一人一人それぞれの想いを集めて
一つ一つ重ねてく
それが大きな力へ
その日英二は、青春大の付属である動物病院に緊急呼び出しで駆り出され、帰宅したのは5時を回
っていた。
「大石〜〜〜ただいま〜〜〜」
中学時代からアクロバティックプレーには定評のあった英二も、仕事で使う体力が別だと流石に疲労
するのか、マンションの扉を開きながら、ヨレヨレの声で帰宅を告げる挨拶をするのに、大石はキッチン
から顔を出し、笑顔で出迎えた。
「お疲れさん」
「疲れた〜〜〜」
もう駄目と、大石の笑顔に出迎えられ、英二は玄関を一歩上がったフローリングの床の上で、バタンと
倒れ込んだ。
「コラ英二、そんな所で寝るなよ」
大袈裟に玄関先で倒れ込んだ英二に、大石は苦笑すると、アイスティーができてるよと、英二の躯に
手をかけた。
「にゃんで?」
俯せで倒れ込んだ英二は、大石の台詞にキョトンと顔をあげた。
中学当時には毎日頬に貼ってあったカットバンも、社会人になってから、それが英二の頬を飾ることは
なくなっていた。けれど相変わらずネコのように瞬く瞳と、台詞回しは健在で、時折帰国する桃城やリョ
ーマに、変わらないと苦笑を誘われている英二だった。赤味がかった撥ねた髪も健在で、それが尚更、
桃城やリョーマに、英二の変わりなさに安心するのかもしれない。
「ん?」
キョトン瞬きを繰り返し、凝視してくる視線の前に、相変わらずネコの瞳みたいだと大石が思っているこ
とを、けれど英二は知らない、
「にゃんで俺が帰るの判った?」
タイムリーに、好物のアイスティが淹れられていることに、英二は疑問だったらしい。
随分前から公休を申請し、今日という土曜は休みだった為、昨夜は同棲相手の大石と、色々楽しんで
しまった為、寝たのは朝方だった。今日は昼まで寝た押して、それから近所を散策しながら買い物して、夕食を食べて出掛ける予定だった。その予定を思いきり崩してくれたのは、同僚からの緊急呼び出し
だった。
「亜久津が電話をくれたよ」
「ヘッ?」
「休みの所呼び出して悪かったってな」
「あいつ〜〜〜それ謝るのは、大石じゃなくて、俺にじゃん」
途端憮然となる英二に、きっと罪はないだろう。
世の中何が起こるか判らないという見本のように、亜久津が青春大の獣医学部で級友になった時、世
の中の不思議を思ってしまった英二だった。尤も、中学生当時の亜久津を知っていれば、それは無理
からぬことだろう。どう考えても、亜久津と生命の現場というのが、英二には理解できなかった。
中学生当時の亜久津は素行が悪く、よく喧嘩をして問題を起こしていた。けれど亜久津とは高校まで
一緒だったという千石や、亜久津の後輩の壇 太一などに言わせれば、その選択も亜久津らしいと笑っ
たから、彼を知る周囲の者には、別段亜久津が獣医という道を志したことは、珍しいものではなかったら
しい。そして同僚として一緒にいれば、亜久津が実は動物好きだと判るから、根本的な部分で、もしか
したら亜久津は海堂と何処か似通っているのかもしれないと英二には思えた。海堂も外見とは裏腹に、
かなりの動物好きだったことを、英二は知っていたからだ。そしてオペの腕前はかなりのもので、メス捌
きは尋常ではなかった。案外手先が器用で、外科向きだということも判った。気心が知れとしまえば、
案外きさくに付き合えてしまう性格だとも判る。どうりで中学当時、河村が亜久津と付き合えた訳だと、
長年の謎の一つが解けた気分の英二だった。
「まぁまぁ、亜久津も悪かったと思って、早めに帰してくれたんだろう?」
憮然となった英二を宥めると、大石は動物病院から帰宅する英二の為、タイミングを計って淹れたアイ
スティーを差し出した。
「ホラ、英二の好きなアイスミルクティーだ」
「サンキュー」
「それ飲んだら、シャワー浴びて、夕飯までゆっくりしてていいよ」
「ゴメン大石、今夜食事当番俺だったのに」
思い出したように起き上がり、差し出されたアイスティーを一口飲むと、英二は大石の前で項垂れる。
「こんな時は、お互い様だろう?」
ポンポンと優しく英二の頭を撫でてやる大石は、中学生当時から、英二を甘やかすことに遺憾内才能
を発揮する。それは何処か桃城と共通する部分があることを、けれど大石自身に自覚がないから、始末
に悪い。
桃城が中学当時から、リョーマを甘やかすだけ甘やかしていたのは、当時のテニス部員にはあまりに
有名で、それは桃城が三年になれば、桃城の友人知人の多くは、過保護すぎると呆れて溜め息を吐く
程、周知の事実として認識されていた。
それに対し、大石の英二の甘やかしがあまり周囲に呆れられなかったのは、二人は黄金ペアとして
大抵一緒に行動するのが誰からも当然だと受け入れられてしまっていたからだ。
学年も同じで、何より全国大会に出場した黄金ペアだ。ダブルスを組む以上、必要不可欠なのはコン
ビネーションだ。言葉に出されることもなく、相手の反応を瞬時に読み取れ行動できなければ、ダブルス
は成立しない。だから二人が常日頃一緒にいても、あまり誰も気に掛ける必要はなかったのかもしれな
い。尤も、当時の三年レギュラー陣は、彼等がダブルスを組んだ経緯や、その後急接近した二人の精
神的距離というものを、間近で見ていた唯一の目撃者達だけから、既に桃城やリョーマがテニス部入部
してきた時には、すっかりできあがってしまっていた大石と英二の関係に、口を挟むのも莫迦莫迦しくな
っていたというのも、起因してはいたのだろうけれど。
気紛れで気分屋。明るいムードメーカーでありながら。その内面は案外と繊細な英二をコントロールで
きる許容量を持ち合わせているのは、大石くらいだと、当時から言われていたのだと、けれど大石は知
らない。
「ん〜〜じゃぁ、お願いしちゃおっかなぁ。次は俺が大石の大好物作るから」
「今夜は熱いから、あっさり素麺にして、付け合わせに天麩羅でも作ろうかなと思うんだけど」
「あ〜〜いいじゃん素麺と天麩羅。んじゃぁ俺シャワー浴びて手伝うよ」
「じゃぁ、手伝ってもらおうかな」
寝不足で呼び出されて、それでもしっかり駆け付け、緊急で運び込まれた動物の手術をこなしてきた
のだろう英二の疲れは、むしろ精神的なものだろうと判るから、一緒に他愛ない会話をして、これから会
う懐かしい人達とのことを思い出すのは、精神の疲れを回復させるのかもしれないと、大石は英二の頭
をクシャリと掻き混ぜた。
「だったら片付けは俺がやるから、大石はシャワー浴びて支度してたら、きっと丁度いい時間だにゃ」
懐かしい顔ぶれとあう久し振りの時間。そして今夜はただ会うだけではないのだ。そう考えれば、疲
れも消えてしまう。
「楽しみだにゃ」
「そうだな」
どれ程の時間が流れても、きっと昨日まで当たり前に会っていたように感じるのは、彼等にだけだ。
時間的距離を感じさせない存在というものは、嬉しいものだと、大石は笑った。
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