「アレ、オチビ、何飲んでるの?」
部活終了後、部室で着替えるより先に、愛用のファンタを飲んでいた。そのリョーマに、英二が不思議そうな顔を向ける。
「?何って、いつものファンタっスよ?」
「アレ?越前君、知らないんだ」
「ハッ?」
英二の横で着替えていた不二が、やはり面白いネタを見つけたように顔を向けるのに、リョーマはベンチに座ったまま、キョトンとした顔を見せていた。
「桃〜〜もしかして、桃も知らないんだ」
「なんスか?英二先輩」
ロッカに背を凭れたまま、スポーツ飲料を呷っている桃城に、英二は『ダメだにゃ』と意味深な笑顔を向けた。
その3−6コンビの言動と意味深な笑みの前に、桃城とリョーマは互いに顔わ見合わせ、そして不思議そうに英二と不二に視線を移した。
「ファンタピーチ」
桃城の疑問に答えたのは、3−6コンビの二人ではなく、乾だった。
「期間限定なのかな?夏になると出るだろ?アレだよアレ。桃味のファンタ」
「そんなん出たんスか?」
それは知らなかったと、桃城がリョーマを振り返れば、リョーマはファンタグクレープを飲んだまま、半瞬憮然とした表情になった。
「ファンタ大好きの越前に、桃味のファンタ。意味深だよにゃ」
「飲んでみたくならない?」
綺麗な貌に意味深な笑みが張り付く様は、不二を知る者なら、辞退したい代物だった。
「別に」
此処で掴まってしまったら、格好の肴になる自覚は、いい加減この個性豊な面々の中でレギュラーをしているリョーマにも、判ってきた事だった。
綺麗な外見に相反し、不二の性格は案外捩れている。ついでに言うなら、味覚は崩壊しきっている。
そして3−6コンビの片割れの英二は、後輩に対しての面倒見は良く、桃城と二人、テニス部のムードメーカになっている、気軽に話せる先輩ではあるが、時折とんでもない発言をしてくれるのだ。特別不二と英二の二人が組んでの会話は要注意だと言う自覚くらい、リョーマにもあった。
此処は黙って興味が殺がれるか、人身御供を差し出すかの二者択一と言う事になる。
リョーマの視線が桃城を見上げた、瞬間。その視線の意味するところを明確に読み取った桃城は、思わず乾いた笑いと共に、視線を泳がせた。
不二と英二の肴になるのは、遠慮したい桃城に、罪はないだろう。掴まったら最後、当分そのネタで遊ばれるのは、火を見るより明らかだ。それが二人の後輩に対しての悪意のない戯れだと知ってはいるが、知っている事と、遊ばれたい事はまた意味が別になる。
些か心臓によろしくない二人の言動は、全速力で逃げ出したい程度には、辞退したい代物ではあった。
「桃もさ、飲ませたくならない?」
悪魔の囁きのように、英二が桃城の耳元で笑って問い掛けるのに、リョーマの貌が憮然となった。
「ハハハ……」
『飲ませたくなる』の意味は、きっと違うのだろうと判ってしまう桃城は、乾いた笑みを引きつって浮かべ、ついついロッカーに懐いて脱力してしまう。
現在、幸いと言うべきか、不幸と言うべきか、部長の手塚と副部長の大石の姿はない。
乾の特別メニューをこなしたレギュラーが居るだけだ。それはある意味で、『ストッパー』となるべき人間がいない。そう言う事を示している。
海堂は、当然会話に加わる事はないが、巻き添えはゴメンだとばかりに我関せずを決め込んでいた。
「別に、今更っスよ」
憮然とした一本調子の声で、リョーマは英二と不二に淡如に口を開けば、桃城は『オイオイ』と焦った調子でリョーマに声を掛ける。
『下手な反駁は命取りになる』 『口は災いの元』
大して国語の好きではない桃城の脳裏には、そんな諺と造語が駆け巡った。
「………今更……」
流石の英二が、リョーマの即答に絶句する。絶句し桃城に視線を移せば、やはり桃城は乾いた笑みを浮かべ、視線を泳がせている。
「ゴールデンっとか言うジュースでもあれが、いいっスね、菊丸先輩」
「………オチビ生意気〜〜」
「越前も言うなぁ」
「乾!感心するな」
「八つ当たりされてもなぁ」
乾は苦笑する。
「別にいいじゃないっスか。ジュースは知らないっスけど、酒なら金粉入りのあるし。今度いい日本酒、差し入れますよ」
「オイオイ越前」
引きつった笑みを浮かべ、桃城がリョーマの腰掛けるベンチに近寄ると、
「桃先輩、帰り買って」
グイッと桃城のジャージの裾を引っ張った。
「………日本酒か?」
みかけによらず、リョーマは酒が得意だ。一体アメリカでどういう生活をしていたんだと、桃城が脱力したのは記憶に新しい事だ。ついついボケタ事を口走ってしまう桃城だった。
「晩酌したいなら、今夜ウチ来ます?親父夏でも冷やより燗だけど。ビールは水って人間だし」
「…………否、だからな」
別段本気で口走った訳ではない。そんな事、リョーマとて判っている筈だ。だからこれは言葉遊びなのだと判る。
「越前、案外辛口?」
「そうっスね」
「って事は、相当好きだね」
「乾先輩、そんな事データにしないで下さいよ」
「桃先輩が、バカ言うからっスよ」
「判った判った、買ってやるよ」
「やっぱ飲むんじゃん、オチビ」
「試しに」
「今更なんじゃないの?」
茶化したように不二が笑う。
「味覚崩壊しきってる不二先輩には、判らないっスよ」
ツンッとそっぽ向くリョーマに、不二は綺麗な笑みを崩さない。
味覚が崩壊している自覚は今更らしい。尤も、不二本人に、何処がどうと判る筈はないのだけれど。
「試しに俺も飲んでやる」
報復とばかりに、リョーマの背後に回った英二が、リョーマの細い首に片腕を回し、戯れ始める。
「おとなげないっスよ、英二先輩」
スキンシップの大好きな英二の事だ。理由を付けて、リョーマを構い倒したいだけなのだ。
「うるさい桃。第一桃の教育がなってないから、オチビがこんな生意気なんだ」
「こいつの傍若無人な言動に、責任なんて持てませんよ」
苦笑する。
リョーマの言動など今更で、態度は更に今更でしかない。それでも、リョーマの悪意のないそれらに、レギュラーの面々が不快になる事はない。
「桃が甘やかすからだにゃ」
「英二先輩、ソレ理不尽って言うんです」
呆れた桃城が苦笑した時だった。
「………お前達、どうしていつもおとなしく帰れないんだ?」
気配も音なく部室の扉を開いた手塚は憮然として、大石は苦笑して、立っていた。
「俺は大石待ってたんだにゃ」
「僕は手塚を待っててあげたんだよ」
不二が莞爾と笑うと、
「………頼んだ覚えはないが…」
深い溜め息を吐き出して、手塚が口を開いた。
□
南次郎は、自宅近くのコンビニに陳列された新発売のジュースの前で、笑いを噛み締めていた。けれど幅広い肩が微妙に揺れているのに、けれど不審がる従業員はいなかった。
「越前さん、何か面白いものありました?」
顔見知りの女性従業員が、気さくに声を掛けてくるのに、南次郎は笑いを噛み締め、背後を振り返った。
南次郎は、桃城以上に、人に構えさせない、開放的な笑顔を振り撒く事に長けていた。
そして青学テニス部顧問の竜崎スミレをして、クワセ者と呼ばれてしまう、桃城が足許にも及ばないクワセ者だ。飄々と他人の心理に入り込むのが巧かった。
そんな南次郎だから、自宅付近のコンビニの店員と顔見知りで気さくに声を掛け、掛けられ、懇意になるのに時間はかからない。そう言った、他人に構えさせない才は、天性のものだろう。
だから黒い作衣で飄々と足音一つ立てずに店内をうろつく南次郎の姿を、不審がる店員は一人もいない。まして代理住職を預かる寺は、南次郎が来て以来。その開放的な天性のタラシの要素でもって檀家数を獲得しているから、尚更だろう。
「いやねぇ、この『ファンタピーチ』ってのがな」
夏冬になると、期間限定の飲料水が増えるが、今年は大笑いな飲み物が発売されていると、南次郎は500mlのペットボトルを示している。
「それが何か?」
当然の事ながら、店員には南次郎が笑いを噛み殺す理由など判る筈もない。
「リョーマの奴がな、ファンタグレープが好きなんだよ」
ジュースばかり飲んでいい筈がないが、言って聴くリョーマではない。たまには牛乳を飲めと言っても、元々牛乳が好きではないリョーマが素直に飲む筈もなく、相変らずファンタグレープを好んで飲んでいる。
確かにテニスは伸長でするものでは決してないが、成長時期にジュース類ばかり摂取していていい筈もない。
「へぇ〜そうなんですか?」
リョーマが、自宅付近でジュースを買う事は珍しいので、店員は当然リョーマの嗜好品を知る筈はない。
リョーマがファンタを飲む場所は、大抵部活後で、これも当然のように桃城の奢りと決まっているから、リョーマがコンビニでファンタを買う事は極稀だ。
「ああ、そんでな。ファンタピーチってのがな」
クツクツと笑う南次郎は、扉を開き、そのペットボトルを取り出した。
ほぼ無色の白桃のファンタ。
「あいつがな、今付き合ってる奴ってのが『桃城』ってのでな、そいつの名前が一字が入ってるファンタかと思うと」
既に桃城と言う男を知ってしまっている息子に見せたら、さぞ盛大に嫌がるだろうと、南次郎は笑う。尤も、親としては、感傷的な部分は当然盛大に在りはするのだけれど。
「それは、確かに可笑しいですよね」
「だろ?」
クツクツ笑うと、南次郎はファンタの他に摘みとビールを持って、レジへと向かった。
□
「お前もな、本当に負けん気が強いっていうか、勝ち気って言うか、喧嘩早いって言うか」
相変らずの二人乗りの帰宅途中、桃城はクツクツ笑い、ハンドルを握っていた。
アレから、手塚に早々に追い出され、レギュラーは帰宅している。そういう手塚は、当然不二と帰っていた。
夏に近付く夕暮れは、それでももう随分陽が傾いていた。
「本当じゃないっスか」
幅広い肩が揺れているのに、リョーマは忌ま忌ましげに桃城の髪をクシャクシャに掻き乱す。
「俺に当たるな」
セットするの大変なんだぞと言う桃城は、けれど苦笑しているだけで、止める気配は微塵もない。
「でも思ったんスけどね」
桃城の髪を掻き乱す手を止め、不意に思い出したようにリョーマが桃城の髪の毛に指先を埋もれさせながら、言葉を繋いだ。
「んん?」
「乾汁」
「ハッ?」
脈絡なく飛び出したリョーマの台詞に、桃城はその乾特性ドリンクの味を思い出し、危うくバランスを崩しかける所だった。
「危ないっスね」
「お前が恐ろしいもん、思い出させるからだろうが」
アノ野菜汁を『美味しい、コレお勧め』と、笑って飲み干せる味覚崩壊者は、不二だけだ。
「俺達乾先輩の野菜汁やら乾汁やら飲んでるじゃないスか」
「…………お前、日本語は正しく使えよ。飲んでるんじゃなくて、ありゃ飲まされてるってんだ」
「煩いっスよ桃先輩。細かい事に拘る男は、嫌われるっスよ」
「………お前な…」
「海堂先輩は、俺等より遥かにオリジナルティの高い代物、飲んでるって事っスよね」
「…………お前のその発想聴いたら、海堂は怒るか再起不能になるか、どっちかだな」
そんな事を考えていたのかと、桃城は脱力する。とても海堂には聴かせられない発言だ。
「恋人の造る特性ブレンドドリンクなんスから」
「………お前な…海堂に間違ってもその台詞言うなよ。第一ありゃ俺等も飲まされてるだろうが」
「だから、乾先輩、造る気なら、特性オリジナルブレンドは簡単に造るなって」
「……………」
否定できない事実が、こんな単純に転がっていたのかと、桃城は海堂が一瞬憐れになった。
ファンタピーチに反応していた乾の事だ。カップリングジュースとか、意味不明なモノを作り出しそうではあるし、造らないと言う否定ができない所が、恐ろしい部分でもあった。
「どんなのっスかね。ファンタピーチ」
「………お前、そんなに飲みたい?」
「だから試し」
「……何か…お前の意味深すぎ」
「桃先輩のが、深読みしすぎ」
何処までも言葉遊びの会話が心地好い。そう思う二人だった。
□
「あらリョーマ君、久し振りね、今帰り?」
「うぃっス」
自宅付近のコンビニに入れば、知り合いの店員が親しげにリョーマに声を掛けてきた。
それに素っ気なく挨拶すると、リョーマと桃城は店内のジュース売り場へと入って行く。
「オイ越前、あったぜ。コレだよコレ」
目敏く500mlのペットボトルのファンタピーチを見つけた桃城は、面白そうにソレをリョーマに手渡した。
「奢りでしょ?」
手渡されたソレを一本だけ、レジへと持って行く。
「ファンタでピーチ、こりゃ確かに笑えるな」
無色の白桃のファンタ。ましさく自分だと、桃城は笑う。
「何かエロ親父みたいっスよ」
「だって面白ぇじゃん。白い桃で白桃って言うたんけどな、響きだけなら『しろ』と『もも』でよ。逆にしたら『ももしろ』だろ?」
「……………あんた心底バカ?」
駄洒落なのか半ば本気なのか判らない桃城の台詞に、リョーマは心底呆れた貌をして見せた。
「アラ、リョーマ君。コレさっきお父さん、買ってったわよ」
「親父が………?」
レジに一本だけファンタピーチを持って行くと、店員にそう言われ、リョーマは途端攅眉する。
父親が目敏くソレを見つけたという事は、帰宅したらどうなるかなど、彼の息子を10年以上していれば、考えずとも判ってしまう。
「付き合ってる子が、いるんですって?」
「………アノ、バカ親父……」
何も知らない店員の笑みに、リョーマは地を這う不機嫌さでボソリと呟いた。
「ファンタ大好きなリョーマ君の付き合ってる子が『桃城さん』って言うって、ファンタピーチは面白い名前だって、買ってったわよ」
「………ハハハハ…」
桃城としたら、もう笑うしかなかったけれど、リョーマはそうは行かない。
「あんのクソ親父…」
不機嫌絶好調のリョーマの声が、呟かれた。
顔面ツイストサーブを不意打ちしてやると、内心吐き出すリョーマだった。
□
「どうよ?」
揶揄かわれると判っていて、二人で連れ帰る自虐趣味は生憎持ち合わせてはいないリョーマと桃城は、自宅を通り越し寺の境内に居場所を見付け、落ち着いていた。
「中途半端な味」
ペットボトルに口を付け、数口飲んでのリョーマの感想だった。
「だろうな」
蒼い闇の中。上下する白い喉元が、奇妙に煽情的だった。
「ちょい味見させてみ?」
桃城の台詞に、リョーマは隣に腰掛けている桃城を間視すると、ボトルに再び口を付ける。付けると、桃城の案外彫りの深い造作を包み、口唇を会わせた。
「…ぅん……」
吐息が漏れ、それはすぐに離れて行く。
「中途半端で刺激のない味、桃先輩そっくり」
微炭酸で、甘さばかりがやたら口に残る気がした。決して嫌な味ではないけれど、積極的に飲みたいとは思わない味。
「………何だよそりゃ。中途半端で刺激がない男ってか?」
生温い液体は、確かに刺激の少ない微炭酸で、甘いばかりが印象的な中途半端な味をしている。けれどジュースに自分を譬えなくてもいいだろうと、リョーマの台詞に桃城はガクリと頭を垂れた。
「あんたいつだって、セックス手ぇぬくじゃん」
向き合った格好で、スルリとリョーマの細い両腕が桃城の首にねだるように回る。
ネコの眼のような双眸が、クスクス笑いを含んで、桃城を眺めている。
「あのな…気遣いって言えよ」
研ぎ澄まされた双瞳が反転する。
試合最中は研ぎ澄まされた、冷ややかなばかりの双眸が印象的だと言うのに、こんな時のリョーマの視線は妖冶なばかりの熱を映し出す。
細い腰を抱き寄せれば、トサリと軽い音を立て、華奢な躯が胸へと落ちてくる。
「だから俺はそれが大嫌い。気ぃ使うくらいなら抱かなきゃいいのに」
そう口を開いて、褐色の肌に口唇を寄せる。頭上で、桃城が苦笑したのが判る。同時に、節の在る長い指先が、愛しげに髪を撫でて行く。
「それでも、欲しいんだよ」
欲しい、けれど傷付けたい訳では決してないのだ。それでも欲しくて手を、腕を伸ばし、番う事がやめられない。そんな時、まさしく自分は雄だと思い知るのだ。
最初こそ、触れ合う関係に至る以前。感じたリョーマへの情欲に嫌悪さえ湧きはしたが、今はそんな嫌悪を抱く余裕もない。
「欲しいから欲しい。単純な筈じゃん」
あんたやっぱバカ、リョーマは薄い笑みを刻み付け、埋めた首筋から顔を上げる。
「欲しいって言うのは、お互い様だから」
スルッと、桃城の首に絡めた片腕を離すと、ひどく淫靡な仕草で指先が桃城の体躯を滑り、
「オッ…オイ越前」
「してあげる」
指が股間に伸び、ニンマリとした笑みが綺麗に刻み付けられた。
「いい、お前はんな事するな」
自分でリョーマにするのはいつもの事でも、逆は桃城にしてみればあまりさせたい行為ではなかった。
「飲んで上げるって言ってるの」
学生服のズボンの上から慣れた仕草でジッパーに触れた途端。
「コラ、お前はおとなしくファンタ飲んでろ」
慌てた桃城が、リョーマの手を外させる。
「ホラ」
してやったりと、リョーマが笑うのに、桃城が深々溜め息を吐き、脱力する。
「お前な…」
「中途半端なんだから」
「俺がな、どんだけ」
「ハイハイ、『大切にしてるか判ってるのか?』ってんでしょ?当然判ってますよ、っんなもの。壊れものみたいに、大切にされてる自覚なら在りますから」
「可愛くねぇな」
大仰に溜め息を吐き、ガクリと肩を落とす桃城だった。
「だからネコで猛禽が好みなくせに。そのくせ中途半端で刺激がないったら」
「………お前どんな刺激欲しいんだよ」
訊いたら最後、要求はとんでもないと知りつつも、此処はやはり訊かない訳にはいかないだろうと、桃城は脱力したまま口を開けば、
「こーんな既製品のジュース飲ますより、自分の飲ませようってな男とのセックス」
ペロッと淫猥に舌を出すリョーマに、深々脱力した桃城に、罪はないだろう。
「…………お前……それは中学生としてどうなんだよ………」
その台詞はねぇだろ、桃城は脱力したままリョーマを引き寄せた。
「あんたは?こんな刺激のない桃のジュース俺に飲ませて、満足してる訳?」
引き寄せられ際、桃城を押し倒し身を乗り出し、真上から覗き込むリョーマの眼差しは、何処か真摯なものを秘めていて、桃城は苦笑する。
「お前の眼、本当語るは」
スルリと、乗り出し覗き込んで来る繊細な貌に片手を添えると、そのまま後頭部に腕を回し、引き寄せ際態勢を入れ替え、小柄な姿態を横たえた。
□
「大体さ、菊丸先輩も不二先輩も、自分達だって姦る事姦ってるくせに、人の事揶揄って」
情後、乱れた衣服を整える事もせず、リョーマは桃城を人間座椅子宜しく胸板に身を凭れ、思い出したように憮然と口を開いた。
「ガキすぎ」
「………喧嘩っ早いお前に言われてもなぁ」
胸に背を凭れボヤくリョーマに、桃城は情後で乱れている衣服を器用に腕だけを前に回して整えてやりながら、クツクツ苦笑する。
「俺やっぱピーチよりグレープが好み」
「ハイハイ判ったよ」
だから間違っても、ファンタピーチは買ってくるな、そういう事で、リョーマに甘い桃城の事だ。練習後、リョーマにファンタを奢ってやっているのは日課となっていた。それはそれで互いに倖せなのだろう。
「ピーチは桃先輩だけでいいや」
取り敢えずね、リョーマはチラリと背後を振り返り、クスクス笑う。子供のようでもあって、けれど綺麗な笑みが、桃城を更に苦笑させる。
「殺し文句だな」
「安いね、相変らず。この程度で殺し文句なんて」
衣服を直していく腕を取り、口許に持って行くとペロリと舐め上げる。
「オイコラ、擽ってぇって」
「気持ちいいの間違いでしょ?」
右手の人差し指を口内に含み入れ、軽く歯を立て、吸い上げた。
□
「オー青少年、随分遅かったじゃねぇか」
あれから、桃城と散々戯れるように戯れていたリョーマは、帰宅早々、意味深な笑みをしている父親に出迎えを受けていた。
「親父……」
今までの気分の良さが一挙に吹き飛ぶ父親の意味深な笑みに、リョーマの機嫌は加速度を付け、急降下していた。
「お前今まで何してた?んん〜〜?リョーマ君。お父さんに話してごらん?」
「親父、近所で下らない事言い触らして、息子困らせてんじゃない」
「下らない事か?真実だろ?俺は何一つ間違った事言ってないな」
「ファンタピーチの何処が真実だって?笑わせるね。あーんな中途半端で刺激のない味。全然桃先輩と違うね」
「言うなお前も」
息子の勝ち気な即答に、南次郎は苦笑いを刻み付けた。
変れば変るものだと、思わずにはいられない。
「当然」
冷ややかに笑うリョーマは、父親の横を通り過ぎようとして、仔ネコの襟首を掴むように掴まれ、
「リョーマ君」
「スケベ親父丸出しの笑い方だね」
ニヤニヤ笑う父親の笑みに、リョーマの機嫌は益々低空して行く。
「桃の香りがするな」
「そりゃぁね」
わざとらしく鼻を鳴らす父親に、襟首を掴む手を払いのけ、
「ピーチはピーチでも桃先輩で間に合ってるから。間違っても、あんな中途半端な味の飲み物、俺に突き付けないように」
あんたのする事なんてお見通しだね、酷薄な口唇に笑みを刻み付け、リョーマは部屋へと向かった。
「まったく、甘やかされて我が儘になってく一方だなあいつは」
青学一のクワセ者なのだと聴いたし、自分の眼から見ても、桃城の外面と内面の落差は判るつもりだ。開放的な笑顔の裏に隠されているクワセ者度と言うものは。
バカみたいに甘やかして、リョーマが大切にされている事など、あれだけ感情の起伏を他人に預けて覗かせるリョーマを見ていれば、簡単に判ると言うものだ。
「まったく、惚れられたもんだな」
華奢な姿。けれどもう男を知っているのかと思えば、父親としては頂けない感傷も抱くけれど、感情の波さえ覗かせず、テニスを手段に使っていたアメリカ当時のリョーマより、余程今は生き生きしている。
「ファンタピーチね」
冷蔵庫に冷やしてあるジュース。あれはやはり自分が飲んで終わりだろうと、甘い類いが苦手な南次郎は、肩を竦めてリビングへと戻って行った。
|
|