未来のリョーマは傾き沈みつつある太陽を追いながらぶらぶらと歩いていた。
(あんまり変わってないように思ってたけど…
それは少しずつ変わっていったからそう思うだけで、三年分一気に戻るとやっぱりずいぶん違うな…)
自分の世界にはもうないもの、こちらの世界にはまだないもの。
午後遅い時間、暖かな色味の光に照らされる景色を視界いっぱいに収めて、改めて流れた月日の長さを
思い知る。自分が手塚と過ごした時間の長さを思い知る。
(…帰ろう)
未来のリョーマは今歩いてきた道を戻り始めた。
日がまだ残っているうちに買い物を済ませて手塚の家に帰る。
鳴らした呼び鈴に応えて出迎えたのは、初めて対面したときと同じように仏頂面をした現在のリョーマ
だった。
「お帰りなさい」
「…もう、体大丈夫なの?」
「はい。ちょっと、ムカついただけですから」
見上げた視線は逸らさないまま答える現在のリョーマに、空気が張り詰める。
「…胃が」
「…あ、そう」
その返事を聞いた現在のリョーマはふっと軽く笑うと、くるりと背中を向けて行ってしまった。
(ほんとは俺にムカついてるくせに…
まあ、いいけど。
…そっちがその気なら…、…俺も遠慮しなくていいね?)
未来のリョーマが食堂に入ると、手塚が台所で野菜の下拵えをしているところだった。
「先輩、頼まれたもの、買ってきましたよ」
と流しに立つ手塚の横でスーパーのビニール袋を掲げてみせる。
「あ、ありがとう…
あ、それと、お、お帰り…」
「ただいま…」
恥ずかしそうに『お帰り』という手塚に返事して、彼の顔に程近いところで優しく微笑んでやる。
たちまち手塚は真っ赤になり、未来のリョーマはそんな風に自分の振る舞いにこんなにも振り回されている
手塚は本当に可愛いと思った。
(…この人にとって、俺の存在はなんて大きいんだろう…
…やっぱり、もう少し優しくしてあげてれば、良かった…)
「ねえ先輩。俺、手伝いましょうか?」
未来のリョーマは荷物をテーブルに置くと、手塚の体に自分の体を押し付けるようにして蛇口に手を伸ばし、
くっつきながら手を洗った後、手塚を見上げ可愛らしく首を傾げた。
しかし手塚は少し困った顔で
「いや…
一人で大丈夫だ…
お前はあっちで越前と一緒にテレビでも見ていてくれ」
と未来のリョーマの申し出を断る。
「え…、でも…」
「今日は炊き込み御飯と豚汁と茶碗蒸しだ。
炊き込み御飯は炊くだけで、豚汁は煮るだけで、茶碗蒸しは蒸すだけだ。
だから、あっちで待っていてくれないか?」
「だけど」
「いいから」
あんまり手塚が頑なに拒むので、未来のリョーマはおとなしく引き下がることにした。
「………わかりました。
でも、もし何か手が欲しい時は呼んで下さいね」
すると手塚はどこかほっとした様子で
「わかった。ありがとう」
と言っていそいそと作業に戻っていく。それを見て未来のリョーマは気がついた。
(ああ…。こっちの自分の手前、俺と仲良く料理なんか出来ないってわけね…
まあ、いいけど………
…ちぇ、やること終わらせてさっさと帰ろ!)
「手塚先輩、ご飯すごく美味しいです。おかわりしてもいいですか?」
未来のリョーマが空になった茶碗を持って立ち上がろうとした。
「…あ、俺が…。
お前は座っていろ」
「ありがとうございます。じゃあ、お願いします」
茶碗を手に戻ってきた手塚は、ふと現在のリョーマの手に目を止めた。
「どうした越前、あまり箸が進んでいないようだが…
…口に合わないか?」
もう胃の痛みは治まったと用意した粥ではなく他の二人と同じ物を出してもらっていた現在のリョーマだが、
茶碗蒸しを食べた後他の物は箸でつつくばかりでほとんど口に運んでいない。
現在のリョーマは力なく首を左右に振ると
「そんなことないっすよ。美味しいです。」
と答えたが、やはりあまり食が進まないようだ。
「もう家に帰れとは言わないから。具合が悪い時は具合が悪いと言ってくれ」
手塚の心配そうな様子に、現在のリョーマも変に意地を張って心配をかけるのも申し訳ないと思ったのか、
躊躇いがちに口を開いた。
「…腹は痛くないけど、ちょっと頭が痛いんです…」
「頭が…。そう言えば朝もそんな事を言っていたな…」
「俺の頭痛の種が目の前にいますしね。無理ない話す」
と、現在のリョーマがちらりと嫌味たらしい視線を投げた時、未来のリョーマははっとした。
(…俺は三年前のこの日、具合が悪くなどなりはしなかった。
でもこっちにいる自分は俺と先輩が学校から連れ出した時ふらふらだった。
その後も、こっちの俺は俺といる時はいつも…。そうか…)
嫌味に言い返す事もなく黙り込んでしまった未来のリョーマを見て、手塚は彼が機嫌を損ねたのだと思い
「こら、越前」
と現在のリョーマをたしなめた。
「だって、俺は迷惑してるし。
でも、まあ、そんなにめちゃくちゃ痛むわけじゃないし、大丈夫っすよ」
「なら、あまりこいつを責めるようなことは言うな」
「…もしかしたら、君の言う通りかもね」
「こら、お前もわざわざ挑発するんじゃない」
「…アンタもわかってるなら、さっさと帰って下さいよ」
「越前、いい加減にしろ」
二人には構わず未来のリョーマは話し出す。
「…ほんとなら、この世界には一人の越前リョーマしかいないはずなのに、今は二人いる。
一人しか入れない空間に二人で入ったらぎゅうぎゅう詰めで痛いよね。
…そういう事かも」
とここまで話して、未来のリョーマは初めて大変まずい事態になった事に気がついた。
(こっちの自分に万が一の事があったら、俺は…)
きっと元の世界に戻れなくなるに違いない。
(出来るだけこっちにいてヤキモチ焼かせとこうなんてそんなのんきな事言ってる場合じゃないなもう…
夜間でも使えるコートってどこかあったっけ?ストリートテニス場はダブルスだけだし…
くそっ、昼間のうちに気がついていれば…!)
焦燥はとりあえず隠したまま二人の顔を窺うと、当事者よりも手塚の方が青くなっていた。
「そう言えば…
越前が具合悪そうにしていたのは…。いつも、お前と一緒にいたとき…」
硬い表情で未来のリョーマを見る手塚の目には、何か恐ろしいものでも見るような抑えきれない怯えの色が
浮かんでいる。
未来のリョーマはなんとなく思いつきで自分の考えを口にした事を軽率だったと悔やんだ。
(…先輩が俺をそういう目で見るのは当たり前だ…。でも辛いよ…)
その時、現在のリョーマが乱暴な音を立てて手にしていた箸と茶碗を下ろした。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!
なんで、俺ばっかり…!!こんな」
「…それは俺のほうが頑丈だからじゃない?」
客観的に状況を分析した台詞が、憐憫混じりの突き放した台詞に聞こえたのか、現在のリョーマはわなわな
と唇を震わせる。
自分ばかりが存在を抑圧されていることが悔しいのか、項垂れて黙ったまま唇を噛んだ。
「…越前。やはりお前は家に帰れ」
「それは嫌だってさっきも言ったじゃないですか!平気っすよこれくらい!」
「…駄目だ。さっきまでとは事情が違う」
「絶対に、嫌です」
「…俺を困らせるな」
「アンタの事なんか知らない!!」
「えち…!」
「俺が大丈夫だって言ってるんだからアンタは黙ってて下さい。これは俺の問題です!」
「越前!」
「何度も同じ事言わせないで下さいよ…!苛々して余計に頭が痛くなる…!」
現在のリョーマはちっと舌打ちし、きつく目を閉じて頭を振った。
「駄目だ。お前は家に帰す」
「帰りません。どうしても帰れって言うんならこの人も連れて帰ります」
「なっ…!」
「それじゃ意味ないでしょ?だから帰らないって言ってるんですよ。
心配しなくても、ここにいて俺に何かあってもアンタに恨み言なんて言ったりしませんよ」
「俺は自分の事を心配してるんじゃない!!」
悲鳴のような手塚の叫びに二人のリョーマは椅子から飛び上がらんばかりに驚いた。
「…あ、ど、怒鳴ったりして、すまない…
でも、…俺は…、お前の体が…」
消え入るように呟いて視線を逸らした手塚の眦が濡れているのを見て、現在のリョーマは仰天した。
「…あ、あの…
ご、ごめんなさい…。すいません…
ごめんなさい…、言い過ぎました…。本当に、すいません…」
「…もう、いい」
手塚は視線を逸らしたまま、顔を上げようとしない。
「ごめんなさい。先輩が、自分可愛さに、面倒事から逃れたい為に言ってるわけじゃないって、
わかってます…、から。だから…
ご、ごめんなさい…。本当に…」
「本当か。本当にわかっているのか」
「わ、わかってます…!だから…、もう…、怒らないで下さい…」
「…わかった」
ようやく貰えたその返事に、現在のリョーマははあー…と、長い安堵のため息をつく。
「…ついでに、何を言ってもお前は帰らないという事もよくわかった。
もう、いい。
昼間のお前の様子から一階と二階に離れているだけでも大丈夫そうだし、もう二度と帰れとは言わん」
呆れ混じりのその台詞に、現在のリョーマは安心してくたりと椅子の背もたれに体を預けた。
「…よかった…」
手塚の言った事に未来のリョーマも心の底から安堵した。
(…よかった…。とりあえず近くにさえいなけりゃ平気なんだ…
助かったー…)
「………すっかり冷めてしまったな。
温めなおしてくるから、二人とも椀をよこせ」
涙を浮かべたことが今頃恥ずかしくなったのか、手塚はぶっきらぼうにそう言って椀を盆に載せると、席を
立つ。
その背を見送った後、未来のリョーマがもう一人の自分のほうを見ると、現在のリョーマはばつが悪そうに
顔を背けた。
「…俺が手塚先輩と二人きりになるの、そんなに嫌?」
「…聞かなくても、わかるくせに」
「うん。
頑張って思い出すから…
もう少し、待っててよ」
現在のリョーマはその言葉にちらと未来のリョーマの顔を見たが、すぐに顔を曇らせ目を逸らしてしまった。
「すまん」
手塚が熱い豚汁を椀によそって戻ってきた。
「それから…、悪いがリョーマは俺の部屋で食事してくれないか」
「あ、はい」
未来のリョーマが立ち上がろうとするのを現在のリョーマが止める。
「大丈夫っすよ。そんなに痛いわけじゃないって言ったでしょ先輩」
「でも、越前…」
「帰る方法見つける為に、先輩の側にいてもらった方がいいでしょ?」
「しかしさっきは頭痛の種だと…」
「あれ?あれは八つ当たりです」
白々しく言ってのける現在のリョーマに、手塚は苦々しい面持ちでため息をついた。
「越前、お前は………
…まあ、いい。
とりあえず、食べてしまおう。
越前、お前は食べたくないなら無理するんじゃないぞ」
「はーい」
全員食べ終えたところを見計らって、未来のリョーマは口を開いた。
「手塚先輩。思い出しました」
「本当か…!?」
「はい。
先輩、俺とテニスして下さい」
「…テニス?
それが、お前がここまで来てやりたかった事なのか?」
「そうです。
あの高架下のコートで、先輩とテニスがしたいんです」
「ねえ、思い出すのがずいぶん唐突だけど、ほんとなの?それ」
疑うような目つきの現在のリョーマに未来のリョーマは笑って答える。
「さっきの二人が喧嘩してるの見て、ね」
適当につけた理由だったが、喧嘩をテニスの真剣勝負だと解釈してくれたらしい。
「あ、そう。
…よかったすね」
未来のリョーマが考えた通り、やはりよかったと言うわりに現在のリョーマの顔はあまり嬉しそうでは
なかった。
(…ごめん)
ふいに、手塚の顔から血の気が引いた。
「もしかして…、俺は、三年後、生きてないのか…?」
「…え!?」
「わざわざ俺とテニスをする為に時間を遡ってくるという事はそういう事ではないのか?
正直に答えてくれ」
「ちっ、違います!!!なんでそんなこと…!!」
「頼むから嘘は」
「本当に違います!!嘘なんか…!!」
「リョーマ!!」
「この人は嘘ついてませんよ、先輩」
必死に否定する未来のリョーマに掴みかからんばかりになっている手塚をそっと制止して、現在のリョーマは
静かに言った。
「越前…?」
「俺もね、思ったんです、もしかしたら…って。
でも、違います」
「なぜ」
「俺がもしそういう理由で未来から来たのなら、帰る方法があるなんて言わないからですよ」
「…どういう意味だ」
現在のリョーマは一瞬躊躇った後、口を開いた。
「…わかんないんですか…!?
俺はずっとアンタとテニスしてたいって事ですよ…!!」
「え…」
「もしほんとに未来で先輩がそんな事になってて、で、先輩がいる昔の世界に来られたとしたら俺はそこから
帰らないって事です!!
アンタ、俺がどれだけアンタを、アンタとのテニスを…
ああ、もう!!こんなこと最後まで言わせないで下さいよ!!」
現在のリョーマは耳まで赤くして怒鳴った。
「え、ち…」
言われた事の意味がやっとわかった手塚も、真っ赤になって俯く。
茹蛸のようになっている二人を見て、未来のリョーマは内心ほっと胸を撫で下ろした。
(あー…助かった…
でも、このままだと俺が何か言うまで二人ともずっと下向いてそうだな…)
そう思った未来のリョーマはゆっくりと口を開く。
「先輩。なくなったのは、高架下のコート、なんですよ」
「え…」
「あのコートが…?」
「俺と先輩が初めて試合した、あのコート、今は駐車場にされて、もうないんです」
「そ、うだったのか…」
未来のリョーマは寂しそうに笑って、頷いた。
「…そうか…でも」
と手塚は壁の時計を見上げた。
「もう遅いな…。明日にならないと…
でも、帰る方法が見つかって、本当に良かった…」
「はい」
(…さあ、せっかくこっちの俺があそこまで言ったんだし、先輩の為に早く二人きりにさせてあげないとね!)
「では、今日は明日に備えて早めに休む事にするか…」
しかしそこで手塚は何かに気づいたように、あ、と口をつぐんで言葉を止めた。
「どうしたんすか?」
「いや…。お前達二人を客間に寝かせようと思っていたんだが…
仕方ない。リョーマ、また俺の部屋で寝てくれるか。
俺と越前が客間で…」
「嫌です」
「え、越前…!!」
未来のリョーマは目の前の二人のやりとりにふき出しそうになるのを渾身の力で堪えた。
「なんで俺が先輩と二人で寝なきゃなんないんすか」
「仕方ないだろう!
じゃあお前が俺の部屋で寝ろ。俺とリョーマが客間で寝るから…」
「…それも嫌」
「越前…
お前は一体どうしたいんだ…」
「三人一緒がいいです。
布団、三人分敷けます?」
「敷けるが…」
「だったら」
「…わかった」
手塚は渋々といった体で、頷いた。
「じゃあ、もう風呂も沸かしてあるから、越前から入ってこい」
「俺?」
「…いろいろあったから、疲れてるだろうお前は」
「わかりました。じゃお言葉に甘えてお先に」
「下着は買ってきてもらったのがあるから…
パジャマは俺のを上だけ貸し」
「ご免こうむります」
「…でも下は履けないだろう、大き過ぎて」
「今日は一日テニスするつもりでしたから、替えのシャツと短パン持ってきてますんで。
それ着て寝ますから結構です」
「…そうか」
(…それくらいサービスしてあげればいいのに…
そんなこと出来るのどうせ今のうちだけなんだし)
未来のリョーマが内心苦笑する中、現在のリョーマはさっさと自分のバッグから必要な物を取り出すと、
手塚が持って来てくれたタオルと下着と歯ブラシを持って風呂場へと消えた。
「…本当に、俺と試合をすればお前は帰れるのか?」
手塚は、自分が洗った食器を傍らで拭いている未来のリョーマに静かに問い掛けた。
「…はい。帰れます」
「…根拠は、あるのか」
「ありません。
…でも、これしかないって思える」
「…そうか。
明日が、楽しみだな」
「…そうすね」
部屋の外で物音がした。
「…越前が風呂から出たようだな。
手伝ってくれて助かった。あとは俺がやるから」
「じゃあ、お先にお風呂いただきます」
「お前の分のタオルとパジャマは洗濯した下着と一緒に、そこに置いてあるから」
手塚が居間のソファの上を指し示す。現在のリョーマの分を持って来たときに一緒に持って来ていたの
だろう。
「あ、はい。すいません」
「お前も疲れただろう、ゆっくりして来い」
「…はい。ありがとうございます」
未来のリョーマが出て行くのと入れ違いに、現在のリョーマがタオルで頭を拭きながら食堂に戻ってきた。
「すいません、一番に…」
「構わない。
…何か飲むか?」
「あ、はい」
「冷たい麦茶でいいか?」
「はい」
手塚は片付けの手を止めるとグラスに麦茶を注いで、テーブルの上に置いた。
「すいません…」
現在のリョーマはテーブルで麦茶をちびちび飲みながら、家事をする手塚の後姿をぼんやりと見つめた。
「越前」
「あ…、はい」
手塚が突然こちらを見て名前を呼んだので、現在のリョーマは思わず背筋をびしりと正す。
「俺はもう一組布団を敷いてくるから」
「はい」
「すまんが俺がいない間にあいつが風呂から出てきたら、あいつにもお茶を出してやってくれないか?
冷蔵庫に入ってるから」
「わかりました」
「頼む」
手塚は付けていたエプロンを外すと食堂から出て行った。
部屋に現在のリョーマ一人がぽつんと残される。
(俺が嫌がるからか、先輩あの人の事ほとんど名前で呼ばない…
だから、そういう風に気を遣われても、俺は困るんだってば…)
自分にとって手塚は必要な人間である。それは事実だ。
しかし手塚が自分に示すような好意を、自分は示して欲しいとは微塵も思っていないのだ。
(先輩は、先輩が俺の事を考えてるのと同じように、俺にも先輩の事を考えて欲しいんだろうけど、でも
俺だって俺が先輩を思うのと同じように先輩にも俺の事思って欲しいのに…)
必要として欲しい。好きになって欲しいわけじゃない。
現在のリョーマは、あーあと両手で頬杖をついて、大きなため息をついた。
「…あれ?先輩は?」
手塚のパジャマを着込んだ未来のリョーマが食堂に入ってくる。
ぶかぶかのパジャマで強調されている華奢な体のラインや、一番上のボタンをひとつ外しただけで大きく
開く襟元から覗く鎖骨が、見ようによっては煽情的に見えなくもない。現在のリョーマはぞっとした。
(…仕方ないってわかってるけど…。違う意味で頭痛い……)
「…もう一組布団敷きに行ってますよ。
…あ、そうだ」
「?」
「はい、これどうぞ」
現在のリョーマは台所で麦茶を入れてきて未来のリョーマに手渡す。
「ああ…、ありがとう」
そう言って未来のリョーマはごくごくと飲み干す。
その時上向いた喉元の白さに、現在のリョーマは心底泣きたくなった。
「…上がったのか?」
「はい、お先にすいませんでした」
未来のリョーマは部屋に戻ってきた手塚にぺこんと頭を下げる。
「いいんだ…
じゃあ俺も風呂に入ってくるから。
…そうだ。お前達、もう横になっているか?」
未来のリョーマはすぐに首を横に振った。
「…いえ、まだ寝るには少し早いし…
少しここでテレビ見ててもいいすか?」
「構わないが…」
「よかった」
懐かしくて、と未来のリョーマは喜々としてソファに腰を下ろしてリモコンを手にとった。
「越前もここにいるか?」
「…あ、えーと」
正直未来の自分と二人きりになるのは嫌だった。何も話したくない、何も聞きたくない。
かといって黙っていたらいたでその時はとても気まずい。
「…ここにいます」
しかし、この姿の未来の自分を手塚と僅かの間でも二人きりにする方が嫌だという気持ちが上回った。
(…やっぱり振り回されてる…)
現在のリョーマはテレビが見える位置にある食堂の椅子にぐったりと腰を下ろした。
(テレビが見たいと言ったものの…)
やはりいざ二人きりになると気まずい。いつこちらの自分が口を開くかと思うとそれだけでひどく緊張して
しまう。おかげでろくにテレビの内容が頭に入ってこない。
(ちょっと疲れる…。
先輩、早く上がってきてくれないかな…)
二人黙りこくる中、テレビの音声だけがひっそりと無機質に響いていた。
「…待たせたな」
入ってきた手塚の声に、ぴんと張り詰めた空気が破られる。
二人のリョーマはほっとため息をついた。
手塚も麦茶の入ったグラスを手に立ったまましばらくテレビを眺めていたが、やがてグラスの中身を飲み干す
と言った。
「じゃあ、寝るか」
続く→
(04/10/12)
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