愛玩夜想

作:Syunsuke

            




「くびわ……」
 勢い余って言ってしまい、慌てて秋葉は口を噤んだ。
「えっ?」
 驚いて、アルクェイドは聞き返す。
「……」
 黙って横を向く秋葉を追いかけ、顔を覗き込んでアルクェイドは尋ねた。
「何て言ったの? 今」
「何でもありませんっ」
 言葉を荒げつつ、頬が赤いのは怒りよりも羞恥に見える。
「教えてよー、良く聞こえなかったから」
 またアルクェイドは正面に回り込んで、問い続ける。
「忘れて下さいっ」
 ぷい、と三度首を回した黒髪の美少女に、金髪の美女は今度は耳を責める。
唇を寄せて囁いた。
「ねー、首輪がどうしたの?」
「きっ、聞こえてるじゃないですかっ」
 羞恥は抱きつつも、腹立ちが勝って睨み付ける。
「そっか、ほんとに首輪って言ったんだ。良く聞こえなかったから」
 至近距離で目を合わせたまま、アルクェイドは笑う。カマを掛けられたと知
って一瞬は絶句した秋葉も、すぐに力を抜いた。知られてしまった以上、突っ
張る甲斐も無い。それに、恋敵の笑いは華やかで、してやったりと嘲るもので
はなかったから。

 今夜、志貴が他の人の元に居ることは知っていたから、秋葉には独り寝の夜
だった。共に過ごす時間はもっと欲しいけれど、何も、夜ごとに兄を求めはし
ない。独り占めしたいとは思いながら、そのために失われるものを怖れて、現
状に留まっている。
 甘んじている。
 同じ屋根の下ながら、部屋は充分に離れており、物音ひとつ感じられるもの
ではない。しかし、魂の絆は未だ気配を伝えて来るから、今夜のように運悪く
意識してしまったときなどは秋葉を悩ませた。
 はしたない指遊びに耽りたくなる衝動をアルコールで宥めつつ、三杯目にな
った頃、不意にドアが敲かれた。
「妹、もう寝てる?」
「アルクェイドさん?」
 いつもなら苛立ちの種にしかならない闖入者の声に、思いがけず穏やかに応
えていた。屋敷に入り込んでいることには、今さら驚きもしない。
 今夜は、この方も独りなのですし。
 扉を開いて、麗しき仇敵を招き入れた。こちらもまた、意外なほど大人しく、
そして礼儀正しい。向き合ってソファに腰掛け、穏やかに対話し始める。
 秋葉には、アルクェイドの口を出るのは馬鹿馬鹿しいようなことばかりだ。
しかし、率直で真っ直ぐな言葉と、物事を観察している目の確かさには舌を巻
いた。未だ、人間のすることに飽きせぬ興味を抱いているらしい。
 しかし、何を話していたところで、始終話題は志貴のことになる。
「残念ですね、アルクェイドさん。兄さんは翡翠か琥珀のところですよ」
 来客のグラスに何度目かの酒を注ぎながら、少し皮肉ぶって言う。同病相憐
れむ想いのある一方、アルクェイドが無駄足を踏んだことに卑しい喜びを覚え
ている自分を見つけてもいた。
「ん、妹、違うよ?」
「はい?」
 戸惑う秋葉に、アルクェイドは少し拗ねたように、答えた。
「今、志貴はね、翡翠と琥珀のところに居るから」
 少しかかって言われた意味を理解し、秋葉は頬を朱に染めた。元より、複数
の女性と関係を持ち続けているだけで充分に破廉恥なことだと言うのに、その
上、二人一緒に寝台を共にするなど。しかし、自分も似たようなことは経験し
ているくせにと思い至ったのだ。
 よりによって、三人で同衾したときの女性は、目の前の姫君。思い出してし
まうと火事場に飛び込んだみたいに熱くなる。忘れようと首を振り、大きく息
を吐いた。
 途端に、アルクェイドに片足を取られる。何をするのかと咎める間もあれば
こそ、両手で足を包まれた。
「妹、疲れてる? マッサージでもしたげようか」
 そんなこと出来るのかと問えば、志貴にしてもらったから判ると言う。半信
半疑に頼んでみたら、思いがけず快かった。常識的な意味では、充分に健康な
体である。疲れているというよりも、気を張りすぎているのだ。
「すぐ、くすぐったくしてくるけどね、志貴」
 言われた途端、擽られてブランデーを零しかける。そんな悪戯はされながら
も、うっとりさせられた。これだけ身に付くほど兄に同じことをしてもらった
のかと思うと、ちょっと悔しくなる。
「ねえ、今度は跪いて舐めたげようか、ここ」
 指先で素早く足の裏一面を撫でながら、またとんでもないことを言ってくる。
一瞬、光景を思い描いてイエスと言いたくなりながら、別のことに気が向いて
止まる。
「アルクェイドさん、そんなこと兄さんにして貰ったんですか?」
「あれ、妹、してもらってない?」
 優越感ではない、率直な疑問系。
「ベッドで足を舐めて下さったことはありますけど、跪いて、なんてことは」
「ふーん?」
 秋葉のすぐ傍に、寄ってくる。容易い獲物を見つけた豹のように。
「じゃあ、妹……」
 こんなことは? と、志貴との間で行なわれた様々な行為を並べ始める。淫
靡で、華やかな戯れ。恥ずかしくて、だけど羨ましい。突拍子もなくて、感嘆
するほど楽しそうなこと。腹立たしいけど、可笑しいこと。
「私だって……」
 負けじと、志貴との日々を口にする。アルクェイドには思いも付かないよう
な雅やかなこと。口にしてから真っ赤になるような、淫らこと。子供っぽくも、
甘い一日。
 互いに口々に並べあい、いやらしい、馬鹿みたいと囁き合いながら、次第に
判っていく。
 自分たちは、ちゃんと同じぐらいに愛されていると。
 それでも、対抗意識に駆り立てられて、秘め事の告白はエスカレートする。
そして、秋葉もこれは流石に隠しておくつもりだったのに、気が付けば口にし
てしまっていた。
「くびわ……」

「で、妹、首輪をどうするの? 志貴に付けて繋ぐの?」
 言われてみると、それも心ときめくものがあって、束の間言葉が出なかった。
「今度、わたしもやろうかな?」
「違いますっ……」
 アルクェイドに先にされてしまうのは残念だから、急いで否定する。
 じゃあ何? と屈託無く問われて、秋葉はとうとう白状する。
「私が、付けて貰ったんです」
 肌の上気しているのは、恥じらいか、怒りか、官能か。
「へえ? 妹、首輪付けられて嬉しいの?」
 そう真っ直ぐ問われては、正気にならざるを得ず羞恥に悶える。それでも、
確かに官能で、嬉しかったのだ。
「首輪って、兄さんが自分のなさっていたベルトを私の首に軽く巻いただけで
すよ。その、ペットの仔犬の仕事は可愛がられて我儘言って甘えることだけだ
ぞ、なんて」
 いつの間にか、ソファで二人、抱き合うようにくっついている。髪を撫でら
れていたから、秋葉も輝く金色の流れに手を差し入れた。
「それで、可愛がって貰ったんだ?」
「そうですよ」
 別に、変なことをしたわけじゃない。愛玩動物らしくそのまま体中、隅々ま
で愛撫されて、蕩かされただけ。
 初めは。
「……アルクェイドさんは、そんなことは……」
 おずおずと、尋ねた。わざわざ耳元に寄せた唇が、答えを告げる。
「無いわね。ふふ、仔犬ごっこは妹専用かな?」
「うふふ……」
 馬鹿なことだと判っていても、ちょっと嬉しい。
「わたし、普段から志貴には甘えてるし、我儘言ってるし、そんなだから。妹
は、もっとちゃんとしてるでしょ? だから、もっと好きにして良いんだぞっ
て言ってくれてるんじゃない? わたしには必要ないのよ」
 これは、志貴に言われた内容ほぼそのままだった。アルクェイドのことは言
わなかったけれど、初めに「よしよし」なんて仔犬扱いされて秋葉が怒りかけ
たときに、志貴が言ったのだ。
「で、妹、最近はどんな仔犬ごっこしてるの? すっぽんぽんで首輪だけ付け
て、紐で引いて貰ったり?」
 首筋を愛撫しながら、アルクェイドが耳に淫靡な言葉を流し込む。
「そ、そんなことも、ありましたけど」
「初めはこの部屋だけだったけど、こっそり四つ足で廊下に出ちゃったり。翡
翠や琥珀が見回りに現われたらどうしよう、なんてドキドキしながら」
 まるで見ていたみたいだから、恥ずかしくなって言葉を失う。調子付いたよ
うに、アルクェイドは語り続ける。
「そのうち、玄関から庭にでちゃったりして。月がなかったから真っ暗だけど、
夜気が冷たくって素っ裸なのが凄く意識されたり。『散歩に行くか』なんて言
われて、どうしようって思ってる間に抱き上げて門の方に志貴が歩き出しちゃ
って」
「ア、アルクェイドさんっ」
 止めようとする秋葉の唇を塞ぎ、大人しくさせてから、続ける。
「キィ、って門の扉が開いたところで下ろされて、『ほら、行くか?』って。
あと一歩先まで抱いて出てくれたら良かったのにってちょっと恨めしくて。で
も結局、自分で手から踏み出して、志貴を引っ張って」
 酸素が足りないみたいに唇をわななかせつつ、秋葉は荒く速い息をしている。
「この屋敷の近くって、夜には滅多に人通りなんて無いけど、小さな物音がす
るたびに跳び上がりそうになったり。志貴の靴音が谺してくるのに怯えてみた
り。鈴を付けた猫が歩いてるのに出会って、自分もあんな格好なんだって思っ
たり」
 カラン、とタイミング良く音がして、関係ないのに秋葉は息を飲んだ。単に、
グラスに残っていたロックの氷が揺れたただけ。
 グラスを手にしたアルクェイドは水の部分を飲んでしまい、新たに酒を注ぎ
入れる。
「飲む?」
 問いながら、返事を待たず、ブランデーを口にする。そのまま、当然のよう
に秋葉に唇を重ねてくる。
 アルクェイドの囁く淫らな妄想に酔った頭は、注がれた冷たくて熱い雫にも
醒めはしなかった。催眠術のような語りは続く。
「……ずっと暗いところばかり通ってたからまだ安心してたのに、不意に街灯
の光ってる下に連れて行かれそうになって、興奮しちゃうけど、流石にちょっ
とためらって」
 思い描いて、倒錯に陶酔している。
「抵抗したらお尻を叩かれたり……」
「もう少し叩いて欲しいからしばらくぐずぐずして、その後とうとう、明るい
光の下に引き出されて……」
 ほら、仔犬だったら、おしっこしてご覧。そんな、とんでもないことを迫ら
れて、
「そんなことっ」
 出来ません、と泣きそうに嘆願しても、こんな時だけ志貴は意地悪。
「『トイレの躾は一番大事だからな』なんて勝手なことを言って、首輪の紐を
電柱に括り付けて兄さんは隠れてしまって」
 出来るまで、そこに居ろと。仕方なく、意を決して犬のように片脚を上げて
みても、そう簡単に出来るものではない。ゆっくり息をして、リラックスに努
めて、だけど志貴の視線を意識する。
 見られているのは、確か。
「その方が良いんでしょ?」
「それは……兄さんが見てないんでしたら、する価値が……」
 って、自分は何を言っているんだろう?
「見られてると思うと熱くなっちゃうのね」
 人に言われると否定したいけど、その通り。志貴に見られているのなら。
 胸が高鳴るのは確かだったから、仕方なく受け流す。
「それでもまだ、おしっこが出来ないでいたら、いきなり尻尾が……」
「尻尾?」
 そんなもの無いのは知りつつ、アルクェイドは秋葉のお尻を撫でて確かめる。
もちろん、無い。
「その、私のお尻に、兄さんが」
 尻尾の付いた、いやらしい玩具を。ここまでの道すがら、ほんの数回だけス
イッチを入れられて、吠えさせられたりもした。今度もその衝撃に震えて、間
もなく脚の間から雫が迸る。本当の犬みたいに上手く飛ばすことは出来ないか
ら、大半は下になった脚を伝って肌を濡らす。湯気が上がって、少し匂いがす
る。体が冷えていたせいか、思いがけず多量。アスファルトに小さな温い液溜
まりが出来て、その中にいる格好になる。解放感に打たれて歓喜し、終えた時
にはすっかり放心していた。
「ぼおっとしてたら、志貴が目の前まで来ていて『良く出来たらご褒美』とか」
「ええ、その場で、兄さんのを、その……」
「志貴の何を、どう?」
 追求されて、具体的に答えかけ、
「って、アルクェイドさんっ!」
 いきなり、我に返った。一体、さっきから自分は何を言っていたのだと、秋
葉は狼狽する。
「ふふふ、妹、やらしーっ」
 ここぞとばかりに、からかわれる。
「アルクェイドさんが変なことをアレコレ仰るからですっ」
 アルクェイドを突き飛ばそうとするも、果たせず、却って抱き締められる。
「えー、だって、全部その通りでしょ? この前、見てたもの。びっくりしち
ゃった」
「そんなわけ在りませんっ」
「どうして? 神経を張り巡らしていたから私が居たら判ったはずだって思う?
 でも、あんなに夢中になって蕩けちゃってたからねえ」
 ひょっとしたら、そうかも知れない。などと一瞬だけ怖れつつ、もっと重要
なことを思い出す。
 今の話のようなことなんて、見ていたはずが無いのだ。
「ご覧になっていたなんて、客観的にあり得ません」
「どうしてよ。私が居なかったら、今ごろ盗撮された写真がどこかの変な雑誌
とかに乗ってたかもしれないんだから、感謝しなさいよ」
「嘘です、まだそこまではして貰ってないんですからっ」
 そう、行われても居ないことを、見ていたはずが無い。
「あはは、駄目かぁ、そう何度も上手く行かないね」
 あっけらかんと笑うから、あまり怒りも出来なかった。それより、今二人で
紡いだ妄想を思い返していた。
 そんな、倒錯した、背徳の遊戯。もし人に知られたりしたら、社会的に死ん
だも同然だ。遠野家の若き女当主は、裸で首輪を付けて男にに夜道を引き回さ
れて。電柱に放尿して男の性器を貪って顔に吐精されて恍惚として……それも、
相手は兄なのだ。
 もし、アルクェイドの言うように、写真に撮られたりなんかしたら。
 醜聞どころではない。世間にそんな話が広まったりしたら、死んだ方がまし
だと思う。その前に、広めた当人達を微塵切りにして磨り潰してペーストにし
てやるにしても。
 またアルクェイドの笑うのが聞こえて、再度、我に返る。
「何を笑ってらっしゃるんですか」
 大分に、険のある口調を取り戻す。
「ふふ、だって、妹。『まだ』なんでしょ?」
 え?
「そう言ったじゃない。それから、『そこまでは』なんでしょ?」
 あ……!
「それはっ」
「『して貰ってない』なんでしょ。だったら、いつ頃して貰うの? 言ってく
れたら、人払いしに来たげても良いよ?」
「しませんっ」
 人払い。
 社会的に死んだも同然のところに堕ちる危険な遊び。でも、だからこそ。も
し、そんなこと兄さんにねだったら、応えてくれるのかな。
 考えてみた。
 きっと、凄く困って、そんなこと出来ないって真剣に諭そうとしてくれる。
でも、仔犬は甘えて我侭言って可愛がられるのが役割だと言ったのは兄さんだ
って、迫って。何度も繰り返せば、きっと折れてくれる。そして、兄さんと二
人だけの、絶対に誰にも知られてはならない秘め事を。
 アルクェイドには知られることになるから二人ではないけど、こんな時は共
犯者。
 見られている心配は無いって判っていたら、あまりドキドキはしなくなるの
かしら。でも、兄さんはそんなこと知らないから、きっとビクビクしっぱなし。
わたしが酷い辱しめを受けているようで、その実、わたしが兄さんを観察して
楽しんで……
 頭を振って、おかしな考えを締め出す。
「しません、そんなこと……」
 出来ないと、理性の部分は冷静に告げている。だけど、欲しているのは感情
の部分。情熱の部分。だから口ぶりは、名残惜しげ。
「そう、しないんだ。ホントに?」
「当たり前です、そんな変態みたいなこと」
 何も、仔犬になりたいわけではない。ただ、兄を独り占めしたいときがある
だけ。全裸でうろつきたいなんて思っているわけじゃない。時には、愛する人
に思い切り無茶を言って甘やかされてみたいだけ。
 アルクェイドの笑い方が気がかりながら、きっぱりと否定する。
「絶対?」
「しつこいですね、しないと言ったらしません!」
「そう。しないんだ、すっぽんぽんで首輪だけして、お尻にはエッチなオモチ
ャ入れられて、夜道を這ってお散歩に行ったりなんかしないのね?」
 妖しい笑いを見せつつ、また反芻させるように言葉を繰り返す。
「しません」
「おしっこが出来たご褒美に、街灯の下ですぐに志貴のおちんちんをペロペロ
して、たっぷり精を顔に掛けて貰ったりも」
 本当に追想し、実現したがっている気配を自分で見つけ、だけど抑える。
「しません、当たり前です、どこのポルノですか、そんなの」
「判った」
 アルクェイドの見せるのは、今度ばかりは、してやったりの笑い。
 秋葉を優しく抱き寄せると、耳元に口を寄せ、吹き込む。
「じゃあ、今度わたしがして貰おーっと。良いよね、妹は絶対しないんだから」
「!!!」
 まさか、そんなこと。
「だ、駄目ですっ! アルクェイドさん、そんなこと!」
 慌てる秋葉に、また囁く。
「どうして? 妹がするんだったら遠慮しておこうと思ってたけど、絶対にし
ないんでしょ? ああ、安心して、ちゃんと人払いするから誰にもバレる心配
は無いし。志貴の立場を悪くするようなことは、しないよ」
 背中を擽られて快感に流されかけながら、どうにか秋葉は反論する。
「駄目です、アルクェイドさん、そんなことは必要ないって仰ったじゃないで
すか」
「うん、でも、ちょっと楽しそうかなって。わたし、非常識だからねー」
 これだけは、独り占めしている遊びだと知って喜んでいたのに、奪われたく
はない。
「ふふ、妹、それとも……」
 意地の悪い、笑い。何を言おうとしているのか、充分に判る。それでも、何
ですかと問い返さざるを得ない。
「ほんとは、自分でしたいんでしょ?」
「いえ、別にその、したいんじゃなくて。アルクェイドさんにはして頂きたく
ないだけです」
「その理由じゃ譲れないわねー。妹がしたいっていうんだったら、妹にさせて
あげるけど」
 首筋や耳の周りやに、次々とキスされる。その快感に押し遣られた。倒錯し
た奇矯な空想としては、楽しいけれど、本当にしたいわけじゃないと秋葉は思
っている。ただ、アルクェイドに先にされてしまうのは避けたい。それだけの
こと。アルクェイドは、本当にしてしまいかねないのだから。
 そんな、言い訳。
「……したいです」
「ん、何?」
 アルクェイドの、満面の笑み。秋葉が困るのを楽しんではいても、意地悪の
気配は弱い。
「さっき言ったみたいなこと、わたしがしたいんです」
「ふーん、変態とか、ポルノとか、あんなに言ったのに?」
 今度は少し、いじめっ子。
「そ、そうですっ」
 自分の言ったことが、全部返ってくる。
 このアルクェイドと言う女性がこんなに言葉巧みだったとは、秋葉はまるで
知らなかった。
「じゃあ妹、変態なんだ」
「それはっ、そのっ……」
 さっきから、同じようなことしか言えないでいる。
「色々凄いえっちなこと知ってるものねえ、妹」
 真面目に感心していそうで、余計に自分が恥ずかしくなる。
「良いよ。それで、どんなこと、するの? 妹がしないことは、私がしても良
いでしょ?」
 言われて、絶句。つまり、思いつく限りの遊びを口にしなければならないこ
とになる。単に、言わなかったことはしても良いだろうとの主張を拒めば良い
のだけど、それにも気付けなかった。
 首輪で遊ぶのは駄目、と言えば済むことにも。
「……して、自分で見せるのとか、兄さんのを口に入れたまま……」
 沸騰しそうな頭で、考えつく限りの恥ずかしくて嬉しいだろうことを、次か
ら次へと並べ立てる。何処からこんな発想を得たのかと、自分で呆れる。
「……お尻だけじゃなくて、他のところにも……」
 口にするのも恥ずかしくて、だけど自分の言葉に酔ったみたいに、どんどん
エスカレートする。
 蕩け切った秋葉を抱き締めて、アルクェイドは言う。
「良いよ、志貴をまるごと妹のものにはしたげないけど、まるごと妹から取っ
て行きもしないから」
 耳にして、何度目かの覚醒を果たす。居住まいを正して、真面目くさって告
げ返す。
「当たり前です、アルクェイドさんこそ、わたしに独占されないことを感謝し
てくださいねっ」
 そこまでしか耐えられず、吹き出した。
 笑いあって、つい、何故か唇も吸い合ってしまう。
「今夜は志貴、居ないし、わたしが付けてあげる」
 顔を離してすぐにアルクェイドが言い、訊き返す間もなく秋葉は首に何か巻
かれた。急いで姿見を覗いたら、掛けられていたのは金色のリボン。
「妹はわたしのものって印〜」
 勝手な宣告にすぐ解こうとして、思い留まる。代わりに顔を向け、言う。
「もう一本、リボンはありませんか?」
 訊かれて不思議そうな顔をして、判ったとばかりに笑う。それから、不意に
リボンを何処かから取り出し、秋葉に手渡す。
 赤いリボン。
 首に回されるの手を拒むことなく、アルクェイドは赤いリボンの輪を受け入
れた。
「アルクェイドさんは、私のものです」
 首に輪を掛けられて二人、鏡を見る。鏡の中の、隣に並んだ顔を見つめる。
仲間意識と、対抗心。愛しい人が愛する人は……何だろう?
 束の間、静寂。
 やがて破られて、アルクェイドが言う。
「ねえ、これから志貴の首にも同じもの付けに行かない?」
 提案は、酷く魅惑的。翡翠や琥珀が気付かない間に、志貴の首に赤と金の輪
を。マーキングするように。
 しかし、それは良くないと秋葉は思う。
「翡翠や琥珀の領域も、侵すわけには行きませんよ」
 残念そうに、でももの判りよく、そうだねと真祖も引き下がる。
「ふふ、でも、兄さんの部屋なら良いかも知れません。兄さん、大抵朝には自
室に戻りますから。そのときに私とアルクェイドさんがそこに居たりしたら、
どうなさるでしょうね?」
「あはは、それ賛成ー。うん、ねえ、どうせだったら……」
 誰も聞いてなんか居ないのに、もったいぶって、耳打ち。
「……ええっ?」

 部屋に戻った志貴は、裸の二人が添い寝していて、服が何処にも無いのを見
たとか見ないとか。


 <了>




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