――ふと、目が覚めた。

 目が覚めたと言っても起きてはいない。目は閉じていて、視界は相変わらず
暗いまま。
 瞼を開きたいのに開かない。身体を動かそうとしても動かない。
 でも、意識はちゃんとある。
 不意に頭の中のスイッチが入った、そんな感じ。
  
 ……とは言うものの、先にも言った通り瞼は開かず、身体もまた動かない。
 意識ははっきりとしているのに、何も出来ない。何もわからない。それが、
ひどく不快だった。
 これならまた眠りに落ちた方がマシだというのに、意識と感覚だけが冴えて
いく。 
 なんか、妙に寒い。背中に当たってる部分が、硬くて痛い。
 冬場に土蔵で眠ってしまった時に近い気がするが、それとも違う。
 寒さだけならあの時はこんなものではなかったし、背中の感触だってもっと
ザラザラとした感じだったような……。
 訳がわからず困惑していたその時、音が聞こえた。

 キシ、キシ、と板敷きの廊下を歩く音。
 ひどく小さい。音の主が音を立てないよう極力努めている、そんな歩み。
 なのに、耳にはその音がはっきりと届いていた。
 自然、意識は音の方へ集中する。音はゆっくりと、だが確実に近付いてくる。
 と、音が止まった。
 多分、すぐ近くにいる。瞼を開き、視線を向ければその姿を認めることが出
来る程度に。
 誰なのだろう? 今の時間によって心当たりも幅が出る。とりあえず自分に、
俺に会いに来るといったら――。


  1.■■■■■■■
  2.■■■■■■■■
  3.■■■■
  4.■■■■■■■■■
  5.■■■■■■
 →6.美綴じゃないかな?
  7.■■■■■■■■











全男子渇望のイベント3

 作:てぃーげる










「ええと……衛宮、寝てるのか?」

 声が聞こえた。それは、脳裏に浮かんだ彼女の声。
 途端、身体に力が戻る。
 今まで糸の切れた人形のようだった身体が、急速に自分の身体に戻っていく。
 まるで、彼女の声が身体のスイッチだったみたいに。今までこうしていたの
は、彼女が来ていなかったからだと言わんばかりに。
 
「――い、いや、起きてる。今、起きたっ」

 口も動く。言いざま、身体を引き起こす。自分でも慌ててるのがわかって、
ひどくみっともない。
 瞼だって開く。開いた目を、声のした方向へと向ける。
 
「う……」
「あ……」

 意図もなく口から漏れる二つの声。
 ともあれ、視線の先――剣道場の入り口には、美綴綾子が妙に複雑そうな表
情を浮かべて立っていた。

「って、剣道場?」

 少々おかしな事に気付き、辺りを見回す。
 月明かりが格子戸から差し込む、余計な物が何一つない板敷きの空間。入れ
ば、自然に気が引き締まる鍛錬のための空間。
 そして、上座に置かれた幾つかの見覚えのある品々。
 ここは紛う事なき、ウチの家の道場だった。

 ……いや、気にする所はそこじゃなくて。

「なんで、ここで寝てたんだ?」

 思わず、呟きが口から漏れる。
 薄暗い道場内。時間的には恐らく深夜なのはわかるけど……だからこそ、な
おさら何故ここにいるのかがわからない。
 土蔵ならともかく、真夜中にここへ来るなんて早々ある訳でもないのに。
 気まぐれの鍛錬の末にここで眠ってしまったにしても、それでは美綴がここ
に来たのかが説明できないし……。
 何でここで寝ていたのか? 記憶を遡ろうとしたその時、こちらへと近付く
足音が耳に届いた。

「どうしたんだ、衛宮? 起きたと思ったら、おもむろに何か考え込んでさ」
「あ、美綴」

 視線を向けると、こちらへと歩を進める美綴の姿。
 そう、彼女が何故ここにいるのかだって疑問の一つだ。
 これは聞いた方が早いだろうと、不自然に慎重な足取りで近付いてきた美綴
に口を開く。

「いや、なんというか……」
「うん?」

 いささか言いにくい。それでも、このままではもっと悪いだろうと不思議そ
うな表情をした美綴を見上げる。

「どうして、俺はここで寝てたのかなってさ。美綴が、ここにいるのもそうな
んだけど」
「……おい」
「?」

 一瞬の間。その後、こちらを見下ろす美綴の眼差しが剣呑な色合いに帯びる。
 ……どうやら、かなりまずい問いをしたらしい。 
 内心冷や汗をかく中、美綴はこちらに睨みつけたまま口を開きかけ――何か
に気付いたようにそれが止まり、やがて小さくため息をつく。
 気まずい沈黙の中、やがて美綴は微かに頬を染めて言った。

「……あのな。今日はここで、って決めたのはお前だぞ。衛宮」
「――――」

 その瞬間、カチリ、と頭の中の何かが噛み合った気がした。
 頭の中にあった疑問の全てが、瞬く間に氷解する。

 ……そうだ。今日はひょんなことから遠坂に一成、美綴と勉強会をすること
になって――明日も休みだからと、そのまま泊まりがけになったんだっけ。
 自然に、頭の中でその事実が浮かぶ。何故俺がここにいて、美綴がこうして
ここに来たのも。
 いや、何故、なんて言い方そのものがおかしい。
 こんな所で会うこと自体は特別でも、夜中に俺と美綴が会うのは当然。
 何しろ、俺と美綴は……恋人、なのだし。

 ――恋人?

「衛宮?」
「あ、ええと……いや、悪い。なんか、寝ぼけてたみたいだ」
「……勘弁してくれ。せっかく人が苦労してここまで来てやったのに、当のア
ンタが忘れてたなんて馬鹿みたいじゃないか」

 咄嗟にひねり出した返答に、ガックリと肩を落として美綴。
 罪悪感を覚えて、今よぎった疑問符を打ち消す。寝ぼけていたこともそうだ
けど、今感じた違和感は彼女に対しあまりにも失礼だ。
 まったく、なんでこんな疑問符が浮かんだんだか。  

「その、悪かった。謝る」

 彼女が求めているものとは微妙に違った意図で、正直な気持ちを口にする。
 返ってきたのは、苦笑混じりの笑み。 

「ったく。ま、思い出してくれたのならいいけどさ。今日は台所が戦場になっ
てたから、衛宮も疲れただろうなと思ってたし」
「あ、ああ」

 まさか、こちらの意図を全て理解してくれた訳ではないだろうけど、そう言
ってくれたことにほっとする。
 そう、ほっとする。
 家族――藤ねえや桜、イリヤとは違う意味で、美綴と一緒にいる時間は落ち
着く。
 変に飾らない、変に意識しない、でも手を伸ばせばちゃんと届く、そんな空
気。時間を経てもなお名字で呼び合うのも、互いにこちらの方が心地いいから。
 それこそ、こんな時でも――と、ここで気付く。

「……それはそれとして、美綴?」
「うん?」

 問いに、目の前に腰を下ろした美綴は眉をひそめる。
 俺は、改めて彼女の姿を上から下までまじまじと眺め、言った。

「ホントに、着てきたんだ?」
「う……」

 途端、美綴の顔が赤く染まる。

 ――今更だが、目の前の美綴は弓胴衣を着ていた。ご丁寧に胸当てまで付け
ている。

 白の五分袖ぐらいの胴衣と黒の袴に、黒の胸当て。
 似合ってるな、と思う。元々様々な武道を嗜んできたためか、この美綴綾子
という女の子はこういう格好がホントに似合ってる。
 勿論、美綴がこんな格好をしてきたのは理由があった。
 数日前に、美綴が遊びに来たついでに、本人の言うところの『知的好奇心』
から俺の部屋を漁り出したのがことの始まり。
 美綴の行いに気付いて自室に急行した時には既に遅く、彼女は隠してあった
エロ本を見つけ出していたのだが……そのエロ本の内容が問題だったのだ。
 その本の内容とは、『コスプレ』、かつ『弓胴衣』――。

 エロ本の所在そのものは予想の内だったようだが、これには流石の美綴も絶
句していた。それはそうだろう。まさか、部活でいつもしている格好に、相手
がよからぬ興味も抱いていたらしいというのだから。
 正直、バレたこちらとしては死にたい気分だったが、下手に声をかける訳に
もいかない。
 気まずい沈黙がしばらく続き……やがて、美綴が口を開いた。

『……な、なぁ、衛宮。お前、こういうのが好きなのか?』
『い、いや、好きというかなんというか……』
『…………』
『……悪い。興味は、あった』

 覚悟を決め、答える。とぼけるのは無理だったし、なら正直に認めて報いを
受けた方がマシだ。
 視線を落として、美綴のカミナリが落ちるのを待つ。
 ……しかし、やがて返ってきた言葉は、実に意外なものだった。

『あたしは、さ。別に、構わないんだけど? 予備の奴だって、あるし』

 顔を上げれば、真っ赤な顔をした美綴。

 ――つまり、こうして彼女がここに来たのも、そういうこと。

「そ、そういう約束だったじゃんか。第一、こんなトコでって指定したのは衛
宮の方だぞ?」
「いや、それはそうだけど……と言うか、俺は『この部屋で弓胴衣っていうの
も変な気が』って言っただけで、実際決めたのは美綴――ナンデモナイデス」

 かなり怖い目付きで睨んできた美綴に、慌てて言うのを止める。
 場の指定はともかく、そんな約束ではあった。夕飯の支度の際、偶然二人き
りになった時にも念を押された。
 こちらとしても、異存なんかない。
 興味は、あったのだ。要するに巫女とかシスターとか、漫画でもよく見かけ
る奴の派生なんだろうけど、こう凛とした雰囲気を漂わせた衣装でえっちなこ
とをするというのは背徳的な感じがしてクルものがある。
 そんな訳で、美綴の申し出はありがたいというか、望むところと言うか。
 だけど……相変わらず顔を赤くしたまま、挑むような眼差しでこちらを見つ
める美綴に、言葉を探す。
 
「何だよ?」

 察するものがあったのか、美綴からの問い。
 俺は小さく息を吐くと、『思い出して』からずっと片隅に引っかかっていた
ことを口にした。 

「その辺りをどうこう言う以前に、今日は遠坂や一成が来たからさ」
「…………」

 返ってきたのは、沈黙。
 でも、美綴の顔にははっきりと痛いところを突かれたとある。
 
 あの約束をした時は、勉強会の話なんて無かったのだ。
 勉強会の話が出たのは、つい昨日のこと。あの『あかいあくま』の唐突な思
い付きで、口を挟む間もなく決まってしまった集まり。
 そして、夕飯の前に聞かされた泊まりがけの話。
 この二つで、俺と美綴の予定は綺麗さっぱり潰されてしまった。
 深夜ではあるけれど、二人っきりではない。客室は離れで、道場からも離れ
てはいるけど、遠坂や一成が泊まっている中でそんなことをできる訳もない。
 だから、今日はお預けかなと内心ため息をついたのだけど……先にも言った
通り、その後に彼女はわざわざ念を押しに来たのだ。

「……いや、あたしだって、無茶かなとは思ったけど」

 しばしの間をおいて、美綴はこちらを見つめる。
 上目遣いの、伺うような眼差し。
 薄い茶色の瞳が放つ光はいつだって真っ直ぐなはずなのに、こういう時だけ
はひどく揺らいで見えて……ドキリとする。
   
「でも、約束を取り付けたのはあたしだし」

 そこで、視線が下へ。

 ……あ、勘違いさせた。
 当たり前だ。ここまできて言葉を連ねれば、渋っていると受け取られて当然
である。

 内心慌てる。すぐにでも否定してやりたいのに、うまく言葉に出来ない。
 違う。そうじゃない。様々な言葉が口の中で消えていく。
 今、俺はひどく恥ずかしいことを美綴に強要してる。
 言うまでもなく、この状況は俺より美綴の方が余程恥ずかしい訳で。
 安心させなきゃいけないのに。ただでさえ弓胴衣なんていう格好をさせたの
に。これ以上、彼女に言葉を強いるのは男として――。
 
 と、こっちがまごついている内に、美綴は決定的な一言を口にした。

「――第一、このところ、あたしも衛宮もなんか忙しかったから……ご無沙汰
って言い方は変だけど、やっぱり、欲求不満なんじゃないのか?」

 俺は、もう何も言えなくなった。

 そう、大分間が空いている。
 いくら恋人で、既に身体を重ねることを通過していても、やはり場が許さな
ければ後が続かない訳で。
 他の恋人がどんなものかは知らないけど、俺と美綴は色々な事情で大分間が
空いていて。
 彼女はこっちのことも含めて気にしていて。それは、とても嬉しいけれど……。

 美綴には、こんなところがある。
 なんというか、こう、相手より先回りして自分だけで決めてしまう。
 それは概ね間違って無くて、確かに嬉しい。
 でも、同時にこちらが情けなくなるのも、確か。

「苦労、したんだからな? 遠坂が隣の部屋だったから着替えも気を遣ったし、
生徒会長の寝てる部屋はこっちまでの通路の途中だったから影で気付かれない
か冷や冷やだったし」

 後押しのつもりだろうか? 美綴は、ポツポツとここに来るまで苦労を話す。 

「大丈夫、だとは思うんだよ。いや、すごい大声なんかをあげたらどうかと思
うけど。声を抑えれば、時間が時間だし、あいつらの部屋とは離れてるんだか
ら。衛宮だって、この格好を前にして今更お預けなんて――」

 そろそろ、止めてやるべきだろう。ドツボにはまりつつあるし。

 美綴の気持ちは、凄く嬉しい。
 この状況で望むなんてホントに無茶で、確認するまでもなくお流れになって
当然なのに。
 彼女は、こうして約束通りの格好でここに、俺の前に来てくれた。
 対して、俺は情けないまま。

 だから――上げ膳据え膳以前に、美綴にこれ以上恥をかかせることだけはし
たくない。
 手を上げる。そして、まだぼそぼそと呟いている彼女の頬へと触れた。

「あ……」

 視線が合わさる。
 不安げな彼女の眼差し。
 美綴と、する。そう自覚しただけで身体の奥がかっ、と熱くなる。

「――悪い。そんなの、言わせることじゃないよな」

 瞬きもしないで彼女を見つめ、自分に言い聞かせるように呟く。
 すると、それでわかってくれたのか、美綴の眼差しもまた力を取り戻す。 
 気持ちはもう定まった。こんな状況とは思えないぐらいに散々に手間取った
挙げ句、ようやく。
 後は、最初の一歩を踏み出すだけ。

「え、ええと、それじゃあ……俺も、興奮してきたし」
「……馬鹿」

 返ってきたのは、困ったような笑み。
 でも、彼女も異存はないようで、目を閉じて口付けを待つ。
 ここで何か失敗したら台無しだ。俺は一度深呼吸してから顔を近付け――。

 ――ようやく、俺たちは唇を重ねた。

「あ、ん……」

 触れた途端、ピクン、と美綴の身体が揺れる。
 柔らかな唇の感触と共に、甘い香りが鼻をくすぐった。
 それが美綴が使ってる香水の香りなのか、彼女自身の香りなのかはわからな
い。ただ、気持ちが逸る。香りの正体を確かめたくて、唇に強く、強く吸い付
きたくなる。

「んっ……」

 ……だけど、ここまで。
 最初は、軽い口付け。
 大事だから、大切だからこそ、名残惜しさを振り切って美綴から顔を離す。
 改めて見た彼女の顔は、さっきより少しだけ赤く上気していた。

「……なんか、うまくなってないか?」
「そ、そうか?」

 美綴の問いかけに、ちょっと戸惑う。
 そんなにたくさんキスをしてきた訳ではないし、意識して何かをやった訳で
もない。
 咎められたような気がして、つい心配になって聞き返してしまう。

「変、かな?」
「えっ? あ、いや、そうじゃなくて、気持ちよかったなって……」

 幸い、咎めた訳ではなかったらしい。
 それどころか気持ちよかったというのが嬉しくて、背中を押される。

「じゃあ、もっとする」
「あ――」

 身体を引き寄せ、再び唇を合わせる。今度は、強く。
 
「あ、ふぁ……うむ――!」

 再び、鼻をくすぐる香り。今度は、止まらない。
 唇に吸い付き、味わう。噛むみたいに唇を挟み、あるいは舌を滑らせる。

 頭が、グラグラする。
 ただ、欲しくて。甘い香りを嗅いでいたくて。
 抱いた気持ちのままに、唇を押しつける。
 無茶苦茶に唇を合わせてるせいで、互いの唾液が口からこぼれる。
 口内に流れてきた唾液に、ぞくん、と身体の内側から震えが走る。これも、
甘い。 
 気が付いたら、美綴の口の中に舌を入れていた。
 
 互いの舌が触れ合い、絡む。口内に流れ込んでくる、甘いそれをごくんと飲
み干す。
 微かに聞こえる、こくり、こくり、と喉を鳴らす音。
 美綴も飲んでくれている……嬉しくて、たまらなくて、息をするのももどか
しく彼女の唇に吸い付いた。
 息が荒く、呼吸すらままならない。美綴の腕を掴む手の力も痛いぐらい。美
綴のことを考えれば力を緩めてやるべきなのに、味覚と嗅覚が甘い何かに満た
されて、歯止めがきかない。

 片手の力を抜く。掴んでいた腕からゆっくりと外し、そのすぐ横へ。
 目指すは彼女の胸。
 加減なんてできない。ただ、衝動に任せて彼女の胸を掴もうとして――手の
平に妙な感触が返ってきた。 

 ……そう言えば、今美綴は弓胴衣で、ご丁寧に胸当てまで付けていたっけ。

「ぷは、ぁ……」

 ゆっくりと、口を離した。
 絡み合っていた舌が離れ、唾液の糸を結ぶ。 
 眼前の、長い口付けですっかり上気した顔。目尻には涙が溜まっていたけど、
とろん、と惚けた眼差し。
 いつもの凛とした雰囲気とのギャップが、たまらなく可愛い。
 少し冷えた頭が、再びのぼせあがりそうになる。
 ぼんやりとこちらを見る美綴に、焦りを押さえつつ話しかけた。

「美綴。ちょっと具合が悪いから、体勢変えるな?」
「……えみ、や?」

 まだ頭が働いていないらしく、不思議そうに小首を傾げる美綴。
 こっちの言ったことを理解できたかどうか怪しいが、すぐにでもわかるのだ
し、始めてしまおう。 

 ――というか、多分、頭が働いていたら嫌がるだろうし。

 内心苦笑しつつ、俺は美綴の左腕を掴んでいた右手を押し出した。

「えっ?」

 同時に、彼女の右腕を掴んでいた左手を引き込む。美綴の身体を半回転させ
るように。
 いつもなら簡単には成功しない。美綴はこの体勢を嫌がるから、やろうとす
ればその時点で暴れ出す。
 しかし、長い口付けでのぼせていた今回の美綴は、くるん、と音がしそうな
ぐらいにあっさりと回ってくれた。

 意図通り半回転し、そのまま俺の方へと倒れ込んできた美綴を柔らかく抱き
留める。
 美綴の頭が顎の辺りに軽く当たる。少し痛かったが、これはまぁ一種の対価。

「痛――って? あれ?」

 それよりも、今の接触で美綴の意識もはっきりしてきたようで。
 先に、動けないように抱え込む。暴れられると後が面倒だし。

「……おい、衛宮。なんで、あたしはこんな体勢になってるんだ?」

 やっぱり、怒ってる。予想通りの反応に苦笑が浮かぶ。
 いや、美綴が本当に嫌だというのなら俺だってしないけど、あの時の反応を
考えるに恥ずかしがっているだけだと思うし。 
 ……何より、あの時の美綴は可愛いし。

 内心でよからぬ事を考えつつ、問いに応じる。

「前からだと、胸当てが邪魔で触りにくいからな」
「そ、そんなのとっとと外せばいいだろうがっ。っていうか、それだけならな
んでこんな――」

 多分、今の美綴の顔が赤いのは、今までの火照りだけのものではない。 
 だから、こちらもついつい悪戯心が刺激される。
 慌て気味な問いに対し、浮かべるのはからかうような笑み。

「だって、うなじとかを苛めた時の美綴って可愛いから」
「な――」

 声を荒げんばかりだった今までの様子はどこへやら。真っ赤になって、意味
もなく口をパクパクさせる美綴。
 軽い気持ちで出た言葉だったが、思いの外効果があったらしい。

 彼女は、首が弱い。
 別に珍しい訳ではないみたいだけど……それを踏まえても殊更に反応の良い
この性感帯に気付いたのはいつだったか。とにかく、美綴綾子という女の子は、
首筋への攻めに滅法弱かった。
 どれぐらい弱いかと言えば、ある意味胸やあそこよりも。反撃も忘れ、ただ
為すがままになってしまうぐらいに。
 そして、当人としては胸などと違い、普段から人目に晒しているこの弱点が
ひどく恥ずかしいらしく。

「は、離せ、衛宮! そこはやめろっていつも言ってるだろ!?」 

 案の定、慌て出す。でも、しっかりと腕を回して逃がしてやらない。

「美綴、ちょっと声が大きい」
「お、お前が変な事を言い出すからだ! 普段は人畜無害なクセに、こんな時
だけサドっ気を出すんじゃないっ!」 

 ひどい言われよう。それでも、若干トーンが落ちてる辺り気にはしてるのだ
ろう。
 ならば、そろそろ行動を起こすべき。長引かせると、美綴も自制が効かなく
なって大騒ぎになりかねない。
 第一、ここまで来てお預けなんて殺生にも程がある。

 まだ、美綴は言葉を連ねている。
 俺はそれを聞き流しつつ、視線を彼女の、意外と白いうなじへと向けた。
 意図に気付いて顔を強張らせた美綴が口を開くより早く、そのままうなじへ
と顔を寄せて――。
 
「あっ!? こ、こら。だ、だから、そこは――っ!」

 そこで、抗議が途切れた。
 たいしたことはしていない。ただ、美綴のうなじに軽く舌を滑らせただけ。
 なのに、彼女は顎を上向かせ声を途切れさせるほどの反応を示す。

「ひぁっ、あっ、んぁっ……!」

 やわやわと舌を滑らせる。
 返ってくるのは、途切れ途切れの嬌声。他のことを言おうとしているのに、
喉から出てくる喘ぎに邪魔される、そんな感じ。
 まるで、助けを求めているようにも感じられて。
 自分が吸血鬼にもなった気がして――余計、興奮する。

 首筋だけじゃ足りなくなって、右手を胸当ての下へと持っていった。
 触れた途端、美綴の身体に力が入るけど、すぐに抜ける。
 汗で幾らか湿った胴衣。拒絶がないことを確信して、ゆっくりと手に力を込
める。
 胴衣の下から感じられる、適度な弾力。

「痛っ……」

 力を入れすぎたらしい。慌てて、手の内の力を弱めた。
 今度は注意して、首を攻める舌と同じように、やわやわと胸を包んでいく。
 そして、指先を胸当ての境目へと。
 抵抗に逆らい、差し込むように。挟まれる形になって少し手を動かし辛いけ
ど、その分、より美綴の胸の感触を味わえた。

 柔らかい。胸当てと手で押しつけられ、その形を歪めてるのが、胴衣越しの
手の平からもはっきりとわかる。
 なのに、下には筋肉の張りがあって、きちんと押し返している。
 はっきりと感じられる手応え。
 胸当てに挟まれた状態で、胴衣越しだけど……それでも、なんだか心地よか
った。

 今度は下の方。そっと左手を袴のスリットに差し入れる。
 まずは太股。胸と同じくしっかりとした張りと、手に馴染む柔らかさ。

「ひ……はぁ、く……あっ、あっ、うんっ……!」

 胸、太股、そして首。
 それぞれの場所から生まれる快感に混乱し、どこに反応していいのかわから
ないような美綴の呻き。
 これも、三点責めと言うのだろうか?
 ふと気が付けば、三カ所を同時に攻めていたのに気付き、そんなどうでもい
いような考えが脳裏によぎった。

 首筋の攻めを中断して、美綴を見る。
 攻めが途絶えても、胸と太股からの刺激にむずがるように身体を動かす彼女。
首だけでなく胸や脚まで苛められて、最早抗う元気はなくなったようだ。 

 ――となれば、『アレ』をやっても逆襲の心配は不要?

 不意に浮かんだ不穏な企み。
 以前、『アレ』をやった後の美綴を思い出す。
 ……怒られた。もの凄く怒られた。
 ま、まぁ、あの時ははっきりとした『跡』も残してしまったし。怒るのも当
然だろう。 

 という訳で、今回は跡を残さぬよう一応の注意を。
 かなり微妙な決意の元、俺は再び美綴の首筋に唇を寄せる。

「や……」

 ふぅ、と小さな吐息をかけてやると、美綴は身を強張らせる。
 俺は胸と太股への攻めで緊張を抜かせると――すぐさま、不意を突くように
彼女の首筋に吸い付いた。

「ひ――」

 続けて、軽く歯を。
 美綴の首筋に穴を開け、中に流れる血を吸い出さんと。
 加減はしたが、今までとは一線を画すほどの刺激。弱っていた彼女はひとた
まりもない。

「やっ! あっ! くぅ、ん――っ!?」

 必死に押さえた、でもそれすら貫き、漏れた悲鳴。

 目を開き、仰け反るように顎が上向く。
 内から突如生じたものに耐えかねたように身を揺らし、最後に声が途切れる。
 そして、ピン、と強張った身体が弛緩し、美綴はぐったりと身を預けてきた。

「はぁ、ん……」

 押さえつけられていたものから解放されたような、安堵にも似た吐息。
 ……イった、みたいだった。

 焦点の定まっていない視線を宙にさ迷わせ、弱々しく身をあずけた美綴の姿
に自分の股間は痛いほどだったけど……ここは我慢。
 苛めすぎたことの謝罪を兼ね、寄りかかったままの彼女をただ優しく抱きし
める。
 しばらくして、美綴の眼差しに焦点が戻ってきた。

「……あ、衛宮」

 首を少し捻ってこちらを見た美綴は、紅潮していた顔を更に赤くする。

「悪い。ちょっと、やりすぎた」
「……何がちょっとだよ、馬鹿。首はやめろって言ったのに……あんなことま
で」

 拗ねたような響き。目尻には羞恥のものらしき涙。
 悪かった、とは思う。謝罪だって嘘じゃない。
 でも、こんな美綴が可愛くて、もっと色々したい、と考えている自分もいた
りする。彼女の言う通り、俺にはサドっ気があるのかも知れない。

 それはそれとして。美綴がいくらか落ち着いたのなら、望むことは一つ。

「ええと、美綴。落ち着いた所をなんだけど」
「?」

 眉をひそめる美綴。 
 彼女の腰へ手をやり、少しだけ引き寄せる。

「っ!」

 これ以上ないぐらいに、硬くなる身体。でも、それはこちらも同じ。

「う……く」

 喉元にまでせり上がった声を、無理矢理飲み込む。

 意図を伝えようと、下のモノを美綴のお尻の辺りに押しつけただけ。
 それだけで、袴の布越しでもわかる彼女のお尻の柔らかさに、危うく暴発し
そうになる。
 なんとか下が落ち着いたところで、苦笑。どうやら、俺の自覚している以上
に身体の方は昂ぶってしまっているらしい。……多分、心の方も。

 美綴の顔が強張っている。応じるのは、これまた微妙に引きつった笑顔。

「こ、これって……?」
「……あってる」

 端的なやりとり。それでも、意味は伝わったと信じて。

「脱がす、な?」 

 今更なことを、聞いた。 

 しばらくの間。美綴は、何とも形容しがたい、複雑な表情で俺を見つめてい
る。
 赤い顔。微妙に引きつった口元。頼りなげに揺れる眼差し――まるで、これ
が初めてみたいな反応。
 胸の奥が痛い。顔が熱い。目の前の美綴が、凄く可愛い。
 彼女の反応を笑えない。俺もまた、初めてみたいに昂ぶっている。
 
 と、絡み合っていた視線が外れる。
 視線を外した美綴は、顔を見られたくないのか俯いて口を開いた。

「あ、あのな……今更、だぞ」

 独り言のように、言う。でも、内容は取り違えようもない。
 本当に今更な確認。だけど、それに反応して、きちんと認めてくれたことが
嬉しい。受け入れてくれたと感じられて、安心する。

 無言のまま、彼女の胸を覆った胸当てを右手だけで外しにかかった。
 左手は下。腰にかかった袴の紐を取り、ゆっくりと引く。
 一瞬、美綴の身体が強張ったが、認めた手前そういうのは気になるのか以降
は動こうとしない。
 俺も気が急いているのを我慢して、彼女を安心させようと出来るだけ優しく
行為を続ける。 

 まず、胸当てが外れる。硬い革が、床に落ちて小さな音を立てる。
 続いて、紐を解いた袴がたわむ。互いに座り込んでいるため腰に引っかかっ
たままだが、膝を立てれば簡単に外れてその内側にあるものを晒すだろう。
 さて、次はどうするか。胸当てを外し、袴も解けたので、美綴の胸元は軽く
開きつつある。
 胸を攻めるべきなのだろうか、それとも袴の紐を解いたのだから下なのか、
などと馬鹿げた思考が頭に浮かんでは消えていく。

「――って」

 その時、下の辺りに違和感を覚えた。
 視線を下へ。しかし、状態が状態なので、美綴の首筋ぐらいしか見えない。
確認するなら、膝立ちに移行するなりして体勢を変えないと――。

 ――と、その旨を彼女に伝えようとして、気付く。

 先より赤くなった顔。なんとなく、居心地が悪そうな表情。 
 ……どうやら、おとなしくしていたのは脱がすことを認めた手前だけではな
かったらしい。
 先の反省はどこへやら。再び悪戯心が頭をもたげる。

「美綴、悪い」
「えっ?」

 先に謝っておく。後で言っても文句を言われるだけだろうから。
 美綴が応じるより早く、両手で彼女を押しやる。それに併せて膝を畳み、膝
立ちに移行する。

「え――」

 浮き上がる身体。
 そのまま前へ。こちらも、彼女に覆い被さるように。
 つまり、前に押し出された美綴は、今度は床に向かって前のめりに倒れ込む。

「くっ!?」

 ダン、と床を叩く音。
 流石は美綴。いくら勢いはさほどではなかったとはいえ、咄嗟に手を突いて
顔をぶつけるのは免れたようだ。
 まぁ、それはこちらの思惑通り。
 一連の行動の結果も、概ね俺の意図通り。

「おい、衛宮! いきなり何を――」
「……やっぱり」
「あ? や、やっぱりって……」

 問いかけようとした辺りで、美綴も気付く。
 自分が今、どんな体勢になっているか。

「――――っ!」

 ビクリ、と目の前のお尻が大きく揺れた。

 膝立ちの体勢から前のめりに床へ。その状況で手を突けば、ごく自然に腰が
上がる。上から顔が先に落ちるように操作すれば、その体勢は更にきつくなる。
 結果、うまれるのがこの形。
 目の前で腰を高く掲げ、お尻をこちらに突き出すような状態になった美綴。
いわゆる、後背位。

「う、わ……」

 絶景、とひどく頭の悪い感想が浮かぶ。

「……すごく、濡れてる」

 膝下までずり落ちた袴の下、もとい美綴のショーツは、案の定ひどく濡れて
いた。
 押さえる部分はもう向こう側が見えてしまうほどに濡れており、周りもすっ
かり湿っていて肉付きの良いお尻に張り付いたようになっている。
 先の違和感の正体はこれ。ショーツの中から染み出した蜜は、外側の袴すら
湿らせた訳だ。
 ……考えてみれば、それこそ達して一時朦朧となるまで色々してしまったの
だから、こうなってしまったのも俺のせいなのだろうけど。

「こ、こらぁ……」
  
 咎める声も弱々しい。恥ずかしさで、もう声を荒げる余裕すらないのか。
 それでも、俺は美綴が身を起こそうとするのを許さない。時折動く腰を押さ
え、軽く前へ体重をかけることで妨げる。

 ひどいことをしてる。さっきより、更に。
 ……やっぱり、俺は美綴の言う通りサドらしい。彼女にこんな事を強いて、
恥ずかしがってるのがわかっていて、なのにもっとしたいと思ってる。
 目の前でお尻が小さく揺れる。汗のせいで、最早全体が湿っているショーツ。
 むわり、とショーツの内からの匂いが鼻の奥を刺激する。俺は、誘われるよ
うにお尻を掴んだ。

「あっ!」

 悲鳴のような美綴の声。
 構わず、そのまま両手を動かす。

 緊張してるのがわかるのに、ひどく柔らかい。
 ショーツごと指を埋めたり、こね回したり……彼女のお尻は、簡単に形を変
えていく。
 その度に、湿り気を帯びたショーツは張り付くような音を立てる。
 徐々にこなれてくるお尻の、なんとも言えない感触。もっと強く握ったら、
その中から何かが染み出してきそうな気さえした。

「あっ、あっ、あっ……」

 もう、咎められることもない。返ってくるのは、途切れ途切れに漏れる喘ぎ
だけ。
 あの美綴が、何かと達観していて、綺麗とかよりまずかっこいいという形容
詞が出てくる彼女が、目の前でただお尻を震わせている。弱々しい女の子にな
っている。
 そんな風にしてるのが、自分だという事実。
 彼女を、冒涜しているのかも知れない。でも、同時に昏い優越感も覚えて――
ごくん、と知らず唾を飲み込んでいた。

 ……だけど、まだ足りない。まだ、したいことの半分も進んでいない。
 手が止まる。今までお尻をこね回していた両手を、既に役目を果たしていな
いショーツの縁へ。
 指をかけ、美綴が反応する前にほとんど一息に。

 お尻に張り付いていた彼女のショーツが、引き剥がされていやらしい音を立
てる。

「〜〜〜〜っ!?」

 声にならない悲鳴。とうとう、彼女の全部が晒された。
 ショーツの下にあったものを目にしただけで、意識が飛びかける。

 何しろ、近い。
 覆っていた布地が透け、ぐちゃぐちゃになってしまうほどの潤いに綻びて花
みたいになった桃色の割れ目も、真っ赤に充血して膨らんだ肉芽も、そこから
の蜜に濡れた筆のように一つの形を作っている翳りさえもはっきりとわかって
しまう。
 更には、その上にあるお尻の窄まりまで、皺の一つ一つ見て取れる。
 美綴のあそこと、お尻の穴――美綴の一番恥ずかしい場所が、余すことなく
目の前に晒されている。
 
 ショーツによって隠され、遮られていた全てが、こちらの視覚を無茶苦茶に
してしまう。
 手から伝わる、彼女の震え。
 でも、動かない。美綴は、羞恥に耐えて俺に全てを見せてくれている。

 たまらなくなって、俺は目の前の秘裂に口付けた。

「は、はぁぁっ!?」

 刎ねる身体を押さえつけて、舐め上げる。
 割れ目を上から下まで。その奥まで。上に根付いた肉芽まで。美綴の全てを
舐め上げる。

 舐め上げている内に、いつの間にか喉を動かしていた。
 彼女のを、飲んでる。気付くのに幾らかの間があったけど、嫌悪感なんて感
じない。それどころか、身体が勝手に吸い付くようにして蜜を更に喉へと送り
込もうとする。
 鼻の奥に、突き刺すような刺激。それは、さっきまでショーツ越しに嗅いで
いた匂いだった。

「やっ、やぁっ……ふっ、ん――!」

 聞こえてくるのは嬌声か悲鳴か。
 構わない。ただ、望むままに口と喉を動かす。
 じりじりと頭の中が焼けていく。くらり、と視界が揺れる。
 昂ぶりに際限がない。このまま、こうしているだけで自分もまた達してしま
うんじゃないかとさえ思えてくる。
 その前に、もっと、もっと――。

「――や、やめ、て……」

 不意に、そんな言葉が耳に届いた。

 やり過ぎたか――焼け付いていたはずの頭が、速やかに冷える。
 慌てて、顔を離す。恥ずかしいことを強いていた、という自覚はあった。そ
れでも続けてしまったのは頭がのぼせ上がっていたこともあるけど、一番は美
綴への甘え。
 恐る恐る、向こう側にある彼女の顔が見ると――。

「…………」
「……みつ、づり?」

 美綴は、ものすごく恥ずかしそうな顔で、肩越しに俺を見つめていた。
 怒ってはいない。悲しそうとか、傷付いたとか、そんな顔もしていない。た
だ、顔を赤くしてこっちを見ている。

 反応に困る。こんな顔をしてるとは、予想してなかった。確かに、恥ずかし
い思いをさせたのは確かだけど、今の言葉と、この顔が結びついてくれない。
 聞くのは論外な気がするけど、あちらの意図も確かめないで先に謝るのも変
だと思う。
 結果、気まずい沈黙。

「……も、もう、駄目……だか、ら」
「えっ?」

 美綴がまるで別人みたいに弱々しい声で言ったのは、しばらくの間を置いて
からだった。

 早く。それはつまり――ようやく、理解する。
 彼女の顔が、更に赤くなる。

「ま、また、我慢できな――」

 途切れる言葉。恥ずかしそうと言うより、最早泣きそうな顔。

 ――やられた。

 もう、駄目だ。勘違いでせっかく冷えた頭も、今の一言と美綴の表情で、完
膚無きまでに破壊された。
 止まらない。これから彼女が泣いたって、絶対に止めてやらない。
 ガチャガチャと、みっともないぐらいに慌ててジッパーを引き下ろし、前を
開ける。
 スボンの下で、延々と押さえつけられたモノが顔を出す。これ以上ないぐら
い硬くなり、幾筋の血管を浮きだたせた男根はさながら凶器のよう。
 ……表現は間違ってない。俺は、これで美綴を貫くから。

「い、入れるぞ、美綴っ」
「あ――」

 辛うじて、それだけ口にする。
 余程凄い顔をしていたのか、視界の端で、彼女の表情に怯えめいたものが浮
かぶ。

 反射的に逃げようとした彼女の身体を押さえ、男根を濡れきった秘裂へと当
てがう。
 ぬちゃ、と濡れきったそこと竿がふれあい、亀頭に押されたことで蜜を流す
花びらの形が大きく歪む。
 硬直する前の身体。それでも、俺は躊躇無く彼女の中へと突き入れた。

「ん――っ!」

 内からの何かを、堪えるように縮こまる身体。
 喉の奥から出かかったものを、無理矢理飲み込んだような、声。
  
「――っく」

 気付けば、歯を食いしばっていた。
 根本まで突き入れたモノを、寸分もなく包み込んでくるすべて。きつくて、
柔らかくて――そして、とんでもなく熱い。
 想像以上の快感に目の前がチカチカとして、危うくその体勢のまま崩れ落ち
そうになる。

 何とか持ち直して、美綴を見下ろす。
 ……凄い格好。上着は色々している内にすっかりはだけて、背中にたむろす
るのみ。汗に濡れたうなじも、意外となだらかな肩も、未だ胸元を覆うブラの
ホックを晒した背中も、先程散々にこね回したお尻さえ目の当たりに出来る。
 時折震えが走る身体の、肩越しから見える彼女の顔。
 きつく目をつぶって、口をつぐんで。本当に辛そうな、泣きそうな……でも、
それだけじゃない。

「ふ、あ……」
 
 息が漏れる。離れていてもわかる、熱っぽい吐息。
 だから、違う。彼女は痛がってる訳でも、苦しんでる訳でもない。ただ、堪
えているだけ。
 声が道場の向こう側へ届かぬよう、我慢しているだけ。

 そんな美綴が可愛くて、余計に、苛めたくなる。

「……なぁ、美綴」

 顔を美綴の耳元に近付け、声をかける。
 まだ焦点の定まりきっていない眼差しで見上げる彼女に、からかうように告
げる。

「今の美綴の格好。すごく――」
「――――」

 目を見開く美綴。何か言いそうだったけど、勿論そんなことはさせてやらな
い。

「お、おまえ――ひあっ!?」

 いきなり、内壁に擦りつけるように腰を引いた。
 不意打ちに美綴の息が乱れる。
 腰を前に。ごん、と先が彼女の奥にぶつかる感触。 

「く、ん――っ!」

 起き上がろうとしていたの忘れ、再び美綴の身体が縮こまる。
 言葉が途切れたのを幸いに、俺はそのまま動き始めた。
 
「こ、こら……そ、そんな、いきな――」  

 聞いてやらない。前からの声には耳を貸さず、殊更に強く腰を引き、送り出
す。
 それで、美綴の抗議はかき消えた。
 後は、こちらの意のままに。目の前の彼女を、貫く。

「こっ……この、ひきょ、も……はぁっ! や……ん!」

 まだ頑張ってるのを、崩す。
 そんなものは必要ないとばかりに、動く。
 これからは、気持ちよくなるだけでいい。美綴も、俺も、もっと感じられれ
ばそれでいい。

 前後するたびに、太股の辺りが濡れていく。
 濡らすのは中からの蜜。
 そう――美綴だって、さっき以上に感じてくれてる。

「はひっ、ん……! や、あっ……ふぁ、あっ!」

 声が変わる。
 こちらを咎めようとする言葉はなくなり、角が取れる。
 呼気のような声に、確かな熱が帯び始める。
 それはさっきまで聞いていたもの。
 美綴を泣かせてしまった時ぐらいに、ひどく艶やかな声だった。

 勢いが付く。男根を押し込み、引き抜くその動作に、全身のバネが加わって
いく。
 ココロは嫌でも盛り上がる。
 美綴は、俺を受け入れてくれてる。
 でも、足りない。こんなんじゃ足りない。もっと美綴の声を聞きたい。可愛
い美綴を、見たい。
 
「――やっ、え、みや……いた、い……!」

 いつの間にか、オレは美綴の身体にのし掛かるようにして、その胸元へと手
を差し込んでいた。

 すごく、熱い。
 手の平に感じる弾力に富んだそれも、美綴の身体も。
 既に、身体は内から生じた熱で煮えるようだったのに、彼女の熱を受け取っ
てもっともっと熱くなる。

 揺らぐ意識をつなぎ止めるように、手の平に力を。
 手の平に収めた乳房は、こちらの暴力を一身に受けて入れてくれる。柔らか
くて、熱いそれをもっと丹念に味わいたいのだけど、もうそんなゆとりも残っ
てない。
 上側に残っているブラジャーもそのままに、ただ縋り付くように力を込める。  

「はぅ、んん……! ひぃ、ん、あぁっ! やあ、ぁ……!」

 悲鳴みたいな声。陵辱みたいな責め。
 俯せの身体を床に押しつけて、なのにお尻は高く掲げさせて。胸をいたぶり、
杭を打ち込み。

 でも、違う。
 こんなにひどいことをしてるのに、美綴の声には確かな熱があって。掲げさ
せたお尻は、貫く度にこちらへと突き出されて。
 揺れる前髪から見え隠れする彼女の瞳には、ゾクリとする艶があって――。

 二人で、おかしくなってる。

「ひっ、あ……! くぁ……お、な、かが……なか、がっ!」

 悲鳴とも喘ぎともつかぬ声が、耳を叩く。
 鼻の奥に、クラクラとする甘い匂いが流れ込む。

 強く、強く。
 互いの肉の音が、声すらかき消してしまうぐらいに。
 中から掻き出されていく蜜で、辺りを水浸しにしてしまうぐらいに。
 
 そうしなきゃ、止まってしまう。
 押し入ったモノを、痛いぐらいに締め付ける中の壁。気を抜いたら、多分そ
の場で動けなくなる。
 それが嫌だから、より強く。
 もっと、もっと。この、腰が削ぎ落とされていくような快感を続けたくて。

「や……へ、へん、だ……! こ、れ、なん……あ、あ――っ!」

 もう、なんて言っているのか。
 胡乱になった頭じゃ、言葉の形も掴めない。
 何でもいい。ただ、この狂いそうな気持ちよさを感じたくて。耳に届く美綴
の声を聞きたくて……頭の中が、それらで埋め尽くされていく。

 もっと強く、もっと強く。
 美綴の中に、本当に穴を開けてしまうぐらいに。
 頭がおかしくなるどころか、本当に壊れてしまうぐらいに。
 この、今を知覚してる胡乱な意識さえ、真っ白に染め上げてしまうぐらいに――。
 
 ぞくん、と不意に尻の辺りに寒気が走る。
 途切れかけた意識ですら、何を意味してるのかはっきりとわかる兆候。

「みつづ、り――」
「――え、みやぁっ!」

 言葉に出来たのは名前だけ。
 それでも、互いに名前だけは口にして。

 異物に噛みつかんばかりに締め上げる、中。
 絡み付く壁を切り裂き、最奥へ。身体が硬直する。腰の辺りの感覚が、消え
る。

「あ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――っ!」

 美綴の、悲鳴。
 気が付いたら、吐き出してた。
 反り返った彼女の身体を、縛り付けるように両腕で抱きしめる。
 
「ひ、あ――あっ、あつ、や……とま、ら……な……!」

 一回じゃ終わらない。意識から外れた男根は、何度も、美綴の中へと放って
いく。
 腕の中で、美綴が身をよじる。それすら許さぬとばかりに俺は両腕に力を込
め、彼女の中に放ち続けた。

「あ……ふ、ぅん……」

 不意に、硬直していた美綴の身体が弛緩する。
 咄嗟に引き戻そうとしたけど腕にはもう力が無くて、結局二人重なるように
して床へと倒れ込んだ。

 うめき声。見れば、俯せの美綴にのしかかってる状態。
 慌てて、疲労しきった身体を持ち上げる。 

 ずっ、と妙な感覚が腰の辺りに走った。

「――ひゃ、んっ」
「あ……」

 びくり、と美綴の背中が震える。
 そう言えば、まだ入ってたんだ――今更にそのことに気付いて、混乱する。
 
「み、美綴、大丈夫か?」
 
 横に倒れ込みたいのを堪えて、問いかける。
 しばらくして、下から振り返りざま向けられたのは批難めいた眼差し。

「……けだもの」
「う、あ……」

 それは、どんな批難のキツい一言だった。

 半目というか、涙目。美綴がこんな目になるなんて当然そうそう無くて、だ
から、余計に自分がやってしまったことを思い知らされてしまう。
 久しぶりだからとか、可愛くてサドっ気が出たとか、そういう言い訳なんて
意味なくて。ひどいことを、してしまったんだなと。
 と、言葉を探している内に、美綴が小さくため息をついた。しょうがないな
ぁ、と言わんばかりに。 

「いや、そこまで深刻そうな顔されても困るんだけどさ。ただ、こっちとして
は、もう少し優しくして欲しかったなぁとか」
「ご、ごめん」
「ったく……この、むっつりドスケベ。こんなの希望する辺りで、わかってた
ことだけど」

 なんで、こんなのを好きになっちゃったのかね――と、下から手が伸びて、
頬をつねられる。
 少し痛かったけど、それで少し気が晴れた。
 好き勝手してしまったのは、間違いなく俺の方なんだし。

「……声、聞こえなかったかな?」
「あ? いや、大丈夫、だと思うけど。ここは、遠坂とかの寝室とは離れてる
し」
「そ、そうだよな。もしこんな所をつかまったら、死ねるし」

 少し慌てたような美綴に、気付く。
 確かに、今の状態はとてもいい訳が出来るようなものではなく。
 もし、この姿を遠坂や一成に見られようものなら、更に藤ねえに知られよう
ものなら、それはもう恐ろしいことになるのは想像に難くない。
 身体はまだ疲れてたけど、早めに動いた方が良さそうだ。
 頭の中に浮かんだ、洒落にならない結末を迎えないためにも。

「そろそろ、後始末、するか?」
「そうだ、な。なんか余韻もへったくれともないけど、あいつらのことを考え
ると――って」
「む?」

 二人して身を起こそうとして、動きを止めた美綴に眉をひそめる。

「……衛宮。また、固くなってる」
「――――」

 思考が、止まった。
 視線を下へ。美綴のお尻の辺りにあったそれは、いつの間にか先に近い固さ
を取り戻していた。

「ええ、これは……」 

 言葉に困る。いや、さっきあれだけのことをしてしまって、俺としてはもう
そんな気はないはずなのに。
 現に、下の方は力を取り戻してる。
 まるで、さっきのだけじゃ足りないと言わんばかりの状態。
 下の美綴は、居心地が悪そうに目を伏せている。さっきのことも考えれば、
この状態はあまりに失礼というか……。

「……いいよ。あたしは」
「えっ?」

 無理矢理にでも言葉をひねり出そうとした所へ、下からの声。
 美綴を見ると、どことなく諦観が見え隠れする眼差しと視線が合わさる。

「だから、いいって。随分と間が空いてたから、あたしも一回ぐらいで満足す
るとは思ってなかったし」

 続けて出たのは、意外な返事。
 なんか、妙なぐらいに都合の良い流れ。

「いいの、か?」
「衛宮だって、そんなにしておいて収まりつかないだろ? 外がちょっと怖い
けど、この後そのまま寝こけなければ」
「ま、まぁ、確かに……」

 拗ねたように言う美綴に、返答に窮する。 
 
 今の時刻はわからないが、流石に始まってから何時間も経ってはいない。美
綴が来たのも深夜とはいえ明け方近くではないだろうし、そういう意味でなら
問題はないかも知れないけど。 
 現金なもので、この展開に戸惑っているはずなのに、彼女の言葉にその気に
なりつつある自分に気付く。
 でも、同時に疑問を覚える。
 いくらなんでも、都合が良すぎる。さっきはあんなことまでしてしまったと
いうのに。というか、美綴が不自然に乗り気なような――。
 
 その時、美綴の瞳に妙な色が宿った。

「――ただし、だ」
「うん? って、うわっ!?」

 いきなり、身体を支えていた右腕を払われた。支えを失い、身体が右の方へ
と大きく傾く。
 顔が床にぶつかる前に、払われた腕を内側と引き込まれる。例えるなら、背
負い投げの巻き込みの形。

「だっ!?」

 顔の代わりに、背中を強かに打ち付ける。痛みで顔をしかめている内に、腹
の辺りにかかる軽い重み。 

「……ああいうことまでされた身としては、仕返しぐらいはしてやりたいし」

 楽しげと言うか、背筋の冷たくなる響きの呟き。
 目を開けて見れば、そこには俺の腹に片手を着き、髪をかき上げて剣呑な笑
みを浮かべる美綴の姿。
 そこには、散々に苛めてしまったさっきまでの姿はなく、むしろいつもの美
綴に似ていて。

「今度は、あたしの番な?」
「…………」

 炯々と輝く瞳で見下ろし、告げる。
 ……もしかして、これが目的で美綴は?

 身体が、動かない。美綴は、そんな俺を見下ろしつつゆっくりと顔を下へと
近付けていく。
 さながら、猫科の猛獣に囚われたかのよう。期待半分と、恐れ半分の意識で、
なんとなく理解する。
 とりあえず、この夜はまだまだ終わりそうにない。と――。



 ――そして、目が覚めた。

「……う、あ?」

 瞼の裏からでも感じる強い光に、目を覚ます。
 頭も、身体も重い。それでも、どうから横になっていた身体を持ち上げる。

 六時過ぎを示す時計の針。
 いささか遅い。衛宮邸の朝食作りで六時前後で、早く行かないと朝食の準備
に間に合わない。
 ……けど、あんな夢を見ながらこの時間に起きれたというのは、日頃の習慣
というのは凄いなと言うか。

 いや、そんなことはどうでもいい。 

「……俺は、何を見てたんだ?」

 口元に手をやって、呟く。
 今の今まで見ていた、夢。その内容は、思い出すのもはばかられる程とんで
もなくて――って、とんでもないというのは、そう言う意味じゃなくて!
 ただ、相手があいつなんて……。

「美綴……と、してたんだよ、な?」

 まだ、信じられない。
 た、確かに、俺は美綴のことは気に入ってるし。純粋に、その、異性として
とても魅力的だと心から思うけどっ。
 自分が、あいつをそういう風に見てたのかとか、あんな風にしてしまったと
か。

 口が、乾いてくのがわかる。
 あれらは、夢。夢のはず、なのに。

 身体に残っている、この妙な生々しさは何だろう。

 全部、覚えてる。夢の中の設定に甘えて、美綴にしてしまったこと全て。
 全部、覚えてる。あの時の美綴の可愛い声も、仕草も。彼女自身の熱さも、
匂いも――。

「――あ、シロウ起きてたんだ? てっきり、まだ寝てるのかと思ってたのに」
「うおあうぁろぐぁあああああぁぁぁっ!?」

 背中にかけられた声に、俺は恥も外聞もなく悲鳴を上げた。

「どうしたの? そんな漫画みたいなリアクションをして」
「はっ、はっ、はぁ……っ! イリヤ、だったのか」

 布団から飛び出し、二回程転げたところで、ようやく気付く。
 開かれた障子の先で、小首を傾げているイリヤの姿。多分、いつもより起き
るのが遅かったので呼びに来たんだろう。

「え、あ……ご、ごめん。ちょっと、寝坊した」
「みたいね。まぁ、昨日はみんな真剣にやってたみたいだし、気疲れしてても
おかしくはないのだけど」
「…………?」

 何とかひねり出した言葉への感想に、眉をひそめる。
 納得とか言う以前に、こうなるのはわかってたと言わんばかりのイリヤ。
 と言うか……みんなって、何だ?

 脳裏に浮かんだ疑問。しかし、それを遮るようにイリヤは続ける。

「それはそれとして。シロウ、話を戻すけど、さっきのはどうかしたの? あ
の反応から見て、何かかんがえご――」
「――って、早く台所に行かないとな! イリヤ、起こしに来てもらって悪か
った!」

 イリヤの問いが耳に届いた時には、俺はそう言って立ち上がっていた。その
まま、彼女の横を通り過ぎて縁側に出る。
 後ろから声が聞こえたが、心を鬼にして足を前へ。
 みっともないやり方なのはわかってるけど、あんな夢を他人に知られては命
が危ない。

 ともかく、今すぐ何かに集中して頭の中のモノを追い出さないと。
 夢は夢。起きた以上は日常に復帰し、残った記憶は後腐れ無く忘れてしまう
のが幸せというものだ。

「おや、シロウ。おはようございます」
「ん。おはよう、セイバー」

 そうこうしている内に、既に準備が始まってるのか朝餉の匂い漂う居間へ。
 テーブルに小皿を並べていたセイバーと挨拶を交わし、そのまま台所へ向か
って朝食の支度をしている桜に声を――。

「――こんなところでよいかな、間桐さん」
「はい、それで結構です。ありがとうございます、今日は柳洞先輩が手伝って
くれて助かりました」
「例には及ばん。日々の食事も、その支度のまた修行だからな。今回はこうし
て宿を貸してもらった身であるし、これぐらいは――おお、衛宮」
「あ、先輩。おはようございます」
「……ええと」

 かけようとして、その近くでほうれん草のお浸しを小皿に盛りつけていた一
成の姿に、言葉を失った。

「な、なんで、一成がここにいるのさ?」
「む? 何を面妖なことを。昨日、俺たちが泊まったのは衛宮も同意してのも
のだったろうに。……確かに、勝手に台所へ入ったのは認めるが」
「いや、台所にはいるのは別にかまわな――」

 眉をひそめる一成に、慌てて応じようとして、止まる。

 ……俺、たち? 
 脳裏に閃くのは、さっき聞いたイリヤの話。

「おっはよー!」

 そこへパーン、と居間から小気味よい障子の音と、虎の声が聞こえた。

「あ、藤村先生たちも起きて来たみたいですね」
「支度を終えたところで到着とはタイミングのいい……遠坂の奴も計ったよう
に連れてくるな」
「えっ? ええっ?」

 まさに、考える間もなく。
 こっちが混乱している内に、藤ねえの声が飛んできて。
 続いて聞こえたのは、後ろからの複数の足音。

「桜ちゃん、おはよー。今日の朝ご飯は何かなー?」
「おはようございます、藤村先生。献立ですが、今日は焼き鮭を主菜に……と。
遠坂先輩、ありがとうございました」
「いえいえ、食事の支度は間桐さんと柳洞君に任せてしまいましたし、これぐ
らいは。お陰で、先程は面白いものを見ることが出来ましたし」
「と、遠坂っ、さっきのことは黙っておけって――」
「――――っ!」

 俺を挟んで始まる会話。
 その中に紛れ込んで耳に飛び込んできた声に、思わず後ろへと振り返る。

「あ……」
「う……」

 藤ねえと並ぶように立った遠坂の、後ろ。
 そこには、美綴綾子――夢の、もう一人の主役がいた。  

「……衛宮君?」
「士郎、どうかしたの?」

 やばい、と思った時にはもう遅かった。

 惚けたような、顔。彼女の顔に、夢で見た様々な表情が重なる。
 いつも凛とした雰囲気を漂わせてる美綴が、あの時はいろんな表情を見せて
くれて。それらは、信じられないぐらいに可愛くて。
 表情だけじゃない。あげた声も、かいだ匂いも、触れ合った身体の熱ささえ
覚えてる。
 全部、夢のはずなのに。頭の中の記憶は妙に生々しくて……思い出しちゃ駄
目なのに、歯止めが効かない。

 どうにもならなくなって視線を外すけど、それで頭に昇った血が収まる訳も
なく。
 気まずい沈黙に、自ずと集まる皆の視線。
 状況はどんどん悪くなってる。とにかく、この場だけでもどうにかして切り
抜けないと――。

 不意に、呻くような呟きが聞こえた。

「え、衛宮、お前まさか……」
「…………?」

 美綴の、声。 
 思わず視線を戻すと、何故か真っ赤な顔でこちらを睨みつける彼女の眼差し。

「み、美綴?」
「……この、ド変態」
「「「「「――は?」」」」」

 時が、止まった。

 ……ナンテ、イッテクレヤガリマシタカ、コノヒトハ?

 場が文字通り凍り付いた中、辛うじて思考を巡らす。
 突き刺さるような、美綴の視線。よくわからないが、なんだか俺に対しても
の凄く怒ってるらしい。

「……ええと、美綴さん? 俺には、一体何を以てそこまで言われなきゃなら
ないのか、さっぱりな訳だが?」
「う、うるさいっ! あんな意味ありげな反応しといて、今更見てないとは言
わせないぞ! 好きとか嫌いとか以前に、ああいうのはいくらなんでもおかし
いだろうっ!?」
「いや、だから何が何だか――って、見て?」

 こちらへ歩を進めてヒートアップする美綴を前に、ふと気付く。
 夢の中で、恋人同士という間柄にされていた俺と美綴。未だ身体に残ってい
る、妙に生々しい記憶の数々。
 そして、彼女の話は――。
 
 ――まさか、美綴も見ていた?

「美綴、まさかお前もっ!?」 

 アレを見たのか、と続けるつもりだった問いかけ。

「ああ、全部覚えてるよ! お前の信じられないような変態ぶりをっ!」

 ……しかし、それは返ってきた返事にあっさりと吹き飛んだ。
 周りから息を飲む音。同時に、こちらも頭に血が上る。  

「へ、変態ぶりってなんでさっ!? 確かに、その、歯止めが効かなくなった
りはしたけれども!」
「歯止めが効かなくなったで済ますんじゃない! 人がやめろって言ってるの
に、噛んだり変なトコに執心したりと好き勝手したのはどこのどいつだっ!?
 さ、最後には、あんなことまで――この天然サド! 触るなっ! 舐めるな
っ! 指入れるなぁっ!」
「そこまで言うかっ!? 第一、あっちについては美綴が先だぞ! ビデオで
研究してきたとか言って、いきなりしてきたの覚えてる!」
「い、いきなりって、あれはあたしの番だったんだから当然じゃないかっ! 
 自分だけ好き勝手なんて許される訳がないぞ!?」
「だからって、美綴もそれを当然で片付けるなよ!」
「…………っ!」
「…………っ!」

 一度、言葉を交わした時点でタガが外れた。
 恥も外聞もなく、記憶に残った互いの行動を並べ合う。
 
「あのー?」
「もしもーし?」

 まさしく泥仕合。意固地になってるのは、自分でもわかる。でも、ここで言
い負けてしまうとあの夢から更にドツボにはまりそうで。
 それは美綴も同じ思いらしく、顔を真っ赤にしたまま一歩も引かない。
 双方剣を収めて、なんて結末はとても期待できない有様。
 このまま、お互いが力尽きるまで続くのかなと頭の片隅で考えていると――。 

「「――ねぇ、おふたりさん?」」

 いつまで続くかと思われた争いは、二人がかりの一言で打ち切られた。

「…………」

 美綴と顔を突き合わせたまま、固まる。
 何で止まったのか、よくわからない。ただ、声が耳に届いた途端、身体が先
に反応していたと言うか。
 例えるなら、後頭部に拳銃だがを突きつけられたかのような感覚。

 騒ぎから一転、物音一つない静寂。
 俺たちは、恐る恐る声のした方へ振り返る。

 ――ふゆきのとらと、あかいあくまがそこにいた。

「よかった。やっと気付いてくれたわね?」
「もう、お二人ったら。私たちのことも忘れて言い争って」

 二人は笑ってる。和やかな声音で、続ける。

「……それで、昨日は何があったのかな? 先生、昨日はよく寝てたから教え
て欲しいなーとか」
「なんだか、それはもうとんでもないことをしてたように聞こえましたけど?
 詳しく、教えてくださいませんか?」

 ずずい、と前へ。合わせて、俺たちは後ろへ。
 怖い。ここにきて丁寧に聞いてくる藤ねえと遠坂が、とんでもなく怖い。

「いや、あの、こ、これは……」

 二人に怯みながら、言葉を探す美綴。
 珍しい姿ではあるけど、今回ばかりはその気持ちがよくわかる。と言うか、
むしろ俺が泣きたい。
 近付く二人に、下がる俺たち。そこへ、後ろに気配。
 咄嗟に、足を止める。ただならぬ気配に、ゆっくりと後ろへ振り返ると――。

 ――くろい、まおうっぽいのがそこにいた。

「さ、桜さん?」
「こちらは台所ですから。……それに、わたしも今の話について詳しく聞きた
いなと」

 こちらも笑顔。ただ、桜の笑みは、何やら背筋が冷たくなるようなものを漂
わせていて。
 そして、羊二匹は進退窮まる。
 前には藤ねえと遠坂。背後には桜。ちなみに、一成だけは独り台所の隅にか
がみ込んで何がぶつぶつと呟いていたり。

「……さぁ、士郎。先生、怒らないから言ってみなさい?」

 追いつめたとばかりに藤ねえ。
 決壊しかけた堤防を思わせるその笑顔に、口が滑る。

「な、何と言うか、そのっ、今のには訳が――」
「――何のワケかこのばかちんがーーーーーーーーーーっ!!」

 途端、藤ねえ堤防はあっさりと決壊した。

「さっきから何さ、変態とか歯止めとか天然サドとか! 一体、わたしが寝て
た隙に美綴さんと何してたのよぅ! お姉ちゃんは士郎をそんな特殊な子に育
てた覚えはないぞーっ!?」
「だぁぁっ!? 落ち着け藤ねえ! そもそも、そんな事実なんてないから!」
「ふぅん? そのワリには、随分と賑やかなやり取りをしてたじゃない。衛宮
君は、アレを見て信じろって言うの?」
「ええ、遠坂先輩の言う通りです。先輩もそうだし、美綴先輩だって……」
「さ、桜、落ち着けっ。ほ、本当に、あたしと衛宮には何もなくて! ……え
えと、な、何だ」
「綾子。何故、そこでどもるのでしょうか? ……シロウ、居間から話は耳に
はしましたが、何があったのか詳しい説明を希望します」
「セ、セイバー、いつの間にっ!?」
「――あら? タイガの絶叫が聞こえたと思ったら、なんか面白そうなことが
始まってるじゃない?」

 藤ねえが叫ぶと同時に、遠坂や桜が詰め寄り、更には居間にいたはずのセイ
バーや遅れて来たイリヤまでが現れる。
 その勢いは、まさに崩れた堤防から流れる濁流さながら。最早、こちらの説
得なんて意味はなく、挟まれてるから逃げることもかなわない。
 かくして、その後しばらくは針のムシロに座らせられるような追求が続くの
だが――。

 
 ――後始末を含めれば午前一杯に渡ったこの騒ぎ。
 独り一度も姿を見せず、居間でのんびりとお茶をすすっていた人物がいたこ
とに俺が気付くのは、しばらく先のことである。




 《おしまい》


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