こねるねこ

作:しにを

            


 廊下。
 階段。
 
 寒い。
 静か。

 台所。

 火。
 お鍋。
 いろんな匂い。

 棚。
 お皿。
 コップ。
 冷蔵庫。
 湯気が立った鉄の扉。
 
「あら、レンちゃん」

 琥珀。
 優しい人。
 マスターよりも強い人。
 
「うん? ミルクかな」

 注がれるミルク。
 ?
 顔を近づけたら、取られちゃった。
 
「少し温めるから待っててね」

 ぱたぱた。
 白い小さな平たいお皿。
 わたしのお皿。

 湯気。
 そんなに熱くない。
 ぬるい。
 美味しい。

 ぴちゃ、ぴちゃ。
 ぴちゃ、ぴちゃ。
 ぴちゃ、ぴちゃ。
 ぺろぺろ。

 美味しかった。 

 ふぅ
 甘い匂い。
 ケーキかな?
 でもまだ全然形がない。

 琥珀は忙しそう。
 帰る。
 マスターを待つの。







 夜。
 お散歩。
 
 静か。
 でも遠くで音。

 なんだろう?
 
 洩れる明かり。
 誰?
 琥珀?
 違う。

 台所。
 焦げ臭い匂い。
 なんだか煙。
 床に染み。
 音。
 匂い。
 変。
 凄く変。
 
「なんで上手くいかないんだろう……。
 姉さんのやる通りに同じにしているのに」

 溜息。
 マスターを起こしに来る人。
 翡翠。
 ときどきマスターを叱るけど、優しい人。
 お布団を暖かいふかふかにしてくれる人。 
 
「すみません、ちょっとどいていて下さいね」

 そう言って窓辺に置いて、布団を取ってしまう。
 しばらくして日向の匂い。
 ふわーっとシーツが舞い上がる。
 暖かいお布団。
 好き。

「翡翠ちゃんも、わたしがいる時にお料理にチャレンジしてくれるとフォロー
できるのだけど」

 いつもの琥珀の言葉。
 今はいない。
 琥珀がいないと台所は大変。
 
 洗われるお鍋。
 黒い変なもの。
 片付けられる。
 水の音。
 ちゃぽちゃぽ

 お部屋に戻る。
 マスターのところ。
 ここは良くない匂い。
 いちゃダメ。


 
 



 お昼。
 ぽかぽか。

 夜は好き。
 でもお日様も好き。

 お庭と屋敷を歩き回る。
 何かの音。
 小さく聞こえる歌声。
 甘い香り。
 
 台所。
 ハミング。
 琥珀。
 なんだか機嫌が良い。

「あれ、姿が見えないと思ったら、いきなり出現ですねえ。
 レンちゃんは神出鬼没な猫さん……じゃないわね、今は」
 ミルク飲む?」

 ぷるぷる。
 お腹空いていない。

「そう。うーん? どうかしたのかな?」

 お鍋。
 ボウル。
 スプーン。
 お皿。
 小さな袋。
 
「わたしが何してるのか、知りたいのかな?」

 こくこく。

「手作りチョコレート。
 今日は二月十四日だから」

 ?

「と言ってもレンちゃんにはわからないよね。
 昨日と今日は、女の子の大変な日なの。
 大忙しで、好きな人の為ににチョコレートを作る日なのよ」

 ?
 よくわからない。

「まあ、お祭りに近いのかなあ。
 でも、秋葉さまはそわそわしているし、翡翠ちゃんは……」

 溜息?
 
「そう言えばレンちゃんも女の子だから、他人事じゃないわね。
 好きな人にね、チョコレートを贈るの日なのよ、今日は
 レンちゃん、好きな男の人いる?」

 好きな男の人?
 いる。
 マスター。

「……って訊くまでもないわね。
 まあ、志貴さんたら、大層な人気だこと。
 わたしも人の事言えませんけどねー」

 じいーーッ

「レンちゃんも、チョコレートあげたい…よね」
 
 こくこく。

「なら一緒に……、と言っても火とか使うのは危ないし。
 それにちょっとお料理するには背が足りないわね。
 全部やってあげたんじゃつまらないし……」

 困った顔の琥珀。
 ダメなの?
 わたしはダメ?

「ああ、そんな悲しそうな顔しちゃダメ。
 小さな女の子は笑っていないと……」

 頭撫でられた。
 でも、うーんと困り顔。

「あ、そうだ。
 これなら何とか」

 笑顔。

「そうね、これなら出来るかな。
 レンちゃん、よく手を洗ってきて。石鹸を使ってね」

 こくり。
 ぱしゃぱしゃぱしゃ。
 石鹸
 泡。
 綺麗。
 ぱしゃぱしゃ。

「はい、綺麗にしましたね」

 そっち行くの?
 テーブル。
 椅子。 

 ボウル。
 なんだか柔らかそうなもの。
 黒いぶつぶつ。
 ざーって黒い粉。
 これ、知ってる。
 ココア。

「チョコクッキーにしましょう。
 ちゃんと中にはチョコチップも練りこんで。
 生地は用意したから、このくらいの大きさでレンちゃんの好きな形にして」

 クッキー?
 クッキーは硬くてさくさく。
 これは柔らかい。
 違うよ?
 ?

「これを焼くとね、こうなるの」

 バターの香りのクッキー。
 リボンの形。

「こういう風に、犬の形にすれば犬のクッキー、猫なら猫になるわよ」

 わあ。 
 面白い。
 やりたい、やりたい。
 
「型で抜くより楽しいし、志貴さんも喜ぶでしょうから」

 志貴?
 マスター喜ぶ?
 本当?

 頑張る。
 マスターに喜んでもらう。

 ぺたん。
 こねこね。
 のばしのばし。
 ひっぱり。
 ねじり。
 きってぺたん。
 ちぎってぺたん。
 こねこねこねる。

 おもしろい。
 おもしろい。

「うん、よく出来ました。
 じゃあ、焼いておくわね。
 志貴さんは夕方まで戻らないから充分間に合うわ。
 レンちゃんの手作りですよって渡したら、きっと喜ぶわね」

 嬉しい。
 頭を下げる。

「こうやってお辞儀すると、ありがとうとか、こんにちはとかになるから」

 マスターの言葉。
 ありがとうの印。

「いえいえ、どーいたしまして。
 可愛いラッピングも用意しておくから、後でまたいらっしゃいね」

 こくり。
 ちょっと疲れちゃったので一休み。
 喜んでくれるかな、マスター。
 喜んでくれるといいな。
 
 
 とてとてとて。

 少しお昼寝。
 マスターが戻るまでお休み。

 早く帰ってこないかな。
 マスター……。


  Fin
  




 

―――あとがき

 バレンタインデーもの。
 きちんとした文章ではなく、ぶつぎれの言葉で綴ってSSが出来るか実験。
 あるいはレン視点で物が書けるか否か。
 ……。
 やっぱり無理。
 で、琥珀さんの台詞とか、最低限の補助入れました。
  
 それと最近、18禁方向にばかり針が振られているので少し揺り戻し。
 どっちも好きで書いているんですけどね。

 まあ、中身が無いお話ですけど、お楽しみ頂ければ幸いであります。

   by しにを(2003/2/14)


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