A HAPPY NEW YEAR









「コラ、コナン、つまみ食いするんじゃない」
 新一は4歳になる愛息の額を小突くように、ペシッと弾いた。
「だってお母さん、なんでこれだけよけてるの?」
「コナン君〜〜判ってて訊くんじゃないよぉ〜〜」
 ニッコリと笑う新一の言外は、微妙なイントネーションを示していて、コナンはハ〜イと笑顔で応えた。
「でもさお母さん、お父さん、今日帰ってこられるの?」
 チョコンと、キッチンの椅子に腰掛け足をブラブラさせ、子供らしい仕草で母親に問い掛ける当たり、確実にコナンは新一の血筋だった。
 新一の母親の有希子が笑ってコピーみたいと言う程度には、コナンは新一そっくりだ。新一がコナンだった当時に。
「帰ってくるよ」
 我が子の台詞に、けれど昨日までの不機嫌さは微塵もない。
音程の狂った鼻歌を歌って、三段重ねの重箱に、色とりどりのお節料理を並べていく。
「これ全部、お父さんの分?」
「よけとかないと、なくなっちまうからな。あいつ元旦から仕事で、正月料理食ってないし」
 だからこそ新一の機嫌は、昨日までは、地の底を這う程、サイテーなものだった。
決して周囲に八つ当たりじみたものはないけれど、それでもコナンには、母親の超特大球の機嫌の悪さは呆れる程のものだった。それをして、隣人からは、『新婚夫婦』と言われているのだと言う事を、けれど新一に自覚は皆無だ。
「帰ってこなかったら?」
 ヒョイッと、重箱の中から、だし巻き卵を一切れ掬い上げて口にほうり込む。
「コラ」
 そんな仕草はダンナの服部にそっくりだと思うあたり、オワッている自覚は、けれど新一にはまったくなかった。
「昨日電話あったよ。今日五時でお役御免って」
「フ〜〜ン」
 そんな電話、リビングに掛かってきた記憶が、コナンにはない。と言う事は、夜中、寝室に掛かってきたのだろうと思えば、バカップル夫婦だと、ついつい思ってしまうコナンだった。
「お母さん、お父さんの事、本当好きなんだね」
 呆れ感心したように言う口調は子供っぽくもあり、反面、4歳児のものではなかった。
テーブルに頬杖を付き、楽しげに重箱に料理を詰めていく母親を見上げている。その台詞に、新一は菜箸から、ポロッとカマボコをおっことした。
「コナン〜〜」
 白皙の貌に、知らず無自覚に桜が散る。
「お父さんも大概オワッてると思うけど、お母さんもオワッてるし」
「お前、その口調、誰に似たんだ」
 嫌そうに新一が言うのに、
「お母さんだって、皆言うよ」
「俺はこんな小生意気じゃなかった」
「お父さん、しみじみ言うけど」
 自分をつかまえては、時折思い出したように言う父親の台詞の中には、確かにコナンには意味不明な要素も混じっている。
 父親と母親は同じ歳で、だから当然大阪と東京という遠距離で高校生の時に出会った母親の子供時代を、父親が知る筈はないのに、けれど父親は言うのだ。小生意気な所は、新一とそっくりだと。その意味を、けれどコナンは知らない。なんとなく、訊いてはいけない部分な気がして、訊く事が出来ずにいる。そんな所もますます新一そっくりだった。
「あのヤロ〜〜〜」
 帰ってきたらシバいてやる。新一はボソリと物騒な台詞を呟いた。
「でもお父さん帰ってきたら、お母さん大変だよね」
「……何が?」
 無邪気な笑顔に、けれど新一の瀟洒な貌は引きつっている。
「色々〜〜」
「いっ……色々………」
 その色々の意味はなんなんだっ!?
内心拳を握って叫んでしまう新一に、罪はないだろう。無邪気な笑顔をしているくせに、新一の血をしっかり受け継いでいる4歳児は、何もかもを見透す笑顔をしている。
『なっ…なんか…ムカつく……』
 小生意気な笑顔をしている我が子に、ついつい感じてしまう理不尽さだった。
「服部の奴〜〜」
 警察官僚候補のキャリアの服部は、キャリアの出世コースの所轄といわれる本富士署の刑事課々長補佐というポストにある。
 所轄にとって、キャリアは警察庁からのお客様。悪ければお荷物的扱いを受ける筈が、けれど服部は元が西の名探偵として警視庁刑事部捜査一課の刑事達と顔見知りで、所轄にもすんなり溶け込んでいる逸材だった。
 だから事件が発生すれば、二週間を1クールに捜査をする刑事は、それまでは所轄に泊まり込む。キャリアで課長補佐の服部が、そこまでする必要はない筈が、けれど事件でのこのこきたくする性格はしていないから、本部が解散は帰宅すれば、そうそう寝室に引き摺られていくのはいつもの事で、聞き分けの良い、良すぎるコナンは、だからそんな事は今更でしかなかった。
 そんな時だった。玄関チャイムが威勢良く鳴った。
「ハ〜〜〜イ」
 ピョンッと椅子から元気よく飛び下りると、コナンは玄関へと向かっていく。
時間は10時。訪問者は判りきっていた。それがまた新一の頭痛の種ではあったのだけれど。

       








「キャ〜コナンちゃ〜〜ん。久し振り〜〜」
 元気良く叫んで、豊満な胸に孫を抱き締める有希子は、誰が視ても祖母には見えないだろう。
 引退して20年は経つというのに、未だ『世界の恋人』と言われるキャッチフレーズがピタリと当て嵌まる伝説の女優だった。見た目だけなら30代で通る。新一に言わせれば、年齢不詳と言う事になる。            
「母さん、玄関先で何孫に抱き付いてるんだよ。ウチのコナンはネコじゃないんだから。抱き付いて窒息させないでくれよ」
 呆れた声が、コナンの背後から掛けられる。
「新ちゃん〜〜妬いちゃダメよ」
 アラッと、胸元からコナンを離すと、視線を新一に向ける。
「久し振りだね新一君、コナン君。コナン君は、久し振りで随分大きくなったね」
「……クリスマスに会ったばっかじゃねぇか」
 人をくった父親の優作の台詞に、ますます新一は呆れた。
母親同様、父親も見た目だけでは年齢は予想も付かないだろう。
「この年の子は成長ざかりだからね」
「って、二週間やそこらで、変わるか」
 このオヤジ〜〜新一は、父親の相変わらずの口調に、内心悪態を付く。
世界的ベストセラー作家の父親は、彼の書く洗練された推理小説の探偵のように頭脳は切れるが、性格は二枚も三枚も舌を持つ難解さだった。息子の新一でさえ、彼の本質は今一つ掴めない。                       
「ところで、ウチの婿殿は?」
 孫をヒョイッと抱き上げて、勝手したたる我が家に上がり込む。
「何言ってだよ。明治神宮の警備で不在だって、言ったじゃねぇか」
 スタスタとキッチンへと向かい、取り敢えず珈琲を淹れると、父親はコナンを膝に抱き、有希子は何かとコナンに話しかけている。
「何で?服部君本富士署じゃない。大体警備は警備部の管轄じゃない」
 っというより、正月の明治神宮の警備は、指導は警察庁警備局の管轄になる。
「その警備局の親玉は?」
 珈琲を淹れ、ストンと両親の向いのソファーに腰掛ける。          
「アア」
 そこで有希子は納得した。
「時期警視総監の呼び名も高い、服部警備局長だったね。出世コースまっしぐらだ」
「ビンゴ。元々明治神宮の警備なんて敷地広すぎて、所轄に声掛かるから」
「でもアレだね。警察の出世コースは刑事より公安だし、警備局はその元締めだから、彼も出世するだろうねぇ」
「あいつの性格じゃ公安は無理だね」
「西の名探偵さんだし?」
 有希子は優作の腕からコナンを抱き上げると、自分の膝の上に乗せて抱き締める。
「それで新ちゃん、ご機嫌斜めなのね?」
 ねぇ?と、有希子はコナンに話し掛ける。
「でも今朝は機嫌よかったよ。お父さんの分って、ちゃんとおせちも分けてたし」
「アラアラ、いい奥さんしちゃって」
「コナン〜〜お前余計な事言うんじゃない」
「料理のダメな有希子とは、正反対だね、新一君は」
「ちょっと〜〜私を比較対象の引き合いに出さないでよ」
 見た目は30代半ば、けれど口調は少女のものだ。人をくったような性格の父親といい、破天荒な性格の母親といい、けれど確かに二人は自分の親なのだと痛感したのは、フトした事でコナンという子供になってしまった時だった。
 母親の泣き濡れた顔を、今でも覚えている。父親の、安堵を覚える声も。
確かに子供は何処までいっても親は子供なのだろう。 
「それで、今夜服部君帰ってくるんだ」
 新一にではなく、膝の上に在る幼い子供に問い掛けるあたり、有希子の性格がよく出ている。
「ウン」
「嬉しいかい?」
「ン〜〜〜」
「オヤ?考えるのかな?」
「……父さんも母さんも、コナンで遊ばないでくれ。ついでにコナンから、ウチの家庭環境推理するのはやめてくれ…」
 このまま会話が続いたら、何が飛び出してくるか判ったものではない。
「お父さん帰ってくると、お母さんかお父さんにかかりっきりだし」
 言外に、子供らしい言葉が滲んでいる。
「お父さん、お母さんにベタベタだし」
「ホ〜〜」
「コナンっ!」
「それで、それで?」
「母さんっ!」
「『新一は俺んやで〜〜』とか。でもお父さんモテるから、『警察官の倫理観はどうなってんだ』とかお母さん文句言ってるし」
「人のダンナに手ぇ出すなって?」
「母さん、コナンに変な言葉教えないでくれよ」 
 憮然となる新一だった。もうなんとでも言ってくれ。そういう心境だった。所詮この両親に掛かっては、自分は何処まで行っても子供でしかないのだ。
「それじゃぁ、新一君の手料理を味わって、今日は早めに退散した方がいいみたいだね」
「……どうとでも言ってくれ」
「アラそういえば、今更だけど、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「相変わらず母さんテンポずれてんな」
「だってコナンちゃんと新ちゃんに会えて嬉しくて。挨拶二の次になってたのよ」
「ハイ、コナンちゃんお年玉」
「ありがとう」
「これは私からだよ」
「別々に渡さなくてもいいよ」
「気持ちだからね。ちなみに、お年玉は、どうするのかな?」
 有希子の膝の上に在る幼い子供に問い掛けると、即答が返る。
「貯金」
「流石新一君の子供だねぇ」
 クツクツと、優作は笑う。
「なんだよ」
「玩具とか買わないの?」
 まぁ新ちゃんも、玩具欲しがるような子供じゃなかったけどと、有希子は思い出し笑う。
「ン〜〜別にいらない」
「つまんな〜〜い」  
「だって売ってる玩具より、阿笠博士のオモチャの方が、面白いし」
「確かに…それは判る…」
 愛息の台詞に、ついつい頷いてしまう新一だった。
阿笠博士の開発するものは、確かに既製品では味わえないスリル満点なものが数多い。
「何よりお母さんに付いて、事件現場行く方が面白いし」
「……カエルの子はカエル……」
「推理するのって、面白いもん」
「いやはや、東西名探偵Jr誕生だね。丁度いい。コナン君をモデルに、新作でも書こうかな。チビッコ探偵の活躍推理小説」
「……父さん、それ書いたら、俺本気で肖像権主張するからな」
「新一君もモデルになるかい?二世探偵ものでも書こうかな」
「謹んで親子共々辞退すっから。間違っても、コナンモデルにノンフィクション書かないでくれよ」
 これでもウチの可愛い息子なんだと、ある意味親バカな面を覗かせる新一だった。
「さぁてと。それじゃぁ新一君。料理を食べさせてくれるかな?」
「相変わらず、話し逸らすな父さん」
「これでも推理小説かだからねぇ」
「コナン」
 ソファーから立ち上がると、新一は手招きして愛息を招き寄せる。
「ハ〜〜イ」
 ピョンッと有希子の上から飛び下りると、軽い仕草で新一の後に続いてキッチンへと入って行く。






「巧くやってるようじゃないかい」
「新ちゃんの事だから、コナンちゃんには慎重な筈だし」
 幼い新一は、父の優作に連れられ事件現場に出入りして、考えるより先に、現場の持ち独特の空気を肌身で覚えてきた。人が死ぬのだと言う意味は、同年代の子供が覚えるより遥かに早く、その意味を理解していた。その分、傷ついてきた事は多く、新一はそういった心の疵や痛みを誰かに曝す事はなかったが、親である彼らが気付かない筈はなかった。だから親になった新一が、世が子に対して慎重でない事など有り得ないと、理解している彼らだった。
「それでも、後悔はしない強い子だからね」
 自慢の息子だよ、優作はそう笑う。
「今の倖せは、新ちゃんが頑張った結果だものね」
 幼い子供に還った時も、新一は決して諦めなかった。どれ程の絶望に哭いても、諦めず、そして自ら倖せを手にした。
「言ってたの、新ちゃん」
 クスリと、有希子は母親の顔をして笑う。相変わらず綺麗だと、優作は思った。
「コナンになる事がなかったら、服部君には会えなかったし、コナンになって視えたものも多いから、後悔はしない。そう言ってたの」
「強い子だよ。私や有希子より」
「私達の自慢の子供だもの」
 そして有希子は倖せそうに微笑んだ。
キッチンからは、新一とコナンの声。仲のよい親子の光景が、そこにはあった。
「来年当たりは、本気でもう一人、家族が増えてるかもしれないな」
「そうしたら、今度は女の子がいいわ。ピンクハウス着せて、自慢しちゃう」
「オヤオヤ」
 それは新一も大変だ、優作は笑った。
「でも女の子だったら、きっと新ちゃん大変ね」
「何がだい?」
「男親は女の子可愛いもんだっていうでしょ?そうなったら新ちゃん、娘に嫉妬するようだもの」
 クスクスと、悪戯気に笑う有希子だった。
家族が増えるは増えないか?それは神のみぞしる。





TOPact2