9.一本列島
 青森到着後ベンチに荷物を置いて、夕食の確保に改札を出て駅弁屋に駆け込んだ。ホタテが入った弁当(名称失念)
を買い、ビールとつまみにちくわを買ってホームに戻った。もちろん荷物はそのままだった。30分以上待ち時間がある
ので、その場でビールだけでも…と思ったが、やはり駅弁は列車内で食べるのが”鉄則”なので、空腹を我慢して列車
の到着を待った。19時55分、函館からはるばる津軽海峡を越えてやってきた「海峡10号」が入線した。何も放送がない
ので、そのまま乗り込んだが、車内清掃をするので降りてくださいとのこと。せっかくカーペットカーに並んで、約2日ぶり
に寝転がれるチャンスだけに残念だが、カーペットでは食事は大変そうだ。そう思って通常の座席車に並び直した。
そして再びドアが開いて、空席が目立つ座席車に腰を据えた。

快速「海峡」はドラえもん列車として運行され、車内外いたるところにドラえもんのキャラが描かれている。

 折返し「海峡13号」として函館に向かう。つまり初の北海道上陸を果たすことになる。もう車窓は闇の中、ビールを飲み
ながらちくわを頬張って、とりあえず空腹を満たした。すると疲れからか睡魔が襲ってきた。しかしまだ寝るには早い。
駅弁と肝心の青函トンネルを堪能できなくなる。眠い目をこすりながら駅弁を食べていると、車内にも響き渡る轟音と
ともに、トンネルに進入した。どうやら青函トンネルに入ったようだ。車内には青函トンネルの断面図と現在位置表示の
LEDが入った表示機が、デッキの仕切戸の上に設置されている(下写真)。

最深部は海面下240mにもなる。約40分間、青函トンネルの中を走り抜ける。

 トンネルを出たのもわからないほど熟睡して、窓の外を見ると「上磯」の文字が見えた。正真正銘、北海道に上陸した
ようだ。ここまで来ると、さすがに二度寝するわけにはいかない。弁当の空き容器などをまとめて、早くも荷物を下ろして
乗換えに備えた。23時02分、青森から2時間半以上掛かって、ようやく函館に到着した。しかし青函連絡船時代よりも
所要時間は1時間は短縮されている。しかし残念ながら青函連絡船に乗ることができなかったので、その比較を実感
することはできない。

 函館駅のホームに降りて、足早に乗換え列車のホームに向かう。この時刻からもわかる通り、そこが”今夜の宿”と
なる。その名も「ミッドナイト」、札幌行きの夜行快速列車であり、この時期の利用者の大半が18キッパーという、
まさに”定番列車”である(この列車の指定席券も入手困難)。特急型車両を使用しているので、リクライニングシートで
ゆっくり熟睡…とまでいかなくとも、ある程度睡眠はとれそうだ。通路側の座席に座っていたが、窓側には誰も来ない。

懐かしの国鉄色!キハ183-1 函館駅にて

 列車は函館駅を離れ、漆黒の闇の中にディーゼルエンジンの轟音を響かせる。結局窓側が空いたままなので、座席
2つ分を使って、縮こまるように横になった。ちょっと苦しいが、そのまま座席で寝るよりマシだ。明日も列車に乗り詰め
となるであろう。体力回復のためにも、少しでも長く寝ておいたほうが良い。そこまで考える間もなく、眠りの世界に吸い
込まれていった。


筆者より

この先まだまだ続きますが、あまりにも長くなってしまったので、ここで一度区切りを付けます。
この続きは北の大地を往くをご覧下さい。


2002年12月14日脱稿

 注意!

 この旅日記は2002年7月ダイヤに基づいて書かれているものです。
結論から言うと、2002年12月現在、この旅程は不可能になっています。

具体的には

(1) 本文にもあるように、東北新幹線八戸開業に伴い、盛岡〜八戸間は第三セクター化されており、18きっぷは
  使用できません。利用する場合は車内でこの区間の運賃(2960円)を支払ってください。

(2) 快速「海峡」は廃止されてしまいました。つまり青函間を走る普通列車(=18きっぷで利用できる列車)がなくなり
  ました。救済措置として、蟹田〜木古内間だけ18きっぷで利用できますが、接続が悪いので、ほとんど利用価値
  がありません。

(3) 快速「ミッドナイト」は運転を取りやめています。したがって18きっぷだけで函館以遠に進むのは不可能です。

(4) 快速「ムーンライトえちご」は新潟止まり(上りは村上始発)となり、村上・酒田方面へは快速村上行きに乗換え
  となります。乗換え時間が2分なので、同じホームでの乗換えと思われますが未確認です。

 詳しくは最新の時刻表(2002年12月号以降)で確認してください。




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