朝食の片づけが終わって、部屋で一休み。
 一番ほっとするこの時間。
 だけど、少し暑くて、ぼんやりとしてしまいます。
 こんな時は、これ。
 これで涼しくなりましょう。

 そんなことをひとりでぶつぶつ言いながら、スイッチを入れます。
 するとゆっくりと羽根が回り始めて、涼しい風を送ってきます。
 そうして風に髪をなびかせていると、窓から一匹の黒猫が入ってきました。






「扇風機と黒猫と」

作:のち







 この部屋にこの黒猫、レンちゃんが入ってくるのは珍しいことです。
 どうも私は警戒されてしまっているようで、屋敷で働いている時でもなかな
か近づいてくれません。
 そんなレンちゃんが、私の部屋に入ってきてくれるなんて、なんだかとって
も嬉しくなってしまいます。
 そうだ、レンちゃんはケーキが好きなんでしたね。
 そう思い出すと、ぱたぱたと部屋の中を歩き回って何か無いかと探し回りま
す。

 箪笥の中、ないですね。
 引き出しの中、ないですね。
 押入、あるわけありません。
 よく考えてみたら、こんなところにケーキなんていうものを置くはずがあり
ません。
 そんなことに気付かないほど、私は舞い上がっていたようです。
 あ、だいたいこんなに騒がしくしてしまったら、レンちゃんはもう帰ってし
まっているのではないでしょうか?
 慌てて、レンちゃんの姿を探します。

 いました。
 扇風機の前で、じーっとしています。
 くるくる回る羽根が珍しいのか、じーっと見ながら、身動きひとつしません。
 うふふ、とっても可愛いです。
 ちょっと、いたずらしてしまいましょうか。

 そーっと近づいて、先ほどとは別の扇風機のボタンを押します。
 すると、扇風機はうぃーんうぃーんと、首振りを始めます。
 レンちゃんはいきなり動き出した扇風機にびっくりして、ちょっと後ろへ逃
げ出しました。

 うぃーん、うぃーんと、扇風機が首振りをします。
 逃げ出したレンちゃんは、それを遠くから不思議そうに眺めます。
 うぃーん、うぃーんと、首振りをする度に、レンちゃんもそれに目がつられ
ています。
 ちょこんと、首を傾けているのが何とも可愛いです。

 慣れてきたのか、レンちゃんはおそるおそる、また扇風機に近づいてきまし
た。
 うぃーん、うぃーん。
 そんな風に動く扇風機の、どこに近づけばいいのか躊躇しているようです。
 右に向けば、右へ行こうとします。
 左を向けば、左へ行こうとします。
 そんな風に交互に動くレンちゃんは、踊っているみたいに右足、左足を交代
しながら前へと差し出しています。
 うふふ、とっても楽しいですね。

 今度は首振りを止めるために、スイッチを押します。
 ちょっと右側を向きながら、扇風機は首振りを止めます。
 レンちゃんは、いきなり動きを止めた扇風機を不思議そうに眺めています。
 そんな風に首をかしげているレンちゃんの前で、またスイッチを入れます。
 すると扇風機が首振りをまた始めます。
 そんな様子を目を丸くしてみているレンちゃんが可愛くて、思わずそれを繰
り返してしまいます。

 うぃーん、かちり、ぴた。
 うぃーん、かちり、ぴた。
 それを眺めていたレンちゃんは、今度はスイッチの方に興味を持ったようで
す。
 私の指が乗っている、スイッチに右手を差し出して、私の指ごと乗せます。
 そして、ふっくりとしている肉球で、押して、引いてを繰り返します。
 うぃーん、かちり、ぴた。
 うぃーん、かちり、ぴた。

 そんな風になるのが面白いのか、レンちゃんは飽きもせずにそれを繰り返し
ています。
 私はそんなレンちゃんにずっと付き合っています。
 うふふ、なんだか私も面白くなってきました。

 それをどれほど繰り返していたでしょうか、いきなり部屋の振り子時計が大
きな音を立てて、時間を知らせます。
 ぼーん、ぼーん、ぼーんと。
 その音にびっくりして、レンちゃんは毛を逆立ててどこかへ飛んで逃げてし
まいました。
 あーあ、逃げちゃいましたね、残念です。

 仕方がないので、扇風機のスイッチを切って、立ち上がります。
 そしてあらためて、仕事に戻るために廊下に出ると、レンちゃんが扉の前で
立っていました。
 にゃあ、と音にならない鳴き声をひとつあげて、またどこかへ行ってしまい
ます。
 でも、姿を消す一瞬、ちょっとだけ私の方を見てくれました。

 姿が消えているのに、私はそちらの方へと手を振ります。
 あの子には、そんな私の仕草は見えていないでしょうけど、関係ありません。
 ちょっとの間、そうした後に、今度こそ仕事に戻ることにします。
 最後に首だけをレンちゃんが消えた方へとむけます。
 すると、レンちゃんの黒いしっぽだけが、ちらりと見えました。

 うふふ、レンちゃん、また遊びましょうね。

 
  了








 2003年8月4日

 のち


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