カメラを向けられて、思わず居住まいを正してしまうのは、女の業というも
のだろう。
 その気がなくても、気が付いたらいつもと違う顔を違う格好で撮ってもらお
うとしてしまう。
 そこには、なるべく美しく、きちんと撮られたいという欲望があるのだ






「被写体」

作:のち










 新年を迎えて、家族で写真を撮ろうと言い始めたのは、例によって兄さんだ
った。
 この人は、こういう突拍子もない、少し恥ずかしいようなことを、いきなり
言い出すことがある。
 やはり琥珀も翡翠もどことなく恥ずかしがっているし、私もちょっと恥ずか
しかった。
 でも、なんだかんだ言いながら、最終的には兄さんに押し切られるかたちで
撮ることになった。

 でも、普段写真を撮るようなことなどしたことがなかったので、うちにはき
ちんとしたカメラがない。
 そこでみんなで話し合って、街の写真屋さんに行くことにする。
 良く写真屋さんなどで見かけるような、あの家族写真を撮ることになったの
だ。
 本当はきちんと正装をしたかったのだけど、兄さんがそのままの形を残した
い、と言ったので、普段着のまま写真屋に向かうことになった。

 琥珀が予約を入れた写真屋は、ぱっとしない裏通りにあった。
 そしてそのショーウィンドーに、嬉しそうな幼い子どもの写真やら、結婚し
たときの写真、それからおばあさんを中心にした家族写真などがあった。
 それを見ると、本当に優しそうだったり、楽しそうだったり、仲が良さそう
に写っている。
 本当は必ずしもそうではないのだろうけど、少なくともその瞬間のその人た
ちは、そのように見えた。

 その写真屋の主人は、なんだか眠そうな風貌の、あまり清潔そうではない中
年の男性だった。
 たれ気味の瞳があまり見えない目は、ぼんやりとしていて、これで本当に見
えるのか、と思わず思わされた。
 ぼさぼさの髪をかき混ぜて、その方はカメラと舞台を用意する。
 こういう場所は初めて見るけれど、案外狭く、そして写真で見るほど綺麗で
はない。

 白い曲面の背景。
 カメラの向こうにある、傘を反対にしたような反射壁。
 写真や独特の、刺激臭。
 それらが相まって、ここが別世界のような雰囲気を醸し出していた。

 私が椅子に座り、その両横を翡翠と琥珀が立って挟み、後ろに兄さんが立っ
ている。
 それが、今回私たちが提案した形。
 その形で撮って欲しいと頼むと、ふけが飛ばすように頭をかき混ぜて、その
方は頷いた。
 それからデジタルカメラで配置がいいかどうかを確かめ、すぐに本番に入る
かと思ったら、いきなり休憩と言われた。

 コーヒーを入れてくれると言うので、私たちは肩の力を抜いてゆっくりと待
つ。
 ずいぶん時間を掛けて、彼は入れていたらしい。
 この安っぽいコーヒーの、しかもインスタントに、どうしてそんなに時間が
かかるのか、とても不思議だった。

 それを飲みながら、その方は訥々と話し始めた。
 それはいきなりのことで、唐突だった。
 けれど、私たちは新年早々無理を言って頼んでいたので、仕方なくその話に
耳を傾けていた。

 彼の話は、ある写真を撮ったときの話だった。
 ある女の子が小学校に入学する際に、記念としてひとりの写真を撮ることに
したのだそうだ。

 しかし、女の子というものは怖い、そうその方は言った。
 そんなに小さくても、やはりどうしても良く写ろうとして、格好を付けるの
だそうだ。
 そのこまっしゃくれた態度が、可愛らしくはあったけれど、彼にはそれは取
れるものではなかった。
 だから、いったん休憩にして、その子に話しかけた。

 その子は、本当は学校に行きたくないと言ったそうだ。
 なぜ行くの、と聞くと、お母さんが行きなさいと言ったから、と答える。
 お母さんのことは好き、と聞くと、好きと答える。
 本当に、と聞けば、喧嘩するときのお母さんは嫌い、言う。
 
 案外素直な答えで、とても当たり前のことだと思う。
 しかし、その方はその子にこう言ったんだそうだ。
 お母さんが好きだけど、嫌いなときもある。
 多分、お母さんにだって、そう言うときもあるし、そうじゃないときもある。
 だけど、少なくともお母さんが好きだって、そう素直な瞬間があるんだろう
って。

 それも当たり前で、当然のことだ。
 誰しもその人がイヤになる瞬間があるし、好きになる瞬間がある。
 そう言うことは、家族だろうと、恋人だろうと、普通にあることだ。
 しかし、その方はこう続けた。

 だから、写真を撮る前に、お母さんが好きって言ってごらん。
 多分、その時が一番お母さんにとって、かわいい瞬間だから。

 その子はそのようにして、そしてその方は写真を撮った。
 彼が指さした写真には、女の子らしい格好をしてはいなかったけれど、とて
も子どもらしい、そんなかわいらしさが写っていた。
 その子は、どこでもいそうな、そんな普通の女の子だった。
 ただ、その写真の瞬間は、本当に、楽しそうに笑っていた。

 さあ撮りましょうか、とその方は言って立ち上がった。
 私たちは先程と同じような配置で、カメラの前に並んだ。
 彼は、カメラの向こうでじっとこちらを見つめている。
 私はそのタイミングを見計らって、口の中で呟く。

 私は、みんな、好き

 瞬間、まばゆい光が室内に広がり、その時間が写真に収められた。

 写真屋を出て、みんな肩を回したり、首を動かしたりしている。
 そんな姿を見ながら、私は唇に指を当てて、あの瞬間に言った言葉を反芻す
る。
 その私を、兄さんが振り返り、琥珀が呼び、翡翠が待っている。
 私はそっと顔を赤らめながら、みんなのところへと向かっていった。

  了










 2004年1月3日

 のち 


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