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月 光 浴 |
見慣れている筈の光景も、時間や角度、その時々の心境により、それは随分趣が変化するものだと、リョーマは半分程開いた窓に腰掛け、初冬の空気に研ぎ澄まされていく夜の光景を眺めていた。 都内とはいえ、住宅街であるリョーマの家の周辺は、派手なネオンが溢れる不夜城は存在しない。 深夜を通り越した時間帯では、起きている住人も少ないだろう。周囲は深閑とした深夜の沈黙に閉ざさ れ、等間隔に点在する街灯の周辺だけが、不鮮明な光を放っている。けれどそれも、天然の光には、 遠く及ばないものだろう。 寝静まる深夜の住宅街。見慣れた近所の家々の屋根。電柱から伸びる細い線。黒く塗り潰された稜 線。そしてゆっくり視線を上げれば、終焉など素知らぬ顔で、無限を思わせる藍色の空間が広がってい るばかりだ。そんな藍色の空間を見上げていれば、夜は精神と瞑想の時間だという言葉が、真実味を 増す気がした。 半分程開かれた窓の所為で、室内の空気はすっかり濃密な情後の気配は入れ替えられ、研ぎ澄ま された冷ややかなものに変わっている。秋も深まり、初冬の気配が近付くこんな夜が、リョーマは案外 好きだった。 触れれば切れそうに研ぎ澄まされていく真冬の冷気より、緩い冷ややかな空気。それは何処か冷や やかなくせに、コートに立つ熱気を伝えて来るからなのかもしれない。 四方を囲むフェンスに隔絶される空間に立つ時。そこは誰にとっても戦場に変わる。伝わってくるのは、冷ややかな熱気だ。精神を研ぎ澄まし相手を見据え、そして隔絶された空間に立つ孤独に打ち勝てなくては、勝利の道はない。 今の気配は、コートに立つ冷ややかさと何処か似ていて、気分の良いものだった。ついうっかりと、そ の心地好さに埋没したまま、寝てしまいそうな程に。 「……桃先輩遅い…」 窓枠に小作りな頭を凭れ、リョーマが少しだけ眠たげに呟いた。研ぎ澄まされた深夜の空気が、心地 好く肌身に纏い付く。 先刻キッチンに降りたっきり、桃城が戻ってくる気配はない。それでも不思議と 広い家の中。階下から桃城の気配が伝わってくる不可思議さに、リョーマは微苦笑する。 深夜の時間帯。リョーマ以外は家人不在なのだから、別段足音を忍ばせる必要もないだろうに、それ でも倣い所為なのか、足音一つ立てずに桃城は部屋を出て行った。その瞬間は、今こうして階下から 感じ取れる気配も綺麗に消えたのだから、それは何処か武道に精通している人間を思わせる。けれど そんな部分が、曲者と言われる桃城の一部だということも、リョーマは知っていた。 日常的に見る桃城は、賑わう雑踏のような笑顔をしていて、他人に余裕を作らせる才、みたいのもの が備わっている。その気安い笑顔が、容易に他人を近付ける。けれどリョーマの知る桃城は、誰もが即 答する気安さとは相反するものだった。 それは意識なく足音を消して歩ける部分だったり、意図的に気配を殺してしまえる部分だったり。明る い笑顔など、実際桃城の本質に触れられるものではないのだということを、リョーマはもう知っていた。 手塚に曲者と言われてしまう桃城は、確かに曲者なのだろう。試合最中の臨機応変さからでも、それ は簡単に推し量れるものだ。桃城にとって開放的な笑顔など、他人との距離を誤魔化すだけの盾に近 いものだ。けれどそうと気付ける人間は、遥かに少なく限られているのもまた事実だ。 「……あんた、月みたいだ…」 そんな科白を突き付ければ、桃城は盛大に怪訝な表情をするだろう。けれどリョーマの知る桃城という 男は、けっして世間がそうと位置付ける、開放的な笑顔をする人間ではなかった。 明るい笑顔の底に潜められている、深い笑みを向けられているリョーマにしてみれば、世間が与える 評価など、極限られた上辺だけのものにしか思えなかった。けれど桃城の盾ではない深い笑みなど、 易々他人に見せたい代物でもなかったのは、それはリョーマが持つ独占欲なのかもしれない。 自分以外知らなくていい桃城の本質の部分。それは未々本質には程遠い、僅かな切れ端程度の代 物でも、知らないより余程ましだと思える。意図的に見せられている部分に安堵して、すべてを知った気 になど、なりたくはなかったからだ。 それこそ、藍色の空間に、切り取ったように悠然と浮かぶ石の球体の、決してその裏側を地球にも見 せない月のように。 「悪党……」 桃城はいつだって、それこそ、それはまるで当然の権利だとでもいうかのように、焦燥するリョーマを 置き去りにして、いつもいつも、優しく柔らかいもので守るように、綺麗なものばかりを与えようとする。 そのくせ最後の最後では、決して甘やかしてはくれない厳しさを、刃や牙のように、腹の底に隠し持っ ている男だった。 以前なら、リョーマもそんな桃城の部分に安心していられた筈だった。ちょっといけない関係を育んで しまった、欲望を処理する道具のように、互いを使いあえていたら、心はもっとラクな筈だった。けれど今 となってはそんなものが、焦燥を煽るだけのものだと思い知るばかりで、リョーマは時折いたたまれなく なる。それは特にこんな綺麗な月を見上げていれば、すべてをその光に見透かされそうで、恐ろしささ え湧いた。 「コラ、越前」 不意に思考を中断させる声に、リョーマは藍色の空間から室内へと視線を向ける。照明を灯さない室 内は、開いた扉の外から僅かに漏れる廊下の光で、桃城の姿が浮き上がって見えた。 扉を開いた位置で、二つのマグカップを器用に片手で持ち、少しだけ呆れ顔をしている桃城が立って いる。 「桃先輩、遅い」 「遅いじゃないだろうが。お前なんて恰好してるんだ」 理不尽な悪態は、それこそ二人の間では毎度のことだ。今更その理不尽さに文句をいう程、桃城は 狭量でもガキでもなかったから、呆れた溜め息を吐き出し応えただけだった。 「ホラ。ちょっとコレ持ってろ」 器用に片手で持っていた二つのマグは、既に二人の関係が始まり1年半経過した今。リョーマの父親 である南次郎からは、半同棲状態と笑われてしまっている代物だった。 こうしてリョーマの部屋には、良いものも悪いものも、桃城の日常が持ち込まれている。この二つのマ グカップも、その中の一つだ。 それは二人の関係が、明確な意味で恋人という距離を持った時。街で偶然見掛けたそれを桃城が気 に入り、呆れるリョーマをよそに、購入したブランドものだった。 ロイヤルドルトンのビルトモアとネイプルズ。ペアで買おうと言った桃城の、その科白に紛れ込むもの を気付かないリョーマではなかったから、最初こそ呆れて絶対使わないと言ってはみたものの、今では 日常的にそれしか使用せず、父親である南次郎を呆れさせている。 持ち込まれる桃城の日常に紛れ込んでいる、ペアのマグカップ。その意味など今更だった。それが言 葉に出されることのない、名前もない願いと同じものだと知っているからだ。 リョーマにマグを持たせると、桃城はベッドの足下で丸まっているケットを手に取った。取って中央に視 線を移せば、ベッドは激しい情交を物語るようにシーツは捲れ上がり、マットレスを覗かせている部分も ある。それこそ何回極め達して吐き出されたかも判らない愛液を吸ったシーツは、既に残骸と変わりな い有様だ。そして桃城は、自分の大きめのパジャマの上だけを無造作に羽織り、白い下肢を剥き出しに して、窓枠に腰掛けているリョーマの内股に視線を移した。 「………スケベ親父」 桃城の視線の意味に気付いたリョーマが、可笑しそうにクスクス笑う。惜し気もなく曝されている剥き 出しの白い下肢。その内股にこびりつき乾いている雄の獣液。 リョーマは桃城の視線の前で、日本人形のような意味深な忍び笑いを漏らすと、ツイッと右手の人差 し指で内股を撫で、口許に持っていく。 ピチャリ……。 擬音が響きそうな妖冶さで、肉色の舌先が、肉棒を舐めるように、ゆっくり白い指先に絡んだ。 「越前〜〜お前なぁ」 その淫靡な仕草に、桃城はガクリと脱力する。 照明一つない蒼い夜の闇に支配された室内の中、リョーマの姿は月の光に照らし出され、彫像のよう な造形的な美しさを惜しげもなく曝けだしている。 「そんな所で、スケベ親父もろ出しの眼、してるからでしょ」 「大体、お前が悪いんだろうが」 仕方ない奴、桃城は溜め息を吐き出すと、ケットを持って窓際まで近付き、リョーマの背後から覆い被 さるように自らの肩からケットを垂らし、薄く細い姿態を緩やかに腕に抱き包んだ。 フワリとした温もりに包まれ、リョーマは薄い背を桃城の胸板に預けると、振り返りもせず、ビルトモア のマグを差し出した。 「自己管理もプレーヤーの資質の一つだろうが」 「桃先輩の所為でしょ」 「俺が何したって?」 手渡されたマグに口を付ける。深夜の時間帯、窓を半分も開けていれば、当然室内の空気は入れ替 えられ、研ぎ澄まされたものになっている。その冷ややかさの中では、情後の熱など、一遍に奪われて いく気がして、その時始めて、桃城はリョーマのいう科白の意味を理解した。 「だからってな、その恰好は、風邪ひくぞ」 「そんなヤワじゃない」 シレッと言い、ネイプルズのマグに口を付け、リョーマはネコがミルクを舐めるように、舌先で液体の温 度を確かめる。 「桃先輩、熱い」 ネコ舌のリョーマには些か熱い、カフェオレの温度に攅眉すれば、背後から抱き締めている桃城が笑 うのが判った。 「わざと熱めに淹れてあるんだよ」 「何それ?俺がネコ舌なの知ってるくせに」 普段の桃城なら、こういう時。大抵リョーマの舌の温度に合わせた物を淹れて来るのが常だった。 それが周囲をして過保護だと、呆れられる結果を生んだとしても、桃城はリョーマに対して何処までも慎 重になる。 「少しずつ冷まして飲む方が、こういう時間が続くだろ?」 「…………悪党」 一体どれだけそんな科白を、今まで付き合ってきた女達に吐いてきたのかと思えば、リョーマが忌ま 忌ましさを感じても、それは当然だろう。けれど桃城は大して気にした様子もないのか、背後で同じ温 度で淹れただろうカフェオレを飲んでいる。 「有明月だな」 リョーマの部屋から、こうして深夜に外を眺めるのは、何も今が初めてではなかった。 見慣れた家々の屋根。家を繋ぐかのように伸びている細い線は、まるで何処か生命線に似ていた。 社会の事象を伝える線は、まさに情報社会の中にあっては、生命線と変わりないものなのかもしれな い。視線の先、今は黒く塗り潰されている稜線。そして無限を連想させる、藍色の空間が広がっている 夜空に広がっているのは、太陽の光を浴び、研ぎ澄まされた輝きを放つ、石の球体だった。 こんな有り触れた光景が、実は一番綺麗で大切なのだと、桃城に教えてくれたのは、他の誰でもない リョーマだった。 「何それ?」 初めて聴く科白に、リョーマは桃城の腕の中、小首を傾げた。 「明け方まで残ってる月のことだよ」 「フーン」 「残月っても言うけどな」 「残ってる月?」 未だ明け方じゃないじゃん、リョーマはそう呟きながら、背後の胸板に深く背を凭れ、終焉のない空間 を見上げた。 「あの石の星、あんたそっくり」 未だ飲めない温度のマグを、子供のように両手で持ちながら、リョーマは少しだけ忌ま忌ましげに呟き を漏らす。 手元のカップからは、甘い芳香と湯気が立っている。未だ飲めそうになかったが、深夜の冷気では、 冷めるのにも時間は掛からないだろう。 「お前だろ?」 「落ちてきそうで、全然落ちてこない」 切り取ったように浮かぶ石の球体。悠然とした光を放ちながら、落ちそうで落ちてこない距離を保って いる。 「ったくお前は」 情後のリョーマは、忍び笑いを浮かべながら、時折どうにもならない不安定さを垣間見せる時がある。 今がそうだ。 桃城は微苦笑すると、緩やかにリョーマの双眸を塞いでいく。節の有る長い指が、前髪を緩やかに梳 き上げ触れてくる。その意味を、リョーマは正確に理解していた。 それは桃城が、リョーマにだけ見せる癖の一つだ。一体いつ、そんなものを互いに身に付けてしまっ たのか、二人に明確な記憶はない。けれどそれが桃城個人の癖として、成立していないことはリョーマにも判っている。それはむしろある意味、相互関係に近しいものを持っているからだ。 「落ちてきそうで、落ちてこないのなんて、お前の方だろうが」 緩やかな苦笑が、リョーマに泣き出したい切なさを与えていくのを、きっと桃城は知らないのだろう。 そのくせこの仕草をする辺り、やはり悪党だと思わずにはいられないリョーマだった。桃城のこの癖は、 大抵がリョーマが泣き出しそうな表情を、無自覚に曝している時が概ねだからだ。あるいはその逆だ。 「ねぇ。桃先輩、あの星は、地球の分身だと思う?」 塞がれた瞼。桃城の腕の中、リョーマは身動ぎもせずに思う。一体自分の何処を見て、桃城はそうい うのだろうか?もうこんなにも、たった一人の男に囚われてしまったというのに。落ちてこないというのな ら、桃城の方だろうに。肝心な部分は、綺麗なものに誤魔化し、決して話してはくれない桃城の方だ。 「分身、ねぇ」 リョーマらしい言い方だと苦笑し、桃城はリョーマの瞼を塞いだまま、天を凝視する。 「今の所は、それが有力説だよな」 遠い過去、気の遠くなるような、未だ人類も、未知の生命体も、存在しなかっただろう過去。隕石が抉 り取っていった地球の一部。死を象徴する、無音の世界。 「分身でもなきゃ、こんな未練がましく、回ってないかもな」 一定の距離を保ちながら、離れも近付きもせず在る石の星。 「でも地球の衛星ってわりに、月って知られて無いこと多いよな」 「変な磁場が有るとか、クレーターが有るとか?」 落ちてきそうで、落ちてこない。その片面しか、見せてはくれない地球の衛星。 「兎が餅付いてたり、お姫様が還ったり。王国があったり。月の戦士が住んでたり」 「それ、御伽話しと、後半マンガじゃん」 「だからお前だっていうんだよ」 「何それ?」 日常で会話する時。桃城が判り難い、断片的要素で話すことはない。だから今こうして瞼を塞ぐ桃城 は、きっと自分の所為だけではなく、桃城自身にも珍しく、感傷的な何かを持っているのかもしれないと、リョーマには思えた。 今は未だ、語られることのない、桃城が見定めた道。架空に等しい未来の有り様を、見定めてしまっ たのだろう桃城の決意。未だ話してはもらえない、見せてはもらえない、残された片面。 未練がましく回っていると言うのなら、それはもしかしたら、自分の方なのかもしれないなと、リョーマ は無自覚に酷薄な口唇を噛み締める。 「ねぇ、桃先輩。アレほしい、頂戴」 「アレ?」 「月」 「………その心はなんだ?」 身の裡の何処かを分けてくれようとする時、リョーマの言葉は決まって断片的になる。それは当人の 意思とはどうやら無関係らしいと桃城が気付いたのは、随分と早い。だからそういう時のリョーマの科白 に嘘がないことも判っていた。だとしたら、求めてくる言葉の切れ端の向こうにあるものは一体なんだろ うか?今更考えなくても、桃城には判ることだ。リョーマが欲している答えなど、一つしか無い。 桃城は月を眺め、次にもう随分温くなってしまっているカフェオレを眺めると、マグカップをリョーマの前 に差し出し、塞いでいた瞼を開放する。 「やるよ、お前に」 「?」 トレーナーから伸びる褐色の腕。塞がれた視線が開放された時、リョーマの正面に有るのは桃城のビ ルトモアのマグだった。 半瞬その意味が判らず、リョーマはキョトンなる。その仕草があまりに無防備で、桃城の微苦笑を誘っ た。きっとリョーマに自覚はないだろう。桃城の前で、これ程無防備になっている自覚など。 「月」 「………悪党……」 淡如に告げられた科白にリョーマがカップを覗き込めば、淡い薄茶の膜を張った表面には、不鮮明な 画像のように浮かぶ光が在る。 だから桃城は悪い男なんだと、リョーマは内心舌打ちする。こんな詐欺師のような芸当を、中学生でそ う簡単に思い付くなというのがその理由だ。 「お前にやるよ。今はこれで我慢な」 「詐欺師」 欲する問いの在処を心得てながら、桃城はこうして綺麗に誤魔化していく。 不鮮明な光を放つ月。歪んだ稜線のように揺れる液体。小さく切り取られた世界に映し出される夜の 光景。いつかこんな時間も、循環されてくるのだろうか? リョーマは差し出されたカップの中に浮かぶ月を眺めると、節の在る桃城の指に白い指を絡め、 「飲ませて、あんたで」 切なげに笑った。 半瞬後、桃城の口唇が、冷たくなったリョーマの口唇に触れ、月の光に照らし出された白い喉元が、情 欲を映さない淫靡さで上下した。 「いつかな」 もう随分温くなってしまったカフェオレを飲み、桃城はまるで壊れものを扱う慎重さで、薄く細い躯をケ ットの奥で抱き込んでいる。もう既に時刻は深夜を通り越している時間で、月も随分その位置を変えて いた。 「何?」 首筋に顔を埋めるような仕草で真摯に綴られた声に、リョーマは桃城の胸板に背を預け、瞼を閉じた まま口だけを開いた。 二人の影に注ぐ光。照らし出される綺麗な横顔は、長い睫毛が僅かに揺れている。 「いつか見せてやるよ」 月の裏側。 「……桃先輩……」 情事の最中のような低音をしながら、情欲の欠片も映さない真摯な響きに、リョーマは無自覚に身を 顫わせる。 「いつかな」 精悍な面差しは、此処最近益々大人に近付いている。その造作に深い笑みを刻み付けると、桃城は 腕の中の細い躯をその瞬間だけ、きつく抱き締めた。 泣き出しそうに愛しい細い躯だと、フト思う。その細さなど今更だというのに、軋む切なさが胸を締め付 けて行く気がした。 「だからお前も、御伽話の何処かのお姫さんのように、独りで月に還ったりするなよ」 リョーマが回帰されるのなら、コート以外には有り得ない。リョーマが誰より何より綺麗に映し出される その場所。冷ややかな熱を灯す、切っ先の上を歩くような戦場に等しい場所こそ、リョーマが回帰される 場所の筈だ。 リョーマにとってテニスは、呼吸するのと変わりない代物だと、リョーマだけが気付いていない。その 整然とした矛盾が、桃城には痛々しい程だ。 「そうやって、あんたいつだって、俺にテニス棄てさせてくれない」 薄く薄く切り取られてく逃げ道。塞がれていく退路。 「月が地球に落ちてこないのはな、お互い少しずつ、少しずつ、引き合ってるからなんだよ」 絶えず中心に向かって動いて回る、円運動の軌道上。一本の糸のように引き合っているから、一見す れば動いて無いように見えるだけだ。 「あんたって、本当にタチの悪い男……俺を女にして、雌にして、それでもまだ綺麗でいろなんて」 幼い胎内を開かれ、受け入れる機能のない場所を女に作り替えられ、もう桃城以外のことは考えられ ない躯にしたというのに、桃城は未だ諦め悪く綺麗な部分を残したいのかと、リョーマは泣き出しそうな表情で、クスクス笑った。 天に浮かぶ円い月。夜毎姿を変えるその輝きの中、真実は何処に眠っているのだろう? サラサラ光 舞い降りて あなたの行く未来すべて いつの日も 輝きに満ちているように |