サナギノショウジョ

 作:しにを


   この作品は天戯恭介さんの『アゲハチョウ』に基づいて書かれています。  未読の方はこちらをお先にどうぞ。
   軽快なエンジン音。  それは高速を保ったままの疾走を物語っている。  サイレントモードでの無音の走行も可能ではあるが、車の乗り手はそれを好 まない。  その無機質なはずの音色に、妙なる調べを感じていたから。  しかしそのエンジンの唸り、風切る音。  この走りはあまりにも速すぎはしないだろうか。  並の人間には乗りこなせるスピードではない。  いや、心配は無い。  ここは見渡す限りの大平原。  すれ違うものとてないここで、どれだけのスピードを出そうがさして危険は ないし、咎める者もいない。  確かここは日本の筈だがとちらりと疑問に思うが、捨て置け、である。    ともあれ数時間をトランザムは疾り、辺りはもうすぐ夜の帳が下りようとし ていた。  運転席に座した青年はちらりと視線を助手席に向けた。  優しい目。  この苛烈なるキャラクターを知る者なら、自分の見たものを信じられないか もしれない。  例えば、彼と血で血を洗う死闘を繰り返している実の兄などには。  ミスターブルー。  オーガと互角に戦った漢。  マジックカンナー、人間ミサイルランチャー。  彼の持つ異名は多い。  現存する魔法使いの一人として、その世界では知らぬ者はいない。  畏怖を持って語られぬ名前、蒼崎青子。  その彼が人間の感情を持つなど、認めぬ者は少なくない。  しかし、青子が、助手席の少女、遠野志姫、いや蒼崎志姫に向けた視線は心 からの愛情に満ちていた。  疲れて眠っている少女の為に、体に負担が掛からぬようスピードを落とす気 遣いなど、普段はポテンシャルの限界に挑むかのように愛車を飛ばす彼には考 えられない事だった。 「少し、眠るといい。君には夢を見る時間が必要だ」  軽く、髪を撫ぜる。   「君の声が聞こえないのは我慢するから」  思わず出た独り言に驚き、くっくっと笑いをこぼす。  自分が少女の声が聞こえず寂しいと思った事への、強烈な違和感故に。  何十日も人どころか生けるモノに巡り合わなかった事もある。  それが青子にとっての当り前だった。  話し相手を望むなら、そもそもこのトランザムの人工知能KITTはそこら の人間よりもウィットに富んだ会話が可能だ。  しかし、青子は通常は『彼』とはあえて話をしなかった。それは青子がこの 車を借り受けた時の事に由来しており、その友情と硝煙と裏切りに満ちた「ま だ果たされぬ約束」にまつわる出来事は、聞く者を涙に誘うのであるが、それ はまた別の物語の為、ここでは割愛する。    青子はフロントガラスを見つめた。  僅かに、未知の感情を感じていた。  眠りに着くまでに少女が語った昔話。  そこに出てきた一人の登場人物。  その顔すら知らぬ人物に、確かに軽い心の揺れを感じていた。  嫉妬か……。  そんな感情をむしろ心地良げに噛み砕く。  それほどこの少女に、志姫に自分は魅入られているのか。  面白い。    乾一子(いぬいかずし)  志姫が自分以外でほのかに慕っていたという唯一の男性。  彼と最愛の少女との話を、青子はぼんやりと思い出していた。  もしかして、志姫も夢で思い出しているのだろうか。  そんな事をちらりと考えつつ。  少女への想いは、そんな領域にまで届くのだろうか。  確かに、志姫は今、夢の中にあった。  わずかに時計の針を逆回しにした頃を夢に見ていた。  それは、少女がまだ羽化する前の物語。  志姫はまだ空を舞う美しき羽を持たず、硬い殻に包まれたサナギだった。 「どうしたの、有間、ずぶ濡れで」  顔を上げた。  声でわかってはいたから、少しためらわれた。  傘を差したすらりとした姿。  それは私の良く知っている男の人だった。  赤く染めた髪を長く伸ばして、後ろで無造作にまとめている。  きつい顔つきだけど、どこか人目を引く。  無愛想で怖そうに見えるけど、本当は優しい人だって私は良く知っている。  出会うなんて思いも寄らなかった人だった。   「一子さん……」 「ここまで来たのなら、家までくればよかったのに」  え?  言われて辺りを見渡した。  そうか、ここ。  知らないうちにここまで来ていたんだ。  自分がどこをどう歩いていたかなんて、全然意識になかった。  一子さんの、乾家の近くの公園。  だから一子さんはたまたま通りかかったのだろう。  そして声を掛けてくれたんだ。  木の枝が僅かに遮るとは言っても、雨振る中でぽつんとベンチに放心して座 っている顔見知りの女の子を見つけて。 「そうか、いつの間にか、ここまで来ちゃっていたんだ、私……」 「とりあえず、家まで行こう。そんな姿では戻れないだろう?」 「……」 「行くよ、志姫」  返事をしないでためらっている私の手を構わず一子さんは掴んで立たせた。  少し強引だけど、優しく。  きっとそうしないと私はそのままここにいると、きっとわかっていたから。  私はそれ以上は抵抗はせず従った。  そのまま、手を繋いで一子さんは歩き始めた。 「あ、ちょっと待っていて」  途中、コンビニで足を止めた。  私に傘を渡しかけ、一子さんは手を握ったままだった事に気がついた。  ちょっと戸惑った様子でこちらをちらりと見るが、驚いているのは私も同じ だった。自分が一子の暖かい手をぎゅっと握り返していた事があまりに自然で 少しびっくりしていた。  一子さんの暖かい手……。  自分を心配してくれている気持ちが伝わってきて、それは私の心に暖かいも のをもたらしていた。  でも、それ故に私はすぐに手を払って逃げ出したくなっていた。  一子さんのの家まで行ってしまえば、どうして自分があんな処にいたのかを 話さなければならなくなる。  一子さんはすぐ戻ると言い残して、手を解いて建物の中に入ってしまった。  今はちょうど一人。  傘を置いて走り出してしまえばいい。  でも。  でも、出来なかった。  一子さんの手の感触が残っているうちは、離れる事は出来なかった。 「お待たせ」  結局、私は一子さんを待ち、そして乾家の敷居を跨いでしまった。 「シャワーの使い方はわかるね」  頷いた。  何度かお風呂を使わせてもらった事はある。  ゆっくり温まるんだよ、と言い残して一子さんは浴室から去った。  ほっとする。  良かった。  気づかれなかった。  気づかれなかったよね。  雨に打たれて流れたもの。    ワンピースを脱いで、下着を外す。  大丈夫だよね。  精液で染みになった服。  ぐしょぐしょにいやらしい液で濡れたままのショーツ。  太股を伝う中からあふれ出た白濁液。  一子さんにはわからなっかよね……?  手の中の汚れものを洗濯機に放り込んだ。  そして洗剤を入れて動かす。  久々だな、こんな事するの。  お風呂に入った。  シャワーを強くして体中にかける。  中も外も、染み込んだオトコの匂いが消えるようにと。  中も外も、染み出る自分のオンナの匂いが消えるようにと。  それから、湯船に入った。  少し涙が出てきて、それがおさまるまでずっとお湯に浸かっていた。    居間に行くと一子さんは、天井を見つめて物思いに耽っていた。  煙草から薄白い煙が漂い上へと昇る。   「ああ、出たか。ちゃんと温まったかい?」 「はい。あの一子さん、着替えありがとうございます」 「なに、濡れた下着つけさせる訳にもいかないし」  体を洗って浴室を出ると、いつの間にか、新品の女物の下着と大きなワイシ ャツが置いてあった。  一子さんが用意してくれたんだ。  ああ、さっきコンビニ寄ったのって、わざわざ私の為に下着を買う為に。  恥ずかしくなかっただろうか。  ありがたく使わせてもらった。  ワイシャツは、膝辺りまで隠れるのだけど、ちょっと下が心許ない。  でも、仕方ないよね。 「よく考えたら、下着はともかくとして、さし当たっての着替えの方は有緋子 の部屋を漁ればよかったんだが、まあ似合っているからOKかな」  頬が少し熱くなる。  今更ながら、足が剥き出しで無防備だなと恥ずかしくなる。  膝まで引っ張ってソファーに腰を下ろす。  一子さんが台所に行ってマグカップを持ってきた。  湯気の立つホットミルク。 「温まるから」 「はい」  美味しい。  微かな甘み。    一子さんは自分でもカップを口につける。  漂う香りからすると、そちらはコーヒー。  悪魔のように黒く、地獄のように熱く、キスのように甘く、だったかな。  そんな濃いブラックコーヒーを何倍も一子さんはいつも飲んでいた。   「有間、君は……」  びくんと体が竦む。  とうとう来てしまった。 「最近は、有緋子とはあまり親しくしてくれていないんだね」 「えっ?」  だけど一子さんがした質問は私の意表をつくものだった。 「有緋子と?」 「ああ、どうなの?」  乾有緋子。  私の数少ないお友達。  ううん、そんな言葉では言い表せない、本当の親友。  乾という名前でわかるように、一子さんの妹。  ……順番が逆ね。  有緋子のお兄さんが一子さんと言う方が正しいと思う。  最初に生まれた第一子だから、一子でかずしなんて名前つけるんだからな、 そりゃ性格の一つも悪くなるさ、兄貴も。  昔は女の子みたいに可愛かったから、よく性別間違えられたらしいし。  そんな事を言っていたっけ、有緋子に紹介された時。  有緋子だってもっと女の子っぽくしていればずっと可愛いのに、そう感じた のも憶えている。  少し不良っぽくて先生からも時々白い目で見られて、でも平然として自分を 貫いていた意地っ張りな女の子だった、有緋子は。  小学校時代に知り合ってから、時には喧嘩もした事もあったけどずっと仲良 くしている。……いえ、していた。 「最近は……」  口ごもる。  私は彼女を少し避けている。 「遠野の家に戻ったんだっけ、有間は。  そんないい所のお嬢様になったら、素行不良の馬鹿娘なんかとはお付き合い 出来ないって事かな?」 「そんな、違います。私、有緋子のこと一番の友達だって。  でも私の傍にいて有緋子が……」  思わず立ち上がって、大声をあげて否定して……。  そして口をつぐむ。  余計な事を叫びそうな口を自分の手でふさぐ。 「一番の友達か。妹もそう言っている。  君に何が起こっているのかも漠然とだけど知っているようだ。  もしも有緋子まで巻き込んだらって、そう心配して、有間は自分から距離を 置いているんだろう、有間は優しい子だから」  驚いた様子もなく、一子さんは言った。  立ち上がって私に近づく  そして私の顔を見つめた。 「一人で辛い思いをしていたんだね」  そう優しく言ってくれた。  限界だった。  気がついたら私は一子さんに抱きついていた。  一子さんの胸に顔を埋め、泣いていた。  昔から何度か有間の家に馴染めず、乾家に逃げ込んで泣いていた事がある。  その時も、こうやって何度も一子さんは私を受け止めてくれた。  今も、優しく腕の中に迎え入れてくれた。  私は泣きながら、心に沈んでいた言葉を構わず吐き散らしていた。  負った傷の断片。  積もった澱。  哀しみ、憎悪、嘆き。  すすり泣き、嗚咽し、ヒステリックに叫び……。  ほとんど意味の無い繰言を、一子さんはしっかりと私を抱き締め、聞いてい てくれた。  何か、言葉をかけてくれ、そして私はそれに答え、気がついたら泣き止んで 先生の事を話していた。  私の一番大切な思い出。  ただ一人の、私を愛してくれた人。 「蒼崎青子、それが君の運命の人か……」  深い、重い声。  思わず息を呑むような声。 「先生を知っているの?」 「会った事は無い。でもそれが私の知る男なら。  いつかはわからない、でも有間が諦めなければ、必ずもう一度会える」  それは神託のように私の心に響いた。  一子さんがそう言うのなら、そう信じられる。  素直に、そう思えた。  でも。 「でも、それまで私は諦めずにいられるのかな……。  もうどうなってもいい。私の体なんかどうなってもいい、そう思わずに」 「有間……」 「どうして、みんな私の体を求めて、おかしくなってしまうの?  私なんか何処にでもいるただの女の子なのに。  この眼さえなければ、ただの……」  ああ、また声が湿る。  しかし、一子さんは今度は私を抱き締めず、優しくはあったけどそっと身を 離した。  そして私の目を見つめた。  真剣な目。 「君はあまりに魅力的なんだ。  異能なる者を、火に入る虫の様に惹きつける」 「一子さん……?」 「普通の人間はあまりそれを感じまい。でもある種の人間、そして人間でない モノには、あまりに甘美だ。  有間から漂う『死』の芳香は……」  死。  確かに私は一度死んで甦り、この眼は万物の死の線を垣間見る。  死は私にはあまりに近しいものだ。 「有間から死を感じる者は、狂い正気を失う。  死を求める者は、魅せられ君の中の死を求める。  色濃く死を感じさせる有間の体に触れ、その感情を味わうのは快美だ。  死に近づき生に留まろうとする者は、反転して、強烈に生を求める。  死を汚すために君を苛み、生の証たる肉体の快楽を求める。  いずれにせよ、有間の肉体に触れ、弄び、その泣き顔を見るのはたまらない 悦楽になるのは間違いない」  熱に浮かされたように一子さんは喋る。  急に怖くなった。  一子さんの眼の色が。  一子さんが私の肩を掴む手の力が。  一子さんから漂う、オトコの匂いが。  怖く……、なった。  そして、唐突に私は強く抱き締められ、唇を奪われた。  まるで獣のように荒々しく一子さんは私を貪った。 「一子さん」  なんとか顔を背け、叫んだ。  はっとして、一子さんは眼を大きく開き、私から飛び退いた。  その顔に恐怖と後悔の色が浮かぶ。 「なんて事を……。  気づいたろう?  今、私も有間に魅入られて、情欲に駆られつつあった。  ……。  軽蔑していいよ。  君の事を心から心配して、兄のように想って、それでいて同時にこんなにオ トコとして君を欲しがっている。最低だ」 「一子さん」 「告白するよ。今だけじゃない。本当はね、ずっと葛藤していた。  狂おしくて、いっそ君をめちゃめちゃに陵辱してしまおうかと考えた事さえ あるんだ。こんなに私を慕ってくれる君をね。  でも完全に押さえ切れると、絶対に有間には酷い事はしないんだって今の今 まで思っていた。これは本当だ」  自嘲するように一子さんは笑った。  目を背けたくなるような痛々しさを感じた。  私の口から自然に言葉が飛び出した。   「でも、一子さんはそうしなかった。私のこと暖かい手で抱きとめてくれた」 「有間……」  次にどう言えばいいのか頭の中で整理した。  落ち着いてゆっくりと。 「一子さん、我慢しないで私を抱いて下さい」 「何を……、何を言っている」 「何度もあの人達と体験しているからわかります。そうなると歯止めなんて利 かないんでしょう?  今だって必死で我慢しているのが、わかるんです。  私は、一子さんならかまいません」 「ダメだよ、有間」  優しく答えて、一子さんは首を横に振る。  でも、体は反応している。  アルクなら、秋葉なら、もう私がどれだけ泣き叫んでも服を剥ぎ取って好き に体を貪っているだろう。  私の意志なんて構わずに。  自分の思うが侭に。  でも、一子さんは耐えている。  それだけで、私は嬉しくて泣きそうになった。 「一子さんだけの為でなく、私の為にも。  好きな男性とひとつになる事が、決して恐怖や嫌悪でなくて、歓びなんだっ て思い出させて欲しいんです。  今日みたいな目にあたら、これからも何度もされたら、私、壊れてしまう。  きっと負けて、受け入れて、諦めてしまう。  だから、先生を待ち続けられるように。  こんな、先生の替わりに一子さんをするような真似……、  自分でも嫌な女の子だと思うけど、もう私……」 「わかった。  それで君の慰めになるなら。  ただ一度だけ、一夜だけ私の恋人になってくれるかい、志姫?」 「はい……、一子さん」     一子さんが志姫と呼んでくれたのが、嬉しかった。 「私の部屋に行こう」 「んん、ふぁぅ……、んんッッ」  ベッドの上で、私は何度も高波に飲まれていた。  二人共、何一つ身にまとっていない。  眼鏡だけは外せなかったけど。  唇を触れ合うだけの優しいキスから始まって、一子さんは私の体を余すとこ ろ無く、キスの雨を降らせた。  ただ唇で触れ、軽く擦りるだけなのに。  指先も、胸も、腿も、足のつま先まで、全てが性感帯になったように、熱を 帯び、私はあまりの気持ち良さに何度も喘ぎ、悲鳴すら洩らした。  上から下へ、そしてまた上へと戻り、一子さんは今は首筋を舌で擽り、鎖骨 の窪みに何度もキスをしていた。 「本当に、なんて男を狂わせる肌なんだろう、志姫は」  胸をつかみ、形を変えさせ、親指ですっかり尖ってしまった乳首をくりくり と弄っている。  ぎゅっと乳首を摘まれ、軽く引っ張られた。  限界まで伸ばされ、指のクビキから抜け落ちる。  その時の痛みと刺激が猛烈な快感の棘となって私を責めた。 「ふぁあああッッ」 「いい声だ」  一転して、羽の様に軽く反対の胸の先を撫ぜくすぐる。  これも、気持ちいい。  んんん、ちぅぅぅ、ちゅっ。  唇がふさがれ、舌を軽く吸われた。  知らなかった。  男の人にされるのって、こんなに気持ちいいことだったんだ。  いつもだって、何度もイカされ泣き叫び、ぐっしょりと股間を濡らしている。  でも、それとはまったく次元が違う。 「志姫の可愛い処を見せて欲しいな」  胸にキスして、脇腹を経由して、一子さんは私の谷間に顔を寄せた。  さっきはほとんど素通りした処。  おずおずと脚を広げる。 「もっと」 「恥かしい……」  でも、促すような一子さんの目に、さらに大きく脚を動かした。  一子さんの視線を感じながら、私の一番恥かしい処を晒した。  直接はまだ指一本触れられていないのに、もうそこはぐっしょり濡れている。  恥かしい。  えっちな女の子だと思われていないだろうか。  さんざんいろんな男の人を受け入れて、すっかり淫乱になってしまったと一 子さんは内心で軽蔑していないだろうか。 「志姫……、凄いな」 「一子さん、私……」 「ふふ、苛めたりしないよ。嬉しいな、こんなに気持よくなってくれて」 「嬉しい……の?」 「ああ。男にとって女の子を幸せにしてあげる事は、何よりの喜びだよ。  自分だけ欲望を吐き散らして満足するケダモノには、わからない喜びだ。  だから、もっと喜ばせて欲しいな」  そう言って一子さんは顔を近づけた。 「綺麗だ。こんなに色付いて」 「あああッッ」  唇が、舌が触れた。  電気でも通されたようなショック。  優しく舐めているだけなのに、こんなに感じてしまう。  気持ちいい。  気持ちいい。    ッッッ!!  尖ったクリトリスを甘噛みされ、息が詰まった。  あっけなく、軽く達してしまう。   「ふふ、可愛い顔だった」 「一子さん……」 「うん、なんだい。もっとして欲しい?」 「今度は、私が一子さんを気持よくしたい。ダメですか?」 「いいよ、お願いする。志姫のしたいようにしていいから」  交替する。  一子さんに寝てもらって、今度は私が体を起こす。 「その前に……」 「んっ? ああ……」  唇を合わせた。  私の愛液で濡れた一子さんの唇に自分の唇を合わせた。 「初めてなんですよ」 「……?」 「私、自分からキスをしたの」 「え?」 「キスをされた事はあっても、したのは初めてだと言ったんです」  呆然とした一子さんに構わず、一子さんの股間に顔を埋めた。  大きな一子さんのもの。  手を添えて、ゆっくりと唇を近づける。  一子さんの感触が残っている唇を、一子さんの先端に触れさせた。  ねちゃりとした粘液が唇に触れる。  オトコの匂い。  嫌じゃなかった。  舌で舐め、そして口を大きく開いて一子さんを咥える。  喉の方まで一息に呑み込んだ。  大きすぎて、それでもまだ全部は口に含めない。  それに、口に収めたモノも、さらに膨らんだように思えた。  舌を這わせて、ゆっくりと顔を前後に動かした。  唾液が湧いていっぱいの口から溢れそうになるのを、苦労して啜りこむ。    くちゅ、くちゅ、じゅちゅ……。  いやらしい湿った音が絶えず響く。  それに混じって、押し殺した声と僅かな呻き声。  一子さんが気持よくなっている。  そう思うとじんわりと快感が全身に広がる。  こんなに苦しいくらいなのに、こんなに幸せな気分になるなんて。  いつもの無理矢理口にねじ入れられて、青臭い精液を吐き出すまで口戯を強 制されたり、イマラチオとか言っただろうか、ものみたいに扱われて好き放題 に喉の奥まで突かれるのとはまるで違う。    いつまででもこうしてしゃぶっていたい。  一子さんを喜ばせてあげたい。  そして、一子さんが私の口で迸らせるのを受け止めたい。    でも一子さんはひくひくしてあと少しかな、と思った頃に私を止めた。 「それ以上すると、君の口に出してしまう」 「ん……、出して欲しいのに」 「最初は志姫の中がいいな、ダメかい?」 「……私も、そちらがいいです」  一子さんははちきれそうになっていて、私の舐めた痕でてらてらと光ってい る様はとてもえっちだった。  あれが、私の中に入るんだ。  一子さんと一つに。  今まで考えた事が無いと言えば嘘になる。  でも、およそ現実感の無い事で、それがこうして本当のこととなっても、ま るで夢の中の出来事のようだった。 「入れるよ、志姫」 「はい、一子さん」  んん……。  熱いものが私の中を押し広げ、貫いていく。   「凄い、志貴の中……、こんな入れただけで、んんッッ」 「一子さんがいっぱい、ああーー!!」  奥まで一気に一子さんは進んで、恥骨がぶつかった。  ゆっくりと一子さんは腰を引き、そしてまた奥まで貫く。   「気持ちいい、凄い、もっと、一子さん、もっと……」  信じられない。  一子さんの背にしがみついて、自分からおねだりしている。  でも、こんなにキモチイイ。  一子さんがずぶずぶと私の中に入る度に。  一子さんが襞を巻き込んで外へ出る度に。  どんどんキモチイイが増していく。 「ゆっくりしていられない。もっと速く、激しくしたい。いいかい、志姫?」 「一子さんの好きなように、私ももっとされたい」 「ああ、いくぞ」  ああああーーーーッッ!!  桁違いの快感。  体全体が一子さんのリズムで動き、貫かれる。  しがみついて揺られ、ひっきりなしに声をあげる。   「一子さん凄い、私、もう……」 「志姫、いいかい、志姫を抱いているのは乾一子じゃない」 「んんふッッ、え、一子…さん、何を、んん、あんッッ」 「志姫の一番好きな人を思い出して。  その人が志姫を愛している、志姫の中いる」 「先生、青子先生が……?」 「そうだよ、志姫」  一子さんが優しく囁いた。  ほとんど働かない頭で、私は暗示にかかったように、青子先生に抱かれた。  私の初めてを捧げた青子先生に。  一日も忘れた事なんてない、青子先生に。  青子先生……。    頭が輝く光で染められた。  完全に何も無くなった。   「ああっ、イク、イッちゃうーーー、あああァァァーーッッッ!!!!!」  五感全てが快感を受け止める器官に変わっていた。  その中で、一子さんの声が何処かから届いた。 「いいかい、志姫。  辛い事があっても諦めるな。  弱く戦う事が出来なくても、負けずに願い、待つんだ。  そうすれば、いつかきっと君の愛する人に会える。  こんなまやかしではなくて。本当の君の先生に。  でも、志姫、嬉しかったよ、私は――――― 」    一子さん、ありがとう。  私……。   「一子さん……」  起きながら夢の言葉に返事をしたのか、あるいは自分の声で目覚めたのか。  突如として意味ある言葉を口にした志姫に青子が目をやると、眠り姫はまだ 半覚醒の夢見ごこちのようであった。 「うーん、違う男の名を呼んでの目覚めか、鬱だ……、おはよう志姫」  複雑な口調で呟き、後半は目覚めかけた志姫への呼びかけ。  志姫は自分を呼ぶ声に不思議そうに顔を向けた。  そして何かを見つけたという顔になる。   「一子さんの言った通りだった。  私、先生に会えた。  青子先生が私を迎えにきてくれて、愛してくれた。  大好きな、私の青子先生が……」  何を見て、誰に話していたのだろうか。  そして、なんという歓喜に満ちた言葉だったろうか。  その顔には、志姫の顔には輝くような笑顔が浮かんでいる。 「先生が……、あれ、私?」  やっと本当に目が覚めたのだろう。  ぱちぱちと瞬きする。  そしてきょろきょろとして、訝しげに傍らの青子を見つめる。 「先生、どうしたんですか?」 「いや、ちょっと」  あまりに直截的な志姫の自分への想いの吐露に、その笑顔に、蒼崎青子とも あろう者が無防備にやられ、動揺し、赤面すらしたと誰が信じよう。  何しろ、青子自身が自分の頬の熱さを信じられなかったのだから。  運転に専念するような振りで、志姫の視線から目を逸らした。 「もうすぐ着くよ。あまり快適とは言いがたいけど、しばらくは何処にも行か ないで過ごそう。それから、いろんな処へ。君が想像もした事ないものがこの 世には無数にある。それを見せてあげたい」 「はい、私、先生と何処へでもご一緒します」 「そうか、ではゆっくりと相談しよう」 「先生はいろんな処に行って、いろんな不思議なものを見ているんでしょうね」 「ああ。でも私はとても渇望するほど見たいものが一つあるんだ」 「何ですか?」  素直な疑問の表情。  青子は運転を自動走行にして、志姫に向き直る。  表情の変化を逃すまいと真っ直ぐに志姫を見つめて、口を開いた。 「志姫のウェディングドレス姿。すぐは無理としても、近いうちに見せて貰う」 「私の……?」  数瞬置いて、意味を悟り、志姫は真っ赤になった。 「おや、嫌かい?」 「嫌な訳ありません。必ずお見せします」 「楽しみだな」  志姫の表情の変化を楽しみ、うっとりとした表情の志姫に微笑みかけると、 青子は再びハンドルを取った。  彼自身も感情の高揚があったのだろうか。  青子はさらにアクセルを踏み込んだ。  圧倒的な加速の証が、体に伝わる。  もしもここが普通の高速道路ででもあったなら、周りの車が止まったように 動かないが如く感じられただろう。  心地良い沈黙を保つ二人を乗せたナイト2000が疾走する。  二人の愛の巣となるべき家へと。  テイルランプが、ちかちかと物言いたげに点滅した。  青子と志姫の知らぬところで。  まるで、車自身が二人を祝福したかのように。    《了》     ―――あとがき  と言う事で、誰かさんの「しきりょーじょく」の続き的作品である天戯恭介 さんの「アゲハチョウ」のさらに過去話という……、ある種セルフパロディ?  ちょっと迷ったのですが、「Dry?」は自分の書いた一子さんSSがある のでどうにも手を出し難く見送り、「酒の上の不埒?」後の新妻一子さん裸エ プロンなども考えてみたものの、結局、弄るのが楽しそうなこちらを。  天戯さんなら出さねばな、という思いがありまして一子さん登場。  いろんな裏設定まで考えたりして……、ほとんど出しませんでしたけど。  天戯志姫の、先生と再会するまでの境遇が可哀想だったので、物語に干渉し ない程度に避難所を作ってしまいました。  だって、天戯さんの志姫は本当に陵辱なんですもの、りょーじょくで無く。     勢いで書いたので粗もありますが、妄想に妄想を接木するのは面白かったで す。自分版の「しきりょーじょく」続編などもちょっと書きたいなと思ったり。  お読みいただきありがとうございました。   by しにを(2002/9/12)
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