岸和田以南
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貝塚市 | ・ 平成12年祝日改正に伴い、体育の日が10月第2月曜になった為、祭礼日はその前日(日)、前々日(土) となる。 ・ 平成5年、市制施行50周年記念曳行。5月に「太鼓台と地車の饗宴」と題して市内全地車が参加した。 ・ 毎年の貝塚市観光協会の祭礼ポスターには、3地区当年の当番町が掲載される。 |
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麻生郷 |
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+ 麻生中町はかつて中村と呼ばれた。南郡のうちに同じ中村があった為改称。 + 東町は貝塚市編入時に嶋村より改称。 + 海塚町の町名旗は梅鉢&巴紋、交差旗は巴紋と梅鉢紋の対、地車紋は梅鉢紋で統一されている。 吹きチリには市章の意匠が一部取り入れられている。(以前の纏も) * 堀町にはかつて菅原神社があり後に合祀。地車、装飾品に至るまで梅鉢紋で統一。 |
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* 堀町、東町、海塚町、小瀬町、久保町、半田町、麻生中町、石才町の8町より成る ・ かつての祭礼は10月4、5日に行われていた。 ・ 当番順は、パレード順と同じで毎年1町ずつ繰り上がる。(H17年頃にパレード輪番順が改定) 堀(H20)→東→石才→久保(H23)→海塚→半田→小瀬→麻生中 ・ 初日の午前曳行にて、堀町と東町が並走を行なう。並走場所は吉兆〜たこぼうず間。位置は毎年交互。 ・ 初日の夜間曳行にて、麻生中、半田、久保、石才の4町がメインコースまで来る。 ・ 午後曳行前に鳥羽西交差にて、半田・石才・麻生中の3台で花交換を行なう。 3台横並び。H19年2日目正午、H20年初日正午、H21、22無し? ・ 昭和47年、石才町が運営委員会へ加入。パレードにも参加。元より北近義地区であったが地区内の 町の地車曳行が無くなり、石才のみとなった為、麻生郷地区へ参入。 ・ 昭和60年、麻生中町の地車復活年はパレード時のみの乗り入れ。 ・ 平成16年、阿理莫神社の境内が一新。地車が鳥居をくぐり境内へ入れるようになる。 久保町が同年試験曳き朝の小瀬町の入魂式時に境内へ入った。 ・ 平成20年、東町は植山良雄氏の7回忌法要に際し、新調当時の昼提灯、交差旗、幟、吹きチリにて パレード時の曳行が行なわれた。大工方も大義のハンテンを羽織る。 ・ 平成22年の初日パレードは天候の影響により、2日目午後開催となる。 |
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・ 若頭連合会は、S61年に発足。当番町は八町持ち廻りで、初年は久保町。 久保(H22)→小瀬→堀→東→海塚→石才→麻生中→半田の順。 ・ 現在は、八町が掲載されたポスターが作成されている。(中央には大きく当番町が載る) |
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「阿理莫神社」 (ありまか) 祭礼2日目 <日曜> : 宮入順は、1番は宮本の久保で固定。 以後は、小瀬(H20)→堀→東→海塚(H23)→半田→麻生中 の順で 毎年1町ずつ繰り上がる。 +宮入は1台ずつ 「高おがみ神社」 (脇濱戎大社) 祭礼2日目 <日曜> : 石才、脇濱 + 宮入は別々で脇濱が先に宮入を行う。鳥居前にて御祓い。 石才の宮入時、脇濱の地車が参道手前にて見送る |
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2011/12/3 更新 | ||
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「脇 濱」 ・ 市役所周辺を曳行することがある。町会非公認、有志にて曳行。H25年貝塚堀の地車を購入。 「二 色」 ・ 祭礼日は毎年8月最終土曜日。1日のみで7時の曳き出し〜夜間曳行。試験曳きは前週日曜。 ・ 当初は、「コスタミラにしきのはま夏祭り」の一環で行なわれていたが、年々曳行枠が広がる。 ・ H5年、当年は飾りつけのみ。翌6年より曳行。 ・ H13年、脇濱戎大社への宮入を実施。 ・ H18年、地車大修理に伴い入魂式の際、5年ぶりに宮入を行なう。(祭礼前週) ・ H19年より試験曳きの朝に宮入を行なうようになる。 ・ H27年より祭礼日を変更。10月第一週目に試験曳きを行い、翌週日曜に本祭り。祭礼2日間は変わらず。 ⇒ 試験曳きは、14〜16時。これまで行ってきた試験曳き時の宮入は無くなる。 ⇒ 本祭りは、7時〜22時。曳き出し後に宮入を行う。午後一は子ども曳行。 「宮入、石才・脇浜・二色3町顔合わせ」 ・ H27年、二色の祭礼変更に伴い宮入時に3町が顔合わせ&花交換を開催。 ⇒ 宮入順は、脇濱→「3町顔合わせ・花交換」→石才→二色。 ⇒ 脇濱が8時50分頃宮出、高架下方面へ。二色は高架下(大阪側)の海側にて待機。 ⇒ 脇濱は同高架下(〃)の山側にて待機。9時15分頃、石才が脇安方面より高架下手前(〃) ⇒ へ来て、3町花交換&纏合わせ。その後、石才が高架下をくぐり宮入。 ⇒ その後、脇濱→二色の順で脇安へ。脇濱・二色の二町曳き後、二色が宮入へ |
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2015/10/25 追記 | ||
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南近義 |
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* 地蔵堂、堤、窪田、橋本、王子の5町より成る ・ 年番順は、地蔵堂(H20)→堤→窪田→橋本(H23)→王子 で毎年1町ずつ繰り上がる。 |
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「南近義神社」 (みなみこぎ) 祭礼2日目 <日曜> : 宮入順は、1番は宮本の王子で固定→2番は当年の年番→3、4番はクジ引き →5番は地蔵堂で固定。(王子、地蔵堂が年番の年は2、3、4番がクジ引き) 王子→窪田→橋本→堤→地蔵堂 (H20-22年) + 宮入時は1台ずつ + 平成21年、合祀100年を記念し、境内を一新。9月下旬には合祀百年祭が行なわれ、王子・地蔵堂の 地車が曳行される。鳥居をくぐり境内に王子・地蔵堂の2台の地車が連なる貴重な機会となる。 + 平成22年、宮入時に鳥居をくぐり境内に地車が入るようになる。 |
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◇ 1日目午前、橋本4町乗り入れ。 ■ H19年より、踏み切りを渡り4町が橋本町へ乗り入れる。 ⇒ SOUGENまで上りやりまわしを行なう。 ⇒ T字路にて一台ずつ入り、やりまわし後Uターン。再びやりまわしで踏切方面へ。 ◇ 2日目午後に5町パレード ・ <H20-21>堤→橋本→窪田→王子→地蔵堂。 ・ <H22>窪田→橋本→王子→地蔵堂→堤 ・ 初日午前、窪田町は4町の橋本乗り入れ後、13号線王子西交差まで行き、泉佐野市 ⇒ 鶴原新家の地車と顔合わせをする。 ⇒ 泉佐野市との境橋手前に両町の地車が向かい合いセレモニー。(H25年迄) ■ H24年、曳き出し後に橋本町と名越町が貝塚南高校前にて横並びになり花交換。 ■ H26年、宵宮土曜午後一、5町地車新調を記念して、ジャスコ駐車場内へ全町乗り入れ。 ⇒ 縦列で円形に並んだ後、出場。 ■ H〃年、窪田と鶴原新家(窪田先代)の地車顔合わせが無くなる。 ⇒ 昨年でちょうど交流十年目を迎えた為。 |
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2015/3/21 追記 | ||
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木島・西葛 |
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「稲荷神社」 (いなり) 祭礼2日目 <日曜> : 宮入順は、名越→清児→水間→三ツ松→森 「西葛城神社」 (にしかつらぎ) 祭礼2日目 <日曜> : 木積・馬場 + 宮入は毎年交互 (H20木積) |
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* 木島地区の<名越町、清児町、水間、三ツ松町、森町>の5台 ⇒ 西葛城地区の<木積町、馬場町>の2台の計7台より成る。 「龍谷パレード」 祭礼初日の12時半より全7台にて龍谷橋スタート、そしてユニオンを周回。 パレード順は、馬場(H20)→清児→森→木積(H23)→名越→三ツ松→水間 の順で毎年1町ずつ繰り上がる。 ・ 龍谷パレードの始まりは木島地区。当番制をとる。西葛城地区の2町は2町でパレードを行なっていた。 ・ 昭和62年の龍谷パレードにて名越、清児、三ツ松、森に加え、水間が十数年ぶりに参加。 ・ 平成3年、水間?が当番町の年に(水間駅までの限定で)木積、馬場が木島地区パレードへ参入。 水間駅前にてセレモニー。当初は、三中校区パレードと呼ばれていた。(三中校区祭礼運営委員会) ・ 平成8年、パレードコース拡張。木積交差集合→馬場町内→龍谷橋→水間駅(セレモニー)→清児西交差 までを7台揃って曳行するパレードが実現。 ・ 現在の龍谷パレードは、龍谷→(基本)行き帰り新道→ユニオン周回が定着。 ・ 平成20年?、帰りルートにて水間、馬場、木積が旧道で帰町。H20年1町が龍谷パレード不参加。 ・ 平成21年、龍谷→ユニオン行きのルートが変更。旧道→森の踏切→新道→ユニオンというコース。 ・ H25年、全町が龍谷前に松源周回 ・ H26年、名越が龍谷前に松源周回 ・ H27年、初日のパレードが2部制になる。1部は午前9時40分頃より、松源〜龍谷周辺をパレード ⇒ 1部は松源スタート、三ツ松(龍谷)・水間(龍)・馬場(山側)・木積(山)・森(山)・清児(山) →名越(山)の順でやりまわし。そして龍谷へ、 →龍谷は、三ツ松・水間・馬場(松源)・木積(松源)・森・清児・名越の順。 ⇒ 2部は午後14時頃よりユニオン周辺をパレード。(12:50には馬場・木積がユニオンへ) + H19年、龍谷橋が一新される + 清児町は龍谷パレード時、吹きチリとなる。ユニオン到着後(1周後?)は町名旗へ付け替える。 + 名越町は、H17・21年と吹きチリだった。 |
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2015/10/25 追記 | ||
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町村制施行により、各村々を合併。一村を設け、合併された各村々は大字となる。
○○村大字○○。以前は、○○郡○○村。それ以前は○○郷○○村。
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地 区 | ||
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熊取町 |
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* 大久保、五門、紺屋、朝代、和田、大宮、久保、小垣内、七山 の9台より成る。 * 前の4台が上地区、後の4台が下地区。七山はどちらにも属さない。 ・ 昭和58年より祭礼日が10月9、10日に統一。それ以前は9月28日前後に行われていた。 ・ 昭和61年、町制施行35周年記念曳行 ・ 昭和63年、ブリスベーン国際博覧会。大久保が参加。(於オーストラリア) ・ 平成3年、町制施行40周年記念曳行 ・ 平成6年、関西国際空港開港記念曳行。(小垣内が参加) ・ 平成10年、パレードのメインコースが大久保東交差となる。以前のジャンボ前はやりまわし禁止となった。 ・ 平成12年祝日改正に伴い、体育の日が10月第2月曜になった為、祭礼日はその前日(日)、前々日(土) となる ・ 平成13年、町制施行50周年記念曳行。(午後より、午前試験曳き) ・ 平成15年より大久保、五門、野田は6時曳き出し可能となる。曳き出しは上下に分かれて行なわれ 七山はどちらにも合流しない。 ・ 平成21年より七山が曳き出し時大久保東交差まで降りてくるようになる。 ・ 平成22年、小垣内が地車新調。熊取での地車新調は76年ぶり。 + 七山の後縁隅木には「新」の意匠。貝塚市王子新田より由来する。 |
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「大森神社」 (おおもり) 祭礼初日 <土曜> : 宮入順は固定で、朝代→和田→大久保→紺屋→五門→野田→七山→小谷→久保 →小垣内→大宮。 + 宮入は午後より行われる。 + 境内の能舞台を2周半廻るのが慣例となっている + 大宮は宮入以外でも境内へ入る。 |
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田尻町 | 「嘉祥寺」 ・ 平成6年、関西国際空港開港記念曳行。 ・ 平成10年、町制施行40周年記念曳行。 ・ 平成15年、町制施行45周年記念曳行。 |
町村制施行により、各村々を合併。一村を設け、合併された各村々は大字となる。
○○村大字○○。以前は、○○郡○○村。それ以前は○○郷○○村。
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地 区 | ||
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泉佐野市 | ||
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北中連合 |
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★ 北中連合祭礼委員会。(H25:七町連合会→八町連合会) 中之庄、下瓦屋南、鶴原、上瓦屋、新家、貝田、鶴原東、下瓦屋の8町より成る。 ■ 試験曳きは、午前中に行われる。午後より「ザ、まつり」へ □ H6年、8/21関西国際空港開港イベントにて、貝田町が参加。(堺市以南9市4町地車) □ H17年、外環パレードで山出交差点→佐野川→日新小→中庄地車庫横→高架下左折→ ⇒ 佐野川でセレモニー解散というコースを試験的に実施 □ H25年、佐野川と中山池の連合の垂れ幕が一新。下瓦屋が追加される。 ⇒ 名称も「七町連合会」→「八町連合会」へ □ H〃年、下瓦屋が「ザ、まつり」へ初参加 □ H26年、下瓦屋が宵宮午前鶴原6町花交換八の字曳行、午後の外環佐野川パレード、 ⇒ 本宮の中山池パレードに初参加。 |
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2015/3/21 追記 | ||
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<ザ、まつり in IZUMISANO> (第18回:2014) 試験曳きの日の11時から、泉佐野センタービル付近にて行われるパレード。 ◇ 第三中近くのファミマ交差点に6町が合流→日新小学校前で、中庄と上瓦屋が合流 ⇒ →8台にて泉佐野駅方面へ向かう ⇒ 泉佐野センタービル前通りを中心として8の字周回 <六町花交換、八の字パレード> 祭礼初日(土曜)の曳き出し後に、鶴原駅下りにて行われるパレード ◇ 駅下がり交差点にて6町纏合わせ。北出は鶴原の後につく。初週は鶴原→ ⇒ 貝田→鶴原東→新家→下瓦屋南→北出の順で旧26号線方面へやりまわし ⇒ 鶴原、下瓦屋は海側より、2町以外の4町は山側より。 ・ その後、2〜4周8の字曳行。 <8町外環パレード> 祭礼初日(土曜)の午後に、上瓦屋の山出交差点〜佐野川交差点にて行われる ⇒ パレード ◇ 外環山出交差点を13号線大阪方面から、上瓦屋→下瓦屋南→鶴原→鶴原東→下瓦屋 ⇒ →貝田→中之庄→新家の順で外環海側へやりまわし。 ⇒ 上瓦屋・中庄は和歌山方面より ・ 第二阪和高架下横断後、佐野川交差点手前にてセレモニー。 ⇒ 外環山側から上瓦屋・中庄は大阪方面へやりまわし。 ⇒ 2町以外の6町は和歌山方面へやりまわし。 <8町中山池パレード> 祭礼2日目(日曜)の午後に、上瓦屋の中山池にて行われるパレード。 ◇ 13号線旧鶴東地車庫前にて6町が合流→中山池交差点にて8町パレード開始 ⇒ 中庄、上瓦屋の順で13号線和歌山方面から山側へやりまわし、Uターンして ⇒ 再び13号線大阪方面へやりまわし。 ・ 下瓦屋、新家、貝田、鶴原、下瓦屋南、鶴原東の順で13号線大阪方面から ⇒ 山側へやりまわし、Uターンして再び大阪方面へやりまわし |
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・ 下瓦屋は、法被・タスキ等では「北出」を使用している。 ・ 「北出」を使用しているのは、纏・後旗の三方正面、幟の紋、縁隅木・水桶、地車庫扉 等 ⇒ 夜間提灯は、「下瓦屋」で小屋根の円形提灯は「北出」。 ⇒ 社紋では、鬼板・桁類は花菱紋 、町名旗・襷の紋は 巴紋&花菱紋を使用 |
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2015/3/21 追記 | ||
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<ザ、まつり in IZUMISANO> ・ 第2回より上之郷地区も参加しなくなり、後に長滝地区も不参加となる。 ・ H17年、ザ・まつり中止 / H18年、ザ・まつり復活 / H21年より自由曳行となる。 |
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「祝 だんじり祭り 七町後梃子連合会」 (2011年時点) 「祝 七町連合パレード 七町連合青年団」 (2013年時点) □ H26年、試験曳きにて、上之郷地区が初めて長滝地区へ乗り入れ。 ⇒ 14時より上之郷3町が踏切を越えて長滝地区へ。 ⇒ 上之郷と長滝の地車が別々の筋で整列。その後、上之郷3町 ⇒ が帰町。 ■ 長滝東は毎年上之郷下村まで乗り入れる。 □ H25年、長滝東がJA上之郷まで乗り入れる。 |
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2015/3/21 追記 | ||
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町村制施行により、各村々を合併。一村を設け、合併された各村々は大字となる。
○○村大字○○。以前は、○○郡○○村。それ以前は○○郷○○村。
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地 区 | ||
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2011/3/29 開設