教えてあげる

  作:しにを

 


 遠野家の敷地の一部。
 空っぽの鉢植えとスコップを手にした琥珀は、顔馴染の女性を見て、おやと
首を傾げた。
 まあ、本来は遠野家の敷地内に縁の無い者がいる事自体がおかしい。
 でも、そういう理屈とは別に、彼女がこんな処にいるのが、琥珀にはどうに
も変に思えたのだ。

「あら、アルクェイドさん」
「え、ああ……、ええと、琥珀」

 少々間が空いたものの、自分の名前が出た事に、琥珀はにこりとした。
 前は、琥珀も翡翠も個別認識はされていたものの、メイドさんとか、妹のメ
イドさんとか言った呼ばれ方をされていたから。
 あくまで主人の客人である存在であるから、アルクェイドからは使用人扱い
を受けたとて何も不満は無いが、名前を呼ばれる方が好ましいのは当然だった。
 志貴が教えたのだろうか、いつ頃からか琥珀と翡翠の名前が使われるように
なっていた。
 今ではこの屋敷で、固有名詞をもってアルクェイドに呼ばれないのは、志貴
の『妹』だけであった。

「ええと、志貴いる?」
「あいにく、お出掛けになっています」

 妙な質問ね、と琥珀は口の中で呟く。
 やっぱりどうにもおかしい。
 いつものアルクェイドであれば、直接志貴の部屋へと飛び込んで一悶着起こ
すか、そうでないにしてもまっすぐ玄関に向かうのが普通。
 こんな処でうろうろしていて志貴の様子を訊ねるなど、あまり考えられない
行動だった。

 それに、と注意深く琥珀はアルクェイドの様子を見ていた。
 志貴の不在を確認し、失望ではなく目に見えてほっとしている様子。
 喧嘩でもして顔を合わせにくいのかしら、アルクェイドの顔からは何とも答
えはわからない。

「そうなんだ、そっか、いないんだ」
「翡翠ちゃんと一緒にお出掛けなんですよ」
「え?」

 琥珀はあえて、小規模の爆弾を破裂させてみる。
 索敵の為の射撃にも似た行為。
 本来、主の一人である志貴の行動を聞かれてならまだしも、自分から話すな
ど、使用人としてあるまじき行為なのだが、琥珀はあまり気にしなかった。
 例え志貴に文句を言われても、「わたしは翡翠ちゃんの事をお話しただけで
すよ」とにこにこ笑って言い抜けるだけだろう。

「ふうん、デート?」

 むう、とアルクェイド顔色が変わる。
 あらあら素直な反応、と琥珀は内心で微笑む。
 冷笑ではなく、純粋な面白がりを主成分とする笑い。

「いえ、志貴さんの衣類とか買いにいったんです。
 どうも志貴さんはそういうものに頓着なさいませんし、こちらで揃えるにし
てもいろいろ好みを把握しないといけませんしね。
 それと、翡翠ちゃんはこういう機会でも作らないと、なかなか街に出掛けま
せんから、志貴さんにお願いして連れて行って頂いて。秋葉さまもいらっしゃ
らないから、そう仕事もありませんしね。
 アルクェイドさんが来るなら、別な日にでもしたのですけど……」
「あ、そういう事ならいいよ。
 わたしは約束してた訳じゃないし、それならそれで……」

 ぶんぶんと首を横に激しく振るアルクェイド。
 一応殊勝な顔をしていた琥珀が、ちょっと気が引ける程のオーバーアクショ
ンだった。

「ところで、琥珀は何してたところ?」
「菜園の方の手入れと、何か中に飾るお花でも見繕おうかなと思いまして」
「ふうん」

 興味を引いたような顔。
 と言うよりお暇で退屈しのぎが欲しいのかしら、と琥珀は見て取った。

「よかったらご一緒します? 力仕事とかあったらお手伝いして頂けるとあり
がたいですし」
「うん、行く」

 二人は、連れ立って琥珀の菜園へと向かった。


                 ◇


「助かりました、アルクェイドさん」
「いいよ、あれくらい。
 でもいっぱい花とか薬草とかあるんだね、驚いちゃった。凄く綺麗だったし」
「お褒め頂くと嬉しいですね。
 どうですか、今取ったのとは違いますけどハーブティーを淹れてみました。
 それとお茶受けに焼いておいたクッキーです」
「ふうん、いただくわ」

 ひょいひょいと庭石や土を詰めた袋等を持ち上げるアルクェイドに目を丸く
して、琥珀はいい機会とばかりにいろいろと手伝いをお願いした。
 むしろ楽しげにアルクェイドは指示通り働いた後、少し休んでいって下さい
なと引っ張られ、二人は居間のテーブルに向かっていた。
 アルクェイドに湯気の立つ薄手のティーカップを渡し、琥珀も自分のカップ
を手に取った。
 清々しい香りを楽しむように薄めのお茶を啜る。
 アルクェイドもそれに倣い、白い陶磁器に唇を当てた。
 こうして静かにしていると今更ながら端整な顔立ち、と琥珀の目に映る。
 白い喉が僅かに動き、アルクェイドの顔に心地よげな笑みにも似た表情が浮
かんだ。

「なるほど……、いい香りね」
「ありがとうございます。
 ところで、アルクェイドさん、志貴さんと何かあったのですか?」

 うん?
 そんな風にアルクェイドは小首を傾げる。

「うーん、なんと言うか」
「よろしかったら、相談にのりますよ」

 さりげない琥珀の声の調子。
 アルクェイドは少し迷った顔をして、意を決したように琥珀を正面から見る。

「志貴の趣味がわからないのよ」
「志貴さんの趣味ですか」

 意外な言葉。もっと男女の機微に属する話かと思ったけど、と琥珀は内心で
呟く。でも、志貴さんは確かに無趣味っぽいし、何か休日の過ごし方で……。
 
「わたしも初めてで、志貴の事しか知らないから、どうすればいいのか全然わ
からないのよね」
「はあ」
「志貴がいろいろ教えてくれて、その通りやっていればいいのかな、と思って
いたけど、それだけじゃダメだよね」
「あの?」

 アルクェイドはうーんと考え込むようにして、言葉を口にする。
 琥珀は今ひとつ内容の理解が出来ず置いてきぼりになった気がしていた。
 と、ほとんど独り言めいて話していたアルクェイドが、琥珀をまっすぐに見
て言葉を投げかけた。
 
「琥珀はどういう事をして、志貴を満足させているの?」

 真顔で、興味津々といった様子のアルクェイド。
 珍しく、琥珀は戸惑って言葉を失っていた。
 言葉の内容としてはそうおかしい処は無いが、アルクェイドの話し方は、ど
うもあまりこの場で出るのに相応しい話題では無いように響く。

「あの、アルクェイドさん、何を仰っているんですか?」
「だから、今はわたしがいるから知らないけど、前は琥珀も志貴の夜伽とかっ
てしてたんでしょ?」
「……!?」

 あまりに当たり前に語られたが故に、すぐにはアルクェイドの言葉が呑み込
めない。
 数秒、琥珀は凍りついたように固まり、そして口を大きく開けた。

「そんな事はしていません!」 
「え、え? ああ、そうか。志貴のメイドさんは、琥珀でなくて翡翠だもんね。
 じゃ、翡翠がいつも…」
「翡翠ちゃんは、もっとしません!!」

 だんとテーブルを割れんばかりに叩いて、琥珀は叫んでいた。 
 アルクェイドは目をぱちくりとさせて、驚いている。
 話を中断させられ、言葉を発していた口は開けたまま。
 そのまま、双方言葉を発しなかった。
 琥珀は魂まで吐き出すような勢いで叫んだ為、苦しげにを息整えるのがやっ
とであり、アルクェイドはそんな琥珀を、どうしていいかわからない様子で見
つめて言葉を失っていた。

「ええと……、何かわたし悪い事言ったかな?」

 しばしの沈黙。
 そして恐る恐るといった風情でアルクェイドが口を開いた。

「……いえ。大声を出して申し訳ありません。お客様に対して失礼な真似を」
「いいよ。じゃあ、二人とも志貴に可愛がってもらっていないの?
 メイドってそういうものじゃないの?」
「時代が異なりますので……、今は、そういう事はあまり、無いのではないか
なと思わなくもないのですが……」

 やや歯切れが悪く琥珀は答える。

「そうなんだ。でも、琥珀も翡翠も志貴のこと好きなのに……」
「な、な、何を……」

 アルクェイドのあまりに真正面な言葉に、琥珀は頬を染めた。
 言葉に困っている琥珀という姿の希少価値は、アルクェイドの意識にはない。
 遠野家の他の面々がいたら、かなり驚いたであろうが。

「だって、見ればわかるもの。それとも琥珀は嫌いなの、志貴の事?」
「……嫌いではありません」
「じゃ、好きなんだね」

 琥珀の諸々の想いをあっさりと二分法で峻別すると、アルクェイドは何故か
嬉しそうに何度も頷いた。
 しかし笑みを浮かべた顔はすぐに、眉をしかめたものに変わる。

「でも、それじゃ琥珀に訊いてもダメかな?」
「いえ、もしかしたらお役に立てるかもしれませんよ」

 動揺から瞬く間に心の体勢を立て直した琥珀は、アルクェイドの独り言に言
葉をすかさず重ねた。
 心理的に上手に立つ事で自分を取り戻す、琥珀らしい心の動きであったかも
しれない。
 表面上は誠意に溢れた笑顔になっていた。
 アルクェイドとしても、何かにすがりたい気持ちがあったのだろう。
 物問いたげな瞳で琥珀を見つめる。

「うん。なら、相談しようかな。
 志貴がね、わたしとするのが……、その、最近マンネリかなって言うの」

 ほうほう、と聞き上手な風情の琥珀。
 しかし、アルクェイドの言葉に何か衝撃を受けた事が、僅かに表情の変化と
してきらめいた。よほど注意深く琥珀を見つめていてやっと見て取れるほどの
些細なものであったが。
 そして、それはアルクェイドの話が進むに連れ、だんだんと隠し様も無く表
に現れていった。

 いざ、話し始めると何のためらいもなくなったのだろう、志貴がいれば頭を
抱えて転げまわるか、凄い形相で口を塞ごうとするであろう内容を、アルクェ
イドはあっけらかんと次々と言葉として外に放出していった。

 あまり露骨な表現こそないが、志貴と普段どれほどの愛の営みを行っている
か、志貴がどんな事を言い、どんな事をしてくれるのか。
 そして話は根幹たる部分へ向かった。

「でね、志貴が最近マンネリ気味だなって言ったの。
 言われてみると志貴にして貰ってばかりだし、わたしは悦んでいたけど、志
貴は不満が溜まるのもわかるな、と思って。
 それで、今度はわたしが何か考えるねって約束したんだけど……」

 軽快な話し振りが、鈍る。
 困ったような顔。

「いろいろ調べてみたんだけど、今ひとつ志貴がどうすれば喜んでくれるのか
わからなくて、困っちゃって」
「はあ」
「本屋さんでいろいろ雑誌を読んだりしたんだけど、いろいろ方法が多彩で、
逆にどうしたらいいのかわからなくなっちゃった。志貴が前にしてくれたのは
どこにも載ってなかったりするから、間違っているのかもしれないし……」

 琥珀は時折、相槌を打ったりしたもののほとんど黙ってアルクェイドの言葉
に耳を傾けていた。
 ひとつはあまりな内容に呆然とさせられたからである。
 そして、ひとつにはあまり馴染みの無い感情が自身の何処かから湧いて来た
事に戸惑っていたから。
 それは、
 アルクェイドへの嫉妬とも言えるもの。
 志貴への怒りにも似たもの。
 そして……。
 琥珀自身にも自分の感情が読み切れなかった。

「どうしようかな……、志貴、がっかりしちゃうかなあ」
「アルクェイドさん」

 悲しげなアルクェイドの溜息混じりの言葉を聞いた時、琥珀は何も考えずに
言葉を口にしていた。

「アルクェイドさん、もう少し細かく教えていただけませんか?」
「うん?」
「志貴さんがこれまで、どんな事をしてアルクェイドさんを悦ばせたのか。
 それがわかればいろいろと糸口はあると思いますよ」
「本当? でも……」

 ぱっと琥珀の言葉に顔を輝かせ、そして瞬時に躊躇する顔に転ずる。

「どうなさいました?」
「志貴、怒らないかな」
「ああ。大丈夫ですよ。それにデリケートな事ですから、志貴さんや秋葉さま
にも黙っています」
「そう? それなら……」

 そしてアルクェイドは志貴との初めてから、今に到るまでの愛の行為の遍歴
を考え考え、話し始めた。
 かなり直截的な臨場感溢れる表現で、琥珀ですら動揺しそうな内容ではあっ
たが、話し手の羞恥意識があまり出ていないのと、その言葉の端々にのろけと
まで言わないまでもアルクェイドの志貴への想いが織り込まれている為、そん
なには耳を塞ぎたくなる生々しさは無い。
 たんたんと実にバラエティーに富んだ二人の体位やら、志貴の愛撫の様子、
アルクェイドに要求するお返し、様々な場所やシチュエーションで行われた交
わりが、アルクェイドから言葉として吐き出されていった。

 いつしか、琥珀の顔が独特の笑みを浮かべていた。
 親身になって話を聴く態度はそのままに、抑えきれぬように口元が笑みを浮
かべていた。ただし、見る者に寒気を感じさせるような笑み。

「……それでね、わたしが気絶したみたいに脱力して動けないから、顔に飛び
散ったのを志貴が指で集めて、口に入れてくれたの。
 そういうところって優しいよね、志貴って」
「そうですね」

 明らかに琥珀の目は、「アルクェイドさんの無知に付け込んで好き放題やっ
ていますね、志貴さんは」などと語っているが、アルクェイドは気づかない。

「それから、後はええと……、そうだ、この間はベランダに出てね……」
「ああ、もういいです。よくわかりました」
「うん。どう、琥珀は何かわかった?」
「これを志貴さんはマンネリだと仰ったんですか」
「う、うん。そうだよ」
「……そうですか」
「琥珀?」

 やや硬質の顔になった琥珀に、アルクェイドが首を傾げる。
 何かまずい事を言ったかな、という顔になっている。

「いえ。あの、もう一つお願いがあるのですが」
「何? 何でも言ってよ」
「アルクェイドさんの体を見せていただけませんか?」
「わたしの体? え、もしかして……」
「ええ、裸になって下さいな」
「え、何で、そんな。恥ずかしいよ」
「アルクェイドさんが志貴さんを満足させているかの検証ですよ」

 うって変わってにこやかな顔で琥珀は言う。
 ただし翡翠あたりが見れば、何かを感じて顔を曇らせるような表情。

「でも……」
「アルクェイドさんが協力してくれないのなら……」
「わかった」

 いざ、頷くとアルクェイドはあっさりと服を脱ぎ始めた。
 琥珀はその様を、余すところ無く見つめた。
 アルクェイドが放ろうとするサマーセーターやスカートを琥珀は自然に受け
取り、素早く畳んで、傍らに置いていく。

「はぁ……」

 全裸になったアルクェイドを、琥珀は感嘆の目で見つめた。
 確かに感嘆に値する。
 素直に、綺麗だと琥珀は思った。

 遠野秋葉、琥珀の仕えている主人もまた、たぐい稀な美少女であった。
 流れる翠の黒髪に、白い滑らかな肌。
 人形のような端整な姿。
 女である琥珀の目で見ても美しく、そして時にどきりとするほど官能的な魅
力を放っている。

 しかし、目の前のアルクェイドもまたタイプは違えど、その魅力はおさおさ
見劣りする事はなかった。
 肌の白さ、艶かしさ。
 その絶妙なラインで描かれた姿態。
 
 秋葉とアルクェイド、どちらかを選べともし言われたら、最終的には好みで
選ぶにせよ、誰であれ迷い途方にくれるに違いない。

 少なくとも、プロポーションの比較は問題外ですね、と琥珀は形良く突き出
たボリューム感に溢れた二つの膨らみを見つめつつ呟いた。

 同性の目ですらこれほど魅惑的に見えるのだから、男性から見れば……。
 先ほど聴かされた話が琥珀の脳裏に甦る。
 この胸が志貴さんに揉まれて、足を開かれて、腕の中に抱かれたり、自ら恥
ずかしい部分を晒したり、それから……。

 不思議な事に、琥珀の心に浮かんだのは、志貴の想い人である目の前のアル
クェイドへの嫉妬心ではなかった。
 志貴への怒り、あるいは妬み。
 そう意識されるほども顕在化していない、かすかな負の感情。
 そんな訳のわからない感情が湧き立っていた。

 志貴とアルクェイドの行為には多少眉を顰めたくはなったが、あくまで二人
の問題であり、当事者たるアルクェイド自身は喜んいる。
 琥珀からすれば溜息をつきたくなる行き過ぎの行為すら、志貴がどう言い包
めたのか、愛ゆえの行為と思って嫌がってはいない

 であれば、何も部外者があれこれ言う筋合いのものではない。
 でも……。
 でも、と琥珀は意識せずに思う。

 それで、不満を持つなんて、志貴さんは。
 こんな素敵な体を好き放題に弄んでおいて。
 こんな触れるのもためらわれるような体を、自由にしておいて。

「ひゃっ、琥珀?」

 知らず、琥珀の手がアルクェイドの胸を掴んでいた。
 琥珀もその弾力と柔らかさを突然感じた、と言うように驚き顔。

「あ、すみま……、いえ、少し調べさせて貰いますよ」

 そう冷静な声を装い、琥珀は手を動かした。
 胸からお腹、背中やお尻。
 時に微妙な部分にも細い指が探るように触れる。

 アルクェイドは立ったまま、逆らいはしないものの体をくねらせる。

「そんなに触らないとダメなの?」
「はい、アルクェイドさんの反応がある程度わからないと、わたしもアドバイ
スのしようがありません。
 それとも、こうされるのはお嫌ですか?」

 指が潜る。
 爪先が軽く掻く。
 優しく、そして甘く。
 
「ひゃん。あ、うんん。
 い、嫌じゃないけど、志貴以外にされるのは……、その……」
「ふふふ。志貴さんの為ですから」

 志貴の為という言葉で、ぴくりと反応する。
 そんな様に琥珀はくすりと笑みを誘われる。
 その間も、まとわりつくぬめりに構わず指き辺りを探っていた。
 ひとしきり琥珀の手が這いまわり、すっと離れた。
 アルクェイドはぼうっとした顔で琥珀の顔を見ている。

「ど、どう?」
「はい。問題はありませんね。こんなに素敵に反応なさるなら、志貴さんも満
足されているに違いありません」
「そうかなあ」

 ちょっとはにかんだようなアルクェイドの笑顔。
 琥珀はええ、と頷く。

「でも、こんな素敵な体を堪能されているのに……、志貴さんも贅沢ですねえ」
「うん……。で、どうすればいいのかな。琥珀は何かいい事思いついた?」
「ええ」

 琥珀の言葉にアルクェイドの顔がぱっと輝く。
 それに柔和な笑みで応える琥珀だが、目の芯は決して笑っていなかった。
 気を持たせるように口を閉じ、そしておもむろに開く。

「いい方法がございますよ」
「本当?」
「ええ。ちょっとだけ目先を変えたとしても、志貴さんは贅沢ですからそれほ
どは感激しないでしょう。根本からやり方を変えてしまわないと」
「ふんふん」
「アルクェイドさん。
 人というものはですね、自分がして欲しい事を、相手に対して自然に熱心に
行うものなんです。おわかりですか?」
「ううん?」

 少々目先の変わった問いに、戸惑うアルクェイド。
 琥珀は囁くような話し方で言葉を続ける。
 自然な、そして熱意を底に沈めた声。

「志貴さんがアルクェイドさんの体中にキスした時に、同じ様にアルクェイド
さんがお返しすると、志貴さん喜ぶでしょう?
 さっきも、『アルクェイドからもしてくれよ』ってせがまれると仰っていま
したよね」
「うん……」
「アルクェイドさんのとろとろになった処を、志貴さんは指で弄ったり舌で優
しくしてくれて、それから同じ様に大きくなった志貴さんのモノを、アルクェ
イドさんに握らせたり、舌や唇での刺激を求めたりなさるでしょう?」
「あ、そうだね」
「それから……」

 琥珀は先ほどのアルクェイドの話を抽出しつつ、同意を求め、アルクェイド
はなるほどと頷いた。

「だからですね、志貴さんがアルクェイドさんにした事で、アルクェイドさん
がまだお返ししてあげていない事をしてあげればよろしいんですよ。
 他にもいろいろ志貴さんを喜ばせる方法はありますが、まずはそれが確実だ
と思いますね」
「志貴がした事で……?」
「例えば、お優しい志貴さんが時々人が変わったように、アルクェイドさんを
苛めたりしているのでしょう?」
「うん。あ、でも、志貴そんなに酷いことはしないよ。
 傷つけるような事は絶対にしないし、ちょっとだけわたしが恥ずかしくて泣
いても許してくれないだけで。
 その代わり、終わった後は優しいし、わたしだって志貴がそれで喜んでくれ
るのなら、全然構わないし……」

 慌ててアルクェイドがする志貴の弁護に、琥珀は健気ですねと小さく呟く。

「いえいえ、それはわかります。ただ優しくするだけでなくて、そうやって態
度を変えて接するのも、決しておかしい事ではありませんよ。
 でも、それなら志貴さんも同じではないですか?」
「志貴も?」
「ええ。愛するアルクェイドさんに苛められたら、喜びますよ、きっと」
「でも、そんな酷いこと……」

 顔を曇らせるアルクェイドを見て、琥珀は内心で溜息をつく。
 弁護しつつも「酷いこと」って認識しているのね。
 志貴さんはまったく……、目がそう語っていた。

「別にいいんですよ、わたしはどちらでも。アルクェイドさんの反応はいつも
同じでつまんないな、って志貴さんが思っても。
 そして他の女性、例えばシエルさんとかに色目使われたとしても……」
「……」

 シエルと言う名前で、アルクェイドは明らかに動揺した様子を見せた。
 迷うような色が浮かび、琥珀を見つめる。
 そこに琥珀は囁く様に言葉を注ぐ。

「志貴さんもアルクェイドさんに積極的にされたら、喜ばれるでしょうに。
 誰でも嗜虐的な部分と同時に、被虐的な悦びを感じる部分はあるのですから。
 秋葉さまに文句を言われながらも、どこか嬉しそうな志貴さんの姿をご覧に
なった事もあるのではないですか?」
「そうだね……」
「もちろん志貴さんに痛い事をして傷つけたりしてはいけませんけど、たまに
そうやって自由を奪われて、無理やり射精させられたりするのも、決して悪く
はないと思われるんじゃないでしょうかね」
「志貴、本当に喜ぶかなあ」
「ええ、本当に嫌がっていたらやめればいいんです。もし志貴さんがアルクェ
イドさんに苛められてもおちんちんを勃たせているのだとすれば……、それは
もう口では何と言おうと志貴さんは悦んでいるんですよ」

 琥珀は、さてと反応を見るようにアルクェイドの顔を見つめた。
 アルクェイドは考え込んでいる。
 数秒後、今までとはまた違う笑みがアルクェイドの目に浮かんだ。


                 ◇


「ありがとう、じゃあ、さっそく志貴に試してみるね」
「頑張って下さいね」

 満面笑みのアルクェイドが、にこにこと微笑む琥珀に手を振る。
 お土産にと持たされた、手錠がぶるんぶるんと宙を舞う。

 白い姿が消えるまで佇み、琥珀は回れ右して 屋敷に戻った。
 笑みは薄れ、どこか意地悪げな色が顕在化していた。
 小声の呟きが不在の人物に向けて投げられた。

「たっぷりとお楽しみ下さいね、志貴さん」

 
 《了》








―――あとがき

 もともとはこれ、一周年記念アンケートの御礼SSとして書いてたものです。
 その時に、いずれ使いますよみたいな事も後書きで言っていたのですが、年
を越したという事で正式公開ました。一部手直ししたので、Ver.2です。

 いちおうこれだけでも成立するように書いたのですが、Moon Gazer様のイベ
ント企画「裏・姫嬢祭」に寄稿した『逆しまに』の補完的な作品となっていま
すので、未読の方は併せてどうぞ。 こちらです。
 琥珀の教えを受けたアルクェイドに、志貴がどんな目に合わされるのか?
 
 ちょっと琥珀さんとアルクェイドの絡みとかもう少し踏み込んで丹念に書き
たくもありましたが、非18禁にしたかったのでこんな感じに。
 ……どっち付かず?

 お読み頂き、ありがとうございます。

    by しにを(2003/1/1)


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