月下繚乱  第1章 −Hybrid Front− 

 作:しにを


 夕暮れと言うよりは宵の口と言う方が相応しくなっていた。  時刻はそう遅いわけではないが、秋の陽はつるべ落としとの言葉通りに辺りはすっかり 暗くなっていた。  もう少し冬に近づけば、寒空の下で道往く人々も北風に後押しされる様に、暖かい我が 家へと足早に向かうのであろう。  今の季節だとまだ明るいと思っているうちに宵闇の中で戸惑う羽目に陥る。  急に周囲の家の明かりが目につき始める。  何とは無く幸福感を漂わせている家々の明かり。  中に一歩足を踏み入れればいろいろに、傍で見るのとは違った事情を抱えていたりもす るのであろうが、家並みからは、歓談の声、夕食の支度の物音や料理の匂い等が外へとこ ぼれ出す。  それはやはりどこか暖かい感情を呼び起こす。  そうした家並みの一つ。  立派な構えの和式のお屋敷。  ぐるりと白塗りの塀に囲まれ外からは窺うことは出来ないが、門をくぐり敷地内に入る と、そこもまた一室に明かりが灯っているのが見て取れる。  台所であろうか、中で誰かが動いている姿が垣間見え、換気扇から湯気が漂っている。  ここは、辺りに住む者で知らぬ者のいないお屋敷。  立派な門を今一度見て取ると表札が掛けられている。  そこに記されている家名は柏木と言う。   「お姉ちゃん、どうかな?」  おたまを小皿の上で軽く傾けると、幼さの残る少女はエプロン姿の傍らのより年上の少 女に差し出す。  少しくせっ毛のところが可愛い少女。  動作が妙に女の子していて微笑ましく見える。    手際良く厚手の中華鍋から湯気の立つ炒め物を並べたお皿に取り分けていたショートカ ットの少女は、空になった鍋を置いて、それを受け取った。  こちらはすらりとした長身で、柔和な雰囲気を漂わせている少女と比べるときつめの感 じを受ける。  だが、タイプは全然違えど、彼女も人目を引くほどの美少女である。  動作はきびきびと小気味良い。  ボーイッシュな雰囲気に似合わず料理するという行為自体に慣れているからかもしれな いが、動きに無駄が無いのは体の動き自体が優れている為のようだ。  すっと小皿を口元に運び、先に眼と鼻で味わう。  味噌と出汁の香り。  頷くと口につけて飲んだ。  おたまを両手で握り締めた少女は祈るような表情で、自分の作った料理の味を確かめて いるお姉ちゃんの反応を見守る。 「うん、美味しいよ、初音」  無造作な声。  特に特別か事ではないという調子。  だが、その一言でぱっと少女の顔に笑みが広がる。  まさに花が開いたよう。  まるで子供のように素直に嬉しさを露わにしている。 「ほんと、梓お姉ちゃん?」 「嘘なんかつかないよ。  初めてじゃないし、初音ならこれくらい出来て当たり前。よく手伝ってくれてるし、頑 張ってるんだから料理の腕が上がるのも当然なんだから。  まあ、先生の教え方がいいってのも大きいかな」  幾分素っ気無い言い方だが、妹を評価しているのが伝わる口調。  最後の方は照れもあってか軽く冗談めかしたが、初音はうんうんと熱心に同意する。  そんな処も含めて初音の喜び振りに、梓は笑みを禁じえなかった。   「梓お姉ちゃん、料理凄く上手だもん。教え方だって上手いものね」 「え、ははは。まあ、どれだけ教えても無駄なのが一人いるけどね」 「ははは」  二人で笑うが、どこか虚ろな笑い。  梓は表情自体が嘆息を浮かべているようなそれだし、初音の反応も同意とも笑って誤魔 化しているともつかない。  ともあれ梓と初音の脳裏に、一家の家長でもある姉の姿が浮かんでいた。 「まあ、手を抜こうと思えばいくらでも抜けるけど、しっかりとした作り方は憶えておい て損は無いから。出汁の取り方一つでお味噌汁の味も違うのが分かるだろ」 「うん。でも今日はずいぶん手の込んだものばかり……」 「最近忙しくて家族の顔もろくに見れない姉がたまに早く帰ってくるからね……」  そっけなく言うものの、あれこれと千鶴の好物が並べられている食卓の様子に、初音は くすりと微笑む。  どう見ても必要以上にたくさんの品数の料理が作られている。  梓の千鶴への想いが見て取る事が出来る。 「ただいま……」  澄んだ小さな声が二人に届く。  振り向いた二人の前に、セーラー服の少女が顔を出す。 「お帰り、楓。寒かっただろ」 「お帰りなさい、楓お姉ちゃん」  艶のある黒髪をおかっぱに切り揃えた少女は、二人の言葉に答える様に頷くと、姉と妹 が夕食の支度に勤しむ様子に目を向けた。 「何か手伝う?」 「うん、もう少しで出来るから。着替えたら、初音とお皿並べたりお箸出したりしてくれ ると助かるな。私は先にこっち片付けておくから」 「分かった。着替えてくる……」  こくりと頷くと楓は背を向けて部屋へと戻った。 「あとは千鶴姉の帰りを待つだけか」 「うん、早く帰ってこないかなあ」  三人で食事の用意を終え、待つことしばし。  妙に嬉しそうな様子の千鶴を迎え、柏木家の夕食は始まった。 「はい、お茶」 「ありがとう、梓」  相変わらず笑顔満面というか、うかれ調子とでも言うか……。  梓は不審な姉の様子に内心で溜息をついた。  夕食の時から、ずっとこんな調子だった。意味ありげに妹三人の顔を見回したり、何か 言いかけては止めたり、落ち込んで暗くなっているよりはいいだろうが、妙な躁状態の姉 の様子に梓のいらいらは高まっていた。  含み笑いをしながら食卓をどんどんと叩いている様に、白い目を向けてみても一向に気 づく気配がない。 「言いたい事があるならさっさと言ったら。煩わしい」  その言葉を何度となく、梓は呑み込んでいた。  正面切って問い質しても「言っちゃおうかなあ、うーん、でもまだダメ」とか言われ、 もっとイライラさせられるのが落ちなのはよーく分かっていたから。  初音と楓までが、長姉の様子に物言いたげな表情をしていたが、さすがに梓と同じく姉 の事は熟知していてそれには触れない。  結果、差し障りの無い話題が中心の会話に終始していた。 「ええと、みんな聞いて」  ほーら、みんなが相手しないと自分から痺れ切らすんだから、千鶴姉は。  と思いつつも、梓は何を言い出すのか拝聴の姿勢は取る。  興味は充分にある。  梓だけではないのだろう。  楓と初音もそれに倣う。   「今週末の土日で泊りがけでお出掛けしようと思うの。三人とも予定は入っていなかった わよね?」  反射的に頷きつつ、そう言えば何日か前に聞かれたっけと梓は思いだす。 「珍しい……」  楓が意外そうな顔をする。 「うん、あんまりみんなで出掛けるってないものね」 「夏休みとかならまだしも、こんな時期に」  梓と初音も意表をつかれていた。  驚く妹達の顔を、得意げな顔で千鶴は見回した。 「たまには良いでしょ。ね、ね、びっくりしたでしょう?」 「ああ、驚いたよ。何を言い出すのかと思っていたら」 「ねえ、千鶴お姉ちゃん、何処に行くの?」  初音が質問する。  そうだ、肝心な事を忘れていた、梓も答えを待つ。 「ええとね、県外なんだけど自然の綺麗な温泉地で……」 「おい」 「何、梓? 説明はまだ終わってないわよ」  邪魔をしないでよ、と不服顔の千鶴。  こういう表情をしていると妙に年若く見える。 「温泉なんざ飽きるほどお馴染みだろう。なんでまたわざわざ遠出してまで」 「他の観光地とか温泉宿に行くのも勉強なの。それに湖とかも近くにあって凄く良い処な んだから。  ……なんだ、せっかく家族サービスと思ったのに、梓は喜んでくれないんだ」 「そうは言わないけど、どうせならさ……」 「ふーんだ、いいわよ。じゃ、梓は一人寂しくお留守番してればいいでしょ。  楓と初音は行くわよね。こんな分からず屋は放っておいてのんびりして美味しいモノ食 べましょうねえ」  姉の反応にやや梓はかちんとくる。  千鶴は千鶴で梓の言葉にやや気分を害しているような素振り。  いや、そう見える素振り。 「ああ、可愛くない」 「どっちが可愛くないのよ。  まあ、行きたくないのなら仕方ないわね。  でも残念ねえ。耕一さんも梓が来なくて、きっとがっかりするでしょうね……」  梓の表情が瞬時に切り替わる。  切迫しているといっていい表情。 「おい」 「何かなあ、梓ちゃん」  対照的に千鶴は余裕のある表情。  すまし顔ながら、目に浮かんだ笑みが内心を露わにしている。 「耕一って何? あいつがどう関係ある訳?」 「だから、耕一さんも大学お休みで暇だっていうから、みんなで小旅行でもしませんかっ てお話したの。最近忙しくてご無沙汰だから。現地で落ち合って、帰りは一緒にこっちに 来てもらうようにしてね。  昔、お父様と行った事があったとか言っていたので何処でも良かったけど、その温泉地 にしたのよ。ま、梓には関係の無い事だけど」 「……そういう事は早く言えよ」  切り札のカードを無造作に場に晒した者と、不意打ちをくらった敗者の好対照。 「梓お姉ちゃんも一緒に行くよね」  二人の姉のやり取りをはらはらとして見守っていた初音が口を挟む。  心の底から心配そうな表情をしている。  楓の方は口こそ開いていないが、無数の言葉を込めた無言の瞳で千鶴のを見つめている。  どちらも千鶴の心に訴えてくるものがある。 「私が悪うございました。降参です。どうか連れて行ってください、お優しいお姉さま」  一方の当事者たる梓。  仕方ないなあ、梓がどうしてもと言うなら、とか千鶴にさんざん焦らされなぶられる前 にさっさと折れた。  芝居っけたっぷりに頭まで下げてみせる。  平伏の体ながら、幾分にやりとしながら目だけ上を向かせて姉の方を見る。  初音も千鶴にお願いの表情をする。  濃厚な沈黙。  妹達三人の視線を受け、悪者の立場に追い込まれそうになり、千鶴は降参した。  もともと姉妹のスキンシップに近いお遊びだ。  一瞬ずる賢い次女を睨むと、ふっと笑みを浮かべる。  さっきの意地悪げな笑みでなく、どこか優しい微笑み。 「じゃ、梓も一緒ね。皆でお出掛けしましょう」               ◇    ◇    ◇    賑わっていた店内が大方静かになったところで、洋菓子喫茶「翠屋」の店長は厨房へや って来た。  午後のティータイムといっていい時間帯は一種戦場になる。これから持ち帰り主体のお 客さん対応の時間が続き、夕食メニューになってまた忙しくなるのだが、とりあえずはス ポット的に息がつける。  都内の有名ホテル・グランシール東京でチーフパティシエだったオーナーが開いている 店として知る人は知る存在であったし、そんな予備知識がなくとも落ち着いた雰囲気、絶 品のシュークリームやケーキ達には高い人気が集まっていた。  その道では超一流のお菓子職人である「翠屋」店長であるが、女性であった。  年若い。  実年齢もそうであるが、外観上は二十代後半になるかならぬかといった位にしか見えず、 店内でもアルバイトの女の子と言うには無理があるにしても、店長であるとはとても見え ない。    その店長が、一息ついているウェイトレスや内仕事の女の子らに声をかけてから、脇の 大テーブルを置いている一角に歩み寄る。  そこには疲れた顔をして椅子に座ってへばっている息子がいた。 「ごくろう、ごくろう」  店長の名は高町桃子。  近くの風芽丘学園の三年生である息子は恭也と言う。  二人を見比べると桃子の若さ故に、とても親子とは見えない。  そもそも桃子の33歳という年で高三の子供という事をつらと考えると首を捻る結果と なるが、当然の事ながら血の繋がりは無い。  それを親子とも気にしてはいないし、構築している親子関係の中では些細な事でしかな かった。 「うーん、全部出来てるとは思わなかったなあ、無理させちゃったね、恭也」 「平気……。肉体的にはたいした事無いけど、精神的にちょっと疲れた。お客さんに出す ものだし」  恭也の前には、綺麗にラッピングされた小箱が何十と並んでいた。  注文専用のいつもとは違ったシュークリームのデコレーションと、ショートケーキの仕 上げを含めて恭也が包装したものだった。 「休みの子が出た時に限って、こんな通常でも大変な予約が入っちゃうんだもんねえ。親 孝行な息子を持って母さん幸せだわ」  あながち冗談でもなく、うんうんと一人頷く母の桃子の姿に、恭也は苦笑いを浮かべる。  学校帰りにふらりと翠屋に顔を出して桃子と目が合った瞬間、有無を言わさずここまで 引っ張り込まれたのだ。  よく手伝いはしているし、このてんてこ舞いの様を見たら自発的に恭也は手伝いを申し 出たであろう。ただ体力には自信があるが、繊細な細工仕事にも似た行為を集中して行う のは勝手が違った。 「けっこうデコレーションに神経使う」 「慣れると機械的に動けるようになるけどね。こっちがNGで避けたやつ? うーん、O Kでも良さそうだけど。まあ、これだけ基準を厳しくしてもらってるんなら、他は安心か」  職人の目で検分すると、忘れてたと言うようにお盆を置く。  コーヒーカップを恭也に差し出し、自分も一つ手に取り芳香を楽しむ。 「休憩。お茶にしてこれは食べちゃいましょう。それとね、これ新作なんだけど試してみ て」  桃子は小皿を恭也に差し出す。 「うん」  自分も残ったシュークリームを口に運びながら、桃子は恭也が食べる様をじっと見つめ る。フォークで上手く切れて崩れないか、食べやすさは、口に入れた時の反応はどうか、 さんざん自分でも試しているが、評価するのはあくまで食べてくれる人だ。  無表情な息子の微かな表情に、感想を言われる前に安堵を浮かべる。 「美味いよ。ナッツの砕いたのがアクセントで面白い食感……」 「そう。一応自信作なんだけど、やっぱり他人の評価がないとね。ああ、そうだ、忘れて た。手伝ってくれたご褒美にいいものあげる」 「ご褒美?」  怪訝そうな顔をする息子に、桃子は白い封筒を手渡す。 「学校のお休みと合わせての三連休で、どこか泊りがけで修行しに行くって言ってたでし ょ、美由希と二人で」 「うん、何処かの山にでも篭ろうかと思ってる」 「じゃあねえ、ここにしなさい」  封筒を開ける恭也。  中には二枚の紙が入っていた。 「ええと、特別宿泊招待券?」 「それねえ贔屓にして貰っているお客さんから頂いたの。お店もあるし二枚じゃ仕方ない から恭也達が使いなさい。ちょっと遠くだけど電車賃くらい援助してあげるから」 「いいの? でも……」 「野宿も修行のうちとか言うんでしょ。でも女の子の母親としては一泊くらいはちゃんと した処に泊まって欲しいのよ」 「そうだなあ。そういう事ならありがたく使わせて貰う」 「うんうん、素直が一番。それとね、二人の母親としては複雑なんだけど……」  少し悪戯っぽく桃子が恭也の顔を覗き込む。  恭也は何を言われるのだろうとちょっぴり警戒顔。 「恋人にしたのなら、少しはそれらしい事してあげないと可哀想だぞ? 始終べたべたし ないのはよろしいけど、こういう時くらい甘々に過ごしてもバチは当たらないからね」  義妹兼恋人の美由希の事を指摘されて、恭也は赤面した。               ◇    ◇    ◇   「兄さん、何を眺めているんです?」 「うん? ああ、有彦から貰ったガイドブックなんだけど。またあいつしばらくいなくな っと思ったら。……説明が足りないか。有彦って観光シーズンずれた辺りとかに、それも 平日にふらりと旅行行くのが趣味なんだ。今度は温泉行ったとかでさ」  夕食後の特に何でもない時間。  居間には志貴と秋葉の姿があった。  何度か話し掛けても生返事な兄に不満顔だった秋葉であるが、そうまで兄の心をとらえ ている物は何だろうと興味が湧いていた。  質問に志貴が答えるのを怪訝そうに聞いていた秋葉が、志貴が説明を終えるとようやく 合点がいったという顔をする。 「温泉ですか、いいですね」 「だろ。こういう中途半端な時期に出かけて温泉つかるのなんてのも悪くないよな。ちょ っと鄙びた感じの旅館でも泊まってさ」 「兄さんにそういうご趣味があったとは知りませんでした。私もそういうのは嫌いじゃな いですけど」 「へえ、そっちの方が意外だな」 「そうですか。私だって知り合いが誰もいない、何も無い処で、ただぼーっとしたいって いう願望くらいはありますよ」  本に目をやったままの会話であったが、秋葉の言葉にふと志貴は顔を上げた。  ずいぶんとお手軽な願望だな、と軽口で返そうとして、決してそうでは無い事に気がつ いたから。  レベルの高い学校で低からざる成績を保ち、かつ生徒会の仕事までこなす秋葉。  遠野家の当主として、重要で責任ある仕事を行う秋葉。  その他に習い事や数々の用事に時間を割く秋葉。  志貴から見れば信じがたいほど多忙で大変な日常を送っていた。   自分ならふらりとその気になれば何もかも放り出して電車に飛び乗れば良い。  簡単な話だ。でも秋葉にしてみれば……。  そう思うと今の秋葉の言葉は、重く、ある意味切なくすら思えてくる。  秋葉の顔を見る。  普段と変わりは無い。  穏やかな表情。  黙って自分を見つめる兄の思いをどうとったのか、秋葉は特に口調を変える事無く続け た。 「兄さん。行きましょうか、温泉?」 「いいけど。……本気?」 「はい。今週末は空けられますから、一泊くらい時間を取って出かけるのは可能ですよ。  兄さんのご都合がつくようでしたら」 「俺は大丈夫だよ」 「そうですか」  にこりと秋葉が微笑む。  大仰に喜びを弾けさせている訳ではないが、本当に嬉しそうな笑顔。  こんな事くらいでこんなに染み入るような笑顔を見せるなんて。  たとえ用事があったってこの顔を見たら何が何でも空けないとな、そう志貴は思った。 「わあ、いいですねえ。お二人で……」  薄いティーカップを載せたお盆を手にして、琥珀がにこにことしている。  いつの間にか秋葉と志貴の傍に来ていたらしい。 「二人でって、琥珀と翡翠は何か用事があるの?」  秋葉の怪訝な声に、琥珀は珍しく戸惑った顔をする。 「え、いえ、何もありませんけど」 「そう。じゃ四人一緒ね」 「えっ、ええっ。私てっきり秋葉さまが志貴さんとお二人でお出掛けになるのかと。もち ろんお部屋はご一緒で……」 「ええっ、それは……」  秋葉の顔が琥珀の言葉を消化するにつれ、しまったという後悔の表情を浮かべ、ついで 赤面する。  志貴も同じように顔を赤くしている。  琥珀の目には微笑ましく映る。 「そ、そういう訳にはいかないでしょう。ねえ、兄さん?」 「そうだよ。いかに兄妹とはいえ、まずいだろう」 「そうですか?」 「まあ、遠野家の慰安旅行とでもしましょう。 と言う事で、準備をしておいて」 「はい、かしこまりました。翡翠ちゃんも喜ぶと思います。ところで、どちらの温泉に致 しますか?」  そうね、と秋葉は思案するがあまり経験も無く浮かんでくるのは超有名な処ばかりだっ た。そんな処は今はあまり行きたくない。   「まかせるわ。あまり観光地していない静かな処がいいわね。兄さんはご注文は?」 「うん、そうだなあ。温泉に入るの自体が目的だから、特には。ええと、露天風呂かなん かあると嬉しいかな。ああ、それと海沿いより山の方が落ち着くな。紅葉はとっくの昔に 終わってるけど」 「わかりました。良さそうな処を見つけますね」 「うん、期待しているわ」 「楽しみにしてるよ」  志貴は頭の中で、今回だけはあの二人には絶対に邪魔させないように釘を刺しておこう と固く誓った。  頭の中でにこにこと笑うアルクェイドと不適な笑みを湛えたシエル先輩の顔にバッテン をつけた。
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