虹色の思いを込めて

作 権兵衛党

            


 生きていれば、まあいろいろ有る。
 求めるものが何であるかは人それぞれ多種多様であろうが、
意識的にか無意識的にかに関係無く、何かを目指しているとき、
何かを掴み取ろうとしている時が一番人間らしく輝く瞬間では
ないだろうか。
 自らがソレを求めている、あるいは探している事を自覚して
いる人間は幸いと言えよう。ソレを自らのモノにする為の努力
をする事が出来るのだから。その努力する姿は美しいと思う。
その方向性が何であるにしろ、だ。
 その意味では私は幸いだった。早くから自らの目指すモノを
自覚し、そのための努力を日々欠かさず行うことが出来た。例
え人には理解しがたい、道楽だと言われたとしても、私はこの
道を極めずにはいられない。飽くなき努力と研鑽、不屈の探究
心でいつか必ず求めるものを創り出して見せよう。
 今のところ、私の研究成果は一定の評価を得、結果として私
はささやかながら自分の『城』にして『研究所』と呼べるもの
を持っている。
 私の目指すものは『美味』、共に進むは我が『城』にして『
戦場』



  機動屋台『中華飯店マークII』



 それが私の『城』にして『戦場』の名前である。
 私はこの道の求道者として、また一屋台の店主として、美味
いラーメンを作ること、客に美味いラーメンを食べさせること
を生き甲斐としていた。
 屋台には色々な客が来る。私にラーメンに込める思いがある
ように、訪れる客も様々な思いを抱えている。私はそんな客達
の思いを静かに控えめに聞きつつ時にサービスを行っている。
ささやかな激励の意を込めて。










 某月某日

 行列が出来るほどのことは無いが、入れ替わり入れ替わりお
客が来てくれたありがたい日。
 今は「今日はパパ遅いからね」という声と共に暖簾をくぐっ
た母娘連れが座っていた。娘の方はまだ小学生くらいなのだが、
無闇に動き回る事も無く行儀良くしている。
 麺を子供向けに若干冷ましたスープに入れておまちどうさま
と差し出した。

「いただきまーす」
「いただきます」

 割り箸を勢い良く割る少女。元気があってよろしい。
 母親の方は上品な物腰で箸を手に取る。それだけの動作だが
その立ち居振る舞いは美しく、花か茶の道でもやっているのだ
ろうかと思わせた。娘も躾けられているし、割と上流の人かも
しれない。

「美味しい。yes !」

 お世辞の欠片もない笑顔でそう言われると嬉しいものだ。
 少女の器にゆで卵を一つポチャンと落とした。顔を上げた少
女に、菜箸の先で「サービス」と書いてみせる。

「まあ、ありがとうございます。都古、お礼を言いなさい」
「うん、ありがとう」

 頭を下げる母親と素直な娘に笑って菜箸を振った。
 上品に麺を手繰る母親。対して娘の方は食べるというよりは
格闘していると言ったほうが近いかもしれない。
 少女は一心にラーメンと格闘していたが、やがて一息つくと、

「そういえば、お兄ちゃん出て行ってから食べてないね」

 ぽつりと言った。

「そうね、志貴は好きだったわねラーメン」
「ラーメンがというよりたいしゅー的な物が好きなんだよ、お
兄ちゃんは」

 かもしれないわね、と呟いてから母親は娘に眼を向ける。
 少女の割り箸は止まっていた。

「寂しいの?都古」
「違うよ!」

 覗きこむ母親に少女はブンブンと首を振った。

「お兄ちゃんがいなくても、あたしにはお父さんもお母さんも
いるもん!」
「偉いわね都古」

 母親は娘の頭をそっと撫でた。

「でも、寂しいんでしょ?」
「……うん」

 髪を撫でられながら言う。

「お兄ちゃんに会いたい。会ってお話したい。一緒に遊びたい。
 …あたしわがままな子かな」
「そんなことないわ。志貴と都古が仲が良いと私は嬉しいわ」

 にっこりと笑いながらなにか思案するように首を傾ける。

「…そうね、手紙を出しましょうか。遊びに来てくださいって」
「うんっ、いっぱいお手紙書く!来てくれるまでずっと!」

 少女はにぱっと笑って大きく首を縦に振ると、再びラーメン
鉢と格闘し始めた。
 何だか微笑ましかったのでもう一個サービス。

「それも邪魔するヤツはあたしの八極拳で!」
「その意気よ都古」

 ...いいのか、それで。





 某月某日

 今日は生きていればこんな日もあるさ、というくらい客の入
りが悪い。
 店の前で話している二人も入って来るやら止めるやら。
 何とはなしに耳を澄ましてみた。

「お屋敷の方は心配いりませんし、たまにはいいじゃないです
か」
「…でも私が屋台で食事なんて」

 どうやら若い女性の二人組らしい。一人が誘って一人が渋っ
ているようだ。
 しばらくして二人は暖簾をくぐった。決まり手はここ、志貴
さんの行きつけなんですよという台詞。誰か常連の身内だろう
か。
 いつも通りにいらっしゃいと言うと、リボンをした方の少女
が笑顔で塩味を二つ注文した。察するにこちらが勧めていた方
で、もう一人の長髪の美少女が渋っていた方らしい。
 その目の前にラーメン二つを置くと、お嬢様然とした長髪の
方の少女は半ばぼうと器とそこからあがる湯気を見つめていた。
 ...今の日本でラーメンを食べた事の無い人間はいないと
思うのだが、少女のお嬢様オーラはそれも有り得るかもしれな
いと思わせる。
 彼女は心細そうに横のもう一人に声を掛ける。

「ねえ琥珀…」
「しっ、秋葉様しゃべらないで食べててください」

 リボンの少女は少女で真剣な顔で匂いを嗅いでいる。そして
ほんの少しだけスープを口に含んだ。


 ――― できる。


 冷たい汗と共にそう思った。勘に過ぎないが、恐らく彼女は
料理人だ。それも一流の。
 長髪の少女はあきらめた様に蓮華を手に取り、スープを掬う
と恐る恐るという風に口をつけた。ゴクリと咽喉が動く。

「あら…意外と」
「うーん、結構な腕前で」

 二人が感嘆の声を上げたのはほぼ同時である。内心でガッツ
ポーズを取りつつ澄まして一礼した。
 しばらくはスープを飲んだり麺を手繰ったりと静かな物だっ
た。二人とも本当に物音一つ立てないでラーメンを手繰るのだ
からたいした物である。もっとも上品過ぎて一向に減らないが。
 やがて会話が再開する。

「兄さんったら私に黙ってこんな物を食べてたなんて。誘って
くれてもいいのに」
「それは志貴さんには無理ですよ」

 長髪の少女は不機嫌そうに横を睨んだ。

「ラーメンが食べたいだなんてもっと遠野家の長男として自覚
を持ってください。…とでも言われると思ってるんじゃないで
すかね」

 睨まれたリボンの少女は平然とそう言った。

「別に私はそんな事」
「言いますね、多分。現に屋台で食べる事を渋ったじゃないで
すか。志貴さんが言い出してたら確実に言ってましたねー」
「あれはもう屋敷も近いのに、と思ったからで」

 いきなり賑やかになてしまった。まあ、この方が澄ましてい
るよりも女の子らしいけれど。話は色々な方向へと迷走したが、
結局は元のところへ戻ってきた。少女の兄のところへと。
 長髪の少女は俯いて言った。
 
「ねえ琥珀、やっぱり兄さんは私を煙たく思ってるかしら」
「秋葉様を、ですか?」
「思ってるでしょうね。黙って食べに来る位なんだから」

 そうですねえ、とリボンの少女は首を傾げた。二人の間に沈
黙が降りる。
 そしてチキンラーメンが鍋で程よく煮えるほどの時間の後で
、リボンの少女は あはーっと笑った。

「秋葉様、次は秋葉様から志貴さんを誘いましょう。ラーメン
食べに行きましょうって」
「え、ええ?私が?」

 長髪の少女は当惑した様だった。
 確かに質問と回答はずれている。しかし傍から聞いている限
りでは、その答えは実に正しいと思われた。
 何だかんだと「でも」と繰り返す少女とにこやかにその背中
を押す少女。何となく応援したくなって二人のどんぶりに一枚
ずつ、塩味に合わせて焼き海苔をサービス。

「じゃあ、わたしが志貴さんと…その後はー♪」

 バキン


 ...あの、どんぶり割らないで...





 某月某日

 ポツリポツリと客が来る。まあ、こんな物だろうか。
 さっきの客が出て行ってしばらく。なんとなく今日の調子な
らそろそろ来るかな、と思った頃にその二人は暖簾をくぐった。
 小柄な少年とかわいい少女のカップル......と思った
のだが。

「醤油と豚骨だ」

 と注文した声からすると少年と思ったのはどうやら少女の様
だった。麺をゆでる間それとなく聞いていた会話によると同じ
学校の先輩と後輩で、ライブとやらの帰りらしかった。少年っ
ぽい小柄な少女の方が先輩で、ライブとやらの常連であるらし
い。
 茹で上がった麺をどんぶりに移してそれぞれの前に置く。

「あたしは蕎麦の方が好きだけどな」
「月姫先輩は盛り蕎麦とか似合いそうですもんね」

 私も好きになりましたよ立ち食い蕎麦、などと言いながらも
ラーメンを手繰り始めた。二人とも大変健啖な胃袋をしている
らしく、替え玉も追加する。あるいはライブとやらはよほどい
い運動になるのだろうか。

「すいません、もう一個替え玉を」

 後輩の娘の方のどんぶりに替え玉を入れた。

「良く食うな晶。…太るぞ」

 先輩はニヤニヤしながら指摘する。後輩はうっと言って固ま
ったがすぐ切り返した。

「いいんです、まだ成長期だから。…その、色々と成長して欲
しいし」
「ククク、食って成長するなら遠野も困らんよ。せいぜいウエ
ストが成長するだけだから四苦八苦してやがるのさ」

 後輩の娘は笑って良いものなのかどうか、すこぶる悩んだよ
うだった。
 先輩の方はその様子を見て更に笑い続けていたが、何か思い
出したように急に真面目な顔つきになる。

「遠野といえば……晶、お前本気か?」
「本気って何がですか?」

 ピンとこなかった様で首を傾げた。

「遠野の兄貴のことさ」

 その一言で二人の間に緊張感が生まれる。

「わたしは、志貴さんの事は、あの、……その…」
「遠野は本気だ。…多分、いや絶対。晶はそれでも…」

 それきり二人の間に沈黙が降りた。
 後輩の子は割り箸をギュッと握り締め、やがてポツリと言っ
た。

「……それでも、の口ですね、わたしは」
「…晶」

 困ったように笑いながら、それでも続ける。

「遠野先輩の気持ちは知ってます。…けど自分の気持ちも分か
っちゃいましたから。どうにも変えようが無いんですよ」

 実際勝ち目無いのは当然としてそれ以上に怖いんですけどね
ー、と言って思い出したようにラーメンをすすった。

「そうか。…ああ、あたしらしくも無いお節介だったな。忘れ
てくれ」

 背中をバンッと叩かれた拍子にむせた。小柄な先輩はあわて
て自分より大きい背中をさすってやっている。なんだかんだで
仲は良いらしい。
 私は...

「(キュピーン)あ、わたしチャーシューよりもモヤシが良い
です」

 ...何故分かったのかは謎だが、どんぶりに大量のもやし
を積み上げた。





 某月某日

 そこそこ繁盛した。
 残りの材料からして今居る二人で店じまいになるかな。
 ラーメンを手繰る二人のうち、一人は老年の男で妙に立派な
なまずヒゲを生やしている。もう一人は妙齢の美女で、親子だ
ろうかと思う。...愛人とか後妻とかじゃありませんように。

「お父さん、胡椒取って」
「うむ、これか」

 幸いにも最悪の事態は免れた様でホッと胸を撫で下ろした。
いや、私は一介の屋台の店主で全然関係ないのだけれど。
 ...いいじゃないか、別に。穏やかそうな雰囲気からスラ
リとした指先まで実に私の......そんな事はどうでもい
い。努めて無表情に洗い物を続ける。

「なかなかだ。やるな、店主」
「ええ、美味しいラーメンですね」

 ...微笑みかけられて相好が崩れるのは仕方ないと思う。
いかんいかん、私はラーメン一筋の身だ。会釈して洗い物に戻
った。

「そういえば朱鷺恵、お前決まった相手はおらんのか?」
「なに、突然」

 手は動かしつつやっぱり耳を傾けてしまったり。

「決まった相手は…いない、かな」

 妙齢の娘のこの返事、親なら嘆くものなのかホッとするもの
なのか。チラと窺ってみたが、そのどちらでもなかった。

「…やはり小僧、か」

 老年の男はヒゲをしごきつつため息をついた。えらく若々し
かったのだが、今はどことなく年相応なんじゃないかという位
老けて見える。

「あいつは気に入っておるが、難儀な奴だぞ。身体的にも、精
神的にも…立場的にもな。親としちゃとても薦められんのだが
」
「……変な心配しなくても志貴くんの方で相手にしてくれない
わ、もう」

 親父さんはなぜかムッとした様だった。

「そんな事は無い。小僧はお前に惚れとったし、そう無責任な
奴でもない。お前がもっと積極的に行けば」
「応えてくれるでしょうね、それが今の気持ちと違っても。…
…だからダメなのよ、それは」

 つかの間の沈黙。それは何を表したものだったのか。

「……やはりあの時、ワシが」
「もういいわ、その話は」

 パタパタと手を振った。

「思い出はたっぷりもらったし。うふ、あの時の志貴くんは可
愛かったわぁ」
「…男親の前で言うなっ、そんな事を」

 老人が憮然とした顔になる。
 それを見て、いたずらっぽく微笑んだ。

「それにね、遠野のお屋敷に移ってからちょっと変わったのよ
情況が。ライバルは増えちゃってるけど、返って入る隙があり
そうなの。...チャンスが有ったらもう一度頑張ってみよう
かな」

 老人は勝手にせいとだけ言ってラーメンをすすった。

「それにしてもお父さん、志貴くんは勧められないんじゃなか
ったの?」
「あ、いや、それは」

 言い合う親娘を尻目に洗い物を終えた。
 なにやら複雑な過去と現在の人間関係があるようだ。難しい
ことは抜きにして、思いが届けば良いなと思う。彼女の幸せを
祈ってチャーシューを一枚サービスしよう。
 ポチャンと落として菜箸でサービスと書く。

「まあ、ありがとうございます」
「ワシには無しか?」

 恨みがましい目で見られたのでシナチクを一枚。





 某月某日

 無許可の起動屋台『中華飯店マークII』は現在逃走中。





 某月某日

 今日はあまり客が来ない。
 昨日休んだせいかなと思っていたら、フラッと入ってきたお
客が愉快な噂を教えてくれた。

「いや、伝説の屋台にお目にかかれるとはね」

 その咥え煙草の女性が教えてくれた話にタイトルを付けると
すればこうだ。


 ≪ 都市伝説『マッハの屋台』 ≫


 なんとまあ、何時の間に。

「昨日は驚いたよ。屋台がパトを軽くブッちぎっていくのを見
たんだから。ああ例の都市伝説ってマジだったのか、とか思っ
ていたら今日はこんな所で営業してるし」

 ちっとも驚いてなさそうに、女性は気だるげな声で言った。
赤毛をポニーに結わえているのだがおしゃれの為でなく、面倒
だからそうしているに違いないとなぜか思った。
 ...しかしウチの屋台は紫鏡や口裂け女の同類か?

「ところで、だ」

 赤毛の女性はこちらに向き直った。

「あんた都市伝説だし、幽霊とか大丈夫だよな?」

 ...人を赤マントや人面犬のように言わないでもらいたい。
 ともあれ幽霊と来た。自慢じゃないが、私に霊感の類は一切
ない。......と思う。しかし、だがしかしたとえ目の前
の女性が幽霊であっても、ラーメンが食べられるのであれば注
文に応じて品を出すのがラーメン馬鹿一代という物であろう。
食べられないとすれば客じゃない...けど...子育て幽霊
とか?...赤ん坊にラーメンは止めた方がいいと思うが。
 女性はああそうじゃない、と言った。

「わたしは生きてるし足も有る。ついでに子供もいない」

 そして隣をちょいと親指で指して

「実はここに幽霊が居るんだが、見えて…なさそうだな。こい
つのエサ係が逃亡しちまって腹減ったとうるさいから」

 指した先には何も見えない。

「あ?精霊?大して変わらんだろ」

 しかも会話している。少し不気味だったが、先払いで二人分
のラーメン代を頂いたのでラーメン二人前をお出しした。
 女性はどこからかフォークを取り出して輪ゴムを通す。
 ...おお、フォーク浮いた。
 驚く私の目の前でフォークが麺を引っ掛けて持ち上げる。そ
して麺は空中に消えた。

 ...マジ?

 一瞬呆然とするもすぐ思いなおした。幽霊にラーメン食わす
機会なぞコレっきりだろう。是非とも感想をっ。
 赤毛の女性に幽霊氏のラーメン評を聞いてもらった。
 その返答。

「ニンジンの下、カレーの上」

 ...なんか微妙。今度はニンジンを具にでもするか?早速
ニンジンを煮てみよう。
 その後、しばらくはラーメンが宙に消えるのを眺めていた。

「ん?ああ、ウチの馬鹿も良く有馬と食いに行くようだな」

 会話なんだろうが独り言にしか思えないな。

「そう、そいつだ。今の名前は遠野」

「怖い?…まあ、何となく分かる気はするが」

「ま、そうなったらなったで良いさ。奴が原因なら仕方ないと
思える」

「そうだな…二人目の弟…でもないな。どういえばいいか…」

 ちょっと間が開く。

「…いや、そんな感じじゃない、と思う、んだが……」

 また間が開いた。

「……痛い所を突いてくれるな。確かにそうなのかも知れん…」

 女性はじっとどんぶりを見つめる。手がぎゅっと箸を握った。

「どうしようもないさ…奴の認識はせいぜい姉ならいい所だろ
うし…」

「ほっといてくれ、いずれ冷める。……お前が自覚させなきゃ
それで済んだろうに」

 今度は完全に沈黙した。箸もフォークも完全に停止して動こ
うとしない。
 ちょっと考える。
 そして先程茹でた輪切りのニンジンを赤毛の女性のどんぶり
に放り込んだ。
 上げられた顔に向かって菜箸を動かす。

 『熱い物は熱く。冷めるのを待つよりはいい』

 女性はじっと考え込んだが、やがてそれもそうかと言った。

「まあ、自覚した物は仕方ないか。…よし今度…」

 ...ラーメンの話だったのだが。熱いうちに食べた方が美
味しいのに。
 目前ではなぜか箸とフォークによる、ニンジンを巡る攻防戦
が開始された。ますますラーメンが冷めてしまうじゃないか。

「ところで店主。男ってやっぱ裸ワイシャツとか好きか?」

 ちなみに好き。
 しかしそんな事より早くラーメン食べろ、と魂の叫び。
 




 某月某日

 30分ほど前からぱったり客足が途絶えた。
 なにか有ったのかと思っていると、ようやくお客が入る。
 女性二人組み...なんだろうか?暖簾の右端と左端を同時
に捲って入ってきた。そして長イスの両端に座って顔も会わせ
ない。おまけになんなんだこの漂う緊張感は。
 右端に座ったのが金髪の白人女性。左端に座ったのが法衣の
女性。左の女性は良く見る客だが。
 なんとなく気圧されつつも注文を聞くと、同時に声が上がっ
た。

「醤油、ニンニク抜き」
「カレー」

 金髪の女性は驚いた様に横を見た。

「ラーメンにもカレー味があるの?」
「当然です」

 ...断言されるほどメジャーとは思えないが。未だ研究段
階の為、本来のメニューには載っていない。カレーラーメン開
発の過程で偶々立ち寄った彼女と意気投合し、以後時折意見な
ど聞いている。全ては究極のラーメンのために!

「深いわねえ」
「ふふふ、ようやく分かりましたか。カレーは奥が深いんです
よ」
「でも志貴はシエルと違ってカレーだけじゃ生きていけないわ
よ」
「ええ、それは残念な事ですが…」

 法衣の女性はググッと拳を握り締めて言った。

「大丈夫です!カレー以外のレパートリーもずいぶん増やしま
したし、遠野くんと一緒ならカレーが三日に一度でも耐えられ
ます!」
「…なに夢見てんのよ」

 あきれた様に呟く金髪の女性。
 その言葉にふと気付いたように、法衣の彼女は柔らかく微笑
んだ。

「ええ、夢を見られるようになりました。これも遠野くんのお
かげです」

 金髪の女性は気勢を削がれてか前に向き直った。

「そうね、私もそうだわ。志貴がいなかったら夢も見られなか
った」
「そうですね」

 それきり会話が途切れる。
 しかし漂う緊張感は少し和らいだようだった。
 穏やかな静謐の中に湯の煮える音だけが聞こえる。
 ただしこのセリフまで。

「そういえば」

 多分、特に意図は無かったんだろうな。

「あなたはどうなんです。何か作れるようになったんですか」
「わたしは志貴の作ってくれるラーメンがあれば…」
「…それじゃ遠野くんが死にます。遠野くんはよほど食事療法
に気を使わないと…」
「食事療法って何よ?ラーメンだけじゃダメなの?」

 こめかみを押さえる法衣の彼女。

「………やっぱり遠野くんの命の為にあなただけは排除すべき
ですね」
「何よ、食事が終わるまで休戦じゃなかったの!」
「いいから覚悟なさい!」

 二人は走り去った。
 まあ、なんとなくそれぞれ事情を抱えていることと、一人の
男を争っていることは分かった。夢について語った時のそれぞ
れの表情は、その男のことをどれだけ思っているかを如実に語
っていたから。
 一応注文のラーメン二つをそれぞれの席に置く。...そう
だな、シナチクを増量大サービスにしておこう。
 これであとは、

 ......冷めるまでに戻ってくるだろうか?
 









 そして中華飯店マークIIは今日も営業中である。
 このところ女性にばかりサービスしているような気がするが、
まあ仕方ないだろう。思わず応援したくなるような人ばかりだ
ったし。
 求める何かが『モノ』であれ、『味』であれ、...あるい
は『人』であれ、その思いの重さは変わらない、という事にし
ておこう。
 ...それにしてもこの間から何か引っかかっているのだが。
 おっと、お客だ。

「どうも。また来たっすよ」
「こんばんわ」

 暖簾をくぐった赤毛の少年は弟の級友で確か乾君。もう一人
が確か...

 あ。

 湯気の上がるラーメンどんぶりを目前に置きながら、一応も
う一度聞いてみた。

「遠野志貴、ですけど?」

 思わず手を叩いた。
 ...なにか引っかかると思ったら。ものの見事に同一人物
。
 つまり彼が『お兄ちゃん = 志貴』で『兄さん = 志貴さん
』で『志貴さん = 遠野の兄貴』で『志貴くん = 小僧』で『
有馬 = 遠野』で更に『志貴』で『遠野くん』だった訳だ。ひ
のふの...7人か。
 実際問題としては色々大変そうだが、そこはモテる男の責務
と考えて彼に頑張ってもらって、と。傍観者としては彼女等お
のおのの思いを無責任に応援させてもらうとしよう。
 七人七様、虹のような七色の思い。結果はどうなるにせよこ
の七色の思いをしっかり受け止めてやってくれ。
 とりあえずは届く事を願って。
 
 まずは小さな少女の思いをゆで卵に込めて

「おお、今日もサービスか遠野」
「うん、そうみたいだ」

 続いて長髪の少女の思いを焼き海苔で

「あれ、サービスって一日一度じゃ?」
「はて」

 後輩の女の子の思いを乗せたもやしを

「おまえばっかりずるいぞ遠野」
「そんなこと言っても」

 あの美しい女性の思いをチャーシューによせて
 赤毛の女性の思いを運べよニンジン
 金髪の彼女の思いをシナチクに
 法衣の彼女の思いは.........カレー?

「カレー!?」
「何故にラーメンにカレー!?」

 驚く二人にかまわず、信じてもいない神頼みをする。
 彼女等7人の思いが届く事を願った願掛け代わりのサービス。
 ちゃんと彼女らの切なる思いが届きますように。


 しかしなんとなく後4,5人、いやもっといそうな気がする
んだよな彼の場合。
 ...ついでだし。

 ポチャポチャポチャポチャポチャポチャポチャ

「わあ、あふれてる、あふれてるよお兄さん」
「…どうしたんだ、一体」

 見れば無計画にどぼどぼと具を足したので、どんぶりからス
ープがあふれている。
 あわてる二人を見つつ、ふと思った。

 多数の女の子達から許容量を超えたあふれる思いを届けられ
て四苦八苦する彼の姿が目に浮かぶようだ、と。

 なんだか無性に可笑しくなって、つい大笑いしてしまった。
 うん、彼にも激励のサービスを。ポチャンと。

「…どこまでも増えるなー」
「どうすりゃいいんだ、この情況!」
 



 せいぜい頑張りなさいね。


        <了>







あとがき

 ...ジャブと手数とコンビネーション...こんな感じか
な。各キャラに設定と違う部分があってもお許しを。
 三十万ヒットおめでとうございます。これも頻繁な更新とし
にをさんの確かな筆力の効果でしょうね。
 これがはたしてお祝いにふさわしいSSかどうかは判りません
が、一応文字通り「サービス、サービスゥ」な精神に溢れる(
笑)話になりましたので受け取ってやってください。
 ...しかし渋いほのぼの目指して見たのに一向に渋くなら
んなこの話...。



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