弟の境界線 another

作:しにを

            




 指から直接煙が出ているみたい。
 他人事のように自分の指先を見つめる。
 意外に爪の形はいいな。
 うん……、いい加減に指が熱さを感じ始めていた。
 特に慌てず、吸いかけの煙草だったものを、吸殻に変える。
 灰皿にぐりぐりと押していると、指に湿り気を感じた。

 機械的に、テーブルを探って、台拭きらしきもので、灰混じりの水を拭う。
 それを放って、手探りで……、発見。
 大きな陶器のマグカップを手に取る。
 口の中が少しいがらっぽい。

 冷め切ったコーヒーを一口飲む。
 薄いブラック。
 それでも香りは悪くはない。
 悪魔のように黒くも、地獄のように熱くもないけれど。
 それに……、えーと。
 何だったろうか、とぼんやりと考える。
 甘く。
 たしか甘くだった。
 天使のように甘く、だったか。
 天使って甘いのか?
 誕生ケーキに乗っている砂糖菓子が思い浮かぶ。
 違うな、頭を振る。

 キスのように甘く。
 これもありそうだ。
 恋のように甘く。
 いかにもだな。
 そもそもこれって何の言葉だ。
 格言の類いじゃないし。
 ……。

 うーん。

 時計が鳴った。
 かれこれ数時間、こうして過ごしている事になる。
 もう、外は日が暮れようとしている。

「ふぅ」

 意図せずしてこぼれた溜息は、しかし自分でも満足そうに聞こえた。
 まあ、満ち足りているというと語弊はあるのだがな。
 新しい煙草に火をつける。
 煙の輪が頭上を漂っていた。

「ただいま……って、姉貴いたのか?
 電気くらいつけろっての……」
「まだ、暗くない。
 そっちこそ夜遊びもしないとは珍し……、おッ?」

 聞き飽きた声。
 腕を広げて出迎える気にもなれず、首だけそちらへ向ける。
 弟の姿。
 そしてその横の見慣れた顔。

「遠野も一緒」
「おじゃまします、イチゴさん」

 きちんとした挨拶。
 心持ち軽めだが、頭も下げられている。

「うん……、有間」

 返事ともつかぬ言葉。
 だが、有間はにこりと笑った。
 うむ。
 ……可愛いな。
 こちらも自然と微かに笑みを浮かべていた。

「久々だな」

 声に僅かに何か混じっている。
 ふうん、と有彦がこっちを見る。
 変なところでこっちの気配とか読むからな、こいつは。
 向うに言わせればお互い様なんだろうけど。

「今日は、泊まっていくってさ」
「ほう」
「たまには、いいかなって」

 陰が無い。
 家にいづらくて、というのとは違うらしい。

「まあ、好きにすればいいさ」

 いつものように答える。
 夏、冬、長い休み。
 有彦が連れてきて、やはり同じように「遠野が泊まってくってさ」と言って。
 私は頷くか、簡単に承諾の言葉を口にしていた。

 反応も同じ。
 どこかほっとしたような顔。

 でも。
 違うな。
 どこか、違う。

「うーん、何か飲むか、遠野?」
「お茶でいいなら、あたしが入れてくる。
 いい加減動かないと苔が生えそうだ」
「俺と全然対応が違うじゃないか」

 弟からのもっともな言葉を黙殺。
 とんとん、と階段を降りる。
 背後から声が――、主として聞きなれたやかましい声が、聞こえる。
 それに混じって有間の声。

 どう見ても有彦なぞとつるんでいるようなタイプには見えないのだが、ガキ
の頃から親しくしている。
 あれで有間も奇矯な人間なのかもしれない。
 類は友を呼ぶとか言うし。

 有間……か。
 今は名実共に遠野志貴だった。
 馴染みの無い名前。
 家庭環境は激変したらしいが、目立った外観の変化はあまり無い。
 有間は、有間だった。
 変なこだわり。
 名前なぞ、単に名前に過ぎないのに。

 出がらしのお茶に、新しいのを足そうとして、ふと思い直す。
 紅茶葉の缶を取り出し、お湯をぐらぐらになるまで沸かした。
 注意深く熱湯をポットに注ぐ。
 たまたま買ってあったスコーンなど皿に盛って、部屋に戻った。

 当たり前の顔をして、私も有彦の部屋に座る。
 ほう……。
 いつもは入らない部屋だが、意外と片付いている。
 まあ、足の踏み場も無い状態なら、有間を引っ張っては来なかっただろうが。
 
 お茶を手にしての会話。
 じっと有間を見つめて思う、よく見るとちょっと変わったかな、と。
 外観はそんなに変化が無い。
 けっこう整った顔立ちながら何処か周囲に埋没するタイプ。意外とクラスメ
イトの女の子からはそれほど評価されないタイプ。どっちかと言うと年上に可
愛がられるタイプ。ずっと付き合っていないと表面に現れない本質が見抜きに
くいタイプ。 
 それは変わらない気がするのだが、どこか雰囲気が違う。

 かれこれ一月ほどか、最後に会ってから。
 まあどんどん大人びて来る年頃だから、少し会わないでいるうちに成長して
ても不思議ではないのだが。
 何があったのだろう……。
 そんな疑問に答えるように、有彦の独演会が始まった。

 演題:遠野志貴の優雅な(羨ましい)生活。

「……と言う訳で、あのお屋敷で可愛い妹とメイドさん二人に囲まれて暮らし
てるんだ、こいつ」
 多分に有間からのツッコミを受けつつ、思い入れたっぷりの弟の話は終わっ
た。話の途中で主人公の表情が微妙に何度も変る。

「それでいながら、なんか不満有るらしいし、俺のシエル先輩にはちょっかい
を出すし、贅沢者だぞ、遠野」
「そんなんじゃないって」
「不公平とは思わないか、俺と比べて?」

 二人のやり取りを聞いている。
 だんだんと有彦の論調が変わった辺りで横から介入。

「ほう、非の打ち所の無いお姉さんに面倒見てもらいながら好き放題やってる、
そんな羨むべき身分が不服なのか、おまえ?」
「非の打ち所が無い?」

 真顔で怪訝そうな顔。
 有間は、小さく笑う。

「目の前にいるだろう。根性曲がりは眼までおかしくなるのか……。
 言っておくが、あたしだってどうせなら聞き分けの良い友達に自慢出来る弟
が良かったんだけど?」
 
 まあ仕方ないか、やれやれと溜息。
 さすがに「目の前にいるだろ、姉貴?」と言うほどには成長していない。
 多少なり、目上への尊敬の念とかも……、ふぅ。
 それでも、曲がりなりにも保護者役やってる事には、多少の感謝の念を持っ
ているようだが。

 ふっと実弟から偽弟へ眼を向ける。
 有間……。
 取り替えられると言われたら、有彦とチェンジするだろうか、あたしは。
 なかなかに疑問だった。
 可愛がりたくなる弟の基本スペックは遥かに上だけど、有間は有間で剣呑な
気がする。

 しかし、奇妙な取り合わせ。
 我が弟と、もうひとりの弟的存在。
 あの頃も今も、ちょっと見ではつるんでいる関係に見えない。
 でも、仲は良いんだよな、本当に。
 かれこれ……、ああ、長い付き合いだな。
 最初に有彦が連れて来た時には、見るからに怯えと警戒心に溢れた姿で、ま
るで雨に打たれた捨て猫のようだった。特に咎めることもなく好きなだけ泊ま
っていけと言って干渉しないでいて、何度か来るうちに志貴は馴染んできて。 

 性格が奇矯な有彦と、あまり取っ付きの良いと思えないあたし。 
 その二人の処へ好き好んで訪ねて来ては居心地よさそうにしているこの少年
もまた何処かはみ出ているのかなと、思う。

 幼い頃はまあ、他と距離を置いていたみたいだけど、今ではそうでもないし。
 有彦の話を聞く分には、これまでの成長過程でほとんど感じられなかった女
っ気まで漂っている、と。
 色気づいてきた有間?
 話半分に聞いても、信じられない。
 でもまあ、実はそーいう奴であったか、ふむ。
 
 まあ、変化はやむを得まい。
 隣りで馬鹿口開けている、愚弟ですら、成長はしている。
 馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、ダメな馬鹿にはならずに育ってくれ……や
めよう。
 なんで一人でしんみりとしなくてはならないんだ。

 気分直しに、新たな煙草の封を切る。
 新鮮な火の匂い。
 ふぅ……。

 でも、大きな変化だったのだろうな。
 冗談とは言え、捨てられたと言っていた家に戻って。
 それに有彦ですら知らぬいろいろな事があったようだし。
 今ですら、変わり続けているのだろう。

 次に会う時は、もう有間ではないかもしれない。 
 あの頃の有間が消えて、別の有間になっていく。
 それは少し……。

 少し何だろう?

 ああ、わからない振りをしても仕方ない。
 自分に嘘をついても意味はない。
 そうだ、あたしは……。
 少し寂しい、癪に障る。
 
 うむ、身勝手な。
 あの頃は、他人事ながらも心配していたのに……。

 有彦が手にいろいろ抱えて戻ってくる。
 ふむ、まだ陽も落ちきっていないのに。
 まったく。
 高校生がそんなものを……。
 でも、今の気分には相応しいな。

 あたしは……、そうだな、最初はビールだ。
 うん、その変な色した地ビール。

 では……。

 








 うん……?
 まだ…暗い……。
 ……。
 朝になったのか。
 ……。

 なんだろう。
 暖かい。
 これ……?

 有間?
 ああ。
 有間だな。

 あたしの胸に顔埋めるようにして……。
 まだ眠っている。
 ふふふ。
 可愛いな。
 ぎゅっとしてやろう。
 ……。
 ……?
 ……!

 ゆっくりと寝ぼけた頭に、知覚したものが浸透した。
 有間を抱き締めるようにして、眠っていた姿。
 それを殴られたが如く認識した。

 有間が、あたしの…腕の中に…………!!
 ええッ、なッ何が!?

 ガバッと起きる。
 有間の体が邪魔でもたついたが、上半身を起こした。
 厚みのある柔らかいクッションを取り払われ、有間の頭が床にぶつかる。
 もぞと動きはしたが、起きるまでは到っていない。
 そのまま眠っている。

 その姿をちょっと眺め、改めてどきりとした。
 有間と抱き合って眠っていた事もそうだが、そうなった過程について。
 なんでこんな状態にあるのか、昨日の夜から記憶がつながらない。
 少し蒼褪めていたかもしれない。
 目を覚ましはしたものの、呆然として動く事もままならない。
 
 そうだ、と思いついて手を動かす。
 服は着ている。
 さらにその中を探る。
 うん、下着もつけている。

 ならば……。
 恐る恐る手を差し入れてみる。
 さらに奥へ。

 ……大丈夫っぽい。
 あぁ。
 少し安堵する。
 そーいう行為はされた形跡は無い。

 そしてちょっとだけ気持ちに余裕が出来た。
 その為だろう、あれこれと記憶が甦ってくれた。
 そうだ。
 久々に有間が来て、酒盛りになって、そうだ、そう。
 そこまでははっきり記憶にある。
 有彦がこの間鄙びた温泉宿で見つけた地酒の残り。
 それだけでもけっこうな量だった。
 なおかつ、有間が家で眠らせとくのは勿体無いからと、遠野の屋敷に蔵され
ている酒瓶を幾つも持ってきた。
 それなりに消費はされているらしいが、山のようにあるのだそうだ。
 無造作にあれこれ持ってきたそうだが、見るとかなり珍しいものや高価なも
のばかり。

 どうせなら、いろいろと飲み比べようとして。
 あれこれ複数の……。

 ああ、その辺りまでも何とか思い出せた。
 後は例によって例の如くかな。
 
 あまり玩具にしてはいけないと思うけど、久々だし。
 決して有間も本心嫌がっている訳ではないとわかるから。
 あくまで姉と弟と言うか……、そんな関係が好ましくもあり、ちょっと……。
 ちょっと何だろう。

「しかし、女の胸に顔を埋めて太平楽に眠っていたとはな。
 いつの間にそんな女たらしになった……、うん?」

 頬っぺたをつんと突付く。
 恐らくはあたしが抱き締めてそんな真似をしたのだろうけど。
 反論が無いのをいい事に、小声で弾劾する。
 
 おや?
 首筋に小さい紅い痣のようなもの。
 キスマークか。
 ああ。
 あたしだ。

 こんなの付けて家に帰ったら一騒動になるのじゃないかな。
 そう思うと少し意地の悪い笑みがこぼれる。

 少し強く頬を突付く。
 さらに押し付けた指を支点にして、顔を揺さぶってみる。
 多少の反応。
 でも、まだ起きない。

 ちょっと腹が立つ。
 あたしが一人で慌てたりどぎまぎしていたのに。
 太平楽に眠ったままなんて。

「有間、起きろ」

 今度は肩を揺さぶってみる。
 どうだ……?
 しぶといな。
 昔から、いちど眠るとなかなか起きなかったものな。
 この辺りは似ているかもしれない、本物の弟と。

「眼を醒まさないと、こんな事しちゃうぞ」

 身を倒し、有間に被さるように体を重ねる。
 さっきのように胸の谷間に顔が当たる形。
 あたしから有間を抱く形。

「悪戯しちゃうぞ。
 窒息しても知らないぞ、有間?」

 酔っ払ってこんな真似をしたら、慌てて「やめて下さいイチゴさん」と叫ば
れているだろう。ばたばたもがきながら。
 あ、今もまだ酔いが残っているみたいだ。
 有間は起きない。
 が、やはり息苦しいのだろう。
 もぞもぞと動く。
 有間の頭や頬、顎の辺りが胸を押し潰す。
 
 痛くは無い。
 乱暴な動きでなくて、もがいているような動き。
 むしろ、何だか……、妙な気分になる感触。
 それに戸惑って、腕が緩んだ。
 有間は頭を離して、そして、何故か―――
 あたしに抱きついた。
 
 片方の胸に頬が押し付けられ、まるで枕のようにされる。
 左手がもぞもぞとあたしの背に潜り込む。
 もう一方の手が、何かを探すように動いて、胸を掴んだ。
 胸を掴んだ、それはもうしっかりと。
 掴んだと言うか、揉んだと言うか。

 悲鳴をあげて押しやる処だったかもしれない。
 でも、何故かそうしなかった。
 あまりに邪気の無い自然な行為に、反発はなかったから。
 そうだ、嫌だと思わなかった。

 有間は、あたしが無抵抗なのをいい事に、胸を探っている。
 膨らみを弄り、指が……、あ、先端を掻くように。
 んんッ。
 いきなりだから、電気が走ったみたい。
 有間の、有間の手なのに……。

 そっと手を外させた。
 有間は抵抗しない。
 ちょっと、残念……、何を考えているんだ、あたし。

 その代わり、有間は顔を押し付ける。
 胸を転がるようにして、谷間に顔を埋める。
 おさまりがいいのだろう。
 そのまま、じっとする。

 うん……。
 意外としっかりしている体。
 男の体……。
 でも、こんな赤ちゃんみたいに腕の中で眠って。

 あ、ああッッ。
 抱き締めるな、馬鹿。
 やっぱり、男だな……はは。
 いい加減、離れるぞ、有間。
 うんん……、抵抗するな。
 離れたくないのか、まったく。
 ぅあ、そんな、やだ……。




 ああ、思考停止して、頭が空白になっていた。 
 いかんな。
 このままだとどうなるかわからない。 
 では、こちらが腕から抜けるように……。

 うう、お腹に腰、う、ここは抜けにく……、ダメだ、有間。
 そこは、ダメだ……、よし、太股、足抜け。

 はぁ、はぁ。
 なんだって、こんな……。
 なんだか、こんな体を擦り付ける真似をしていたら……。
 なんだか、その……。
 ちょっぴり、
 ほんのちょっぴり
 ……本気になってきた。

「お返しするぞ、有間」

 ふうん、肩の線……、胸……、ここが大傷の痕があるんだな。
 ほうら、こんな処まで触られているぞ、有間?
 あ、これ……。
 
 ふうむ。

「有間……、眠っている……な」

 酔ってるな。
 絶対、酔ってるな。
 正気じゃないぞ、一子。

 でも……。
 でもじゃなくて、こんな真似。

 手は勝手に動いていく。
 ……酔いのせいだ。
 アルコールが悪い、……よし。

 有間のベルトの前を外し、チャックを開ける。
 ずるずるとズボンを下に下ろす。
 ほうら、パンツだ。

 まるで痴女だな。

 ふうん。
 確認終了。
 なるほどね。
 やっぱり男の子だな。
 いや、別に悪いことじゃない。
 もしかしたら、天にも昇る心地の素晴らしき淫夢を見て興奮しているのかも
しれないが。

 別に初めて見るもので無し。
 そこの愚弟も、ときおりだらしない格好ではみ出しそうになっていたりもす
る。とんでもない寝言を漏らしながら。

 眼を離さずに、そこを見つづける。
 その姿。
 要は、有間の男性が、生理現象で大きくなっていたのを。

 さて、しまおう。
 今なら、気づかれない。

 うん……。
 ううん?

 意外と難しいものだな、こんな状態で触れずにズボン穿かせるのって。
 少し待つか。
 ずっとこのままでもないだろうし。

 ……。
 ふうん。
 こんななんだ。
 意外と、剥き出しでない状態ってしげしげと見ないから、新鮮だ。
 
 それにしても、ずっとこのままだな。
 少しは柔らかくなったりとかは……。

 つん、つんつん。

 硬い。
 それに、びくんて反応したぞ。
 ここは。
 ほう。
 こっちは柔らかい。
 けっこう、大きいな。
 ふむ、はみ出そう。

 男の匂いだなあ。
 有間も……、昔は風呂から裸で出てきたりしてたけど、こんなに立派に。
 
 した事、あるのかな?
 有間も誰かと、あたしの知らない女と。
 ……。
 なんだろう、この気持ちは?
 嫉妬ではないな。
 それは違う。
 なら、何だろう。

 自問しながら、いつしか有間のそれを撫でさすっていた。
 性的な行為というより、犬や子供の頭でも撫ぜるような感じで。
 掌で、有間の明らかな男の徴を、その形を確認している。
 
 びくんて脈打った。
 有間……。
 反応しているんだ。
 誰の物とも知らない女の手で。
 寝ているくせに、もっと猛々しくなろうとしているんだ。

 不思議と、怒りにも似たものが沸いてくる。
 理不尽。
 それはわかる。
 でも、腹が立った。

 露骨に、半ば握る様にして、有間の陰部を弄る。
 あたしの手の感触を伝える。
 有間の全てを味わおうとする。
 
 最後の一枚はそのまま。
 さすがに、そこは出来ない。
 そこまでしたら……。
 ……。
 ともかく絶対線。

 なのに、有間が……、それを破った。

「あ、指……、濡れてる」

 パンツの生地の感触が変わった。
 突然の湿った感触。
 隆起の頂上。
 染みになっていた。
 
「感じたんだ、あたしの手で。
 あたしの指で、有間が、濡らしているんだ……」

 指を触れさせる。
 少しにちゃっとした感触。
 いつからだろう。

 鼻を近づけた。
 嗅ぐ。
 男の匂いだ。
 有間の……、体の発情の匂い。
 
 理不尽な怒りは消え失せていた。
 代わりに、まったく異質の感情が芽生えていた。
 喜び。
 それと、女としての想い。

 馬鹿な。
 相手は有間なのに。

 でも、手はまだ有間の大きく熱いものを弄っている。
 眼は、その膨らみを見つめている。
 鼻は、その雄の匂いを吸っている。
 耳は、有間の少し乱れた呼吸を確認している。
 
 舌は……。
 どうだろう。
 舌で触れたら。
 手とは違う感触。
 有間は別な反応をするだろうか。
 もっと感じて、そして……。

 堕ちた。
 これまでの関係を全て消し去るような行為。
 布越しに、有間に触れる。

 袋、幹、そして……。
 舌が触れた。
 ずっと強い匂い。
 熱い。
 舌先で亀頭を探る。
 目で確認できないだけに、凄く大きく感じる。
  
 唾液が下着を濡らしていく。
 制限ある状態で舌を動かす。
 さっきの有間がこぼした露が舌から口に移る。
 
 がくんと有間の腰が動いた。
 びくっと、顔を上げる。

 有間?

 あ……。
 凍りつく。
 眼をつぶっている。
 身動きは無い。
 
 でも、わかる。
 起きている。
 有間は起きている。

 目を覚ましている。
 頬は僅かに赤みをさしているし。
 何より雰囲気がまるで違う。

 考えてみれば当たり前だ。
 こんな事されて気づかない訳が無い。

 どうする。
 謝るか。
 それとも有間が責めるのを待つか。
 
 あたしは一番馬鹿な真似をした。
 捨て鉢な行動。
 有間が起きているのを知って、また股間に顔を埋めた。
 いっその事……。
 そんな事まで思った。

 さあ、有間、跳ね除けろ。
 そして恥ずべき真似をした女を責めろ。

 早くしないと貞操を失うぞ。
 ほら。
 こんな真似まで。
 ははは、腰がびくびく動いて……、有間?

 何で動かないんだ。
 何で声一つ立てないんだ。
 どうして?

 有間?
 どうして、そんな……。
 有間は泣きそうな顔をしていた。
 そんなに嫌なのか?
 あたしにこんな真似されるの。

 だったら……。
 ああ。
 有間の顔を見て、その耐えている顔を見て。
 
 そして気がつく。
 
 本気で嫌ならば、私を突き飛ばして簡単に逃れる事が出来る。
 すでに有間の方が背も高いし、力も強い。
 そもそも拘束されている訳では無い。
 たとえそうでも、身を振り解こうと動き、声を出すくらい出来る。

 隣りには有彦も寝ている。
 こんな姿を見られたくないのは、有間よりあたしの方だ。

 何より未だに、あたしは有間が起きているのを知っているし、有間はあたし
が気づいている事を知っている。

 なのに、頑なに寝たふりを続けている。

 どうして?

 有間が目を開ければ、それは事実になるからだ。
 有間が目を開けない限り、それは夢幻の領域にあるからだ。

 有間がそうしているのは。
 あたしとの関係を、そして有彦との関係を、崩したくないからだ。

 だから、必死に目を瞑っているのだ。
 口を閉じているのだ。
 身じろぎ一つしようとしないのだ。

 ひくひくとそれでも舌の愛撫を受けた有間のモノは動いている。
 気持ちいいと思う。
 きっと肉体的な快感は受けているのだろうと思う。
 もしかすると禁忌に触れる事で却って快感につながっているのかもしれない。

 でも耐えている。
 なかった事にしようとしている。

 この年齢の少年は、こういう時に耐えられるものだろうか。
 まあ、人にもよるだろうけど。
 でも、腰をひくひくさせて、でも耐え切ろうとするのは辛いだろう。
 我慢するのは精一杯の事だろう。

 ……。
 わかった。
 悪かったよ、有間。

 戻る。
 馬鹿な女から、
 馬鹿な姉に戻る。

 身を起こした。
 有間の衣服の乱れを直す。

 謝らない。
 謝ってはいけない。

「酔っ払っていて、何をしているのかわからない。
 きっと、目が醒めたら忘れている。
 頭ががんがんしているから、シャワーでも浴びてくるとしよう」

 棒読み口調の独り言。
 
 有間はほっとしたように眼をつぶっている。
 いや、僅かに薄目かな?
 微かに頷いて見せたような。

 いやいや、見ていない。
 あたしは呑んだくれて醜態を晒しているんだ。
 そして自分の酔態の自覚が無くて、ふらふら風呂に向かう途中。
 有彦や有間が起きているのかどうかなんてまったく注意していない。
 いる事にすら、気づいていない。

 うん。
 それでいい。

 あたしはまだ失いたくない。
 有間を。
 この弟を。

 有間に救われた。
 ごめん、有間。
 馬鹿なお姉ちゃんで。

 戻ってきたら、いつものあたしに戻るから……。
 だから、寝ててくれ。
 悪い夢だと思って。

 そうなる事を確信し、安堵と共に。
 あたしは階段を降りた。
 出来るだけ静かに。
 
 

   FIN











―――あとがき

 と言う事で、ちょっとおかしな方向へ入っちゃったよVerでした。
 元々はこちらが本編だったんですけど。
 読み返してちょっと躊躇われまして、割合ほのぼのな感じで書き直しました。
 で、こっちはこっちで掲載しようかな、と。
 一応は表に出ない裏みたいな感じで。

 両方共に楽しんで頂けたなら、嬉しいです。


  by しにを(2003/7/26)



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