終わりて後の

作:しにを

            



「う、あぅんん、ああ、兄さん。こんなに。凄い、も…う、あぅくッッ」
「秋葉、まだだよ、もう少し」

 時折かすれ、それでいて艶めいた湿りを帯びた秋葉の声。
 その声に被せるような、志貴の声。
 ともに、その声に余裕はない。
 声質ははっきりとしているが、ぶれて、息の乱れを交えている。
 体の動きの激しさが声に表れている。
 秋葉に対して、志貴がリードしてはいる。
 しかし、実際に落ち着いていられないのは志貴も同じ。瞬時たりとも止まっ
ている余裕は無い。
 
 秋葉の濡れそぼった中を激しく穿ち、ぬめぬめとしたペニスを抜き出し、ま
た強く打ち付ける。
 もはや技巧も何も無い、本能のままの動き。
 余裕はなく、ただ結びつき、接触面を擦り合わせる。
 それだけで充分だった。志貴も、秋葉も、それだけでいっぱいだった。
 秋葉と志貴が洩らしたものがぐしゅぐしゅと音を立て、シーツに飛び散る。
 強く、抉るように刺し貫き、子宮口を叩いた志貴の屹立。それが離すまいと
する強い抵抗を受けつつ、なかば姿を現す。
 膣内の濃密な液体を、張った雁首でこそげ落すようにしている。
 ベッドが律動のままに撓み、きしみながらも二人分の重みと揺れを何とか吸
収する。

 摩擦。硬い肉と、柔らかい肉の摩擦。
 いっぱいに膨らんで押し広げているものと、すっぽりと包み締め付けるもの
の摩擦。
 数々の互いを求め、愛する行為も、今となってはその端的な部分に集約され
ていた。
 もっと奥へ。
 さらに強く繋がりたい。
 一つになってしまいたい。
 その思いと共に、単純な性器の出し入れ、接触行為で二人とも我を忘れてし
まう。

 そして、それも終局を迎える。
 互いに口にせずとも、相手の快感の頂点が間近とわかる。
 最愛の者に愛された喜びと共に、悦ばせたという満足感が体をさらに高みへ
と導く。
 
「秋葉」
「兄さん」

 どうしたいとも言わない。
 どうされたいとも告げない。
 視線の交じり合い、名前を呼ぶ声の響き。
 それだけで、充分。
 志貴の体が秋葉のそれに密着する。
 秋葉の手が志貴の背中に回される。
 いろいろな形で交わり、その最中にも何度も秋葉は歓喜の声を上げた。しか
し、最終的な形としては抱きしめ合えるこの姿を秋葉は望んだ。
 志貴の重み、体を抱く腕。
 逃れられぬような錯覚。掴まえられたような感じ。
 自分が兄のものになっていると、何の疑問もなく思える構図。
 強く、抱きしめあう。
 弄られ、吸われて、ただでさえ尖って固くなった胸の先は、もっと存在感を
増して志貴の胸に当たっている。
 志貴の胸の傷痕もまた、秋葉の白い胸部に触れている。

 上半身が固定されたままで、志貴はなおも腰を揺らしていた。
 最後の律動、秋葉との繋がりを何度も再認識する行為。
 そして、最後の最後、奥深くへの突き入れ。
 一秒にも満たぬ間、空白。
 何の躊躇も無く、志貴は高まりのままに放った。
 蕩けるような肉襞の中で、硬く揺ぎ無く存在していた肉棒が、一転してドロ
ドロのマグマの中に落ちた氷の如く融けて消えゆく感覚。
 腰から下が全て液状になった放出感。
 圧倒的な快感は、浮遊の感覚すら志貴に与えていた。

 秋葉もまた、同時に絶頂を迎えていた。
 喉のけぞらせ、声を洩らし、志貴にしがみついている。
 こちらもふわりと、体が軽くなったようになっていた。同時に体を支えてい
た筈の寝台までもが、空気か水に転じたように頼りなくなっていた。
 だから、唯一確固たるものに頼っている。
 自分を抱きしめている志貴に、力の抜けた体で精一杯しがみついている。
 ただの快楽よりも、ずっと喜びを感じる状態。
 深く穿つたれた部分も、より密着を求めて動いていた。
 志貴の性器と結びついた秋葉の深奥の部分もまた、抱きしめたまま離すまい
としていた。
 秋葉の意志を受けてか、それ自身の意志でか。
 より強く、より奥へと。
 襞をもった肉壁自体が収縮するように動く。
 見えぬ部分で、激しく粘性のある白濁液を放ったペニスが、搾り取られるよ
うに、残りを吐き出す。
 体中での僅かなペニスの動きがまた、秋葉を体の芯から痺れさせていった。
 
「兄さん、いっぱい。ああ、私の中にいっぱい兄さんが……」
「うん、全部秋葉の中に出ちゃったみたいだ。
 全部融けて秋葉に飲み込まれるみたい」
「飲み込みます。
 兄さんの出したものは全て、ううん、兄さんも全て」
「ああ、俺は秋葉のものだから、好きにしてくれ。
 いや、秋葉に全部飲み込まれたいな」
「嬉しい……。
 あ、でも、私だって、兄さんのものです。なにもかも秋葉のものは全て」

 絶頂の残滓を留め、放心し、蕩けるような秋葉の笑顔。
 腕に抱いたかけがえのない宝物を、再度志貴は抱きしめる。
 力をいれて誰にも渡さないと言うように。 
 息の乱れが収まるまでの少しの間、二人はそうしていた。
 
 そして、ぴたりとくっついた体が離れかけたのは、志貴がふと今の二人の位
置関係に気づいたからだった。
 強く抱きしめたまま、秋葉の体に自分の体重を掛けている。
 慌てて、志貴は体を起こそうとした。
 が、上半身を少し動かしただけで終わる。

「秋葉?」

 当惑の志貴の声に、秋葉は無言。
 ただ、兄の手に回された腕が、言葉ならず離すまいとする意志を伝える。
 志貴はすぐに、その妹の想いを受け止める。
 わかったと頷くようにして、足と肘とで、なんとか体を少し浮かせる。
 途端に、それならばいいですと秋葉の腕が、弱まる。
 今度は志貴が、接触を求めるように動く。
 言葉にはせずに、行動で想いを伝える。秋葉の唇を求めて顔が近づく。
 秋葉もまた、自分から小さく柔らかい唇を寄せた。
 まだ服を着たまま抱き合ってしたくちづけとも、行為の最中の貪るような愛
撫のくちづけとも、違っていた。
 離れるのを惜しむように、二人は唇を触れ合わせ、舌を絡めていた。
 まだ残る交合の熱を二人でまだ逃すまいとするように。
 ずっと、長く……。








「秋葉はさ、満足してくれたんだよね」
「もちろんです」
「兄さんはご不満でしたか。
 私では物足りないと…」
「そんな訳あるか。そんな心配そうな顔しなくてもいいよ」

 それからまた、静かなる時が流れての後。
 もう、抱擁も、熱いくちづけも、裸のまま寄り添う姿勢に変わってはいた。
 それでも、頬や髪に触れる手、胸を突付く指、触れ合うだけの唇、そんな軽
い接触で、互いに快美感に満ちた瞳を向けていた。
 決して肉体的な結合だけが全てではないと声高に唱える訳ではないが、訊け
ば当たり前だと頷くような二人。

 で、あるのに、唐突に志貴から発せられた言葉は、そんな二人の共有体験に
異を挟むようなものであった。
 同じ言葉でも、志貴が違った態度であれば、秋葉はあっさりと一笑にふした
かもしれない。あるいは頬を膨らませ、軽く拗ねるような仕草を取ったかもし
れない。
 しかし、今の志貴は、秋葉に不安をもたらせた。
 志貴にしてからが、言い出し難そうな、内心の疑問を隠せども隠し切れぬ、
そんな表情をしていたから。

 秋葉は志貴の顔を見つめている。
 何を言い出すのだろうかと。何か拙い事をして、それで志貴の心を乱してい
るのだろうかと。
 そんな内心が瞳から透けて見えた。
 志貴は正しく愛する妹の心を察すると、やや苦笑交じりではあったが、優し
く微笑んだ。

「俺は、秋葉とこうしていて不満なんかないよ。
 初めての時からずっと、秋葉が可愛くて、可愛くて仕方が無い。
 どうやったら伝えられるかわからないほど、本当に秋葉を腕に抱き締めるだ
けで、幸せなんだ。
 嘘なんかじゃない」

 それだけをゆっくりと語り、秋葉の頬がみるみるピンク色に染まるのを見る。
 言葉にした志貴もまた頬を火照らせている。

「いや、その……、うん、誤魔化したりなんてしない。
 秋葉にいかれてるのは本当だから」
「私もです、兄さん。
 兄さんを思っているだけで幸せで、兄さんが私を愛していてくれているんだ
って思うだけで……」

 言いながら、胸がつまったように、秋葉は言葉を途切れさせた。
 迷わず、志貴は秋葉を軽く抱擁する。

「そうです、こうしているだけで、本当に私……」
「俺もだよ、秋葉」

 抱いた時と同じく、優しく志貴は抱擁を解いた。

「でね、そのさ、あの……」

 どう言おうかと志貴は葛藤していた。
 秋葉は待っている。
 意を決したように、志貴は口を開いた。

「秋葉を抱くのも好きなんだ。
 秋葉の全てを見て、抱きしめて、触れて、どこもかしこもキスして。
 秋葉とひとつになると……」

 真正面から見つめる。視線を外さない。

「幸せなんだ。おかしくなるくらい幸せになる。
 なんで、あんなに気が狂いそうなほど、秋葉の体って気持ちいいんだろうな」
「う、うう、その、兄さん……、そんな、真面目な顔で…」
「秋葉の体はどこもかしこも気持ちいい。
 いつもいつもそう思う。本当のことなんだから、仕方ないだろう」
 
 そう真顔で言うと、志貴はいったん言葉を止めた。
 迷い。
 ためらい、言葉を新たに口にする。さっきとは違う小さい声で。

「けれど、秋葉はそうじゃないんだな?」
「え?」

 何を言っているのかわからないという秋葉の顔。

「満足して貰えていると思ってた。
 でも、秋葉には、物足りなかったんだよな?」
「兄さん、何を言っているんです」

 戸惑いつつも、秋葉は疑問をぶつける。

「じゃあ、質問を変えるよ」
「はい」
「なんで、俺とした後で、一人になると……」
「一人になる……あっ」

 秋葉が驚愕の表情を浮かべる。
 志貴は、それを意識しつつも言葉を続ける。

「自分で、自分を慰める……、部屋でひとりで始めるんだよな?」

 偶然だった。
 秋葉の忘れ物を部屋まで届けた時。
 薄く開けた扉から洩れた、間違い様のない嬌声。
 そして隙間から見えた、秋葉の姿。
 衝撃的な姿と混乱。
 それ以来、志貴は秋葉の様子に注意を向け続けていた。
 疑問が、ある程度の確信と形作られるまで。
 その挙句の、今の言葉だった。

「それは……」
「物足りない?」
「そうじゃないんです」
「正直に言ってくれ。もしかして俺だけが満足してて、秋葉に寂しい思いをさ
せてない?」
「そんな事はありません」

 激する事無く、慌てる事無く、きっぱりと秋葉は断言した。
 多くの弁解の言葉より、雄弁に志貴を納得させる。

「いつも、あんなに可愛がって貰って、満足しないなんてありえません。
 時に意地悪な兄さんに焦らされたり、おねだりするまで何もして貰えない事
もありますけど」

 軽く睨む。
 そんな顔ですら秋葉は可愛いなあと思いつつも、志貴は反射的に後ずさりし
そうになる。精神的に。

「ええと、それはさ……」
「その代わり、いつもはおかしくなるくらい抱いて頂いていますから。
 今だって、何度も何度も……、幸せにして貰いました」

 言いつつ、さすがに秋葉の頬が赤らむ。

「でも、それなら何故?」
「だからなんです。
 あまりに良すぎて、一人になってからも、余韻みたいなものが、残るんです。
 部屋に戻ってぐっすりと眠る事が多いんですけど、時々目が冴えたままで。
 体がずっと熱くなっていて、そのままでは眠れなくて、だから、時々……」

 はしたないですねと呟く妹に、志貴はすぐさま首を左右に振り、否定する。

「でも、良かった。一人で悩んでなくて聞いて良かったよ。
 ごめんな秋葉、変な疑いかけて」

 安堵の色。声に、深く吐いた息が混じっている。

「いえ、兄さん。私も全然兄さんの事に気づいていませんでした。
 ごめんなさい、兄さん」
「秋葉が謝る事じゃないだろう」
「でも、こんなに安心した顔をなさるという事は、それだけ心配させたのでし
ょう?」
「……うん」
「だったら、私……」

 秋葉の顔が曇るのを志貴は見つめる。
 これではまずいなと考え、事態の解決について思い巡らせる。
 そして、ふいに口調を変えて秋葉に訊ねた。

「罪悪感みたいのがあるんだね、秋葉。それなら、謝りたい?」
「はい」
「本当に謝る必要なんて無いんだけどね。
 だったらさ、秋葉、ひとつお願いを聞いてくれないかな」
「なんでも言って下さい」
「ならばさ……」

 少し間を置き、志貴はゆっくりと望みを口にした。
 ぽかんとした顔で秋葉はそれを聞き、顔をさらに赤く染めた。
 抗議しかけ、兄のじっと見つめる瞳を前にし……、小さく頷いた。








「これでいいですか?」
「さあ、どうかな」
「さあって、兄さん……」
「だって、俺にはわからないもの」

 そっけない志貴の言葉に、秋葉は小さく唇を噛む。
 しかし、指示によらず体を動かしていく。
 熱のなさげな言葉と裏腹に、射通すように自分を見つめる兄の眼。それを強
く意識しながら。
 足が形を変えていく。
 ゆっくりと開く。
 白い透けるような肌、ほっそりとした太股が角度を広げていく。
 奥が開かれる。深い部分があからさまにされていく。

 秋葉は裸のままだった。
 先程一糸纏わぬ姿で志貴と交わり、そのままベッドにいるのだから、当然で
はあった。
 ただ、二人で陶然としつつ作っていた世界は既に存在していない。
 何も見えなくなる熱夢は、薄まり消えている。

 だから、今の熱は新たなもの。
 抱き合う為でなく、裸を晒している事への羞恥。
 見つめる兄もまた裸のままであり、性交の時とは違った存在感を見せる事へ
の戸惑い。

 志貴の眼は、さっきから秋葉の顔を見つめ、胸を見つめ、剥き出しの脚を見
つめていた。
 そして今は新たに秋葉自身が見てくれと曝け出す処を見つめている。 
 乱れた秘処。
 今夜だけでも、何度も突き入れ、その甘美な感触を味わった部分。
 しとどに濡れ、快楽の極みに達し、そして志貴からの迸りも一度ならず受け
た部分。
 軽く拭かれてはいるが、まだ性交の後を清めてはいない。
 残っている。少なくとも志貴の眼には一目瞭然。
 けれど、見苦しさはなく、むしろ淫靡さのみが強調されている。
 
「凄いなあ、いつもなら綺麗な秋葉のここ、最初からこんなにいやらしい姿だ」

 しげしげと見つめて、志貴は思ったままを口にした。
 秋葉は反応しない。
 いや、手が止まったのは、反応を見せないという反応だろうか。

「さあ、見せて」
「本当にするのですか、兄さん」
「ああ、秋葉も同意しただろう。
 いつもみたいに遠慮なくしてよ。秋葉が自分で慰めるところを見せてよ」

 幾分恨めしそうな顔。
 しかし、明らかに期待を浮かべて自分を見る目に、秋葉はもう一度頷いた。
 さっきと同じように。
 目の前で自慰行為をして欲しいという、兄の懇願を受け入れたのだった。

 ベッドに仰向けに横たわり、手を胸と股間とに近づけている。
 のろのろと、しかし止まる事は無く。
 それはもしかして兄が翻意してくれないだろうかという思いであっただろう。
 しかし、自分自身を焦らしているようにも志貴には見えた。

「ふうん、胸を触るんだ」
「はい」

 秋葉の細い指が、胸に触れていた。
 僅かな膨らみをなぞるように動く。
 裾野を円を描くように指先がゆっくりと散策し、かと思うと先端へと登って
いく。
 優美ですらある動き。
 だが、そうしているうちに、体が反応していく。
 先端の桃色の突起。
 小さいその部分が、ぷっくりと膨らんでいた。

「乳首、感じやすいものな、秋葉は」

 志貴は、秋葉の横にいた。
 邪魔にはならないように、触れるほどの傍には近づかない。
 それでも、時に息が掛かるほどに顔を寄せようとする。
 
「それから、どうしているの?」
「はい、こうして。ああ」

 壊れやすいものに触れるように、秋葉は自分の乳首に指を動かした。
 志貴の声に答えるように、白い人差し指と親指が柔らかく、ピンク色の突起
を摘む。
 ほんの些細な刺激とも言えぬ刺激。
 けれども、ぴくんと秋葉は反応する。

「なんで、こんなに……」
「本当に敏感だな。そうしながら、何を考えているの?」
「兄さんの事を。して貰った事を思い出して、その時、体に感じたものを思い
起こして……」

 乳首をまた、きゅっと掴む。
 それだけでなく、指の間で転がすように動かす。
 ああ、こうすると秋葉は可愛い声を上げるんだよな、と志貴は頷く。
 確かに、自分がした行為であるかもしれない、そう頭の中で確認する。
 だとすると、こうしていて、次は……。

「それから、俺は秋葉の尖った乳首を吸ったけど?」

 やや、からかうような言葉。
 秋葉は意図したものを知って、口を尖らせる。

「そんな真似はしません」
「そうか」

 自分の乳首に口を触れさせる事は出来ないだろう、とは言わない。
 志貴も内心でくすりと笑うものの、それを表には出さない。
 
「じゃあ、指を出してごらん、秋葉」
「は、はい?」

 胸に触れた手を前に伸ばす。
 恐る恐る自分に向けられた手、志貴はそれをそっとうやうやしく迎える。
 騎士のくちづけのように、口を近づける。
 だが、それほどにさりげない情熱の顕在ではなく、秋葉の指に唇をつけ、そ
のまま……、口に含んだ。

「はぁ、兄さん」

 それだけでも官能が刺激されるのか。
 指先を、爪をかすめる舌の感触に、身を捩る。
 最後に強く指先を吸うと、志貴は秋葉の指を解放した。
 その指はすぐさまさっきより明らかに尖った乳首に触れる。
 間接的に、今受けていた感覚を伝えるかのように。

 指は濡れ、口中の熱を移されていた。
 弄っているのは自分ではなく、志貴の指。いや、唇と舌であるような錯覚を
引き出した。
 軽く爪を立てたりもする。
 乳首を噛むのをなぞらえているのだろう。
 自分の行為ながら、秋葉は泣くように悲鳴を洩らす。
 でも、何度となく繰り返す。
 とても悲鳴を洩らしているとは思えない表情をもって。

「はぁ、はん……、あ、ふぅ」

 そのまま高みに向かうのを怖れたのか。
 あるいは軽く達したのか。
 秋葉の体が、止まった。
 胸の先端を噛む指が力を弱めていた。

「大丈夫、秋葉?」
「はい、平気です」

 小さい声。
 でも、きちんと反応しての声だとわかる。
 少しだけ息を整えたのだろう。また、秋葉の自慰行為は再開した。
 止めるつもりはないようだった。
 胸に添えられた手はそのままに、もう一方の手が、そろそろと伸びていく。
 股を滑り、薄い柔毛の丘を越え……、いったん止まる。

 志貴と眼を合わせる。
 注視の様を見て、恥ずかしそうに溜息を洩らす。
 熱を入れている眼に、自分もまた熱い吐息をこぼす。

 指が再び動いた。
 すでに触れる前から潤んでいる媚肉に到達する。
 ほんの少し触れるだけ。
 指先だけを湿らせながら、撫ぜるように上下に動かす。

 ああ、と志貴は理解する。
 さきほどの最初の愛撫。
 できるだけ優しくソフトにとした指の運び。それを模している。
 こんな風にしていたのか。
 あるいは秋葉はこうやって受け止めていたのか。
 志貴は、秋葉による自らの性器を、淫液をまといつかせながら指で触れる行
為を眺めつつ思う。

「兄さん」
「なんだ、秋葉?」
「焦らさないで下さい」
「え? あ、ああ」

 突然の言葉に志貴は戸惑い、秋葉の表情を見て理解する。
 このやり取りは初めてではなかったから。

「どうして欲しいんだ、秋葉は?」
「もっと……」
「もっと、何?」
「兄さんの指で、弄ってください」
「わかった。秋葉のいやらしいところ、もっと見せて貰うよ」

 言葉通り、志貴の指が動きを変えた。
 正確に言えば、志貴の指を演じる秋葉の指が。
 繊細な迄の柔らかな上下運動は姿を消し、不躾なまでに、合わせ目より進入
する。
 開き、綺麗な中の色がさらに見えてしまう。
 湿っているどころか滴るほどに濡れた肉壁、襞。
 指が触れ、押し、嬲るのにあわせ、じゅぷと音を立てる。
 既に堪っていた愛液、そして新たに分泌されこぼれる粘液。
 
「ああ、凄い、あ、兄さん」

 感に堪えたように秋葉は声を出す。
 指は休む事はない。
 乳首を執拗に責めていた左の手も、もう一方を求めるように股間に場所を移
した。
 膣口あたりを弄る右の手はそのままに、左手の指はその上を探る。
 陰唇の合わせ目を。
 既に硬くなり、包皮から自ら姿を現そうとするクリトリスを。
 さすがにいきなり強くはせず、周辺から、そっと触れていく。
 いちばんの感じる部分だからだろう。
 志貴が愛撫するのとは違いを感じさせた。
 より入念に強さと触れ方を図っている。
 そうか、ああすると秋葉は気持ちいいんだ、志貴は内心で頷き、記憶しよう
とする。
 もっとも、これほど強く見つめていのだ。忘れようとしても忘れられないだ
ろう。

 魅惑的だった。
 秋葉の自慰に耽る姿は、普段性交の中で目にする艶姿とはまた違った魅力が
あった。
 自ら性器を指で弄る動きはあまりに淫靡であった。
 それでいて快感を引き出すだけのこの指使いは、優美ですらある。
 
 それに、だんだんと変化していく。
 秋葉は高まっていく。
 白い肌の色づく様。
 息の乱れる様。
 耐えがたく声を洩らし、顔を動かす様。
 夢中になっている。

 まだ、途中だとわかっている。
 さらに高まるとどうなるのだろう。
 自分の指でこうなるなんてと、驚きが志貴にはあった。

 それ故に、志貴は秋葉に声を掛けた。
 それには水を差してはいけないと思いつつも、浮かんだ疑問をぶつけた。
 なるべく驚かせないようにと思いつつ。

「秋葉、ひとつ教えて」
「何です、にい…さん……」
「終わってからさ、秋葉とずっと一緒にいる時はどうしているの。
 抱き合ったまま、じっとしていて、そのまま二人で朝まで眠ったり。
 その時はどうしているの?」
「どうって……?」
「我慢させちゃってるのかな、本当は今みたいにしたいのに」

 喘いだ顔が、くすりと笑う。
 面白そうに秋葉は志貴を見た。

「兄さんは、本当に女の子のことがわかっていません」
「そうかもな」
「逆です。さっきのは一人だから仕方なくするんです。
 兄さんと離れたから、自分で慰めるんです。
 傍に兄さんがいてくださるなら、それだけで満ち足りるんです」
「そうか……」

 また、胸を弄る手。
 淫液に塗れた指で乳首を摘み、胸に塗りたくる。
 一方で、股間に深く忍び入る細指。
 喘ぎつつ、秋葉はさらに伝える。

「だから、本当は今は、こんな事する必要はないんです。
 兄さんがいるんですもの。
 でも、気持ちいい。兄さんが傍にいるから、兄さんに見られているからかな。
 なんだが、自分でしているのに、兄さんに可愛がって貰っているみたいです」

 そうかと志貴は頷き、後はただ見守る。
 秋葉も、何も言わずに没頭していく。
 段々と指が激しさを増していく。
 もう、余裕もないのだろう。
 止めようとしても止まらないのか。
 両の手が、谷間を弄っている。
 まるで手で隠しているようで、性器は覆い隠されている。
 けれど、指が蠢く様は、何とも淫靡だった。
 肝心な部分は見えないが、指を濡らし、脚やシーツを濡らす淫液。
 紅潮。
 くちゅ、ぐちゅと聞こえる何とも官能を刺激する淫音。

 漂う秋葉の匂い、女の興奮の匂い。
 それだけで、絶頂は近いと志貴に感じさせる。
 あの、腕の中で体を震わせる時の、こちらを酔わせ射精に導く匂いだと。

「に…いさん……」

 泣きそうな顔が志貴を見ている。
 悲しみも哀切も微塵も無い。
 とろんとした瞳。歓喜。
 どうしようもない身内の高ぶりから、目が潤んでいる。頬が紅潮している。
 声が途切れ、吐息は乱れている。

「いいよ、秋葉。
 見てて上げる。秋葉が一人でイクところを全部見てて上げる。
 だから……」

 秋葉の手は既に止まっている。
 両の指を内側に曲げ、ぽとぽとと垂れる愛液の滴りを止めるように、掻き混
ぜるように、柔肉の重なりに埋めたまま。
 あと、少しの動きで、決壊する。留めている最後の瞬間が来る。
 それを決めるのは、自分ではなく、兄の意志。
 そんな目で、熱に浮かされたように志貴を見つめる。

 志貴は、言い掛けた言葉を途切れさせて、間を取る。
 焦らしている。
 でも、それは秋葉を困惑させたり、意地悪する為でなく。
 その焦らしの時間がよりいっそうの喜びを与えると知っている為。より高い
跳躍の為に、屈み力を蓄えるが如く。
 そして―――、解き放つ。 

「だから……、イッていいよ、秋葉」
「兄さんッッ」

 秘裂の奥に入れられた手は、それ以上は動こうとしない。
 上乗せされるべき刺激はない。
 ただ、兄からの許可の言葉。
 それだけで、秋葉は飛んだ。

「あああ、兄さん。イキます、もう、わたし、凄い……、にい……」

 びくんと体が跳ねるようにのけぞる。
 歓喜の極み。
 果てていた。自分の指で秋葉は絶頂を迎えていた。
 見ているだけでぞくぞくとさせる姿態、声、空気。
 しかし、志貴はうっとりと眺めつつも呟いた。
 
「秋葉、やっぱり秋葉が自分の指だけで満足するのは……」

 嫌だと続くのか、あるいは寂しいとでもなるのか。
 秋葉と呼びかけるものの、独り言のような言葉の語尾は小さく消えた。
 どのみち、その言葉は秋葉には聞こえない。
 そんな余裕は無い。

 絶頂を迎えた秋葉の膣口に、志貴はすっと指を差し入れた。
 秋葉の手を左右に分けて、濡れた谷間に触れた。
 細い指は、力なく場所を譲る。
 代わって深く志貴の指が潜る。
 ねっとりと絡む柔肉はしめつけつつも歓迎するように迎え入れる。

 指が深く、根本までも潜った。
 熱い。解けそうなほど熱い。
 濡れている。どろどろになっている。
 掌を上にして挿入した指が曲げられた。
 引っかくような動き。
 秋葉の膣壁の前の部分が、刺激される。
 深奥での動きに、秋葉はがくんと背を仰け反らせる。

「ッあんん」

 びくんと強く体が跳ねた。
 絶頂したばかりの体が、同じ激しさを示す。
 さっきよりも切迫した声が洩れる。
 甘く瑞々しくとも、悲鳴に近い。
 志貴の指がぎゅっと回りの収縮に締め付けられる。
 
「え、秋葉?」

 その途端だった。
 思いもよらぬものが志貴を驚かせた。
 細かい水が爆ぜた、そう思えた。
 指が、手が、びしゃびしゃと濡れる。
 ぱっと飛び散る液体によって。
 何だ、これはと志貴は目を見開く。
 初めての経験だった。こんな事は今までにない。
 忘我でとろんとしている秋葉には、自分に何が起こったのか、まったくわか
っていない様子。

 とろとろと溢れる愛液とは違う。
 興奮の果てのおもらしとも違う。
 これは……と考え、ああ、と志貴は悟った。
 知識としては知っているものに到達する。

「潮吹きだよな」

 呟き、まじまじと跡を見つめる。
 手や腕を、秋葉自身の股を濡らしている。
 絶頂の極みでの、意識せぬ女性の迸り。
 
「感じ過ぎたのかな」

 呟きに返事はない。
 ぐんにゃりと体を弛緩させた秋葉に、言葉はない。
 大丈夫かなと志貴は様子を窺い、とりあえずそっと休ませる事にした。

 手にかかった飛沫を舌でぺろりと舐める。
 秋葉から出たものに別段抵抗は無かった。
 舌に触れる感触に粘性は薄い。

 もっと秋葉の秘められた部分を探ってみたくなる。
 指を入れ、広げ、覗き込み。
 けれど、秋葉の姿を見て、あっさりと志貴はそんな好奇心を捨てた。
 そんなオモチャみたいに秋葉の体を弄る訳にはいかなかった。
 
 代わりに、手を差しのばす。
 背に手を当て、優しく抱き寄せる。

「兄さん……?」
「ごめん、無理させちゃったな」
「平気です……、兄さんに見られて、おかしくなっちゃいました」
「最後は手を出しちゃったしなあ」
「酷いです、あれで止めを刺されました」
「うん、謝る」
「じゃあ、お願いを聞いて下さいますか?」

 秋葉は問うと、志貴をじっと見る。
 柔らかい笑みは、決して糾弾の色など含んでいない。
 志貴は秋葉の願いに対して首を縦に振ろうとして、何か思いついたように止
めた。
 ほんの刹那の中の動きで、秋葉も何も感じなかった。

「秋葉がお願いを聞いてくれたら」
「……私が?」
「ああ」

 訝しげな顔をした妹に、済ました顔で志貴は言葉を続ける。
 予想通りの反応に、内心でクスリと笑いながら。

「しばらく、秋葉とこうしていたいんだけど、ダメかな?」
「え?」
「だから、こうして、秋葉を腕の中に入れたままでいたい」
「……」

 驚いたように志貴を見つめる瞳。
 それには注意を払わないように見える志貴が、溜息をつく。

「秋葉が嫌なら仕方ないな。
 そうだな、そろそろ疲れて眠りたいよな。それなら……」
「兄さん」
「うん?」
「兄さんのお願い、聞いて差し上げます」

 返事代わりに、志貴は秋葉の体に回した腕に少しだけ力を加えた。
 肌がより重なり合う。

「なんで……、わかったんです?」
 
 秋葉が小さく呟く。

「そりゃ、わかるさ。秋葉の事だもの」
「いつも、そうならありがたいですけどね。
 でも、嬉しいです。私のお願いを取り上げてしまった事」

 秋葉のお願いというのも同じだった。
 しばらく、このままでいたい。少しだけでいいから抱きしめていて欲しい。
 それを志貴の口から言われたのだ。
 それも志貴から秋葉へのお願いとして。
 それだけで、秋葉の体には痺れるような幸福感が湧き出してくるようだった。

「それにしても、今になって、凄く恥ずかしい。
 私、兄さんの前で、なんて事を……」
「可愛かったぞ、秋葉」
「そう言われると少し嬉しいですけど。
 ……ねえ、兄さん。私、おかしくなかったですか?」
「少しも。ドキドキするほどエッチに見えたけどね」
「それは、兄さんのせいです」
「そうか」
「そうです。後、最後は訳がわからなくなったんですけど、乱れて変な事言っ
たりしてません?」
「うーん、俺も夢中だったから気づかなかったよ」

 志貴は潮吹きの事は口を噤んでおいた。
 ただでさえ、恥ずかしい真似をさせてしまったのだ。
 秋葉自身には自覚がない様子。
 ならばふせておこう。
 そう志貴は考えていた。
 いつもより濡らしてしまった、そう思っていても別に支障がない。
 この心地よい雰囲気を乱したくなかったから。

 兄の肩口に秋葉の頭が触れる。
 完全に体を預けて、頼り切っている状態。
 
 秋葉はもういいですとは言わず。
 志貴もまた、まだかと問う事もなかった。
 ずっと、二人は肌を合わせたままでいた。
 さっきも抱き合い陶酔と情熱の時を過ごしはした。
 それも素晴らしい二人の時ではあった。
 だが、今のこの状態。
 まったく動きを伴わぬただの接触、僅かな言葉だけを用いた交わり。
 この交歓の時間もまた、秋葉にも志貴に同じ思いを抱かせた。
 幾多の言葉でも言い表せない。
 ただ端的に言えば―――、幸せを。


  END










―――あとがき
 
 やっぱり秋葉は書いてて楽しい。
 何度となく思っていますが、今回も。
 きっと次回もそう思うでしょう。

 前に書いたのが、やはり多少引かれたようなので、おとなしめに。
 薄すぎるかな。
 クライマックス部分のアイディアについては、触手と後ろがお好きな某絵師
様よりヒントを頂きました。
 謹んでお礼申し上げます。

 お読み頂きありがとうございました。

  by しにを(2004/4/22)



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