激突!蘇る宿敵たち!! ―暗躍編―


  決死のターボジャンプ蘇れKITT!! 
  英語版タイトル「BEAT OF THE RISING KNIGHT」


  作:天戯恭介



 前回までのあらすじ

 幸せにひっそりと暮らしていた蒼崎青子、そして蒼崎志姫…
 だが、二人の幸せの時間は長く続かず、青子の兄である蒼崎橙子(とうじ)
の出現により二人は新たなる戦いに駆り出されていく…
 そして蒼崎青子駆るナイト2000の前にKITTのプロトタイプ
KARRが出現!!KARRの謎の装甲に完膚なきままに叩き潰されるKITT…
 そして蒼崎青子は橙子に捕まってしまう!!

 残された志姫の運命は?そしてナイト2000は復活するのであろうか!?




 /
 ナイト財団が用意したセーフハウス…の一室
 その室内では少し小太りの中年女性が電話で何かを話していた。
 女は久我峰留奈美である。

「(英語で)待ってください!なんでナイト2000の部品がないのですか!?」
『(英語で)あんな型遅れのトランザムの部品を残しておくと思うかね?』
「型遅れ…ってKITTは…!!」
『……こっちは新たなドリームカー、ナイト4000で忙しいのだよミス・クガミネ?』
「………だから人員も割けないというのですか?」

 苦虫を噛み潰したような顔を作る久我峰

『そうだ…それに今回の件は日本支部の管轄だ…本部に連絡されても困る』

 久我峰は溜め息を付きながら首を横に降り

「分かりました…こちらで何とかします」
『そうしてくれ給え…あと資金援助もないからそのつもりでな』

 電話が切れ、無機質な「ツーツー…」という音が響く
 久我峰は受話器を置き

「ナイト2000の方が格好いいにきまってるでしょう〜〜!!」
と叫んだ。だが、虚しさを感じ溜め息を付いてしまう。
 そして自分のデスクに飾ってある一枚の写真スタンドに目が向かう

 ある英国紳士と久我峰のツーショットの写真だ。

「……デボン、貴方はこんな時…どうやって切りぬけたのですか…?」

 久我峰はそう呟かずにはいられなかった。



 /
 財団のトレーラー内部

「…………」

 志姫は無言でかつて蒼崎青子と一緒に乗っていたナイト2000を見つめていた。

 凹んだサイド…拉げたフロントノーズ…かつて赤い残光をのこし、輝いていた
ナイトフラッシャーも消えていた。

 それは即ち、KITTの死を意味している。

 KITTがくしゃくしゃになって放置されていたのが発見されたのは
 KITTと青子がトレーラーから去って一日経ってからだった。

 その現場に青子の姿はなく、KITTと呼ばれた車が廃車のように放置されて
いただけだった。

「……答えてKITT、あの人に何があったの?」
《…………》
 KITTは答えない…
「なんとかいいなさいよ、KITT…」
《…………》

 志姫は何かに耐えるように口を開く

「答えてよ…KITT」

 気丈な声、だが、その声が涙混じりになってしまうのには時間はかからなかった。

 ポロポロ…と涙を零す志姫…
 耐えきれなくなったようにナイト2000の前で塞ぎこんでしまう。

「どうしました…?」
と、しゃがんで泣いている志姫の背後に声がかけられた。

 涙を拭いながら、志姫は立ち上がり自分の背後に立った男を見る。

「「え……?」」
と、二人は声を重ねてしまった。

 あの時から髪の毛を伸ばし、最愛の男に抱かれ美しくなった志姫。
 男は涙をたたえた志姫の美貌に声を失う。

 あの時から変わらない、赤く染め上げた髪を無造作に後に纏め上げた少し、キ
ツそうな顔立ちの男。
 志姫は何故彼がここにいるのか、不思議でたまらない。

「一子(かずし)さん、どうしてここに!?」
「有間!?、なんで君がここにいるんだ!?」

と、二人は互いに声を揃えた。
 意外な場所で再会する二人…
 志姫が青子以外に唯一心を赦した男―― 乾一子
 志姫が何か口を開こうとした時
 そこへ息消沈した久我峰が入ってきた。

「あ、久我峰さん…KITTは…」

 その質問に久我峰は自分を責めるように手を顔で覆いながら答えた。

「……駄目ねFLAGの本部だけでなく、ナイト財団を支援してくれる所も当た
ってみたけど……みんなナイト4000に支援してナイト2000にはなんの興味も示し
てくれないわ」

「ナイト4000?」

 志姫が尋ねると、一子が答えた。

「KNIGHT・INDUSTRY・4000、通称「KIFT」、ナイト2000を超えるドリーム
カーだそうだ。
 一度写真を見たが…なんだい久我峰?あんなのの為にKITTは島流しされち
まったのかい?」
「デボンがいればあんなことにはならなかったわ…KITTがここに島流しされ
ただけでも感謝すべきことなの…」
「どういうことなんですか?このKITTが島流しにされたなんて…」

 志姫の問いに二人は眉間に皺をよせて答えた。

「……本当ならKITTは解体されるはずだったんだ」
「ナイト4000の計画を立ち上げた奴がKITTはもう要らないとか言い出してな」
「そ、そんな…」
「それでデボンが何とか手を打ってくれてKITTの解体は免れ…」

「KITTはこの極東の地に来た…と、でもこりゃすごいな…どうやればKIT
Tをここまで破壊できるんだ?」

 一子がKITTを見て言った。
 そしてテーブルに向かい、KITTの皮膚とも言える「分子結合殻」を拡大さ
せた顕微鏡を覗く。

「分子結合殻が溶かされた形跡がない……信じられない…どうやってKITTを
破壊したんだ?」

 一子は両手を上げて「お手上げの」ポーズを取ると、二人の所に戻ってきた。

「で、久我峰…なんで有間が」

 切り替わりが早いと言うか…一子は最初の疑問を口にした。

「そうですよ、久我峰さん、どうして一子さんがここに?」

 志姫も今思い出したように久我峰に尋ねる。

「なに?二人とも知り合いか…?」

「ええ、まあ」
「そうだけど…」

 二人の間を一瞬知り合いという言葉では言い表せない雰囲気が漂った。

 ――そう、例えるのなら男と女の雰囲気

「一子は今日付けでこのFLAG日本支部のメカニック担当になったんだ。それ
で志姫さんはこのKITTの今のマスター、蒼崎青子の妻……って志姫さんはま
だ籍は入れていないのか?」
「ええ、まだ入れていませんよ?」
と、志姫はケロッと答えた

「青崎…ああ、有間の運命の人…だっけか?無事巡り合えたのか…おめでとう」
と、一子は微かな淋しさを感情に混じらせながら志姫を祝福した。

「ありがとうございます…」
と、志姫は答えた。

「しかし、どうしようかしら…メカニックがいたところでKITTを蘇らせるこ
とはできないし…」
「……ボディーの破損具合を見れば一目瞭然だけど…システムも酷いのか?」
「……酷いってもんじゃないわ、最低でも1ヶ月以上はかかるわ」
「そんな!!」

 志姫が消え入りそうな声を上げ、久我峰を見つめる。

「……昔はKITTが壊れても一晩で直したうえに新しいシステムを追加してい
たっていう凄腕メカニックがいたらしいけど…現在は行方不明だし」

 絶望的な解答に志姫は悲痛な声を上げる。

「なんとかならないんですか!?このままじゃ先生が……」
「落ちつきなさい、志姫…」
「でも……!!」

「あの、さぁ…」

 オズオズと一子が手を上げた。

「なに?一子?」
「どうしたんですか一子さん?」

「直せるよ…一晩で、面子集めてすぐやれば」

 そう、一子は言った。




 /
「気分はどうだい?青子」

 石造りの、何もない一室に蒼崎兄弟の姿があった。

 ……兄弟仲がもっとも悪いことで知られている蒼崎兄弟…
 その二人が、この何もない質素な空間で静かに睨みあっていた。

「最悪だね…私は客人だよ?お茶の一つも出さないのか?」
「ふん、まだそんなことを言える余裕があるのですか…」

と、橙子(とうじ)は鎖で拘束され、身動きのとれない青子の腹を無造作に蹴り 
上げた。

「!!……うぐっ」

 蹴られた衝撃で横に倒れる青子…微かにうめく、そう、うめいただけだ。

「今のはうめき声だけじゃ駄目ですよ…鳩尾を入れたんですよ?鳩尾を」

 二度、三度、橙子は身動きの取れない青子の鳩尾めがけ蹴りを入れつづける。

「……う、うぐ……ご、はぁ……!!」

「そうそう、我慢は体に良くないですよ、青子」

 冷やかな目で青子を見つめる橙子
 数時間橙子は青子を虐めつづけた。

「さて、虐めるのもコレぐらいにしておきましょうか…?」

 唇から一筋の血を流し、憎々しげに見つめることしかできない青子
 橙子はむしろそれが快感であると言わんばかりにナルシストな笑みを浮かべ、
メガネを外し青子を睨みつける。

「そそるね、青子…お前のその目…あの時から変わっていないよ…だが」

 一旦言葉を切り、橙子は続けた、失望した眼差しで――。

「弱くなったものだな…お前ならその鎖ぐらい簡単に引き千切れるだろう?」

「…………。」
「ふん、ダンマリを決め込むのか…まあいい、そろそろあっちの準備も整ったよ
うだしな」
「準備………?」
「そう…あの連中がお姫様と崇める、女…志姫だっけか?そいつを罠に嵌める準
備さ…」
「!!………橙子ッ!!」

 青子の顔が一瞬にして怒りの形相に変わる。
 その青子を見て橙子は態度を崩すことなく嘲笑を浮かべる。

「顔色を変えたな…やはりそうか、そういうことか…信じられないな全く」

 ヤレヤレと、肩を竦める橙子。

「残念だよ…青子、お前程の男がたかが女一人に骨抜きにされるなんてな…」
「…………。」
「俺にとってはまさに晴天の霹靂だよ、お前が人並の感情を持つなんてな…」
「人を悪魔みたいにいうな…」
青子が反論する。
「…いや、お前は悪魔だよ魔法使いにとっても…この俺にとってもな」
「…………。」
「……直ここに、面白いモノがくる…だがその前に一つ聞いておこうか…」

「蒼崎の遺産をどこに隠した?」

「教える気はない…」
「ふん……そう言うと思ったよ…おい出来たか?」

 橙子がそういうと遠くで「OKだ」という答えが返ってきた。

「見せてやれよ」

 二人だけの空間に一人の人物が入ってきた。

「……!!」

 青子の顔が驚愕の色に染まる。
 入ってきた人物に驚きと、その人物で何をするつもりなのか…
 一瞬で青子は理解できてしまった。

「中々の出来だろ?青子」

 ニヤニヤと自分の悪戯が成功し、悦んでいるコドモのような笑みを浮かべる橙子
 横に倒れ、鎖で拘束された青子。
 その青子を無邪気な笑みを浮かべて見下ろす青子。

 この地下室には蒼崎青子は二人いた――。

「……ハリウッドのメイクアップの技術は大した物だ…そうは思わないか?」

 無邪気な笑みを浮かべている青子が答えた。

「うん、鏡見て驚いたよワタシ」
「………その声、アルクェイド…ブリュンスタッドか」

 青子が信じられないものを見たように呟く

「そうだよー♪蒼崎橙子にやってもらったんだ」
と一昔前のコカ・コーラの宣伝に出た青年のように爽やかな、笑顔をする青子。

「俺の顔でそんな表情するのやめてくれ…気持ち悪い」
「ええー?」
と、青子が普段出来ないような表情をする青子(アルクェイド)

 そこへメガネをかけた橙子が割って入ってきた。

「アルクェイド…これから君はお姫様に出会う……
 決して正体を悟られてはいけないんだ…分かるね?」
「うん、ブルーの真似をすればいいんだよね?」
「そうだ……決行は今夜だ、それまで居間でくつろいでいろ」
「アイアイサー♪」

 上機嫌な声を上げて青子(アルクェイド)は出ていった。

「さて、青子…遺産の話だが女を連れてきてからにしようか…?」
「!!………橙子っ!!」

「私もお前の堕落ぶりを見て志姫とかいう女に会ってみたくなったよ」

 青子は兄に恐怖と憎悪を同時に感じずにはいられなかった。




 /
 時刻はすこし遡る。

 青子が敵の罠にはまり橙子の地下室で目を覚ます、ほんの数十秒ほど前だ。

「危険だ、有間!!」

 財団移動本部…つまりナイトトレーラーのコンテナでは破壊されたKNIGHT2000
の前で志姫と一子が言い争っていた。

「君が今置かれている状況を考えるんだ有間…!!いいかKNIGHT2000は破壊され
君の…その、蒼崎も行方不明…!!これはどう考えたってあいつらの陰謀だ」

 一子が指すあいつらとは無論、アルクェイド達のことだ
 少なからず、一子も志姫が過去うけた陵辱を知っている。
 そして、青子の行方不明により久我峰の
「蒼崎橙子が絡んでいる」という情報が現実を帯びてきたことから、
今回の敵はアルクェイド達である…と、二人の答えは辿りついたのである。

「分かってるわ…だからこそ私は遠野の屋敷へもう一度行かなければならないの」

 冷静に、志姫は答える。

「……蒼崎のためか…?」

 一子が尋ねる。これは少なからず青子に対する嫉妬と羨望も含まれている。

「……それもあるけど、アルクェイド達との決着をつけによ…」
「君は青子の腕に抱かれ幸せを見出したんだ、何故いまさら連中に会う必要があ
るんだ?
 決着をつけたんじゃないのか」

 志姫は首を横に降ると少し淋しげな表情を浮かべた。

「ついていないわ…一子さん私夢を見るのよ…」
「ゆ、夢…?」
「そう、あの人が見ている前でアルクェイド達に陵辱される夢…」

 さらりと、表情を変えずに志姫は言った。

「な………!!」

 その台詞に一子は絶句する。

「先生が鎖に繋がれてて身動きが取れないの…その前で私はアルクェイド達に弄
ばれるの…」

 志姫は一子を見ていない、どこか遠くを見つめている。
 志姫しか知らない…どこか遠くの世界を。

「私は必死に抵抗したわ…けどアルクェイド達の愛撫に耐え切れず嬌声を上げて
しまうの。
 …快楽に溺れていく私を見ていることしか出来ない先生は…舌を」

「有間……!!」

 一子が志姫の両肩をつかむ。だが、志姫は別にトリップしていたわけではなか
った。

「……大丈夫よ、私は…」

 と、一子の手を振り払って志姫は出口へと歩き始めた。
 それを一子は見つめることだけしかできない。
 自分の胸で泣いていたあの志姫はどこか遠くへ行ってしまった…
 一子はそんな感傷を覚える。

 最早、遠野志姫という気弱な女性の面影は残っていない。

 小さく溜め息をつき一子はタバコを箱から取り出しながら志姫の背中に呼びか
けた。

「裏にスバル360がある350馬力は出る奴だ…」
「………ありがとうございます」

 志姫は一子に振り向き微笑んだ。
 穏やかな、臍淑女の微笑。

「!!………あ、」

 一子はその志姫の微笑に目を奪われた。
 思わず指に挟んでいたタバコを落としてしまうくらいに
 一瞬で一子は志姫の微笑に魅了された。

「一子…さん?」
「ああ、いや何でもない…気をつけてな」
「はい」

 しっかりとした迷いのない足取りで、志姫はコンテナを辞にした。

 一人残された一子は落としたタバコを簡単に拭き口に咥えた。
 そして火をつけ、紫煙をはく。

「やべぇ…なんだよ…あの、独占したくなっちまうような笑みは…」

 反則だよ…と、呟きKNIGHT2000のボンネットによっかかる。
 すると軽快な着信音が彼の胸ポケットから流れた。

「ういよ…」

 少し気だるげな声をあげて一子は電話に出た。
 だが、その表情はすぐ引き締まった表情に変化した。

「……おせえよ、今すぐ来い…ああ、超特急…でだ」




 /

 ぼおおおおおん………

 すこし、マヌケなエンジン音を上げ、路上を走るスバル360(350馬力)
 その車をビルの窓から見送るものがいた。

「こちらユダ…本部応答されたし…どうぞ」
『こちら本部…どうぞ?』
「お姫様がカボチャの馬車でそちらに向かったと思われる…どうぞ」
『了解…』




 /
 さすが350馬力のスバル360…あっという間に遠野の屋敷に付いてしまった。
(……何も起こらなかったけど…コレも罠なのか…)
 遠野家の門から少し離れた所で車を止め様子を伺う。
 遠野の屋敷を眺める志姫…ふと、昔のことを何の気なしに思い出した。

(……ああ、半年前まで私はこの道をトボトボと登校していたのか…)

 志姫は歩行者用の路地をトボトボと歩く自分をスバル360の窓越しから見た…。
 それは志姫の中の幻想で、意識を他にうつせばすぐ消えてしまう儚い姿だった。
(……先生にあの時、逢わなかったら今の私はまだあそこを歩いていたのかな…)
と、志姫は感傷に浸ってしまった。
 そんな中、ふと…一人の男の顔が浮かんだ…青子ではない…赤い髪の男…

「乾…一子さんか…」

 1度だけ彼に慰めの為に抱かれたときのことを思い出す。
 先生に、運命の人と再び出会えると、言ってくれた唯一人の男

(でも……あれで、私と一子さんは終った…んだよね)
 感慨深く志姫はその言葉を心の中で噛み潰す。

「………カッコよくなってたな…一子さん」

 志姫は一瞬自分が何を言っているのか、理解できなかった。
(ちょ、…ちょっと待って…落ちつくのよ、落ちつきなさい志姫!!)
 志姫は混乱する頭を必死に抑制しようと必死である。
(私が愛しているのは蒼崎青子…唯一人……!!そうなの!!一子さんは…一子
さんは…)

 ふと、思考に何かノイズが走る――。

「……一子さんって私にとってなんだろう?」

 一子の何を考えているか分からないニヒルな笑みを志姫は思い浮かべてみる…。
(友人…違う…理解者…も、違う…じゃあ、………)

(……あ、愛人…?)

 志姫の頬が一瞬で紅潮する。

「きゃあああ!!何考えてるの私ってば!!自惚れずぎー♪」
と、勝手に妄想の風呂敷を広げていく志姫…随分乙女になったものである…。




 /
 そんな志姫をカメラで、遠くから見ている人間達がいる。

 遠野家リビング…メインヒロイン達が門に設置されている隠しカメラで
 スバル360車内の志姫を見ている。

「……なんか、志姫雰囲気変わっちゃったねー?」

 青子に変装したアルクェイドが言う

「ええ、なんか随分…乙女チックな夢を見てそうですね…」

 シエルも半ば呆れて志姫を見ている。

「まったく…姉さんは遠野家の長女としてのプライドがないんですか!?
 なんです?あの呆とした締まりのない顔は!!」

 憤慨する秋葉…だが後の使用人二人はそんな志姫を微笑ましく見つめていた。
 モニターに釘付けになっている三人に気付かれないように、琥珀は翡翠の耳に
そっと耳打ちした。

「(小声で)翡翠ちゃん、なんか志姫さん幸せそうだね…?」
「(小声で)ええ、そうですね…あんな志姫様見たことがありません……」

 残念がるように…だがそれを喜ばしいことだというように翡翠は言った…。




 /
「どういうつもりだ…?」

 橙子以外、誰もいない部屋……蒼崎橙子はメガネを外して携帯電話で誰かと会
話をしている。

「(英語で)KNIGHT2000は破壊した…これが済めば俺とお前の関係は終るんじゃ
なかったのか?」
『(英語で)私もそう思っていた。だが、あの連中がまたKNIGHT2000を蘇らせた
りでもしたらアウトなんだ…金に糸目はつけん…FLAG日本支部を、ミス・久
我峰を…潰してくれ』

橙子は1度溜め息をつくと
「よかろう…」
と答え
「ただし。請求額の2倍は覚悟しておけよ…」
と言った。

『承知した……』
「ああ、それと」
『なんだ?』
「KNIGHT4000にはターボブーストぐらいできるようにしておけ」




 /
「アルクェイド…」

 モニターに釘付けになっていた五人は一斉に橙子へと振り向いた。
 
「なに?志姫なら今あそこにいるけど」
「……なんだ、思っていたより早くきたな…どれどれ」
と、橙子が五人の間に割って入り、モニターを見た。

「……あの娘が志姫…ふーん中々可愛い…」

 橙子の顔に緊張の色が走った。
 そして手早く近くのキーボードを手元に置き、カタカタとキーを押す。

「「「「「???」」」」」

 モニターは志姫のアップの顔を映し出した……。
 橙子はそれを敵を睨むような目で見つめている。

「あ、あの…橙子さん??」

 恐る恐る、シエルが橙子に尋ねる。

「どうかなさいましたか…?」(何故か敬語)
「……見つけた」

橙子がそう、小さく呟いた。

「え?」

「まさか、こんなところで探し物が見つかるとは思わなかったよ…なるほど青子
の奴…この女にかなり御執心と見える。」

たまらんな…と橙子はモニターから離れてククク…と笑みを零した。

「計画を変更する…一つ余分な仕事を増やすことになった、なに…ちょっとお前
らに演技をしてもらうだけさ」
と、橙子はタバコを口に咥えながら言った。

「一回だけしか言わないぞ…」




 /
 志姫が乙女チックな妄想から抜け出たのは一子のことを考え出して5分後のこ
とだ。

「……なにやってんだろ、私は」

 正気に戻り、志姫はスバル360のドアを開け、外にでた。

「……乗り込むしかない…か」

 志姫は車のドアに鍵をかけ、遠野家を囲う塀に駆け寄った。
 高さにしてゆうに志姫の身長三人分はある。

「正面突破も悪くはない…けど」

 志姫の瞳が妖しい輝きを放ち、左足は地を蹴る。

 シュン!!

 微かに空気が揺れ、志姫の体は跳躍した。

 塀の頂上に手を付き、ネコのような身軽さで志姫の体は遠野家の敷地に入って
しまった。
 軽やかに着地し、辺りを見回す。

 うっそうと茂った森林――。

「変わらないな…ここは」

 志姫は懐かしむように、森林を歩き始める。

 ザッ――ザッ――ザッ――。

 落葉を踏む音が木々のヴェールに木霊する。

 志姫は周囲に警戒しながらこの森を歩く――。

 日はまだ高いのに――うっそうと茂ったこの森の所為で日が届かずこの森は漆
黒の世界を作り出している。

「………七夜」

 ふと、志姫はその言葉を漏らしていた。
 別になんの嫌悪感もない、むしろその名を懐かしむように
 志姫はその言葉を噛み締める。

 限りなく近く果てしなく遠い、反転した自分の姓――
 遠い蜃気楼の果てに見えるもう一人の自分

 何時の間にか、志姫はメガネを外して歩いていた。
 この世は死で満ちている…点が、線が……子供のらくがきのように張り巡らさ
れている。
 鼓動が高まる――脈が速くなる、神経が研ぎ澄まされる――。
 ナイフが、「七つ夜」と銘打たれた短刀が志姫のポケットから姿を現す

 ドクン、ドクン、ドクン――。

 くわぁくわぁ!!

 遠くで鴉の鳴き声がした――それが開始の合図だった。

 志姫の後方に人には決して見えない赤い奔流が迫る――。
 パチン――!!

「しゅっ!!」

 志姫の蒼い瞳はそれを捉え、その赤い奔流のイメージを裂く!!
 軽やかに、まるで手品のように、志姫の手の中のナイフはまるで意思を持って
いるかのように
 赤い奔流を捌いていく。

「ちっ……ちょこまかと…」

 遠くで志姫には聞き慣れた、だが反転している故その名を思い出せない青年の
声がした。

「奇襲は相手に悟られず一撃で――そう教わらなかった?」

 この森のどこかに隠れている相手に、志姫は言う。

「いつまでも隠れていないで出てきたら――?」

 ザザーーン……

 森の小波の音に紛れ、それは姿を現せた――。

 黒い法衣――両腕には三本の、計六本の投剣。

 黒い影法師は志姫に迫る――!
 黒い影法師が投剣を投げる――!!

「ちっ………!!」

 志姫は即座に反応し後へ跳躍する。

 トストストス――!!

 標的に当たることなく地に突き刺さる投剣。
 跳躍した志姫はある木の一本の枝に着地する、が――

「!!―――」

 志姫の顔に驚きの色に染まる。
 足に絡みつく、冷気――熱を奪われるような――否、奪われた感触。
 前のめりに引っ張られるようにバランスを崩す志姫、
 枝から落下するのは誰の目から見ても明らか―――。

「くっ……やるじゃない秋葉――」

 志姫はナイフで足に絡みついたイメージを切断すると一回転して着地した。

「随分なご挨拶ね?秋葉…そしてシエル先輩」

 正面にいるシエルを睨みつけて志姫は言った。

「……さすが、遠野さんといったところですか」

 黒い影法師――シエルは志姫を見つめる。
 そして木々のおくから秋葉も姿を現す。

「――お久しぶりです姉さん」

「……大した連携ね…姉離れできなかった弟に友達ができてお姉ちゃんは嬉しい
わよ」
「ええ、それはもう…いなくなった女と…その女を連れ去った男の悪口で盛り上
がりましたからね」

 皮肉を皮肉で返す姉弟――。

「……飛んで火にいる夏の虫です、遠野さん…
 このタッグはそう簡単には突破できませんよ…大人し…「先生はどこ?」

 一切の感情の介入もなく、志姫は斬り捨てた。

 凶気を心の内に収めている間に早く言え――

 志姫の瞳はそう訴えていた。
 これ以上おしゃべりに付き合うつもりは毛頭ないようだ――。

「……では力づくでも」

 シエルが黒鍵を装備し、秋葉の髪が朱に染まる――。

 戦い、否、殺し合い――。が再び始まろうとしていた。
 
 ピピピ……

「「!!?」」

 シエルの腕についている時計がその音の発信音だった。
 志貴はその時計にマヌケにも気を取られるシエルに容赦なく迫る――!!

【シエル、蒼崎青子が逃げた】

「!!」

 機械の声が志姫の耳を打った。
 刹那、志姫は体の進行方向を変え、遠野の屋敷へ向かうため
二人に踵をかえした。

 シュン……!!

「!!……姉さん!!」
「あ、逃がしませんよ、遠野さん!!」

 一拍子反応が遅れ二人は志姫を追跡する。
 志姫は走る途中、森林の線を裂き、木々を薙ぎ倒し、二人の行く手を阻む――!!
 だが、さすがにシエルと秋葉は人外と呼ばれているわけではない
 薙ぎ倒される木々を秋葉は略奪で熱を奪い無効化し、シエルは持ち前のスピー
ドでかわしていく。

「しつこいな…もう!!」

 と、志姫は木に流れる線を裂きながらそう毒づくと、飛びきりでかい大木に目
をつけるとそれを居合の容量で線を裂いた。

 神速の抜刀術と呼ばれる居合――七夜の力を行使したそれはシエルと秋葉に気
付かれぬうちに放たれ、その用を済ましていた。

 その大木をシエルと秋葉が通過しようとした刹那――

 メキメキ――!!

 木と木が軋む音の後、それは容赦なく二人を襲った。

「「え……!!?」」

 ドスーーーーン!!

「……これで暫く時間が稼げるわ…」

 やがて、森林を抜け、志姫は遠野家の庭に出た。

 きゅいいいん!!キキっ!!!!

 そこに軽快な音を立て、ツートンカラーのKNIGHT2000。KARRが現れた。
 威嚇的な橙色のナイトフラッシャーが志姫を睨む

「……KNIGHT…2000?」

 志姫の瞳が驚きに見開かれる。
 するとKARRは律儀に自己紹介を始めた。

【お初にお目にかかる。私はKNIGHT・AUTOMATED・ROVING・ROBOT…生命を持っ
た奇跡のマシーン…KARR(カール)とお見知りおきいただこう…】

「へー、礼儀ただしいのね?」
【光栄だ……】
「で、悪いんだけどさ貴方と喋ってる暇はないの… 蒼崎青子がここにいるでし
ょ……どこ?」
【……なんのことだ?】
「とぼけなくていいわ…」
【フン…可愛げのない女だ…】
「AI風情にそんなこと言われるようじゃ、私も終わりよ…」

 志姫の瞳が青く染まり、浄眼…「直死の魔眼」が発動する。
 七夜を胸に構える。

【フン、そんな小刀ではこの私に傷一つつけられないだろう…大人しくしたがっ
てもらうぞ…】
「……それは、どうかしら?」

 KARRがその場でエンジンをふかし、信じられない速度で志姫に突撃する。

「フ……!!」

 一呼吸して志姫がKARRの頭上を跳躍する。

(!!――分子結合殻の点と…なにあの点は?)

 間合いを放し、二人は睨み合う

【ほう、信じられない跳躍力だ……】
「……KARRと言ったわね、貴方、KNIGHT2000なの?」
【おかしな事を聞く…そうだ、私はあの出来そこないのプロトタイプだ……】
「……プロトタイプ…KITTのことを言っているのね?」
【そうだ……】
「……じゃあ、KITTの兄に当たるのね」
【そういうことになる…】

「フン……出来の悪い兄を持ったものね…KITTも」

【!!……口を慎めよ、小娘!!】

 KARRの両側のリア・フェンダーからミサイルの発射口が姿を現した!!

「ちょ、ちょっと……!?」

 さすがの志姫もKARRがまさかミサイルを持ち出してくるとは思わなかった
のか驚愕の表情を浮かべる。

【死ね、小娘…オレを怒らせたことを後悔するがいい!!】

 シュドーン!!

 ミサイルが発射され、志姫に迫る!!

「ク……!!」

 志姫は目を閉じて、死を覚悟した。

 だが、ミサイルは途中、有り得ない方向に進路をかえて志姫のはるか遠い所で
着弾した。

【ば、バカな!!】
「………」

 志姫は自分が何故、助かったのか原因を知るために左右に視線を送る。

「!!………」
「やぁ、志姫……」

 赤い髪を靡かせ、その男はそこに立っていた。

「せ、先生………!!」

【……貴様!!】

 KARRの怒気を孕んだエンジン音が青子に向けられた。
 最早、KARRは志姫を殺せなかったことにではなく、妨害した
 本人、蒼崎青子にその怒りをぶつけようとした。

「志姫にもいわれたろ?お前と喋っている暇はない!!」

 青子の掌からピンク色をしたボールが現れ、青子はそれを地面に投げつけた。

 ブシュウウウウウ!!

 ピンク色のボールから煙が勢いよく飛び出し、その一帯を煙で覆い隠した!!

【愚かな…私にそんな手が通じるはずが……】

 KARRの中にあるシステム、「赤外線カメラ」が発動する。

【………どういうことだ?】

 しかし、KARRの赤外線カメラには二人は引っかからなかった。
 それだけではなく、KARRのモニターにはノイズが走り始め
「ERROR」の文字が表示された。

【……システムが…そんなバカな】

 煙は数秒もしないうちに消え晴れたそこにはKARRの姿しかなかった。

【………橙子コレでいいのか?】
『……フ、上出来だ』

 モニターが設置されたリビングには蒼崎橙子と蒼崎青子の姿があった。
 鎖で体を拘束された蒼崎青子はやるせない表情で、自分と同じ姿を模した男と
車に乗り込む志姫の姿をモニター越しに見つめていた。

「どんな気分だ青子?あの女と走っている自分をみるのは?」
「…………志姫」

 そんな青子を橙子は喉を鳴らして嘲笑するのだった。




 /
「てめえ!もう一度言ってみろ!!!!!」

 ナイト財団のトレーラーのコンテナで一子の怒声が響く。
 光を失ったKNIGHT2000の前で二人の男が睨み合っていた。
 蒼崎青子と乾一子である。
 瞳に炎を宿した一子の瞳とは対照的に青子の瞳は水のように静かだった。

「何度でも言ってやるよ、KITTはもう死んだんだ…ワタシの目の前でな」
「……てめぇ!!」

 殴り合いのケンカに発展するのは最早時間の問題、志姫はどうしたらいいか分
からずにオロオロと二人を交互に見やる。

 怒りの表情を見せる一子と、その一子に冷淡な態度を取る蒼崎青子
 志姫は自分に初めてみせる二人の感情にどう対処していいか分からないのである。

「KNIGHT2000…KITTはもう死んだんだ」
「死んでいない!!」
「じゃあ、なんだ…あそこにあるポンコツは…」
「!!………」

 遂に、一子の怒りが爆発――青子の胸倉に掴みかかろうと青子に駆け寄る。
 だが、青子はそれを見透かしていたかのように、自分の胸倉を掴もうとする一
子の腕を掴み、無造作にKITTのボディーに叩きつけた。

 呼吸が出来ないほどの衝撃が一子の全身に走る。

「!!……うぐっ!!ゴホゴホ!!」

 激しく急き込む一子。

「一子さん!!」

 志姫は一子に駆け寄り、一子の背中を擦る。

「帰ろう、志姫…もう、ここには用はない」

 無感情な瞳で青子は一子を見つめる。

「……先生?」

 信じられないといった瞳で志姫は青子を見つめる。
 初めて見る青子の一面、志姫は初めて蒼崎青子という男に恐怖した。
 すると、この重苦しい空間に久我峰留奈美が姿を現した。

「さっきすごい声が……」

 留奈美は信じられないこの情景に目を丸くしていた。
 つまらなそうに一子を見下ろす青子、
 その一子に寄り添い、彼を介抱する志姫。

「……何かあったの?」

 訝しげに留奈美は青子を見る。
 当の青子は肩を竦めて入り口へ向かい歩き出した。

「……明日、志姫ともう一度屋敷へ行く…それが終ればもうここには用はない」
「……先生」
「なんだ?」
「KITTを…見捨てるの?」
「KITTの力など必要ないワタシとお前で十分だ」

 そんな言葉を吐く青子に一子はまた殴りかかろうと体を起こそうとする、が、
体に激痛が走り、バランスを崩して倒れる。

「一子さん動かないでください!!」
「……蒼崎…だっけか」

 一子は視線だけ青子に向ける。その瞳には怒りの表情と共に失望の眼差しが込
められていた。

「テメーは強い…確かにな…だが志姫には相応しくない男だ……」
「……負け犬の遠吠えにしか聞こえないな」
「……だから宣言してやる」

 一子はチラリと志姫を一瞥し、青子に言い放った。

「志姫はオレが貰う…お前みたいな腑抜けに志姫は勿体無さ過ぎる…」

「……言ってろ」

 青子はそれだけ言うとドアノブに手をかけようとした。

「先生!!」

 鋭い、覇気の篭った声、志姫が青子を呼びとめる。

「なんだ?」

 志姫に降りかえる青子、しばし睨み合い、志姫は口を開いた。

「晩御飯は…私が作るけど……なにがいい?」

「「…………。」」

 志姫のマヌケな質問にその場は静まり返ってしまった。

「………なんでもいいよ、志姫に任せる」

 それだけ言うと青子は出て行ってしまった。


 つづく






 あとがき/

 長い……長すぎる…ナイトライダーがいかに素晴らしいドラマだったか再認識し
ました私。

 この話を忘れていた人もいるかもしれませんがしにをさん作「しきりょーじょく」
の流れを組む天戯的「しきりょーじょく」ですしかも完結編。大変お待たせして申
し訳ありません。
 自分自身のSSへの葛藤があってすこし悩んでいました。

 んでこれなんですが…すいません三部作になってしまいました…(汗)
 前作というか「破壊編」の反省点が多かったのでそれを踏まえて書いてみました。
 志姫と青子のラブラブ度が高過ぎるなどいろいろ反省点が多かったので今回は直
してみました。「破棄編」とどのくらい変わったのか見てみるのも面白い…かも?
 次回は絶対に最終回です。できれば年末には出したいと思っています。

 それでは…


次頁へ 前頁へ 二次創作頁へ