月に眠る祈り SCENE1














 その事件に二人が関わったのは、偶然だった。





 情後の気怠い気配に埋没したまま、工藤新一は隣に佇む褐色の肌の主をねめつけるように見上げると、半ば呆れたように呟いた。
「服部、お前サイテー」     
「なんや?」
 自分の隣で、クッションを抱えるように俯せに寝っ転がる新一を眺め、服部は揃いのクッションに上半身を起こし背を凭れながら、恋人の呆れたような声と視線に、不思議そうに問い掛ける。   
 俯せに寝ている恋人の肌は、惜しげもなく、服部の眼前に曝されている。細腰から下はケットで隠されているものの、薄く細い背は隠される事なく、白い肌には色濃い情事の跡が幾重も残っている。
 情後の桜色から生来の白さに戻ったキメの細かい肌は、細い背に肩甲骨が綺麗に浮き出ている。その様は、服部の情欲を煽情する色香でしかない事を、きっと新一は知らないのかもしれない。
 長い睫毛に縁取られた怜悧な眼差しが眇めてくる様すら、挑発でしかない事を、新一は知らないのだろう。だからこそ、情後に呆れる程無防備な姿を、恋人の眼前に曝す事ができるのだろう。
「なんや工藤、えらい感じて啼いてたくせに、なにがサイテーやん?」
 不思議そうに問い掛けながら、隣で呆れた眼差しを放ってくる相手に長い腕が伸び、少しだけ汗を含み湿った黒い髪を梳き上げる。      
「コレ、人前でやるなよ、お前」
 恋人の、人前でも隠さぬその仕草に、新一は少しばかり鬱陶しげに髪梳く指を振り払う。
人前で髪を梳く行為には、『執着』や『独占』と言う意味がある事を服部は知らないのだろうかと、新一は内心溜め息を吐き出した。吐き出しながら、恋人の臆面ない台詞に瞬く眼差しを眇めると、次には呆れたように嘆息を吐き出した。    
 新一は、服部の隣に上半身を並んで起こすと、抱えていたクッションに細く薄い背を凭れた。ケットを纏う事のない胸元にも、背筋同様、服部の付けた所有印が鮮明に残されている。
それを隠す事もない新一は、いい加減恋人の情事の最中の言動や仕草、愛撫に慣れてしまったのかもしれない。だから今更羞恥が湧く事もないのかもしれない。だからこその無防備さ、なのだろう。それが服部を嬉しがらせている事を知らない新一は、確かに彼を知る人間が口を揃えて言うように、人の感情には疎いのかもしれないし、判らないのかもしれない。
 それでも自らの服部への想いを自覚し、世間的に受けいれられる筈のない服部の想いを受け入れた新一は、少しは成長しているのだろうか?         
 新一は、服部の隣に身を起こすと、彫りの深い精悍な造作を眺め、半瞬後に白く細い腕をおもむろに伸ばし、
「煙草だよ、タバコ」
 寄越せと、服部の口に咥えられている煙草を取り上げる。
取り上げると、
「SEXの後、煙草吸う男なんて、嫌われるぞ」
 旨そうに深く紫煙を吐きだした。
「コラ工藤、お前はあかん、何度言わせるねん」
「勝手言うな」
 再び取り上げられた煙草に、さした未練はなさそうに、恋人の過保護さに苦笑する。
 どんな意味でも、服部は新一に過保護だった。
それは出会った状況が状況で、小学一年生と言う年齢だったからなのか?元々自分が大切と認識した人間にはそうなのか?甚だ謎な部分ではあるが、服部平次は、新一が呆れる程、過保護な面が強かった。
 新一が江戸川コナンから工藤新一に戻ったのは、高校三年生の夏が終わる頃だった。
 黒の組織が解体し、灰原哀が白乾児の成分分析を参考に調合したAPTX4869の解毒剤が開発され、新一は江戸川コナンから、本来の工藤新一に戻る事が出来たのだった。
 元々学生をしている日数より、探偵をしている日数が多かった新一だからこそ、学生の本分は学業という建て前を、世間も高校側も、『事件の為の長期休学』などと、理不尽な理由を鵜呑みに、新一の長期休学は承諾されてきたのだ。
 そんな新一だからこそ、事件を解決したから復学してきたと言う理由で簡単に復帰し、幼稚園入園当時、業者が再度のやり直しをしてしまう程度にIQの高かった新一は、苦労なく大学はT大を合格していた。
 そしてそれは服部も変わりなく、新一同様T大ストレート合格と同時に、大学生には贅沢すぎる邸宅の一人暮らしに、工藤邸に転がり込んできたのは、恋人同志と言う関係ができあがっていた二人には、違和感がない事だったから、どちらもどちらなのはいうまでもない。
 服部がT大を選択した理由は、万が一にも父親の後を継ぎ、キャリアになる可能性を考慮しての場合と、そしてもう一つ。新一が知らない理由が存在していた。
 父親が決して息子に窮屈な役人勤めを強制する事はないが、服部は幼少時から警察組織と言う物を肌で感じ、犯罪というものを眼にしてきている。それはきっと新一より、組織というものを理解し、推理するすべには長けている筈である。
 警察という、慣例と前例が重んじられる旧態依然な体制組織の中。発生した犯罪に対し、捜査方針を立案し、指揮監督する困難さを、きっと服部は新一より父親や周囲の大人達を通し、理解している筈だった。だから父親が自らの後を継がないかという言葉を口に出さない事も知っている反面。望んでいる事も知っていた。それでも息子の一本気な性格を知り、息子の人生は息子のものと、信頼と信用を寄せてくれる父親を、尊敬している事も事実だった。そして、親不孝をしている自覚もあった。 だから取りあえず、様々な可能性を考慮した結果、T大法学部を選択した。この先探偵をするにしても、法律をしらなければ何一つ意味はない。そして、新一を守る為にも……。
 新一の、可能な限り、探偵を続けていきたいという想いは真摯なもので、より深く法律の理論さと公平さ、矛盾さを識る必要があるのは当然で、二人は揃ってT大法学部に在籍している。その傍らで、探偵業をしている。けれど現在二人が乗り出すような事件はなく、大学生活を送っていた。
 そんな二人を横目に、数奇な運命に翻弄された灰原哀であった宮野志保は、自ら開発した解毒剤を服用する事なく、未だ小学生の姿をしている。その意味は、誰も知らない。
 新一や服部とさして年齢の違わぬ姿をした少女は、けれど優秀な科学者だった。公的機関が、その存在を欲しがる程に。
 現在の彼女は、阿笠を義父として存在していた。新一も哀も、その立場は、本来の姿を取り戻し、より微妙なものになってしまった事を知っていた。公に出来ぬ組織の存在故に、数奇な運命を歩み続けていかなくてはならない事を、二人はもう知っている。けれど諦めた訳ではなかった。
 波乱万丈になると思われた同居生活は、生活習慣の違いに、誰もが苦労するだろうと思っていたが、案外すんなりと生活を送っている。
 神経質そうにみえ、実は関心のない事には無頓着で意識の上にものぼらない、私生活では服部が呆れる程自分の事にすら無関心な新一と、愛想のいい笑顔で誰の警戒心をも解いてしまう術に長けている服部は、けれど私生活では案外とマメで、無頓着な新一の最低限の生活を満たしていた。 
 そして関係が出来上がって久しい新一は、今では服部が溜め息を付き呆れる程、性に関しても隠す事のない露さだった。 新一が鬱陶しいと感じさせない程度の気配りで、新一の生活の面倒を喜々としてみている服部は、けれど口煩く言っている事は、新一の喫煙だった。
 自分が気紛れに吸うのは勝手でも、新一が吸うのは歓迎しない。その身勝手さに、だからこうして時折反駁し、服部の咥え煙草を取り上げては、喫煙する新一だった。
 それが恋人を攅眉させる結果だと判っている新一は確信犯だ。そしてその時の恋人の口煩さが嬉しいと感じる程度には、服部に溺れている自覚はあった。 
 新一は、案外彫りのある精悍な造作を眺めると、
「服部、腹減った」
 おもろむろに呟いた。 
「……自分、その性格、どうにかしぃや」
 恋人の台詞に、おもわず服部が脱力しても、罪はないだろう。確かに、情後の心地好い雰囲気で言う台詞ではない。
「運動したら腹が減るのは当然だろう?健康な証拠だ」
 服部の脱力を愉しげに眺め、薄い笑みを造り、シレッと言う新一は、確かに服部を愛し、少しずつ変わったのかもしれない。 関係が始まった当初は、情後ベッドを共にする事すら出来なかった新一からは、想像も出来ない成長ぶりだし、豹変ぶりだ。そんな恋人の姿を、服部が喜んでいない筈はなかった。
「性欲の次は食欲かいな」
「性欲と食欲は比例してる、今更だろう?」
「お姫ぃさんは、満足したって事やな?」
「誰が姫だ、ダレが」
「腹減ったから何か食わせろなんて言うのは、お姫ぃさんの証拠や」
 しゃぁないなぁと、吸い終わった煙草を、ベッドボードに置いてあったクリスタルの灰皿に押しつけると、
「んで、なに食いたいねん、ピザでもとるか?」
 新一が、自分に対して空腹を訴える時。それは自分に何か料理してくれと言う意思表示である事を、しっかり認識して問い掛けるあたり、服部も十分ピロトークを楽しんでいる証拠だ。
「ドライカレーとワカメと油揚げと豆腐のみそ汁」
「…自分いい加減、その味覚異常、どうにかせんなあかんなぁ」
 あまりの言い様に、服部はしみじみ呟いた。
コナンとして知り合った当初、大阪と東京という物理的距離を度外視して、事件絡みでバッティングした事は多々あった。
その時は、事件に神経が集中していて感じる事はなかったが、恋人同士となり、大学に入学し、工藤邸に同居するようになって知った新一の味覚は、服部が脱力する程破綻していた。
「ほっとけ」
「味覚が未発達なんちゃうか?子供の味覚と同じや」
 味覚は生来機能の一つだ。けれど新一の味覚は子供と似て、複雑な味が苦手だった。そして事件は複雑を極めれば極める程頭脳は冴え、愉しいと言う神経だから、服部が脱力してしまうのも仕方ない事なのかもしれない。
 だから事件以外にはまったく頓着のない性格ができあがるのだ。           
「コナンの時期が長かった所為だろう」
 それが服部に通用する筈もない事を承知で言う新一は、自分の味覚異常に興味はないらしかった。
 白い腕が、瀟洒な指先が、乱れて瞼にかかる前髪を、無造作に梳き上げる。その様がひどく煽情的で、服部を誘惑している事に気付かない。
「工藤、俺の前以外でそんな恰好したらあかんで」
 黒い柔髪にうずまる白い腕を掬い上げると、引き寄せる。
服部より華奢な姿態は、抵抗一つなくその腕に収まった。白皙で繊細な面差しは、収まった腕の中で、精悍な顔立ちを眺め、紅脣に意味深な笑みを浮かべ、瞬いている。
「ソレやソレ」
 色素の薄い酷薄な口唇が、忍び笑いともいえる謎めいた笑みを、唐紅に色付く口唇を彩っている。それがひどく娼婦じみて、服部の視界に突き刺さる。
「そんな笑みしてるとな、他の男に、ナニされるか判らんで」
「お前以外に触らせる気なんて、ねぇよ」
 怜悧な目許が、相手の反応を愉しむように細められる。
「えらい告白やな工藤」
 二人が恋人同志になった時。それは未だ新一がコナンの時だ。天は二物を与えずという諺どおり、新一は事件以外に関しては、人の感情には無頓着だったから、当然恋愛感情などに関心もなかった。幼馴染みの毛利蘭の、自分に寄せる想いには流石に気付いてはいたものの、だからといって、自分の想いが幼馴染み以上のものかと言うと、判らないと言う答えしか出なかった。大切にしたかった、守りたかった。けれどそれが恋愛感情からなのかと問われれば、判らないとしか答えられない曖昧さしか持ってはいなかった。丁度そんな時だった。服部への想いを自覚したのは。
 自覚した時。まさかと否定し、けれど自覚した想いを止める事など当然出来る筈もなかった。その想いは、新一が自覚するより以前に、走り出していた想いだったからだ。
 推理の組み立てをみても判るように、工藤新一は感情を排した合理性を好んだ。推理に主観は不必要で、客観性こそ必要なものだった。
 犯罪捜査の推理上で、端緒となる直観は必要でも、感情に左右されるものなど必要とはされない。推理で必要なものは、情報を分析する客観的な取捨選択能力こそすべてともいえる。
そして情報を分析して推理する。その過程では個人の感情など不必要だったから、新一は自分の事すら何処か客観的に捉える術を無自覚に身に付けてしまっていた。
 そんな新一だから、最初は服部への想いが何と表現される類いのものか、判断すらできなかったのだ。
「たまにはな」
 瞠然とし、次には深い笑みを漏らす服部の反応に満足そうに眼を細めると、新一は交睫する。
「満足したと、ちゃうんか?」
 腕の中の恋人の、挑発とも誘惑ともとれる言動や笑みに、服部は大人の男の表情をして苦笑する。その苦笑や深い笑みを、新一が密かに気に入っている事を、けれど服部は知らない。
 サラリと、指先に心地好い感触を齎す髪を撫でると、交睫する繊細に縁取られた面差しを、服部は凝視する。
 情事の最中では、娼婦さながら奔放で放埒な態をみせる新一は、こうしていれば、その面差しはひどくコナンとそっくりで、無防備で幼い事に不意に気付く。
 大学生と言う年齢のくせに、未だ何処か未発達な中性的な部分を色濃く残している。それは多分、コナンとして小学生をしていたからの影響なのだろうと、服部は思っていた。
 解毒剤により本来の躯を取り戻したものの、成長過程に必要な様々なものを吸収していない躯は、未発達なのは当然だった。 学ぶべき感情、知るべき知識。それは成長過程により様々に変化し、年齢に応じて吸収し、身の裡で消化されるものだ。
どれだけ頭脳明晰な秀抜さを誇っていても、机上で学べないものもあるのだ。そして人は大人の階段を上るのだから。
 けれど新一は、その大切な成長段階で、それらを経験できなかった。それが未だ新一を年不相応に見せているのだろうと、服部は正確に理解していた。
 頭脳明晰で明敏果断。けれど時折ハッとする程幼い面を覗かせる時がある。だからこそ、尚更に愛しかった。
 新一は、ゆっくりと吸収していくのだろう。服部の腕の中で、高校生に吸収すべきだった感情や意識や知識、諸々のものを。服部に教えられるのだろう。
 新一自身、それでいいと納得していた。服部の腕の中で、経験していけばいいものだと、知っていたのだ。拒む必要も、否定する必要もなかった。
 服部は、コナンであったアノ時でさえ、新一を子供扱いしてきた事は、ただの一度としてなかったのだから。
 人を愛し、愛される心地好さを、既に今の新一は知ってしまった。知ってしまったソレを、もう手放す事などできない。
譬えその想いが、相手を哀しませてしまう事に繋がっていても。そして服部は、自分の腕の中で、吸収していってほしいと、願っていた。人の感情にも自分の感情にも疎い新一だから、ゆっくりと吸収してほしいと、切ない程、願っていた。祈っていた。 服部にとって、新一は最初から小学生ではなかった。対等な立場にあるべき人間だった。            
 コナンとして出会いながら、服部にとって新一は、小学生の子供ではなかった。対等に推理を語れる唯一の相手だったから、子供として見た事など、一度もなかった。だからこそ服部は、本来なら一番最初に消去されるだろう、コナンが工藤新一であると言う可能性を否定せず、その正体を知る事になったのだ。その眼識は本質を見抜く術に長けているのだろう。だから服部にとって、工藤新一はあくまで工藤新一であり、外見小学生の江戸川コナンではなかった。それが当時の新一のどれだけの支えになってきたかの自覚は、服部にはなかった。
 だからこそ、服部が新一への想いを自覚したのは、多分新一より早かった筈だった。
 最初は何かと比較されてきた相手に対する同族嫌悪。けれど知り合えば気安く、推理を対等に語れる相手になった。そして秘密を共有する関係になった事が、より二人を急速に近付けた原因の一端になっただろう。
 だから自分の腕の中で、ゆっくりと失ってきた時間を吸収してほしいと、服部は願っていた。それは祈りさえ孕んでいる。 
束縛するのでもない、独占するのでもない。ただ、癒されてほしかった。笑っていてほしかった。
 自分の事すら客観的に見てしまう新一が哀しくて、傷ついてきた痛みすら自覚できない新一だから、癒されてほしいというのは、自分の勝手な想いなのだと、服部は正確に理解していた。それでも願ってしまう。愛してしまうのだ。その強さを、魂を。子供の躯になってすら、自らの立場を直視し、事件と対峙してきた勇気。その魂の強さを、服部は愛したのだ。 
 絶望から眼を逸らさぬ勇気や強さ、それらを形成する工藤新一と言う人間を愛した。だから服部にとって、江戸川コナンは、工藤新一でしかなかった。
 新一を形容するなら『綺麗』と言う言葉しか思い付かない。外見の綺麗さではない。陰惨な犯罪現場を直視し、黒の組織と対峙し、辛酸を舐めた筈なのに、その魂は何処までも清冽で静邃だ。その魂の静謐さを、服部は見詰めていきたかった。
 守りたい、大切にしたい、誰よりも。けれど、判っていた。勝ち気で気の強い恋人が、守られたいなどと願う筈もない事を、服部は知っていた。そして守りたいと束縛してしまったら、この関係が破綻する事も判っていた。恋人同士と言う甘い関係に溺れても、対等でありたい。それが新一の望みだった。服部にとって、何より大切な恋人の望みだった。
 だから時折こうして我が儘を言い甘える新一が、可愛く愛しいものでしかない服部は、十分工藤新一に溺れている自覚があった。溺れる心地好さを実感していた。         
「よっしゃ。なんぞこさえるから、それまで寝とき」
 ヨシヨシと、腕の中の小作りな頭をクシャリと撫でると、服部は新一を横たえる。
「アア、服部、夕飯な」
 コロンと、再びクッションを抱く恰好で素直に俯せになった新一は、既にベッドから起きだし、ジーンズに足を通している服部に口を開いた。
「なんぞリクエストあるんか?」
「ロールキャベツに茶碗蒸し」
「……」
 愛しく可愛いが、この味覚異常な食事種類の取り合わせだけはいただけない。
「かなわんなぁ、お姫ぃさんには。無茶苦茶や」
「健康管理は、探偵の基本だろう?」
 物事に熱中すると、寝る、食べる、休むと言う事にまったく気の回らない新一は、体力ギリギリまでその事に気付かなくなる傾向にあった。そんな工藤を、探偵の基本は摂れる時には規則的に食事を摂り、休む事だと言い募ってきたのは服部だった。 大雑把に見える服部は、けれど武道に精通している両親の元、厳しく躾られてきた人間だったから、規則正しい生活というのは、案外しっかりしていたのだと、新一が知ったのはやはり同居してからだ。
「んなら、後でちょい出かけがてら、食材仕入れに行こか」
「雨降ってるぞ」
「雨くらいなんや、若いもんの台詞ちゃうで」
 確かに外は、梅雨の走りだろう雨が深夜から降っている。
昨夜日付変更線前にベッドに入り、情事に没頭し、極めては陶然と目蕩み、目覚めれば再び肌を重ねてと、休日の前夜をボディートークに費やしてきた二人の耳に、昨夜吹き付けた雨の音が、微かに残っている。
 新一は、寒いのも暑いのも、雨も苦手だった。特に梅雨から夏の時期は、体力を失いがちになり、体調を崩しやすくなるから尚更だった。
「流石に今夜は食材仕入れにいかなきゃ、冷蔵庫カラッポや」
「わぁ〜〜たよ。いきゃいいんだろう、いきゃ」
 一人で行ってきてくれよと言外に滲ませた台詞は、けれど通用しないらしかった。      
 拗ねたようにクッションに顔を埋める新一に近付くと、
「拗ねんなや、また抱きたくなるやないか」
「腹減った」
 ボソリと言う新一に、服部は笑みを漏らし、
「ええ傾向やな、食欲が有るのは」
 食事に関心がないのかと思える程、食事に関して無頓着だった新一が、今ではちゃんと空腹を訴えるのだから、ある意味それも成長なのだろう。
「躯きつぅないか?」
「今までコナンだった俺を、散々好き勝手してきたお前の台詞じゃないぜ」
 昨夜から散々重ねてきた恋人の肌の感触は、今でも疼く熱さで身の裡に残り、触れられれば、燻る熱に火が付く事を、新一は誰より判っている。今でさえ、自分でさえ知らぬ体内の奥深い場所に、恋人の熱さが残されているのだ。そしてコナンであった時から抱かれてきた躯は、アノ当時より、抱かれる事にも慣れてしまっていた。
 幼かった肉体を、開発してきたのは、他の誰でもない眼前の男だと言うのに、相変わらずの心配性だ。
「でも、疲れたな」
 服部の、相変わらずの心配性に、掠れた声で囁き笑う。
声が掠れているのは、散々に喘がされた証拠だった。
「まってや、精のつくもんこしらえるさかい」
 ポンポンと、頭を撫でると、服部は寝室を出ていった。
 子供扱いしている自覚はないのだろう服部の仕草に、新一は肩を竦めて淡い笑みを漏らした。大切にされている自覚はある。 こんな会話、こんな目覚めに慣れてしまった自分が可笑しかった。
 フトした瞬間に感じる倖せに、新一は肉の奥が疼く熱さで灼けつくのを意識した。
 こんな些細なやり取りが倖せだと実感できてしまう自分が在る事を、新一は嬉しいと感じていた。こんな優しい感情が在る事を、服部を愛して初めて新一は知ったのだから。
 だから、祈ってしまう、願ってしまう。哀しい時間が、一分一秒でも遅く訪れる事を。絶望が、優しい恋人を呑み込まぬように。自分は、絶望に慣れてしまっているから。せめて優しい恋人には、穏やかな時間をと、望んでしまう。
 自分と在る事で、これから先、傷つけたしまうから。それでも、哀しませる事を承知で、愛してしまったのだから。
 希望を持つ事は罪だろうか?祈る事は?願う事は?
フト、自分と同じ数奇な運命に逆らい生きている、少女の抑揚のない声と淋しげな面差しを思い出す。
『怨んで、いいのよ…』
 哀しげに微笑む綺麗な少女の顔が、浮かんでは消えた。







 初夏と呼ぶに相応しい季節も、昨夜から降る雨に、夕刻近い時間は薄暗く、低い雲が垂れこめていた。シトシト降る雨はゆっくりと止み始めていたが、肌寒い感触があった。
「これで今夜の工藤のリクエストは、バッチリやな」
「お前〜〜なんで夕食の材料買い出しに来るのに、代々木くんだりまでくる必要があんだよ」
 雨が苦手な新一は、隣を歩く、自分より頭半分は背の高い服部を見上げ、憮然と口を開く。
「少しは運動せなあかん」
「運動なら、散々してくたびれたよ」
 ブツブツ言いながら、新一が口程でもない事を服部はちゃんと知っている。だから文句を言いつつ、決して嫌そうな表情をしていない新一を、笑いながら見ている。
「雨が苦手じゃ、探偵は勤まらないで」
「事件は別だよ別」
「足腰鍛えて体力つけな、待ってるのは、夏バテや」
「だからぁ〜〜足腰なら、いやでも鍛えられてるよ」
 端から聞いていれば、立派にピロトークをしている自覚のない二人は、雨の中。傘をさしながら、荷物を持ち、歩いて行く。「意味ちゃうで」
「同じだ」
 フンッと、拗ねたようにソッポ向く新一の、繊細な横顔を眺め、服部は深い笑みを漏らしている。
 二人はゆっくりと歩いて行く。休日の雨の日は、それでもそれなりに混雑している。カップルで映画に出向いたり、買い物に出かけたりと、若者の街は混んでいた。そんな中を歩く二人の視界の先に、見慣れた点灯が見え始めた。
「オイ工藤」
 服部の口調が、ガラリと変わる。密められた低い声。それでいて、何処か愉しげな響きの滲む声が、新一に向けられる。
「アア」             
 色素の薄い酷薄な口唇が、鮮やかな弧を描く。
「工藤が歩けば事件に当たる、諺通りやな」
「俺は犬か」
「事件寄せホイホイ」
「服部〜〜覚えてろよ」
 軽口をたたきながら、二人はその点灯に向かい、歩いて行く。
不謹慎にも、肌に慣れてしまった犯罪現場の気配が、心地好く精神を刺激してくる。
 歪んでると、二人はコッソリ溜め息を吐き、薄い笑みを刻み付けた。  







 新一と服部には、見慣れた黄色いテープが、周囲にグルリと張り巡らされている。黄色地に赤字で『KEEP OUT』と書かれている、立ち入り禁止の現場保存の警察テープだ。
 現場周辺には警察車輛が駐車され、周辺には野次馬が集まっている。その対応には、所轄の制服警官がおわれていた。
 黄色いテープの内部では、銀色のジュラルミンケースを手にした鑑識課員が、忙しく行き交っている。
 現場では、鑑識課員がたくストロボフラッシュが光り、高感度カメラが回っている。
 その周囲を、所轄と一課捜査員の刑事達が、厳しい面持ちをして取り囲み、苛立たしげに集まっていた。
 どんな陰惨な殺人現場でも、現場に一番最初に到着し、現場入りするのは所轄署の制服警官以外では、警視庁機動捜査隊と鑑識課員だ。所轄の制服警官は現場保存が仕事だから、鑑識課員と機動捜査隊と、二つの部署が、一番最初に現場入りする。けれど機捜も鑑識班の現場収拾が終わらなければ、現場入りは出来ない。捜査の爾後を左右する被疑者の遺留品が残っているだろう現場を、荒らす事はできないから、まず現場入りし、被疑者に結び付く遺留品を採取する鑑識課員の責務は重い。それでなければ、実際捜査方針一つ立てられないのだ。それだけに鑑識課員の責務は重く、職人芸的な要素が必要とされる。そして鑑識課員の報告と同時に機捜は初動捜査を展開する。初動捜査が早ければ早い程、事件解決へ結び付く時間は短縮される事になる。そうして管理官は捜査方針を立案し、係長や現場指揮を執る主任刑事へと伝達され、それぞれの刑事へ聞き込み調査の担当が割り振られていくのだ。
 そして今。黄色い現場保存のテープ内で、鑑識課員が行き交っていると言う事は、事件発生直後と言う事になると、服部と新一は顔を見合わせる。
 真摯に瞬く眼差しの背後に、互いに同じ色を見て取り、苦笑する。不謹慎と言う自覚はある。けれど事件と聞いて反応してしまう己の性癖も、心得ている二人だった。
「何の事件や?」
 公道の両脇に駐車されている鑑識車輛やPCの数を見れば、それが殺人事件以外考えられない事など、事件現場を見慣れ過ぎる程に見慣れている二人には、考える必要のない程、簡単に判る答だ。
「アレ見ろよ」
「丁度いいやん」
 新一が顎をしゃくると、テープ内部では、見知った顔が複数存在していた。
「目暮警部」
 柔らかいトーンの声が、凛と周囲に響く。その声に、周辺の野次馬が振り向いた。
「おお、工藤君に服部君」
 呼ばれた目暮が振り返ると、人込みを掻き分けて来る二人に、親しげに声をかける。その気さくさは、とても警視庁捜査一課係長とは思えぬものだった。
 目暮の声に、周辺の野次馬の視線が二人に集中する。服部も新一も、高校生探偵として世間では有名人だ。
 東の工藤、西の服部と、警察も苦慮する難事件を、適格な判断と分析能力で事件の端緒を掴んできた探偵の顔は、その繊細さと精悍さで、若いファン層を中心に知れている。
 特に新一がコナンだった当持、服部はちょくちょく上京して事件を解決していたから、比較対象され、犬猿の仲だと噂されてきた二人は、大学入学と同時に同居生活に入り、近頃では彼らを知る警察関係者からは、1セットとして扱われている二人だった。
「買い物帰りかね?」
 服部の手にしている袋に、目暮が問い掛ける。
「なんの事件ですか?」
 警察組織で唯一その存在が誰にも認識されているのは、警視庁捜査一課だろう。目暮はその一課5係の捜査係長だった。
一課と言う事は当然殺人などの凶悪犯罪を扱う部署だから、それは殺人事件を示す事になる筈だった。
「見ていくかね?」
 一般人が現場に立ち入る事が出来るとしたら、それは被害者及びその家族、遺族になるだろう。けれど目暮は二人の推理力を認めていた。現実に、二人に事件の端緒を教えられた事は一度や二度ではないし、新一の適格な分析に裏付けされた推理力に助けられた事は数えきれないから、目暮は何の疑問もなく、二人を現場に立ち入らせる事に躊躇いがなかった。けれどこれが目暮以外の人間となると話しは複雑になる。
 地方自治と国家と言う二本柱で成り立っている警察組織は、その組織内部も複雑で、ノンキャリアの人間は皆地方公務員になる。目暮も当然東京都採用の地方公務員だ。
 ノンキャリアが国家公務員になるとしたら、それは警視正以上の人間になるし、警視庁捜査一課でその階級をもつ人間は、叩き上げ刑事の最高峰といわれる一課長だけだ。だから他の係長となると、素人に事件現場に立ち入らせる事など皆無と言えるし、元々目暮以外の一課係長とはアクセス数が少ない新一だった。その点で、服部は父親が大阪府警本部長と言う立場から、かなり上のポストの人間の顔も知っているし、当然アクセスも少なくはない。その分捜査に口も挟み、挟んだだけの結果は弾き出し、評価を上げてきたのだ。
 組織の中では誰もが階級を上げる事を望んでいるから、素人に口を挟ませる事など皆無と言えるし、だから新一や服部が推理力を発揮するのは、おおむねで目暮が関わる事件がほとんどだったから、目暮率いる5係捜査員とは顔見知りだった。
 そして今、二人の眼前に佇んでいるのは目暮だから、二人は彼が口を開いた時には、既に立ち入り禁止のテープ内に入り込んでいたのは言うまでもなかった。

       
                  




 服部と新一の眼前には、一人の男が横たわっていた。
陰惨な殺人現場に、少年の二人組は異様に目立つ。まして服部は夕飯の材料を買い込んだ袋を腕に引っ掛けているのだから尚更だろう。
「殺害方法は?」
 視線の下にある遺体を凝視し、新一が尋ねた。声の質は柔らかいくせに、ソレは凛然とした響きを放つ、抑揚ないものに変化していた。
「外傷は、ないみたいやな」
 新一の隣に並び、服部も思案気に口を開く。視線は足下の遺体にピタリと固定され、精悍な面差しが沈吟している。
「その通り、流石だね。絞殺の跡も、創傷もなし。殴られた跡も見当たらない」
 ヒョロリと背の高い、温和な顔立ちをしている高木が、服部の台詞に頷いた。     
「病死の可能性も、否定できないってネ、鑑識の話し」
 高木刑事の隣で、活発な印象を与える女性捜査員の佐藤が、思案気に口を開く。その台詞に、新一と服部は攅眉する。
「病死?マジそんなん疑っとるんか?」
 佐藤の台詞に、服部は綺麗な横顔に振り向いた。
「殺害の痕跡がないってね。ただ、鑑識も病死にしては可笑しいって言ってるのよ」
「痕跡がないから病死と断定するとしたら、随分短絡的ですよ、目暮警部」
 遺体から、視線を動かす事のない新一の静かな声が響く。
「工藤君も服部君も、殺人を疑っているのかい?」
「警部ハン、これが殺人じゃのうて、何や思うん?」
 少しばかり呆れた口調の服部の声だった。
「根拠は、何かな?」
 聞きようによっては嫌味ともとれる口調の白鳥の台詞は、けれど本人を知れば、それが嫌味ではない事が判る。キャリアではあるが、彼はただの一度も、キャリアである階級を鼻にかけた事はないのだ。元々、キャリアが一課に配属されるのは管理官からというのが慣例だから、白鳥が捜査員として一課に在るとしたら、それは自ら希望した可能性は否定できない。
 尤も、無謬性が何より重要視される体制組織は、たち続く不祥事で国民からの信頼は失墜している。その根本にあるのが、現場を知らずに昇進するキャリア制度に問題があると指摘を受けているから、キャリアを現場捜査員に起用しているフシがある事も否めない事実だった。
「状況や」
「状況?」
「可笑しいと、思いませんか?」
「何が?」
 高木は、温和な外見と同じく、温和な性格をしている刑事だった。その温和な性格だからなのだろう。逡巡なく疑問を口にできる刑事だった。事件の早期解決には、疑問を残したままに捜査はできない。その事を、高木はちゃんと知っているのだ。 警視庁捜査一課は、各都道府県警察のトップであるだけに、一課捜査員と言えば、それだけでエリートコースだ。それ故に、疑問を素直に口に出す事が勇気の有る事だとも、新一と服部は知っていた。
 検挙率が自らの昇進成績に繋がる一課捜査員の中で、目暮率いる5係は、ある意味で特色のある係だろう。それがエリート集団の一課の中では珍しい事を、新一も服部も知っている。
でなければ、体制組織に属する人間が、素人を現場に立ち会いなどさせる筈もないのだ。
「雨の中、スポーツウェアー着て、歩道から外れた公園内で死んでる。これが可笑しないったら、殺人現場はおかしい事なんぞ何一つなくなってまうで」
「通報者は、あそこに集まっているホームレスの人達ですか?」 新一の静かな声は、疑問符を付けながら、確認でしかない。色素の薄い茶色の眼差しが怜悧に瞬き、遺体の横たわる公園入り口に集まっている、ホームレスの集団に移った。
 公園の入り口には、通報者だろうホームレスの姿が集まっている。その事を、新一も服部も、現場に立ち入った時から気付いていた。
「そうだ。ただし、遺体は彼等が起きた朝には、ココに在った。そう証言してる」
「朝から?」              
「って事は、死んでからかなり経つって事やないか」
 左手首のリストウォッチに視線を移せば、もう既に4時を回っている。
 夕刻になって徐々に雨はあがってきたものの、昨夜から降り続いてきた雨の所為で、時間より周辺は随分薄暗く感じた。
「関わりたくないってね」
 佐藤が肩を竦める。
「所持品は?」
 公園入り口の集団から、グルリと視線が一巡りする。
点在するキャンプ場のような箱の家が、整然と並んでいる。
 そして薄茶の双眸が目暮を視た。
「財布も何も、身元が判る物は、何も持っていない」
「それこそ、可笑しいやないか」
「ジョギングでもしていたら、そんなものは持ってなくても、不思議ないんじゃ…」
「雨は昨夜から降ってましたよ。その中を、わざわざジョギングする人が、いると思いますか?」
「その為に、わざわざ防水加工のスポーツウェアーを着ていた。そう考えられないかい?」
 確かに遺体は、黒い防水加工のスポーツウェーアを着ている。
「だったらこの遺体は、朝から雨の中をジョギングしていて、心臓麻痺でも起こして死亡した。そう考えているって事ですね」
 こんな時の新一の声は抑揚がなく、静かな威圧が被せられる。
「可能性の一つとしてだね」
 高校を卒業したばかりの少年のものとは思えぬ抑揚のない声に、目暮は気後れするように言葉が掠れていく。
 事件を推理する時の新一の繊細に縁取られた横顔を、目暮は何度も眼にしてきている。そして新一がこう話している時は、事件の確信に近付いている事が多い事も知っていた。日本警察の救世主と、マスコミに噂されても、仕方ないのかもしれない。そしてそれが今は新一一人ではない。大阪府警本部長を父親に持つ服部が在る。万が一にも二人が組織に属した場合、少しは旧態依然な組織に風が通るだろうか?フト目暮はそう思った。思い、感傷的だとフト苦笑する。
「だったら、もう一つの可能性を、考えた方がいいですよ、早急にね。司法解剖に回し、事件認定をとる事を勧めます。事件の早期解決は、初動捜査の展開に比例しますから」
「素人が口挟む事じゃない。高校生探偵だか何かしらないが、司法解剖や、まして事件認定なんて、口を挟むな」  
「今は大学生やで」
 揶揄するような口調の服部の台詞だった。
「坂巻刑事調査官、でしたよね」
 服部の揶揄する口調の隣で、冷静に相手を観察している新一は、見覚えのある刑事の姿に、冷冽に対峙していた。
「君は、大阪府警本部長のご子息だね。お父上の名前を、汚さないように、行動したまえ。目暮警部、民間人を現場に立ち会いさせるなんて、服務規定違反に抵触する」
「親父は親父、俺は俺や」
 突然現れ高圧的な態度をとる刑事調査官に、服部は厳しい視線を向け、反面。肩を竦め、苦笑する。
 服部にとって、それは今更の台詞だった。幼い時から散々に言われ慣れてしまった台詞の一つだ。
 大阪府警本部長の父親は、警察庁に属する官僚だ。大阪府警本部長のポストは、キャリアの中でも出世コースといわれ、将来は警視総監や警察庁長官の椅子を目指す者の出世コースの通過地点だ。だから服部は、幼い時からキャリアの父親を持つと言う点では、新一以上に組織の縦割り構造を眼にしてきていた。その旧態依然な組織に属し、自らの正義や真実を追求する困難さを心得ている。だからこそ、服部は努力してきた。周囲の大人達の台詞を、実力で跳ね返してきたのだ。
 実力に裏付けされた自信が、服部には在った。その実力に、関西では西の名探偵と、言われてきたのだから。
 父親の名に左右されてきた虚像ではない自信。そして父親も、それを許してくれている事を知っている。甘えていると言う自覚すらある事が、彼をただの子供にはしなかった。
「監察医務院へ運ぶ」
「行政解剖にするんですか?」
 坂巻の台詞に、新一の声は冷冽に響いた。
「ここは子供の遊び場じゃない。早く出て行きたまえ」
 高圧的な口調だった。
刑事調査官は、検死官の役割が大きい職務だ。アメリカの検屍官と言えば判りやすいだろうポストだ。検死官は、十年以上の現場経験を持つ警部や警視が、所定の法医学の研修を受け、任命される。ノンキャリアが、警部の階級までいけば、出世コースの頂点に近いのだ。それだけにエリートといえるが、目暮とは随分な違いがあった。
 本来、遺体の確認は検察官と医師の立ち会いの元、行わなければならない。けれど司法改革審議会で、検察人数を増やす目的で司法試験合格者を引き上げる程、慢性的な人員割れを起こしている検察庁では、とても検察官が現場に立ち会う事などできる状況ではなかった。年間二十万件を越える公判請求を、たった千百人弱の検察官で賄っているのが現状だ。その為に、所定の法医学の研修を受けた者が、刑事調査官として、その職務を代行しているのだ。
「坂巻警視ハン、行政解剖の根拠はなんや?この状況で、この遺体が病死かていう根拠は、何処にあるん?」
「我々には守秘義務というものがある。捜査に関係する情報を、素人になど教えられない。そんな事、高校生探偵と言われてきた君達が、知らない筈ないな」
 だから口を挟まずさっさと帰れと、言外に滲んでいた。
「いいじゃないの、教えてやんなさいよ、こっちもその生意気なボウヤ達の、推理を聞きたいから」
「月山管理官」
 誰もが一斉に口を開いた。新一と服部も例外ではない。
立ち入り禁止のテープを綺麗な所作でくぐると、均整のとれたしなやかな姿態が、颯爽とヒールを鳴らして歩いて来る。
 活発そうな細身のパンツスーツにヒールというスタイル。
華奢な印象の女性は、けれど両眼に湛えられた眼差しはまっすぐ輝き毅然としている。それは高木の傍らに佇む佐藤以上に、力感強い綺麗な眼をしていた。縦割り社会の体制組織は、未々女性蔑視の傾向に在る事は否定できない。けれど月山紀子は毅然とした端然さで上司と渡り合い、キャリアには珍しく現場好きな管理官として有名だった。
 事件認定のとれていない現場に、管理官が出向く事はない。けれど月山は何より事件が大好きなキャリアだったから、自らが率いる5係の在庁勤務最終日、警視庁に第一報が入った時点で、他の特捜本部をかけ持っていた彼女は、わざわざこの現場に足を向けてきたのだ。
 熱心と言えば熱心だが、彼女を知る人間に言わせれば、三度の飯より事件が好き、そういう事になるらしい。
「相変わらず、生意気言ってるじゃないの、二人とも」
 口調には、欠片も嫌味はなかった。肩よりやや短く切り揃えられた薄茶の柔髪が縁取る瀟洒な面は愉しげに笑い、服部と新一の二人を視ている。 
「月山ハンが、今回の担当なんか?」
 だったら安心かと、服部が新一を視ると、彼もそう考えているのだろう事が服部には判った。
 こんな状況で、端然とした清涼さで佇んでいる新一は、日常とはかけ離れ、感情の波一つ覗かせない。けれどそんな新一のポーカーフェイスに縁取られた背後の表情が、今の服部にはよく判る。誰が判らなくても、服部には理解できた。
「その為に、これからこの遺体、解剖するんでしょ?犯罪の可能性ありなら捜査本部が立つから、私が受け持つ事になる。犯罪確立ゼロなら警察は無用。必要なのは葬儀屋と坊主よ」
「相変わらずやなぁ」
 月山の台詞に、服部は笑う。警察に女性キャリアは珍しいが、月山のような性格をしている女性キャリアは、他の省庁でも珍しいだろう。ある意味、型破りだ。けれどその型破りな性格は、少しも新一と服部の気には触れないものだった。
「取りあえず、この遺体、田所んとこ回して。連絡してあるから」
「田所先生、執刀なんですか?」
「多分ね」
 田所とは、東京都監察医務院の部長監察医の名前で、新一には馴染みが深いし、服部にとっても、面識のある監察医だった。掴み所のない飄々とした性格をしているが、監察医としての腕は、確かな人物だった。
「とりあえず、行政解剖で回しといて」
「とりあえずと言うのは、どういう事ですか?」
 月山の台詞に、坂巻は少しばかり尖った口調で問い掛けると、
「こういう事よ」
 月山は瀟洒な面に薄い笑みを刻み、佐藤に一枚の紙を差し出した。
「鑑定処分許可状請求書」
 渡された紙が何を示しているか正確に理解している佐藤は、差し出されたソレを疑問なく受け取った。
 この場で月山の意図が読めない人間は、坂巻一人だけだろう。服部と新一ですら、彼女がヒラリと差し出した紙が、何を意味するか、理解していたのだから。
 死体解剖保存法第8条により整備されている行政解剖には、司法警察職員が解剖の必要ありと判断した場合、遺族の承諾、裁判所の令状は必要としない。その為の監察医制度だ。けれどこれが司法解剖となると、話しは違う。
 被疑者検挙後、警察官面前調書と共に、死体鑑定書が、検察に送致される。そしてソレは起訴に必要な証拠となり、公判維持する為に必要なものとなっていく。公判に使用される書類だから、当然裁判官が発布する執行令状が必要だった。その為に、犯罪の可能性のある異状死体の解剖は司法解剖が条件であり、その為には、裁判所からの鑑定処分許可状が必要だった。そしてこの場で月山が鑑定処分許可状の請求書を佐藤に手渡したと言う事は、月山はこの異状死体に事件性を認めたと言う事になる。
「管理官は、この遺体に犯罪の可能性があると、考えてるんですか?」
 坂巻が、些か憤慨した様子で問い掛けると、けれど月山は涼しい顔で鷹揚に頷いた。頷き、
「ハイ、生意気な二人、説明して」
 横着にも、月山は新一の肩を叩く。
そんな月山の態度に、かなわんなぁと、肩を竦めて苦笑するのは服部だった。
「雨の中、朝から目撃されている遺体。幾人もが倒れている遺体は目撃しているのに、彼がジョギングしている姿を目撃している人間は誰も在ない。ホームレスと言う立場上、彼らはすぐに通報する事を躊躇ったのでしょう。けれど彼らは通報した。遺体には身元を示す所持品は何一つない。雨の中のジョギングに、タオル一枚持ちあわせていない。ジョギングしていたなら、公園内の歩道でしていた筈です。けれど此処は茂みがある。心臓麻痺などおこした場合、少しでも意識があれば、助けを求めて人通りに行こうとするのが本能です。けれどこの人物は、歩道から離れた場所で死亡している。雨の中、朝からジョギングをするような人間なら、当然それが習慣化されている人間で、この付近に住んでいると言う事になる。それなのに、誰も心配して探しにきた様子はない。まぁ彼が、家族のいない一人者なら別ですが」
 淡々とした淡如な声は、推理の時に見せる、新一の心理操作の手法の一つだ。
 抑揚のない淡々とした声で、相手の懐に切り込んでいく。
それは心理手法の語りの一つだ。そして推理を展開する時。新一は徹底して主観を省いて客観的事実に基づき情報を分析する。理論的な推理は、情報分析、特に取捨選択能力に支えられている。そんな分析法は、服部より抜きんでているのかもしれない。そして新一の淡々とした声に、服部は相変わらずだと笑う。
 合理的な推理を展開する事を好む新一が、けれど一時期コナンという小学生となった時。周囲の手助けがなくなった場所で事件と対峙し、真実を追求する困難さや痛みを追う事を覚えた事を、服部は知っている。
 それが新一を探偵として、一回りも二回りも成長させた事も、判っている。真実を追求する事で、痛みや傷を負い、骨を軋ませてきた新一を、服部は間近で見守ってきたのだから。そんな新一を、服部は愛したのだから。
 真実を追求する事は簡単な事ではないし、甘いものでもない。真実を追求する事で、自らも痛みや傷を負う事を、新一はコナンとして在ったアノ時、実感した筈なのだから。
 だから新一は、以前よりはるかに慎重に言葉を選び、真実を追求するようになっていた。事件と対峙する事で負う痛みを、直視するようになっていた。そんな新一の姿が、服部には切なかった。けれど新一の成長や変化の意味を、目暮は知らない。 以前は推理する事を愉しむ少年のようだった新一が、今は真実の裏に存在する痛みと向き合っている事が判るから、目暮にはその変化が鮮やかだった。けれど新一が成長した意味を、服部以外知る者は、阿笠と、灰原哀しか知らない。幼馴染みの毛利蘭ですら、その意味を知らない。            
「財布や所持品がないのは、仮に倒れたこの遺体の主から抜き取った可能性は否定できへん。でもどう考えても、雨の中ジョギングをする人間はけったいやな。誰も目撃者がおらへん。それだけで十分不審や。雨の中、ジョギングするような酔興な人間を、此処に居るホームレスが見てへんってのは可笑しいやろ?少なくてもこの遺体は、深夜から今朝にかけて、誰かの手により此処に運ばれ捨てられた。死体遺棄が成立するってことや。それも単独犯の可能性は低い」
「根拠は?」
 新一同様、淡々とした服部の声に、月山は眼を細めている。
「死体遺棄ってのは、通常遺体が発見されないようにするのが目的や。けどこの遺体はこんな無造作に遺棄されとる。こんなんは手際ようやらんと誰かに目撃される。それだけでも、単独犯の可能性は低い。あんたらも刑事や、よう判るやろ?死体ってのは、素人が考えるよりはるかに重いんや。その死体を、短時間で遺棄するには、人手が必要や。まして雨の中ってのが気にいらへんな。雨のなんだから目撃されにくいって考えたんかもしれん。けど逆に、雨の中だから遺体捨てるのは手間がかかる。死体遺棄の可能性がある場合、まぁ色々な可能性は否定できへんけどな、殺人の可能性は濃厚だって事や。せやから最初から司法解剖で事件認定とった方が早いって言うとんのや。尤も、月山ハンは、裁判所の令状発布まで時間を短縮するのに、とりあえず行政解剖で回して、途中から司法解剖に切り換えようって考えてんやろ?どうせ行政も司法も、解剖内容に違いはあらへんからな」
「腹立つわね」
「正解って事やな?」
 酷薄な口唇に、ニヤリとした笑みを見せる服部だった。
「あんたみたいな型破りなキャリア、親父のモロ好みや」
「光栄ねぇ、大阪府警本部長の好みじゃ、将来出世間違いなしだものね」
「それでは管理官、遺体は監察医務院に搬送してよろしいんですね」
 新一と服部の観察力や洞察力の鋭さに舌を巻いた目暮は、月山に確認をとると、
「高木刑事、立ち会い解剖よろしく。田所には連絡してあるから、おっつけ私も行くから」
 月山の台詞で、鑑識課員が担架に遺体を乗せ、上から青いビニールシートを被せ、遺体は監察医務院へと搬送されていく。「月山さん、行政解剖でも、当然毒物検査はやりますよね」
 服部と月山の会話を聞きながら、新一は横から口を挟んだ。
「ますます生意気。この遺体状況見て、君は毒殺って判断したんだ。その根拠は?名探偵」
「あきらかな異状死体、それも服部の言うように、死体遺棄の可能性が濃厚な遺体に、外傷がない。その場合、考えられる可能性は、毒殺の筈。そして毒殺は・・・」
 運び出される遺体を見送る新一の台詞が、そこで途切れた。
「計画殺人の可能性が高い」
 とぎれた台詞の後を、服部が繋ぐ。二人の台詞に、目暮や佐藤が絶句する。そして新一は、何とも言えない面をしている。
「計画殺人?」
「そうですよ、目暮警部。殺人の可能性が濃厚で、殺害外傷が体表のどこにもない。考えられるのは毒殺、じゃないですか?」
「バカな……」
 坂巻刑事調査官が、絶句する。
「大学生にしとくのは勿体ないわね」
 澱みも迷いもない淡如な台詞。それも警察の人間を相手に一歩も遜色ない躊躇いのなさで話す新一や服部に、月山は嘆息する。       
「取りあえず遺体の身元割り出しと、目撃者探しで割り振って。解剖待って、殺人事件で認定とる事になるから、特捜本部は代々木署に設置。私は医務院で解剖覗いてくるから。佐藤刑事は裁判所から令状もらってきて」
 鑑定処分許可状請求氏名欄には、しっかり月山の階級と所属が記されているから、月山は報告を受けた時点で、既に新一や服部がした推理を、自らも行っていた事になる。伊達に女性初の一課管理官をこなしているわけではなかった。
 月山のテキパキとした指示で、誰もが一斉に動きだす。
「ご苦労様名探偵、でもここから先は警察の仕事」
「情報だけ仕入れてからに」
 さも残念そうに言い募る服部のソレが、演技してのものでしかない事を新一は知っている。
 服部のそんな笑顔の演技を見抜ける人間は、案外に少ない事も、知っていた。
 褐色の肌に精悍な面差し。そのくせ白い歯を見せ笑う笑顔はおおらかで、誰をも惹き付ける。そして服部自身、ソレを理解している確信犯だった。そんな笑顔を前に、新一は『悪党』と内心溜め息を吐き出したのは、自分もその笑顔に騙されたくちだからだろう。      
「毒物特定には時間がかかるのが通常でしょ。監察医務院に行ったって、すぐに判定でないわよ」
「なんや、お見通しか」
「あんた達の考えくらい判らなくて、管理官はやってらんないわよ」
「月山さん、解剖結果、後で教えてもらえませんか?」
「言ったでしょ?ここから先は、警察の仕事」
 そう笑う月山は、このまま二人がおとなしく引き下がる事などないだろう事を、疑ってはいなかった。情報など、自分を頼らずとも、いくらでも仕入れられる事も知っている。
 目暮率いる5係の捜査員は、尋ねられれば、隠しはしないだろうから。それは守秘義務の存在する警察に於いては、確かに職務規定違反になるかもしれない。何処に被疑者が隠れているか判らない捜査段階で、情報を流す事は、被疑者特定を困難にさせる事が少なくないからだ。
だから警察は徹底して情報を隠す傾向にあるのだ。けれど二人の少年は、腹が立つ事に、マスコミから警察組織の救世主と言われてしまう程度に、難解な事件を解決してきた事実を考えれば、情報を自分達以外の外部に流す事のない情報管理能力もあると言う事になるのだろう。 ついうっかり、情報を話している意識なく、外部に情報を流してしまう警察官も少なくはない中で、確かに二人は、情報管理と言う点で、秀でているのだろう。
「そういえば、近頃アノ子みないわね、どうしたの?」
 思い出したように、月山が口を開く。
「アノ子?」
 嫌な予感に、新一と服部が顔を見合わせ、攅眉する。
「コナンって言ったっけ?去年の夏の、怪盗キッドの事件で、あんた達の悪影響タップリ受けてた、アノ小生意気な小学生」 
 小学一年生で眼鏡を使用してしまう程視力の悪い小学生は、けれど口を開けば小生意気で尊大と言う点では、眼前の二人以上に傍若無人だったと、月山は思い出す。
 昨年の夏、インフォーマルな企業体とブラックマーケットの関係を、怪盗紳士と名高いキッドが巻き込まれた事件で、服部と新一、正確にはコナンは、事件を解決している。その時に、コナンであった新一は、シニカルな笑みを湛え、名乗っていたのだ。『江戸川コナン、探偵さ』と。
 小生意気で尊大な口調に傍若無人な態度。けれどその姿は小学生とは思えぬ真摯な眼差しを宿していた事を、月山は覚えていた。真摯な眼差しの深さが印象的な子供は、子供に見えなかった。というより、子供の表情をしてはいなかった。自分の眼前に端然と佇む二人のように、真実を追求する真摯な眼差しをしていた事が、月山には不思議だったのだ。
「アア、あいつなら、アメリカにおる両親の元に、戻ったで」
 口からでまかせ、咄嗟のアドリブには、新一より服部の方が頭の回転が早かった。元々コナンは新一の遠縁で、阿笠と新一は遠縁と言う設定になっていたから、新一の子供時代にコナンが似ていても不思議ではないと、周囲に言ってきたのだ。
「そうなんだ。残念」
「なんでですか?」
「腹立つけど、小学生であんた達の悪影響受けてた子だからね、成長が楽しみだったって思ってたの」
「有閑マダムの台詞みたいやな…」
 月山の台詞に新一は脱力し、服部は呆れた表情をしている。
「アノ小生意気な口調なんて、あんた達二人ソックリじゃない。あんた達の悪影響受けてたなんて、成長も楽しみだけど、心配も倍増って感じ」
「ソラ確かに、あいつは超小生意気なガキやったからなぁ。態度は尊大だし、口を開けば傍若無人で行動は無鉄砲。俺はいっっつもヒヤヒヤさせられてるんや」
「悪かったな」
 新一が反駁できない事をいい事に、この時とばかりに言う服部に、新一は服部だけに聞こえるように、ボソリと呟いた。
 ヒヤヒヤさせている自覚が取りあえず有る新一は、現在の状況も状況で、強い反駁ができなかった。
「まぁいいわ、それじゃぁあんた達、今日はもうおとなしく家に帰りなさいよ」
「なんや、捜査協力して、礼もなしかい」
「どうせ解剖報告聞き出すんでしょ?それでチャラ」
 言外には、情報教えるんだから、捜査協力しろと言ってるのが判る程度に、月山の性格を理解している二人だった。
「ほんま、親父好みやな」
「早く来るのね。その時は、私が徹底して、しごいてあげるから」   
「ソラ怖いわ」
 月山の台詞に、服部は大仰に肩を竦めて見せる。父親がキャリア官僚だけに、月山とは体制組織の話しは気が合うのだろう。けれどそれが新一には少しだけ面白くなかった。今の今まで凛冽とした態度を崩さなかった表情が、拗ねた子供のような表情をしている事に気付き、服部は内心深く苦笑する。
「ほな、帰ろか」
 ポンッと、新一の頭に大きい掌中が乗る。
その仕草に、色素の薄い茶の双瞳が、隣に並び立つ長身を眇めた。人前でやるなと、今朝起き抜けに言った台詞の筈だった。 新一は、邪険にその手を払いのけると、
「それじゃぁ失礼します」
 一礼し、新一は服部を残し、クルリとターンする優雅さで背を向けると、歩きだした。
「相変わらず、つれないやっちゃなぁ」
 完全拗ねている恋人に、けれど服部は柔らかい笑みを漏らしている。
「楽しそうじゃないよ、名探偵」
「ソラもう、これから帰ってあいつに飯食わせなきゃあかんし」
「アノ子なら、夕飯より推理で満腹するタイプじゃない」
「それが困るんや。平気で飯ぬきよるからな。三度の飯より事件が好きな月山ハンと同じや。それに俺は、あいつに事件に関わってほしいないんや」
「服部〜〜おいてっちまうぞ」
 いつまで経っても後を来る様子のない服部に、数歩歩いた位置で佇み、新一が声を投げてくる。
「子供やなぁ〜〜。ほな、帰るとしよか」
 服部は、軽い口調で月山に挨拶すると、ゆっくり新一の元へと近付いていく。


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