和紙に包まれた世界は変幻自在。こういうものを考え出した人はどんな人な
んだろうと、思いをはせてしまう。くるりくるりと回転するごとに、さらりさ
らりと砂が流れる音がする昔ながらの玩具。光を透いて作られる世界は、綺麗。
思わずそのまま見入ってしまう。
 中に入っているのはガラス細工の細いパイプ。それらのひとつひとつはとて
も小さく、指先に乗せても重さを感じない程度のものなのに、この中では全て
が意味を持っている。
 明かりを求めて体を回す。動くたびに中の世界も変化する。
 砂が動けば景色が変わり、光が揺らげば風景が変わる。
 長く伸びた光の筋は、鏡に曲げられ閉じこめられて、幾重にも重なり世界を
作る。
 とても、幻想的な光景。
 息を呑んで、だけど心躍らせて、その世界に引き込まれていく。
 そんなふうにみとれていたのに、兄さんは疲れた声で水を差す。

「それでいいのか?」

 なんて、愚鈍。





「万華鏡」

作:のち







 そもそも、私の誕生日プレゼントを買いに来たというのに、その態度はない
と思う。それは確かにたくさんの荷物を持たせて、なおかつ長い時間興味のな
いところで待たせているのだから、疲れるのは仕方ないかもしれない。
 でも、私は兄さんに選んで貰うのが楽しみだったのだし、連れてきたのは兄
さんなのだから、それなりのエスコートの仕方があると思う。
 だから私は聞こえないふりをして、そのままからりと変わる世界を見つめ続
けた。

「なあ、秋葉。そろそろ時間なんだが」

 そんな声も聞こえない。溜息も聞こえない。頭を掻いて、困っている顔も見
えない。
 意地を張るのはいつものこと。どちらが折れるのかは、その時の流れで決ま
る。そして今の流れは、私に分があると、確信していた。

「秋葉」

 答えない。
 変わりにカラカラ回す。

「秋葉」

 聞こえない。
 無視してコロコロ変える。

「秋葉ってば」

 知らない。
 放っておいてサラサラ流す。

「あのな、秋葉」

 分からない。
 黙ってクルクル回す。

 ついに兄さんは呆れて向こう側へ行ってしまった。ここが見えるベンチの上
に、天井を仰いで行儀悪くどっかりと座り込んでいる。
 すこし、やりすぎたかな、なんて思ったけれど、私は気にせずにそのまま万
華鏡の世界を見ようと思った。
 すると、世界が赤く変わっていた。
 もともと赤いものが混じってはいたけれど、こんなふうに赤いのは不思議。
いきなり光源が変わるなんて事があるのだろうかと、不思議に思って目を外し
たら、窓から入り込む太陽が赤く燃え上がっていた。
 ああ、そうか。そんなに時間が経っていたんだ。この時期はあっという間に
空の光が変わるから、時間の移ろいがわかりやすい。そして、外の時間が中の
時間へ浸食してきたのだということを、私はようやく気が付いた。
 考えてみれば変なこと。だって、私はずっと万華鏡を覗き込んでいたのに、
そんな色の変化に気が付かなかった。いつのまに変わったのだろう? そんな
ふうに思っていると、後ろから声をかけられた。

「秋葉。もう時間だよ」

 兄さんだった。
 その姿は、何故か今の姿よりもずっと幼く見えて、そして私も幼くなったよ
うな気がした。
 だからだろうか、私は素直にこくんと頷いて、手にしていたものを置き、兄
さんの後を付いて歩き出していた。

「ありがとうございました」

 店員の方の言葉を聞き流し、自動ドアを出て兄さんについて行く。
 兄さんは、まだ怒っているのか、私の方を見もしないで大きな荷物を抱え込
み、さっさと歩いていっていた。
 夕方の、一日が終わる時間帯の、町通り。
 沈みかけた赤い夕日は幾層にも重なった黒い影を延ばし、幻想的な空間を作
り上げる。
 何でもないビルがの影が隣のビルに重なっている。
 そのビルの影が別のビルの影に重なる。
 電柱が途中でアクセントを作り、横で歩く子どもの影が視界を変えていく。
 空で鳴いているカラスが、音色と共に道を過ぎ去っていく。

 それはまるで万華鏡。
 幾重にも重なり合い、それぞれが支え合って作り上げていく、ひとつの世界。
 その中央に兄さんの影が真っ直ぐと、私に向かって手を伸ばす。
 私はそれに触れるために、足を速めてそちらへと向かう。
 やがて、坂の下に着いたとき、兄さんは振り返ってこちらに手を振った。
 その時伸びた影は、私の影と重なってくれた。
 私は手を振り返して、そこへと走る。
 赤い光に包まれた、万華鏡のような私の世界へと。






 2005年3月25日

 のち


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