交錯すれど、足跡は重ならず


  作:10=8 01(と〜や れいいち)

 



 星辰の煌きは微笑むように瞬き、深い夜の闇にわずかながらの光
明を差し込ませる。
 今にも沈んでしまいそうな宵闇は、眠りを迎えた町全体を包み込
む―――いや、押し潰すように広がり、浸透していた。

 空気すらも闇に同化してしまったのではないか―――

 そんな感想を、遠野志貴は夜道を歩きながら抱く。
 現に、零れる吐息はすぐに黒の中に霧散。白の出る幕はほんの一
瞬にすぎない。
 随分と寂しい夜。
 終わりを迎えるのに相応しい。
 天にぽっかりと円弧を描く月を仰ぎ、そして志貴は頭を振った。
 随分と今夜は感傷的だ。宵の灯りに当てられてしまったのだろう
か。

「なーに、志貴。変な顔して?」
「………いや、なんでもない」

 不思議そうに横から投げかけられる声。
 その主のアルクェイドに志貴は軽く苦笑を浮かべながら応じた。
 それに対して、彼女は「ふうん」とだけ答える。聞こえた声は予
想以上に近く、目の前で彼女の吐息が霧散するのが見える。耳朶か
ら頬へと流れてゆく、暖かい空気。
 横目で見やれば、彼女は自身の掌を抱きかかえるようにして吐息
していた。

「ん……寒いのか?」
「そういうわけじゃないけど……なんか、そんな雰囲気だから、か
な?」
「なんだそりゃ?」

 さしてこちらから思考もせずに、思わず聞き返してしまった。少
しは考えてから答えた方が良かっただろうか、などと無駄な思考。
 アルクェイドは気にしてはいないらしく、そのまま続ける。

「ほら……なんかさ、冬って感じだから。そうしてみようかな、っ
て」
「……うーん、よく解らないけど。ムードとかそんな感じか?」
「そう! それそれ……その、ムードよ」

 その言葉がしっくりきたのか。やたら嬉しそうに言ってくるアル
クェイド。断続的な吐息が小さく散る。
 真祖は暑さ、寒さというものを感じないと以前に聞いたことがあ
った。こうして寒さを感じる――たとえ素振だけだとしても、だ
――ことが出来るようになったのは、以前の彼女の場合では無駄な
ことだったのだろう。だが、今は違う。その雰囲気を楽しむことも
出来ている。
 志貴は、なんだか嬉しくなって、歩幅のステップをスタッカート
に。

「ちょっ、志貴っ。突然、早くしないでってば」
「遅れてもしらないぞ」

 向かう先は、三咲町からは少し離れた地方にある寺社であり、そ
こで新年を迎えようと二人で出かけているのであった。もっとも、
二人だけなのは道中のみで、向こうにはすでに秋葉らが待機してい
ると聞く。
 秘密にしていたはずなのに抜け目が無い。志貴はそう思っている
ようだったが、実際には彼の嘘が彼女らにとって嘘と思えないくら
いにお粗末なものだったにすぎない、そんな事実。

 小走りになった志貴に合わせるようにアルクェイドが駆ける。
 引き離されるようなスピードではなかったし、彼女にしてみれば
すぐに追いつけるようなものであった。だが、それでも彼に合わせ
て走った。
 それは、彼とのつながりが解けるようなイメージがあったから。
それを繋げ留めておこうと感じ、反射的に脚を踏み出していたのだ。

 一つのマフラーを二人で包む。
 赤い布の、ささやかな繋がり。

 それは、とても暖かかった。



 その寺社は、観光地としても有名で、沿岸沿いにある坂の多い街
の上の方に建てられている。そのために、展望は昼間なら街一面を
見渡すことも可能であった。さすがに、坂道に入ってくると人ごみ
も多くなって、にわかに活気付いてくる。
 そうなると、手が付けられないのが一人。

「ねーねー、志貴! 甘酒って、甘いの? 美味しいの?」
「あーもうっ、さっき呑んだだろ?」
「さっきとは別のお店だってばー。呑み比べ呑み比べっ」
「やめとけって……こらこらっ、そっちは違う。こっちこっち」
「でも、いい匂いするよ?」
「いや、今は関係ないから……ってもうっ! わーったから! 首
っ、マフラー引っ張るなっての! 上の……あそこのたこ焼き買う
から……」
「えっ、ほんと♪」

 始終この調子。
 坂の上までの行程を半分ほど踏破したところで、すでに山道を登
りきったように疲れ果ててしまっていた。入り組んだ地形は、直線
距離よりも長い道のりを歩かせるために、普段よりも疲労が蓄積す
る。
 とりあえず、志貴たちは坂の中腹に存在する休憩所で、屋台の品
物を肴に軽く一服することにした。年が明ける前に頂上を目指そう
としているのか、休憩所に他の人々が立ち寄るような様子は無い。
 和風造りの心地よい雰囲気に志貴が軽く伸びをすると、アルクェ
イドが座敷の上に買ってきたものを並べ始める。
 甘酒、たこ焼き、お好み焼き、甘栗、わたあめ、焼き鳥、焼きそ
ば、りんごあめ、その他諸々エトセトラエトセトラ……。
 全てを制覇するつもりでいるらしいアルクェイドに、志貴は呆れ
混じりの吐息を投げかける。だが彼女はそんな志貴の気持ちを知っ
てか知らずか、黙々と屋台の品物を制覇しつつある。
 文句の一つでも言ってやりたいところであったが、

「はい、志貴ー。たこ焼きー」
「あむ」

 などと、食べさせて貰ったりしている内に「ま、いっか」などと
思い始めてしまっていた。流されやすいとは解ってはいても、流さ
れてしまっている。年の瀬ぐらいシャキッとしろ、という心の声も
今はどこか遠くへいってしまった。

「あ、わたし、あそこの屋台でクレープ買ってくるね」
「ん、ああ。まだ食べるのかよ……俺、あずきのヤツね」
「文句いいながらも食べるんだ……まあ、いいけど。今度は私が奢
ってあげるね」

 志貴は自分に巻いている部分のマフラーを解いて、彼女にかけて
やる。彼のぬくもり嬉しいのか、アルクェイドは嬉しそうに微笑む
と、屋台に向かって駆けて行った。
 ふと。
 坂道を駆け上るように、冷たい風が通り抜けたそのときだ。

 アルクェイドとすれ違う一組。

 行きかう人々が頂上を目指す中で、その二人組みは休憩所に立ち
寄る。
 さして珍しいことではないが、ふと彼らを見つめるとその雰囲気
に思わず意識を向けてしまう。一人は志貴と同い年くらいの少年。
その手にはビニール袋で、中身は屋台で買ってきた様々な品物らし
い。そして、その横手に並行するのは、鮮やかな金髪が目を引く小
柄な少女であった。その凛とした意思を感じさせる眼差しに、思わ
ず志貴も身を正してしまう。

「シロウ……ここは空いています。どうでしょうか、小休止などを
してみては?」
「ああ、そうだな……まあ、まだまだ年が明けるまではあるし」

 二人は話しながら志貴の座っている席と程近い席に座する。何気
なく志貴はアルクェイドのほうを見やるが、クレープ屋の屋台は繁
盛しているらしく彼女はまだ並んでいた。もうしばらくは時間がか
かるだろう。
 そうなると、途端にちょっとした時間なのに暇で暇でしょうがな
く感じてしまう。数分程度の時間が永劫にも思えてしまうから、人
間の感覚は不思議なものだ。志貴自身は待つことをさほど苦にはし
ていないのだが、アルクェイドが少し離れた場所に見えているとい
うのが妙に時間の感覚を狂わせる。
 自然と、横手の二人組みの会話へと耳を傾けてしまう。良くない
事だとは解っていても、一度意識をしてしまうと否応無しに聞こえ
てくる。

「セイバーは何か食べたいものとかあるのか?」
「いえ、わたしは特には……」
「……はぁー。無理するなって……サーヴァントだからって気兼ね
するなよ。それに今日はそういうつもりにもなれないしな」

 士郎が軽く笑う気配。それを受けて、セイバーが反論しかけた言
葉を言いよどませた。
 しばし、セイバーは何かを悩んでいたような様子であったが、や
がて意を決したように視線を士郎へと向ける。

「それでは、あそこのクレープにします」
「うっし、じゃあ買ってくる―――」
「いいえ……そこまでお世話にはなれません」
「いやいや、ここは俺が行くから」
「いいえ」
「あの……セイバー」
「い・い・え」

 案外と頑固な彼女に、士郎は程なくして屈する。
 失礼します、と一言告げたセイバーはそのまま小走りで屋台へと
向かっていきアルクェイドの後ろに並ぶ。

「あれでいて、融通が利かないんだよなぁ」

 士郎がそれを眺めつつ、軽いため息。だが落胆のものではない。
それは、仕方が無い、という苦笑にも似たものであった。
 それを志貴は眺めていると、不意に士郎と目が合ってしまう。し
まった。第三者に見られているというのは、あまり快いものではな
い。不快に感じてしまっただろうか。
 だが、そんな志貴の心配をよそに、士郎の方から話しかけてきた。

「あの人……あなたの知り合いですか?」
「え……」
「ほら、あそこの金髪の」
「あ、ああ。アルクェイドね……はい、俺の……まあ、知り合いで
す」

 知り合いという一言で片付けて良いものかどうか迷ったが、結局
は知り合いで通す。

「すいません……さっき、ここに来る途中で、やりとり見てました」
「は、はい?」
「いや……だから、屋台とかそこらへんの」
「あ、ああ、成る程……でも、謝ることないですよ。俺だってさっ
きのここでの会話聞いちゃってましたし……」
「じゃあ、相殺ってことで」
「そですね……でも良かった、どう謝ればいいか一瞬ですが困りま
したし」

 言いながら、二人は笑った。
 何気なく話しただけですっかりと打ち解けてしまい、お互いに待
ち時間を会話で花咲かせる。

「へぇ、冬木市の方から来たんですか。結構、遠くありません?」
「まあ、そんなでもなかったです。そっちは三咲町でしたっけ?
 近くていいっすね」
「いや、近くても道中が大変だったから」

 アルクェイドといるとトラブルに事欠かないですむ。もっとも、
そんな事欠かなさなど必要なかったが。今ではそのトラブルも大分
慣れてきた感がある。大抵の問題ならば志貴は動じなくなっていた。
だがそれは、トラブルのある生活が常だということに気付いて少し
沈んだりもするが。

「ん、セイバーたちも話し込んでいるみたいだな」
「へ?」

 ふと士郎が呟いた言葉に誘われるままに、クレープ屋台の方を見
やる。そこには、アルクェイドと知り合ったセイバーが何事か話し
込んでいた。ちらちらと、二人ともこちらを見るのは何故だろうか。

「案外と、こっちと同じこと話しているんじゃないだろうなぁ……
アルクェイドのやつ」
「ありえない話じゃないなぁ」
「あー、でもなんかすいません。アルクェイドが一方的にやってい
るみたいで」

 話しかけているのは大半がアルクェイド側からだと、ここからで
も見て取れた。セイバーの方は、自分からは話しかけ難そうにして
いる。
 だが、士郎はそんな彼女を見て、微笑む。

「いいですよ……あんまし、プライベート……っていうか、セイバ
ーは友達づきあいみたいな会話をしないから。むしろ、そういった
雰囲気で向こうがなってくれればありがたいです」
「あー、なるほど。そう言ってもらえるとありがたいです」

 彼女らから視線を外して、二人で笑う。
 どこか、似たような似ていないような雰囲気をお互いに感じ取っ
ているのか、居心地は悪くない。初対面の相手としては珍しいもの
であった。
 互いに甘酒を手にとって、乾杯。
 丁度、それを一口したところで、彼女らが帰ってきたようだ。ア
ルクェイドの楽しそうな明るい声が聞こえてくる。

「お待たせしましたー。クレープでございますー♪」
「お待たせしました……く、クレープでござい、ます」

 と、異口同音。
 アルクェイドとセイバーが。

「「―――――っ!!」」

 何故かメイド服でクレープを持ってきた。
 志貴と士郎が、そのまま甘酒を霧のように盛大に吹き出す。
 そんな二人を不思議そうに眺めるのはアルクェイド。セイバーは
恥ずかしげに俯いたままである。なんというか、二人とも恐ろしく
メイド服が似合っていた。

「いやいやいやいやいやいや………ちょっと、待て!」
「何よ、志貴」
「何でメイド服なのですか?」
「ビックリさせようかなーって」
「吃驚させすぎだって! メイド服ってお前なー」

 と、志貴が言いかけると、アルクェイドは人差し指を軽く振りな
がら「ちっちっち」と口ずさむ。その表情は余裕の笑顔。

「違うわよ……ただのメイド服じゃないの」
「何が」
「ほら、見て見てー」

 士郎が未だ語らぬセイバーを見やると、それに気がつく。その視
線の向かう先から、志貴もアルクェイドが言ってたことを理解する。
アルクェイドを確認するが彼女もそうであった。
 ひょこひょこと即頭部のそれが動く。

「猫耳メイドでしたー♪」
「だから、なんでそーなるの!?」
「いや、吃驚させようかなって」
「程があるだろ、程が。前フリも伏線も何にも無く、そんな展開持
ってきやがって」
「にゃんでかにゃ?」
「語尾もかよっ!」

 甘酒を吹き出したことで汚れた口周りをぬぐうことも忘れて志貴
が叫ぶ。
 アルクェイドは正真正銘の猫耳を頭につけていた。作り物の安っ
ぽさは微塵も感じられない精巧なそれ。どこぞの二頭身半くらいの
デッドエンド後な猫とは一線を引いた猫耳がそこにある。

「お前……もう、いい」

 諦めた志貴はがっくりと肩を落とす。アルクェイドの性格を知ら
ないつもりではなかったが、よもやここまでとは思ってもいなかっ
た。
 服装はおそらく空想具現化で作り出した仮初のものだとか、セイ
バーをどうやって説得しただとか、気になること聞きたいことは山
ほどあったが、それを聞く気力もない。

「んにゃ? 志貴……どうしたにゃ?」
「だーかーらー」
「あ、甘酒ついてる――――」
「んっ――――」

 不意に顔を近づけたアルクェイドが、志貴の口唇を舐める。
 あんまりにも綺麗に決まった不意打ちは、その場にいた被害者、
傍観者の三人を凍りつかせるには十分すぎた。潤いのある舌が唇と
触れ合い、湿っぽい音を立てる。
 ぴちゃぴちゃと、音を奏でる互いの口。
 それを鳴らす彼女の仕草は、本物の猫のようでもあり。

 志貴は―――

「って…………うわあああ!!」
「んにゃっ、どーしたのよ志貴?」

 抗議する声など完全無視を決め込んで、志貴はアルクェイドの手
を取ってそのまま休憩所を抜け出す。
 夜風が頬に激しく当たったが、そんなことを気にしていられなか
った。ただ、思考するということが出来なくなって、衝動のみで動
いていた。周囲の参拝客に対する体裁など知ったことではない。た
だ、湧き上がる気恥ずかしさ、驚き、その他様々な説明の出来ない
感情が入り乱れて、志貴を動かしていた。

 そして―――

 士郎とセイバーが残る。
 片方は猫耳で。



 最後の急勾配。
 その坂道を登りきれば、目的の場所にたどり着く。おそらくは秋
葉らがすでに待っているだろう。来年まで、時間もそんなには無か
ったが、走ったせいか若干の余裕はある。

「はぁ……はぁ……もうっ、志貴ってば。どーしたのよいきなり」
「う、うるせえ……あんなことして、おま、おまえ……」
「厭だった?」

 アルクェイドの表情に陰りが宿る。
 荒く上下する肩を整えながら、志貴は憮然とした表情。その質問
は卑怯だ。アルクェイドにそんな顔でそんな質問を言われたら、厭
と言えるはずが無い。
 実際、志貴としても厭ではなかったのだが。

「厭……な、わけないだろ……」
「え、なになに? 聞こえなかったからもう一回」
「分かって聞いているな、お前」
「あはは、バレたー?」

 当たり前だ、と口の中だけで呟き、志貴は笑う。
 そのまま天を仰げば、深い宵闇が天幕となり街を覆い尽くす。ま
だまだ夜明けまでは程遠い時間。見上げる志貴に、アルクェイドが
微笑みながら寄り添う。
 そして。
 漆黒に、白が生じた。

 最初は細かい点であったそれ。
 だが、次第に点が集まり面となって大地に広がる。ものの10分
足らずであっという間に地面を雪の絨毯が覆い尽くしていた。
 志貴は相変わらず天を仰いでいる。
 雲は、無い。

「これ……空想具現化、か?」
「……うん、そだよ」
「そっか……綺麗だな」
「そだね……」

 吐息が闇に消える。
 白を交えた息吹も、黒に押しつぶされたが、街を埋め尽くすよう
な白は、黒を塗りつぶしてしまいそう。空に灰色は無い。

「ありがと、志貴」
「ん……突然だな」
「ううん。前から言おうかなって思ってたの」
「……………続けて」

 頷き、彼女は言の葉を続けて紡ぐ。

「こうやって、いっしょにいられて、笑えるのも……志貴のおかげ
なのかなぁ、って」
「俺の……か。そりゃ、買いかぶりすぎだ。俺がやったことなんて
………そんなに無いよ」
「でも、それでもいい………」
「そっか……解った」

 細かな雪の結晶を吹き上げる風。
 その風に身を縮ませる志貴に、彼女がそっとマフラーをかけた。
 丁度、両者が半分ずつになるように。
 二つを一つにして。

 ぬくもりを感じながら。
 二人は軽くスタッカートを踏み鳴らして、坂を登る。



 一方の士郎たちは、やや遅れて坂までやってきた。
 服は未だにメイド服……というわけではなく、それは雪が降り始
めたあたりから細かな微粒子となって昇華してしまった。そちらの
空想具現化が終了した証であろう。
 始終、無言で並行する二人。
 刻む足音は、雪を踏み鳴らし心地よい音を奏でる。

「ん……ほら、先にこの坂を登ったみたいだな」
「そうですね、シロウ。雪も降ってきましたし」

 軽く上を向いて、士郎が吐息を漏らす。

「そうだな……でも、雲が無いってのは……珍しいで片付けていい
のかな?」
「………どうでしょうか? いいと思いますけど」
「そっか、お前が言うならそうだな」

 人為的に降り注ぐ天然の雪を眺めるセイバー。
 それは、アルクェイドが降らせたものにまず間違いは無いだろう。
坂の上へと続いている足跡も彼女たちのものか。

 あの時。
 クレープを買ったときに彼女と話したことを思い出す。
 アルクェイドは言った「気楽にいこう」と、そして「縛られなく
ていい」とも。さらに続けて「少なくとも今だけは」と。何のつも
りで、セイバーにその言葉を言ったのか解らない。だが、彼女の台
詞はどこかセイバーの胸の中に残滓となって刻まれていた。
 剣よりも鋭く、刃よりも優しく。

「もしかしたら……誰かが降らしてたりしてな」
「そうですね」
「じょ、冗談のつもりだったんだけど……セイバーさん?」

 何気ない士郎の軽口に、セイバーはふと仰ぎ見る。
 空ではなく、坂の上を。

「きっと、彼女からのささやかなプレゼントなんでしょうね。彼へ
のものと、そしてわたしたちのものと………まったく、先輩風吹か
せて」
「…………お前が……お前が言うなら、そうかもな」

 風が雪を踊らせる。
 ふと、セイバーは先ほどの志貴たちがしていたようにマフラーを
半分譲ろうとするが、自分のマフラーがそれほど長くないことに気
づく。同時にホッとしてもいた。先ほどのメイド服はアルクェイド
なりに気を引かせようとしていたもので――方向性はどうあれ――
セイバー自身は恥ずかしくて何も言えなかった。
 ただマフラーを譲ろうとするだけなのに、同じような緊張感を感
じている自分に軽い溜息。
 やはり、アルクェイドのようにはいかない。

「セイバー……いこうか?」

 そんな彼女に。
 優しく投げかけたのは、彼女の主。
 そっと差し出された掌を握ると、随分と冷たかった。

 その掌に。
 お互いに握り締めた、そこに。
 セイバーは自らのマフラーを取って、互いの握り合った場所に包
ませた。

 それは彼女の、ほんのささやかな勇気。

「で、では、い、いきましょうか……シロウ」
「…………ああ、行こう」

 緊張のせいか、声が上ずっているセイバーに、士郎が微笑んで応
える。
 坂道を登る二人の足取りは軽くは無かったが、一歩一歩を踏みし
めたものであった。

 志貴とアルクェイドが刻んだ足跡を追う。あえて彼女らが踏み均
した場所を避けて、滑りやすい新雪の場所へと。
 自分たちの、自分たちだけの足跡で。
 二人のの道を。



 穢れ無き白い雪に。
 二人の足跡が二組―――確かに残る。

 その雪に刻まれた足跡は、ついぞ交錯することはなかったという。

 だが、いつか―――


     <Thank you 2003Years>


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