手負いの獣
act5












「あ〜〜終わったよ〜。静雄の奴、傷残すななんて、無茶言うから。損傷した皮膚に傷残すな
って、どういう言い様だって思う?損傷段階で傷負ってるんだって、誰か静雄に言ってやってよ」
 あ〜〜疲れた。セルティ、僕を癒して〜〜。冗談とも本気とも判らない口調でリビングに入っ
てきた新羅のそれは、半分は本気の科白だろう。そしてそんな新羅の少しばかり疲れた様子
に、門田はらしくないなと、内心で訝しげな眉を寄せた。
 新羅は飄々とした態で、周囲を綺麗に欺くことに長けていた。その辺りの遣り様は何処か臨
也と似ていて、伊達に中学時代から、臨也の友人をやっている訳ではないんだなと、見当違
いの感心をさせられる時があるが、だからこそ、こんなふうに疲れた様子を面に出すような種
類の人間ではなかった筈だ。
 頭の作りはそりなりだし、医学への熱意は判っているから、何も闇医者ではなく、正面に医
師になっても、それなりに成功しただろう。けれど新羅は随分と前から闇医者になることを決め
ていたらしく、高校卒業と同時に、当たり前のように闇に下った。そして闇に身を沈めた人間の
治療を専門に請負い、現在に至っているが、自分が知る限り、新羅は疲れた表情を自分達の
前で曝すような人間ではなかった。その新羅が、冗談混じりに疲れた表情を見せていると言う
ことは、臨也の傷の状態が、芳しくないのかもしれない。
 そんな門田の胸中を読んだかのように、新羅はセルティの淹れた珈琲に口を付けながら、あ
っさりとそれを否定した。
「臨也の傷はね、出血の割には浅かったから、治りも早いと思うよ。まぁ3日くらいは、ここに入
院してもらうけどね」
「入院?ここ、入院もできるんですか?」
「イザイザ限定だよね〜〜通常は往診だもん」
 帝人の最もな質問に、狩沢が軽口で説明する。そしてそれは的外れではなく、正鵠を射て
いた。
「狩沢の言うように、臨也限定。まっ、中学からの腐れ縁のサービスみたいなもん。臨也は一
人暮らしだし、僕も新宿まで往診は面倒だし。静雄の所に放置しておくのが一番面倒なさそう
なんだけど、その場合、創は確実に悪化するだろうからね」
「静雄さんの、所ですか?」
 それは創が悪化しそうだと、帝人は良心的な想像をしたものの、新羅達が想像したものとは、大きく掛け離れていて、誰もが渇いた笑みとともに、呆れた溜め息を吐き出した。
 新羅がこういう科白を口にしている時点で、既に二人には前科がある証拠だ。曰く、傷を負っ
たにも関わらず楽しんでしまった結果、傷が悪化したというパターンだろう。
「傷開くようなことしたら、今度は麻酔なしで縫合しちゃうよって、言ってあるから」
 流石に自制するんじゃないかな?アハハと新羅が笑いながら珈琲を口にすれば、帝人はや
はり心配そうな表情をしていて、狩沢達はこっそりと溜め息を吐き出した。
 多感な時期の子供は、臨也の口先に騙され、神聖視する傾向にあるが、帝人もその傾向に
陥っていると、見て取れたからだ。そして臨也を神聖視する子供達の末路は、大概悲惨に終
わる。
 臨也は種族として人を愛していたとしても、同一線上で人間を好きな訳ではないのだ。その
ことに気付かず深入りすると、手酷いしっぺ返しに合う。臨也は自ら餌を求めて他人に近寄る
ことはあっても、自ら他人を近寄らせることはない。ただ一人を除いては。そして臨也が望まぬ
まま近付いた人間は、かなり手酷い拒絶をされる。
「それで、臨也の傷はどうなんだ?」
 先を話せと門田が促せば、新羅は半瞬だけらしくない逡巡を覗かせ、先を繋げた。
「傷口は、今言ったように出血の割には浅くて、致命傷になるようなものはなかっよ。勿論臓
器損傷もなし。ただちょっと気になったのは」
 そしてそこで再び口を閉ざし、新羅は沈吟する様子を見せた。話していいかどうか迷っている
ような表情に、セルティが気遣わしげな様子を見せ、PDAに何かを打ち込んだ。
『ここでは話さない方がいいのか?』
 特に帝人のような子供に、刺激は強いと判断したのかもしれない。
「ありがとう、大丈夫だよ、セルティ」
 首なしの彼女は誰より人間らしいと痛感し、新羅は先を話し始めた。
「臨也の創傷から見ると、あれ、正面から刺されてるね。一般的にナイフの創傷って言うのは、傷口は小さいものなんだ。だけど刺創の場合、創口は小さくても、内部で臓器損傷している
場合が多いのも特徴なんだ。体外に出血していなくても、腹腔内や胸腔内に血液が貯溜して
いて、失血死する場合も多い。だけど臨也の創傷は違ったよ。本当に浅く刺されている。創口
と創底から細いナイフだろうって思ったんだけど、あれ、正面から刺されてるからだね」
「正面から?」
 運動神経が飛び抜けていい臨也は、パルクールというものを習得していて、軽々と逃走する
ことに長けいている。静雄との追い掛けっこが成立しているのも、そのパルクールのおかげと
言っても過言ではないだろう。そして情報屋と言う危険な趣味を生業にしていても、今まで生
命に直結するような致命傷を負わなかったのは、一重にパルクールに助けられていると言って
もいいだろう。尤も、多勢で襲われると、流石の臨也でも逃げおおせることは簡単ではないらし
いが、やすやすと掴まって、相手に正面から傷を負わされることなど、臨也相手には難しい。
「直角に凶器が刺さった場合、傷口の長さは、実際の凶器の幅より小さくなるんだ。凶器が刺
さった瞬間に、皮膚が伸ばされるからね。だから臨也の創口と創底を見た時、殺傷能力の低
い細身のナイフって判断したんだけど、角度から見ると正面から付けられた創傷だし、それで
いて浅いとなると、加減の出来る状態で、敢えて浅く刺されったて判断になるんだよね。その
意味、ドタチンなら判るよね?」
 窺うような視線が眼鏡の奥から放たれてくるのに、門田は攅眉する。
「地転がしのやくざじゃないってことか」
 池袋界隈のやくざなら、大なり小なり、臨也と取引があるから、トラブルを抱えていたとなれ
ば、そんな回りくどい遣り方はしない筈だ。良いも悪いも臨也という存在の厄介さは判っている
から、殺すつもりなら、あっさりと殺すだろう。殺さず情報のやり取りをするなら、賢い方法を選
ぶ筈だ。そのどれにも当て嵌まらず、尚且つダメージを的確に与える加減が出来るとしたら、
それなりに訓練されている人間と言うことになる。
「創傷は感心するくらい、すっぱりと躊躇いもなく綺麗なものだったよ。逆にあれだと治りは早
いし、綺麗に治るだろうね。但し、得体が知れないって意味なら、やくざより始末に悪いけどね」
 やくざの遣り様は、よく判っている。殺すか殺さないか。生かさず殺さずが基本だ。けれど臨
也の創傷は、どう見ても警告の要素が強かった。
『あいつは……今度は一体どんな悪企みを思い付いたんだ?』
 気に入らない相手ではあるが、だからと言って、死んでも当然だとは思えない。相手は新羅
の友人であり、静雄とは特殊な関係にある人間だ。
「さぁね。僕も臨也がどんな情報握ってるかは、まったく見当も付かないからね。臨也のことだ
から、どんな尻尾踏んでても不思議じゃないし」
「尻尾…?」
 独語のような新羅の科白に、帝人は不思議そうな表情を浮かべた。
「そぅ、尻尾。中身はないけど、踏まれたら身動きとれない。そういう類い」
「はぁ……」
 そう言われても、全くピンとこないのだろう。帝人は難しそうに眉を寄せている。
「例えばさ、僕は臨也が沈黙の艦隊特殊管理A事案の尻尾踏んじゃったって言っても、不思
議だと思わないよ。大物要人の献金問題とか、企業の裏金とか。それこそ官公庁の裏金資金
ルートなんて、臨也が調べようと思えば、ツールはあるだろうし。薬物の売買、銃器の横流しと
か。臨也が知りえる情報で表に出てるものなんて、未だ可愛いものだと思うしね。むしろ敢え
て表に出してるんだろうし。マジックで使用する、偽カードみたいなものだよね」
「……何ですか?沈黙の艦隊?」
「そーいえば、そんな漫画あったっスね」
 帝人と遊馬崎が首を捻った時、門田は嫌そうに眉を寄せた。
「……国税の特殊管理事案……そりゃ随分と大仰だ」
 税務調査の芸術品と呼ばれている国税局は、その守秘義務から知りえた情報を何も語らな
い沈黙の艦隊と呼ばれている。そしてその土台を支えているのが、有名な査察部だ。とはい
え、そこまで特殊事案を踏んでいたら、警告程度では済まないだろう。但し臨也の場合、可能
性としてゼロとは決め付けられないから始末に悪い。
「ピンポーン。臨也なら、うっかり尻尾踏んじゃう可能性もゼロじゃないと思うよ、僕はね。ほら、
今丁度時事ネタだし」
「何々?国税?税金対策?」
 狩沢が身を乗り出して、向かい側にいる門田に問い掛ける。
「国税局査察部の特殊事案だ。大物政治家の個人資産、有株証券、政治資金、一流企業の
スキャンダル、バックリベート。談合。そういう特殊管理事案だ」
「……何か私達とは遠い世界だけど、何でドタチンはそんなに詳しいの?ハッ!まさか、その
姿は世を忍ぶ仮の姿で、本当は国税局のエリートとか、桜の大紋付きのヨーヨー持ってるとか。桜の千代田とか!」
 何やら勝手に妄想の世界に飛んだらしい狩沢の思考回路に、門田は溜め息を吐き出すと、
横から新羅が説明を始めた。
「ドタチンは、組織汚染ものの小説とか好きだからね。その辺りのことは、妙に昔から詳しいよ。静雄と臨也は、あれで推理小説好きだし」
「……シズシズとイザイザが推理小説好き?それ意外すぎて萌えるわ〜〜」
「そのくせ二人揃って国語が嫌いで、静雄はああ見えて、数学得意だしね」
「え〜〜シズシズが数学?結びつかない。って言うか、シズシズ意外性ありずき〜〜」
 先刻までの深刻さは何処かに行ったのか、狩沢はキャーキャーと一人で盛り上がっている。
「静雄が数学得意なのは、判りやすいと思うけどな。君なら判る?」
「え?」
 不意に話しを振られ、帝人が戸惑い、考え込む仕草を見せた。確かに静雄と数学という図式
は、中々に結び付かない。と言うより、静雄と勉学という図式が結び付かない。
「アハハハ、あれで静雄は学年10位以内には居たんだよ」
「え〜〜〜ちょっっ、一体何処の少女漫画設定〜〜」
「狩沢、騒ぎ過ぎだ」
「だって、イザイザが頭いいのは判るよ?だけどシズシズは、そう見えないもん」
「そういうのを、偏見って言うんだ」
 騒ぎまくる狩沢に、門田が少しは落ち着けと小言を言うと、新羅はニッコリと笑い、まるで謎
々の答えを教えるように、口を開いた。
「静雄が数学得意なのはね、答えが一つしかないから。どれだけ長い公式使ったとしても、真
理として再現可能性が証明されているから、だよ。ああ見えて、静雄の頭は理数だからね」
 最初自分も静雄が数学が得意だとは思わなかった。けれど説明されれば、静雄が何故数
学を得意とするのか、納得できた。
 解明されない自分の力に悩んでいた静雄にとって、答えが一つしかない数学と言う分野は、
何処かで救いになっていたのかもしれない。どれだけ複雑に入り込んだ難問も、決まった公式
を使用すれば、必ず答えに辿り着く。それが解明されない人体の謎を背負う静雄にとっては、
判りやすい部分だったのだろう。世界に一人だけ迷い込んでしまった異形の獣には。一つしか
ない答えは、おそらく憧憬さえ伴っていたのかもしれない。そしておそらく静雄は、既にたった
一つの答えを見付けている。答えを答えとして認識しているか判らないが、探していた答えは、既に静雄の手の中だ。
「それで、臨也は何て言ってるんだ?」
「静雄に任せてきたからさ、未だ何も。眼が醒めたら呼びにくるように言ってあるから。でもまぁ、話さないとは思うけどね」
 肝心なことになると、臨也は何も語らない。普段どうでもいいことはペラペラ喋ると言うのに、
いざ肝心なことになると、臨也は頑なに何も語らない。静雄にさえ語らないことを、臨也から聞
き出すことは不可能に近い。
「まぁ、真実の結晶使えば、ペラペラと喋るけどね〜〜。尤も、その後ちょっと廃人になる可能
性あるから、うっかり使えないんだけど〜〜」
「……新羅…。間違っても自白剤なんて使うなよ」
 ここに至り、実は新羅もかなり怒っていたのだと、門田は理解した。何に怒っているのかと言
えば、一体どんな尻尾を踏んだのか判らないが、やすやすと警告じみた創を負わされた臨也
に対してと、臨也を傷付けられた静雄に対してだろう。静雄に対して怒るのは、些か理不尽だ
とは思うが、心情的には理解できた。
 表面からでは中々判別の付かない飄々さを纏い付かせているが、新羅は高校時代から何
かと二人には関わって世話を焼いていたから、臨也がやすやすと傷を負うのは、我慢できな
いのかもしれない。そーいえば、こいつは高校時代から、臨也の保護者的な面があったなと、
門田は思い出す。それが判っているからだろう。臨也も治療には新羅を頼っている。些か変態
じみた思考回路を持ってはいるものの、医療に関して新羅は腕は信頼できる。
「臨也さんの情報網はすごいと思いますけど、そんな情報を入手できるものなんですか?」
「ん〜〜君はさ、臨也の何をすごいと思う?」
 情報網が凄い。そんなことは、外側からでは見えない筈だ。長年付き合いのある自分でさえ、臨也が持つツールに関しては、はっきりとは判らない。まるで蜘蛛の巣のように、色々な箇
所に網を張っているのは知っているが、それは蜘蛛の巣すぎて、全体像は却って曖昧になっ
ている。もしかたら本当は、蜘蛛の巣など何処にも存在しないのかもしれないのだ。
「えっ?」
「だからさ、臨也の情報網の何が凄いと思う?」
「臨也さんの知らないことなんて、何もなさそうですから。尋ねれば的確に色々と教えて貰える
ことも多いんです」
 突然振られた新羅からの問いに、帝人は思ったことを率直に告げた。
 ダラーズのこと、切り裂き魔に杏里が傷つけられた時。そして突然行方を断ってしまった親
友のこと。チャットで尋ねれば、いつも何かしら教えてもらった。
「それは過大評価だよ。まぁ臨也はそう見せることにも長けてるし、何より詐欺師か何処かの
教祖かってくらいに口が巧いから、大抵の場合で誤魔化される人間が大半だけどね」
 飄々とした態で笑いながら、そのくせ新羅の視線は、一つも笑っていないことに帝人は気付
いた。それは闇医者と呼ばれる新羅の本質のように思え、帝人はぞくりと背筋を慄わせた。 「臨也の本当に怖い部分はね、一つ一つは点でしかない情報を、繋ぎ合わせるラインに長け
ているってことだよ。バラバラのピースを繋ぎ合わせるラインを見付けることに長けている。そ
れが臨也の最も怖い才能なんだよ。一つ一つでも効力のある情報を、違うラインで結び付けて、数珠繋ぎに一つの事象として、深淵に放り込む。そのラインを見付けて見極める眼を持っ
ている。それが何より臨也の怖い部分だし、才能なんだよ」
 この世界で情報を扱う人間は、幾らでも存在する。子飼いのコマを使って情報を集め、それを
売り買いしている人間は、何も臨也だけではないのだ。けれどその中でも、臨也の名前は抜
きんでている。それは扱う情報の質の違いによるものだ。それが臨也の情報屋としての足場
を固めている。コマを使い、ツールを張り巡らせている情報屋など、何も珍しいのものでもない。むしろそれは当然だろう。けれど幾ら躍起になって蜘蛛の巣のように子飼いのコマを配置し
ても、臨也の手にする情報には勝てない。臨也は眼に見えない情報を、人の眼に明らかにす
る遣り様に長けているからだ。形のないものに形を与え、欲しい相手の前に餌としてぶら下げ
る。そういう遣り様が、臨也は巧い。あの才能は、静雄のことなどいえないくらいに異質のもの
だ。そのことに、当人だけが気付けないでいる。
「臨也の情報の縒り合わせ方は、ミッシングリンクと同じだよ。常人には真似できない。流石
魔女の秘蔵っ子」
 臨也に情報のやり取りを教えた人間は、裏界隈では魔女々として有名な女だ。折原臨也は、その魔女の秘蔵っ子といって間違いないだろう。但し何故彼女が臨也を選んだのか、それ
は新羅にも判らなかった。けれど魔女と噂される女性が、意味もなく子供に情報のやり取りを
教えたりはしないだろうから、そこには何かしらの意図が必ずある筈だった。そう思うと、中学
前にはその女から、情報操作のイロハを教えられていた臨也は、甘楽にとっては特別な存在
ということになる。
「魔女?」
「それって、あれスか?魔法のステッキ片手に、変身して戦う美少女戦士っスか?」
「シズシズはあのままマント羽織ってマスカレードでも付ければ、OKだよね〜〜」
 帝人が純粋に疑問符を浮かべれば、横から遊馬崎と狩沢が茶茶を入れる。
「まぁ、僕から一つ忠告するなら、あまり臨也には深入りしないようにって、ことかな?今回か
なりヤバイ尻尾踏んだみたいだし、君も当面身辺には気を付けてね」
 にっこりと笑って、物騒な科白を吐く新羅に、帝人はエッ?と言う表情で、一瞬硬直した。
その様子を眺めていたセルティが、気遣うようにPDAを見せた。
『何かあったら、すぐに連絡しろ』
「あ、ありがとうございます。あっ、でも、僕より臨也さんの方が……」
 直接危害を加えられたのが臨也である以上、心配しなくてはならないのは、臨也の方だろう。
「ああ、臨也は大丈夫。ぜっったい、間違いなく、報復手段考えるから。売られた喧嘩は安くは
買わないが臨也の信条だからさ。まぁ、これから色々とするんじゃないのかな?そんな臨也に
付き合ってたらこっちが危ないから、当面放置」
「えっ?あの、放置、なんですか?それって危険なんじゃ…?」
「言ったでしょ?イザイザのことは、シズシズに任せてればいいって。あの二人はこういう場合、放置しておかないとダメ」
 確信めいた狩沢の科白に、門田達は苦笑する。付き合いの長さとは無関係に、狩沢は外側
から見ていて、二人の関係を巧く掬い上げている。それは狩沢のバランス感覚の良さだろう。
「大丈夫だ。さっきの話しじゃないが、臨也と静雄は引力みたいなもんだ。バランス取る方法
は、当人達が判ってる筈だ」
「やっと多少は自覚したかなぁ?くらいの認識だけど、ゼロよりマシだからね。俺達苦労したよ
ね。あの二人、本当に莫迦だから」
「ば…莫迦?頭いいんですよね?」
 新羅と門田が、何やら感慨深そうにうんうんと頷いているのに、帝人は不思議そうに二人に
視線を移した。
 頭がいいと言ったその口で、実感を込めて莫迦と言われた科白が不思議なのだろう。
「ん〜〜。君もちゃんと二人を見てたら、その内に判るかもね。そうしたら手負いの臨也に近付
く危険性も、よく判ると思うよ。僕なら手負いの臨也に近付くなんて、御免だからね」
「そうそう、手負いのイザイザに近付くのなんて、シズシズを手負いにするようなもんだし。だか
らね帝人君。何度も言うけど、今度手負いのイザイザ見付けても、どうせシズシズが来るから、放置しておきな。シズシズはさ、イザイザの切り札みたいなものだからさ」
「あ〜〜流石狩沢。よく見てるね〜。切り札って、ジョーカーって意味に置き換えると、ぴったり
だね」
 流石腐女子を自認するだけあって、狩沢は自分達とは違う角度から、静雄と臨也の二人を
よく見ていた。まさしく臨也にとって静雄という存在は、天敵でありながら、ジョーカーという意
味でも成立する。全は愛しても個は愛せないと豪語する臨也にとって、個として存在している
のは静雄だけだ。そういう意味で、静雄は臨也の最後の切り札だ。だからこそ、臨也には静
雄の声しか届かない。
「手の内を見せるなら、奥の手を持てって言うのと、似てるな」
 今まで黙っていた渡草が、ぼそりと呟いた。
手の内を曝すなら、奥の手を。そして奥の手を見せるなら、切り札を持て。それは喧嘩の常套
手段だ。
「天敵同士なのに切り札にもなるなんて、本当にあの二人って、生きたBLで血が滾る〜〜。
いっそあの二人を見立てて本作りたくなる〜〜」 
 呑んでいる訳でもないのに、どうにも酔っ払いの様相を態している狩沢に、門田はもう小言を
言うのも莫迦莫迦しくなり、放置を決め込んでいる。
「アハハハ、それ確実に静雄に殺されるからね。臨也には、きっと莫大な肖像権請求されると
思うし」
 池袋で最も近付いてはいけないと言われている二人に、あっさりと軽口を叩ける狩沢は、も
しかしたら、大物なのかもしれない。
「さてと、そろそろ臨也が起きる頃の筈だし。この分じゃ静雄は呼びにはこないだろうし、ちょっ
と見てくるよ」
 そう言い置くと、新羅はリビングを出て行った。