月に眠る祈り SCENE2







「おまたせ、ちょっと遅くなってもうたけど、工藤のリクエストの夕飯つくったるから、機嫌なおしや」
 ポンポンと、柔らかい髪を梳いてやると、
「怒らんのやな」
 不思議そうな顔をし、横を歩く恋人を眺めた。
「人前じゃないから」         
 服部の疑問に、けれど新一の出した即答は明瞭だった。
二人が現場に立ち寄った時から、一時間以上経過している。
最初こそ興味津々で二人を眺めていた観客も、今は在ない。
周囲は警察の保存テープが張り巡らされ、月山の指示により捜査を開始した刑事が、ホームレス達に、事情聴取を行っているのが見える。誰もが自分の担当捜査をしている。目暮も月山の指示で現場指揮を執る為、二人には簡単な挨拶で立ち去っているから、誰も二人に関心をはらってはいなかった。 
「成長したもんやな」
「ダレかの悪影響のおかげでな。どうせ俺は尊大で傍若無人なガキだったよ」
「今もやんか、傍若無人で無鉄砲で、俺を安心させてはくれへんな。事件に関わってほしいない、言っても無駄だろうけどな」
「刺激がないと、倦怠期は早いって言うぞ」
「快楽原則に乗っ取られすぎや」
 新一のシレッとした台詞に服部は呆れ、繊細な横顔を眺めて苦笑する。
 会話は成立しているものの、新一の心が此処にない事など、服部は最初から判っている。色素の薄い眼差しは、先刻から観察するように周囲に放たれている。
 普段柔らかい眼差しは、けれど事件と対峙し推理する時、研ぎ澄まされた冷ややかさを増す事を、服部は誰より知っている。そして今の新一は、研ぎ澄まされた鋭利な眼差しを、油断なく周囲に放っていた。
 何処かで殺害され運ばれたのだろう遺体。通常死体遺棄事件は、死体を発見されないよう、事件が発覚しないようにする為だ。殺人事件は、あくまで死体の在る事件だから、死体がなければ、よほどの事件性がない限り、警察は事件として動く事はできない。年間特異家出人は、千人以上にのぼるのだ。
 それなのに、今回の事件は無造作に死体を遺棄している。通常の死体遺棄事件とも、殺人事件とも感触が違う気がした。
「薄気味悪いな……」
 ボツリと新一が呟いた。
「なんや?」
「薄気味悪い」
 周囲に視線を巡らせば、公園の茂みの中には、ホームレスの住居となっているダンボールの家が点在している。
「せやな」
 新一の視線を追い、周囲を見渡し、服部も頷いた。
普通この状況の台詞であれば、誰もがホームレス自体を薄気味悪いと勘違いするだろう。けれど服部は新一の言葉の意味を、間違える事はなかった。それは服部自身、感じていた感触だからだ。        
「誰もが社会からは、断絶できへん、そういうこっちゃ。窮屈な時間に縛られない生活を手にいれたつもりで、ああして自ら秩序に囚われる、人間最期まで、社会ってもんからは、縁を切れへん」
「お前からそんな台詞聞くと、意外だな」
 服部の、珍しく神妙な声音に、新一は並び歩く、自分より背の高い男を見上げれば、精悍な面差しの中に在る一対の眸は、周囲を鋭く観察している。
 褐色の肌に、白い歯を見せ笑う笑顔の印象が強い服部は、けれど事件と対峙し推理する時。その笑顔は様変わりする事を、既に新一は知っている。
 コナンであった時、何度か事件でバッティングするうち、気付いた服部の本質は、笑顔ではなくなっていた。表面的な笑顔の裏には、恐ろしく冷冽な観察眼と洞察力に裏付けされた推理力があった。自らの笑顔の効力を十分理解し、利用していた確信犯の服部は、伊達に西の名探偵と言われてきたわけではなかったのだと、新一は痛感したのだ。事件に接する人間が、表情が豊かでは、名探偵にはなれない。状況に流されぬ精神と、相手に表情を読まれぬポーカーフェイスが要求される。
 推理をする上で、理論的なのは新一だろう。けれど理論型人間にありがちな、理論が固まらないと動く事を躊躇してしまう事はなく、理論と同時に、物事の本質を掴む事に長けた、服部同様の直観に優れているタイプの人間だった。否、それも直観とは少しずつ違う事を、服部は知っている。
 明敏果断と表現できるのは、新一よりコナンだった時の工藤新一だったかもしれない。子供だっただけに焦燥し、子供の推理など認められる筈もないと判っていたから、コナンだった新一は誰より先に動いてきた。明敏果断にならざるおえなかった状況で、理論だけではどうにもならない事を、痛感したのもアノ時だった。真実と向き合う痛みを知ったのも。
 尤も、その行動は無鉄砲でも計算がなくては動く危険は十分承知していたから、理論と行動が一致していた、そう言う事なのだろう。そしてそんな新一を、服部は正確に理解している。 計算がなくては動かないくせに、時には無茶で無鉄砲な行動をして被疑者を割り出してきたコナンだった新一を、ヒヤヒヤしながら、見守ってきたのは、服部だったのだから。
「アホぬかせ、これでも西の名探偵っていわれてきたんやで、犯罪心理や社会心理くらい、知ってて当然や」
「お前に心理って言葉程、不釣り合いな台詞はねぇよな」
 自分の機微を見抜けなかったくせにと、言外に滲ませた台詞に、
「そりゃ仕方ないやろ。工藤が俺ん事好くいとってくれたなんて、想像の範囲外やったねんから」
 服部が、新一に寄せる想いを自覚したのは、案外と早い時期だった。まさか中身は工藤新一でも、外見は立派に小学生の相手に恋してしまう可能性など、アノ時まで、服部だって想像しない類いのものだった。けれど物事の割り切りが早い服部は、自覚した想いを、手放す事など考えもしなかった。そして今は、綺麗な恋人を手にしている身を揉む切なさが、彼を包んでいる。
「それでよく心理なんて言葉使うよな、お前。忘れてないからな、去年の夏、躾の悪いノラ猫拾って懐かれたのだって、お前のその考えなしの所為、なんだからな」
 長い前髪から覗く一対の眸が、強くきつい輝きを放ち、服部を眇めている
「そぉ怖い顔しんなや、美人が台無しや」
 睥睨してくる眼差しに、服部は素直な表情を隠さない恋人の、聡明で理知的な横顔に魅了された。
 推理する時、繊細な面差しは、仮面を被ったように表情を綺麗に消し去ってしまう。その見事さに驚かされはするものの、けれど日常に埋没すれば、その表情は、子供のように変化する。その都度、今まで知る事のなかった恋人の新たな表情を発見しては、有頂天になっている服部は、確かに倖せなのだろう。
倖せだから大切にしたいと、足掻いているのだから。
「本当の美人ってのはな、どんな表情してても、美人なんだよ」
 新一が払いのける事のない褐色の長い指は、サラリと黒髪を梳いている。それがごく自然で心地好く、新一は降りはらう事ができなかった。できないから、淡い笑みを滲ませ、軽口をたたいてみせた。
「去年のキッドの件は、不可抗力やで」
「何が不可抗力だよ、あんなノラ猫に懐かれやがって」
「仕方ないやろぅ?目の前にケガして転がってる人間いたら、誰だって助けるやろが」
「キッドだって見当ついてて、助けるお前もお前だ」
「そら助けるで、お前だって、そうやろ工藤」
「それで懐かれてりゃ世話ねぇよ。それもICPOの国際指名手配にあがってるような怪盗を。仮にもお前、大阪府警本部長の息子だろうが」 
 平成のルパン、月下の奇術師、怪盗紳士、様々な愛称で呼ばれている怪盗キッドは、大抵がその活動範囲は日本だけれど、アメリカやヨーロッパにも活動範囲を広げており、ICPOから、ICPO日本中央事務局にもなっている、警察庁長官官房国際部国際第二課に、正式に国際指名手配書が回ってきていた。
「そのキッド引取りにきたんは、警視総監の息子の探やからなぁ、アレの好みは、あないなタイプなんねんなぁ」
 警視総監の息子である白馬探は、父親同志がキャリアという事で、服部にとっては幼い時からの顔なじみであり、半ば幼馴染みだ。
その白馬探が、負傷した怪盗キッドである黒羽快斗を助け、父親の上京滞在用の都内マンションにかくまっていた服部の元に訪れた時、流石の服部も面食らった。間の悪い事に、その時灰原哀が試験薬として開発中のAPTX4869の解毒剤を服用し、一時的に高校生の姿に戻っていた新一が、工藤邸に在る事もできないからと、服部と共にマンションに在たから、尚更新一の機嫌は、悪化の一途を辿る事になったのだ。
 快斗を引取りに訪れた白馬は、どうやら快斗が国際指名手配を受けているキッドだと、認識している節が多大だった。警視総監の息子である白馬が、怪盗であるキッドと認識して付き合ってるだろう推測に、服部は眩暈すら感じた程だ。そして自分がキッドを拾ってきた事に対しては、未だ綺麗な恋人は、思い出しては機嫌が悪くなるのだ。
「俺は、あんな奴とは似てもいないからな」
「ちゃぁんと間違えなかったやろ」
「当たり前だ。怪盗の変装と俺を間違えるような奴、恋人にしてなんてやんねぇからな」 
「だったらなぁ工藤、あいつが俺に変装して、お前間違えないか?キッドの変装は、天才的や。相手の姿形、変声機なしで、声まで模写してみせる」
「寝てみたら、間違えないだろうな」
 シレッと言う新一は、完全にキッドの件に関しては、未だ機嫌を損ねている。アレ以来、どういった理由か、キッドは何かと二人にちょっかいをかけてくるのだから、新一の機嫌が損ねたままになったとしても、仕方ないのかもしれない。
「工藤〜〜堪忍してや、冗談でもきっついわ」
 万が一の可能性も疑う事はないが、綺麗な恋人が、他の男に抱かれている想像など、したくもない。
「アア、でもアレやな、寝てみて間違えないって事は、俺に抱かれ慣れてるって事やな」
 アノ時、キッドと張り合って悪さをしかけた新一の台詞に、服部は内心苦笑を隠せなかった。
 自分が新一とキッドを間違えていたら、新一はアノ時服部とは絶縁していただろう事など、想像に容易い。そのくせに、自分は寝てみないと判らないとシレッと言うのだから、大概新一の性格も出会った当初より捻たのかもしれない。けれど感情を隠さない恋人の台詞に、やはり嬉しさを感じてしまう自分の内心に、溺れている自覚のある服部だった。
「小学生に手を出すような奴に、教え込まれてきたんだからな」
「教え込んだって、工藤なぁ〜〜」
「事実だろう。昨夜だって、誰だよ、朝方まで離してくれなかったのは」
「そりゃお前やろう?あないに可愛い嬌声で啼かれたら、そら離せるわけないやんか。男の沽券にかかわるわ」
「やっぱお前サイテーだ」
 昨夜から朝方まで続いた情事を思い出すと、新一は頬に血が上るのを意識する。
 激しいくせに、決して乱暴にならない服部の愛撫は、いつだって、だからもどかしい程で、新一は痴態を強いられる。生温い愉悦に満足できなくて、最後に浅ましくねだるのは、いつだって自分の方だという自覚がある。
 自分さえ知らぬ肉体の最も深い部分に、恋人の熱い雄を穿たれ、それでも満足できなくて、腰を揺らして求めるのは、結局自分なのだと、新一は昨夜の嬌態を思い出しては、紅潮する。
 慣らされてしまったのだという意識は、けれど甘美に肉の奥を疼かせていくから、愛してしまったのだという自覚に溺れ、身動きできなくなるのだ。
「そのサイテーな男、愛してんのは、工藤やからなぁ」
 仕方ないやろうなと、呟いては笑う服部に、反駁のできない新一は、感情を表に出す事を覚えた証拠なのだろう。
 推理以外では、感情を殺す事をしなくなった。気付いたのは、案外と遅い筈だった。けれど気付けば様々に変化する素顔に触れる時、いつだって胸の高鳴りを覚えている服部は、慣れる事はないだろうという確信があった。
 自分の目の前で、子供のように鮮やかに表情を変える綺麗な恋人に、その素直な感情に、高鳴りを覚えてしまう事に、きっと慣れる事はないだろう。そしていつまでだって、恋人の新たな一面を発見し続けていきたいと、服部は願っている。
 新一を癒したい。それは服部の真摯な願いで、祈りさえ孕んでいる胸の裡だ。
 新一は、高校生に必要な、高校生時代に吸収すべき様々なものを、吸収せずにきた。その代わり、誰もが想像もしない辛酸を舐めた。だから、癒されてほしかった、自分の腕の中で。
 それが勝手な願いである事は承知している。そして守りたいと願いながら、守らせてくれる相手ではない事も理解している。それでも、自分の腕の中では無防備で仮面を被る事のない素顔に触れられるから、服部はそれで満足もしていたのだ。 
「バーロー」
 白皙の面が紅潮し、新一はプイッと拗ねたように顔を背けた。それが子供のようで、服部は精悍な面に、深い笑みを刻み付けている。
「まぁ、今夜は手加減したるさかい」
 堪忍なと、クシャリと黒髪を梳く。昨夜無理をさせた自覚のある服部は、けれど今夜だって無理を強いてしまうだろう事を予測している確信犯だ。
「俺相手に、手ぇぬくなんて、随分いい根性してんじゃねぇかよ」
「ひねくれすぎやで」
 恋人の、自分にだけみせる我が儘さに、服部は苦笑する。
「今までお前が付き合ってきた女と、同列にすんな」
 案外フェミニストである服部を知る新一は、服部が同年代の男より、余程モテる事を知っている。それも決まって年上の女性から声をかけてくる事も知っていた。そしてフェミニストの服部は、女性に対し、優しく接する事も知っているから、そんな女性達と同列にされる事など、新一のプライドが許さなかったのは、当然だろう。
「こないに誠実な恋人に対して、何言うねん。お前を女扱いした事なんて、一度もないんやからな」
「当たり前だ。だったら手加減なんて言うな」
「言い方悪かった、優しくする、やな」
「嫌だ」
「工藤〜〜」
「今夜から当分禁欲生活しろ」
「んな殺生やでぇ〜〜。生殺しや」  
「生殺しなら、おとなしく自分の部屋で寝てろ」
 3月下旬から同居生活をスタートさせた二人は、けれど服部は初日から自分の部屋で寝る事はなく、新一のセミダブルのベッドに潜り込んでいる始末だ。そして新一は、それを拒んだ事は一度もないから、お互い様なのだろう。
「無理やな」
 奇妙にキッパリと告げた服部に、新一は訝しむ視線を向けた。その視線の先では、酷薄な口唇に意味深な笑みを滲ませている服部と眼があった。
「お前がもたん」
「?」
「どうせ工藤の方から、俺欲しがるんは、判りきっとる」
 慣らされた自覚があるのなら、自分が抑えられないように、新一だって同じ筈だと、服部は確信しているのだ。
「やっぱりお前、サイテー」
 自信タップリな服部の台詞に、白皙の貌を朱に染めた新一は、けれど可笑しそうにコロコロ笑う。 
「なんや?」
 絶対怒るかと思った新一の笑顔に、服部は面食らう。
「自信過剰な奴、まぁでも」
 ピタリと足を止めると、新一は秀麗な面差しをスゥッと突き出し、服部を魅了する淡い笑みを浮かべて笑う。
「その方が、お前らしいけどな」
「工藤〜〜人前でその笑顔はあかん。間違っても、俺以外の奴の前でそないな笑み見せたら、ナニされるか判らんで」
 今一つ、自分の笑顔の効力に自覚ない新一に、服部は真剣に言い募る。そんな服部に、やはり新一の見せる笑顔は綺麗で繊細で、そして無邪気なくせに、何処か情事の最中に垣間見せる、奔放で妖冶な娼婦の笑みを連想させる。
「記憶力悪いな、西の名探偵が。ちゃんと覚えとけよ。お前以外に触らせる気はない。指一本だってな」
「俺の完敗やな」
 鮮やかで娼婦の笑みを垣間見せる繊細で綺麗な貌。断言する言葉に澱みや迷いのない潔さが、服部を倖せにする事を、新一は知らないのかもしれない。
「はよ帰って、夕飯にしよか」
 ピロトークの会話に、すっかり事件現場の公園から最寄り駅まで歩いてきた二人だ。雨上がりの夕刻で、周囲が薄暗かった所為だろう、誰も戯れ会話する二人が、東西の名探偵である事に気付く事はなかった。






「なんで和葉まで居るねん」
 工藤邸の広いリビングに、本当なら在る筈のない人間の存在に、服部は憮然と呟いた。
「あした蘭ちゃんとデートやから、今晩蘭ちゃんとこに泊まるんや」                      
 服部手製のロールキャベツを頬張り、幼馴染みの和葉は笑う。服部同様、彼女も東京の大学に合格し、キャリアを目指して法学部に在籍している。尤も、大学は服部と違いT大ではなかったが、蘭と同じ大学に通っている。蘭は母親同様弁護士の道を目指し、和葉と二人、法学部に通っていた。
「平次ってば薄情やから、ちぃっともウチんとこ連絡も寄さんやないの。工藤君とちゃっかり同居しちゃって」
「本当、ねぇ二人とも、いつそんなに親しくなったの?」
 和葉の台詞に、蘭はウンウンと頷いた。頷き、自分の眼前に腰掛け、相変わらず優雅な所作で食事をしている幼馴染みに、不思議そうな視線を向ける。
「いつってもなぁ」
 蘭が持参した煮物を口に、新一は首を傾げている。
何処から何を説明したら、辻褄が会うだろうか?つい首を傾げてしまう。
「だって、新一と服部君って、アノ辻村外交官事件で初めて知り合ったんでしょ?それまで新一の口から、服部くんの名前聞いた事ないし。でもその後ちょくちょく連絡とってたみたいだし、コナンくんは妙に懐いてたし、不思議なんだもん」
 新一の目の前で、蘭は不思議そうにしている。
蘭が新一と服部の関係に疑問を持ったとしても、不思議ではないだろう。それは服部の幼馴染みの和葉にとっても同様だった。
「コナン君っていえば、今どうしてるの?」
 思い出したように、和葉が蘭に問い掛ける。
「アメリカのご両親の元に、帰ったの」
「へぇ〜〜アノ子、生意気やったけど、勘鋭いし、機転の利く子やったから、蘭ちゃん寂しいんやない?」
 服部と行動を共にしていた事が多かった和葉は、蘭の父親である毛利小五郎と、行く先々、事件でバッティングした事が多い。その時いつも蘭の周囲に在た、眼鏡姿の小学生のコナンだった新一と会っている。       
 数回会っただけだったけれど、奇妙に頭の切れのいい、機転の利く子供だと言う事は判った。その言動が時には小生意気だった事も覚えている。そして自分の幼馴染みと妙に気が合って、兄弟のように仲のよかった事も覚えていた。二人の仲の良さに、何か入り込めないものすら感じていたのだから。
「正直言うとね、私一人っ子でしょ?歳の離れた弟みたいで、楽しかったんだ。小学生とは思えないくらい頼もしかったしね。でも、心配してたんだ」
「心配?」
 黙々とナイフを操り、ロールキャベツを食べていた新一が、幼馴染みの台詞に、怪訝に顔を上げる。
「コナン君って、妙に大人びてて、なんていうか、表情がね。言動や仕草は子供なんだけど、こう時折見せる表情がね、違うの。哀しそうで、それでいて真剣って言うか、時折見せた表情が、子供じゃなくって、なんだかね、心配した時あったんだ」「女はやっぱ鋭いんやな…」
 新一の隣でボソリと呟いた服部に、新一の足が軽く小突いた。
「でも服部君には、妙に懐いてたもんね、兄弟みたいだったし」
「せやな、平次とコナン君、兄弟みたいやったな。ウチ心配してたんよ。平次、コナン君の事『工藤、工藤』ってほんま、病院連れてこ思ったわ」
「和葉、お前言うに事かいて、何いうねん」
「ほんまやないの、小学生つかまえて『工藤、工藤』言うて」
「でもコナン君と新一って、似てるんだよね。コナンくん、新一の子供の時ソックリだし。それに妙にマセタ口調の時あって、新一そっくり。流石遠縁だなって、思ったもの」
「そのコナン君がご両親の元に帰ったと思ったら、新一が帰ってくるし、服部君と同居始めちゃうし。二人とも、いつの間にそんなに親しくなったのよ」   
「そら俺が西の名探偵で、工藤が東の名探偵やから」
 まぁ色々あると、服部は口を濁す。そしてその隣で新一は、任せたとばかりに我関せず、食事を進めていた。が、煮物を口にし、不意に口を開いた。
「なぁ蘭、お前味付け濃くなったんじゃないか?」
 元々新一のリクエストで、ロールキャベツに茶碗蒸しと言う、和洋折衷の組み合わせに、蘭の持参した煮物が食卓に出され、見事に統一性のない状態になっていた。
「変わってないわよ、新一見掛けに寄らず、煮物とか好きだったじゃない。だから作ってきてあげたのに」
「でも味付け変わってるぜ、濃いぞコレ」
「アア、それ工藤くん、平次の所為や」
「なんや、俺の所為って」
「だって、平次の味付け、完全関西の味付けやないの。工藤君、平次の味付けに慣らされたんちゃうの?平次って、これで料理できる男やから、平次の味付けに慣れたら、蘭ちゃんの煮物、濃いかもしれんね」
「エ〜〜濃い?」
「関西は薄味やからね、平次味付けに案外煩いんよ、細い男やねん、ほんま料理できる男なんて、やんなるわ」
「なんや和葉、せやったら、俺の料理食わんでええで、工藤のリクエストで作ったんやから」
 それが和葉にとって、残酷な台詞だと承知している服部だ。
 服部は今まで、誰かのリクエストで、料理を作った事はなかった。けれど今食卓に出されている統一性のない料理が、新一のリクエストに応えたもので、新一が薄味に慣れてしまう程、服部が料理している現実が、和葉の前に突き出されている。
 幼馴染みが自分同様、東京の大学に進学しても、服部は自ら和葉に会いに行った事はない。女性の一人暮らしに、時折近況報告を聞く電話はするものの、それも義務的要素が強い。自分に寄せられる和葉の想いを、新一より人の機微に聡い服部が気付かぬ筈はない。けれど幼馴染みの想いに応えてやる事などできないから、服部は極力和葉を遠ざけてきた。きっと和葉も、薄々服部の意図を感じているのだろう。
「そんな勿体ないこと、するわけないやないの」
「せやったら、最初から素直に食うもんや」
 服部の台詞に、和葉が少しだけ哀しげな表情をした事に、新一は気付いていた。
服部に向けられる彼女の視線が、新一に気にならない筈はなかったのだから。だから自然と、和葉に視線が向いてしまうのは、仕方ない事だったのかもしれない。
 和葉の哀しげな表情に、新一は少しだけ後ろめたい感情と、罪悪が湧いた。
 服部が、案外細かい料理が得意な事も、人への気遣いに細かい事も、今の新一は知っている。その気遣いも、相手に負担と感じさせないごく自然な動作や仕草だから、彼を知らない人間は、それが服部特有の他人との距離感だと気付かない者も多いだろう。けれど今の新一は、服部のそんな気遣いを知っている。そして和葉が服部に寄せる想いが、自分と同じ類いのものだとも判っている。いるからこそ、罪悪と同時に、違う感情もその裏の意識で感じてしまうのだ。こんな想いを、新一は服部を愛し、初めて知ったのだ。愛する事が、時には痛みや苦しみを負う事も、新一は始めて自分のものとして、自分の感情として、認識したのだ。それまでの新一にとって、恋愛やその類いの感情は、推理をし、犯罪との背後関係に属する、知識としての感情にすぎず、理解出来ない人の機微だった。
 けれど今は違う。違うからこそ、和葉の痛みも判る新一だった。そして幼馴染みの蘭が、自分に寄せてくれる想いは、和葉と変わらぬものである事を知っていた。そして応えられない自分も判っていた。
 コナンになる事がなかったら、きっと気付かず過ごしてきてしまっただろう感情の諸々を、新一は初めて知ったのだ。知識ではない、自分の感情。醜ささえ愛しく感じてしまう感情や、切なく優しい想いなど、きっとコナンになり、服部と出会い、彼を愛する事がなかったら、知らずに終わっていたかもしれないのだ。そしてコナンになる事がなかったら、こんな切ない想いや胸の痛みも知らず、過ごせただろう事も判っていた。
「そっか、新一と服部君、ちゃんと上手くやってんだね。服部君が料理得意なんて、初めて知った」
 和葉の横で、蘭も少しだけ淋しげに笑う。その淋しげな笑みの意味を、人の機微に鈍い新一も気付いた。その笑みを前に、新一は少しだけ困ったような表情をしている。そんな新一の横で、服部は内心深い嘆息を吐き出している。
 服部はちゃんと判っている。新一がコナンとなる事がなかったら、きっと周囲に言われるまま、自分の感情を深く考える事もなく、幼馴染みと結婚の約束でもしていただろう事を。
 付け込んだ自覚がなかったわけではなかった。コナンとして、誰の助けも借りず、推理をしていくしかなく、誰にも秘密を打ち明ける事ができないコナンだった新一に、付け込んだのだと言われたら、否定できない自覚が有る事も、服部はちゃんと理解している。
 初めて会った新一の、その鮮やかな推理に魅了された。東西の名探偵と、何かと比較されてきた新一に会いに東京に来た事が、きっと分岐点だったのだろう。そして新一がコナンだと知った時、危険に巻き込まれる事を望んだのは、自分だった。
 阿笠と哀しか、コナンの正体は知らない。その状況で、コナンが自分の手を拒む確率が低い事も、直観していた。コナンだった時の新一の、その状況に付け込んだのだと、罵られても仕方ないのかもしれないと、服部は内心苦笑を深めている。
 けれど服部は気付かないのだ。
どんな状況であったにしろ、工藤新一が、状況に流されるような人間ではない事を。誰より新一を理解している服部は、そんな些細な事にも気付かない。気付けない程、新一に溺れていた。 新一は自らの意思で、危険に巻き込むと承知で選んだ相手は、服部だけだったのだ。それは信頼と信用がなければ、絶対有り得ない事なのだから。
 信頼と信用の上に成り立たない愛情は、砂上楼閣と変わりない。その信頼と信用を、新一は服部に預けたのだと、人の機微には敏感な服部は、けれど恋人の機微には案外に疎い一面があった。そして人の機微には疎いくせに、こんな時ばかり、新一は恋人の機微には敏感だった。   
「アア、俺達案外上手くやってるからさ、心配すんなよ」
 心配性の幼馴染み。服部と出会う前までは、確かに大切な少女だった。守りたい存在だった。今でもそれは変わりない。
大切に守ってやりたい存在には変わりない。けれど、それ以上に大切にしたい存在と出会ってしまった。
「そっか」
 淋しそうな蘭の笑みが、印象的だった。
「そういや蘭、おじさん今どんな依頼受けてんだ?」
 少しだけ重苦しくなった室内の空気に、新一が話題を切替える。
「お父さん?今はストーカーの相手つき止めてほしいって、尾行してる、かな?」
「ストーカー?なんやそれ」
「依頼人、誰だと思う?佐伯蓉子よ」
「って、女子アナの?」
 和葉が、眼を丸くする。
「そう、女子アナの佐伯蓉子、何でも此処最近変な手紙来たり、付けられたりして、気持ち悪いからって、お父さんにその相手つき止めてほしいって、依頼がきてたの」
「そんなん、ストーカー規制法が成立したんや、警察に頼めば、済むこっちゃないか」
「スキャンダルは困るって、お父さんに依頼にきたんだもの。警察にいけば、嫌でもバッシング対象にされちゃうって。今女子アナって微妙でしょ?だからじゃない?」
「ふぅん、ストーカー相手ねぇ」
 新一は、一人ごちた。
コナンだった当時。蘭の家に転がり込み、幼馴染みの父親を名探偵に仕立てた手前、今更無責任に放り出す事もできない新一は、それとなく今でも毛利小五郎の手助けをしていた。とは言え、警視庁捜査一課で目暮の下に在た元刑事だ。警視庁捜査一課と言えば、都内の凶悪犯罪を扱う部署で、各県警本部の捜査一課と比較してみても、その検挙率は高いものだ。
各所轄から、選りすぐりの人材を集め、凶悪犯罪の捜査に当たる、エリート集団の部署だ。まして毛利小五郎は、ノンキャリアだったが、退職時の階級は警部補だ。警部補は、現場捜査員を纏める主任刑事だったから、それなりに優秀でなければなれないポストだ。それを考えれば、毛利小五郎は、決して無能ではない筈だった。まして射撃の腕は、射撃大会優勝者という腕前だから、それなりに優秀だった事は窺い知れる。
 組織から離れた場所で、事件と対峙する時。大切なのは情報収集だろう。組織に在れば、その情報は膨大に集まる。その膨大に集まる情報の取捨選択能力が捜査を左右する。毛利小五郎は、その情報把握が探偵として独立した時、失われてしまったのかもしれない。基本的に、被疑者を検挙し、送検する警察と、探偵の仕事は違うから、仕方ないのかもしれない。
 捜査権や逮捕権を持つ警察と、何の権限も持たない探偵とは、仕事の違いがあるのは当然だ。探偵は、迂闊な事をすれば、捜査相手から、名誉棄損などで訴えられる可能性だってあるのだ。何の権限も持たない地場で活動する困難さを、きっと毛利小五郎は探偵になって味わった筈だった。
 警察の仕事は被疑者検挙であるが、同時に、送検された被疑者が確実に起訴され、公判を維持できる為に必要な物的証拠の提示と言う事になるから、探偵の仕事とは似ているようで質が違うから、動きが巧くとれないのは、仕方ないのかもしれない。だから新一は、今でも影からそれとなく、援護しているのだ。きっと体制組織に属していれば、それなりに優秀で、頼りにされた刑事だったのだろう、蘭の父親は。        
「そう言う二人は、どうやの?東西の名探偵が揃ってるこの状況で、何の事件もないって、変やないの」
「俺等は事件ホイホイかい」
「新一が歩けば事件にあたるって、有名なんだけどなぁ」
「服部と同じ事言うなよ」
「アラだって、目暮警部の台詞よ、コレ」
「名言やな。工藤を的確に表現した台詞や」
「っで、二人とも、何か事件に首突っ込んだんやないの?」
「ビンゴ、や。いやぁ〜夕方工藤と買い物出かけたら、偶然殺人事件の現場通り掛かってな、目暮警部が居ったから、覗いてきたんや」
「ヘェ〜〜やっぱり新一ってば、事件ホイホイなみ」
「俺はゴキブリかよ」
「それで、明日から口挟む訳?」
 蘭の台詞に、俺は挟みたくないねんなと独語に呟いて、新一を見れば、新一は涼しげな横顔を服部に見せているばかりだ。その煮え切らない態度に、和葉と蘭は顔を見合わせる。
それは服部らしくない態度だった。そして新一は、服部の躊躇いの意味を、正確に理解していた。
「どんな事件?」
「異状死体で解剖に回ってねんけどな、毒殺の可能性が濃厚や。少なくとも、この事件、死体遺棄は成立するで」
「案外根が深いって事?」
「毒殺は、計画性なのが殆どだから」
 思案気な新一の表情は、先刻の事件現場と遺体を思い出しているのだろう。
 深夜から早朝にかけ、捨てられただろう遺体。体表に外傷がないとしたら、それは毒殺の可能性が高い。
 一般的に毒物と言えば、誰もが連想するのはシアン化合物、青酸を連想する。現に、東京都監察医務院の過去5年間の青酸検出は、201件と言う比率で毒物検出がなされているのが現状だ。青酸中毒の特徴的な死班は、口唇などはチアノーゼ症状ではなく、鮮紅色になると言われている。
 それは青酸が血色素と結合し、シアンヘモグロビンになる為、血液が凝固しにくくなるからだ。けれどそんな典型的な特徴死班が出る事は、稀な事も判っているから、外見の検視だけでは、その毒物の判断は到底できない。
 けれど新一も服部も、それがシアン化合物ではないだろう事を予測していた。眼にした遺体に外傷はない。そして状況を考えれば、それが死体遺棄の成立する殺人事件だとも断言できる。外傷がないから、毒殺と判断したわけではなかった。安易に殺人と断定した訳ではない根拠は、月山達に話した通りだ。
「新一も服部君も、気をつけてね」  
 心配気な蘭の台詞と表情に、薄く笑みを作って安心させてやる事しか、新一にはできなかった。
    






 差し入れにきた蘭と和葉の二人は、ご馳走になったお礼にと、食器類の洗い物をして、毛利探偵事務所に帰宅していった。
「服部……」
 蘭と和葉の二人を玄関先で見送り、扉を閉めた瞬間だった。一歩先を歩く服部に、新一はその背から前へと緩やかに細い腕を回し、肩口に顔を埋めた。
「工藤?」
 不意に回された腕の感触に、服部は怪訝に背後を振り返ろうとし、失敗する。新一の華奢な姿態が、肩口に埋まり、柔らかく抱き締めてくる。
「どないした?」
 新一のこんな仕草は、今までの記憶を漁っても、なかったと思う服部は、緩やかな抱擁と、細い声に、不安になる。
 いつだって気丈で勝ち気な恋人は、滅多に崩れる事はないのだから。それが今は細い声が掠れて自分を呼ぶのに、焦燥と不安を煽られる気がしてならない。
「俺は、自分の意思で、お前を選んだんだからな」
「工藤…?」
「お前、いつだって忘れるからな。記憶力悪すぎだ。お前、俺の言葉、何も聞いてないんだろう」
「んな事あるかい」
 新一の台詞に、服部はゆっくりと振り向くと、態勢を入れ替える。その時、服部はハッとする。
 長い前髪の間から放たれる一対の眸は、何処か哀し気に瞬いて、自分を凝視している。その眼差しの深さに、服部は胸を抉られる想いがした。
 新一の双眸は、言葉以上に雄弁に彼の胸の裡を語っている。明鏡止水さながら鏡のように真実を語る瞳の色に、服部は胸を鷲掴みにされた気分を味わった。
「工藤……?」
 哀し気に瞬く双瞳に吸い込まれるように、服部の長い腕が、節のある男らしい長い指先が、頬を包む。
「お前、下らなねぇ事、考えてるだろ」
 包み込んでくる指の感触に、新一は微動だにせず、服部の眼前で端然と佇んでいる。けれどそのくせ気配は希薄で、背後の帳に溶けこみそうだった。それがなおいっそう、服部を不安にさせる。
「俺がコナンだった時、アノ状況だから、お前選んだとか、そんな下らねぇ事、思ってるだろう」
「事実や…」
 新一の台詞に、頬を包む指先がゆっくりと動く。それは切なさを映した声同様、柔らかく動いた。
「ふざけるなよッ!」
 その刹那、哀しげな声が響き、服部の頬が高く鳴った。瞬時には、一体何がおこったのか服部には判らなかった。   
これ以上ない程、繊細な貌を哀しげに歪めている面差しが、視界に飛び込んで来た瞬間、何が起きたのか理解した。した瞬間。痛感も同時に頬を襲った。
「ふざけるなよ。お前結局、俺の声なんて、なんっにも聞いてなかったんじゃねぇか」    
「工藤……」
「選んだって言ったんだぞ。お前を選んだって。お前、今まで何聞いてたんだよ」
 その刹那、今の今まで哀しげに瞬いて眼差しが、反転する。新一本来の勝ち気な面が、色素の薄い眼差しの奥から、放たれてくる。
「愛してるなんて、お前本当は、俺の事なんて、愛してねぇんだよ」
「ふざけんなやッ!」
 新一の台詞に、服部の腕が伸びる。叩かれる、新一は咄嗟にそう思ったが、よける事はしなかった。が、叩かれると思った長い腕は、細身の姿態をきつく抱き締めた。
「愛してる、お前を、愛してるんや、工藤」
 何処か苦しげな服部の声、きつく抱き締めてくる腕の感触に、新一はその時漸く険しく放っていた眼差しが淡いものへと変化した。
「お前だけが、俺を見つける事ができたんだ」
 ソッと、精悍な面差しを瀟洒な指が撫でた。
「工藤?」
「誰も俺をコナンとしてしかみなかった。でもお前だけが、本当の俺を見つけだせたんだ。俺と接触すれば、黒の組織に感づかれる恐れだってあった。お前の生命が危ない事を承知で、それでも俺はお前を危険に巻き込む事を承知で、その相手に選んだんだ。確かに、今だって蘭が大切なのは変わりない。でも、それは肉親に近いものだ。俺が選んだのは、お前なんだ、服部」
 全部を受け取ってほしい。そして相手の全部を見せてほしい。綺麗なだけの想いなど存在しない。醜さも妬みも何もかも曝して、そうして受け止めてほしいのだ。綺麗で優しいだけの愛情なんて、存在しない。そんな綺麗なだけの想いなど、信じられない。だから醜さも澱みも何もかも曝し、受け止めてほしかった。そして、服部の何もかもを、受け止めたかった。
「お前だけが、工藤新一を見つけだせたんだ」
 その時の自分の気持ちを、きっと生涯服部は知らぬまま、過ごして行くのだろう。表現できる言葉が見つからない事も、新一は知っていた。
言葉は不便だ、そう思うのはこんな時なのかもしりない。。
「綺麗なだけの想いなんて存在しない。もうそんな事、俺はとっくに知ってる」
 それは服部を愛し、服部に愛され、確かに覚えた新一の感情の一つだ。
「お前を愛して、俺だって、成長してるんだからな」 
 精悍な頬を包む繊指はゆっくりと首筋に回り、硬めの黒髪に埋もれていく。
「工藤………」
 キスをねだる仕草に、長い指先が頬を包む込み、口唇が重なる瞬間、
「もう見失うなよ、聞き逃すなよな。二度目はないからな」
「アア、お前の真実の声、ちゃぁんと聞いたで」
 掠れた低い声が、ゆっくりと耳朶を擽っていく。その感触に、新一は薄い肩を竦めて応えた。
 ゴメン……何処かで、ダレかが囁いた






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