着替えてください

作:しにを

            




 軽い吐息。
 微かな空気の流れであったが、自分以外の発した声に志貴は反応した。
 目を開け、僅かに伏せた顔を上げ、そして慌てたように身を起こす。
 正確に言えば、腕を立てて、上半身を浮かせた。

「ごめん、翡翠」

 そっと、自分の体を預けていた少女に謝る。

「重かっただろ、ごめんね」

 翡翠は黙って首を横にする。
 僅かな身動きではあるが、志貴には翡翠の言葉として通じた。

「平気です」

 気遣いではなく、本当の言葉。
 志貴が体を預けるという事は、小柄な翡翠にとっては身動きが取れなくなる
事態を意味するのだが、それは翡翠には好ましい事だった。
 志貴の体が触れ、その重さを感じるのは、不快ではなく、喜びに近い。

 ただ、志貴が自分に対して優しく気遣いを見せてくれる事も、翡翠にとって
は嬉しいことではあった。

「あまり気持ちが良くて力が抜けちゃった」
「……」

 にこりと笑って志貴は翡翠の顔を覗き込み、翡翠はぱっと顔を赤くして、い
やいやをするように顔を背けようとした。
 だが、志貴は頬にそっと手を伸ばして翡翠の行動を止める。
 そしてそのまま顔を寄せた。
 翡翠の淡く色づいた唇を啄ばむように、自分の唇を重ねる。

「ん、ん……」
「んぅ、ふぅ……」

 唇を絡ませあうような激しさはないが、唇は長く触れ合っていた。
 ようやく離れた時には、二人とも酔ったような目で互いを見ていた。

「こういうキスとかの方が、翡翠の好みなのかなあ」
「えっ?」

 呟くような志貴の声を遠くに聴いて、翡翠は目を向けた。
 少し考え込むような志貴の声。

「ああ。また俺ばかりが気持ち良くなって、それに少し、翡翠に無理させちゃ
ったかなって思って」
「志貴さま、すみません……」
「うん? なんで謝るんだい」

 なんどか志貴との交わりの後で、繰り返された会話を翡翠は思い出していた。
 翡翠としては志貴が喜んでくれればそれで満足なのだが、志貴には自分だけ
楽しんでしまって……、という思いがあるらしい。
 自分と志貴とを入れ替えて考えれば、それはもっともなのだが、いつもいつ
も志貴に同調して、最後まで達する事は翡翠には少なかった。
 直接に言われた事は無い。
 ただ、自分が志貴の望みに応えていないのではないかという思いが翡翠には
あった。
 
「でも、わたしみたいな…」
「ストップ。
 俺は翡翠とこうするのがいちばん好きなんだから、自分みたいな女を抱かれ
てもつまらないのでは……、なんて言ったらダメ」
「……はい」
「翡翠はちゃんと反応しているし、だんだんと慣れてきてくれているよ。
 ただ、自分と同じくらい女の子にも満足して貰いたいってのは、男としての
ちょっと自己満足な思いだから。
 むしろふがいないなあって自分が情けなくなる」
「志貴さま。
 わたしの事をいちばん、その……、喜ばせてくれる男の人の事をふがいない
などと言わないで下さい」
「え? あはは、そうだね」

 真っ赤になった翡翠の顔と、いつにないレトリカルな物言いに志貴はくすく
すと笑う。

「でも、翡翠が急にぎこちなさが無くなったら寂しいだろうしなあ……、男っ
て我が侭だね。
 急がなくていいから、ゆっくりと……。
 これからも何度も何度も、翡翠とこうするんだしさ」
「はい」

 頬を染めつつも翡翠は少し嬉しそうに頷く。
 そんな翡翠をまた志貴は抱き締め、翡翠もどこか嬉しそうに受け入れて、し
ばらくそのまま互いの存在を感じるだけで、二人は満足そうにベッドに横たわ
っていた。
 そろそろ戻りますと、小さく聞こえてきた時計の刻みに翡翠が残念そうに呟
き、志貴が翡翠を手放すまで。

 翡翠は立ち上がると、きちんと畳んであった下着とメイド服一式を着始めた。 
 志貴は、翡翠が下着姿になる迄は、前に厳重注意された事もあり、目を逸ら
していたが、音で服に移ったなと察してちらちらと翡翠に視線を向けた。
 一糸纏わぬ姿だった愛しい恋人である翡翠が、元のメイドの翡翠になるのを
どこか考え込むように見つめる。
 そして、呟いた。

「もしかしたら、それが原因かもしれないね」
「はい?」
「メイド服がさ」
「……これが、何か?」

 自分の服を見下ろしながら、翡翠は小首をかしげる。
 そんな仕草が志貴には可愛く映るが、とりあえずそれは置いておいて言葉を
続ける。

「俺の部屋に来て貰う時って、翡翠は夜はパジャマだけど昼はそれだよね、あ
たり前だけど」
「はい」
「全然、翡翠の様子が違うの気付いている?」
「……いえ」
「昼と夜じゃ全然状況は違うけど、パジャマ姿の翡翠の方がすごくリラックス
してるというか、素直に感じてくれるんだ」
「……」

 翡翠の顔が真っ赤になる。
 
「夜であれば、姉さんも自分の部屋ですし、秋葉さまも……」
「うん、それはわかる。
 でも、今みたいに二人共出掛けていて、俺と二人きりの時だとわかっていて
も、翡翠は夜とは違うよね」
「そうでしょうか」
「ああ。これはね、翡翠が仕事に対して真面目にやってくれているからだと思
うよ。だからメイド服の時は抵抗があるんだろうな。
 夜、仕事が終わってからはその張り詰めた心も和らいで、それが違いになっ
ているんだろうと俺は思う」
「それはあるかもしれません。
 志貴さまに可愛がって頂けるのは嬉しいですが、仕事の最中にお誘い頂くの
は、少々その、戸惑う気持ちがあります」

 廊下で窓拭きをしていた翡翠を部屋に引っ張った事を責められているような
気がして、志貴はちょっぴりどきどきとする。
 
「ええと、でね、それと翡翠の姿も影響していると思う。
 やっぱり直前までその姿でいるのと、パジャマでここまで来てからでは違う
だろう?」
「これは私にとっては仕事着ですから……、志貴さまの仰る通りだと思います」
「そうだろ? 最後は全部脱いじゃうとしてもさ……、ごめん。
 でね、ちょっと思ったんだ。
 最初からいつもと違う姿になったら、翡翠ももっと感じてくれるんじゃない
かなって」
「いつもと違う姿と申しますと?」
「ええとね、ひとつアイディアがあるんだけど……」

 志貴は翡翠の耳元で囁いた。
 翡翠が驚愕の表情で、即座に拒否する。

「そんな……、ダメです」
「でもその辺の仕事って、琥珀さんだけがやっている訳じゃないだろ?」
「交替ですけど……」
「一組くらいあってもなくてもわからないと思うよ。また洗って戻しておけぱ
大丈夫だよ」
「でも、そんな……」
「翡翠には似合うと思うなあ。可愛いだろうなあ」
「志貴さま……」
「無理強いはしないよ。
 ただ、翡翠も喜んでくれるようになったら、俺としては嬉しいな」

 翡翠は黙っている。
 志貴はちょっと残念そうな顔をしたが、翡翠の目を意識して慌てて表情を笑
みらしきものに変える。

「あ、でも確かに、そんな姿でいるところを見つかったら凄くマズイよね。
 ごめん、翡翠、変なこと言って……」
「志貴さま」
「え?」
「わたしがそうすれば……、志貴さまに喜んでいただけるのですね」
「うん。でも……」
「やります」
「いいの?」
「はい。確か今日が……、それを……、そうですね、明日の夜であれば支障な
く出来ると思います。
 志貴さまがお命じになるのなら拒否いたしますが、お願いをなさるのであれ
ば、わたしには拒否する言葉はありません」
「わかった。
 翡翠、明日の夜、さっき言った格好で俺の部屋まで来てくれる?
 ちゃんと翡翠の部屋で着替えてきて」

 翡翠ははいと答えた。
 志貴は喜色を浮かべ、ちょっと考えて言葉を足した。
 言葉が交わされ、最後には従順に翡翠は頷いた。

 最後にもう一度だけ志貴が翡翠にキスし、翡翠もまた同じ事をおねだりし、
そして志貴付きのメイドは幸せそうな顔で仕事に戻った。





「志貴さま……」

 既に深夜と言ってもよい。
 いつも翡翠が忍んで来る時間よりも、さらに遅い。
 しかし、翡翠が扉を軽く叩き声を掛けるや否や、すぐに入り口は開かれた。
 志貴は早くと手招きし、 翡翠も挨拶もそこそこに部屋に入って、すぐに扉
を閉めた。

「わあ」

 ちらと入る時に見たものの、改めて志貴は翡翠の姿を感嘆を露わにして見つ
めた。
 ほぅと溜息が洩れ、うっとりとその姿を食い入るように見る。

 翡翠はもじもじとして、その視線に対峙している。

「昨日お使いになったものを今日洗いまして、明日はお使いにはならないので、
秋葉さまには……」

 何を言っていいのかわからない様子で、口ごもりつつもごもごと呟く。
 翡翠の言葉を聞いているのかいないのか、志貴は大きく何度も頷いて見せる。

「大変だったね。でも、いいなあ、体操服とブルマー」

 かあっと翡翠は真っ赤になる。
 翡翠が部屋からここまでやって来た時の姿のは、メイド服でもパジャマでも
なく、まったく異質な、体育の授業から抜け出したような姿だった。
 浅上女学院の、この家の主である秋葉のものを着用した姿。

 まじまじと志貴は翡翠を見つめ、視線を頭の先からつま先まで、何度も往復
させる。

「そうか、秋葉は普段こんなの着てるんだなあ。
 やっぱりうちのとは違うな。袖口の処とか、うんうん」

 妙に感心したように、白い体操服と濃紺のブルマーを見つめて志貴は何度も
頷く。それだけでなく、襟首の線に触れたり、端を引っ張ってみたりと好奇心
を満たしていた。
 そして、ふと当惑した翡翠と目が合い、咳払いをした。

「ごめん、こんなの後だった」

 改めて志貴は少し離れて翡翠の全身を眺めた。
 白いほっそりとした腕と脚が剥き出しになった姿。
 普段の翡翠とはおよそ対照的な姿の、志貴の知らない、いや翡翠自身も戸惑
うような、異質の翡翠。
 浅上のは初めてとしても、似たようなのは普段見ているのに……。
 そう自分でも訝しくなるが、何とも魅力的な姿だった。

「似合っているよ、翡翠。
 うん、とっても可愛い」

 まじりけの無い賛美の言葉。
 目にも偽りなく感嘆の色彩。
 むしろそれ故に翡翠は、もじもじと居たたまれなくなる。

「大丈夫だった?」
「?」
「琥珀さんや、秋葉には見つからなかった?」
「……大丈夫です」

 答え、幾分非難するような目をする翡翠。
 志貴は昨日の最後のやり取りを思い出した。


「それで、部屋で着替えたら、そのままの格好でここまで来てね」
「そ、そんな……」
「いつも、琥珀さんも秋葉も部屋にいるんだろう?
 翡翠なら、気をつけていれば隠れたり、他を廻ってやり過ごしたりするのも
大丈夫だと思うよ」
「志貴さま……」
「体操服なんだから、運動して来るのも当然だよね。
 どうしてもダメ?」
「わかりました」
 ……そんな会話。

 緊張して、そして小走りでもして来たのだろうか。
 翡翠は幾分息が乱れ、そして微かに汗ばんでいた。
 どちらも、服を着ている状態では、珍しい姿。

 ベッドに深く志貴は腰を下ろした。
 志貴の前に小さく隙間がある。

「おいで、翡翠」

 翡翠は頷き、ベッドに近づき、志貴に背を向けて腰を沈めた。
 ベッドがさらに少し窪む。
 志貴に背を預ける形。
 翡翠の小さな体を志貴は包むように受け止めた。

「少し、いつもと匂いが違う」

 首筋に顔を埋めるようにして志貴が呟く。

「汗を、やだ、志貴さま……」

 軽く、身悶えするように翡翠は拒むが、志貴は翡翠の肌に触れる様にして鼻
を動かす。

「いい匂いだよ。いつもより、少し甘い……」

 そのまま。首筋に唇を押し当てる。
 跡が残るような強い口づけではなく、唇で肌の感触を味わいながら軽く滑ら
せる。時折、舌で撫でると翡翠はピクンと反応する。
 肩の先までいった志貴の唇が、ゆっくりとまた首まで戻り、そのまま上へい
って、翡翠の頬をぺろと舐めた。
 思わずあがった翡翠の悲鳴を唇で塞ぐ。

「んん……、ふ……」

 舌が翡翠の口中で絡み合う。
 上から覗き込むような姿勢で、志貴は翡翠の顔を手で自分に向けさせている。
 それ故に、志貴の口から舌を伝って生温かい唾液が翡翠の口に落ちる。
 翡翠は拒まない。
 息苦しさにも拒否を示さず、志貴の舌を受け入れ、自分のと混ざった唾液を
少しの嫌悪も無くすすり込む。
 むしろ、嬉しそうにすら見えた。

 翡翠の口を堪能しながら、志貴は今度は手を目の下にある小さな膨らみに向
けた。
 ゆっくりと指の先だけを白い体操服の上をなぞらせる。
 少し荒い繊維を指が軽くひっかいていく。

 ちゅぷっと音をさせて、唇が離れる。
 翡翠から、吐息が洩れる。

「気持ちいい?」
「何も、感じません」
「そう?」

 志貴は少しだけ指に力を入れる。
 少し体操服に窪みを作り、皺を残しながら、指が翡翠の胸を動く。
 何度もそれを繰り返し、おもむろにここと思しき辺りを重点的に攻め始めた。
 滑らかに上から下へ動く指が僅かに引っ掛かる。

 「くぅん……」

 翡翠の吐息に気づいたのかどうか、なんども志貴は繰り返す。

「あれ、指に何か引っ掛かるなあ」
「……」
「何かなあ」

 志貴は服の上から、胸の先を摘んだ。
 外観からは見えないが、既に勃起しているのはよくわかる。

「可愛いなあ、翡翠は。
 ちゃんと言われた通りに、下には何もつけていないんだね」
「はい。志貴さまに教わったとおりの着方をしています」

 もっと確かめてみようと翡翠の耳元で囁き、志貴は両手で二つの胸を包むよ
うにしてやわやわと揉み始める。
 たまらずあげる翡翠の甘い声が、志貴の耳に心地良く響く。

 ひとしきり胸を堪能し、志貴はまた翡翠に訊ねた。

「ちゃんと下着は脱いできた?」
「はい。でも……」
「教えただろう?
 体育で汗ばんだりするから、上も下も下着は脱いでしまうんだって。
 だから、どちらも透けたりしない布地になってるんだって」
「わたしは、体育の授業を受ける訳では……」
「やるのなら、きちんとしないとね」
「は、はい……」

 真顔で語る志貴に、それ以上翡翠は逆らわない。
 既に従っているので、今更何を言っても仕方ないのだが。

「こっちも確かめようかな」
「あっ……」

 志貴の手が濃紺の布地に触れる。
 手全体で端から股の切れ込みまでゆっくりと撫でさする。
 微妙な膨らみにそって何度も指が動き、手の平が押し当てられる。

「やっぱり布の上からだと、よくわからないね」

 そう言いつつ、腿の付け根を指で擽るように撫でる。
 普段は外に出ず、薄い静脈が透ける、白い肌を心地よげに弄ぶ。
 そしていきなり、指を差し入れた。
 
「はぅ、ふッ…」
 
 翡翠の声から声にならない呼気が洩れる。
 それだけでなく、体も動きかけたが、片手で志貴に抱かれていているため、
ままならない。
 
 外から見ると人差し指が一本、ブルマーの縁から中に潜っているだけで、志
貴の手は大きな動きをしていない。
 しかし、濃紺の布が中から盛り上がる僅かな膨らみが小さく動く度に翡翠の
口から、抑えきれぬ声が洩れた。

 入れた時と同じ様に、志貴の指はあっさりと抜かれた。
 それを顔の前にかざす。
 明らかに濡れている。
 
「凄く熱くて、それに中から溢れるくらい濡れてたみたいだけど、やっぱり直
接見ないとわからないね」

 翡翠の耳元で志貴は囁いたが、指戯で放心したような翡翠は反応しなかった。
 志貴は気にする事なく、体を動かした。
 片手で力の抜けた翡翠の背を支えたままで、ベッドの上で膝立ちになって横
に回った。
 翡翠の腿の下に手を差し入れ、翡翠の体を持ち上げながら横に回転させる。
 優しく、ベッドに横たわらせた形。
 そのまま、自分も寝転がり体を滑らせる。
 翡翠とは体の天地を逆に、翡翠の脚の間の翳りに顔を寄せた。 

「え、あ……、志貴さま、そんな」

 翡翠が目を覚ましたかのように反応し、志貴の行動に異を唱えようとしたが、
先に志貴は、ブルマーに手をかけた。
 先程指を入れた辺りを、指で大きく捲り上げてしまう。

「いやっ、志貴さま、見ないで……」
「ふふ、やっぱりこんなに濡らして。
 あーあ、凄いなあ」

 じたばたとする翡翠の脚を巧妙に片手でさばいて、志貴は触れそうなほど
近くに顔を寄せた。
 あからさまになった秘裂に、息をするのも忘れたように見入る。

「ちゃんと言いつけを守っている。ブルマーだけ穿いてここまで来たんだね。
 偉いよ、翡翠」

 翡翠は返事をしない。
 志貴は気にせずに観察を続けた。

「それにしても綺麗だ。こんなにきらきらして。
 それでいて、こんなのの中で蒸れたからかな、ちょっぴり濃い匂い。
 汗といつから濡れてたのかな、混じってやらしい匂いがする」

 翡翠からは、志貴の顔は見えないが、それでも恥かしい部分を見られ、それ
どころか匂いを嗅いで鼻をうごめかしているのがわかる。

「嫌です。志貴さま、そんな処を……、ふぁぁッッ」

 直接は触れていなかった秘唇に、異様な感触があった。
 さっきの指とは違った、もっと柔らかい……。
 舐めている。
 翡翠は、志貴の舌を感じた。
 外側の柔肉を舐め、さらに奥の脆弱な粘膜にまで届けと、伸ばされる舌。
 必要以上に、ぴちゃぴちゃという音が聞こえる。
 まるで視覚に拠らず、志貴が翡翠に行為を伝えようとしているかのように。

 いや、実際に志貴はそういう意図で、舌を大きく動かしていた。
 精いっぱい下に伸ばし、鼻につきそうなほど大きく上へと。

「翡翠も、触ってくれたら嬉しいなあ」

 え、と翡翠が戸惑う前に志貴の腰が翡翠の顔に寄る。
 布越しにも、そこが膨らんでいるのが翡翠の目にはっきり映る。

 それ以上志貴は翡翠への言葉を続けないで、舌を動かし始めたが、翡翠は素
直に従った。
 志貴の寝巻きズボンの下をゆっくりと下ろし、下着に手をかける。
 飛び出す志貴の性器に、さすがに動きを止める。

「翡翠のせいでそんなになっているんだから」

 勝手な志貴の言葉に、翡翠は恐る恐る手を伸ばした。
 決して今始めて見るものでもないし、何度もそれを志貴の望みのままに愛撫
してきたが、それでも翡翠は初々しいといって良いためらいを持って志貴に触
れる。
 両手で包むように志貴のペニスを握る。
 その大きさ、熱さ、脈動に息を呑む。
 そして手を動かし始めた。

 志貴のペニスの幹にそって、摩るともしごくともつかぬ上下運動。
 翡翠の中の、志貴を喜ばせようと思う気持ちと、恥かしさがせめぎあった末
の微妙な均衡の動きだったが、その玄妙さはかえって志貴に快感を与えていた。

 翡翠の秘裂に触れるのに、舌だけてはなく、指も加わっていた。
 そっと唇を広げ、中を晒している。
 薄ピンクの粘膜が露を散らし濡れ光っている。
 後から後からとろとろと分泌されてこぼれる愛液を、志貴は飽く事無く舌先
で舐め取った。
 時には促すかのように、ぴらぴらとした繊細な花弁を突付き震わせるように
くすぐる。
 さらに、指で舌で、膣口の上の小さな窪みや、膨らみ硬くなった肉芽を柔ら
かく愛撫する。

 時についつい強く刺激しすぎると翡翠は、声をあげ体を動かしたり逆に強張
らせたりしたが、それでも志貴へのお返しを止めずに精いっぱい手での奉仕を
続けていた。
 次第に慣れたのか、単調な動きが前に教えたバリエーションを加えたものに
なっていく。
 片手でゆるゆると幹をしごきつつ、もう一方の手で亀頭を撫でたり、指先で
くびれの辺りをさぐってみたりと。

「もう、いいよ。翡翠、ありがとう」

 満足そうな志貴の言葉に、翡翠は手を引っ込めつつも嬉しそうな顔をした。
 
「翡翠の中に入るよ」
「はい……」

 志貴は、起き上がり、翡翠の脚の間に入った。
 翡翠の脚を大きく広げ、片脚を高く上に上げさせる。
 普段なら、その恥かしい格好に翡翠は志貴を止めようとするが、今は意外そ
うな顔で黙っている。
 当然脱がされるだろうと思っていたブルマーは、そのままだったから。

 志貴は当り前といった顔で、そのまま進む。
 指で、股布の部分を捲り、ペニスの先をあてがう。

「このまま、入れるね」
「そんな……」
「引っ張れば平気だよ。
 ちょっとゴムがきつい……、よし。翡翠……」
「あ…、志貴さま……、んんッ……」

 志貴はぐっと体を押し出し体重を掛け、ペニスは翡翠に埋まっていく。
 そのどこまでも柔らかく熱い感触と混じって、プルマーの布が幹に触れる異
質の肌触りがある。
 いつもの裸になった翡翠との交わりとは違った快美感。

 一気に奥まで突っ込み、志貴は動きを止めた。

「いつもより、なんだかきつい。
 翡翠がまるで手で握っているみたいに、しめつけて……」

 感嘆まじりの声を出し、志貴は翡翠の顔を見つめた。
 
「違います、志貴さまが……、いつもよりいっぱいで……」

 翡翠は上気した顔で呟くように答えた。
 志貴はちょっと首を捻る。

 どっちが正しいのだろう。
 いや、どっちも正しいのかもしれない。
 体操服姿の翡翠を可愛がり、そのままの姿で交わる事に、いつもより高ぶっ
ているのは確かだな、と志貴は思う。
 それに翡翠もまた、いつもとは違った姿になった事で、志貴からされる行為
への感じ方が異なっていた。それがいつもの抑制が緩和されたからなのか、逆
に緊張したからかは志貴にはわからないが……、いや翡翠自身にもわからない
かもしれない。
 ともあれ、志貴はこの何もしなくても収縮するような、翡翠の膣内の感触に
酔った。そしてうめくような快美に浸るだけでなく、このまま挿入しているだ
けで最後まで達してしまいそうな危惧すら感じた。

「動くよ」

 わざわざ志貴は翡翠に告げて、律儀に頷く翡翠の頬に軽くキスをした。
 そして、ゆっくりと腰を上下に動かす。
 入れた時とは対照的に、じれったいほどゆっくりと抜いていく。
 完全に付着したものが剥がれていく様な、膣道全体の締め付けと、襞の摩擦
が何とも心地良い。
 一気に痛みを感じるほど強く引き抜いたらどうだろうと思わなくもないが、
翡翠の表情の変化を見つめながら、じれったいほどゆっくりと動くのも決して
悪くは無かった。

 亀頭が現れそうになるまで腰を引き、また奥まで突き入れる。
 その緩慢とした順走と逆走の動きを何度も繰り返すと、今度は一転して奥に
挿入した状態での小刻みな短い抽送に切り替える。
 
 自分が圧倒的な快感に浸りながらも、志貴は翡翠を放っておく事なく、むし
ろ翡翠の様子にこそ注意を払っていた。
 いつもより、翡翠は反応が良かった。
 それだけ受ける刺激が強いのか、最初に意図した通りに素直に感じて反応し
ているのか。
 可愛く喘ぎ、息を乱し、時に志貴の名をうわ言の様に洩らす。
 常よりもその頻度が高く、それは志貴に喜びを与えた。

 また緩急をつけて志貴が動いた時、ぎゅっと驚くほど翡翠もまた強く
収縮した。

「志貴さま、何か……、あッ……」

 翡翠は戸惑ったように志貴の顔を見つめ、後は声にならない。
 シーツを掴んでいた手がもっと頼りがいのあるものを求め、志貴の背ら伸び
てくる。

 志貴は翡翠の状態を見て、動きを変えた。
 奥深く突き入れたまま、抜き差しはしないで、ただ何度も強く圧力を掛ける
動きに。
 体全体も上下と共に前後の動きで、密着した下腹部全体が擦れ刺激を与えら
れるようにした。

 何度めかの志貴の腰の動きに、翡翠は押し殺した声を上げ、仰け反るように
白い喉を見せた。
 軽くびくびくと痙攣したような動きが志貴の目に映る。
 目がとろんとしているが、全体の表情は痛みを堪えているようだった。
 
 感じてる。
 軽く、イッたのかな? 
 今、交わっている翡翠の甘美な体、その性器を通して味わっている快感とは
別に、その翡翠の姿は志貴の心を痺れさせる。

 そんな姿を見せられたら、もう、こっちも限界。
 志貴は、深く翡翠の中に突き入れ、そして絡みつく感触と摩擦感に身震いし
ながら、ペニスを引き抜いた。
 そして、手で角度を変えながら腰を沈めた。
 淫液をたらした翡翠の秘裂ではなく、その柔らかい花弁を擦るようにしなが
ら外へ。
 翡翠の体と、ブルマーの布の内側との間、その狭い空間に強引にペニスを滑
り込ませた。
 熱く濡れた翡翠の感触と、柔らかくもざらりとした布の感触。
 ペニスに二つの触感が最後の刺激がまとわりつく。

「ああッ」

 呻き声と共に、志貴は激しく射精した。
 



 少し小休止を取った後、志貴はまた翡翠を求めた。

「そんな格好しているんだから、翡翠も運動してみようか?」

 少し考えた末、志貴はそう言うと、仰向けになった。
 翡翠が当惑した顔で、志貴の顔を見つめる。

「今度は翡翠にして欲しいな」

 既に復活しているペニスを指で動かして見せながら、志貴がおねだりするよ
うに翡翠に笑みを浮かべる。
 それで翡翠は何を望まれているか理解し、恥ずかしそうにしながらブルマー
に手を掛けようとした。

「あ、ダメだよ翡翠」
「えっ?」
「それを脱いだらダメだよ。そのままで」
「……」

 自分の手元と志貴の股間に目をやり、翡翠は黙って立ち上がった。
 わくわくと志貴が見つめる中、志貴の体を跨ぎ腰を落とす。
 何度かした子とはる、いや正確には懇願のもとでさせられた、翡翠にしては
珍しい受身ではない行為。
 それでも翡翠は、主である人を頭上から見下ろす様な真似にも、そんな姿勢
から自分で志貴のペニスを挿入に導く事にも抵抗があった。
 ただ、志貴が望むならという思いのみで、恥かしさを封殺して行為に及ぶだ
けだった。
 
 しかし、つと動きを止めて翡翠は問い掛けるように志貴を見つめる。
 片手で志貴のペニスの向きを整え、片手で恥かしい部分をくつろげ、いつも
ならそれで良いが、今は結合を妨げる障壁があった。

「どうしたの?
 早く……、焦らして苛めないでよ、翡翠」

 面白がるような志貴の声。
 それで手伝ってはもらえないと悟り、翡翠は困ったような顔で、しかし自分
だけで何とかしようと動きを再開した。

 唇を軽く噛み、恐る恐るといった様子で自分の穿いているブルマーの跨ぐリ
の部分を捲っていく。
 白い肌、薄紅の秘裂が覗く。
 志貴がその秘められた部分をそっと露わにした時とは違った姿。
 その可憐さは変わらないが、乱され、甘露と白濁液を滲ませた様は、息を呑
むほどの淫靡さをも漂わせている。

 志貴の視線を感じた為か、つうーっと糸のように濡れ光るものが腿を垂れた。

 そのまま大きく捲り上げ、薬指と小指とで押さえる。
 残った指で、谷間の奥を晒す為に秘裂を広げる。
 そして片手を、志貴の下に向けるのが困難なほど反り返ったペニスにあてが
い、自分の方へ向きを合わせる。

 翡翠の常からは考えられない大胆な行為に、自分で唆しておきながら、志貴
は喉がからからになるような興奮を感じた。

「志貴さま、参ります」
「うん、翡翠、お願い」

 はい、と頷いて翡翠は腰を落とした。
 亀頭がずぽりと潤んだ翡翠の秘裂に埋もれる。
 先程の射精の余波で、まだ敏感に刺激に反応する。
 
 翡翠も、それだけで感じているのか、躊躇するように息を吐く。
 どちらも急く事無くその中途半端な状態を味わい、そして翡翠は体重を掛けて
腰を落とした。

「うぁぁ」

 志貴から悲鳴が上がった。

「志貴…さま?」
「いや、大丈夫。ちょっと気持良すぎて、思わずそのまま終わりそうになって……。
 ゆっくり動いてくれたらありがたいんだけど」
「はい、志貴さま」

 翡翠は従順に答えると、そっと動き始めた。
 もとより、大胆に激しく腰を動かすような真似は翡翠には出来ないのだが、
よりいっそう志貴を気遣いつつ緩やかに動く。
 上下の動きよりも、体全体を前後に揺するような動き。

 ぐちゅぐちゅと粘性のある水音が聞こえる。
 志貴と翡翠の接合部だけでなく、さっき志貴が放った精液がブルマーの内側
から垂れ落ちて、志貴のペニスに絡みついている。

「ああ、翡翠、いいよ。
 うん、もっと動いても平気だから……」

 翡翠の動きが少し激しさを増す。
 志貴の反応が嬉しいのか、翡翠は常以上に動いていた。
 完全に受身で、志貴は翡翠からの攻めと、体操着とブルマーの姿の翡翠にそ
んな真似をされているという事実に、高まっていく。

「志貴さま、志貴さまのが中でぴくんぴくんて……」
「翡翠が良すぎるんだ。
 もう、もたないかも……」
「いつでも、お好きな時に。
 わたしは、さっき志貴さまに喜ばせて頂きましたから、今度はわたしが志貴
さまを……」

 翡翠は陶然とした笑みでそう志貴に囁き、さらに動きを強くする。

「俺だけでなくて、翡翠も一緒に」

 そう志貴は言うと、この体位になってから初めて動いた。
 翡翠と自分との結合部に指を差し入れる。
 たちまち指は粘液で濡れる。
 ペニスをしごく翡翠の唇に触れ、そして探りながら上へと向かう。
 硬く勃起した翡翠の肉芽を見つけると指の腹で弄り始める。
 強く刺激はしない。
 根元から先に向けて、またその逆にと、ゆるゆると包皮を芯の上で前後に動
かすだけ。
 
 しかし、その軽い圧迫を伴う急所への動きは、激烈だった。
 もともと翡翠にしても高ぶりを感じていた事に変わりは無かったから。
 むしろ攻守逆転したように、翡翠は悲鳴を洩らし、志貴に対しての動きがと
もすれば止まってしまう。

「止めた方がいいかな?」
「して……下さい。ただ、もうすこし軽く」
「こう?」
「はい、気持ちいい……。志貴さまも……」

 翡翠は上気した顔で抽送の動きを再開した。
 時折、志貴からの刺激に腰をくねらせ、ピクピクと動き、それはまた翡翠に
呑まれ包まれた志貴自身にも跳ね返っていく。

 ほぼ、同時に志貴と翡翠は声をあげた。

「翡翠、いい、イクよ」
「これ……、何、変、ふぁぁ……あんん………あッ………ッッッ」

 志貴が激しく、今度は外でなくて翡翠の中に迸らせたのと同じくして、翡翠
もまた、のけぞり声を上げた。
 明らかな、絶頂。
 志貴は、翡翠の体に手を伸ばし、かたく抱き締め、二人は陶酔を分かちあう
ように、そのまま体を重ねていた。
 
 絶頂の余波が消え去り、むしろ気だるさすら感じるようになってからも、互
いに離れたくないというように、ずっと抱き合っていた。






 翌日の朝。
 志貴は、秋葉の部屋に呼ばれていた。

 また、何かやらかしたかなと、いささか怯えすら見せて出頭した志貴であっ
たが、遠野家の主人の姿は志貴の想像していた様子と違う。
 怒りを満面にしている訳でも、あるいは逆に氷のように冷たく志貴を見据え
てもいない。
 どちらかと言えば、むしろ秋葉の方がまるで気後れしたように、呼びつけた
兄を迎えていた。
 いざ、志貴を前にしても、何をどう言い出せばいいのか迷っているようで、
一向に言葉が出てこない。

「秋葉、何か用があったんじゃないのか?」

 たまりかねて志貴が口を開くが、それでも秋葉は、はいと頷いただけで、埒
が開かない。
 また、何とも言いがたい沈黙が続く。

「秋葉?」

 志貴が何の気なしに前えと足を踏み出すと、秋葉は怯えたようにびくんと震
えた。目が来ないで、と語っている。
 それは、言いようの無い志貴に衝撃を与えた。

「秋葉……」

 妹に拒まれている、怯えられているという事実に、志貴は立ち竦んだ。
 秋葉は、兄が顔を暗くしたのを見て、初めて弾かれたように動いた。
 自分から駆け寄る。

「ち、違います。兄さん……」
「……」

 腕にすがる秋葉と志貴の目が合う。

「どう話を切り出したらいいのか、悩んで。
 デリケートな問題なので、私……」
「デリケートな問題?」
「見て見ぬ振りをすべきかとも思いました。いえ、私が気づいたのなら、その
まま胸に収めて……、でも……」

 逡巡するような秋葉の姿。
 秋葉の必死な様子に、ほっとした志貴であったが、それは何故か志貴の胸に
嫌な予感をもたらした。

「琥珀、あれを」
「はい、秋葉さま」

 何処にいたのだろう、琥珀が現れる。
 志貴が何事と見つめる中、しずしずと歩いて近寄り、そして手にしていたも
のをサイドテーブルに置く。

 ビニール袋に入った、小さな何か。
 それはぴかぴかに磨かれた板の上で、ぺたりと潰れたような姿になる。

 訝しげに志貴はそれを見つめる。
 黒いもの?
 いや、黒と言うより紺がかった色だな。
 そうだな、まるで……。

 志貴がそれを認識して凍りつく。
 まさか。
 まさか。
 まさか。
 何度となく頭の中でリフレインが起こる。

「私のブルマーです」

 頭の中ですら、言語化すると確定してしまう気がして必死に拒んでいた名詞
を、秋葉はあっさりと口にした。

 そうだ、ブルマーだ。
 秋葉の、浅上女学院のブルマー。
 おそらくは、昨日使ったブルマー……。

 死。
 惨殺。
 血みどろの、
 全ての肉片が粉砕された、
 あるいは血の一滴すら残さない、
 無慈悲なる、まったくの救いのない死。

 志貴はすっと死を覚悟した。
 肯定した訳では無い。
 ただ、自明の理として、その事実を認識した。

「兄さん……」

 秋葉がビニール袋を手にした。
 中を開く。
 恐々と手を突っ込み、端っこを摘むように取り出す。

「兄さんが、これを……、その……何と言うか……、お使いになりましたよね」
「ああ」

 素直に肯定する。
 犯人は容疑を認めた。
 では、刑の執行か。
 厳罰、せめて苦しまないような……。
 そんな事を思い、志貴はぼんやりと絶対者の沙汰を待ったが、一向に引っ立
てられない。

 志貴は沈黙に耐え切れず、顔を上げた。
 え?

 秋葉が、顔を紅くしていた。
 それは、わかる。
 しかし……、その表情?
 怒っている顔でなくて、これは……?
 恥ずかしがっていて、そして……、まさか喜んでいる?

「あの、秋葉、俺、顔向けできないような真似を……」

 黙っていればいいのにと思いながらも、志貴は、ついつい自分から話し出し
てしまった。

「そ、そうですね」

 妙に慌てた様子で秋葉は同意し、けれど救いを求めるように傍らの琥珀を見
つめる。

「お洗濯に出されたモノですね。秋葉さまのお使いになったブルマーを持ち出
されて、こんな事をなさるなんて」
「え……」

 非難するような、琥珀の目。
 秋葉ももじもじとしながら、同意するように頷く。

 何か、違っていないか。
 志貴は違和感を感じ、賢明に口をつぐんだ。

「今日、洗濯籠にあったのをわたしが見つけたんです。
 湿っていて、ちょっと匂いがその……だったので変だなって思ったら」
「あの、男の人がそういう事をするのは生理現象ですし、仕方の無い事で、決
して不潔だとか非難をしたりまして軽蔑するような真似をしようとは思いませ
んが、妹のブルマーを持ち出すのは……」

 非難している割には、羞恥まじりながらなんでこう表情がにやけているんだ
秋葉は、と妙に冷静に判断しながら、志貴は必死に残りの部分で状況を把握し
ようと脳を焼切れ寸前迄回転させていた。

 つまり、こういう事か。
 昨日の性交の跡が残って、特に自分のが濃厚に染み付いたブルマーを見て、
俺が持ち出してオカズにしたものだと二人は思い込んでいる?
 ……妹のブルマーを持ち出して自慰を、俺が?

 不本意だ。
 否定したい。
 でも、本当の事はもっと知られる訳にいかないし。
 しかし……。
 
 うん?
 それならそれで、最低の行為としてもっと軽蔑されたり怒られたりしてもよ
さそうな……。

「これまではなかったのよね、琥珀」
「はい。今回が初めてです。数とか不審な状態にないかはチェックしておりま
すから」
「そう。では、兄さんは私のを選んだのね……」
「志貴さんもこんな、下着のようなものに執着するような真似をなさるくらい
なら、わたしに声をお掛け下されば……」
「な、何を、言っているの。でも、それほどでしたら、私……、兄さんの……、
こんなのじゃなくて……」
「こんなのじゃなくて、何ですか、秋葉さま?」
「だから……、うるさいわね」

 これで、収めておこう。
 うん、それがいい。
 これはこれではなはだ不本意だけど、これで切り抜けられるなら。
 秋葉と琥珀の会話からいつしか置き去りにされながら、志貴は心中で深く頷
いた。安堵が胸を満たしていく。

「秋葉、すまなかった。
 もう二度とこんな真似はしないから、許してくれ」

 出来るだけ真面目な顔で、深く頭を下げた。
 志貴の詫びる様に、琥珀との会話に没頭していた秋葉は慌てる。

「いえ、怒ってはいません。
 ただ、こんな真似を私だけならともかく、琥珀や翡翠にさせる訳にはいきま
せんから……」
「ああ、いまさらこんなこと言えた…」

 と、突然、志貴の背後の扉が開いた。
 大きな音。

 何事?
 三人揃ってそちらに目をやる。

 翡翠。
 翡翠だった。
 顔面紅潮で、ぜぃぜぃと息を荒くした翡翠。

「翡翠ちゃん、どうしたの?」

 呆然として、琥珀が呟く。
 確かに常の翡翠からは信じられない姿だった。
 
 注目の的になっているのにも気づく様子もなく、秋葉が握り締めた濃紺の布
を見つめ、絶望的な顔になる。

「し、しき……さ…」

 はぁと息を吐き、続ける。

「志貴さま、申し訳ありません。
 朝の内に洗濯しておくつもりが、つい疲れて眠ってしまって。
 先に姉さんが持ち出して……」

 そしてきっと顔を上げて、呆然としたままの遠野家の主に顔を向ける。

「秋葉さま、志貴さまは悪くありません。
 全てこの翡翠が。
 罰するならわたしを、どうか志貴さまには……」

 それだけを叫ぶように言うと、感極まったように涙をこぼし、後は何も声に
ならない。
 琥珀が駆け寄り、腕の中で宥める。

 それを志貴も秋葉も魂を抜かれたように見つめていた。
 しかし……。

「兄さん。
 もう少し詳しくお話をうかがった方が、よさそうですわね」

 妙に冷静な秋葉の声に潜む何か。
 志貴の背筋に永久凍土の冷気が走った。
 今度こそ。
 志貴は覚悟した。

 無残なる死を。


  了 



 
 


 



―――あとがき

 これは、「猫vs馬」さん(古守久万さん主催)の02年冬の本「colors」
に寄稿したものの掲載になります。基本的に内容の変更はありませんが、誤字
脱字の訂正と、一部言い回しなどを変更しています。
 この時には、二人で合作のショタ志貴作品(古守さんが朱鷺絵さん、私が一
子さん担当)を書いてみたりと、得難い経験を致しました。
 今回、西奏亭への転載許可を頂き、感謝であります。

 これの前に琥珀さんに浅上制服を着せるお話を書いたので、翡翠には体操服
とかいう発想だったでしょうか。浅い……。
 
 お楽しみいただけたなら嬉しいです。


 by しにを(2002/12/1
        2004/1/10改訂) 


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