SNOW 

バレンタインKISS vol1









 降るというより、舞うという表現が似つかわしい白い結晶は、まるで天から羽毛でも舞ってくるかのよう
に軽やかに、それでも重力法則に従い、地へと降りてくる。それは音もなく静かに舞い降りて、閑静な
住宅街を真白に染め替えている。
 寒い筈なのに、何故か子供のように胸の奥が浮き立ってしまうのは、これから恋人と会う所為なのか、それとも東京に降る遅い初雪の所為なのか、それはリョーマにも判らなかった。
 けれど不思議と見ていて飽きない粉雪は、六花の名に相応しく、花片のように綺麗で儚い。
 週末の土曜日。桃城と待ち合わせしている駅に向かう道すがら、リョーマは音もなく降ってくる粉雪を
眺め、足を止めて天を見上げた。
「気象予報も、たまには当たるんだ」
 気象予報士が聴いたら肩を落して落涙するだろうリョーマの科白は、けれど口調は柔らかく、瀟洒な
面差しには淡い笑みが浮かび、舞い落ちてくる雪を楽しげに眺めている。
 音なき音という表現がしっくり当て嵌まる無音の世界。雨もそうだが、雪も周囲の音を遮断する消音効
果を持っているのだと初めて気付いた。それは晴れた日ならば、住宅街には色々な音が満ちているか
らだ。   
 家の中から響いて聞こえる声。母親が子供を呼ぶ声。家庭ならでわの食事の音。通り過ぎていく子供
たちの笑い声。季節ごとに装いを替える樹々の葉擦れ。落ちる陽射に描き出される天然の万華鏡。
晴れた日ならば、住宅街は色々な音が溢れている。 けれど今は音という音が綺麗に消え、静かに舞い落ちてくる雪は、周囲を少しずつ少しずつ白い世界へと塗り替えていく。
 折角の週末も雪の所為で住宅街に人影はない。中途半端な時間帯が影響してるのも事実だろうか、
雪の降る最中、人影もない住宅街を歩いている自分を見たら、何かと過保護で心配性の恋人は、文句
を言わずともその内心を如実に現し、攅眉するだろう。
「本当に、心配性」
 雪なら尚のこと、寮まで迎えに来ると言い張った桃城だ。それを携帯越しで宥めるのに苦労したという
顛末があったものの、それも桃城の我が儘の一つだと思えば、それはそれで悪い気分ではなかった。
桃城は決して、周囲にそんな明け透けな我が儘ともいえる甘えを漏らしたりできないことを、リョーマは
正確に理解しているからだ。
 自分だけに向けられる、優しくこまやかな感情の波。態度にも言葉にも出されない桃城の心配は、嫌
という程判る。けれど向けられるものは何もそんなけものばかりではないから、気遣いともとれる桃城の
我が儘は、リョーマには心地好いものばかりだ。けれどその全てを甘んじて受け取ってしまえる程、リョ
ーマは子供ではなかった。
 雪の所為で不鮮明になっていく天地の境界線のように、自他との境界線を不鮮明にはできない。
それが桃城と付き合う上でのリョーマなりの拘りで、ラインだった。
「私だって心配だって、判ってる?」
 静かに降ってくる雪のもたらす錯覚だろう。錫色の空を眺めていれば、在るべき天地の境界線は失わ
れ、躯が天に吸い上げられる浮遊感があった。それはエスカレーターに乗った瞬間、一瞬味わう感覚に
似ている気もするし、まったく違うようにも感じる。
 不鮮明になっていく天地の境界線は、上るとも落ちるとも表現しにくい浮遊感をもたらし、吸い込まれ
ながら落ちていく感触があった。そのくせ不思議と心細さや不快を感じることもない。
 両親から誕生日に贈られた真っ白いロングコートとお揃いの真っ白い手袋。リョーマはそれを外すと、
落ちてくる雪を不思議そうに眺めた。
「やっぱり冷たい…」
 まるで被膜のように淡い雪は、見ているだけなら冷たさを感じさせない錯覚がある。けれど手袋を外
せば外気は否応なく指先を一瞬に冷やしていく。
 フワリと手掌で溶けていく雪の花片。儚い姿を曝しながら、差し伸ばした手掌で溶けていくそれを、リョ
ーマは折れそうに細い小首を傾げ、無心な子供のように眺めている。
 外気に曝した指先は冷たいものの、結晶の花には未だ温かいのだろう。掌中に触れた瞬間、魔法の
ように消えていく。触れた冷たさだけが、まるで名残のように指先に残る淡い脆さ。
 こんな所で立ち止り、躯を冷やすばかりの行為は、桃城に見られたら苦笑されるだろうなと思いながら、リョーマはその場を動くことができなかった。
「いっそ雪合戦でもしようかな?」
 本気で言えば、桃城を落涙させる科白だろう。そんな時の桃城の情けない表情まで想像できてしまい、リョーマは空を見上げたまま、くすりと笑った。
 重く湿った錫色の空は、快晴のような綺麗さとは無縁だと思えるのに、こんなに綺麗なものを生み出
すのかと思えば、リョーマには少しばかりそれが不思議だった。

『週末は寒波の影響で全国的に雪になるでしょう』

 画面越しで気圧配置図を示して説明していた気象予報士の科白が、不意に脳裏に甦る。
 聞いた瞬間、リョーマが真っ先に心配したのは、週末実家に帰省するダイヤの乱れではなく、絶対雪
の中でも自分を迎えに来る桃城のことだった。
 子供ではないのだから、たかが二十分程度の電車の距離は、問題にもならない。誰だってその程度
の時間、苦もなく電車に乗って日々を生きているのだ。
 そう言ってみた所で、けれどリョーマに過保護な桃城に、そんな正論は通用しない。
 緩い暖房が心地好い空間を作り出す女子寮の自室。横着にもベッドに潜り込んでヌクヌクとした温もり
に包まれながら、窓ガラスに結露を作る夜の冷気とは裏腹に、ひどく温かい気持ちで桃城と携帯越しに
会話をしたのは昨夜のことだ。
 過保護な桃城の科白を思い出せば、淡いピンクのルージュを差した口唇が、柔らかい笑みを無自覚
に零す。
 迎えにこないで大丈夫。そんな風に電話口で言った途端、桃城はリョーマの科白を即座に否定した。
口調はひどく柔らかい否定だったものの、けれど言外に、絶対迎えに行くからという断固とした意思の
力が判ってしまい、リョーマは苦笑しかできなかった。
 雪の中のデートはロマンチックだと思うものの、学校帰りの桃城には、それでなくても負担がかかる。
まして東京のダイヤは雪に弱い。雪が降る想定で送電線など整備されてはいないから、容易にダイヤ
は乱れを生じさせる。学校帰りで疲れているだろう桃城に、そんな無理はさせたくなかったのだというリ
ョーマの願いは、けれど桃城の言葉に即座に却下された。
 子供じゃないのにというリョーマの反駁は、けれど桃城には通用しない。それは子供だとか大人だと
かいう区分は、桃城には関係なかったからで、ただ単純に綺麗な恋人に溺れている莫迦な男は、恋人
を大切にしすぎていたからだ。

『雪の中のデートも、ロマンチックだと思うんだけど』

 友人の輝夜と晶にそう言って送り出されてきたのは先刻のことだ。
 雪の中のデートなんて、ロマンチックよね〜〜。そんな風に盛大に友人二名に見送られたリョーマは、
けれど桃城がそう簡単に雪の中のデートを承知してくれるとは思えず、二人の夢見がちな発言に、華奢
な肩を竦めて応えただけだった。
 中学時代、周囲から呆れられる程リョーマに過保護だった桃城は、リョーマが女の子になって戻って
きて以来、更に過保護な恋人になったから、寒い中のデートを簡単に承知してくれるとは思えなかった。そしてリョーマの内心は、勿論正鵠を射ていたのだ。
「ああいう所、桃先輩って、頑固なんだもん」
 自分の意見を押し付けることのない桃城は、けれど恋人に関しては過保護さと心配が紙一重になっ
ているから、リョーマが呆れる程度には頑固な一面が存在していた。
 そのくせ視野狭窄を起こさない理性の強固さは、桃城の一体何処に眠っているのかと思う。桃城は決
して、大切という言葉の意味を、取り違えない男だ。その努力を、手の内から取り零すような真似はしな
い。それが時折不満だとは思うが、けれど口には出せない。それは桃城の領域のことで、踏み込んで
いいラインではないからだ。 
 どんな意味に於いても、ラインは必要だ。見えなくても、其処に存在する天地の境界線同様に。人は
天地の境界線のように、ラインを交じわせてしまうことはできない。そう認識していないと、壊れてしまう
ものも、無自覚に踏み付けにしてしまうものも沢山ある。
「…莫迦……」
 春の陽射に淡く透ける花片のように、粉雪はサラサラとした感触で降ってくる。
東京に降る雪は、大抵水分を含んで湿っていることが多い。けれど今降ってくる粉雪は珍しくもあまり水
分を含んでいない所為か、傘を差さなくても濡れるという感触がしなかった。
 だからリョーマは右手の肘に引っ掛けている空色模様の傘を差すのも忘れ、静かに降ってくる白い結
晶を飽きることなく眺め続けていた。
 ヒラヒラと舞い落ちてくる雪の花片。少しずつ白く染まっていく見慣れた光景。それはまるで、全てを浄
化するかのような美しさだ。




















「絶対素直には来ないよなぁ」
 リョーマに関するこういう勘は当たるのだと、桃城は待ち合わせの最寄り駅に下り立って、一人ごちた。
 取り敢えずホームから改札を抜けると、素直に待ち合わせの駅ビルに向かうべきか、それとも素直に
来るとは思えない恋人を迎えに行くか、桃城は改札を出た場所で思案顔になる。
 周囲は週末の土曜とあって、帰宅途中の学生が多い。まして明日の日曜を挟んで、月曜は建国記念
日の祝日で社会的に休みになるから、ちょっとした連休になっている。そして数日後には女の子には最
大イベントであるバレンタインが控えているから、駅ビル周辺は華やいだ賑やかさに満ちていた。まして
外は雪が降り始め、ロマンティックが演出されているから尚更だ。やたらとカップルの姿が眼に付くのは、気の所為ではないだろう。そしてそんな最中、桃城の姿が人目を惹かない筈はない。 雨から雪に変
わることを見越して、制服の足下は黒いショーツブーツを履き、制服の上には黒いハーフコートを着込んできた。そんな桃城の姿は、到底高校生には見えない端然さが備わって、周囲の女子高生の視線が
集まっている。
 中等部時代からテニス部のレギュラーで活躍し、現在も高等部で活躍している桃城にとって、周囲か
ら集まる視線は、決して珍しいものではなかった。見られるという立場を自覚している桃城にとって、集
まる好機な視線など今更で、慣れも手伝ってしまえば、別段気にする代物ではなかった。無遠慮に踏
み込んでくる余程の莫迦ではない限り、桃城は周囲の視線など綺麗に黙殺する術を心得ている。けれ
どその端然さが、周囲の女子高生から好意を寄せてしまう原因だとは気付いていなかったから、リョー
マに言わせれば詰めが甘いということになる。
 実際今の桃城にとって、集まる視線の有無など無関係に、これから会う綺麗な恋人のことで頭は一
杯で、周囲を気にする余裕などなかったというのが正直な本音だ。
「どうするかなぁ」
 何処か途方にくれた様子で、漆黒の双眸が虚空を彷徨う。本来ならば、素直に待ち合わせの駅ビル
に向かうべきだろうが、状況が状況だ。どうにもリョーマが素直に待ち合わせの駅ビルに直行してくると
は思えなかった。
 それは恋人の自負かと言えば、そんなことはなく、リョーマを知っている人間ならば、簡単に想像が付
く程度の勘だ。
 テニスができなくなるから雨は嫌いだと言うリョーマは、けれど当時から雨の日の散歩を好む、桃城に
言わせれば天の邪鬼とも言える悪癖があったから、雪など降っていれば尚更、リョーマが素直に訪れる
とは思えなかった。
 それでも取り敢えずは待ち合わせの駅ビルに行くかと改札から続いている駅ビルに足を運べば、暖
房だけではない熱気が伝わってくる。一体何事かと視線を向ければ、入り口の右手側には特設スペー
スが設けられ、女の子でごったがえしている。
 華やかだが、何処か戦々恐々とした気配も感じ取れ、桃城は苦笑する。最近はどうやら手作りより、
ちょっと値の張るチョコレートを贈る方が多いらしい。恋人からの手作りならば、嬉しいことこのうえない
が、何処の誰とも知らない女性から贈られた場合、何が入っているのは得体が知れない分だけ、口に
するのには勇気が必要だ。
「………バレンタインか……」
 そーいえば荒井達が騒いでたよなぁと、桃城は級友達の会話を思い出す。女の子にとって一大イベン
トのバレンタインは、人気のバロメータとして男子にも重要要素だ。
 ここ毎年、チョコを断り続けている桃城に、アタックをしかけてくる女子の数は幾分半減したものの、逆
に闘志を燃やしてくる女子も少なくはなく、毎年バレンタインは自主休講したい衝動にかられてしまう桃
城だった。それをして荒井などは贅沢な悩みだというが、うっかり女子の闘志に火を付けたら最後、そ
の執念は桃城をして唖然とさせるものがあるから、そんなことはゴメンだと素直に思う。          バレンタインの贈り物など、本当に欲しい人間からでなければ意味はない。勿論贈ってくれる子には
すまないと思うが、受け取れないものは仕方ないのだ。
「迎えに行くか」
 賑やかといえば聞こえはいいが、戦々恐々とすら感じ取れる特設スペース付近での待ち合わせは遠
慮したいと、桃城は中等部入学当時、祖父から贈られた腕時計で時刻を確認すると、駅ビルを後にした。
「どうせ散歩気分でくるんだろうしな」
 傘もささずに風邪を罹くなど考えもせず、リョーマはきっと散策気分で雪と戯れて来るに違いない。そう
確信する桃城のそれは、当然ビンゴだった。















 被膜のように淡い花片。そう見間違えてしまう淡い雪は、少しずつ周囲を白く染め替えて、無音の世
界を深めていく。そのくせ不思議と音なき音を奏でていくのが、可笑しい程だ。
 そんな静まり返った白い世界に、リョーマ在った。
白いコートに綺麗な黒髪。雪で人通りがないとはいえ、往来の中心で天を見上げているのは、道交法
上どうだろうかと暢気にもそう思い、次には静謐なたたずまいに佇む恋人の姿に、胸が抉られる感触を
感じた。
 秘色(ひそく)いう言葉が、不意に脳裏を過ぎる。背筋も凍る程の冷気の中、それは研ぎ澄まされて鮮
やかさを増す色なのだと以前聴いた。今のリョーマはそんな気配が明瞭になっている。
 白でもないが、青でもない。冬氷のような月白にも似た錫色。色の種類は同じ区分には属さないとい
うのに、何処かで通じるものがあるような空の色。雪を降らす空の色は、あまりに独特で、雨を降らす重
く湿った空の色とはかなり異なった色をしている。
 そんな色の中で佇むリョーマは、何処か神聖な透明感が滲んでいて、それは突如として真夏の空の
下、戦場というコートを駆けていたリョーマの姿を思い出させた。
 雪が降る冬と対局に位置する夏の空。選手にとっては神聖なコートで駆ける姿は、ある一種の不可視
にも似て、リョーマを何より静謐に見せた場所だ。今のリョーマはあの時と同じだ。 半眼閉ざして天を
見上げている綺麗な横顔。あの華奢な躯の一体何処に、強さが秘められているのかと思う。
 小柄な躯でコートを駆け回っていた力強さ。男性の性を切断しなくてはならなかった病。リセットできな
い時間を、リョーマは一体どう自分に折り合いを付け、戻ってきてくれたのか?その強さを考えれば、到
底自分はその足下にも適わないと思う。 綺麗で静謐で、それだけではない強さを秘めた華奢な姿。
雪と戯れるかのように虚に差しのばされた細い腕。
 桃城は綺麗な恋人の姿を見詰めると、次にはゆっくり足を進めた。アスファルトに少しだけ積もった雪
が、足下で音を立てる。
「リマ」
「桃先輩?」 
 不意に掛けられた静かな声に、リョーマはひどく驚いた様子で折れそうに細い首を傾げ、静かに歩い
て来る桃城を見詰めた。
 色素の薄い空色の瞳がキョトンと無防備に瞬いて、少しだけ伸びた綺麗な髪が、雪と同じ白さを持っ
ているコートの上でフワリと舞った。
 どうやら自分は思っていたより長く足を止め、雪と戯れていたらしいと、リョーマはブレスレットタイプの
リストウォツチで時刻を確認し、静かに歩いて来る桃城を凝視する。
「やっぱり思った通りだな。傘も差さないで雪と遊んでたら、風邪罹くだろうが」 
 やっぱり駅ビルで待っていなくて正解だったと、桃城は内心で苦笑する。雨の日の散歩同様、景色の
色彩が変わる周囲が楽しかったのだろうと見当は付くが、無防備に傘もささずに歩いてくれるなと思う
桃白の科白は、恋人として当然の心配だろう。
「大丈夫。だって、ホラ」
 予想通りの桃城の科白に軽く髪を払えば、白い結晶は髪に染み込むこともなく、フワリと舞って地へ
落ちていく。第一桃城自身が傘をさしていない状況では、科白にも効力はない。むしろ心配なのは桃城
の方だ。
 雪の所為で部活は中止になったのだろうが、帰宅途中でわざわざ迎えに来るのだ。疲労は自分の火
ではない筈だ。無自覚な疲労はそれこそ風邪を罹きやすい。大きい大会がないとはいえ、体調管理は
選手の基本だ。
「そーいうもんじゃないんだぞ」
 やれやれと吐息を吐けば、それは白く染まる。春めいた気温が続き、暖冬だといわれて陽気も、寒波
の戻りで東京では遅い初雪が降った。
「どれだけ長くここにいた?」
 冷気が染み込んだかのように冷たくなっている髪の感触に、桃城は少しだけ攅眉すると、懐に抱き込
むように細い躯を包み込む。
「手袋も外しちまって」
 細い指先は温度が奪われ、凍えたように冷たい。細い左の薬指には、蒼いガラスの指輪が嵌められ
ている。桃城と出掛ける時、リョーマが必ずしている大切な指輪だ。
「ん〜〜?」
 どれくらいかといわれれば、さした時間は経っていない筈だ。「十分くらい?」
 小首を傾げて包まれた懐で笑えば、頭上で呆れた吐息が漏れるのが判る。
「リマ」
 少しばかり咎める口調は、心配の裏返しだ。冷たい指先を包み込めば、想像以上にその指先は冷た
くなっている。
「桃先輩の手、暖かい」
 自分とは比べるべくもない大きい掌中。
「躯冷えちゃってるだろう」
 いくらコートを着ているとはいえ、雪の中で佇んでいれば、簡単に躯は温もりを奪われてしまう。懐に
包んだ躯は、冷たい。
「桃先輩だって」
 傘もささないのはお互い様でしょ?とリョーマが笑えば、桃城は細い手首を掬い上げると、自分の指ご
と細い指をポケットに突っ込んだ。
「雪の日にわざわざ迎えにこなくっても大丈夫」
「そんな訳あるか?迎えにこなかったら、風邪罹く寸前だったと思うぞ?」
 リョーマが桃城の躯を心配して繰り言を囁くのは毎回のことだ。けれど桃城にしてみれば、それは自
分の精神衛生上仕方ないということになる。
「案外頑丈だけど?」
 確かに長時間の試合をするだけの体力はその病により奪われたとはいえ、日常生活に支障のでるも
のは一切ない。むしろリョーマは自分で理解しているように、案外と躯は強い。もともと基礎体力がしっ
かりしているから、簡単に風邪は罹かない。
「そーいう問題じゃないの」
「だったら私もね」
 俺の心臓停止る気かと嘯く桃城に、心配なのはお互い様でしょ?とリョーマは綺麗な笑顔を見せる。
「ねぇ?桃先輩、積もったら雪合戦する?」
「リマ〜〜〜」
「楽しそうじゃない?」
「却下」
「なんで?」
「俺がダメなの」
「桃先輩、夏男だもんね」
「そーいう理由じゃありません」
 真面目くさった口調に、リョーマが小さい笑みを覗かせる。
「桃先輩過保護すぎ」
「リマが無自覚な分、俺が過保護で、釣り合いとれてると思うぞ?」 
 それでなくてもリョーマには前科がありすぎる。今日のことでその前科は一体幾つになったと思うんだ
と、桃城は落涙する。
「ねぇ?桃先輩」
 包まれる温もりに安堵し、細い吐息が雪に溶ける。
「冬限定の美味しいお茶、淹れてあげる」
 花片のような白い雪。綺麗で脆くて儚い結晶。やはり冬は寒い方がいいのかもしれないと、リョーマは
桃城の腕の中で空を見上げた。