疑問と謎と不思議 1

 都内でも有数の進学校である名門中学の青春学園では、隣接している高等部への進学もエスカレーター式ではなく、学内試験が実施されている。それでも、公立中学のように、受験受験と一日中机に向う事はない。
 学園のモットーは『文武両道』『良く遊び、良く学べ』であるから、生徒はやはり公立中学の受験生からみれば、伸び伸びと部活動や趣味に勤しんでいるだろう。
 受験の3年生も、だから形式だけ部活から引退はしても、後輩指導と言う名目で一定間隔で部活に顔を出す事は可能だった。とはいっても、3年は一学期で部活は引退で、二学期からは新任部長に部は託されるから、新任部長をたてると言う意味でも、顔を出す事は稀になる。
 特に、実力、カリスマ共に備わっていた手塚の後任を任されてしまったテニス部は、新任部長は桃城で、副部長は海堂だったから、ある意味で誰もが波乱を予想していた。けれどそれも丸半年が経過すれば、それなりに周囲は慣れるものだった。
 桃城は相変わらずのスタンスで周囲に接していたし、海堂も何一つの変わりはない。
手塚の後任と言う気負いも気後れも感じさせず、それなりに部を率いているし、前副部長の大石から、部室の鍵当番の役割を割り当てられた海堂は、実際努力を惜しまない人柄が良かったのか、朝一番で部室の鍵を開け、トレーニングに励んでいる。
 尤も、カリスマばかりの人材が揃っていた3年生が抜けたテニス部は、痛手ではあった。
今更ながら、化け物揃いの先輩達だったのだと、桃城と海堂が思い知ったのは彼等が抜け、自分達が後輩指導と言う立場に立たされた時、痛感した事でもあった。
「いや、久し振りに良い汗かいたね」
 3月2日、高等部への校内試験も無事終了し、久し振りにテニス部に顔を出した3年は、土曜の午後久し振りに汗を流して、部室で着替えをしていた。
「桃もさ、言ってるわけ?『校庭20週』とか」
「やめて下さいよ、英二先輩。俺部長みたいに、出来ませんよ」
 ネコ科の小動物と変らぬ瞬発力を持つ英二の台詞に、桃城は勘弁して下さいよと頭を掻いた。
「部長はもうお前だ。いい加減に慣れろ」
 桃城の背後で着替えをしていた手塚が、相変わらずの淡々さで口を開く。
とても中学生にみえない彼は、きっと高校でも驚異とされる存在になる事を、誰もが疑ってはいなかった。同年代のライバル達は皆各々目的の高校に進学しているのだから、そのライバル関係は変らないだろう。
 中等部の卒業式が済めば、そのまま彼等元レギュラーは、隣接している高等部テニス部に練習に出るのだ。
 青春学園は文武両道がモットーで、なかでもテニス部は郡を抜いて全国規模なのは高等部も変らないから、逸材揃いの中等部テニス部の元レギュラーは、早くから高等部の練習に駆り出される。それは高等部テニス部の士気を高める事にも繋がるからだ。だから3年生が中等部テニス部に顔を出すのも、少なくなってくるだろうという感慨は、誰の胸にもあった。
「別に手塚の真似する必要ないんだよ。桃は桃のやりかたで、テニス部をひっぱっていけば。第一手塚の方が、異端なんだからさ」
「不二、それはどういう意味だ」
 不二の台詞に、相変わらず顔色を変えない淡々さで、手塚が口を開いた。
「タカさんの小父さんに『監督』と間違われる程度には、だと思うけど」
「『校庭二十週』顔色変えずに部員を一言で走らせられるって言うのは、カリスマ部長だと思うけどな俺」
「菊丸」
「ホラホラ」
 それだにゃ〜〜〜と、英二が笑った。
「それで海堂は?」
「なんスか?」
 黙々と着替えをしていた海堂に、大石が水を向ける。
「桃と喧嘩しながらもやってるって聴いたけど」
 元副部長の大石の台詞に、海堂は嫌そうに攅眉する。
「こいつ部長のくせに、時間にルーズで、いい加減で、堪んねぇスよ」
「なんだとぉ?」
「この前も、遅刻して来たじゃねぇか、部長のくせに」
「あれは、俺じゃねぇよ。越前がだよ」
「桃もよく続いてるよねぇ。オチビちゃんの送り迎え。専属アッシー」
 それで仲は少しは進展したのかにゃ〜?英二が意味深に笑った。 
「桃の場合はアッシーに貢君」
「不二先輩まで」
「毎日送り迎えして、帰りに奢ってあげてれば、十分貢君」
「最初は過保護だと思ったけど、アレだよアレ、桃ってば、下僕体質」
「英二」
「英二先輩〜〜〜」
 英二の横で窘める大石と、英二の台詞に脱力してしまった桃城と、どちらにもきっと罪はないだろろう。
 元レギュラー達の会話に、聞き耳を立てている他の部員は、英二の無邪気な台詞についつい頷きつつ、凍り付いていた。
 否定も肯定もできない。否、否定はできないといった所だろう。確かに桃城は自ら喜々として、一つ年下の後輩を構い倒しているのだから。否定など出来る筈もない。
「Mなんだよね、桃は」
 否定できない所にもって、不二の穏やかに笑った笑みに、流石の英二も凍り付いていた。
「……不二先輩……」
 完全に会話の肴にされている桃城はと言えば、ロッカーに懐いている。
 とんでもない台詞を何でもない事のように、日常会話に紛らわせ、サラリと言えてしまう所が、不二の不二たる怖い所だと言う事を、知らないテニス部員は存在しない。
 一挙に部室内の温度が凍り付く。
完全に肴にされている同級生を、荒井達等は『不憫な奴』と、ヤレヤレと溜め息を吐き出している。
 端整で綺麗な顔をして、とんでもない事を口にするのだ、不二は。
「そっ……そういえば、肝心のオチビちゃんは?」
 キョロキョロと見渡しても、小生意気な口と眼を持つ後輩は見当たらない。大抵は桃城とくっついて着替えているから、桃城の隣に在ないと言う事は、部室に在ないと言う事になる。
 そんな三段論法的な考え方が、あながち嘘ではない程度には部内で通用してしまうくらい、彼を探すなら、長身で目立つ桃城を見つけて隣をみれば一目瞭然、そんな具合に、いつのまにか桃城とリョーマは誰もが一緒に在るという印象を持っていた。
「ファンタ買いに」
 未だロッカーに懐いたままの疲れきった桃城の声が、小さく漏れる。
「珍しいねぇ〜〜彼が自分で買いに行くのって」
 やはり不二が意味深に笑って桃城を眺めた。
「桃が買いに行ってないあたり」
「英二」
 『またお前は』と、大石が隣でいい加減に口を塞げと大仰に溜め息を吐き出した。
「何々?それとも喧嘩?」
「英二」
「だって気になるじゃん」
 いいから、いいからと、ヒラヒラと隣の大石に手を振って、興味津々に桃城を見れば、
「別に、喧嘩なんかじゃないっスよ」
 部室の扉が開けば、其処には相変わらず小柄な姿態が、小生意気な声を響かせる。
片手にはお気に入りのファンタグレープを持っている。売店にある自販機まで、買いに行ったのだろう。
「第一俺、桃先輩に要求した事ないッスよ」
「どうせ俺が勝手に世話やいてるって言いたいんだろ」
 お前ってそういう奴だよなぁ〜〜半分呆れ、半分溜め息を吐き、桃城は懐いていたロッカーから身を離す。
「当然」
 スタスタと歩いて来て桃城の隣のロッカーを開く。サラリと口を開くのも相変わらずだと、菊丸達は苦笑する。
「でもオチビちゃんの場合、無言の要求って有るんじゃない?」
 既に英二の口でも塞いで止めるか、ほっとくか、択一を迫られた大石は、ほっとく事に決め込んだらしく、会話に交じる事なく諦めていた。
 所詮自分の好奇心を満足させるまで、会話に加わっている片割れの事を、3年間ダブルスを組み、私生活でもペアを組んでいる大石は判っていた。
 不躾な好奇心と興味本位はないけれど、仲のよい後輩との会話は英二を楽しませているのは確かだから、大石は好きにさせておく事に決めたらしく、それをして周囲からは甘やかし過ぎと言う事になっている事が、けれど当人は知らない。
「越前の場合、『ジュース飲みたい』って言うの桃城にだけだし、それは無言の要求だと思うけどね」
 珍しく、乾が会話に加わった。
「『何々したい』イコール『何々してね』もっと突き詰めちゃうと、『何々するからね』に発展しちゃうよ。気をつけようね、桃。Mに磨きかけられちゃうよ」
 サラリとやはり何でもない事のように言う不二に、再び桃城はロッカーに懐いていた。
「でも俺、『買ってきて下さい』なんて言わないスから」
「どうせ俺が好き勝手にお前の世話焼いてるだけだよ」
 開き直った桃城が、脱力したまま力なく呟いた。
「いいじゃないスか。俺別に嫌だなんて言ってないし」
 何疲れてるんスか?リョーマが隣を不思議そうに眺めて着替えを始めた。
「嫌だなんて言われたら、そりゃ桃としては立場ないよね」
 クスクス笑う不二に、罪はないのだ。所詮不二には誰もが口では勝てない。
「ねぇ桃先輩。そう言えば、『桃の節句』て何?」
 レギュラージャージを脱ぎながら、リョーマがフト思い出したように隣を見上げて問い掛ける。
「ハッ?」
 突然の台詞に、桃城だけでなく、周囲の誰もが不思議そうにリョーマを見詰めた。
「だから桃の節句」
「なんだ突然?」
「クラスの女子が、言ってたんスよ。明日は桃の節句だって」
 レギュラージャージを脱いだ手を止め、キョトンと隣の長身を眺めているリョーマは、確かに桃城にだけは無防備なのだろう。たとえ本人に自覚はなくても。
「桃の節句ねぇ」
 リョーマのひっかかりの意味にいち早く気付いた不二が、やはり意味深にクスクスと笑う。
「ホラ。先にコレ着ろ」
 ジャージの下は薄いアンダーシャツが一枚。嫌でも線の細さが強調されるリョーマの姿態だった。そんなリョーマに制服のシャツをロッカーから取り出してやるあたり、やはり桃城に自覚は皆無だ。その瞬間。元レギュラーは顔を見合わせ、溜め息を吐いた事など、きっと知らないに違いない。
「オチビってば相変わらずオチビ。ほっそいし小さい」 
 感心したように、英二がリョーマに背後から抱き付いた。
「ちょっ…菊丸先輩」
 突然抱き付かれ、リョーマが喫驚したように背後を振り返る。
「そんで柔らかい」
 それでも英二は気にした様子もなかった。
「オチビってばさ、『桃の節句』の『桃』の部分がひっかかったんだよねぇ?」
 所詮3−6コンビ。不二と英二にはある意味で誰も勝てない。
「気安く触んないで下さいよ」
 溜め息を吐き、リョーマはそれでも菊丸を引き剥がさない。流石に1年近く青学テニス部に身を置けば、元レギュラー陣の性格など把握できる。
 菊丸はスキンシップが好きだ。そのスキンシップの意味に、色はない。ただ懐くだけだし、きっと小動物を抱き締める感覚に違いないのだろう。だからリョーマは溜め息を吐き呆れはしても、菊丸が満足するまで与えてやる。
「それで桃先輩、意味教えて下さいよ」
 背後に覆い被さる菊丸を無視して、再び隣を見上げれば、苦笑している桃城に、リョーマはやはりキョトンと小首を傾げている。
「お前本当、チッコイよな」  
 無防備に見上げてくる眼差しに、桃城は苦笑する。苦笑し、ポンポンと、頭を撫でた。
 黒々瞬く眼差しは、対戦中なら背筋をゾクリとする程強烈な印象を浮かべるのに、こうしている姿は何処か無防備だ。この無防備さが、自分の前でだけだと言う事の意味に気付いてから、自分の身の裡に抱いてしまっている欲望に気付いてから今まで、今だって恋人同志と断言は出来ない。
 無防備な視線を向けてくるくせに、未だにリョーマの内心は推し量れない桃城だった。
 キスもするし、気が向けばそれなりの行為に及ぶ事もある。けれど何が桃城を戸惑わせているかと言えば、何一つリョーマの反応が変らないと言う事だった。
 キスをして、セックスもして、そのくせに何一つの反応が変らない。相変わらず生意気で時には呆れる程尊大で。そのくせに、本人に自覚がないからタチが悪い。リョーマはある意味天性のヒトタラシだ。
 テニスの腕はプロの父親から幼い頃から教え込まれている腕前で、卓越した技術を持っている。それに担う精神力も基礎体力もある。けれど中学の部活となれば、当然羨望より剥き出しの嫉妬とやっかみが入るだろう。けれど不思議とそんな事は最初のうちだけで、リョーマの小生意気な態度と共に、その存在は部に受け入れられている。尤も、常に全国大会常連校の青学テニス部は、常に逸材を求めてもいるから、リョーマの存在も受け入れられたのかもしれないけれど。ある意味で、子供らしい羨望や幼いやっかみより、テニスの技術を求める選手陣は、プロ的な意識が強いのかもしれない。
「桃先輩ッッ!」
 自分を子供扱いする桃城に、リョーマは憮然と手を払い除けた。
「オチビ抱きやすいし」
「だから菊丸先輩、誤解招く発言、しないで下さいよ」
「別に本当の事だよん」
 悪びれない菊丸に、自分の人間以外の腕に包まれているリョーマに、益々桃城は苦笑する。菊丸相手にやっかんでも意味はない事くらい、彼も理解していた。
「抱き締めやすいの間違いでしょ、英二先輩」
 ハイハイ、越前風邪引かせちまうからと、旨く菊丸を引き剥がすと、制服のシャツの袖を通させる。
「過保護じゃん」
 袖まで通させるか?誰もがそう内心で叫んでいた叫びは、きっと二人には通じてはいないだろう。二人は当然のように、世話をやき、世話をやかれている。
「桃先輩、話しの続き」
「ん〜〜アア、桃の節句かぁ?まぁアメリカじゃねぇもんなぁ」
「雛祭り、知らない?」
 クスクス笑っていた不二が、横から口を挟んだ。
「雛祭り?」
 不二に視線を巡らせ、不思議そうに問い掛ける。
「三段飾りや七段飾り」
「何スか?ソレ」
「お前の家、従兄弟居るだろ?」
「越前の従兄弟は大学生だろ?まして親戚の家に居候して、雛人形はないだろう」
「乾先輩、俺先輩に従兄弟の年齢言いましたっけ?」
「いいや、でもデータ揃えてあるから」
 何の為のデーターなのか?乾の収集は判らないリョーマだった。
「………ソレッて、プライバシーの侵害なんじゃ……」
「家族構成は基本中の基本」
「テニスに関係ないっスよ」
「情報収集の基本だよ」
 『まだまだだね』チッチッチと、人差し指を立て、メガネの奥の見えない双眸が笑う。
一挙に室内温度が下がった気がした。
「いっ…乾先輩、高等部行っても、こっちの練習メニューも組んで下さいよ」
 流石にプライバシーの侵害ギリギリの感は拭えないが、それでも、乾のデーター収集能力は確かなもので、その後任は当然の事だが、居る筈もない。
「別にいいけど。それより人材育てた方が、いいんじゃない?」
「いませんよ。乾先輩みたいなデータマン」
 データだけなら、桃城にも海堂にも収集する事は可能だろう。けれど乾のように、更にそれに統計をとり、確立計算し、個人個人に当て嵌めるとなると、途方もない作業になる。そんな人材は、桃城の周囲の人間を見てもいない事など、今更だった。
「桃先〜〜輩〜〜俺の質問には、応えたくないって事スか?」
 脱線し続ける会話に、リョーマの低い声が地を這った。
「わぁった、わぁった」
「やっぱ桃ってM」
「下僕」
「今更っスよ。桃先輩なんてMだし下僕だし」
 人当たりのよい先輩で、誰にも平等で優しくて、人懐こい。居るだけで周囲を明るくする部のムードメーカだ。彼の周囲は、だから誰もが集まってくる。自然と人を引き寄せるナニかが桃城には有るのだろう。他人と接触する事が苦手な自分とは大違いだ。それなのに何を好き好んで自分なのかと思えば、時折言葉にできない苛立ちを感じる。
 何度キスをされ好きだと言われても、実感できない。できない事が尚苛立ちを募らせる。それさえ巧くコントロールしてしまうから、リョーマはある意味で可哀相な子供なのかもしれない。
「越前〜〜お前俺を先輩だって思ってないだろ」
「思ってますよ、桃城部長」
  苛立ちさえ巧くコントロールしまう。テニスをしている時同様に。
莞爾と笑う笑みに、桃城はガクリと肩を落した。
「かたなしだねぇ」
 クスクスと笑う不二に、
「お前達、いい加減帰るぞ」
 いつまで経っても終わりをみせない会話に、手塚の低い声が部室に響く。
「だめだよ手塚、こういうのは、ちゃんと最後まで聴かないと」
「お前の好奇心を満足させるだけだろうが」
「ホラさ、人間好奇心失ったら終わりだよ。向上心と同義語だから」
「学業の言葉だな、それは」
「同じ同じ。可愛い後輩の疑問に応えて上げるのも先輩の勤め」
「桃城に任せておけ」
「ダメだよ手塚、君前部長なんだから。ちゃんと手取り足取り、教えてあげなきゃ、部長業務」
「……不二……」
 こうなった不二に口では適わない。テニスの腕も天才なら、人の心理を読む事も天才的だ。
「まぁ昔からの風習で、女の子のお祭り。地方によっては流し雛っていって、人形流して、厄除けする場所もあるんだぜ」
「フ〜〜ン?」
「っても、判らねぇか」
「それでなんで桃の節句?」
「今の季節、梅は終わって桜には遠い、中間が桃だからじゃねぇ?」
「なぁんだ、桃先輩も、詳しくは知らないんだ」
「お前〜〜やっぱ俺の事」
「先輩だって思ってますよ」
 一つ年上でしょ。
「お前なぁ〜〜」
 だけかよぉ?桃城は大仰に溜め息を吐いた。
「ねぇ桃先輩、兄弟居ましたよね」
「明日見にくるか?雛人形」
 どう説明しても、アメリカ帰りのリョーマに、雛人形の想像はできないだろう。見た方が実感できる筈だった。
「やっぱりさ、当人達自覚ないだけじゃん」
「『ジュース飲みたい』『何がいいんだ?』『ファンタ』『仕方ねぇなぁ、待ってろよ』ってのと同じじゃん」
「英二……その三段論法違うんじゃないか?」
「流れ的には変らないな。ある意味阿吽の呼吸だな」
「あれはその内に『何々したい』イコール『何々するからね』になるね」
「さぁて、支度できたか?」
「OKスよ」
「んじゃ俺ら帰りますから。海堂、鍵頼むぞ」
 ズボンのポケットに無造作に放り込んで置いた自転車の鍵を取り出すと、副部長の海堂に一言言い置いて、桃城は歩いて行く。
「いちいちっるせぇんだよ」
「桃先輩、腹空きません?」
 桃城の横にリョーマが並び立つと、一際線の細さが強調される。けれどその細さに反した鋭いプレイをする事を、此処に在る人間で知らない者は存在しない。
「マック飽きたぞ」
 誰にでも人当たりのよい桃城が、けれど逆に誰にも人当たりが良いから、誰にも無関心な事も知らない前レギュラーは居なかった。つくづく面白いコンビだと思う。
「駅前に新しい店出来たっスよ」
「どうせ端からそっち行く気だったんだろ」
「取り敢えず、先輩だから確認しようと思って」
「お前そりゃ俺を全然先輩だって思ってねぇ発言だろ」
「思ってますよ。知ってるし。先輩の財布の中身も」
「お前………」
「可愛い後輩の面倒みるのも部長の勤めでしょ?」
「ヘイヘイ」
「明日、桃の花持って行ってあげるから」
「要らねぇって。花なんてもらっても仕方ねぇだろ」
「誰が桃先輩にって言いました?妹さんに」
「お前も、人に気ぃ遣う事覚えたんだな」
 だったら少しは俺にも遣え、そう滲む言外に、
「桃先輩に遣っても、意味ないし」
 リョーマは笑った。







「『したい』イコール。『するね』になってるじゃん」
「やっぱ桃ってさ、下僕……」
 二人の出て行った部室に残された面々は、深い溜め息を吐き出していた。




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