「兄さんっ」

 後ろからそう呼びかけられて、振り返る。
 秋葉が息を切らしながら校門の前に立っていた。
 今日は秘密のデートの日。
 たぶん琥珀さんたちにはわかってしまっているだろうけど、とりあえず、ふ
たりだけの会合を約束していたのだった。





「妹」

作:のち










 秋葉は足が長い。
 とは言え、流石に俺の歩幅にあわすのには多少小走り気味に歩かなくてはな
らない。
 それを知ってはいたけれど、何となく、いつもの通りに歩いてしまう。
 答えは簡単。
 ついてこようと必死な秋葉を見るのが好きだから。

 顔を真っ赤にさせながら、俺の後をついてくる。
 いつもの静かな歩き方ではなく、アスファルトに小気味のよいタッカートを
立てながら。
 通り過ぎる冷たい風のせいで息を白く吐き、肩を上下させながら、一所懸命
に歩いている。
 意地っ張りな妹だから、合わせてくれなどと言うことはない。
 黙って、不機嫌になりながら、顔を真っ赤にさせてついてくる。
 それを見ずとも、俺にはわかる。
 そんな秋葉の様子が。

 子どもの頃も、そんな感じだった。
 今よりも泣き虫だった秋葉は、俺たちについてくるのに必死だったくせに、
涙目になりながらも、文句ひとつ言わずに必死についてきた。
 先に目的地で待っていると、頬を見事なまでに膨らませて、目尻に涙を浮か
べて、上目遣いに俺たちを睨んできていたものだった。
 言いたいことがあれば、言えばいいものを。
 そんなところも、変わらない。
 まったく、三つ子の魂何とやら、というやつだ。

 人知れず、頬をゆるませながら、俺は笑う。
 おかしくて、楽しくて、嬉しくて。
 何とはなしに、口の端が動いてしまう。
 そんな俺の顔は、秋葉には見えていないのだろう。
 無言のままついてきている。
 気配だけで、それを感じていた。

 いきなり、かつん、と高い物音が立つ。
 そして遅れて、どさりと音がした。

 振り返ると、秋葉が跪いている。
 足を押さえているところを見ると、何かに突っかかって転んだようだ。
 横座りをしながら、眉をしかめている。
 慌てて駆け寄って、声を掛けた。

「大丈夫か?」

「ええ」

 あんまり大丈夫そうでない顔で、そう俺の妹は言う。
 秋葉はだめだとか、そういうことはいっさい言わない。
 俺は苦笑しながら、足を見る。
 どうやら転んだ拍子でかかとが折れたようだ。
 これでは歩くこともできないだろう。

「どうする?」

「車を呼ぶしか、ないですね」

 悔しそうにそう言う。
 俺とのデートが、これで終わりだという風に。
 車を呼べば、秘密でなくなる。
 それがたとえ、ばれているものだとしても、その気分すら味わえなくなって
しまう。
 そのことが、良く分かっているのだろう。
 秋葉はだんだん悲しそうな顔になってきた。
 そんな妹を見やっていると、かわいそうになってくるが、これはこれで、い
いかもなどとよこしまな考えも浮かぶ。
 そこで、ふと思い付いて、秋葉に話しかける。

「昔も、よく転んだよな」

「何で、そんなことをこんな時に」

 一転、むっとして、秋葉が頬を膨らます。
 意外とそう言う怒り方は子どもっぽい。
 俺は笑いながら、後ろを向いて、しゃがみ、手を出した。

「ほら」

 秋葉は何も言わない。
 多分、顔を真っ赤にさせているんだろう。
 おそらく、周りをきょろきょろと見回しながら、体面と自分の気持ちとを測
りにかけているに違いない。
 だけど、俺にはわかってる。
 秋葉が結局おぶってくることを。

 やはり、秋葉は乗ってきた。
 力を込めて、立ち上がり、前傾姿勢になりながら、彼女を負ぶう。
 あの時と比べれば、少し重い。
 少し楽になるように、勢いをつけて、位置をずらす。
 秋葉の小さな悲鳴を背に負いながら、俺は足を進め始めた。

「兄さんが、ゆっくり歩かないから悪いんです」

 ぶっきらぼうに秋葉は言う。

「はいはい」

 俺はそれを受け流して、歩いている。

「もう、聞いているんですか」

「聞いてるよ」

 既視感を覚えるような、なつかしい会話。
 言葉は違っていても、行動は変わらない。
 そして、多分、感情も。

「だから、にいさんってば」

「うんうん」

 頷きながら、俺は笑う。
 歩きながら、俺は聞く。
 背中には、あの時と同じように、妹が、むっとしながら背負われている。
 暖かな重みを感じながら、俺はそのまま歩を進める。

 それは、まるで、時を遡るような、暖かい瞬間。
 そっと振り返ると、真っ赤になった秋葉の顔。
 ふ、と笑って、僕は、汗をかきながら、歩き続けた。
 どこまでも、どこまでも。



 2004年1月2日

 のち


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