今年初めて、本日最後の

作:しにを

            



 静かで、穏やかな夜だった。
 あるいは喧騒と興奮の時間から開放されたが為によりそう感じているのか。 
 平穏を味わうように、志貴はベッドの中でまだ目を開けたままでいた。
 もう眠ってしまってもいいだろうなあとは思いつつも、まだ起きている。
 先ほど部屋の外から遠く、時を刻む音が小さく聞こえた。日付が変わるまで
残された時間はあまりない。
 まもなくだろうと判断する。
 予期せぬ来客があるとすれば。

 やや矛盾している。
 確かにはっきりと約束はしていない。だが、ここに誰が来るのかを知ってい
るのだから、そもそも予期せぬという部分が誤りなのかもしれない。
 いや、誰が来るかを知っているというのも違うか。来るのであれば残された
のはあと一人という事なんだよなと、訂正してみる。
 ただし実際のところ、今夜はもう誰も来ないとしても別に不思議ではないん
だよな、そうも思う。
 来るかな、来ないのかな。

 そんな事をベッドの中でぼんやりと考え、頭の片隅で物音を意識している。
 どちらも根拠はあり、理によってはどちらとも判断はつかない。結局は思考
の堂々巡りをして、成り行きに任せている事しかできない。
 そんな不毛な迷路を歩いていたら、いつしか眠りに落ちる筈なのだが、やは
り来ない訳がないと心の奥底では判断していたのか、眠気はなかった。

 はたして、ノックの音がした。
 小さく。中にいる者に知らせると言うよりも、形ばかり儀礼の通りにしたよ
うな軽い叩き方。
 返事を待たずに、扉は開けられた。
 鍵が掛かっていない事は最初から承知している体で。

 志貴は寝たままの格好て視線だけをそちちらへと向ける。
 そっと部屋へと入る細い人影。
 予期せぬ待ち人の姿。
 やはり来るよなあと、内心で呟く。

「兄さん、まだ起きていますか」

 完全に部屋に入ると来訪者、秋葉は訊ねた。
 後ろでに扉は閉めてしまっている。
 訊ねつつも、既に目で見て志貴の姿は確認はしている。
 あくまで会話の糸口というものであろう。
 志貴も秋葉の言葉に、見ればわかるだろうなどと無碍に答えない。

「ああ、起きていたよ」

 そうですねと言うように秋葉が小さく頷く。
 意外さの欠片もそこには無い。当然という表情。
 
「まだ寝てませんよね、という言い方の方が相応しくないか」
「本来眠っている時間に、身一つで男性の寝室に忍んで来るのですから、遠慮
がちにもなりますよ。まずは手順を踏みませんと」

 と言いつつも部屋に入るのに許可を取るという手順は取っていなかった。も
とより不要という事になっているのかもしれないが。
 志貴も当然のように咎めだてはしない。
 秋葉がベッドに近づくまで、僅かに会話が途切れた。
 寝たままこちらを眺めている兄の姿に別段気分を悪くする事はなく、秋葉は
ただ検分するように志貴を見返している。

「随分とお疲れの様子ですね」
「お察しの通りだ」

 志貴は素直に答えた。
 秋葉としてもどんな状態かは分かっており、これもまたあくまで会話の取っ
掛かりに過ぎない。

「まあ、そうなりますよね」
「なるさ。本当に疲れた」

 何とも言いがたい表情で秋葉が志貴を見る。
 志貴の様子に、気遣いを含む感情の色が浮かぶ。
 そして仕方ないですねと言いだけな様子。
 値踏みにも似た、幾分かの迷いの成分が揺らめいていた。
 
 これはもしかして見逃してもらえるかなと志貴は思った。あるいは希望を抱
きかけた。
 しかし、それを読み取ったかのように秋葉が表情を変えた。
 志貴が束の間持っていた希望を手放すような変わり方。
 煎じ詰めると「いいえ、逃がしはしませんよ」と言っている。
 志貴はそれをきちんと読み取り、小さくため息を洩らした。

「一応、念の為に確認しておくけど」
「兄さんと今年初めての、いわゆる姫始めをする為に参りました」
「参りましたか」
「ええ、そうです」

 やや嘆息めいた声の志貴に対して秋葉は晴れやかな声。
 表情もまた声と同じく微笑を浮かべている。

「あら、喜んで下さらないんですか。
 年も改まり、新鮮な気持ちで、わたしと……、その、いたす事に」

 ちょっと言葉の選択に迷うのを、志貴は少し可愛いなと思ってしまう。

「それは喜ばしい事だけどさ」
「年の瀬はいろいろとばたばたしていてすっかりご無沙汰……でもなかったで
すかね」
「さすがに年末は回数は少なかったかな。時間当たりの濃度はともかく。
 ここ数日はご無沙汰だったけどな、確かに」

 年が明けたと同時に、年末が急に後方へと遠ざかったような気分になる。
 志貴にしても、秋葉にしても。

「ならばもっと歓迎の意を表して下さってもいいんじゃないですか。
 例え昨日に続いていたのだとしても、今日は初めてなんですし。
 いえ、今年初ですよ、初」

 本気で言っているのかと志貴は秋葉の表情を覗い、そうであると受け取る。
 間違い無く真顔だった。

「秋葉とは今日初めてだけど、俺に関して言えば全然初じゃないし」

 正論すぎる事実の提示。
 束の間沈黙が支配する。
 さらに志貴は言葉を足した。
 
「いくら凄いごちそうでも満腹になったらそれ以上食べられないだろう。
 食べたいという気持ちも無くなるしさ。
 どれだけ和洋中と多彩でそれぞれ素晴らしい料理だとしても」

 突き放すような口調でもなく、逆に説き伏せる様でもなく、平坦な物言いな
のが却って妙な説得力を伴っていた。
 しかし、わかってくれと願っていたのであれば、それは叶わなかった。
 頷きつつ、秋葉は平然として言葉を返したから。

「だったら、私の前については全部拒否をなされば良かったんです。
 俺は秋葉としたいんだ。他の奴なんか後回し、いやもういらないって。
 兄さんの例で言うなら、箸を置くとか、お椀に蓋をするとか」

 和食イメージだとどっちかというと秋葉に対する拒絶みたいだなと、こんな
時なのにつまらない感想が湧く。
 まあ、そんな事はさすがに志貴も口に出さない。

「言える訳が無いだろう、そんな事」
「まあ、そうでしょうね」

 一歩前に強く出たと思うと、すっと下がる。
 多少の言い争いになりかねない風向きをかわされ、志貴は意表を突かれた。
 場の主導権をどちらが握っているかと言えば、秋葉だったろう。
 今ここに到るまでたっぷりと考える時間はあったのだから。
 
 1月1日。
 元旦。
 今日はいろいろな思惑が交差した1日であった。
 志貴を巡る複数の少女達にとって。

 まず、最初にひとつの決断を下さねばならなかった。
 あくまで全てを得ようとするか。そして事ならぬ場合に手元に何も残らない
事を覚悟するか。
 それとも、譲歩して一部分だけでも確保できる道を選ぶか。
 結果、全員が確実さを求めた。最初から公平に等分しようと考えていたか、
隙あらば少しでも自分のかさを増やそうとしていたのかは別として。
 ともかくも、新年最初の日における遠野志貴という有限なる資源に対して、
この屋敷内外の女性陣は分割案で合意したのだが、あいにく志貴は物理的に分
けられない。分けられはするが、その時点で遠野志貴という存在は消え失せて
しまう。よって分割方法は、時間的によるものと決定された。

 初詣や朝餉、他の行事などにも時間を取られるし、一日の残った部分を切り
分けるのはかなり難儀する問題ではあった。しかしいろんな要素を取捨選択し
出来うる限り公平に、それぞれの少女に志貴と自分だけが過ごす時間は与えら
れたのだった。
 有限たる時間をどう使うかは獲得者の思案に委ねられたが、つまるところ本
日だけで志貴は何回もの肉体接触と粘膜接触、最後まで到るかは別として局部
充血と挿入行為だけは繰り返す羽目となっていた。
 もちろん志貴に拒否権は認められず、なおかつどのような予定で誰がどうす
るのかすらも予備知識が無い方が良いという判断で教えられてはいなかった。
 で、深夜近くの日が変わる前、最後の最後の大締めを獲得した、あるいはそ
こまで籤を外し続けたのが、秋葉だった。
 そこまで至ると、消去法によって志貴もトリを飾るのは秋葉であると判断を
つけられた。

 最愛の兄が他の女の毒牙に掛かるのを歯噛みし、自分の番になった時に一滴
でも残っているのだろうかと焦燥して待ち続けた秋葉の今日の十数時間。
 途中、全員が集まる折や、料理を運ぶ姉妹とすれ違った折など、進捗の様子
を感じさせる要素があるのがまた、焦燥感を強くさせていた。
 しかし、今はそんな様子はない。少なくとも表に出してはしていない。
 だから、志貴としても理で通じるかななどと考た訳ではあった。
 ひとつの提案を秋葉にする。 

「どうかな、今日はやめてさ、明日に変更できないかな。
 一晩眠ればけっこう回復してると思うぞ。
 それに今から急いで始めるより、時間の余裕だってあるし」
「確かにそうかもしれませんが」

 ちょっとだけ検討のそぶりを見せる。
 公平に見た場合、そう悪くない交渉内容ではあった。
 さすがに元旦は過度に無理をさせる事になったので、翌日については強制的
な時間の搾取はなく、志貴の好きなように使える事になっている。
 だが、思案の色も束の間、秋葉は左右に首を振った。

「やはり、今日です。
 私だけ姫始めをすませずに、元旦を終わらせてしまうのは嫌です。
 一年の計は元旦にありとは古来よりの言葉、今年中これで何事にも後れを取
るようになっては堪ったものではありません」

 まあ、頷かれるとは思っていなかったよと表情で志貴は返し、それでも言葉
では幾ばくかの抵抗を試みる。

「でも、姫始めと言っても、もうとっくに朝のうちに済んじゃっているけど」
「兄さんはそうでしょうとも。
 でも、私の方は兄さんとの姫始めはまだですから」
「男側からじゃないのか、こういうのの基準は」
「迎え入れる方からでも構わないでしょう」

 違いますかと瞳で突きつける。

「構わないな、確かに。
 一方的とは言っても約束は約束だし。秋葉だけ駄目とも言えないよな。
 よし、そうと決まったらもう文句は無しにしよう。
 じゃあ、始めようか。秋葉……」
「あ、いえ、そのままで」
「うん?」

 身を起こそうとした志貴を秋葉は手で制した。

「積極的になって頂いて嬉しいのですけど、今日は能動的に参加頂かなくても
構いません。そのまま何もなさらなくても大丈夫です」
「何もせずっと言っても、寝てるだけでいいのか」
「今夜は普段のように可愛がって頂こうとまでは、さすがに望みません。
 だいぶお疲れの身に、無理をさせ過ぎてしまうのは本意ではありません」
「充分に無理の領域に入っていると思うけどな、今でもさ」
「だったら、もっと限界突破するまで無理して頂いても良いのですよ。
 兄さんから望んで下さるならこちらに固辞するつもりはありませんから」

 そこまで言って、ふっと秋葉の表情が柔らかいものになる。
 優しいといっていい眼差し。

「まあ、私なりに考えての妥協点ですから、素直に受け入れて下さい。
 そんな事でよろしいですか」
「よろしいよ」
「それではそのまま寝た姿勢でいて下さい。何なら無理せずにそのままに眠っ
てしまっても結構ですよ。
 とりあえず私からご奉仕させて頂きますから、ゆったりとご堪能下さい。
 気持ちよくお休みになれるような、心地良い心持ちにしますから」
「そこまで言うなら、素直に甘えるかな」
「別段、興がのったら能動的になられてもいいんですけど……、いえ、やめて
おきましょう。そう言ってしまうと結局は強制みたいになりそうですし。
 本当にただ寝ていて下さればいいです」
「わかった」

 まあ、こういうのも良いか。
 完全に受け身なのも悪くないかな、特に今日みたいな日は……などと思って
いると、秋葉の手が当たり前のように志貴の衣服を脱がせにかかった。
 妙に慌てて、志貴はそれを制止させた。

「何ですか、兄さん」
「いいよ、それくらいは自分でするから」
「でも一緒にシャワー浴びる時に、脱ぐのお手伝いしたりしますよね」
「そうだけど、寝たままで剥ぎ取られるのは何か違う気がする。それに秋葉も
この体勢だとやりにくいだろう。そこは協力する。いや、自分で全部脱ぐ。
 だから秋葉は自分の事をしろ」

 やれやれという顔をして、しかしそこで議論しても仕方ないと判断したのだ
ろう。さっさと、しかし品良く、秋葉も性交の準備として自分の来ているもの
を脱ぎ始めた。
 白い肌がするりと露わになるのは見惚れるほどの眺めだった。
 下着は最初からつけないでここまでやって来ていた。
 脱いだものをきちんと畳みながら、秋葉は手の止まった兄の方をじろりと見
る。慌てて志貴も全裸になった。

「では、改めまして」
「うん」

 その短い言葉のやり取りでスイッチが切り替わった。始まりの空気。
 さて、何をされるのかと志貴が期待すると、上から被さる様にして秋葉の顔
が近づいた。その距離の近さに少しドギマギとする。
 何かねだる様な唇。
 欲しているのが何かは一目瞭然。しかし、意地悪をしてではなく、どうして
いいいのか志貴は戸惑う。手を出していいものか、どうか。
 痺れを切らしたのか、秋葉が言葉で求める。

「いきなり言葉を翻しますが、最初の最初だけちょっと手を出して欲しいな、
などと思うのですが、いかがでしょうか」
「はいはい」

 それでいいならと。顔を寄せてきたのを下から顔をもたげて志貴は受ける。
 二人で顔を寄せあい、唇を触れさせた。
 軽く触れるだけの感触を味わい、どちらともなく離れ、再び合わせあう。
 より強く。唇だけでは足らず、舌が忍び込み合う。
 探りあい、絡ませあい、柔らかい感触を味わいあう。
 互いの息が混ざり、唾液が行き来する。
 普段であれば、志貴の顔が下向きとなるが、今は逆。
 従って、唾液は志貴の口に滴り落ちた。
 舌を絡ませたまま、志貴はそれを飲み込んだ。
 その動きを合図として、秋葉はとろんとした目で、ようやく離れた。
 いつの間にか抱き合う形になっていたが、秋葉が体ごと横へとずれた。

「軽い、おやすみのキスで良かったのですけど」
「今のは俺だけの責任じゃないだろ、どう考えても」

 照れ隠しのような文句に、志貴も柔らかい口調で返す。
 キスと言うより濃密に口唇愛撫、それで少なからず火をともされた。
 疲れているのは確かだったが、それほど妹から誘われていれば、心が動かな
いわけでもない。
 キスを受けて色香が増した秋葉の表情がまた、そそらせられるものだった。

 思わずもう一度と志貴は求めかけるが、それは細い手で制せられた。
 きっぱりとした、しかし優しげな仕草で。

「今ので充分ですよ、兄さん
 何度も言いますけど、今夜は寝ていてくださればいいですから」
「ああ、そうだったな」

 少し気分が落ち着いた。
 手だけ動かして枕を掴むと、志貴は頭の下に潜らせた。何をされるのかが見
えるように。
 一方、秋葉は志貴の下半身側へと移動していた。
 腰の脇に侍るように寄り添い座り、まず手で志貴に触れた。
 柔らかい感触。手のひらの滑らかな刺激が脳に伝わる。
 両の手がゆっくりと撫でている。
  股の間に入って正面から行うのならばシンメトリーな動きになったのだろう
が、横からだったから、右手と左手がそれぞれ別の生き物のように這い回って
いる。
 縮こまったままで、本日の度重なる酷使ゆえに疲れてもいる筈の器官であっ
たが、それでもきちんと快感は受け取っていた。
 それだけの力が小さな掌にはあった。
 少し面白そうにうなだれた肉棒をくすぐり、根本や太ももまで柔らかく撫で
る。あせらずに何度も、時にアクセントをつけて。
 そうした行為の蓄積で、志貴の反応が現れてくる。
 だんだんと掌ひとつで包めるのは困難となり、飛び出すほどにはなった。
 掌中に収まらないと見ると、別々の動きだった右手と左手が息を合わせ始め
た。幹を挟み支えつつの動きに変わる。両手で扱くと言うより撫でていく。
 頼りないながらも手を離しても屹立したままになるまで成長させ、ようやく
手が離れる。

 しばし刺激が無い状態となった。
 すぐにも倒れそうな危うい姿を見て次なる手管を考えているのか。とりあえ
ず今年の初勃ちを観賞しているのか。
 また手が触れた。両手に挟まれる刺激から、片手でのそれに変わる。
 軽く押さえ、甘く握る。
 もう一つの手は、下からあてがわれた。
 屹立の根本の両隣、屹立に引っ張られぎみとなっている袋、急所であるふた
つの玉を包む。揉むまでいかない、手に乗せる程度の圧迫ともいえない接触。
しかし、それだけでも自身の体温と違う温度が、刺激となる。
 冷たい手であっても、暖かい手であっても、他者に触れられているという事
実が違和感と快美と似つながっている。
 自然と志貴の口から、声が小さく洩れた。

 それを合図としたように急に温かい感触に包まれる。
 いきなり咥えられた。
 とは言え、快感というには弱く、淡い。
 ぬるく、心地よい。
 とろけるような快美。
 同じとろけるではあっても、普段の頬をすぼめての激しい口技が硬く大きな
鋼材を溶かしていく溶鉱炉だとすれば、今は積まれた雪をとろとろと崩してい
く穏やかな日差しだった。
 圧倒的な快感の熱でもって下半身が蕩けるのとは違う。
 別な感覚。
 柔らかく、弱く、微か。
 ぐにゃぐにゃと形を失い、液体となってこぼれているような頼りなさ。

 激しく射精して敏感さのピークを越えたところでそっと優しく舌で後始末さ
れている時の心地よさに近いのかもしれない。

 口に入れてはいるが、口内壁にこすり付けたり、強く吸う動きをしてはいな
い。ただ密着させている。
 濡れた舌や上口蓋が軽く触れているだけ。
 能動的に貪りたいという気持ちはなく、一方的に与えられている立場にマッ
チした何ともいえない心地よさ。

 舌が包んでくる。
 熱くもなく、強くもなく。
 それでいて心地よさと柔らかさがきちんと感じられる。
 与える動きでも、促す動きでもない。
 ずっとこのままでいたくなるほどこれは気持ちよい。

 しかし、それを裏切るように秋葉は離れてしまう。
 始まった時と同じく、緩やかにすっと離れる。
 もう少しだけ、もっとと言いたくもなるが、あえて志貴は黙っていた。
 今度は何をするのかの期待がある。
 また、このまま寝入ったら気持ちよく眠れそうだとも思う。
 快感に浸りながら眠るのは至福だろう。

「だいぶ、元気になってきましたよ、兄さん」

 そう言うと、秋葉は笑みを浮かべて志貴を見る。
 志貴はあえて返事はしない。

「でも、もう少し」

 濡れた幹に指先をつつと滑らせる。
 動じない硬さ、跳ね返すバネ弾力には欠けているのがわかる。
 内から漲る感じに欠け、頼りない。
 ただ、それに対して強引な真似はするつもりはないようだった。
 握るようにして強く扱いたりとか、先端のみを集中的に攻めたりとか。
 鈴口の周りを歯で甘噛みした上で舌をねじ入れたり、高速で擦り舐めたりと
か、もっと無造作に指の先端でぐりぐりとする真似を、あまりの不甲斐なさを
見せている時にするのだが、今日はそんな気配はない。
 快感が度を超すとむしろ萎えさせるというのは秋葉も承知している。
 ただ、一方、何が発火点になるかわからない。
 乳首をねっとりと舐めてうめき声をあげても駄目だったものが、強く齧った
ら悲鳴と共にそそり立ったり。
 どうにも何をしても反応が鈍く、諦めてがっかりとしている妹の顔と、何故
か割れてしまって絆創膏をはった足の薬指を見ていたら、むくむくと鎌首をも
たげたという事例が記憶されている。

「ところで、知っていますか、兄さん。
 男の人は眠っていても、ちゃんとここは機能するんですよ」

 眠ったままでも勃起もするし、一定量の刺激で射精にまで到る。
 知識と言うよりも、経験しての言葉。

 それに対しては、志貴としても返す言葉はあった。
 知っているか、秋葉。
 女の人だって完全に眠っていても反応して、感じて声を洩らして最後までイ
ク事だって出来るんだと。
 実際に口にはしなかったが。

 秋葉が大きく体の位置を変えた。
 今度は四つんばいとなって、志貴の体を下に置く体位。
 顔は依然として先ほどまでと同じ所を向いている。要は互いに相手の性器を
舐めあい、愛撫しあう時の体勢になっている。
 しかし、今は志貴のやり易いように体の角度を変えたり、腰の高さを調整し
たりといった事はしていない。先ほどまでと同じくあくまで秋葉から志貴への
行為となっている。
 触れている箇所は増えたが、抱き合っている時の様に密着はしていない。
 先程までとの違いがあるとすれば、志貴から何をしているかが直接には見え
難くなっている。しかしこれはマイナスのようでいて、受ける刺激により敏感
になる効果はある。
 そして変わって、嫌でも目に入るのは秋葉の陰部であり、視覚的な刺激は大
だった。志貴からは最初のキス以外、能動的に秋葉には何もしていないのに、
秋葉のそこは明らかに濡れ光っていた。
 さらに、微細な、しかし明らかな発情の匂いが志貴の鼻に届いていた。と言
うことは、視覚だけでなく嗅覚をも刺激している事になる。

 秋葉のあからさまになっている部分に気を取られていると、また違った感触
が下半身から届いた。
 何をされているのだろうかと、今度はそちらへ意識が向く。
 柔らかい肌に触れているのは確かだが、少し温かさが増している。
 さらりと掠めたもの、これは艶やかな黒髪だろう。
 顔に触れているのかと思い当たる。
 頬ずりをしている。そして頬だけでなく唇や鼻梁にも触れさせている。
 決して初めてではないが、視覚がないで触感だけだと、未知の体験になるも
のだなと志貴は思った。
 そうした、顔コキとも言われる行為は、どちらかと言えば、それ自体の感触
を楽しむというよりも、目で征服感じみたものを味わうものてせはないか。
 口と舌とを存分に味わって、そのまま口中に弾けさせたり、寸前で抜き取っ
て間近から顔に浴びせた後で、顔にまだ衰えない肉棒を誇示し擦り付けるとい
う似て非なる行為も、肉体的より精神的な悦びが強いカテゴリーに属するのか
もしれない。
 綺麗な顔を、さんざん淫戯に乱れてなお清らかに見える面を汚す、無法かも
しれない喜び。

 志貴からは見えないが、ぬらぬらとした志貴のものをうっとりとした表情で
秋葉は顔にこすり付けていた。それを拭おうともせず、また唇の柔らかい締め
つけを再開する。
 口の中の唾液を溜めた中へ浸される温かさ。
 舌や頬のぬるりとした感触。
 また強すぎず弱からずの快感に変わった。

 秋葉に身を委ねていて、いつしか志貴はうとうととし始めていた。
 ふっと意識が飛んでは戻り、いかんと薄くまぶたを上げると、白い丸みを帯
びたものが揺れていた。
 白いまるみ、ピンク色の谷間。
 後ろのすぼまりまでもが隠されず、晒されている。
 口の動きに伴って、秋葉がいやらしく誘うように揺れていた。
 普段であれば堪らず手を伸ばし、つかみ、指を差し入れるのだが、死人すら
飛び起きそうな情欲を刺激する眺めを前に、どうにも目を開けていられない。
 不自然なほどに、魔法にでもかかったように瞼が落ちていく。

 その眠気の中で、こんな一方的に奉仕していて秋葉は楽しいのだろうかと考
える。主客を入れ替えてみればどうだろう。秋葉が眠気に倒れている状態で、
過度に刺激を与えないようにしつつ、ゆっくりと舐めたり触れたりして、性感
を揺り動かす。
 知らず知らずに閉じていた秘裂が赤みを増し、柔らかく綻び、舐めた事によ
る湿り気だけでなく、別の潤いを増していく。
 準備が整ったら、おもむろに挿入して……、ああ、それはそれでそう悪くな
いな。秋葉も今好んでやっているのだろう。
 だったら、本当に秋葉に甘えていよう。
 耐えようとしても、もう……、限界、だった。

 ほぼ、意識が落ちた。
 僅かに、ほんの僅かにだけ、残っている。
 外への知覚は遮断され、直で体に起こっている事だけ感じているのか。
 もしかしたら夢の中で体感していると錯覚しているのか。

 秋葉の体が離れたのがわかる。
 絶え間なかった口の感触も消えた。
 少しの間のあと、新たな動きがあった。
 先端を軽く支える指。
 腿か膝か、足に触れている。
 替わって、亀頭に何か触れた。
 先端の感触、これまでとは違う。
 くちづけの感触に似て、異なっている。
 ゆっくりと先端だけでなく、亀頭が包まれ、くびれを越えていく。
 幹をゆっくりと這うように包み、進んでいく。
 柔らかくまとわりつき、同時に締め付けてくる。
 軽い圧迫。
 温かい。

 これは、秋葉の中に入っている。
 上から腰を落として挿入している。
 普段であれば、その温かくて濡れた感触はむしろ鋭敏になった部分を蕩けさ
せていくのだが、今夜は違っていた。
 解けて流れたものが、狭道に収められて形を取り戻しているよう。
 事実、丹念に愛情を混めた行為で勃ち始めたものは、柔肉の中に落ち着いた
事で、ようやく完全にそそり立っていた。
 
 眠気のせいか。
 気持ちいいことをされているというのは伝わるが、遠くにいる自分がされて
いるのを、それとは別の自分が見ているような他人の感覚。
 秋葉にされているという事実によって、脳が快感を生み出しているのかもし
れない。

 深く飲み込んで、しばし動きを止めていたが、腰が軽く揺すられる。
 あくまで貪欲な快美の追及ではなく、味わう事に徹している。
 ここまでの普段以上の愛撫とも奉仕の時間の長さは、秋葉自身を高めてもい
た。そのため、すんなりと兄のものを受け止めている。
 自ら大きく硬くしたものを飲み込み、動く。
 中から押し広げられるような圧迫感を受けて、吐く息に乱れはないが、ふと
声が洩れる。
 安堵とも嘆息ともつかぬ呼気、情欲に塗られた艶が滲んでいる。
 眠っていてなお、わずかに残る意識、外への感覚が、悦びを帯びた嬌声を聞
いた気がした。

 秋葉も満足したんだな。
 見届け、すっと意識が薄れた。
 半眠半醒でかろうじて保っていた状態から転げ落ちる。
 微かに心の奥底で残っていた気がかりが消失した。
 それが秋葉とのみ今日していないという申し訳なさなのか、未達成感なのか
は志貴自身にもわからないが。







 
 眠りに落ちる時には曖昧模糊とした境地を経たのに対し、目覚めはすっとス
イッチを切り替えるように境界を明確に分けていた。
 朝になったなと、目を開ける。
 
 翡翠はまだ起こしに来ていない。
 あるいは二人が同じベッドにいるのを見て、立ち去ったのかもしれない。
 そうだ、秋葉はどうしたと体を動かす。
 と、珍しい状態で二人でベッドで眠りについていたのがわかった。
 騎乗位から、おそらく寄り添う形で秋葉も眠りについたのだろうが、挿入さ
れたままというか、既に性的興奮を示した兆しすら消え去った、端的に言えば
小さくなった状態でありながら女陰の中へと収まっているという有様になって
いた。
 良く抜け落ちなかったなと思う。
 文字通り一体化したように入れている、あるいは呑み込まれているという感
覚すらない。
 少し身を引けばするりと抜け落ちそうだったが、何となく離れがたい。
 そのまま秋葉の体と密着して、軽く抱きしめてみる。
 背中が、心臓の鼓動にあわせて、わずかに動く。
 
 次第に、それほど性欲な刺激はないのに、むくりと。
 大きくなっていく。
 そう言えば、何とか秋葉の期待に応え、貫いたというか呑み込まれたという
か、挿入した所までは記憶にある。だけれども、そこから先はどうなったのだ
ろうか。秋葉の奥底に向けて最後のありったけを迸らせたのだろうか。

 ところで、知っていますか、兄さん。
 男の人は眠っていても、ちゃんとここは機能するんですよ。

 眠る前の言葉が甦る。
 まあ、意地でも何とかしたのだろう。
 迸るとか発射するまでは到らず、滲み出るとかこぼすといった方が相応しい
体たらくだったかもしれないが。
 一晩待ってくれれば、こんなになるのだし、たっぷりとあげられたのにな。
 そう思うと、急にもよおして来た。
 もとより、既に挿入済みなのだ。
 
「知っているか、秋葉。
 女の人だって完全に眠っていても反応して、感じて声を洩らして最後までイ
ク事だって出来るんだ」

 語るでも呟くでもなく、言葉自体を自身で味わうように口で転がしてみる。
 実証してみよう。
 起こさぬように、挿入をしたままでゆるゆると体を揺する。
 一夜を秋葉の中で過ごしたというのに新鮮な感触。
 不自然な姿勢と起こさないという制約とが、興奮を誘った。
 少し深く押し入れると、秋葉の体がぴくりと動いた。
 心なしか結合部の潤みが増したようだった。
 そうっとだ、そうっと。
 志貴はゴールに向かってゆっくりと抽送を続けた。

   了







―――あとがき

 という事で、今年最初のSSとなりまます。
 今年最後にならないようにしたいものです。
 本来、1月1日に掲載しようと思っていた予定が大幅に後ろに倒れている
 有様ですし。
 片方が完全に受身というのも面白いかと思って書いてみました。
 完全に眠らせてしまった状態でのというのも良いだろうなと感じましたが、
それはまた興が乗ったら。

 楽しんで頂けたら幸いです。

   by しにを(2010/1/25)


 それと、ご要望もあり、今年書いた物にはメールフォームを付けてみます。
ご感想等々投げて頂ければありがたいです。(原作キャラ像と外れすぎてい
ないか、エロになってるか等、客観意見は良い指針となります)
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