Omnia fert aetas,animun quoque.
 〜歳月は全てを奪い去る、心もまた〜

作:しにを


※ 本作品は「Moon Gather」の阿羅本さんの裏シエル祭での作品        『Curatio vulneris gravior vulnere saepe fuit.』 における設定世界をお借りして書かれています。時間軸も、その後を想定しています。  未読の方はそちらをまず堪能された上で、お出で下さい。  また、この件に関して発生する責めは全て、上記筆者の負うものであります。  本作品の掲載に対し、快く(?)承諾頂き、阿羅本さんありがとうございます。
「遠野、うるさい」  うんざりした口調の声。  蒼香の声に、秋葉ははっとした様に机を指で叩く動作を止める。そして彼女にしては珍 しく上目遣いでルームメイトの少女を振り返った。 「また、やってた……?」 「無自覚かい」  蒼香は読みかけの本をパンと閉じて傍らに置いた。 「机相手にピアノの練習をしてみたり、それが拳に替わって、机の脚をがたがた蹴って、 唐突に立ち上がったと思うと、動物園の熊みたいにうろうろ歩いて、溜息ついてまた椅子 に座って……。アレンジを加えながらループしてたよ」 「そ、そう」  気恥ずかしげに秋葉は俯いた。  その姿をじっと見つめて蒼香は何度目になるか分からない言葉をかけた。 「もういい加減言うのが嫌になったけど、一度家に帰ったらどうだ」 「……」  いつものように即座の反発はないなと見て、蒼香は言葉を続ける。 「いろいろ複雑な事情があるようだけど、ちょっと様子を見に行くくらい構わないだろう?  余りに酷すぎるぞ、最近のおまえさんは」 「そうかな……」 「そうかなじゃないよ。意地を張るのも甲斐性かも知れないけど、誰に対して意地張って るんだ? 帰らないって宣言したあたし達にか? それとも、その兄さんにか?  自分に対してだったら……」 「意地なんて別に……」 「だったらもういいじゃないか。自分に納得がいかないとしても、あれからけっこう経っ てるぞ。ずっと向こうに戻るのじゃなくて、昔みたくちょっと土日にでも帰って様子を見 るだけならそう痛痒に感じないだろ」  文句からだんだん自分への心配に変わった蒼香の言葉に、秋葉は素直に頷いた。 「そうね……、そうしようかな。明日の授業が終わったら戻ろうかな」 「そうした方がいい」  帰ろう、そう思った途端、ここ何日もの間心に広がっていた不安の雲が消え失せた。  兄の帰還を知らされてからの、すぐに飛んで戻りたいという思いと、自分からは会いに 行かない、行けないという思いの葛藤が、一瞬で霧散した。  最愛の兄さんに会えるという嬉しさは、結局折れたのは自分の方という悔しさを完全に 消滅させていた。 「あれっ、秋葉ちゃん、どうしたの」  もう一人のルームメイトが、何に使うのかヌイグルミを山と抱えて部屋に戻ってきた。 「どうって別に……」 「やっと家に帰ってみる気になったんだよ」 「あ、そうなんだ。うん、その方がいいよ」  にこにこと笑い顔になって何度も羽居は頷いた。その度にポタポタとヌイグルミが腕か らこぼれる。 「秋葉ちゃん、最近ずっとぐるぐるしてたもの」  ぐるぐるって……? でも、羽居にまで心配かけていたのか。  そう思うと秋葉は内心溜息をついていた。  もっと敢然としているつもりだったのに。  やはり、いつもの通りではないんだ。  秋葉にとっての戦さ場である学校や寮内ではなく、唯一武器を収めて盾を下ろす事ので きる自室であり、数少ない親しい友人の前であるから、けっこう内心を曝け出していただ ろうかと思った。 「状況しだいでどうなるか分からないけど、明日家に一度帰るから」  宣言するような秋葉の言葉に、蒼香は少しニヤリと笑い、羽居はまたうんうんと頷き、 トナカイの親子を落下させた。                §    §    §  屋敷の車ではなく、ハイヤーを呼んで秋葉は帰宅の途についた。  気になっていることがあり、家の者に帰る事を事前に知らせたくなかった。  ふかふかとした座席に背を預けると、しばし秋葉は黙って千々に乱れては、また元に帰 結する思案の中に入った。  あの手紙が来て以来、何日もの時が過ぎている。  その間、兄からの便りも連絡も無く、ましてや花束を片手に迎えに来てくれるという事 もついぞなかった。  それ故に、秋葉も意固地にならざるをえなかった訳である。  しかし、遠野の屋敷とまったく音信普通になっていた訳ではない。  急ぎの用件などで家から電話がかかってくる事もあれば、秋葉の方から連絡を取る事も あった。  当主としての決裁を仰ぐ書類などは、しばしば届けられるし、それらの中に混じって手 紙が届けられる事もあった。便箋の中には琥珀の手により近況を伝えたり、秋葉の様子を 気遣う言葉がしたためられていた。  だがその中に、志貴に関する事が触れられていた事はただの一度も無かった。  秋葉から正面切って問い質せば答えがあっただろうが、少なくとも琥珀の方から何らか の情報を伝える気はまったく無いようだった。  おかしい。あまりにも不自然だった。  もしかして兄さんに口止めされているのでは、そんな事を思ったりもしたが、理由が思 い当たらない。琥珀ならば、そんな場合でも何かしら自分に伝えてくれる筈。  まるで遠野志貴という存在が遠野の屋敷に帰って来た事実など無い、そんな振る舞いの ように思えてならなかった。  兄さんに会いたくてたまらない。でも、さんざん身勝手をした兄さんに誰が自分から会 いに行ってあげるものですか。  その相反する感情の中には、会って事実に直面する事に対する恐れもまた混じっていた。  屋敷の門前まで来て車を停めた。  敷地内まで乗り入れるのではなく、歩いて久々の我が家への帰還を果たそうと思った。  改めて見ると随分と広い敷地ね。  まっすぐ玄関へと向かわず側面に足を運びながら、そんな事を秋葉は思った。  幼い頃は世界の全てであったし、外の学校へ出て他と比較出来るようになっても、この 屋敷は尋常でない広さを誇っている事実に変わりは無かった。  何でこれだけの広さが必要なのだろう、幾分ぼんやりとして、中庭と背後に広がる雑木 林を眺める。 「えっ?」  ふっと遠く木々の間に人影が見えた、気がした。  琥珀でも翡翠でもない。  もっと小さな子供のような……。  ちらと見えたか見えないかという一瞬の事で、今は影すら無い。  こんな処に子供が居る訳もないし、気のせいだ、そう秋葉は思おうとした。  だが、妙に今の小さな姿に強い衝撃を受けていた。  何だろう、胸がどきどきしている。  そっと薄い胸に手を当てる。気のせいでなく動悸が激しくなっている。  しばし秋葉は佇んで動けなかった……。 「あ、秋葉さま……」  秋葉が屋敷に入ると、ロビーの階段の上から声がかけられた。  目を向けると、琥珀が慌てた顔つきで下りて来る。 「どうなさったのですか、連絡も無く……」  明らかに動揺している。こんな琥珀の姿を見るのは秋葉にとって初めてだった。  何処と無く非難の色すら漂う琥珀の声に、秋葉は余裕を持って答えた。 「自分の家に戻るのに理由が必要なのかしら。それとも、私が戻ると不都合でもあるの?」 「いえ、そういう訳ではありませんが……」  歯切れが悪い。 「秋葉さま、お帰りなさいませ」  今度はエプロンドレスに身を包んだ翡翠がとんとんと階段を下りてきた。  琥珀とは違い、平然とした様子。 「翡翠ちゃん」  琥珀の声に無言で目を向ける。  そのアイコンタクトでどんな意思の交感があったのか、琥珀が再び秋葉の方を向いた時、 既に落ち着きを取り戻し、笑みを浮かべた姿に変じていた。 「兄さんに会いたいのだけど、いるのかしら?」  正面切って秋葉は切り出した。  一瞬、双子に緊張の色が浮かんだのを秋葉は見て取った。 「お部屋にいらっしゃいます」  翡翠が答える。 「お二人の再会の邪魔をしてはいけませんので、直接そちらへ行って頂くか、それとも秋 葉さまのお部屋にお呼び致しましょうか?」 「そうね、……私が会いに行くわ」  はい、と二人で頷くがまた、何かの緊張が走っている。  いったいどうしたと言うの?  そう問い質したい衝動を秋葉は必死に抑えた。自分の目で確かめれば良い事だった。                §    §    § 「兄さん、秋葉です。入りますよ」  志貴の部屋の前で数瞬ためらった後に、秋葉は扉を叩いた。 「ああ、入ってくれ。開いている」  深呼吸して、秋葉は扉を開けた。  長い長い間別離していた兄との再会……。  秋葉は志貴の部屋へ足を踏み入れた。 「…………」  ベッドにちょこんと座っている志貴の姿を見て秋葉は息を呑んだ。  目が見開かれたまま、動きが完全に止まってしまった。  今ここに至るまで、いろんな事を想像してはいた。  自分に命を与える為に自死の道を選んだ兄。  どんな事をしたのかは分からなかったが、かろうじて生きているに過ぎない状態になり 「治療」されていたのだ。今の姿は深い傷を負った状態か、もしかすると会いに来たくと も来れない状態、ベッドに寝て各種機材に繋がれて僅かに生命を保っている姿かもしれな い、そんな想像もしていた。  しかし、今目の前にしている志貴の姿はまったく想像を絶してた。 「兄さん……」  辛うじて言葉を搾り出す。  問い掛けではない。目の前の兄が、疑問の余地無く自分の兄である事は誰よりも良く分 かっていた。  だが、この姿。  ある意味、八年振りに再会した最愛の兄よりも強く心に刻まれている姿。  秋葉の生涯の中で何よりも重要で尊い記憶、その時の姿のままに……。  志貴は八年前の少年の姿を取って秋葉の目の前に現れていた。 「秋葉……」  何かを言いかけた兄の顔をじっと見つめながら、秋葉は崩れるように倒れ込んだ。  あまりの衝撃の大きさに体も心も耐え切れなかった。 「兄さん……」  慌てて駆け寄る自分より小さな兄の姿を目に焼き付けながら、小さく呟き、秋葉は意識 を失った。                §    §    § 「もっと別な方法取るべきだったよな」  深い後悔の色をたたえた呪詛のような声。  声調は高い少年のものでありながら、そこにこもった声は果てしなく昏い。  志貴の声であった。  涙でぐしょぐしょになった顔を洗いに来て、冷水のシャワーを浴び続けた。  どのくらいそうしていただろうか、がたがたと震えながら我に返ると、転がるようにお 湯を湛えた湯船に入った。四肢を広げて半ば浮かぶようにしながら、志貴はずっとお湯に 浸かっていた。  秋葉が倒れた後、おろおろしている自分を押しのけるように、翡翠と琥珀が部屋にやっ て来て秋葉を連れて行ってしまった。  後に残った志貴は部屋に鍵を閉め、毛布をかぶる事しか出来なかった。  暗がりの中で一人思考の檻の中にいた。  先延ばしにして来た自分が悪いのだ。  それは自覚していた。  秋葉の一方的な約束を違える真似をして一人残して命を絶った事も、こんな風な変わり 果てた姿になった事も、どう秋葉に話せば良いのかわからなかった。  秋葉は許してくれるだろうか。  秋葉に似てはいるけど別な人間という目で見られたらどうしたらいいのだろうか。  そう考えると、足元が急に崩れ去るような頼りなさを感じた。  シエルに連れられ屋敷には戻ったものの、自分から秋葉に会いに行く事はもとより、呼 び寄せる事も躊躇われた。 「遠野くんが戻った事はお知らせしましたよ」というシエルの言葉に、余計な事をと感じ つつも僅かに救われた思いがあった。  とりあえず、秋葉が帰るのを、戻って来ると連絡が来るのを待っていよう、そう志貴は 考えていた。  翡翠と琥珀も、それぞれ言いたい事はあったようだが、志貴の「秋葉が戻るまでは事を 伏せていてくれ」と頭を下げての頼みに従ってくれていた。  しかし、何の前触れも無く秋葉が突然現れる事は、予想だにしていなかった。  林の中で秋葉の姿を見た時の驚愕、すばやく姿を消して裏手から先に屋敷に入り、翡翠 に秋葉の帰宅を告げて部屋に戻った。  それからの果てしなく長い死刑執行までの待ち時間。  その挙句、秋葉はこの姿を見るや否や卒倒してしまった。  あの信じられぬモノを目にした驚きの表情。  秋葉は何を言うつもりだったのだろう。  お風呂のお湯でもなく、湯気でもなく、また自分の目尻が濡れているのを感じた。  さっき何度も壁に叩きつけて血が滲んだ手で涙を拭う。 「戻らない方が良かったかな、なあ、秋葉」  ポツリと呟いた声に答える様に、ガラス戸の向こうから声がかけられた。 「兄さん……」 「な、……秋葉か。何だ」  返事の替わりに戸が開けられた。  すっと秋葉が浴室に入り込む。 「おい、秋葉」  いつもの部屋着ではなく、和装。  どことなく秋葉との最後の夜を志貴に連想させる姿。  髪は後ろでまとめて、リボンで束ねている。 「背中を流してさしあげます。出てください」  有無を言わさぬという口調に、おとなしく志貴は従った。  さすがに前は隠しながら立ち上がる姿を、じっと秋葉に眺められ、気恥ずかしさを覚え る。  さっと椅子を引き寄せると背を向けて腰を下ろした。 「兄さん、さっきは失礼しました」 「驚いただろ。こんな姿になって」 「はい……」  秋葉の手が背に触れる。  タオルが背を擦り始めた。 「何があったのか教えて下さい」 「そうだな」  秋葉の顔を見ずにすむこの状態は話しやすかった。  志貴は言葉を選びながら、シキとの事、命を自ら絶った事、意識を戻した時の事、自分 の体に起こった事をポツリポツリと説明した。  秋葉は口を挟む事無く、志貴の言葉を黙って聞き、時々思い出した様に手を動かしてい た。  どんな表情を秋葉はしているのだろうと、志貴はちらりと思った。 「……という訳で、今の所は元の姿に戻る術は無いんだ」  自嘲するに志貴は言葉を結んだ。  秋葉の言葉を待つ。  話している時は秋葉が口を挟まないのが助かったが、今は沈黙が怖い。 「兄さん、一つ質問なのですが」 「うん」 「それで、何故、屋敷に戻って来ていたのに、私と会って下さらなかったんです?」 「え?」  秋葉の言葉には非難の色は無く、心底不思議そうな響きがあった。  思わず志貴が顔を後ろに向けると、秋葉がわからないという表情をしていた。 「約束を違えて独りでさっさと命を返して、それについては怒っていますけど、会って恨 み言の一つも聞いて下さっても罰は当たりませんよ。  なんで、便りの一つも下さらなかったんです。  ずっとずっと兄さんを待っていたのに……」 「こんな姿でおまえに会えないだろう」 「だから、何故です?」 「何故ですって……」 「兄さんは兄さんでしょう。まして、この姿はむしろ私にはずっと馴染みのある姿じゃな いですか」 「それはそうかもしれないけど」  何だ、これは。  自分を気遣ってという処もあるのだろうが、秋葉には本当にこんな姿で会う事など出来 ないという志貴の苦悩など思いもよらないらしい。  志貴は背中を丸めて溜息をついた。  再生してからずっと長い間、心に存在し続けた悩みと恐れは何だったのだろう。  と、いきなり志貴は背後から秋葉に抱きしめられた。  目の細かい布の感触を通して、秋葉の体が背に触れている。  白い手が志貴の胸からお腹にかけて這い回る。 「あの頃の兄さんなんですね。胸の傷もすっかり消えてしまって」  感触を確かめているような、愛撫をしているような手の動き。  耳元で囁く秋葉の声。 「細い白い腕……。ほっそりとした首筋……。本当に八年前の体なんだ」  頬をすり合わせる様に後ろから覗き込みながら、秋葉は志貴の体のそこかしこを、目に 映るのと同じであるか確かめるかの様に、手を伸ばし、触れ、探っていた。  白い柔らかい手の感触。  志貴は秋葉の熱の入った想いが体中を走るのを、なす術もなく受け止めていた。    決して好ましくない感触ではない。  むしろ……。 「や、やめろ、秋葉。そんな事されると……」  慌てた志貴が叫び声を上げたのと、秋葉の手がその辺りに触れたのが同じ時であった。 「え、これ……」  幾分呆然として秋葉は手を引っ込める。 「こんな子供の頃から、そんな風になるんですか……?」  志貴は落ちていたタオルで慌てて股間を隠した。  秋葉は手は引っ込めたものの視線をそこに注いだままだった。 「うるさい」  志貴は真っ赤になって恥ずかしがりながら、秋葉の手で体中を探られ不覚にも反応して しまったペニスを、意志の力で宥めようと無駄な足掻きをしていた。  秋葉はその様子をじっと見てから兄に声をかけた。 「ね、兄さん。お風呂から出たら離れまで来てくれませんか」 「なんで」  ふと、顔を上げた志貴の視線とじっと兄を見つめる秋葉のそれが絡みつく。  志貴の背にぞくりとする何かが走った。  妹の目に。  自分を見る目の異様な妖しい光がかすめた事に。 「私、兄さんにまだ謝って貰ってませんから。いいですね、絶対来てくださいね」                   §    §    §  言付けに従って志貴は離れへと向かっていた。  明かりが見える。  さすがに秋葉が何をしようとしているのかは見当がついたが、何故という点については まったくわからなかった。  はたして、秋葉は既に部屋に寝具を敷き詰めて待っていた。  紅の長襦袢を纏っている。  その色は、あの時の秋葉の姿を否応なく志貴に思い起こさせた。 「秋葉……」 「兄さんにお願いがあるんです」   「私、ずっと兄さんの事を慕っていました。他愛の無い子供の想いだったかもしれないけ れど、兄さんは私の特別の存在でした。  でもあの時、兄さんは私の全てになりました。私を庇って兄さんが刺された時に、私も また兄さんに刺されたんです。  だから、兄さんと命が繋がったと知った時、嬉しかった。私が兄さんに何かを捧げられ る事ができるという事実が、その絆が私をこれまで支えてきたんです。  それなのに今、兄さんの胸の傷は消え、私と兄さんを繋ぐ糸もか細くなっています。  本当に細く……。  ……。  でも、あの時の姿で兄さんは帰って来てくれた。  兄さん、私に新たな絆を下さい」  言葉を一旦止め、より強い激情を込めて口を開く。   「お願いです、兄さんの、兄さんの初めてを私に……。  秋葉を、兄さんの初めての女にして下さい」    秋葉の言葉の中に込められた想いに志貴は圧倒された。  そして正気を失いそうになる程の安堵と歓喜を覚える。  幼き頃の姿で再会を遂げた自分が忌諱の対象ではないという事実に。  でも秋葉、申し訳ないけれど。  こんな事絶対に口にする訳にはいかないけれど。  それは出来ないんだ。  既にこの姿での初めては、シエル先輩に奪われちゃっているんだよ。  外見的に経験のあるなしなど表れないから、口を滑らせない限り、秋葉にはわからない だろうけど……、騙す事になるよな。  そんな志貴の逡巡をどう見て取ったのか。  秋葉は実力行使に出た。  立膝でにじり寄り志貴の体を押さえると、唇を強引に奪い、そのまま布団に押し倒す。  ちょっと待て秋葉、そう叫ぶ声がもごもご言う音にしかならない。  舌を差し入れられ、志貴は反射的に自分のそれを絡める。  押し倒された状態で口付けを交わし、互いの舌を愛撫しあう。  そんな些細な行為で頭がふらふらするような快感を覚える。  しばらくそうして互いの唇をむさぼっていたが、秋葉は馬乗りになったまま、上半身を 起こした。  目が妖艶に濡れ光っている。  志貴は憑かれた様にその瞳を見つめた。  そして、体を動かそうとしてギクリとした。 「あれ、動けない」  秋葉の体は離れている。  しかし、何かで押さえつけられているように体を起こすことも腕を動かすことすら出来 ない。 「ごめんなさい、兄さん。すこしだけ不自由でしょうけど我慢してください」  ?  秋葉の髪が赤みを帯びている。  志貴は驚きの目で妹の姿を見つめた。 「秋葉、髪が」 「ああ、少し力を使っているので。大丈夫です、前以上に制御できていますから……」  言いながら秋葉は志貴のパジャマの前をはだけ、下に手をかける。  下着ごとずるりと下ろされ、下半身が秋葉の視線に晒される。 「ふふ、可愛いですね、兄さん」  かあっと志貴の顔が赤くなる。  しかし、ちらとこちらを見る秋葉の視線を、固定されたまま外すことが出来ない。  秋葉の手が伸び、躊躇う事無く志貴の縮こまったままのペニスに触れる。  記憶に残っている兄のそれと比べると小さく、可愛らしくすら秋葉の目には映る。  ピンク色を僅かに覗かせた先端を、小さな二つの睾丸が転がる袋を、秋葉は弄ぶ。  志貴のそこは屹立し始めた。  秋葉は妖しい笑みを浮かべてそれを見ると、感触を確かめるような手の動きから、志貴 の快感を引き出す愛撫へと変えていく。  しかし、硬く大きく姿を変えたペニスを前にして、秋葉はただ一度の交合で見た姿、そ の後何度も頭の中で反復した面影と異なる形態に戸惑った。  先のほう、こんな形じゃ無かった……。  このまま事を進めて良いのかしら、と内心頭を捻りながら指でふにふにと触れ、ピンク 色の亀頭を包む皮が前後に動くとみて、いきなり根元へとズルリと剥いてしまう。 「これでいいのかしら」 「つ……」  突然の痛みと、反転の擦れによる快感に志貴は声も無く呻いていた。  それにかまわず、見覚えある形状のペニスを、ぬるぬると濡れたくびれと幹とを秋葉は 摘む。  少年の姿の志貴の自由を奪い下半身を欲しい侭にする行為で、既に秋葉は出来上がって いた。己の指すら触れていないのに、秘裂は滴らんばかりに潤い、誘う様に開いている。  いつの間にか長襦袢は脱ぎ捨てられ、下の純白の肌襦袢もはしたなくもはだけている。  かろうじて袖を通しているというに過ぎない乱れた姿になっていた。  一糸纏わぬ姿よりもよりいかがわしくも壮絶な姿で、秋葉は情欲を露わにしていた。  はちきれんばかりになっているペニスの先を指で支えると、腰を落として自らの谷間へ 導こうとする。  志貴の屹立したペニスがそこへと近づいていく。  だが、そのような行為に秋葉は不慣れであり、また享受する側の志貴がじわじわとした 快感に身を焼きながらも恐慌に僅かに身をよじらせた為、上手く行かなかった。  志貴のペニスが露の滴る秘裂の入口、花弁とも称される柔らかな秋葉の小陰唇でなぶら れ刺激を受けるものの、その深奥へは辿り着けずにもがく。 「やめろ、秋葉……」 「兄さん、じっとして」   鈴口のみがもどかしい快感を受け、高まっていく。 「あっ、ダメだ……」  秋葉の手により見当違いの場所を突付かされ、擦られ、そしてまたそんな行為を力ずく でされているという被虐感を伴う興奮とで、志貴はあっけなく限界を迎えた。  志貴の四肢が硬直する。 「ああっ、そんな」  秋葉の悲痛な声と共に、勢い良く白濁の液が秋葉の手と白い肌に飛び散った……。                   §    §    §  二人の間に居心地の悪い雰囲気が漂い、沈黙が支配する。  陶酔と熱情の暴走が多少醒めてくると、秋葉の内に取り返しのつかない事をしたという 後悔の念が満ちてくる。  消沈し、泣きそうに顔を暗くして秋葉は顔を伏せ、志貴の視線を避ける。  そして身を硬くして今の恥ずべき行為をなじり、責めるであろう兄の言葉を待つ。  しかし、志貴の取った行動は秋葉の予測外の事だった。  既に志貴の体を拘束していた力は消えている。  志貴はむくりと起き上がると、まず秋葉によって乱されていたパジャマと下着とを全て 脱ぎ去った。シャツを手に取ると、秋葉ににじり寄り飛び散った己の精液を拭き清め始め た。優しいと言っていい仕草。 「兄さん……?」  志貴は黙ったまま秋葉を綺麗にすると、自分の股間をぽんぽんと無造作に叩いて飛滴を 拭う。  そして、顔を上げて自分を見つめる秋葉の目をまっすぐ見つめて口を開く。 「酷いなあ、秋葉……、お姉ちゃん」 「えっ」
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