明滅する未来2











「アリャ…」
 クレープを片手に二つ持って戻って来て、目の前で繰り広げられる光景は、桃城にとっては十分予想できた光景だった。
「あいつもまぁ、どうしてこぉ目立つかねぇ」
 リョーマと街に出掛ける事は滅多ないが、出掛けたら珍しくもない光景の一つがコレだった。
 自分が女に声を掛けられすぎるとリョーマは言うが、その当人は、また違う意味で声を掛けられる。
 本人に言えば決して良い顔はしないし生意気な口で反駁もしてくるが、本人も自覚している事だから、最後には『別にテニスは身長と体格でするもんじゃないっス』と憮然と告げてくる。他人から見たら、未発達で華奢で小柄なリョーマは、その整った綺麗な容姿から、芸能関係の名刺を渡される事が少なくはない。 
 パッと見た目なら、ボーイッシュな女の子にも見える。すべてに於いて未発達な躯は、けれど年齢に不相応な色があるから、その手合いの関係者は、リョーマを見逃さない。
 何処にでも居るのだ。他人の視線の中心に、意識する事なく来る人間と言うものは。
ソコに在るだけで他人の視線を集めてしまう。それをカリスマと呼ぶ人間も居るし、花と呼ぶ人間も在る。
 けれどそれでおとなしくしているかと言えば、見た目より遥かに勝ち気で喧嘩っ早いリョーマが、黙っている訳はない。
 最初こそ置物が喋っている程度に無視はしても、鬱陶しいと判断した段階で凶悪に転じる。その取り澄ました容貌からは些か凶悪な悪口雑言が口を付く。これでよくアメリカで無事だったと思うが、無事を確かめた事はない。訊くのも怖いので訊かないが、下した鉄槌は何とはなしに想像は付いた。




「あんた眼ぇ悪いの?俺が女に見えるなら、眼科行けば?」
 幾人か群がるその手合いの男に、リョーマは無表情な声を冷ややかに突き付ける。
「俺、人待ってるんだよね。鬱陶しいからどいてくんない?」
 ガードレールに腰掛けて、手持ち無沙汰にしていたのが、いけなかったのかもしれないと思うリョーマは、自分の容姿には欠片も自覚はない。

「今君みたいな、こぉ中性的なコ、受けるんだよねぇ」
 だからさ、取り敢えず名刺だけでも受け取ってよと、馴々しく腕を掴んで来る。

「普通、喜ぶもんなんだけど」
 芸能関係から名刺もらう事は、一種のステータスだろう?
そう笑う。内心に隠しているつもりの下心など丸見えの顔をして。第一普通と言う定義自体、己の足場に合わせ限定されてしまっている定義だから、『普通』の意味など判らない。

「君変わってるねぇ」
 自分の価値に照らし合わせ、世の中の価値を限定する。これ程バカらしい頭の悪い事はない。自分の立つ位置が、それ程価値の在るものだとでも思っているのだろうか?正しいものだとでも、思っているのだろうか?
 確かに世間は多数と少数の数から価値を判断される傾向にはあるが、それがすべてではない。この目の前の男は、そんな簡単な事も判らないのだろうか?リョーマは呆れた。

「俺さ、バカ相手に何する酔興、持ち合わせてないから」
 一瞥に告げると、ガードレールから立ち上がる。


「バカ…」
 子供から、淡如にそう告げられて、きっと大人達は何の事か最初は判断は付かなかっただろう。
 ストンと、小柄な躯がアスファルトに脚を付けて立ち上がった時。大人達は漸く冷笑された内容の意味を理解した様子だった。

「ガキが何言って」
「マダマダだね、皆同じ台詞ばっか」
 冷ややかな視線が一瞥すると、桃城の元へと歩いて行く。
「想像力もなし」
 それでよく芸能なんたらなんてやってるね?酷薄な口唇に哄笑が漏れる。



「越前」
 追いすがってくる相手を牽制し、桃城が大声で呼び寄せる。その桃城の前まで歩いてくると、少しだけ憮然とリョーマは桃城を見上げた。
「桃先輩、毎回いい根性してますね」
 助けてくれない訳ではないが、大抵状況を見極めた時でないと、口を挟んではこない。 
「お前構われるの嫌うし」
 ホイッと、注文のクレープ差し出してやる。やりながら、ゆっくと歩き出す。
初夏の季節も徐々に陽射も傾いて来た。カップルのメッカでは、早くもイルミネーションが輝き始めている。
「都合いいっスね」
 受け取ったソレを、一口齧る。人口の味が、口に広がった。
「助けてって言わねぇし」
「言うと思います?」
「言われてないのに手ぇ出すと、文句言うしな」
「状況によるっス」      
「んじゃ今度からは可愛らしく、『桃先輩助けて』って言ってみ?」
 揶揄ではない笑みが、リョーマを見ていた。
「………本気でっんな台詞、言ってほしいっスか?」
 想像して、鳥肌が立った。とても自分のキャラクターではないだろう。誰かに助けを求める自分など、想像もできない。
「ほしい」
「賞味期間、今この場がいいっスか?」
「オイオイ」
 いざと言う時には腕を伸ばせる位置に居て、ギリギリまで視ていると言うのに、それさえどれ程の苦行か、この小生意気な後輩は知らないのだろうかと思えば、些か報われない脱力に苛まれる。
 決して助けてとは言えない性格をしているリョーマを知るから、いつだって腕を伸ばして何気ないフリで、掴まえる事のできる距離を確保していると言うのに。理性も努力も無駄にしてくれる。
「ねぇ桃先輩、いい加減今日のメインに連れてってよ」
 ショッピングモールをブラブラ散策した。もういい加減デートも堪能しただろう。夜になって、益々カップルが増えてくる。自分の周囲に日常と言う社会が延長線上に継続されている事実にも気付かない、バカなカップルばかりだ。
「まぁもちっとだな」
「疲れた」
「飯食いに行くか?」
「コレ食べてて、飯?」
「オヤツだろ」
「まぁいいっスけど。桃先輩、本当に何処行くんスか?」
「だから秘密」
 桃城はクレープを齧っているリョーマの髪をクシャクシャと掻き乱す。その時に、フラッシュが光った。
「ん?」
「写真?」
 周囲を見渡しても、人ばかりで、誰が何を撮ったのか判らない。観光地なだけに写真を撮る人間は珍しくはない。デジカメも有れば、使い捨てカメラもある。
「誰か写真撮ったみたいだな」
「フ〜〜ン。人ばっかなのに、何撮るんスね?」
「さぁな、さてと、んじゃ飯食いに行って、メインに行くか」
 クシヤクシヤと再び柔らかい髪を掻き乱し、桃城は笑った。










「万華鏡…って、コレっスか?」
「地上115m、世界最大級の大観覧車。ホラ、あのライトアップ、アレなんて100以上のバリエーションだって言うぜ」「万華鏡ってコレ?」
「の一部。万華鏡に似てるんだよ。色々光りで遊んでる所」
 暮れた夜。蒼い闇夜に、綺麗に浮かび上がるライトアップ。周囲のイルミネーションと綺麗にマッチしている。
「男二人がカップルのメッカの大観覧車に乗るなんて、不毛っスよ」
「ホラ、乗るぜ」
 少しだけ並んで順番を待って、二人は漸く回ってきたゴンドラに乗り込んだ。








「ホラ、視てみろよ」
 向かい合ってゴンドラに乗って、桃城は高くなっていくゴンドラと反比例して、小さくなっていく地上の景色を指差した。
「1週約16分、堪能しなけりゃ勿体ないぞ」
「俺が見せたかった万華鏡はコレ」
 顎をしゃくり、小さい窓をの外を示した。
「って夜景?」
 眼下に広がる眺望絶佳の光景は、確かに昼間はゴミゴミしている街とは比べようもなく綺麗だった。まるでオモチャ箱をひっくり返したかのようだった。けれどリョーマには桃城の言う『万華鏡』の意味は判らない。元々万華鏡自体を知らないのだから、ムリもない。     
「似てるんだよな。こうして小さい窓から視ると、切り取って見えるだろ。切り取られた視界に映る夜景、それでも高くなって光景が変わるからな」
「その心って何?」
 単純な意味なら、きっと説明された万華鏡はそういうものなのだろう。子供のオモチャだと言うのだから、単純なものなのだろう。けれどこういう場面で桃城が言う言葉は、大抵が比喩だと言う事も、リョーマは判っていた。
 笑わない眼。不意に気配の変わる眼を思い出す。何処か冷静で、その冷静さに竦む事が有る。たった一つの年齢さに、歯がみする程適わないとも思うのは、こういう配慮だ。
 きっと見透かされている。訊かれないと言うだけで、言葉に出して告げられないというだけで、こうして雄弁に知っていると語り掛けてくる。自分を視る眼は冷たいものではなくて、時折息のつまる柔らかいものばかりを映して注がれている事に、気付かない程鈍くはない。
きっと、桃城が後悔している事は、多数羅列できるとも思う。 
 一番に、自分達の距離の曖昧な関係だと言う事も、判っている。
テニスを競って、ちょっと仲の良い先輩と後輩で、それだけで済んでいたらラクだっただろうに。セックスと言う媒介で快楽だけに耽溺して、一時だけ共犯者めいた享楽を分け与える事のできる手軽な関係だけに満足していたら、きっと傷付かなかった筈だ。ちょっと親密なイケナイ関係、程度で済んだ筈だ。それこそ子供の火遊び、程度に。

『お前は、ダレかに期待、持たせてねぇ?』

 狡いのも卑怯なのも、きっと自分だろう。
放射されてくる気配の柔らかさに、甘えているのもきっと自分。好きだとは思う。その簡単な感情すら、自分は何処か壊れたように、判らない時が有る。何が好きで嫌いで、それ以上に延長される愛や恋など、厄介に等しい。
 無残に鉄槌を下してきた連中と同じように、桃城を冷静に見られない程度には好きなのだと思うし、肌を重ねて感じる熱さは心地好いばかりのものだから、好き以上の好意はあるのだろう。けれど、それ以上にベクトルが伸ばされると、どうも境界は不鮮明且つ、不明瞭な領域に達してしまい、どうも明瞭さを失っていく。確かに線は引かれているし、その線以上に桃城は決して土足で踏み込んで来る事はないから、自分には判らない領域を、桃城は見通しているのかと思える。
 こうして戯れて、いつまで許してくれるだろうかとは思えるが、未だ自分には判らない。
判っている事と言えば、嫌いではない。それくらいだ。重ねる肌の熱さだって、きっと自分は判ってはいない。その奥深い意味は何一つ。
 リョーマは、長い吐息を吐き出した。
見透かされている怖さ。脆弱な脚下が竦んで行く思いだ。
「まぁお前はさ、そうして小生意気にテニスしててくれりゃ、安心なんだけどな」
 リョーマを見ずに、切り取られた視界を見下ろして、桃城は独語のように呟いた。
「安心って?」
 何がどう安心なのだろう?不安材料など、ない筈だ。
断片的要素で話す事のない桃城の言葉は、時折こうして判らない時が有る。
「お前のテニスさ、この前から、変わったよな」
 変わった要因は、手塚に有ると判らない程鈍くはないが、何をしてリョーマのテニスに力を与えているのかは判らない。
ただ推測は付く。
 手塚がらしくない端然さで断言した言葉。

『だしとしたら、越前のテニスは、越前南次郎のコピーです』

 深慮深い手塚にしては、珍しい淡如さで告げた冷ややかな声だった。
多分手塚は手塚なりに、リョーマを考えて、何かしらの行動を起こしたのだろう。思慮深い手塚にしては、珍しいとも思えるが、確かにコピーに埋もれさせるには、リョーマのテニスの才は天性のものが有る。それさえも、磨かなくては原石で終わる。その事を、手塚は憂慮したのだろう。
 越前のテニスに直接的に力を与える要因を作ったのは手塚だろう事は疑いようもない。それに大して腹が立つとか、悔しいとか、子供じみた感情の発露はない。それが成長に必要な要因であれば尚更だ。
 ただ自分は、何をしてやれるだろうか?そう思っただけだ。バカみたいに、そう思っただけだ。何をしてやれるだろうか?繰り言のように。
 リョーマのテニスに、手塚程、力を与えてやれるものはない。自分に出来る立場は、弁えているつもりだった。
「桃先輩、俺がどうして人込み苦手か、教えてあげようか?」
 何処までもバカで優しい。本当に、バカみたいだ。
自分の事ではないのに、どうしてそんな顔をしているのだろう?バカが付く程、優しい男だ。
「俺がアメリカで言われ続けてきたのはね、自分のテニスを否定される事ばかだったよ」
 落ちる声は、静かなものだ。淡々とした冷ややかなものはなく、ただあった事実を静かに話している声をしている。
「なんだそりゃ?」
 其処で始めて、桃城はリョーマに視線を向けた。
静かな淵に佇むかのようなリョーマの声を、桃城は初めて聴いた。普段は呆れる程小生意気なくせに、こんな時ばかり静かに出られては、返す言葉が見つからない。
「親父は元プロで、ビデオでしか知らないけど、確かに天衣無縫の天才だったと思う。だから俺はいつだって複製品、だったよ」
「複製品?」
 その台詞に、桃城の顔に一瞬だけ、険しいものが滲んだ。
「『アノ越前南次郎の息子』」
 言われ続けてきた。
「お前……」    
 付随される言葉。偉大な父親を持つ子供だけが持つ苦悩。
同じ経験をした事などないので、理解出来ると言う言葉はあまりに安易だ。ただリョーマの味わうソレを、自分はかつて味わった事はある。優秀な刑事だった父親は、今は出世して都内の凶悪犯罪を扱う警視庁捜査一課の管理官を勤めているから、
『将来は父親のような』そんな言葉は多々言われた事はある。
「誰も自分は必要とはしていないって言われてる気がした。レプリカでいいってね。越前南次郎のテニスを正確に再現できる存在以外、必要ないって言われてる気がした。当然親父はそんな事微塵にも考えない奴だからさ、ただ純粋に俺にテニスを教えてくれたよ。俺だって最初はテニスが面白くて楽しくて、手や脚みたいに、単純に話す手段の媒介と同じように、楽しかったよ。きっと今でも言葉よりテニスは俺にとってはコミュニケーションだと思う」
 きっと父親は何も言わず、そうと気付かない部分で、見ていてくれたのだと思う。今更思う、今だから思える。出掛けに言われた言葉だ。
「だから一時はテニスの楽しさより技術の吸収ばっかに視線がいったし、試合しても勝って当然、みたいな部分も有ったし。親父に勝つ事は、俺を取り戻す事だって、疑ってなかった」
 いつかそれだけが、手段になっていた事にも気付かない程。
「だから、そう言われ続けてきて、人に会うのが鬱陶しくなった。まぁ別にそれが全部ってわけじゃなかったけどね」
 テニスに割く時間を削ってまで、他人と付き合う面倒を感じてしまう程度には、性格的に面倒は嫌いなのだ、自分は。
「だから、桃先輩はさ、テニスって言う媒介なしでも、俺見てくれようとしてるし」
 言葉ってやっぱ不便だ、そう思う。話す事は元々が苦手だ。いらない言葉まで威勢で話してしまいそうで、リョーマは其処で口を閉ざした。
「俺は、越前のテニス好きだぜ。勝ち続けようとするテニスは、プレイヤーなら当然だし」
 何処まで、言葉で伝わるだろうか?伝わってくれるだろうか?自分が掲げる願いなど、微々たるものなのだと。
「怖いだろ?」
「怖いっスよ」
 テニスが好きだと改めて実感して、コピーではない自分を求めてくれる人が居て、初めて勝ち続けて行く怖さを思い知る。自分は今何処に、立っているのだろうか?立ち尽くす影に、不意に身動きできなくなる程、怖くなる。
「ウチが毎月ランキング戦やってるのってな、それもあんだよ」
「レギャラー選抜だけじゃない?」
「バアさんは流石に年の甲だぜ」
「まぁ確かに……」
 自分の父親の背を押し、世界へと向き合わせてくれた恩師だと、以前一度だけ聞いた事が有る。普段は『クソババア』としか憎まれ口を言わない南次郎が、たった一度だけ、恩師と言った。自分が青学に行くと決まった日だ。
 あの時の父親の憧憬を滲ませた眼を見て、不意に父親の初恋の人かと思った。きっと初恋だったのだろうと思えたのは、出会って接して竜崎の性格を知ったからだ。父親好みだ。
「ランキング戦な、負ければ即レギュラー落ちだろ?毎月やってるから、そりゃチャンスは月に1回は回って来るんたけどな。毎月あるって事は、毎月勝ち続けて行く強さも要求されるって事と同義語だ。レギュラーを降りたくなきゃな。誰だって、レギュラーになりたいから、チャンスは多ければ多い程いい。けどそれは勝ち続けて行く強さを試される事でもあるんだ。まぁ俺もな、最初はそんな事気付かなかったけどな。勝ち続けて行く強さと怖さ。この怖さに負けないようにな。青学は全国区だ。勝ち続けて行く強さは、怖さがなくちゃきっと活かされない。なぁ越前、俺達が今知らなくていい言葉って、何だと思う?」
「言葉?知らなくていい?」
 リョーマは半瞬考えて、
「迷い?」
「外れ」
「悩み?」
「悩みと迷いがなかったら、成長しねぇだろうが」
「んじゃなんスか?」
 訳が判らない、小首を傾げて問い掛けてくる眼差しに、桃城はその無自覚な警戒心のなさに、苦笑する。
 整った綺麗な貌を凝視して、一呼吸の間を起き、桃城は口を開いた。
「限界」



「……なんか……桃先輩、変…」
 内心に走った衝動を悟られたくなくて、リョーマは軽口を叩く。
「悪かったな」
 端整な苦笑が刻み付けられる横顔を眺め、リョーマは不意に桃城の隣に移動する。
「限界か、なんかいいっスね、ソレ」
「ねぇ桃先輩、本当は俺に何見せたかったの?」
「アレだよ」
「夜景?」
 さっきも聞いた台詞だ。
「血が流れてるって良く言われんの、お前知ってる?」
「血?」
 キョトンと考えて、
「アア、テールランプ?確か静脈と動脈に例えられたりしますよね」
「生きてるって、意味なんだろうな」
「街が?」
「街を象っているヒトが」
 警察官をしている父親が、よく言う台詞だ。
「考えてみた事ない」
「まぁそうだよな。俺はよく親父から聞かされてきたからな」
「警察官、でしたっけ?」
「ああ、まぁ今は現場捜査からは、離れちまってるみたいだけどな」
「フーン」
「光が流れてるだろ?街を流れてる血だってな。良く言ってる。そんで思い出したんだよ。
お前に何か見せてやりたいって思ったんだけどな。多分俺にはこれくらいしか、見せてやる事なんて思い付かなかったしな」
「桃先輩さ…」
 グイッと、夜景を見下ろす顔を引き戻す。
「オイ、痛いぞ」
「甘やかしすぎだと思わない?」
「思わない」
「バカだね」
 即答に、リョーマは肩を竦めた。
「万華鏡な、俺的には未来って意味もある気がすんだ。クルクル視界によって光が変わってさ。未来って、決められてるもんじゃなくて、掴み取るもんだって思うし、色々な道筋に明滅するものは有ると思うし。だからな、俺はこうして見下ろす夜景って、巨大な万華鏡みたいだって思うんだよ」
「明滅する未来?限界に恐れたら、ソコでアウト?」
「そっ」
 勝ち続ける怖さ。それでも立ち竦む事なく見極めて、向き合う強さが有るのなら。
 いつだって、掲げる願いは幼稚なもので、見極める怖さに押し潰されても、勝ち続ける怖さは強さになる。
 迷って足掻いても、勝ち続ける強さは、未来へと進もうとする意志でしかない。意志なくしての成長もまた有り得ない。
 いつだって、未来を掴み取る掌は、進もうとする意志、それだけだ。迷って足掻いて、時には目指す先に有るものに立ち尽くしたとしても。
 視点と位置。立ち尽くす領域によって諸々に変わる、明滅する光。
「桃先輩、やっぱ人でなし」
 視線を合わせて、いつか応えられる日が来るだろうかと考える。この優しい男に、正面から応えられる日は。
 立ち尽くして、見極めて。掌中に在る無限を限界に限定せずに。テニスと同じく、応えられる日が、来るだろうか?
「なぁ越前、夜景ってさ、希望って気ぃしねぇ?」
 ヒトが生きている街。息づく街。未来を歩こうとしているヒトが住む街。流れて行く血。息づく呼吸。
「希望?」
「希望ってな、生きる為の力だぜ。未来を夢見る力だ」
「感傷的だね、桃先輩さ」
「お前が安心させてくんねぇからだよ」
「やっぱ、心配してたんだ」
 小さく笑うと、スルリと、ネコのような仕草で、桃城の首に両腕を巻き付ける。
夜景は徐々に近付いて、もうあと少しで地上に到着する。
「常識人じゃ、なかったのか?」
「こんな夜、カップルばっかで、他に眼なんて言ってないでしょ?自分達の事に夢中で」
「まったく、この性悪」
「そういうのが、好みなくせに」
 笑う笑みに、色が灯る。 
「挑発して…」
 しらねぇぞ、桃城が笑う。首に回る細い腕。並ぶ細腰を引き寄せ、細い頤を掬い上げる。
「ぅんっ……」
 甘く色付く吐息。触れる口唇の温もりに安堵する。可笑しい程、安心してしまうから、やはり『好き』以上なのだろう。
重なる口唇を更に貪り、そう思った。



明滅する夜景の光は、万華鏡に似ているのかもしれない。
立ち尽くして視る位置によって、色も光も変わって行く。
手の中に在る無限の光と何処か似ている希望の光り。
明滅する未来を見極めるのは、いつだって前へ進もうとする意志でしかない。












「ただいま〜〜」 
 いつもは『お帰りなさい』と出迎えてくれる従姉妹の菜々子の姿は見えない。大学から、帰っていないのだろうか?
リョーマは玄関からリビングに入っていくと、
「オ〜〜青少年、待ってたぞ」
 縁側に寝っ転がっている父親が、ひどく楽しげに手招きをした。
「俺用ないから」
 こういう時の父親は、要注意だ。
リョーマはクルリと背を向ける。その背に、やはりひどく意味深な笑みを漏らす南次郎の声が掛かった。
「気を付けろっていったろ?」
「何?」
 意味深な苦笑を滲ませている南次郎の声に、リョーマは背後を振り返る。
「ホレ。これな〜〜んだ」
 愉しげにリョーマに見開きで開いた雑誌を見せた。
「ア〜〜〜〜〜ッッ!」
 南次郎が喜々として開いた雑誌には、リョーマと桃城が映っている。             
「なんで…」
「迂闊な奴だな。これ今回の特集だぞ」
 ご丁寧に、ページを指で挟んで閉じて、表紙まで見せてくれた。
 
『特集!街で見掛けたベストカップル』

「少し暗いし、お前呆れる程無防備だからな。こりゃカップルにしか、見えねぇなぁ」
「アア〜〜〜」
 其処に至り、リョーマは昨日の桃城とお台場に出掛けた時。突然たかれたフラッシュを思い出す。 
 誰を、何を撮っているのかと思ったが、まさか自分達を撮っているとは思わなかった。
「まぁ、楽しいデートだったみたいだしな。エスコート、ちゃんと仕込んでもらってきたか」
「クソ親父…」
 ボソリと呟くと、
「ベッドの中で、1から10までしてもらってるよ」
 嘘か本気か判らぬ顔と声で、酷薄な口唇に意味深な笑みを飾り立てると、リョーマはリビングを出て行った。
「まったく、何処まで本気の台詞かねぇ、あいつも」
 ベッドの中、1から10まで、何処まで本気にとればいいのか、つい息子の性癖を心配してしまう。
「まぁそれでも、こうして無防備な顔して笑ってんだから、ひとまずOKなんだろうな」
 盗み取りされた写真の中のリョーマは、呆れる程警戒心を手放している。ダレかと一緒で、呆れる程無防備な姿が、見て取れる。
「まだまだだな」
 南次郎は雑誌を閉じると、再びゴロリと縁側に寝転んだ。





【コメント】
 ダレだあんたらッ!つい叫びたくなるキャラクターになってます。リョーマさんと桃城さん。
愛すべき探偵達のド修羅場に何とかメドが立ったので、息抜きに書いた話しがこれと言うのは、何かモロ探偵達に影響されてますね、キャラクターが。
リョーマさんは稀代の名探偵的思考だし、桃城さんは完璧西の探偵に思考を浸食されとる。南次郎さんは何処はかとなく、怪盗の気配が漂っているし。ウ〜〜ム。まぁでも概ね書きたい事は書けたかな?リョーマさんが南次郎さんにあそこまでムキになる理由。これでいつでも心置きなく、アメリカの話しが書けるな。そいやコレね、番外付きます。南次郎さん編。




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