責任重大な

作:阿羅本 景

            




 見上げた天井に、困ったことに覚えがなかった。
 俺の記憶の基底部にも似た記憶がある。遠野志貴という俺の記憶が覚えてい
る一番最初の記憶は、見上げた白い天井だった。母の顔でも覚えていれば、と
願わずには居られなかったがそれは遠い遠い昔のこと。俺が俺である前の記憶。

 とにかく、目が覚めてしまった。
 見上げる天井とシャンデリアは遠野邸の物ではない。俺の部屋のライトはも
っとシンプルだし、こんな成金趣味な壁紙でもない。ちなみに言うと、ベッド
も不相応にセミダブルで翡翠のベッドメイクの手を患わせていたけども、俺の
今寝ているベッドはもっとでかい。

 ――ここはどこだ?

 情けないことにまず焦りと共に考えたのはその事だった。ここは俺の部屋で
はないし、朝起こしに来てくれる翡翠も当然居ない。そうなると、どこで眠っ
ているのか。
 病院のベッドでもないし、時南診療所の寝台でもないし、エーテル臭い保健
室のベッドでもない。というか、病院にダブルベッドはないはずだ。

 まだ早朝だというのに、不自然なくらいかっと眼が開く。頭の回転も良好、
血圧も十分に高まっている。問題は、エンジンのアイドリングが出来た俺でも
進むべき道路がどこなのかさっぱり分からないことであった。

 ……取りあえず起きよう。それから……

「いてっ!」

 俺は手に何かをぶつけて引っ込めた。伸びをしようとして伸ばした手がびし
ゃっとぶつかって……
 え?と言うことはだれかがベッドの中にいるの?誰?アルクェイド?シエル
先輩?……というか、回りに見覚えがないのはそりゃ、アルクェイドや先輩の
家なら当然のことだから、何をそそっかしく暴れているんだか、俺。

 そうか、愛を交わした後の目覚めか、カーテンも朝日に射されてこれで裸Y
シャツでコーヒーを飲めばもうサイコーに……

「ん……」
「ふふふ、お寝坊さん、起きろー」

 俺はベッドの中で身体を捩ってそれに抱きつく。
 それは女性の身体だった。背は高めで俺と同じくらいは確実にある。アルク
ェイドかな?でももうちょっとアルクェイドの奴は肉付きがよくって……先輩
だとあの、丸いお尻が堪らないし。

 俺が抱きついた身体は程良く引き締まったおっぱいをしていた。後ろから抱
きついてむにゅむにゅと……

「……え?」
「ん……ん……」

 違う。神に誓って言うが、これはアルクェイドのちちではない。
 さらに言うとシエル先輩でもない。もう一つ言うと秋葉に揉めるちちはない。

 ――すまん秋葉、だが兄さんは真理の徒なんだ。

 じゃぁ、誰?翡翠や琥珀さんでもないし……
 俺はおそるおそる手を離して、頭の上まで被った毛布をおそるおそる持ち上
げて、俺はその中を覗く。がばっと剥いで青天白日の元に晒した方が良かった
かも知れないけども、なんとなくそうすると中から恐ろしい物が飛び出してき
て噛みつかれるかのような、変な恐怖区間があって。

 どくどくと早鐘を打つ胸を押さえて、俺は油の足りないジョイントの様に軋
ませながら中を覗き込む。むき出しの背中の肩甲骨と脊椎の窪み、細い少し張
った肩に、ゴムでまとめられた赤いポニーテール……
 ああ、紅い髪。それは秋葉の檻髪――じゃない!

 断じて!秋葉にこんな立派なちちがあるはずがない!あったら兄さんは哀し
い!
 ではなくて!これは!こーれーはー!
 
 なーんてこったい!ガッディム!サナバビッチ!
 ちなみにそのガッディムでサナバビッチでブルシットなのは俺だけど。
 というか、もしこの女性にそんな事言ったら罰が当たります、はい。

 こいつは――

「ジーザス!」
「どうした有間、朝から耶蘇の救世主の名を唱えて」

 肩が倒れ込んで ごろりと頭が俺の方を向いた。
 赤い髪の下の、奥二重の一見愛想がなさそうに見える瞳と辛辣そうな口元。
 そう、それは――

「南無阿弥陀仏!」
「それを言うなら南無三、即ち南無三宝、三宝は即ち仏法僧だ。ブッポウソウ
という鳥もいるけど、アレの鳴き声は『ギャー!』という興を削ぐものでな」
「いや、イチゴさん、そんな豆知識の披瀝の場じゃなくて!」

 俺はベッドの上から文字通り飛び起きて、その女性をまじまじと見つめる。
 瞬きもわすれている俺の前で、ゆっくりと身体を起こした女性はぷるん、と
形のいい胸が動くのが見えた。片手でぼりぼりと頭を掻きながら手をベッドサ
イドを探っていて……

 そう、乾一子さん。イチゴさんだった。
 何故か裸で俺と同衾していて、おまけに一緒に朝まで迎えている。
 よく見ると、この部屋は記憶が無くて当然だった。どこかのブティックホテ
ルの一室だろう。不自然に大きなベッドがそれを物語っている。

 となると、一体何が?
 そんなこと考えなくても分かるんだけども、ほら、ここはお約束があって。

 ――わからない

 よぉっし!とりあえず今日も快調!早朝からノルマである『わからない』が
カマせた、今日も一日縁起がいいぜ!

 ぢゃなくって

「どうした有間。お宝丸出しでがに股で、何を突っ立ってる」

 一子さんはマルボロの箱から一本抜くと、ジッポーで火を付けてふーっと一
噴かしした。紫煙が朝の光線の中でマーブルの模様を空気の中に描く。俺はそ
の模様を眼で追って、ついこの現実から逃避したくなる――

「……有間?どうした、いきなり処女喪失した小娘のようにボーゼンとして」
「うぁっ!いやその!い、イチゴさんも裸じゃないですか!」

 一子さんはすーっと煙草を深く吸って、天井に煙を気持ちよさそうに吹き出
す。
 そして、俺の方をあの切っ先は丸いけども良く研いだナイフみたいな瞳で一
瞥すると――

 ――お、お、お、怒ってる?

 だけどもイチゴさんは口元をゆるませで煙草を銜え、俺に見せつけるように
首の後ろに手を組んで身体を伸ばしながら……
 あ、胸から脇の下までこんなに綺麗な曲線が出来るんだ……あ?

「それはそうだろう。男と女が同衾して、方やフロックコートで方やカクテル
ドレスと言うわけにもいくまい。で、有間」
「は、はい!イチゴさん!」

 何故かそう言われてキヲツケになってしまう俺。
 身体の前でぶらぶらぶら下がる股間が情けない。ちなみに竿もキンタマもお
子様並みに縮み上がっている。
 
「……昨日の夜はステキだったぞ。有間……いや、志貴」
「はい!それは光栄であります!って、え!え!えええええ!」

 昨日の夜はステキだったって、そんな、朝から殺し文句を!
 というか、一子さんも俺も裸で、ホテルで一泊しておまけに昨日の夜はステ
キだったといえば二人とも裸で町の夜景を眺めて筋トレに耽っていたわけじゃ
ないから、やっぱり、その!

 ――やっちゃったって事ですか?俺

「どうした。志貴?顔色がすでに土気色だぞ」
「そ、そ、そんなことはないッスよイチゴさん……で、その、もしかして俺」
 
 俺は鼻を指さして笑って見せようとするが、笑いは凍り付いてまるで冷凍庫
の中で2ヶ月凍っていたブロック肉のように硬くぎこちなくどうしようもない。
こんな固まった鈍器みたいな笑いを浮かべていればもちろん……

「……その、やっぱり、イチゴさんと……しちゃったんですか?」
「…………」

 イチゴさんは俺から目線を逸らして、何となく気恥ずかしそうにすぱすぱと
煙を量産する。
 というか、イチゴさんが恥ずかしがるというのは珍しい……で、でもイチゴ
さんも女性なんだからやっぱりそーゆーデリカシーが……

「…………志貴。なぁ?」
「はっ、はい!」
「昨日はいたかったんだぞ?私はこの年でもまだ処女だったんだから」
「え?ああぅ!そ、そんな!」
「お前と来たらそれはも手加減無しで……おまけに危険日だったのに」
「う、ううう、うぉひ!」
「それなのにスキンも着けずに中で……射精をするし」
「………」
「それも三回も。中でぐちょぐちょになるくらいに」

 ……ま、まじっすか?それ?
 というか、イチゴさんのいう三回というのが信憑性を物語っていた。そう言
うことはおれは処女のイチゴさんの破瓜を頂いた上に危険日のイチゴさんに中
出し抜かずの三発を敢行しちゃったということで……
 ど、どーすりゃいいんだ?俺?

 ――わ、わ、わからない

「……そう言うわけだ、志貴。お前も男だったら」

 一子さんは俺を見つめてにっこりと破顔する。

「責任取れ」
「そぉぉぉぉぅ!そのとぉぉぉぉり!遠野!」

 ズガーン!と扉が不自然に内側に弾け跳んで、高らかな絶叫が木霊する。
 まるで、アパッチ族の咆吼のような、耳を塞ぎたくなる絶叫。そしてさらに
悪いことはこの声の主にはしっかり覚えがある。

「なっ!なんで有彦おまえが!」
「じゃぁあしぃ遠野!お前はヒトの姉を食しておきながらしらばっくれる様な
情けない男だと思わなかったぞ!いや!お前は俺が、この乾有彦が見込んだ男!
即ちマンオブマンズであり江湖の英雄たちが親指を立てて賞賛する漢!だから」

 うっ、ヒトの痛いところをズカズカとこいつは……

「責任をとれ!さらに言うとお前一人だけに責任を取らせはしない!」

 え?

 そう言われて、俺は初めて気が付いた。
 ――なんで、なんで秋葉の奴が有彦にお姫様抱っこされてんだ?
 
「遠野!お前は姉貴の責任をとれ!この漢一匹・乾有彦は全身全霊を持ってお
前の妹さんの責任をとる!これで遠野家と乾家は二重に結ばれた関係に!」
「なっ、なっ、なんでそぉなる!うぎゃー!」

 そして、何故か有彦の腕に手を回した秋葉が嫣然と俺に向かって笑い掛ける。

「そうですわ、兄さん……今度は一子姉さんといっしょに如何?」
「うーがーっ、なーんてこったーい!」 

 俺はぐわしっ、と頭を掴んで身を捩る。
 一子さんはすーっと眼を細く、目尻を下げて笑っていた、

「……まぁ、そう言うことだ、志貴?」
「ノォォォォ!夢だっ、これは悪い夢だぁぁ!夢であってくれぇぇ!」

            §            §

 胸をかきむしって苦しむ、ベッドの上の志貴。
 そして、その志貴を見下ろす一人と一匹。

「ふふふ、やりますねレンちゃんも……こんなに志貴さんが苦しむとは」

 常夜灯だけが灯された部屋の中で、琥珀は妖しく笑いながら志貴の顔を覗き
込んでいる。そして、その手には緑色の液体の入った注射器が握られている。

「さぞ苦しい夢を見られているんですね……ねぇ?レンちゃん?」

 にゃぉ、と黒猫がベッドの上で鳴く。
 夢魔レンは志貴の脂汗を掻きながらうんうん唸る志貴の顔の横まで来ると、
ぺろりと志貴の顔を舐めた。黒猫の貌がどことなく不安そうに見える――なに
しろ今のこの夢はこのレンが見せていたのだから。

 薬師琥珀と夢魔レンの、他愛のない腕比べであった。
 もっとも、その舞台になる志貴には堪った物ではなかったのだが……

「さて、先手はレンちゃんですね。後手はこの私が」

 琥珀は顔の前で注射器を翳し、針の中から空気を追い出す。
 
「志貴さんの悪夢がそのままだったらレンちゃんの勝ち、この薬で志貴さんが
楽になれば私の勝ち……」
「にゃー」

 琥珀は志貴の腕を取って注射針を当てる。
 そして、そっと夢見の淵に沈む志貴に囁きかける。

「……すいませんね、志貴さん……でも良い夢を」

                             《END》









《あとがき》

 どうも、阿羅本です。しにをさま、100万ヒットおめでとうございます。
 そういうことで一子さんの作品ですが、あまり一子さん一子さんしていない
しエロでもないし並み居る皆様の作品に比べると阿羅本もだめだな、とかあざ
笑われ石以て追われそうですが、堪忍してください(笑)
 このSSも以前に書いて眠らせていたのですが、今回急遽登場となりました〜

 一子さん、嫌いじゃないんですよ?でも余り書くことがないのでちょっと惜
しいかな、という気はしているのですが……これからもしにをさんのお眼鏡適
うように頑張っていきたいと思います。

 でわでわ!!
                              阿羅本 景



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