| 初 詣 |
「あ〜〜オチビ、何で服着てるんだ」 待ち合わせの駅前の改札で、大石と揃って現れた英二は、自分達より少しだけ早く待ち合わせに来ていたリョーマを見るなり、指を差し不満を漏らし、叫んでいた。 「……服着てるって…」 突然脈絡なく駅前でそんな事を叫ばれて、リョーマは一体何事かと、怪訝なものを滲ませ、英二を見やる。文脈を一切無視した叫びからは、服を着ていてはいけないという言葉しか、当然リョーマに伝わる筈はない。 「アア」 意味の通じていないリョーマの隣に立っていた桃城は、英二の声に半瞬考え、次に理解したとばかりに笑った。 「着物」 「着物?」 桃城の笑う声に、リョーマは不思議そうに小首を傾げ隣を見上げれば、桃城も英二の科白に納得がいったという表情をしていて、リョーマは益々訳が判らないという表情になる。 「初詣だからな。お前の着物姿、見たかったんだろ」 英二から、隣に佇む頭一つ以上小さい小柄な姿態を見下ろせば、リョーマは細い首を傾げたまま、判らないと言う表情を更に深めている。それに桃城は苦笑する。 英二の科白の意味は通じても、それが何故見たかったという発想になるのか、リョーマは判らないのだろう。 「桃〜〜お前オチビの着物姿、独り占めしただろ」 「それ、どういう了見と理屈ですか、英二先輩」 意図的な英二の科白に、桃城は苦笑する。英二のこういう科白は、文脈を一切無視しているようで、実際は違うのだからタチが悪い以上の何者でもない。 「昨日辺り、オチビ桃の家行ってるだろ」 「来ましたけどね。でもこいつ、着物なんて着てませんよ」 そういえば、着物姿を一度見ておけばよかったと、今更思う桃城だった。 大晦日の夜も昨日も、リョーマは今来ている白いハーフコートを着ていたから、着物姿など見てはいない。桃城も正月に着物など着た記憶はないので、リョーマの着物姿という発想には至らなかったのかもしれない。 コートの下は、奈々子から誕生日プレゼントで貰ったという淡いピンクのウールのセータだったが、白皙の繊細な貌のリョーマに、それは良く似合っている。色白の所為か、リョーマはピンク系統の色が良く似合うし、自分に合う色を自覚しているのか、ただ単純に、母親や従兄弟が買ってくる服に文句を言う程服装に頓着していないのかは謎だが、リョーマは別段苦手意識を持つ事なく、女の子が着るような色の服を着る事に抵抗はない様子だった。 疲れたから行きたくないと、半ば子供と変わらぬ駄々を、ベッドの中でこねていたリョーマを、宥めて引き摺ってきたのは桃城だった。疲れたを強調してベッドに寝転がっていたリョーマの、疲れた原因が誰でもない自分である事を自覚している桃城だったから、不機嫌ではない駄々を捏ねたリョーマの支度をあれこれやいたのは桃城で、だからプレゼントされ、正月用に着なかったという奈々子からの服は、今朝初めて袖を通したものだと知っているのは桃城だけだった。 「俺、着物なんて持ってないっスから」 それは本当だったが、持っていたとしても、寒くて着る気はしなかったし、着てこなくてこの場合正解だろう。着てきたら、英二のオモチャなのは決定だろう。英二にはもれなく不二も着いてくる事は決定事項だから、この場合、夏祭りの時同様、オモチャにされるのは間違いが無い。あの時は浴衣を着て、散々オモチャにされたのだ。『可愛い』という言葉付きで。 「オチビ、着物似合うのに」 残念無念と、英二はリョーマに纏わり付いている。 「浴衣があんだけ可愛かったんだから、着物と羽織りだって似合う筈だ」 グリグリと、リョーマを抱き締めている英二に、助け船を出せるのは、この場合大石だけだった。 「コラ英二、越前が困ってるだろ」 スキンシップの好きな英二が、纏わり付くのはいつもの事だと、リョーマは溜め息と共に英二のスキンシップを許している。そんなリョーマに、大概柔軟になったものだと、見当違いの感想を抱いているのは桃城だった。以前のリョーマなら、問答無用で、英二を引き剥がしに掛かっている。 「だって大石さ、そう思わない?オチビの着物姿、見たかったにゃ」 「英二は本当、越前君がお気に入りだね」 一番最後に現れたのは、珍しくも手塚と不二のコンビだった。そして誰より早く到着して、駅前の喫茶店で珈琲を飲んでいたのは乾と海堂の二人と言う組み合わせだ。 「僕も見たかったな、着物姿」 「嫌っス」 「コラ、オチビ。先輩命令だぞ」 「そーいうの、理不尽って言うんス」 「へぇ〜〜理不尽なんて言葉、知ってるんだ」 関心したように不二が笑えば、リョーマはその裏の意味を読み取ったのか、憮然となった。 「桃にはいつも、理不尽言ってる気ぃするけどにゃ」 「……余計なお世話っスよ」 「英二先輩、不二先輩。あんまこいつの機嫌下げないで下さいよ。今日だって引き摺って来るの、大変だったんですから」 今日の事が有るから、極力疲れさせない様にという姫初めも、手加減されるのは我慢できないとばかりに挑発するのはリョーマだったから、結局貪婪に互いを求め、貪る行為に没頭し、寝たのは朝方に近かった。そんなリョーマが機嫌良く、初詣に出掛ける筈もなく、桃城は結構難渋して、リョーマを引き摺って来たのだ。その苦労は判ってくれと言う桃城だったが、英二と不二相手では、当然同情される筈はない。 「相変わらず、過保護だな、桃城は」 そう笑う乾も、海堂の家まで迎えに行っているから、実はお互い様だという事を、けれど桃城は知らない。 「誰の所為で、機嫌悪いと思ってるんスか?」 チラリと、隣に立つ桃城を見上げ、ボソリと呟けば、 「俺の所為かよ?」 深い苦笑いを浮かべる桃城だった。桃城に言わせれば、その責任の半分はリョーマに有る。少なくとも、桃城は理性と言う言葉で、手加減をしようとはしたのだから。それを拒みも挑発したのはリョーマの方だ。 「ん〜〜オチビ、風邪引いた?」 意味深な会話〜〜とばかりにリョーマの前に立ち、顔を覗き込み英二が問い掛ければ、リョーマは覗き込まれる不快さに攅眉する。 「声、掠れてるね」 英二の半歩後ろに立つ不二が、フォローにもならないフォローを入れる。二人の科白に意味の通じないリョーマは、怪訝にしているばかりだったが、桃城はそうはいかない。英二と不二の科白に、乾いた笑いを浮かべ、蟀谷を掻いている。 「何?」 誤魔化す笑みがバレバレの桃城に、リョーマは答えを求めるように見上げれば、 「そりゃ、桃の口からは、言えないよにゃ〜〜」 英二はリョーマから桃城に視線を移し、やはり意味深に笑っている。けれどその笑みは桃城にしてみれば確信犯のタチの悪い笑みでしかなかった。 「英二先輩〜〜勘弁して下さいよ。マジこいつ帰っちまいますよ」 ベッドから出るのを嫌がるリョーマを、宥めて連れてきたのだ。それだけは勘弁してほしかった。 「愛されてるねぇ、桃」 この面子の中。誰より関係が一挙に進んでしまったのは、案外この後輩二人なのかもしれないと不二は少しだけ複雑になる。 「不二先輩〜〜」 「オチビ、躯辛くない?」 「だから英二先輩、火に油注ぐの、やめて下さいって」 「喉、痛いんじゃない?掠れてるし」 此処に至り、タチの悪い先輩二人の科白の意味が通じたリョーマは、白皙の貌に怒りとも羞恥の為とも判別の付かない紅潮を見せ、桃城を盛大に睥睨した。 「俺は、無実だかんな」 「そのポーズはアウト」 無実だと言いつつ、降参と両手を上げていれば、認めたも同然だ。 「オチビってば、大人になったんだねぇ〜〜」 桃城とリョーマの関係を、知らないレギュラー陣はいなかった。案外早い時期に、そういう関係になった二人を英二達は知っていたが、練習量の激しいテニス部でのリョーマの立場を考えれば、桃城が翌日練習のある時、リョーマを抱いているとは思えなかった。小柄な姿態に見合わぬスタミナを持っているリョーマでも、流石に桃城に抱かれて朝練に来るのは躯が辛いだろう。だから桃城がリョーマを抱いているのは、翌日テニス部の練習がない時程度だろうとも窺い知れた。 その桃城が、今日の行動を頭に入れ、リョーマを抱いているのなら、それほど躯の疲れが残る抱き方をしてもこなかったのだろうと思えたが、勝ち気なリョーマが、理不尽を言っていないとも、英二には思えなかった。 少しだけ疲れた様子を覗かせてるリョーマの事だ。桃城を挑発したのだろうという考え程度は英二にも巡らせられる事だった。リョーマとの関係を、周囲には過保護と言われてしまう程度には、呆れてしまう慎重さで扱っている桃城が、疲れを持ち越してしまう抱き方をするとは、到底思えなかったからだ。 「ちょ…離して下さい」 グリグリと、英二がリョーマに抱き付けば、些か焦った調子でリョーマが英二を引き離そうと身を捩る。 少なくとも、英二の言った科白の幾許かは当たっている。 桃城を挑発したのはリョーマだし、結果疲れているのは、これ以上ない程疲れている。特に腰が怠くて仕方ない。できればレギュラー揃っての初詣など、辞退したかったのが本音だけれど、約束違反は重大だぞと脅されれば、リョーマに他の選択肢などなかった。行かなかった場合、新学期に何を言われるか判ったものではないからだ。 「ん〜〜オチビって柔らかい」 「嫌だってば」 「コラ英二」 本気で嫌がっているリョーマを見兼ね、大石が英二を引き剥がす。 「だって大石、本当にオチビ柔い」 「そりゃ越前は、子供だからな」 「オチビは子供だけど、子供じゃないよ大石」 そこん所は、間違ったらいけないんだぞとばかりに大石に反駁する英二に、大石はハイハイと判ったような判らないような返事を返す。 「お前達は、まったく駅前で何をしているんだ」 集まった面子の、駅前でするには些か常識が欠落しているように感じられる会話内容に、手塚は眼鏡の奥から鋭い視線を投げると、夫々に切符を差し出した。 「居ないと思ったら、流石手塚」 賑やかな面子はほっといて、どうやら切符を買いに行ったらしい手塚の行動など、不二は視界の端にちゃんと止めていた。 「もうすぐ電車が来るから、移動するぞ」 こんな局面ですら、自分達を纏めるのは手塚なのだと思えば、部長は、何処まで言っても部長なんだなと、奇妙な方向性で関心するリョーマだった。 「どした?」 先頭を歩く手塚を眺め、そして隣を歩く桃城を見上げ、そんなリョーマの視線に気付いた桃城が、気遣うように声を掛ける。無理をさせてしまった自覚は有るから、桃城の歩調はいつも以上にゆっくりだ。 「桃先輩、部長程、統率力あるのかと思って」 「そりゃ無理だ」 反駁もなく、自分の科白をあっさり肯定する桃城に、リョーマは少しだけ呆れた顔をして見せる。何も一言で肯定する事はないだろうに。 「部長と比較されても、怒る気もしねぇな」 来学期から、桃城はテニス部部長になる。エスカレーター式の青春学園では、他の中学のように高校受験に眼の色を変える事はなかったから、誰もがギリギリまで部活をしている。けれど新学期に突然引継ぎもなくテニス部を統率できる筈もなく、手塚は桃城に三学期から部長職を引き継ぐ事を決定していた。 それ以前に、二学期開始早々から、海堂と二人、副部長の大石の補佐もさせられ、立場というものについて勉強させられてきたのだ。その時、痛感したのだ。大石が居たからマネージャーは不要だったのだと。そして今の今まで。大石が担っていた仕事の半分は、確実にマネージャー業だったから、誰もが副部長の仕事は、それらのものを兼務するものだと思っていたが、その落差の違いに、桃城も海堂も、レギュラー内では温厚な大石の、その卒の無さは、化け物じみていると理解したのだ。 針の穴をも通すと言われる大石の精巧なプレー同様、その性格もまた精巧なものだった。そしてだからだと、理解もしたのだ。大石と言う卒のない人間が居るから、手塚は部長業だけをしてこられたのだと言う事も。 自分と海堂が、二人の後を引き継ぐと言う意味を、桃城はあの時性格の理解した。けれど手塚に部長職を任された桃城自身、自分に手塚程の統率能力などない事も自覚しているから、リョーマの科白にいちいち反駁する気力など皆無と言える。 「余裕じゃん、桃先輩」 「何処がだよ。手塚部長の後だぞ後。余裕なんか有るわけねぇだろ」 「だって、気負いがないから」 桃城から前方を端然とした歩調で歩く手塚に視線を移す。 手塚の後など引き受けたら、大抵の人間はそのプレッシャーから気負うに違いないだろう。それでなくてもテニス技術は高校級と言われ、その名前がカリスマ的に全国規模で知れ渡っている手塚の後など、並大抵の精神では引き受けられない。引き受けても、常に比較される事を考えれば、気負いと力づくが前に出る。けれどリョーマの眼から見て、桃城からはそんな気負いなど何一つ感じられなかった。 気安い笑顔の内側に、桃城が何を考えているのかなど判りはしないが、桃城からは手塚の後を引き継ぐという気負いは感じられない。そうと見せいだけないのかもしれないが、見せない事の難しさもリョーマは心得ているので、だからやはり桃城は気負いがなく、余裕がある様にみえるのだ。それは自らのスタイルを自覚していなければ、できない余裕だろうから、それは桃城の真骨頂なのかもしれないとも思う。 「お前のソレは、買い被りって言うんだ」 肩までしか届かない小柄な頭を、桃城はクシャリと掻き回す。 「………桃先輩、やっぱ曲者」 自覚しているスタイルを、それでもそうと言う事ができるから、タチの悪い詐欺師なのだ。リョーマが普段葉遊びに紛らせているその科白は、別段、根拠のない科白ではなかった。 「詐欺師で悪党でヒトデナシのタラシ」 「オイ…」 突然何を言い出すんだと慌てる桃城だったが、遅かった。 「そうそう、桃なんてタラシで曲者だからな」 「英二先輩〜〜」 少し前を歩いていた英二が、可笑しそうに振り返り、会話に混ざる。少しはフォローをしてくれてもという桃城の内心の叫びなど、この場合綺麗に無視されるのは言うまでも無い。英二は完全に事態を面白がっているのだ。 「オチビも気を付けなきゃ」 既にレギュラー面子にはバレている桃城との関係だから、今更隠す必要もない。ないから、リョーマは桃城と英二が呆れる科白を口にした。 「……もう遅いっスよ」 優しい男なんてサイテーだと、リョーマは大仰に溜め息を吐けば、 「オチビ、本当大人になっちゃったんだねぇ」 さめざめと嘯き笑う英二だった。 結局、英二とリョーマの言葉遊びの肴にされている桃城は、反駁など更に話題を提供するだけなのを心得ているから、口を噤むという、それなりに賢い選択をしていた。 「ア〜〜〜リョーマ様」 私ってラッキー、そんな付属品の叫びが先行して聞こえてきそうな少女の叫びと笑顔が、狭くないホームに響き渡る。もうすぐ電車が到着するという管内放送より明るい声を張り上げリョーマを呼んだのは、リョーマ様私設ファンクラブ会長を名乗る小坂田朋香だった。その朋香の隣には、テニス部顧問の竜崎の孫娘に当たる桜乃が立っている。 「着物着て、何処行くんだ?」 綺麗な着物姿にお構いなく、二の腕を見せ手を振り回している朋香に半分苦笑しつつ、笑顔を向けるのは桃城だった。 いつも桜乃と一緒なのを見掛けるが、引っ込みじあんな様子の桜乃より、朋香の方がテニスは似合うように桃城には感じられた。 「明治神宮に」 ちょっと朋ちゃんと、窘める声と仕草で、朋香の着物の袖を引っ張っているのは、やはり着物姿の桜乃だった。 新年早々学校以外で想い人と遭遇するという僥倖に、幾許の緊張と嬉しさで、白皙の貌を桜に染めている。 「やっぱ女の子は、着物が綺麗だね」 フェミニストではない不二も、後輩の周囲に群がる二人の顔には見覚えがありすぎて、穏やかな笑みに称賛を口にする。まして一人は顧問の竜崎の孫だから、見覚えなど有り過ぎる。 ピンク地の桜乃の着物と、朋香の赤い着物。お揃いの巾着を持って並んでいる二人は、確かに人目を引く。元気の有り余っている朋香も、黙って立っていれば、世間一般的な可愛い女の子だ。 「先輩方は、何処に?」 おずおずといった声で、桜乃が不二を見上げた。 黒いロングコートを優雅な仕草で纏っている不二に、リョーマに想いを寄せる桜乃も、頬を染めている。テニス部レギュラー面子は、こうして私服になってしまえば、リョーマ以外の誰もが中学来には見えない、落ち着き払った態度を持ち合わせていた。 「僕達も同じだよ。明治神宮。一緒に行こうか」 「いいんですか?」 邪魔ではないだろうかと、桜乃はリョーマを窺えば、リョーマはまったく桜乃を気にした様子もなく、桃城の隣でホームの先を凝視している。 リョーマに、賛辞を求めるのは無理だと判っていても、多少なりともの言葉が欲しいと思う桜乃に、罪はないだろう。けれどこの場合、リョーマに賛辞を求めるのは、無駄以外のなにものでもない。そう言った気遣いまで、お世辞が言える程、リョーマは大人ではなかった。 「構わないよ。ねぇ手塚」 「ああ、一緒の方が、楽しいだろう」 「でも…」 とても構わないと言う口調では手塚の声に、不二の申し出を辞退しようとする桜乃に、 「手塚は、感情表現が下手なだけだから。気にしなくていいよ。後輩の事は可愛いって人間だから」 言葉にも表情にも出される事のない手塚の内心を、不二は正確に理解している。厳しい面ばかりが強調されている手塚は、人間コンピューターと言われる乾以上に、部員個人個人を把握している。それだけ、後輩の事を気に掛けているのだと知っているのは、不二以外では、顧問の竜崎くらいのものかもしれない。 「不二、人を情緒障害のように言うな」 些か憮然とした手塚は、けれどやはり外見から窺えるものは何一つ無かった。それでも、不二の軽口に反駁する手塚は、彼女達の距離から、今まで知り得なかったものだから、それはある意味、新鮮なものとして映った。 「手塚の場合、似た様なもんなんだから」 判ればとても感情を読む事は容易いだろうが、判るまでには時間が掛かる。そして人並みの独占欲を持ち合わせている不二にしてみれば、手塚の表情の内側など、自分が読めれば問題ないと思っているからタチが悪い。 派手な音を立て、電車がホームに滑り込んでくる。急行も各駅停車も停車する青春台駅は、此処から少しの距離で地下鉄も通っている連絡駅だから、普段ならそれなりに客足があるが、正月二日という日付では、利用客も少なかった。 着物姿の二人を半ばエスコートするように、不二が器用に電車に乗せ、後に海堂と乾、大石と英二が続き、最後に桃城が少しだけ疲れた様子を見せているリョーマをさり気なく庇い、電車へと乗り込んだ。 正月の参拝客は毎年一位という明治神宮は、最寄り駅を降りた時から、神宮に向かう人で賑わっていた。渋谷、原宿と、子供の集まる場所柄は、けれど正月ばかりは家族連れも多く見られた。 最寄り駅から神宮まで、正月ならではだろう、様々な屋台が建ち並び、リョーマは珍しげに見て歩いている。 桜乃と朋香は、リョーマの少し前をやはり周囲を見渡し歩いているが、行き交う女の子達の視線が、連れ立つ人間に向けられている事にはすぐに気付いた。 良いも悪いも、テニス部レギュラー陣は人目を引く。中学生らしからぬ端然とした姿は、外見の良さも手伝って、周囲から視線を集めている。夫々一人で歩いていても人目を引くだろう所にもって、集団で歩いていれば、周囲から視線を浴びても当然だろう。けれど彼等はそんな事にも慣れているのか、集中する視線を気にした様子もなく、闊歩している。 引っ込み思案の桜乃にしてみたら、見目よい彼等の中に混じっている自分は、場違いな気がして仕方なかったが、隣を歩く朋香は別段気にした様子もない。 「夏祭りと同じ」 ボソリと呟かれた声に、桜乃はチラリと背後を振り返る。 振り返った視線の先には、のんびり散策気分で歩いているリョーマと桃城が居た。仲が良いのは判っていたが、こうして部活を離れた場所でもセットなのが、桜乃には不思議だった。 そしてフト、桃城について回る近頃の噂が脳裏を掠めた。 「でも良く見てみろよ。あん時はかき氷だのラムネソーダだの、冷たいもんがメインだったろ?」 それがリョーマの率直な感想だと桃城には判った。 夏休みに入ってすぐの事だ。学校は夏休みでも、テニス部はお盆以外は練習があるから、毎日顔を合わせていた。青学の近所の公園で夏祭りが有ると聴いた英二が、やはり皆で遊びに行こうと言ったのが切っ掛けで出掛けた縁日だった。夏祭りの縁日自体が初めてと言うリョーマは、興味深げに見て回り、この面子の中では、当然花より団子状態で、踊りより食い倒れがメインになり、リョーマは屋台で様々なものを食べて回った。当然、その大半は、桃城の奢りでだ。 桃城に言われて周囲を見渡せば、確かに夏祭りは冷たい物がメインなのに対し、今は寒い冬の季節に合った、温かい食べ物や飲み物ばかりで、甘い匂いが混じって流れてくる。 「桃先輩、アレ買って」 リョーマが指差した方角には、クレープ屋があった。甘い物が好きなリョーマらしいと、桃城は笑った。 「お参りしてからな」 「ケチ」 「んな事言ってると、買ってやらないぞ」 クシャクシャと、大きい手が、リョーマの髪を慣れた仕草で掻き回すのに、やはり桜乃は不思議そうな顔をしている。 「桜乃?どしたの?」 そんな桜乃の様子に気付いた朋香が、不思議そうに声を掛けた。 「リョーマ君と桃城先輩、部活以外でも仲いいんだなって」 問われて慌てて朋香に向き直ると、今度は朋香がリョーマを眺めた。 一人っ子のリョーマにしてみれば、面倒見のいい桃城は兄のようなものなのだろうか? それは桜乃には判らなかった。けれど並んで歩く二人は、兄弟と言う雰囲気ではないように感じられた。尤も、桜乃自身一人っ子だから、逆に兄弟だったらどうなのかと言うのは、今一つ判らない。判っている事と言えば、周囲に無頓着で興味の薄いリョーマが、誰より馴染んで傍に居るのが桃城と言う程度の事だ。 「確かに仲いいね」 リョーマ様ファンクラブ会長を自称する朋香にしてみても、性格ネコ科のリョーマが、誰より懐いているのが桃城だと言う事以外、判るものなど何一つない。 そんな彼女達の想いなど余所に、桃城とリョーマの会話は続いている。 「大体、大晦日にお参りしたじゃないっスか」 寒い夜、桃城と歩いて参拝に行ったのだから、何もこうして疲れた躯を引き摺って付き合う事もないたろう。それでも、参加しなかった場合、新学期早々英二の訳の判らないスキンシップの標的にされてしまう事だけはリョーマも学習していたから、こうして付き合っているのだ。 「願掛けなんて、何度したって、意味なんてないじゃん」 「何度でもいいんだよ」 「所詮自分に刻むものだって、桃先輩言ったくせに」 「反芻できて、いいだろ?」 文句言うんじゃないよ、そう笑うと、 「お参り終わったら、クレープでもタコ焼きでも買ってやるから」 そうして、やはり指先に馴染む感触の、髪をクシャリと掻き混ぜる。 もう既に桃城のこの仕草は癖のようなものだから、リョーマも振り払う事などしなかった。 どう言い繕っても、感触が心地好いのは誤魔化しようもない事だったからだ。 「本当、桃、オチビに甘すぎ」 すぐ前を歩いていた英二が、二人の会話に呆れて振り返る。桃城がリョーマに過保護で甘いのは判りきっていた事だが、極至近距離でその会話を聴いてしまっては、呆れるなと言う方が無理だろう。英二にしてみれば、所詮それは恋人同志の会話にしか聞こえなかったからで、そのくせに、二人にその意識がまったくないと言う事が、判ってしまう。英二にしてみれば、呆れも二乗と言うところだ。 「それなら、大石先輩だって、菊丸先輩には極甘じゃないっスか」 「コラ越前」 「俺は桃程、甘くないよ」 リョーマの恐いもの知らずな科白を窘めたのは桃城で、突然話しを振られたわりに、冷静に対処したのは大石だった。冷静なプレー同様、大石が余裕をなくす事は、多くはない。 「俺は別に、甘くないっスよ」 「自覚ないからな、桃は」 流石の大石も、フォローする気はない様子で、桃城の科白に少々の呆れを滲ませている。 「桃先輩のは、したくてしてる気苦労だから、いいんスよ」 同情もフォローも必要なしと、リョーマは嘯いた。 「桃、本当、甘すぎ」 そんな科白を笑って許してしまえる程、今の桃城は随分成長してしまったのだと、奇妙な感慨を英二は味わう羽目になった。 1年前、まだ入学したての桃城は、決起盛んな子供だった。ライバルの海堂と張り合いテニスを競い。それは今でも変わりないが、リョーマの言うように、手塚の後を引き継ぐ気負いも何も感じられない余裕、みたいなものが、今の桃城には滲んでいた。 後輩の中では誰より気さくに付き合える。けれど気付けば、もう随分大人めいた表情をして、リョーマを見てる事に気付いたから、精神的に随分成長したのだろうと言う事も判った。 「でも俺思うんスけど。極甘なのって、実はあの二人、なんじゃないっスか?」 リョーマが意味深にアノ二人と指し示した方向には、言葉少なに歩いている乾と海堂が居た。 「乾は、そりゃ虎視眈々と海堂狙ってた口だから」 「フーン」 「でも案外、乾が一番甲斐性ありそうだけどな」 さり気なく海堂の練習メニューを組み、細かい微調整をしてやりと、案外乾はこまめだ。そしてそんな乾を、海堂は決して嫌がってはいない。案外一番スムーズに纏まっている二人かもしれない。 「そんで一番甲斐性ないのは、アレとコレね」 「………」 「事実っスね」 「お前、フォローしろよ」 アレとは手塚で、コレとは当然桃城だった。 「手塚は、不二が判ってるからいいんだよ」 感情を言葉に出す事が苦手なのは、実は手塚とリョーマは良く似ている。二人の合方も、その当たりを十分心得ているから、別段問題はないのだろう。 「それ、フォローになってません。大石先輩」 「どーせ俺、判らないから」 大石の科白に、途端憮然となるリョーマに、拗ねるなと、溜め息を吐く桃城だった。 「でも桃先輩が甲斐性ないのは、いつもの事だから」 「………お前なぁ〜〜」 「いつもの事って言えちゃう程、日常茶飯事で、いつもくっついてるって事だにゃ」 正鵠を射る英二の科白に、やはりリョーマは憮然とし、桃城は深々溜め息を吐き出した。 英二のタチの悪さと言うものを、リョーマは痛感した気分だった。 |