中途半端の類似性3







「いちいち待ってないで、先に帰ってて言いと、何度言わせるんだ」
 近頃繰り言のように言っている台詞だと、手塚は大仰に溜め息を吐いて見せた。
「だから手塚もさ、諦め悪いね。待ってるって言ったら、待ってるのなんて、判ってるのに」
 クスクスと不二は綺麗に笑って、更に手塚に溜め息を吐かた。
「お前達が残っていると、ロクな事して遊んでいないな本当に」
 部室の外に響いていた楽しげな笑い声。いつもの事だと近頃では諦めてもいる。
もう言っても無駄だという諦めと、幾許の投げやりが出来る程度には、手塚も成長しているのだろう。杓子定規の性格では、個性豊な人員を抱えるテニス部部長など、やってはいられない。
「部内の友好関係が良好なのは、部長としては、喜ぶべきなんじゃない?」
「お前達の場合、微妙に友好が違うな」
 不二の言うのは間違ってはいないだろう。
部内の友好関係がスムーズならば、運営もスムーズに行く。
けれど不意゛の言う友好関係は、些かの態で捩じれている事を知らない手塚ではない。
 大抵その肴にされているのはリョーマで、そしてそれを苦にして負けてはいない。だから可愛がっているのだと、知ってはいるのだけれど。
「違わなくはないと思うけどね」
 どんな意味でも、友好関係が気付かれない場合より、余程良いだろう。
「それで?」
 テニスを離れた場所で相対すれば、不二の伸長は随分と低い。テニスだけを視るなら、とても小柄だとは思えない不二のプレーは、高校級と称される手塚の眼からみても、天才だった。
 リョーマが時折口癖のように言う台詞。テニスは伸長でするものじゃない。まさしくそれは正論なのだろう。
「って何?」
「今度は何をネタに、越前で遊んでたんだ?」
「やっぱり手塚も聴きたいんじゃない」
「微妙に捩じくれたお前の友好関係とやらは、把握していないと、惨事になりかねない」
「素直じゃないね、本当に君も」
 クスクス笑うと、不二は口を開いた。







「お前と菊丸は、どうしてそういう事で息が合うんだか」
 不二から経緯を聴いた手塚は、額に手を当て、溜め息を吐いた。
何かと気苦労の多い部長職だが、部活を離れた場所でも、気苦労は絶えない。
「だってさ、ピッタリだと思わない?」
「越前の好きなファンタに桃味か……」
 ヤレヤレと、手塚はらしくない程、数度目の溜め息を吐き出した。
「まったくお前達は」
「余興だよ余興。何事もね、楽しむ余裕がないとね」
「一歩間違えれば、お前のソレは苛めだ」
 尤も、不二が相手を判断もせず、そういう遊びを仕掛ける事はないと、手塚とて判ってはいるのだ。
「それでも越前は負けてないからね。喧嘩っ早くて、アレじゃ桃も大変だね。甘やかし放題甘やかして、我が儘言わせて」
 その我が儘すら、聴いてもらえるから言っているリョーマを知っているし、甘やかして我が儘を言わせる余裕のある桃城も理解している。そのくせに、互いの立つ位置やラインに慎重になっているのが、端から見ていると可笑しい程で、ついつい構いたくなるのだ。恋愛発展進行中の二人を見ていると。
「桃城は、他人に余裕を持たせる才能、みたいなものを持っているクワセ者だからな」
 開放的な笑顔は、他人に余裕を作らせる事に長けている。
一つ年下のリョーマを、大切に甘やかして我が儘を言わせ、楽しんでいる桃城を知っている。そのくせに、最終的な部分では、甘やかす事のない厳しさを持っている事も判っていた。
 相手のすべてを喰うように奪い尽くす砂糖菓子のような甘さなど、アノ、クワセ者にはないだろう。
 だからリョーマも安心して甘えているし、我が儘を言っているとも見て取れた。
 最終的な局面では、甘やかす事が愛情ではない事を、二人とも心得ている、そう思えた。判っているからこそ、安心して甘え甘やかしているのだろう。
「まぁさ、愛情の在処を、判っているとは思うよ、桃は」
 甘やかす方が簡単な筈だ。相手の意思も思考も喰うように奪ってしまう事の方が、ラクな筈だ。けれど桃城はそうはしない。甘やかす事がイコールで愛情には繋がらない事を、判っているからだ。
 下らないガキの思考回路で、相手の意思や思考を奪うようなマネを、桃城は決してしないし求めはしないだろう。リョーマもそれが判っているから、安心して桃城に寄り掛かっているのだろう。
「アレでさ、桃が越前を白痴にするくらい甘やかし放題の男で、甘やかして安心している子供だったり、愛情と所有意識を勘違いしているバカで、越前のテニスっていうのが、とどのつまり、父親へのコンプレックスの裏返しと、アメリカで散々貼られてきたラベルとレッテルを、『俺は越前の気持ちが判る』なんて安易に断定して言う奴だったら、鼻で嗤う所だけどね」
「以外だな」
 辛辣を含んだ不二の台詞に、手塚は物珍しいものでも視るかのように、綺麗な横顔を凝視する。
 夏の夕暮れの中。繊細な貌が浮き上がっている。その綺麗さには幾許の棘がある事を、手塚は知っている。けれどその棘が、不二の不二たる所以だとも判っていた。
 不二の綺麗な見たくれに誤魔化されれば、痛い目を見て来た連中を、手塚は知っていた。
 綺麗な華には棘がある。まさしくその言葉が当て嵌まるものだと、関心した事も思い出した。
「君は絶対僕を誤解してると思うよ」
 物珍しいものでも見るかのように、自分を凝視して来る手塚の視線に、不二は少しだけ苦笑した。
 部員の事は乾以上に把握しているくせに、こうして相対していると、その機微には些か疎い面が存在する。
「お前は、そう言う事を、外に見せないからな」
「手塚に言われたくないと思うけど」
 天下無敵の無表情。
『校庭20周』の一言で、個性溢れる部員の口を黙らせる事ができる部長など、手塚くらいのものだろう。
「そうは見えないし、見せないけど、手塚って後輩可愛くて仕方ないんだもんね」
 だからこそ、部員一人一人を、驚く程正確に把握している。それは乾のデータより更に上を行くだろう。現に、誰もを欺く事に長けている桃城の笑顔の盾を見抜いたのは手塚が最初で、リョーマの父親に対する劣等を最初に気付き、そのテニスに力を与えたのも手塚だから、彼はよくよく部員を把握している。そういう事に繋がるのだろう。
 生徒会長とテニス部長を務める傍らで、一体何処にそんな時間があるのか?不二にも謎な事ではあった。
「越前はさ、ネコだけど、猛禽の鉄爪隠し持ってるし」
 おとなしく、愛情の鎖に繋ぎ止めておく事は難しいだろうリョーマの性格を、桃城もよくよく判っている様子で、互いの距離を慎重に扱っているのが良く判る。
「海堂はさ、越前や君と違って、努力の人だからね。努力する事で安定して成長しているタイプだし。乾が付いてるし。英二と大石に関しては、言う必要ないしね。手塚としては、来学期には桃と海堂に部を託して、柱に越前据えたいんだろうけど。痛い所だよね。ウチッてば結局僕らの次の世代が、三人だからね。かなりきついよね、桃達は」
「不二」
「そういう事、考えてないように見えた?」
 凝視してくる手塚の視線に、不二はクスリと綺麗な笑みを浮かべた。
「考えてるよ、多少はね。テニス部の事。自分の事、色々とはね。答えなんて当然未々出ないんだけど。テニス部はさ、本当に次は致命傷にならないといいなって思うよ。実力主義のウチだけど、桃と海堂と越前以外、主力選手が居ないのも、かなりきついと思うし」
「そうだな、大石や竜崎先生とも、その話しはよくしている」
 確かに杞憂と懸念はその部分に有る。
今はいい。レギュラは揃っている。凌ぎ合い、実力を伸ばし成長する事はできる。けれど次の世代はどうだろうか?考えると、実力を持つ選手は、3人になってしまう。
「頭が痛いよねぇ。今だって、ダブルスには些か人員欠いてるって言うのに」
 そう告げて、不二の視線が遠い眼をした。
傾く夕日。喧騒の中、通り過ぎて行く人の群。
「どうした?」
 不意に黙り込んだ不二に、手塚が怪訝に声を掛けると、不二の視線が手塚に戻って、ゆっくり口を開いた。
「手塚はさ、留学の件、どうするのさ?」
「…知ってたのか?」
「ホラ、やっぱりさ、手塚は僕の事随分誤解してると思うよ」
「みたいだな」
 知られているとは、思わなかった。
「勿体ないと思うけどね、手塚の実力なら」
「未だよく判らないな。テニスを続けたいとは思うが、それを生活の手段としてプロになるのかと言うと、まだな…」
 苦笑する。       
迷っている。誰の事も言えない自覚など、多大にある。迷う事は必要だと判ってはいるし、プロになるなら迷っても迷いたりない事など百も承知だ。テニスが好きだというただそれだけの理由でプロになれる程甘くもなければ、それで報酬を得て、生活できる程甘くない世界だとも判っている。
「別に其処まで飛躍しなくてもと思うけど。越前のお父さんに訊くって手もあるし」
「……そうだな……」
 テニス界を震撼とさせ、畏怖と畏敬で称賛され付いた名が 『サムライ南次郎』。
「行っておいでっていうのは、安易に聞こえるかもしれないけどね。戻る場所があるなら、幾らでも世界に飛び出して行けるんじゃない?」  
「不二……?」
 『戻る場所』考えた事もなかった。
「迷って傷ついてもさ、人が飛び続けていられるのは、戻る場所がちゃんと有るからだって言うよ。若いうちはさ、そういうのも悪くないんじゃない?試して挑戦してみるのって。手にしたチャンスは、活かして初めて価値が出るもんだよ、違う?価値を出すのも出さないのも、結局自分次第だと思うよ」
「活かして価値が出る…その通りだな」
「好きって言うのが、最大の強さだとも思うけど」
「お前は、怖いくらい見透かすな」
 隠している内心など、綺麗に見透かして行く不二の台詞に、手塚は今更この傍らを歩く人物を眺めた。
「越前見てれば判るじゃない?テニスが好きで楽しいって全身で言ってるじゃん。越前のテニスに力を与えたのは君なんだし、テニスは楽しいものなんだって思い出させたのは、君なんじゃない?」
「不二は買い被りすぎだ」
「そうでもないと思うよ。あんな個性豊な連中を纏めていられるのなんて、手塚だからなんだろうし」
「俺一人じゃ無理だな。大石が居てお前も居て、いつも助けられている」
「ヘェ、手塚でもそんな風に思っててくれたんだ」
「………お前こそ、俺を誤解してるぞ。人を感情のない機械みたに思ってたんじゃないんだろうな」
「それはないけどね。ホラ、手塚ってばさ、アノ時は案外情熱的だし」
「…………不二……」
 ガクリと、らしくない程脱力する手塚が見られるのも、不二だけだろう。
「色々さ、気苦労が多いよね」
「どうせ、好きでしている気苦労だと、お前は言いたいんだろう?」  
「自覚あるんだ」
 クスクス笑うと、不二はその瞬間生真面目に手塚を凝視し、
「もう少しだね」
「……アア、そうだな」
 夏が始まり、そして瞬くスピードで終わって行く。
夏が過ぎたら、自分達は実質部活は引退になる。
「楽しい居場所だと思うよ」
 帰る場所はそれぞれでも、思い出す居場所は多分今を思い出すだろう。
「戻る場所なんて、案外簡単に在るんだから、やっぱり手にしたチャンスは活かすべきだと思うな」
「お前が、待っててくれるんならな」
 サラリと言うと、手塚は一瞬だけ綺麗な貌を凝視し、前を向き歩いて行く。
「狡いな手塚は。そういう殺し文句、切り札に最後の最後に出して来るんだからさ」
 前を向く眼差しが綺麗だと思う。
高校級と称賛されるテニスのソレラが、努力もなしに手に入るものではないと知って尚。
もう追いつけない自分との距離。
努力だけではどうにもならないものが在る事も、よく判っている。
 見据える眼。未来を見据える瞳の力が綺麗だと思う。
もう追いつけない距離に在るのに、こうして簡単に内側に入って触れて行く見えない手。
 狡いと思いつつ、けれどそれさえ嬉しいのだから始末に悪い。
「何してる?行くぞ」
 半歩後ろで歩きを止めた不二を、振り返り声を掛けると、
「手」
 不二は手塚の声に、スルリと、細い腕を差し伸ばす。
「何だ?」
「手」
「ホラ」
 腕を出せと言う事なのだろう。意味も考えず差し出すと、
握り返された。
「恥ずかしいだろ」
「こうしてさ」
「?どうした?」
「待ってて、上げるよ」
 繋いだ手。握り返した掌中に在る可能性の在処。
居場所なんて、簡単に見付かる。
「あと少ししたらさ、桃もこうして越前の事。送り出す羽目になるんだよ、きっと」
 クスリと笑う不二は、やはり不二だと手塚は思う。
「今夜ウチに来るか?」
「珍しいね」
「居場所の確認くらいさせろ」
「らしくないよ本当」
「お前は肝心な時、何も言わないからな」
「それ程素直じゃないよ、やっぱ手塚は誤解してるよ」
 クスリと笑う笑みが、傾く夕日の淵に、綺麗に溶けていった。




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