来る事まで想像出来る。とても、柔らかい想像だ。
新一が笑っているのだから。
大抵、二人が話す会話と言えば、いつだって回帰するように、その場に居ない人が媒介にして成り立っている。可笑しい程、二人の会話が成立するのは、良いも悪いも、新一という存在を挟んで成立する会話だった。
クツクツ喉の奥で笑う快斗を眺め、服部は快斗の隣に並ぶと桟に背を持たれ、紫煙を燻らせた。
二人の見目良い姿に、視線を走らせていく女性達は多かったが、それでも、声を掛けてくる者はいなかった。
普段なら、他人に開放的な余裕を作らせる事に長けている二人は、けれど今は新一が居ない所為か、綺麗にその仮面が剥げ落ちていた。
端整な輪郭に刻まれるそれは、何処までも冷冽なものを張り付かせているから、結局通り過ぎて行く女性達は、声を掛ける勇気など、持てはしなかったのだろう。
「正体見たり、枯れお花」
「幽霊言うんか」
「名探偵はさ、服部のそんな表情、知ってるのかな」
言葉に出さないだけで、知っているに決まっている。隠す事の方が、一緒に在るだけに難しいだろう。何せ隠す事は簡単に見透かす稀代さなのだから。
「お前かて、派手な仕事着来て、おとなしそうに見えて、たいそう立派な牙と爪持ってるやろ。あのクソ派手な仕事着だけ見れば猛禽て気ぃしよるけど、実際お前はネコ科の肉食獣やからな」
「ひどいな、こんなおとなしい小鳥掴まえて」
「お前がおとなしい小鳥やったら、俺なんておとなしいワンコや」
「服部さ、自分で言ってて、気色悪くならない?」
ワンコはないだろうと、快斗は呆れた。
伏せられる事のない耳と、研ぎ澄まされた実践的牙を持つ犬など、居る筈もないのだから。
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