『――その候補なら、一人知ってる。……今はまだ、先は見えないけどね。 でも、きっと良い関係になるんじゃないかって俺が勝手に思ってるんだ。 性格? そうだな……。そう、物知りだけど無邪気で、時々破天荒。 ここに来るときなんか、大概窓から入ってくるかな――』 【羽と猫】 作:荒田 影 ……月が、真円を描いている夜。 部屋を流れる緩やかな風に、少女は目を覚ました。 ――窓が、開いている。 寝る前によく確かめたわけでもなかったけれど、 その窓は確か閉まっていたはずだった。 ――窓の縁には女性が一人。 その存在こそが、驚きだろう。 夜の中にあってなお光を失わない金色の髪と、 およそ服の上からでもわかるその肢体。 白いハイネックの服と紺色の長いスカートが、彼女にはよく似合っていた。 「――こんにちは……じゃなくって。 こんばんわ、だったかな?」 その女性はたおやかに微笑むと、そんな挨拶をする。 「あ――うんっ。こんばんわぁ、お姉さん」 ベッドの上の少女は彼女ににっこりと微笑み返した。 上半身を起した彼女の、癖のある長い髪が揺れている。 夏も間近いこの季節、部屋に吹き込んでくる風が心地よい。 だからというわけではないが、少女の笑顔はとても気持ちよいものに見えた。 「ごめんね、起しちゃったかな?」 「ううん、大丈夫ー」 「そ、ならいいけど」 何が大丈夫なのかわからないが、とりあえず少女は嬉しそうだ。 女性は窓の縁から立ち上がり、部屋の中に進み出る。 「ちょっと聞きたいんだけど――ここ、志貴の部屋よね?」 志貴――遠野志貴。 この屋敷の主である遠野秋葉の、兄に当たる人物だ。 彼女の言葉が指しているのは、その彼に他ならない。 「そうだよー。ここは、秋葉ちゃんのお兄さんの部屋」 「そっか。……うん、間違えてない」 少女の言葉に彼女は頷いた。 「で――それは志貴のベッド」 部屋の中央で立ち止まりながら、少女の居るベッドを指す。 うんっ、と少女はあっさり頷いた。 「じゃあ、志貴はどこに行ったの?」 「んっと……あれぇ? お兄さん、どこに行ったのかなぁ?」 少女は彼女の言葉で、ようやく自分の隣にその姿がないことを知ったようだ。 キョロキョロと辺りを見回すと、不思議そうに首を傾げる。 ……それはつまり、彼女が寝たときにはそこに彼がいたということ。 「――志貴のばか」 この場にいないその人に文句を言いつつ、女性は口を尖らせる。 綺麗な顔立ちがその瞬間、幼く見えた。 ……彼女は、つまるところその彼に会いに来たのだ。 件の彼とはかなり親しい間柄で、それどころか互いに好意さえ持っている。 彼が嫌がるのでそう頻繁ではなかったが、 夜にこうして部屋で会うのも珍しい事ではなかった。 ところが、この夜は彼に会えないばかりかベッドの上には見知らぬ少女。 彼女の心境、推して知るべしである。 ――こうなったら、明日は一日中付き合ってもらうんだから! そう決意すると、改めてベッドの上の少女に向き直った。 「ね、あなたの名前、教えてくれない?」 「わたしー? 羽居だよ、三澤羽居」 少女はそう名乗る。 ……三澤羽居。 浅上女学院における、遠野秋葉の友人だ。 「羽ピンって呼んでねー。お姉さんは?」 「アルクェイドよ。……長いから、全部は言わない」 逆に問われて彼女も名乗る。 今は名乗らなかったが、彼女のフルネームはアルクェイド・ブリュンスタッド。 人ではなく、月に生み落とされし吸血主たる真祖の姫君。 彼女は遠野志貴の、今最も恋人に近い位置に居る女性であった。 「――んっと」 そんな声と共に、羽居がベッドを降りる。 彼女はアルクェイドの側まで駆け寄ると、優しくその手を握った。 「よろしく〜、あるくぇいどお姉さん」 ちょこん、と首をかしげながら、そう言って笑いかける。 初めは呆気にとられていたアルクェイドだったが、 やがてその意味がわかると、笑顔でそれを返した。 「ん、よろしくね」 ニコニコと笑いあう二人。 ひとしきり手を握り合うと、どちらからともなくその手を離す。 「――じゃ、行こっか」 「……?」 唐突に言い出したあるくぇいどに、 羽居は今度は疑問で首を傾げた。 そんな彼女に、アルクェイドは告げる。 「志貴を探しに。 ……手伝って、くれるでしょ?」 羽居が笑顔で頷いたのは、その数瞬後の事であった……。 『――あいつ、普段は傍若無人な癖に、妙に遠慮したりもするんだ。 こっちの知らないところで、一人で悩んだりして。 ああ――いや。悩むってのとは、もしかしたら違うのかもしれない。 心の深いところで、自分は一人なんだと思ってるんだよ、あいつは。 それでも――最近は、“そういう顔”を見せるようになってきた。 良い傾向なんじゃないかな。寂しいって、感じる事が始まりなんだから――』 三咲町で遠野といえば、地元では知らぬ者のない、名の通った名家だ。 坂の上に鎮座するその屋敷はあまりにも有名で、 巷によからぬ風聞が流れるほど、世間の注目を集めていた。 しかしその屋敷に住んでいる人間が、 たった四人である事は、実はあまり知られていない。 もしその事実を、この屋敷を知る人間が知ったならば、 きっと目を丸くして驚く事だろう。 何しろこの屋敷は、馬鹿がつくほど広いのだから。 ……その屋敷の中を、今静寂が支配している。 時は真夜中、数少ない住人が眠りについているというのなら、 それは別段不思議な事でもないのだろうが、 しかしどうやら、そういうわけでもなさそうだった。 「おっかしいなー……」 幾つめかの部屋に足を踏み入れつつ、アルクェイドは首をひねる。 志貴の部屋からこっち、しらみつぶしに部屋をまわって来たのだが、 肝心の彼どころか屋敷に誰も居なかったのだ。 いつもなら、気配を察した彼の妹あたりがとっくに姿を現していて、 文句の一つ二つ並べていてもおかしくない頃だというのに。 「妹に双子までいないなんて。 ……どっか出掛けてるのかな?」 そうも考えるが、それも実際おかしな話である。 全く誰もいないのなら、旅行にでも出かけたかと思うところだが、 なにしろここには羽居がいた。 どこぞの姉弟家庭ならいざしらず、礼節に厳しい遠野家が、 客を残して出掛ける様な、そんなことはありえない。 たとえその客人がどんなに親しい間柄であっても。 「あ、お姉さんはっけーん」 噂をすればなんとやら。 その彼女が姿を見せる。 「どう? 誰か見つかった?」 「ううん、だぁれもいなかったよー。 秋葉ちゃんも、お兄さんも、琥珀ちゃんも、翡翠ちゃんも」 変だよねーとは言いつつも、あまり慌ててはいない様子だ。 少なくとも、緊急事態だとは思っていまい。 彼女の中ではきっと“何処に行ったんだろう”程度である。 かといってアルクェイドが慌てているかといえばそうでもないが、 ここにきて彼女は、少しだけ気を引き締める事にした。 ……事態は明らかに異常である。 遠野家に何が起こったのかは知らないが、 何かが起こりえるほどにはここは超常に関わっていた。 最悪のシナリオは、死徒の襲来――。 現在の情報から考えて可能性は低かったが、 否定を確定させるのは、早い方が良い気がする。 「あと、探してない所は――」 「部屋は全部探したよねー。 鍵のかかっているドアも、みぃんな開けたし」 “開けた”というよりは、“壊した”の方が正しいだろう。 アルクェイドは力ずくで、羽居は何処からか持ち出した七つ道具で。 秋葉がここに居たのなら、きっと髪を染める勢いで怒り出したに違いない。 「他にどこかある? 私、この家あんまり詳しくなくって」 いると妹が出て行けってうるさいしねー、とアルクェイドは言った。 しかし羽居は全くわからないらしく、首を横に振る。 ……知らないのも当然、彼女は遠野の屋敷に来たのは初めてで、 下手をすればアルクェイドの方が詳しいぐらいだったのだ。 「そっか。……構造的にはまだ空間がありそうなんだけど……」 「お屋敷の中にはいないのかなー?」 「そうね、先に外を探してみよっか」 言いながら部屋を出る。 返事は、待たない。 羽居は彼女の後ろから、パタパタとついてきていた。 ――もし、最悪の場合。 志貴が、失われていたとしたら――。 廊下から玄関までの短い道のりの最中、 アルクェイドはそんな考えに捕らわれる。 その場合、果たして自分はどうするのだろうか、と。 月明かりの差し込む廊下は、灯りがなくても歩けるほどで、 夜の空気は月光色に染まっている。 肌にはひやりと、冷たい風。 屋内であっても流れが感じられるのは、 この建物が涼をとるように考えられているからだろうか。 二人以外の音はなく、人がいないという気配が辺りに染み渡っている。 それは何処にでもありそうな静けさであり、だからその感覚が、 アルクェイドにブリュンスタッド城の風景を連想させていた。 ……崩れた壁、ひび割れた床。 そこにあるものは全てが空想、全てが虚栄で、 命の存在しない城は、まるで月面の体現だ。 昔は庭園に草花が咲いていたが、ある時を境にそれも全て枯れている。 そうそれは、すでに何かが終った風景――。 ――なんて、つまらない。 志貴に殺される前には感じなかった心が、今はその光景を疎んでいる。 取り巻く全てが色褪せた、その灰色の情景を。 「きれいだねー」 ふと、後ろから聞こえたその声に振り返った。 窓の外に目をやって、羽居が空を見上げている。 つ、とアルクェイドは、その視線を追ってみた。 「…………」 見上げる夜空には、真円の月。 柔らかな光を届ける、丸い空の石。 ――なぜ、人はそれを美しいと思うのだろう……。 アルクェイドにはその感覚がわからなかった。 彼女にとって月は空にある、ただそれだけのもので、 意味があるとすれば満ち欠けによる力の影響だけだろう。 だから、月が美しいという、その言葉がわからない……。 ……と、誰かの寂しそうな顔が、アルクェイドの脳裏に浮かぶ。 ――何故だろう。 そう考えたら唐突に、月から目を背けたくなった――。 「――秋葉ちゃんも、こうやってお月見するのかなー?」 廊下に再び、柔らかな声が響く。 その声に釣られるように、アルクェイドは視線を戻した。 そこには月光に包まれた少女が一人、空を見上げている。 その表情は穏やかで……だからなのだろう。 あのブリュンスタッド城に連れて行ったとしても、 彼女は同じ事を呟くような――そんな気がした。 「えっと……羽ピン、だったっけ?」 「んっ。あいむ羽ぴんなのだぁ」 くるり、とアルクェイドの方に向き直り、 羽居は小首を傾げる様な仕草を見せる。 その表情は、まるで幼い子供のような笑顔。 この世に幸せしか、存在しないような……。 「……妹と、仲良いんだ?」 「秋葉ちゃんのことー?」 「そ、志貴の妹」 「そうだよー。秋葉ちゃんとはね、友達なのだー」 嬉しそうに口元を緩めて――最初から堅くはなかったが――羽居は頷いた。 「秋葉ちゃんはねぇ、可愛いんだよー。 この前なんかねー……」 彼女が言葉を紡ぐたび、あたりの空気が柔らかくなっていく。 それは、空気がとろけるようなリズム……。 時計の針さえゆるく動くような、それがひどく心地良い。 「――お姉さんは?」 「えっ?」 急に話を振られて、アルクェイドは思わず聞き返した。 「おねえさんも、秋葉ちゃんのこと好きだよねー?」 「妹のこと、私が?」 「うん、そー。お姉さんと、秋葉ちゃん」 ……その問いにはどう答えたものだろう。 遠野秋葉はアルクェイドの事を、兄に付きまとう厄介者としか扱っていなかったし、 アルクェイドもまた秋葉の事を、志貴を通してしか見ていなかった。 だからこそ彼女は秋葉の事を、“妹”と呼んでいるのだから。 ……けれど好きか嫌いかで聞かれれば、決して嫌いな相手ではない。 むしろ言葉の端々に、羽居の言う“可愛いところ”が見えさえしていた。 「……ん、そうかも。 たぶん――嫌いじゃないと思う」 目の前の少女の柔らかさにあてられ、 温かく融かされた空気の中、そう思う事に抵抗もなく。 だからアルクェイドは頷いた。 「よかったぁ」 頷いたアルクェイドの両手を自分の両手で持って、 羽居はにっこりと笑いかける。 「じゃあ、友達だねー」 「妹と?」 「ううん」 きゅっとその手が握られた。 「――お姉さんと、わたしー」 「えっ――?」 「だって、お姉さんは秋葉ちゃんの事が好きで、 わたしも秋葉ちゃんが好きなんだから、 お姉さんとわたしは友達だよー?」 ――なんて理屈だろう。 目を丸くして驚いくアルクェイドと、嬉しそうに握った手を振る羽居。 あるいは秋葉がこの場に居れば、あっさりと突っぱねたであろうその論理も、 アルクェイドにとっては新鮮な響きがある。 無駄の楽しみ方は随分わかってきたけれど、この感覚は流石にわからない。 そうひどくそれは――単純すぎる。 けれどなんだろう、握られた手を振り払う気は、全く起きなかった。 ……アルクェイドは戸惑いの中、少女の手の温もりを知る。 主のいない遠野の屋敷で、廊下に差し込む月明かりの中、 時間はゆっくりと流れていた――。 『寂しいと思うから、他人と一緒にいようと思うんだ。 力を貸しあうだけなら、友人である必要はないだろ? ……だからあいつは、これまで一人だったんだと思う。 知り合いはいたかもしれないけど、そういうのはね。 ……一番似てる関係だったのは、あそこにいる黒猫かな――』 ――そもそも、ヒントは与えられていた。 誰もいない遠野家の謎についての話だ。 ――まず、月の位置が動かないであった事。 それをきっかけに、いつ遠野家についたのか、 どうやって遠野家に来たのか、全く覚えていない事に気づいた。 ……一度気付けば答えを想像するのは簡単で、この異常は何をするでもなく、 明けない夜の中で本当の夜明けを待てばそれで終わりになる。 要するに志貴がいなくなったのではなく、 最初からその世界には二人しかいなかっただけだったのだ。 ――それは、およそ現実にはありえないこと。 つまり――夢であるということだった。 「――それで? あれはどういう悪戯だったの、志貴?」 明くる日の昼。 アルクェイドは自室で目を覚ますなり、遠野家の志貴の部屋に向かい、 何をするよりもまず、そこにいた彼に詰め寄っていた。 他には誰も人はいない――とはいえ、それはこの部屋だけの話で、 一階では使用人である琥珀と翡翠が仕事をしている事だろう。 秋葉も今は出かけているが、夕方には帰ってくるはずだ。 「ちょっとまてって。それじゃまるで俺が首謀者みたいだろ」 「他に誰がいるのよ。 実行犯はあの子でも、それを命令したのは志貴でしょ? レンは志貴の使い魔なんだから」 いいながら、ベッドの上で丸まっている黒猫を指す。 首に大きなリボンをした猫で、彼女の名前はレン。 猫だ猫だといってはいるが、その正体は夢を操るサキュバスである。 「断じて命令はしてない。 ……ただ、俺と彼女の話をレンが聞いてただけだ」 「なにそれ? どういう状況よ」 「だから昨日、秋葉の友達が来たんだって」 志貴の話ではこうだ。 遊びに来たその彼女――三澤羽居は、この屋敷に泊まる事になった。 特に問題もなく、穏やかに過ごしたその日の夜、 何を思ったか彼女はいきなり志貴の部屋を訪れたという。 「――へぇ、部屋にいれたんだ。 夜中に訪ねてきた女の子を」 「うっ――」 「でも、よく妹にばれなかったじゃない。 なんだかすぐにでも察知して飛んできそうだけど」 「……秋葉の奴は酔いつぶれてたよ。 琥珀さんの“特製”カクテルで」 ……彼女が志貴の部屋を訪れたのは、 秋葉が寝てしまって退屈だから、というのが理由の一つだったらしい。 それと、噂のお兄さんと話をしてみたかった、と。 「話してみた印象だけど、なんだか秋葉の事を随分心配してた。 ……ああ――それで、秋葉の友達の話になったんだ」 「妹の友達?」 「――秋葉の奴、学校でも親しい友達ってのは少ない方らしくてさ」 ……遠野秋葉は、基本的に良とされる人物だ。 その性格は決して冷酷でなく、強さを持った優しさを持ち、 自身なりの価値観を誇りとしていて、時として頑固ながらも、 自己を見つめなおす心も持っていた。 しかしいかんせん、その良さは深く彼女と付き合う人間にしかわからない。 故にその友人関係は深いながらも狭くなりがちだった。 ……更に悪い事に、彼女には自由になる時間が少ない。 年若くして遠野家当主という座につき、 いわゆる良家のお嬢様を地でいく彼女である。 寮にいる間はそれでも他人と交流する時間はあったのだが、 生活スタイルを自宅通学に変えてしまってからは、 夜という時間を自宅で過ごすため、学内の友人とも疎遠になっていたのである。 ――彼女自身にとっては、それでも良かったのかもしれない。 数少ない糸を切ってでも、手繰り寄せるべき赤い糸があったのだから。 しかし当人がどうあれ、周りから見ればそれはひどく危うく見える。 付き合いの深くあった友人達は、表面上の態度は様々ではあったが、 通じて彼女の事を心配していたのだ。 具体的に例を挙げれば、その一人が三澤羽居で、 だからそれが今回の遠野家訪問へとつながったのである。 「こっちに秋葉の友達はいるのか、って聞くから、紹介したんだ」 「……誰を?」 「お前」 「――ええっっ!?」 「まだ候補だ、とは言ったけどな」 そうあって欲しいというのは、志貴の願望である。 それは口に出さずに、志貴は先を続けた。 「そしたら会ってみたいって言い出したんだ。 ……ただ、浅上女学院もそうそう外出なんか出来ないところらしくて、 明日の朝――つまりもう今朝なんだけど、寮に帰る予定で。 だからその話はそこまでだったんだけど――」 「それを、レンが叶えたんだ」 「そういうことだろうな。 ……今日の朝、羽居ちゃんがお前の夢を見たって言った時に、 もしかしたらって思ったよ」 これで説明は終わり、と志貴は息をつく。 そんな志貴を、アルクェイドはじっと見ていた。 「……なんか、納得いかないけど――」 「…………」 「――ま、いっか。 今回の事は、そういうことで」 「ああ――うん。そういうこと、そういうこと」 助かった、とばかりに破顔する志貴。 なんというか、正直な男である。 「つまり、志貴の監督不行き届き」 「え」 「だってそうでしょ? 使い魔は普通、自分の意思では動かないもの。 その責任は主に求めるのが当然じゃない」 「いや、それは――」 「それともレンを差し出す? この子が主犯ですって」 悪戯っぽく笑うアルクェイドに、志貴は椅子に座ったまま天を仰いだ。 ……どう転んでも、責任はとらされる様である。 「――まいった。俺の負けだ」 「じゃ、付き合ってくれる?」 「ああ、もうどこにでも連れてってやるよ。 海でも、山でも、公園でも映画でも」 「あー、なんか投げやりー。 もっと気を入れてほしいなー」 「んなこといってもなぁ……」 「……心配したんだから。夢の中で、志貴のこと」 「ぅ――」 上目遣いですねた顔をするアルクェイドに、 志貴は何も弁解できなくなった。 ――どこまでも、この姫様には敵わない。 「……悪かった。謝る」 「んっ」 「…………」 顔を寄せるアルクェイドに、志貴は唇を触れさせる。 ……滅多にしない、志貴からのキスだ。 軽い口づけの後、顔が上気するのは防げなかった。 「――さ、さてとっ! すぐに出かけるか!?」 ごまかすように立ち上がる。 そんな彼に笑いかけながら、アルクェイドは首を横に振った。 「ううん。せっかくだけど、今日はやめとく。 明日は絶対、一日付き合ってもらうから」 「――へぇ、珍しいな。なにか用事でもあるのか?」 「ん……そんなとこかな?」 志貴の言葉に背を向けて、アルクェイドは窓を開け放つ。 「そんなとこ?」 「約束してたわけじゃないんだけど――」 ……窓の縁に手をかける。 外は陽光溢れ、鳥達の声が響いていた。 天気は快晴、太陽の光に神秘の欠片もないけれど、 こういう世界に羽ばたくのもきっと気持ちいいだろう。 白の姫君は、そうして一度だけ志貴を振り返る。 日の光の似合う笑顔で、その唇が言葉を紡いだ。 「――“友達”に、会いに行こうかなって、ね」 ――志貴がその言葉を耳にしたときには、 彼女は窓から、巣立って行った後であった……。 『――ホントはさ……あいつにこそ、そういう相手が居て欲しいんだ。 あいつの世界がどこに広がっているのかわからないけど、 こっちにその――“友達”の一人くらい、いても良いんじゃないかって。 ……うん、だから、期待してる。 いきなり秋葉とは無理だろうけど、君なら、きっと――』 -fin-
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